【ドラゴン襲来】暗躍のスヘフェリンゲン

■ショートシナリオ


担当:勝元

対応レベル:3〜7lv

難易度:難しい

成功報酬:2 G 45 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:05月12日〜05月17日

リプレイ公開日:2005年05月20日

●オープニング

 分厚い雲に覆われた夜空は星一つ見えず、暗闇のヴェールが世界を包み込んでいる。建物の窓から漏れる明かりも、その数は非常に少ない。どこか不穏な空気を孕んでいるかのような町は今、夜の腕に抱かれ深い眠りについていた。
 その数少ない明かりの一つ。
 ――ぎぃ。
 窓辺に向かい物思いに耽っていた中年の男は、背後から聞こえる小さな扉の音に驚き、振り返った。
「君か‥‥驚かせるな」
 男は赤毛の侵入者が己の招いた客人の一人である事を知ると、安堵の溜息を一つ、非難めいた言葉を口にする。
「君の主は礼儀知らずにも寛容なようだが、誰もがそうではないという事を覚えた方がいい」
 その青年は小さく肩を竦めて避難を受け流すと、
「悪いね。これでも一応、気を利かせたつもりなんだぜ?」
 秀麗な顔を意地悪そうに歪め、言った。
「まぁ、昼日中に人目のある場所で堂々と話したいってんなら別だけどよ」
「‥‥それは困る」
「だろ?」
 そら見たことかと得意げに頷く青年に、苦虫を百匹ほど纏めて噛み潰す男であった。


「ドレスタットの北に一日ほど向かうと、スヘフェリンゲンという町がある。そこを預かるダルクール子爵の動向を探り、最悪の事態を未然に防いで欲しい」
 冒険者ギルドを訪れたレオナールと言う名の騎士は受付に座ると、そう依頼した。
「あそこは、確か風光明媚が取りえなだけの辺鄙な街でしたね。いったい、何が‥‥?」
 受付嬢は騎士の眼光にやや怯えながらも、尋ねる。男は鷹のように鋭い視線を更に研ぎ澄ませ、返した。
「反乱の疑いだ」
「‥‥!!」
 これには受付嬢も言葉を失った。昨年末のドラゴン襲来から始まって、ドレスタットにはきな臭い噂が絶えない。先日も暗殺騒ぎがあったばかりだというのに、これで反乱などという事になったら混迷の度合いは増すばかりだろう。
「彼奴は以前から伯爵に不満を持っていると目されている一人だ。そしてそれなりの人望と野心を持ち合わせた有力貴族でもある」
 それが最近、怪しい男達を己の館に引き込んで、なにやら良からぬ事を企てているようなのだ。情報の真偽はともあれ、本当ならば一大事である。
「知っての通り、エイリーク伯は味方も多いが敵も多い。影で成り上がりと揶揄し、不満を持っている輩はごまんといる。加えて近海を荒らす海賊。そして彼のドラゴン達」
 男の口調が緊迫の色を増す。
「‥‥これらがもし、揃って襲ってきたならば?」
「‥‥お手上げ、ですね」
 考えられる最悪の事態を予想して受付嬢の顔色は一気に青ざめた。
「そうだ。だからこそ、手遅れになる前に先手を打つ必要がある」
「貴方たち海戦騎士団は動かないのですか‥‥?」
「現状では騎士団を動かす訳にも行かない。そうなれば、彼奴らの反目は決定的なものになる」
 騎士団が直接動くのは最後の手段だろう。退路を断たれた鼠は噛み付く手段を選ばない。それは、この地に動乱を望む者にとって最良の結果になる筈なのだ。
「そうさせぬ為の依頼だ‥‥無用な血を流さずに済むか、未曾有の動乱の導火線になるかはお前達次第になる」
 宜しく頼むぞ、と男は告げると席を立ち、踵を返した。

●今回の参加者

 ea4331 李 飛(36歳・♂・武道家・ジャイアント・華仙教大国)
 ea5640 リュリス・アルフェイン(29歳・♂・ファイター・人間・フランク王国)
 ea5644 グレタ・ギャブレイ(47歳・♀・ウィザード・シフール・ノルマン王国)
 ea5808 李 風龍(30歳・♂・僧兵・人間・華仙教大国)
 ea8252 ドロシー・ジュティーア(26歳・♀・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 ea8594 ルメリア・アドミナル(38歳・♀・ウィザード・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea9085 エルトウィン・クリストフ(22歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)
 ea9689 カノン・リュフトヒェン(30歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・フランク王国)

●サポート参加者

神木 秋緒(ea9150

●リプレイ本文

●喧騒
 市場に悠然と宙に浮かぶ人影が、夜舞う蝶の如く優雅な印象を周囲に与えている。その周りに集まる人々は商売人なのか、手に持った羊皮紙に何がしか書きとめ、思案や隣人とのひそひそ話に忙しい。
「『マント領の悪夢』‥‥知ってるかい? 野心家が悪魔と手を組んで破滅したって話さ」
 シフールにしては大きい胸を揺らして、周囲に講釈するように語り掛ける女はグレタ・ギャブレイ(ea5644)――冒険者である。
 彼女はつい先程まで、本職の相場師である経験を生かしてドレスタット界隈の物流情報を探っていた。マクロな動きは近郊の大都市の方が解り易い、そう判断しての行動だが‥‥果たして、ドレスタット近郊の経済全体を把握し、分析して有用な情報を抽出するには時間も手際も足りなかった。仕方なしに適当な所で諦め、今度は能動的に情報を流す事にしたのだ。
「チラッと聞いてはいるよ。アレは大事件だったからな」
 周囲にいた商人の一人が答えた。つい先日、パリの街を震撼させた悪魔騒ぎはドレスタットでも記憶に新しいところだ。冒険者達の活躍で事なきを得たとは言うが‥‥
「こちらでも似たような話があったら手を引いた方がいいよ」
 女は我が意を得たりとばかりに頷くと、話を続けた。
「ヴァン・カルロスと取引していた大商人が酷い目にあってる。憂国の徒の野心なんて外からじゃ判らない。ましてや悪魔や神聖ローマの影などはね」
「‥‥憂国の徒?」
「物の例えさ。つまり、目先の金に釣られて破滅を買うのは得策じゃないって事だよ」
「ふぅむ‥‥博打を打つのも商売人の腕の内ですからなぁ」
 集まった商人の一人が呟いた。既に財産を築いている大商人ならともかく、地位よりも野心の方が先行している駆け出しの商人にとっては博打も立派な手段の一つなのだ。
「まぁ、どうしてもと言うなら止めないけどね‥‥」
 グレタは軽く腕組みすると、軽く目を細め。
「本当の勝負師は、勝てる博打しか挑まないものさ。そうだろう?」
 人差し指を立て、妖艶な笑みを浮かべたのだった。

「――残念だが」
 ルメリア・アドミナル(ea8594)の要請に、レオナールは首を縦に振らなかった。
「そうですの‥‥」
 僅かに肩を落として、女は答えた。反乱を思い止まれば全てを水に流すとの書状を貰えれば、かなりの切り札になると思ったのだが‥‥
「一介の冒険者が易々と謁見を許されると思ってもらっては困る。お前には随分と足りないものが多すぎるのだ」
「‥‥足りないもの?」
「名声、実績、資質‥‥数え上げたらキリがない。最低でも己の意思を過不足なく伝えられる語学力や、高度な礼儀作法を修めていなくてはな。取り次いだ私が恥をかく」
 実際の所、条件を満たしていても謁見が許されるかは微妙な線だ。多忙の一言で簡単に断れるのだから、余程の幸運がない限り難しい話だろう。
「それでは仕方ありませんわね」
 ルメリアはあっさりと諦めた。合理的な考えが常の彼女だ。粘っても時間の無駄と判断したのだろう。
「一つだけ。今回の疑い、いったいどちらから?」
 答えは簡潔を極めた。
「私の放った密偵だ」
「そうですか。それでは失礼いたしますわ‥‥ご領主様によろしくお伝え下さい」
 女は一礼すると踵を返し、スヘフェリンゲンへと足を向けた。

●暗躍
(「戦争の準備となれば、かなりの物資が動いているはずです」)
 市場に赴いたドロシー・ジュティーア(ea8252)は、何気なさを装いつつ方々の店構えを観察していた。
 閑静な佇まいの町も、此処だけはそれなりに活気に満ちているようだ。小さい町とは言え、経済の中心と言ってもいい場所なのだから当然かもしれない。少女は適当な商店を見繕い、果物を一つ買って世間話を始めた。
「賑やかですね。お祭りか何かが近いのですか?」
 礼儀正しく背筋を伸ばし、穏やかな笑みを浮かべる少女に店主は愛想笑いを一つ。
「いやぁ、此処はいつもこんなもんだよ。子爵様のお計らいで、商売しやすいってのもあるけどねぇ」
「そうですか‥‥すいません、変な事を聞いて。この町は初めてなものですから」
「いやいや、気にしない気にしない。そら」
 嬢ちゃん可愛いからオマケだ、と余計に果物を手渡して、店主は次の客の相手を始める。
 その様子を一通り眺めてから少女は店を離れ、再び市場を見回してみた。
 少女のつたない知識では判然としないのもあるが、戦争準備で物資が動いているとはとても言いがたい状況のような気がする。武器屋だって在庫切れで看板などと言う事も無さそうだ。水面下で物資の取引をしているのなら話は別だが‥‥良くも悪くも、普通の市場のようにドロシーには見えた。

「厄介な事だ」
 同じく市場を訪れていた李飛(ea4331)の呟きは、誰に対しての物だったろうか。
 貴族の反乱疑惑。それもある。巻き込まれる民草にとっては厄介以外の何物でもないだろう。だが、この場において一番厄介だったのは‥‥言葉であった。
 商店で世間話を装う。
「景気はどうだ?」
「まぁ、悪くないね。良くもないけどさ」
 単語の端々が間違っている可能性は否めないが、この程度ならなんら問題は無い。だが情報収集となると自分の語学力に不安があった。言葉の裏が掴み難いのだ。気持ちや感情が伝わればいい会話なら苦労はしないが‥‥。
「最近海の方では海賊の動きが活発だ。この辺の治安は大丈夫か?」
 意図したとおりに伝わっていればいいのだが。
「んー‥‥取り立てて事件は起きちゃいないがね。盗人程度なら子爵様の兵隊が捕まえてくれるしさ」
 今回の相手は気のいい男だったのか、丁寧に話してくれたのでなんとか会話が成り立った。だが‥‥毎回こうだとも限らないだろう。
「‥‥厄介な事だな」
 溜息を一つ、これから先の苦労を思いやって、しみじみと言葉の重要さを痛感する飛であった。

 カノン・リュフトヒェン(ea9689)はごった返す酒場に姿を見せていた。
(「火のない所に煙は立たずとは言うがな‥‥」)
 様々な人で賑わうホール内を眺め、彼女は思考を巡らせる。
 叛乱話もまったくでっち上げでは無いだろう。だが、ルメリアの言うように『事態進展の切っ掛け』を作る罠という可能性も無くはないのだ。慎重に行くに越した事はない。女はワイン片手に、カウンターで談笑する兵士の隣で世間話を始めた。
「‥‥隣、いいか?」
「あ、ああ、勿論だとも」
 涼しげな美女に突然話しかけられ、その兵士はどぎまぎしながら応じた。
「悪いな。観光のつもりだったのだが、一人は侘しくてな‥‥」
 目を合わせず真顔で語る女に、思わず男は身を乗り出す。
「そ、そうか、俺で良かったら幾らでも話を聞くぜ?」
 どうやら深い事情があると勘違いしているらしい。勝手に誤解させておくことにして、話を続けるカノンである。

「ほんっと、キザでスケベったらしくって嫌ぁな奴だったんだから!」
 少女の言葉に一同から笑いが漏れる。
「やっぱり男はサッパリ角刈りよねぇ」
 妙なオチが付いて、一同は堪らず噴出した。
 エルトウィン・クリストフ(ea9085)はより能動的に行動していた。酒を酌み交わす兵士たちの輪に混じり、冗談めかした会話ですっかり打ち解けているのは、明朗快活な性格のなせる業だろう。口が達者なのも手伝って、少女は兵士たちの人気者になっている。
「ね、そういえばさ」
 頃合を見計らって、出来るだけ自然に話題を変える。少女の話術は、この程度の相手なら十二分に通用していた。
「最近、この辺りで傭兵とか募集してるって聞いたんだけどぉ。ほら、戦乱になったらアタシみたいなはみ出し者は立ち回り次第で喰いっぱぐれないじゃない」
「なんだ、嬢ちゃんは女だてらに俺たちの仲間入り希望か?」
「ヒュー、歓迎するぜ!」
 口々に男たちが囃し立てる。
「あ、でもでも‥‥」
 少女は不意にトーンを落とし、心配げな口調で言った。
「ここだけの話なんだけどぉ。アタシ、ドレスタッドから来たのね。けっこう噂になってるの。ここの子爵さまが反乱の準備してるって‥‥ドレスタッドの領主様の耳にも入ってるかも、これってバレたらちょっとヤバイんじゃない?」
 不意に告げられた不穏な話に、兵士たちがざわめく。
「‥‥俺たちゃそんなこたぁ聞いてねえぞ?」
 それもその筈だ。これは少女のブラフ、そんな噂はありもしないのだから。
「でも、不思議よねー。どうしてばれたのかしら? 誰かが子爵さまを裏切って、矢面に立てようとしてる人がいるのかも‥‥」
「ばれたって‥‥おい、エド=クリス。そりゃマジか? そんなヤバイ事になってんのか?」
 不穏な空気は酒場中に伝染していた。周囲のそこここからどよめきが絶え間なく響いている。間違いなく、この噂は広まるだろう。
「‥‥気のせいよね☆」
 誰にも聞こえないように呟くと、少女はぺろりと舌を出した。

(「上手く行っているようだな‥‥」)
 一方のカノンは酒場の喧騒の中、人々の話に耳を傾けていた。この状況ならば、噂話も掴み易いというものである。
「‥‥何やらきな臭い噂のようだが」
 隣の兵士にそれとなく話を向ける。
「反乱とか裏切りとか言われてもなぁ‥‥アイツらが妙な事企んでるんじゃねぇのか?」
「アイツら?」
「いや最近、子爵様の館に妙な野郎どもが逗留しててな‥‥洒落た銀の腕輪を付けた赤毛の色男と、妙なローブを着込んだ銀髪の優男だけど、軽業師と占い師にしちゃ雰囲気が剣呑なんだよ」
 男の述懐に、女は小さく頷いた。間違いない、怪しい男達の噂は真実だ。しかし、少数の者を引き入れただけで反乱を成就できるとは些か考え難いのも確かだ。何か別の意図を感じざるを得ないカノンであった。

●合流
「待たせたな、アルフェイン殿」
 宿屋の一室。一通り面子が集まったのを見て、李風龍(ea5808)が口を開いた。
「教会に行ってみたのだが‥‥あまり大した話は聞けなかった」
「ま、仕方ねーよ。人には向き不向きってのがあるしな」
 仲間思いの優しい僧兵をとりなすように、リュリス・アルフェイン(ea5640)が答える。およそ全ての情報と言うものが言葉に仲介される性質上、彼には少々荷の勝ちすぎた役目だった事は否めなかった。
「ただ‥‥子爵殿は、エイリーク殿を良く思っていないらしい。詳しい事情は聞き出せなかったが」
「噂では、ドレスタット領主の座を巡る争いに敗れたからとも聞きましたが‥‥」
 ルメリアの報告も、噂の域を出るには少々影の薄さが難点だった。
「私怨で反乱を起こすのでは、大義に欠けますわね」
「表立って行動を起こすならな」
 野心や感情だけの男が他の貴族からの人望を得られるとは思えない、そう語るグレタである。他の貴族に祭り上げられているだけならば自滅も近いだろう。
「俺は一応、海賊の噂を流してきた」
 飛の狙いは軍事行動の制限。子爵が動いた時に、海賊と結び付けられるのを恐れるだろうとの読みである。ただ、噂が上手く伝わっている自信はなかったが。
「反乱が起こる可能性大でしたら、私も噂をまこうかと思っていたのですが‥‥」
 ドロシーはどうすべきか決めかねている。今の所、反乱が起きるという確証がある訳ではないのだ。
「‥‥そういえば」
 カノンが、兵士から聞いた怪しい男達の風体を話す。
「的中だ」
 銀髪は聞き覚えないが、赤毛の風体がリュリスの記憶に合致する。間違いない。彼のロキ・ウートガルズの配下が子爵に接触している。
「多分そいつらは紫の関係者に違いねぇ」
 冒険者達の表情が厳しさを増した。運命の天秤は、まだどちらに傾くか決めかねている。

●面会
「至急の用事でカイエンが来たと伝えてくれ」
 子爵の館を訪れたリュリスは、応対した使用人にそう告げた。
「お、御待ち下さいませ‥‥」
 通常なら面会の約束がない者は取りつがないのが常だが、至急の用事に加えて胸に付けた十字勲章が目に止まったらしい。使用人は慌てながら館の奥に消えていった。

 ややあって。
「‥‥お話、承りましょうか」
 青年が案内された応接室にいた人物は、明らかに領主とは思えない、30代半ば程に見える男であった。
(「ちっ、執事か‥‥」)
 期待外れの結果だ。先方はリュリスの嘘をそれと見抜いた上で、様子を見るつもりらしい。
「俺は、ここ最近世間を騒がせる紫ローブ――ロキ・ウートガルズを追っている冒険者だ」
 思い切って正体を明かす。此方に正義がある事を伝えるのが先決だ。
「‥‥ほう」
 執事の目が光る。
「あいつは悪魔のような男だ。部下は平気で切り捨てる。ともすれば暗殺まで行う」
「‥‥」
「ロキは北を目指している。ここで反乱の種を撒いてオレ達や騎士団を妨害。秘宝を手に入れ逃走、か。子爵を駒にとは恐れ入るぜ」
「駒とは聞き捨てなりませんな」
「しかも、ロキは禁忌に手を出す恐れがある。それに関係した内乱はデビル騒動で苛立った王家を刺激するかもな。なら‥‥」
 一旦言葉を切ると、執事の反応を見定めてリュリスは続けた。
「奴を上手く裏切って秘宝とロキ捕縛の名誉を手に入れる方が‥‥美味しくないか? 辺境伯も面子丸潰れさ」
「なるほど‥‥旦那様にお伝え致します」
 感心したかのように、男は呟いた。
「頼むぜ?」
 リュリスは言うと、館を辞した。
 切れるだけのカードは切った。後は、子爵の手番を待つだけである。

●確執
「むぅぅ‥‥」
 執事の話を聞いて、ダルクールは困惑していた。どこの誰とも判らぬ自称冒険者の話など捨て置きたい所だが、そうも行かない信憑性も感じられた。何より、自分の客人の名前を騙ったところが気にかかる。何故、知っていたのだろう‥‥。
 それに、現在この町に流布する噂。曰く、ダルクールは反乱の準備をしている! そして裏切り者がどこかに潜んでいる!
「まぁだ判んねえのか?」
 部屋の隅、身じろぎ一つせずに佇んでいた赤毛の青年が、苛立ったように口を開いた。
「あのエイリークの策略に決まってんじゃねえか。アンタを切って子飼いの配下を代わりに据える腹なんだよ」
 奴は一度暗殺されかけている。その所為で諸侯が信じられなくなったのさ。そう告げると、赤毛の青年は口を閉じた。
「‥‥静観する。今はな」
 数拍の間を置いて、子爵の口から出た結論はこれだった。 
 どう考えても表立って動くことなど出来はしない。下手な事をすれば、放逐される格好の材料を与えてしまうだろう。だが、何かあった時に背後から毒に塗れた短剣を振り下ろすのは私だ‥‥。
「んじゃ、後は任せたぜ」
 これで子爵とエイリークの確執は深まるに違いない。青年は最低限の目的を遂げ、館を去った。
 但し‥‥子爵が誰の背中に短剣を突き立てる腹なのか。それは、まだ誰にも判らなかった。