【ドラゴン襲来】暗謀のユトレヒト
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■ショートシナリオ
担当:勝元
対応レベル:3〜7lv
難易度:難しい
成功報酬:2 G 46 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:06月12日〜06月19日
リプレイ公開日:2005年06月20日
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●オープニング
月が冴え冴えと美しい。
柔らかく降り注ぐ月光の最中、物陰に潜み、押し殺した声で二人の男が囁きあっていた。
「‥‥あそこか。間違いないのか?」
「あぁ、確かに例の赤毛と銀髪が出入りするのを確認した」
二人が眺める先は、一軒の酒場。荒れ果てた表構えや朽ちかけた看板の様相は、そこが既に営業を取りやめて久しい事を思わせた。
「‥‥不貞の輩が巣食うには似合いの場所、か」
と、男の首筋に生暖かい感触。手をやれば、ぬるりと粘つき滑る。僅かに感じる鉄の匂い‥‥
慌てて振り返る。
男の相棒はそこにいた。声一つ立てられぬよう後背から口を塞がれ、喉笛に短剣を突き立てられて。
「‥‥ッ!」
ゆっくりと短剣がスライドしていく。真一文字に切り裂かれたそれは、まるで哄笑するもう一つの口のように男に向け鮮血を振りまいた。
「ヒィィィッ!」
突然訪れた惨劇に男はパニックに陥った。逃げなければ。一刻も早く、此処から逃げなければ。一瞬で絶命した相棒を顧みようともせず、男はその場から駆け出し‥‥月明かりの下、まるで凍りついたようにピクリとも動けなくなった。
「‥‥残念だったなぁ?」
揶揄するような声が響く。鮮血に塗れた短剣を片手、赤毛の青年は身動き取れぬ男の正面に回りこむと、秀麗な表情を酷薄に歪めて言った。
「屑の分際で出過ぎた真似をしようとするからさ‥‥あばよ、生ゴミ」
短剣が首筋に当てられる。このままゆっくりと、苦痛と恐怖を味わわせて殺すつもりなのだろう。
と。
「‥‥」
赤毛の青年の後ろ、腕組みをして何事か思案にくれていた銀髪の青年が何事か耳打ちした。
「‥‥面白れぇ」
不吉な旋律を口笛で奏でると、赤毛の青年は首筋から短剣を離す。
「良かったなぁ。アンタ、寿命が延びたよ」
次の瞬間、月下に銀光が踊った。
「‥‥ほんの少しだけど、な」
冒険者ギルドの奥、密談用の個室に座るは領主館の騎士、レオナールだ。
「‥‥先ずは、これを見て欲しい。私が放った密偵の書簡だ」
前置きもそぞろ、差し出した一枚の羊皮紙は黒ずんだ血に塗れていた。
「届けてくれた者の話によると、右手以外の全身を切り裂かれ、裏路地の片隅で息絶えていたらしい」
恐らく死力を尽くして書かれたであろうそれは、震えるような血文字で一言、
『蒼月亭』
とだけ書かれていた。
「どうやら潰れた酒場らしい。そこに何があるのかは全く判らない。手がかりもそれしかないからな」
あるいはロキとその配下の連絡に使われている場所かもしれん‥‥レオナールはそう言って、本題に入った。
「今回の依頼は、そこの調査だ。手段や対応などは全てお前達の器量に任せよう」
「その蒼月亭の場所は‥‥?」
ギルド員が尋ねると、男は短く答えた。
「ユトレヒトだ」
ドレスタットの北方、ノルマン王国に隣接する都市国家。先日行われた海戦祭の主賓、ソルゲストル・ユトレヒトが治める国だ。
「今回は国外での活動になる。行動には充分に気を配って欲しい」
「何らかの罠と言う可能性は‥‥?」
膾斬りにされて右手だけが無事など、不自然極まりない。明らかに狙って残したと考えるのが普通だ。
「充分有り得るだろう。だからこそ、冒険者を選んだ」
お前達の柔軟な対応力は得難いからな。そう言って男は口の端を歪め、小さく笑った。
●リプレイ本文
「只でさえ、今の時期はかなりの物流があるからな‥‥」
ロシア出身だというその男は、耳を隠そうともしないハーフエルフの少女――ブラン・アルドリアミ(eb1729)の質問に嫌な顔一つしなかった。侯爵館の騎士に尋ねた時は相手にもされなかったのだから、僥倖と言っていいだろう。
今の時期とは、ユトレヒトで年に一度開かれる定期市の事だ。今年は先日行われたドレスタットの海戦祭の戦勝会を兼ねる形になっている。
「特に今年はどさくさ紛れに禁制品を持ち込む不埒な輩がいてもおかしくはないだろうさ」
まぁ、そんな輩がいたら俺が捕まえているがな。そう言って小さく笑う男を見て、ブランは男から聞いたこの地の実情を思い返した。
ユトレヒト公国はドレスタットの北方に位置する都市国家だ。
古くはフランクから独立した都市国家であり、ハンブルグやブレーメンといったネーデルランド地域内陸の都市との交易中継地点として栄えている城塞都市でもある。伝統的に河川を利用した海路貿易と近隣街道の治安維持に尽力してきており、歴代の領主は評価が高い。それは現領主のソルゲストル・ユトレヒトも例外では無いようだ。
「ユトレヒト公は白の信徒だと聞き及びましたが、精霊信仰についてはどういった扱いに?」
雑多な人々でごった返す真昼の酒場の中、少女の質問は続く。
「まぁ、あまり煩くは無いな」
周辺の都市国家との関係で、精霊信仰に関する知識を持つものは少なくないらしい。街の中には各所に精霊の姿をかたどったと言われるレリーフや、それらを祭る祠の名残もあるし、ものによっては現在でも呪い程度の利益を求めて参拝する者がいる場所もあるのだそうだ。
(「レオ野郎め‥‥」)
その横、リュリス・アルフェイン(ea5640)は頬杖を付いて二人の話を聞きながら、益体もない想念に囚われている。
本当はドレスタットの領主館を訪れ、依頼人に嫌味の一つも言ってこようと思っていたのだ。だが一足先に出たいというブランの意向もあってその余裕はなかった。まぁ、ぶつけようと思った質問の答えは何とはなしに想像がつく。密偵を放ったのは国外だからこそ、なのだろう。ドレスタット領の騎士が大っぴらに不審人物の調査を国外で行うわけにもいかない。そんな時、密偵は便利に違いない。
「――どうでした?」
予定の場所で一旦落ち合うと、二人分の荷物を抱えた髭面の大男――デルスウ・コユコン(eb1758)が尋ねた。
「ってゆぅか、かなりの数ネ」
言葉を返した伝結花(ea7510)は肩を竦めた。見慣れない人間が増えていないか、調べてきたのだが‥‥折りしも、今は年に一度の定期市の真っ最中、しかも戦勝会があるとなって規模、活気ともにかなりのものになっている。つまり今は見慣れない人間だらけなのだ。
「マ、怪しい人は確実に増えてるヮネ」
「えっと、蒼月亭の噂ですけど‥‥」
ピリル・メリクール(ea7976)が通行人から聞きかじった噂を伝える。
「‥‥なんでも、殺人事件があったんですって。狂化したハーフエルフが暴れたとかで‥‥」
駆けつけた兵士に取り囲まれ、数名の兵士を道連れに壮絶な斬り死にを演じるなど、かなりの被害が出たらしい。酸鼻を極める事件に店主の住居は冷たく暗い地面の下へと変更を余儀なくされ、後継者不在の蒼月亭はその生涯を終えた‥‥と言う事だ。
「とりあえズ、場所変わりまショ?」
陰惨な事件の噂に結花は整った眉を顰め、追跡されていないか周囲に注意を払いながら歩みだした。
賑やかな表通りを離れ、狭く込み入った裏路地。
「‥‥こういった場所はどこにでもあるんだねえ」
感心したかのようにミシェル・バーンハルト(ea7698)が呟いた。人影疎らな寂れた裏路地。偶に見かける人影は揃いも揃って目つきが悪い、曰くありげな人物ばかりである。
「光があれば、必ず影が出来るからな」
狭い裏路地にあって、ひときわ目を引く大柄な女、雅上烈椎(ea3990)が言葉を合わせた。
依頼人の話を聞く限り、相手方――ロキ・ウートガルズの一味だ――が次の手のものを予想しているだろう。女は鋭い眼光を周囲に配る。現時点でマークされている可能性を考えると、そこここで見かける人影も充分に危険な存在に思えた。
「にしても、全身鱠切りで唯一無事だった手に『蒼月亭』‥‥あからさまに怪しいねえ」
「血文字に右手以外を膾斬りって事は、つまりはわざわざ書かせたって事よね? となると、やっぱり罠だよね〜」
殺害現場を目指して歩きながら、ミシェルと桜城鈴音(ea9901)が意見を交し合う。双方共に罠との見解は一致しているようだ。
「‥‥最低限、冒険者に見られないようにはしたいがな‥‥」
椎が呟く。一般人を装えば、それだけマークされる可能性は減るだろう。だが、調査をこなしながら‥‥という条件を加えると難しい。努力はしているものの、見かける人影の視線が自分たちを監視しているように思えてならない椎である。
「どうせだから、聞いてみようか」
青年は女の表情に目をやると、訝しげな視線の男に話しかけた。
「最近、この辺で随分と物騒な事件があったそうですね‥‥?」
打って変わって神妙に語りかける青年に、男は眼つきの悪さもそのままに答えた。
「あぁ‥‥あそこまで酷いのは見たことがねぇ」
吐き捨てるように男は答えた。
「この辺に朽ちた酒場があるそうだが‥‥」
次いで尋ねた椎に、男は怯え混じりの嫌悪感を露にした。
「‥‥蒼月亭か? 悪い事はいわねえ、近付かない方がいいぜ」
「どうかしたの?」
男の言葉に鈴音が尋ね返す。
「‥‥ここ最近、俺たちのツレが何人も姿を消してるんだ‥‥みんな、あのボロ酒場を根城にしてた連中だ。探しに行った奴らも帰ってこねぇ‥‥」
どうやら行方不明者が相当数出ているらしい。ごろつきやチンピラが姿を消しても、表通りの人間は気にも留めない。それ故に今まで事件として扱われてこなかったのだろう。
(「それ、治安が良くなって喜んでる人も陰で結構いたんじゃないかな〜」)
鈴音はそう思ったものの口には出さず、代わりに「おっかなーい」と大げさに怯えてみせた。
「アタシ、この町に着いたばっかりなの。ソルゲストル様が治める良い土地だって聞いてたんだケド、何かあるゥ?」
小ぢんまりとした酒場でエールを頼んだ結花が、注文ついでに店員に話しかけた。
「そうだね‥‥今、一番の見所は戦勝会さ」
微笑を浮かべ、目鼻立ちの整った青年が答える。お勧め料理や領主の評判や好みのタイプなどの雑談に付き合ってくれるところを見ると、暇な時間帯らしい。雑談に紛れ、結花が尋ねた。
「そぉ言えば、最近なんかアヤシー人がうろついてるって聞いたんだケドォ」
女はそれとなく蒼月亭の話題に持っていく。
「怪しいかどうかは判らないけど‥‥ちょっと前から、あの辺に二人組の若い男が出るんだって。それ以来、あの辺のゴロツキが減ってるんだよ。もしかしたらユトレヒト公が治安維持の為に派遣した騎士とかかもね」
どうやら不確かな噂が出ているようだ。二人の正体を知っている結花としては突っ込みたくもなったが、そこは抑えて「ヘー」と頷き、さり気に話題を切り替えた。
「アタシ、南から来たのネ。もうちょっと北に旅してみたいんだケド‥‥コノ北って何があるノ?」
「ユトレヒトから北と言えば、アイセル湖に決まってるじゃないか」
アイセル湖――ノルマン王国北方に存在する巨大な湖。その北は海に繋がっていると言う‥‥。
(「スヘフェリンゲンにライデン、今度はユトレヒト‥‥確実に北上してるよぅネ」)
となれば北の最果て、アイセル湖に何かあっても不思議では無い。次はそこかシラ‥‥と我知らず呟く結花である。
朽ちた看板。内側から板で打ち付けられた窓。すえた埃の匂い‥‥。
看板からかろうじて読み取れる名前だけが、そこが以前は酒場であった事を物語っている。
「そう言えば、市はどうだった?」
集った冒険者の一人、ピリルが尋ねる。
「‥‥すっごく賑やかだったのはいいんだけどね〜」
複雑な表情で鈴音が答えた。『木を隠すには森の中、人を隠すには人込みの中』とばかりに定期市へ行ってみたのはいいが、賑やか過ぎて逆に何も見つけられなかったらしい。せめてもう少し目がいいか、聞き耳が鋭ければ違ったかもしれないが‥‥。
「コッチの道の方が早いと思うな」
「ソゥ?」
ミシェルと結花も退路の確保に余念がない。
「‥‥帰還の際は、必ず声をかけてくれ。最低でも30m手前だ‥‥」
椎は腰の刀に手をかけると鯉口を親指で押し上げ、潜入の準備を整えた三人に要請する。
「合図がなければ問答無用で斬る。徹底してくれ」
安全性の為に隠密性を完全に捨てる選択をしたようだ。微妙だが、仲間を守る為だと主張する椎に反対する者は誰もいなかった。周辺に小枝をばら撒いているのは踏む音で接近を見抜く為だ。
『連絡は私にお願いしますねっ』
力ある言葉を唱えたピリルの体が淡い銀色に輝き、虚空を走る意思がリュリスの脳裏に響いた。
『‥‥なんかあったらすぐ知らせてくれ』
思念を返すと、リュリスはブランとデルスウを伴い、正面の扉を蹴破って潜入を開始した。
ブランのランタンが誰もいない酒場のホールを弱々しく照らしている。窓と言う窓は内側から打ち付けられ、一筋の光も射し込まない状態だ。
「酷い臭いですね‥‥」
カビや埃の入り混じるすえた臭いに、デルスウが顔を顰めた。
「明らかに誰かが使ってやがったな‥‥」
と、床を検めたリュリスが複数の足跡を発見した。ほぼ全ての足跡はホールの奥へは向かわず、二階への階段に向かっているようだ。
「二階は‥‥宿でしょうか」
ブランがランタンを掲げるようにして二階を眺めた。
「だろーな」
「行ってみますか‥‥?」
デルスウが提案すると、若干の間を置いて二人は頷いた。
『――足跡を発見した。どうやら二階が臭い。これから向かう』
『了解ですっ』
青年の思念を伝える。この金髪の少女が現状の連絡役、チームの要である。
――ギシッ。
階段のきしむ音。慎重に三人は進む。
「これは新しいな」
壁の燭台の蝋燭には埃がない。間違いなく最近使われていた証拠だ。
「何処に入りますか‥‥?」
最上段に到達した少女が小声で尋ねる。予想通り二階は宿になっていたのか、客室とみられる複数の扉がぼんやりと浮かんで見えた。
「‥‥手前から虱潰しに調べましょう」
言って発泡酒を一口。男は手前の扉に取り付くと、ゆっくりと扉を開けていった。
部屋の探索も幾つめか。これまでは使われていた形跡こそあったものの、特に手がかりらしいものは見つからなかった。鈴音は引き払い済みでもう何も残っていないと予想を立てていたが、このままでは現実になりそうである。罠であるなら、何かの意図がある筈‥‥。
三人は緊張と不安にダンスを踊ろうとする胸を押さえつけながら、扉を開けた。
――ギィ。
‥‥僅かにきしむ音と同時、光が漏れた。
部屋の中には、ゴロツキ風の男たちが屯していた。突然の闖入者にいきり立つ。
「何だテメエらっ」
「バカな奴らがまた来たか。何時もどおり殺っちまおうぜ!」
口々に叫びながら、男たちがそれぞれ得物を抜いた。
「――賊と接触したそうですっ」
少女の言葉で、冒険者達の緊迫感が一気に増した。
「ってゆぅか、大丈夫ナノ!?」
「援護、行かなきゃ!」
「怪我はすぐ治すからって伝えてくれる?」
口々に訴える仲間達に、だが少女は拍子抜けしたように告げた。
「えっと‥‥平気そうだから、そのまま待機、ですってっ」
――ザンッ!
体重を乗せたデルスウの剣閃が敵を両断し、倒れた男はそのまま動かなくなった。
「‥‥意外、ですね」
余裕を持って剣戟を弾いた少女が、あっけに取られたように呟く。男たちはどう見ても格下だったのだ。
「話になんねー‥‥」
鞭で一方的にしばき倒す。戦意だけは無駄に旺盛な相手に青年の溜息が漏れる。
圧巻だったのはデルスウだ。彼ほどの達人になると、このクラスの相手ならどんな大振りでも必ずと言っていいほど命中する。腕が段違いなのだ。
――程なくして、室内の男たちは全滅した。
「何なんだ、コイツらはよ‥‥」
倒れた男の持ち物を検めていたリュリスが、うんざりした声を上げた。
「‥‥これが罠とは到底思えませんね‥‥」
デルスウが首を傾げた。
と。
「おいおい‥‥勘弁してくれよなぁ」
馬鹿にしたような声が、彼らの背後‥‥戸口から聞こえた。
『――出やがった! 赤毛と銀髪だ!』
突然飛び込んできた思念。少女は血相を変えて仲間に伝える。
「援護! ダッシュ! 行きましょうっ」
一も二もなく仲間達は行動を開始した。
「候から預かった大事な手駒なのによ‥‥」
短剣を抜いた赤毛の青年が、戯れるように言った。
「ふん。一人じゃ何も出来ない生ゴミが何言ってやがる」
仲間に思念を飛ばすと、挑発するようにリュリスが鼻で笑う。
「いいから死ねよ」
短く言って、赤毛の青年が床を蹴った。
「ぐっ‥‥」
と、デルスウが短く呻いて全身を硬直させた。
「‥‥貴方が一番厄介そうです。月影のオリビエがその影、縛らせて頂きました」
銀髪の青年が告げる。
「ちっ!」
リュリスが咄嗟にナイフを投げつけると、その刃は青年の肩口を傷つけた。
畳み掛けるように鞭を振るう。撤退するにしても、この男は弱らせておかねばならない‥‥。
と。
聞き取れないほど早い、力ある言葉が青年の影を縛った。
「な‥‥」
「させませんっ!」
――ギィン!
立ち尽くしたリュリスを庇うようにブランが飛び込んで短剣を弾く。
「‥‥抵抗された!?」
と銀髪の声。どうやら影を縛る魔力を弾いたらしい。
「膾にしてやるよ!」
赤毛が少女の懐に潜り込んで短剣を振るうが、傷はごく浅い。オーラが弾いているのだ。
「‥‥ぅっ!」
不意に飛んできたダーツが刺さり、オリビエが呻いた。結花だ。結花を先頭に仲間が駆けつけたのだ。
「退がれ、オリビエ!」
青年は鋭く叫び、短剣を少女のわき腹に深く突き刺すと、相棒を引きずるように身を翻す。
「ううっ!」
防御の隙間を突いた一撃に、少女が膝を付く。
「退くよ!」
鈴音が殿に入り、一同は動けぬ仲間を庇いながら退却した。
ドレスタット。
己の執務室で、レオナールは冒険者達が入手した遺留品――ブランの脇腹に残された短剣だ――を検めていた。
「この紋章は‥‥」
まさか、と思った。だが、間違いなくこの紋章は‥‥。
「‥‥ユトレヒト」
まさか、彼のロキ・ウートガルズと繋がっているとは。
男は眉間に皺を寄せ、溜息を一つ、吐いた。
城塞都市の何処か、薄暗がりの部屋。
「‥‥あれでいいんだろ?」
「ええ。これでこの地にまた一つ、血華の種が‥‥」
二人の青年は愉しそうに、不穏な笑みを浮かべた。