●リプレイ本文
●大商人御一行が往く(又は逝く)
夕暮れの街道に轍と蹄の音が響き渡る。
「‥‥気持ちいい風ですねぇ」
風を切って走る馬車を操り、シルフィーナ・ベルンシュタイン(ea8216)が呟いた。操る手綱は練達の手捌き、鞭を片手に淀みなく馬を操り馬車を駆るその姿は一流の御者そのものだ。
その馬車の後ろ、轡を並べ進み往くは二騎の馬影。伊勢八郎貞義(ea9459)とテスタメント・ヘイリグケイト(eb1935)の愛馬である。彼らは馬車の護衛として、騎乗して付き従っている。
と、ゆっくりと馬車の速度が落ちる。適当な場所を見つけ、馬を休めるついでに夜営をする算段なのだ。馬は確かに速いが、生き物だけに定期的な休息は不可欠だ。特に今回は急ぎの用事がある訳でもない。冒険者達は馬を停めると、夜営の準備を始めた。
ぱちぱち、と薪のはぜる音が聞こえる。
「こんなもの、ですね」
焚き火の周りに石を積み、持参した調理器具片手に青年、イーサ・アルギース(eb0704)は言った。夜営をするにしても、先ずは腹ごしらえ。簡易的な調理場をこしらえたのだ。
「保存食を齧るだけでもいいのに‥‥こんな事まですいませんねぇ」
と、申し訳なさそうなのは依頼人の中年男。
「いいえ。細かな雑務から家事全般まで、どうぞ遠慮なくご命令ください」
言って、青年は丁寧に一礼する。この中年男をそれらしく見せるため、青年は執事の役を買って出ていた。以前もそれらしき事をやっていたとは本人の弁だ。とはいえ礼儀作法はいささか怪しいものがあったりするのだがその辺はご愛嬌、気配りでカバーする構えのイーサである。
「ここまでは何事もなくって良かったな」
ジャスパー・レニアートン(ea3053)は護身用の小ぶりな短剣を懐に収めた。万が一、夜襲を受けて接近戦になった時の為の配慮である。少年の本領は水の精霊魔法にあるので、役に立たないに越した事は無いのだが‥‥。
「まぁ、この辺は比較的安全ですからね」
それに皆さんがいれば安心ですよ、と依頼人は言う。既に頭の中は年老いた母親に吐いた嘘をどう誤魔化すかで一杯のようだ。
「相変わらず面白い御仁ですなぁ‥‥所で肝心の商売の方はあれから如何ですかな?」
貞義の問いに、依頼人はまあまあですねと答えた。
「ただ‥‥なんと言うか、この有様ですからねぇ」
急にしょぼくれる男。
「ほらほら辛気臭い顔は大商人には不似合いです。背筋を伸ばす!」
その背中をバシッと叩いたのは多嘉村華宵(ea8167)。真面目な顔をしているが、内心では面白がっているに違いない。
「そしてしっかり前を見る!」
男の顔をがしっと押さえ、華宵は前を向かせた。
――ごきっ!
『あ゛』
なにやら異音がしたんですが気のせいでしょうか。
「‥‥そんな頬染めて見つめたってダメです。私男ですから」
「クビが回らないんですっ」
痛くて紅潮してたらしい。
「あははは‥‥ともあれ、今から私達は貴方の使用人です。しかも今回は大サービスで幼妻までセット。お買得ですよ♪」
とまぁ無理矢理笑って誤魔化す華宵である。
「‥‥何やってるんだよ」
半ば呆れた調子でカルナックス・レイヴ(eb2448)が白き祈りを捧げ、依頼人の首を癒す。
「あああ、すいませんすいません」
こちらはひたすら低姿勢。誰に対してもそうらしい。
「そうそう、その調子で本番も普通に振舞ってくれ」
下手に偉ぶれば、母親が悲しむ可能性がある。とカルナックス。自称ジ・アース全女性の味方からしてみれば、嘘がバレて年老いた母親ががっかりするのはどうしても防ぎたいのである。
ややあって。
「さぁて、おっ待たせしました♪」
華宵の言うところの幼妻、ピリル・メリクール(ea7976)が腕を存分に振るった夕食が完成し、イーサが皆の元に配膳して回った。食材提供は依頼人である。
『いただきまーす』
――どーん。
皆が並べられた料理を一口食べた瞬間の音である。いや実際にそんな音はしてないのだが、一同の心では絶対轟いてる。轟きまくってる。
「‥‥ナ、ナニか飲み物っ!」
あまりのショックに言葉を失いかけたジャスパーが吠えた。
「あっはっは、凄まじいですな‥‥」
貞義の笑いも荒野を吹きぬける風のようにカラッカラだ。
「う‥‥」
シルフィーナに至っては一口咥えたまま凝固中。体力低めな彼女は夢心地一歩手前である。
「‥‥皆さん寝込まなければいいのですが」
一人だけ涼しい顔をしてたりするイーサだが、額からたらりと汗が一筋。表情に出にくいだけのようだ。
と。
「フ‥ククク‥‥」
突然テスタが笑い出した。
「クックック‥‥フフフハハハハ! ハーッハッハッハッハ!!」
髪が逆立ち爛々と目を輝かせ、正に邪悪そのものの哄笑‥‥狂化するほど不味かったらしい。マジか?
「きょ、狂化までっ‥‥私の彼氏さんは毎日食べても平気なのにっ」
涙ながらに訴えるピリルである。
『それは偉大だ‥‥』
この場にいない少女の恋人に心の底から同情したり尊敬したりの一同だったとか。
●親子の再会
「つ、ついた‥‥」
こじんまりとした町へ到着すると、ぐったりした顔でシルフィーナは呟いた。あの料理がかなり尾を引いているらしい。
「さて‥‥いよいよ母君とのご対面。心の準備は宜しいですか、旦那様?」
対照的に華宵は涼しげに笑んで見せる。自分ひとり別の物を食べていたと見るが、どうだ。
「くれぐれも余計な事は喋らぬよう。仕事詳細については秘密の二文字で!」
「お、お願いしますね、皆さん‥‥」
依頼人は緊張に身も言葉も硬い。
「そう緊張しないしない♪」
そんな男に明るい笑みでピリルが励ました。
「‥‥でも必要以上にベタベタしたら許しませんよ♪」
目が笑ってません先生。
「わ、わかってますよぅ」
「さて。準備が出来たのなら、行こうか」
カルナックスが一同を促す。見栄から出た可愛い嘘、どうせなら束の間の真実にしてやろう。親子の久々の対面なのだから‥‥。それは、冒険者達に共通する想いだった。
「ただいま、母さん」
「‥‥おお、よく帰ってきたね、ニーヤ」
再会したキノーク親子は抱き合ってお互いの無事を喜び合っていた。因みにニーヤとは愛称で、本名はニヨルドというらしい。
「あの‥‥お義母様、ですねっ」
礼服に肢体を包み、おめかしも万全のピリルがおずおずと進み出た。
「挨拶が遅れてしまって申し訳ありません。ピリルと申しますっ♪」
「おやおや、こんな可愛らしいお嬢さんがウチの息子にねぇ‥‥」
目を細めて喜ぶ母親。
「あ、いや、その‥‥ヒトメボレ、ってやつでして」
しどろもどろになって男が取り繕う。一見照れ隠しに見えないこともない。
「息子の事、末永く頼みますね、ピリルちゃん」
母親の優しいお願い。少女は僅かな罪悪感を噛み殺し、
「はいっ♪」
と明るく答えた。
「お茶は如何ですか、大奥様」
ティーセットを乗せたトレー片手、イーサが丁寧に尋ねる。
「あらあら、言ってくれれば私がやりますのに」
「‥‥いえ、旦那様にお仕えするのが私の仕事、そして喜びですので」
青年は淡々と告げる。その姿にプロの矜持を見たのか、母親は微笑んだ。
「それではお願いしますね。どうせですから、皆さんで一緒に頂きましょう?」
「畏まりました、大奥様」
一旦トレーを置き、青年は丁寧に頭を下げて退出した。
紅茶の淡い香りが室内に漂う。
集まった一同の言葉も弾み、賑やかで和やかな一時が訪れていた。
「いやぁ、旦那様には頭が上がりません」
身振りを交え、華宵が身の上(というか設定)を語る。
「遊びが祟って勘当され異国修業の旅に出されたジャパン商人の息子を、何の疑いもなく拾ってくださったのですから‥‥」
この刀は旦那様に捧げたのです、そう言って青年は男を見つめた。
「我輩は主がまだリュックマンと呼ばれていた駆け出し商人の頃からお仕えいたしておりますが‥‥いやいや、主の手並はそれはもう惚れ惚れするほど見事ですからなぁ」
貞義が何時もの大仰な言い回しで男を褒め称える。
「船を格安で仕入れる等は序の口、ある領主の依頼を難なくこなした時は身震いいたしましたぞ!」
不都合な部分は意図的に伏せ、都合のいい所だけ膨らませた貞義の話に、母親は感心しきりだ。大丈夫、嘘は言ってない。たぶん。
「僕は毎日勉強させて頂いてるんだ」
少年の瞳でジャスパーが言った。
「未熟な見習い商人の僕に、お前は右腕だって言って色々な事を教えてくれる。その上、大奥様に紹介までして貰えるなんて‥‥」
ボロを出さない自信が少年にはある。商業に興味があるのは嘘じゃないし、曰く付きとは言え船を持つ商人を尊敬できるのだって本当だ。自分に嘘を吐いている訳じゃない。
(「だから‥‥僕はボロを出さずにいられる」)
この自信が、ある意味で言葉に信憑性を増しているのは間違いないだろう。
「ハーフエルフの私を、旦那様は普通の人間と同じように扱ってくれました」
口数は少ないが所作も礼儀正しく、真摯な口調のテスタである。
「迫害されていた私を拾ってくださったこのご恩、一生忘れられません」
「まぁ‥‥」
母親は驚きの目で青年を見つめた。
「ニーヤ‥‥商売の場は大丈夫なの?」
私達は気にならないけど、と前置きして母親が尋ねる。付き人がハーフエルフの商人は確かに少数派だろう。イメージも大事だからだ。
「‥‥あ、いや‥それはその‥‥」
依頼人、一気にしどろもどろ。
「旦那様は器の大きい方なんだ」
すかさずジャスパーがフォローを入れる。
「旦那様程の商人となれば、心無い者達の嫉妬や妨害も御座いますが‥‥」
「それに負けないからこそ一流の商人とも言える、と」
華宵とカルナックスもそれに加わり、母親は「商売の世界はは難しいわね」と言って微笑んだ。
歓談も長くなり、イーサが紅茶のお代わりを注いで回っている。
「それにしても、残念ね‥‥」
不意に、母親が呟いた。
「どうしたんですか?」
小首を傾げ、シルフィーナが尋ねる。
「結婚式が見れなかったことが残念なの」
母親の言葉は当然のものだろう。久方ぶりの再会で、もう妻を連れてきていたのだから。
「あぁ、いやいやいやいや、式はまだなのですよっ」
慌てふためいた依頼人が取り繕う。
「‥‥良かったわ。では、近いうちに結婚式をするのですね?」
「そ、それは困りますっ!」
反射的にピリルが叫んだ。結婚式は乙女の夢、嘘の為に挙げる訳には行かないのだから当然といえば当然だが‥‥。
『‥‥』
流石に、妻が式に反対するなど前代未聞、一瞬その場を沈黙が支配した。
「奥様は慣れぬ土地と、何より大奥様との御対面で緊張されているのですよ」
お、貞義ナイスフォロー。
「あらあら‥‥ごめんなさいね、ピリルちゃん」
瞳に浮かんだ怪訝な色を労りに変えると、母親はとりなす様に微笑んだ。
「まぁ、それは我輩たちもでありますが‥‥。主、奥様はもう部屋で休んで頂いては?」
「そ、そうですね、そうしましょうか」
男の言葉を受け、テスタが労るようにしてピリルを連れて行く。
それを切っ掛けにして、その日の歓談はお開きになったのだった。
●ウソもマコトに
帰途、夜営の最中。
「それにしても嘘で嘘を塗り固めると、このように時間と金と労力を無駄に消費する事になるんだな‥‥これが自業自得というヤツか。勉強になったよ、ありがとう」
焚き火の向かい、少年の辛辣な言葉に男は苦く笑った。
「あまり嘘はつかない方が‥‥そのうち取り返しのつかないようになって、泣いても知りませんよ?」
苦笑いを一つ、シルフィーナも忠告した。流石にジャスパーよりも言葉を抑えているが、それは彼女が大人だからだろう。
「ですが‥‥人間としては好感が持てます」
生真面目な顔でイーサが告げた。
「少なくとも、私は嫌いではありません。そのままでいて欲しいとさえ思えます」
いつか本当の大商人になっても‥‥。その後の言葉は聞き取れなかったが、言わんとする事は伝わったようだ。
因みに今回の食事はイーサが作っているらしく、美味いと好評だ。ピリルが複雑そうな顔をしているのはご愛嬌。しょうがないじゃん、自他共に認める壊滅ぶりなんだからっ。
(「親は離れていても子の事が判ると聞いた事がありますし。母御殿は主の嘘など御見通しのような気がしないでもありませんな‥‥」)
別れ際の母親の瞳を貞義は思い出していた。まったく、母の愛は海より深いといったのは誰だったろうか。
「口は災いの門、でしょうなぁ」
「まあ」
ポン、と男の背中を叩き、カルナックスが言う。
「嘘が心苦しいんならなればいいさ、本当の大商人にな」
「そうですね、頑張りますよ私はっ!」
依頼人――ニヨルド・キノークは気合一発、拳を握る。
「それじゃ、まずはお嫁さんから本当にしましょうか?」
華宵の言葉に、男の視線がじとーっと一箇所を見つめた。
「だ‥‥だめだめだめっ、私には心に決めた人がいるんですっ!」
慌てて後ずさりするピリルだ。
「勿論、冗談ですよぉ」
冗談だったらしい。
「いやぁ良い事するって楽しいですね♪」
「もうっ」
悪戯っぽく笑む華宵にピリルが小さく拳を振り上げると、焚き火の周囲は笑い声で包まれたのだった。