●リプレイ本文
●信仰
「司祭様の身を守る為、護衛をつける事。そして犯人特定の為に関係者への質問をお許しいただけへんですか?」
「勿論ですとも。その為に貴方がた四人を派遣して頂いたのですからね」
クレー・ブラト(ea6282)の要請を、司祭――40絡みの恰幅のいい、人当たりの良さそうな男だ――は断らなかった。
揺れる馬車の中、司祭を含めた乗員は五人。どうせミッデルビュルフに戻るなら、そのついでに‥‥と伊勢八郎貞義(ea9459)が頼み込んだ結果だ。お陰で、通常なら小船を乗り継ぎ徒歩で二日かかる道程が然程の苦労もなく短縮されそうだった。尤も、四人掛けの馬車に半ば無理矢理乗っている為、多少の息苦しさは我慢しなければならなかったが。
「ところで司祭殿」
司祭と差し向かい、その貞義が口を開いた。
「身に覚えは本当に? いや、知らずとも場凌ぎは出来ますが根本的な解決にはなりませんし、今後も同じ事が起きるだけでありますからな」
「ありません」
困ったような不本意なような顔で男は韜晦してみせた。
「十年以上この地におりますが‥‥ヒトに怨まれるようでは、白の司祭は名乗れませんよ」
(「ヒトには、ねぇ‥‥なら何に怨まれてんだろうな」)
不信感も露に、灰原鬼流(ea6945)は男を見つめた。
「‥‥なぁ、あんた‥‥人じゃなく、何かに怨まれる覚えはあるか」
睨み付けるような鋭い視線もどこ吹く風と受け流し、男は首を傾げた。
「はて、何かとは?」
「ヒトの恨みを買わずとも『ヒト以外の者』は如何ですか、という事です」
すかさず多嘉村華宵(ea8167)が割って入る。
「私達、ジーザス教は浅学でヒトの定義が分からなくて」
いやぁ、と頭を掻いてみせる青年の微笑には淡い毒が混じっている。誰にも怨まれず憎まれず‥‥そんな綺麗な一生、ある訳がない。恨み等は己の与り知らぬ所で買うことさえ儘あるのだから。
「ふむ‥‥モンスターの類は相手した経験がありませんし。やはり無いですなぁ」
司祭の言葉が白々しく聞えて仕方ない華宵である。
「確か、聖なる母は救いを求めるものに惜しみなく加護を与えるのでありましたな」
確認するように聞いたのは貞義だ。対する司祭は、まるで生徒を褒めるように答えた。
「その通りです。故に、私も救いを求めるヒトの手を拒んだ事は一切ありません」
「もし禁忌の種だからと手を差し伸べなかったとしたら、それは聖なる母の教えと反するのではありませんかな」
急に方向を変えた貞義の問いに、司祭は問いで返す。
「戦いに敗れ、命乞いをするオーガを貴方は救った経験がありますか?」
――オーガ!
その返答に、馬車の中は静まり返った。
貞義は頭を抱えた。‥‥決定的に思想が違いすぎる。この男は、ハーフエルフとオーガを同列視しているのだ。と同時に納得も出来た。馬車を追う形で愛馬を走らせているカノン・リュフトヒェン(ea9689)とブラン・アルドリアミ(eb1729)は恐らく冒険者としてカウントされてもいない。存在を認めていないのだ。だから、身に覚えもない。
華宵もハーフエルフの存在について尋ねたい事は山ほどあったが、実行する意思は霧散していた。ヒトをヒトとも思わない男の為に貴重な人生を無駄にするのは愚か――最早それは仲間達の共通見解に近い。白の教義だろうが個人の信念だろうが、ハーフエルフが生きている事には何の変わりもないのだ。
「風の噂では、汚らわしいオーガと親交を結んだ者もいるとかいないとか‥‥」
ふと、司祭が言った。
「ブラトさん。貴方は神聖騎士だそうですが、どう思われますか?」
質問に答える気力も無く、クレーは沈黙で返した。
(「‥‥正しきジーザスの教えか〜」)
小さな溜息の後は、馬車が止まるまでの間、轍の音だけが単調に響いた。
●護衛
礼拝堂に司祭の声が響いている。折りしも、その日は結婚式が執り行われており、教会は参列者が多数訪れていた。
街に着いてから、司祭の護衛役を買って出たのは表向き二人、クレーと貞義だった。表向き、と言うのは陰ながら鬼流と華宵がガードしているからだ。その甲斐あってか、式の最中に暴れだすような闖入者は今の所現れていない。
祝福された二人がゆっくりと教会を出て行く。その姿を見送りながら、参列者が後を追う。
その全てを見守る司祭から少し離れる形で、クレーは佇んでいた。参列者に威圧感を与えないように選んだその姿は、生業の読師のものだ。尤も、貞義が鎧マントに盾ナイフとフル装備だったりするので、気遣いはある意味無駄だったりしたのだが。
「‥‥司祭様、どんな方です?」
ふと、青年は傍らに立つシスターに尋ねてみた。一瞬の戸惑いの後で返答はすぐに返された。
「富めるもの貧しいもの別け隔てなく接される、素晴らしい方ですよ」
嘘を吐いているようには見えない。心底そう思っているのだろう。住民からも概ね尊敬されているらしい事は、護衛をしている内に自然と理解できた。ある種の人格者なのは疑いようが無い。それだけに、ハーフエルフへの対応に首を捻りたくなるクレーである。
ローブの下、隠したレイピアの柄をまさぐる。出来るだけ、これが役に立つ時が来て欲しくは無かった。
その男の様子がおかしいと、最初に気付いたのは鬼流だった。
結婚式ともなれば、視線は式を挙げる二人に向くのが普通だ。だが、その男の視線は二人を向かず、とある一点を見つめているのだ。発散される不穏な気配。極めつけに、人より長い耳‥‥。群集の向こう、幸せな二人を祝福するでもなく路地の片隅からねめつける男の視線は、確かに司祭を捉えていた。
(「あれか‥‥っ」)
人込みを迂回するように、走る。腰の短剣に手をかけ、一気に近寄って意識を断つ。普段の鬼流なら、出来た筈だ。だが‥‥。
――ふらっ
「うっ‥‥」
不意に襲う眩暈に、一瞬視界を失う。足元がふらつく。
(「しまった‥‥」)
眩暈の理由は単純だ。朝から何も食べていなかったのだ。保存食くらい買っておけば良かった‥‥苦い後悔が鬼流を苛む。かろうじて持ち合わせていた保存食は往路で既に食べていた。そもそもバックパックですら重過ぎて持ってくる事が出来なかったくらいだ。片時の間もなくつかず離れずで司祭をガードしようと言うのに、あまりにも準備が整っていなかった。
もう一度路地に目をやる。男は既に、いない。
●調査
一方。カノンは単身、酒場を訪れていた。
司祭が『禁忌』を前にどう反応するか。考えればそれは明白な事だった。故に司祭と直接は会わず、こうして犯人の捜索を選択したのだ。
「――で? いないか、最近になって居ついた怪しい男は」
酒場の主人に尋ねる。耳を隠す髪飾りは忘れていない。それは、彼女にとって第二の鎧なのかもしれない。
「ウチには顔を出してないが‥‥あ、いや、いたかな。妙な奴が」
司祭が感づくと言うことは、周囲をうろついている公算が高い。であれば、そうそう居場所の無い人物の事だ。路地裏などに居ついていても不思議ではない‥‥カノンの考えは概ね正しかったのか、酒場の主人は記憶から一人の男を拾い上げた。
「少し前にな、保存食が沢山欲しいって言ってきた奴がいたよ。旅かいって聞いたら、そうじゃないって言うんだ」
誰だか知らないが、野宿でもする気かねぇ? と言う男に、カノンはそんな所だろう、と御座なりに答えて席を立った。
(「――ヒトの恨みを買う覚えは無い、か‥‥ふん。確かに怨む価値もない男だ」)
ギルドで聞いた司祭の述懐を思い出す。恐らく、男は買い込んだ保存食を握り締め、復讐の機会を伺っているに違いない。止めてやらねば。そんなものは、父の試練などではありはしないのだから。
一旦仲間と合流すべく、カノンは踵を返した。
同じ頃。
カノンとほぼ同じ理由から、ブランもまた裏通り中心に聞き込みに回っていた。
本当は相手の名前や風体が判明してから行動したかったのだが、時間の関係でそうも言っていられない。唯一の手がかりともいえる、血文字の手紙を方々に見せ、知らないと言われても名乗り、居場所を伝える。強引な手法だが、それしか思いつかなかった。
耳も隠さずに尋ねて回るブランに、相手の対応は素っ気無い。この街は、どうやらハーフエルフには辛い場所のようだ。尤も、ノルマンでは当たり前の光景だが。
「‥‥」
そんな彼女を見つめる、一組の視線。ブランはそれに、気付かなかった。
ややあって。
教会の外、集まった冒険者達は情報を交し合った。
「ハーフによる目立った事件は起きていないですね。ただ‥‥ハーフに対する住民感情は、正直良く無いです」
ま、どこでもそうでしょうけどね、と華宵は面白くもなさそうに言う。
「シスターの話だが‥‥少し前の夜に、教会の扉を叩く男がいたらしい。奴はちらと見て、誰もいない、気にするなと言ったようだがな。暫くして、扉を叩く音は止んだらしい」
「‥‥それですなぁ、間違いなく」
鬼流が教会内を見回りした際に聞いた話に、貞義が大いに頷く。そこから全ては始まったに違いない。
●邂逅
月の美しい夜だった。
人目を忍び教会の周辺を歩く、一人の男にかけられる、声。
「こんばんは。少し、お話しませんか?」
ぎょっとして振り向く。声の主は、女――それも昼間見た、同族の女だった。左手に手紙を持っている事からも間違いない。
「‥‥お前か‥‥昼間見たな。何の用だ」
ぼそりと答える。この街にあって同族と言うだけで、男の警戒心は若干和らいでいた。
「‥‥何から話せばいいんでしょうか。貴方が抱く恨みや悲しみは、失った者への嘆きの裏返しで。判っていてもどうしようもない感情がある事は俺も知っていて‥‥」
「‥‥何が言いたい?」
取りとめのないブランの言葉は、男を困惑させる。
「例えば、ひとりぼっちで、どうしようもなくて泣いている子どもに、何が――」
「ちっ‥‥なんだか知らんが、俺の境遇が判るなら手を出すな。俺の渇きは、これでしか癒えない」
苛ついたように、女を無視して教会に近付こうとする、男。
次の瞬間、その姿は彫像のように動きを止めた。
「あ〜、そういうことは止めといた方がええよ」
教会から現れる、一人の青年。――クレーだ。恐らく、母の奇跡で男の動きを縛ったのだろう。
「とりあえず‥‥人目につかないとこに、いこか?」
「そう致しましょうか」
窓の下を見張っていた貞義を呼ぶと、固まった男を二人が抱えた。
「手荒な真似をしてすまない‥‥が、ああするしか無かったのでな」
男が動けるようになると開口一番、鬼流が頭を下げ、非礼を詫びた。
「私達は司祭から依頼を受けた冒険者だ」
隠しているわけにも行かないず、カノンが正体を明かした。出来るだけ刺激しないように聖印の類は置いてはきたが、それでも万全を期すため、凶器の類は取り上げざるをえなかった。
「いくら人物として問題が有ったとしても、司祭を襲う事は到底許される事ではないです。そない事せんでも、その内に自滅したり思い上がりだと気が付くんじゃないでしょか」
ジーザス教に関わる者として、同じ世界に生きる者として。司祭の代わりにクレーは頭を下げた。
「‥‥それは何時の話だ。気付いたら俺の娘は帰ってくるのか。俺の痛みは消えて無くなるのか!」
「‥‥復讐を行ったとしても得るものは無い。失うばかりだ」
鬼流は言葉を合わせ、真摯な瞳で見つめる。
「何一つ失うもの何て無い何て事は無い。死んだガキの分まで生きろ‥‥死者を想うなら、それが一番だ」
「正直冷たい言い方ですが、貴方が司祭を殺めても『ハーフの凶行』で片付けられ、同じ事の繰り返しです」
華宵が冷静に、ともすれば酷薄に取られかねない調子で告げた。
冒険者達の言葉は、全てその優しさから出たものだろう。男の境遇に同情したからこそ、穏便に諭し、諦めさせようとしたのだ。
「知ったような口を‥‥お前達に何が判る!」
だが時に正論は、思いつめた相手には逆の効果を生む。今回も例に漏れず、男は怒りにその心を焼いた。
「娘を見殺しにして、のうのうと生きている奴が許せないのだ! 判るか、この想いが‥‥拭っても拭っても滲み出る苦い血潮のような、このやり場のない怒りが!」
――月明かりに、銀光が鞘走る。相手は剣を向けるべき人では無い気がした。だけど、これ以外は思いつかなかった。
「別の道は‥‥もっと別の道だって。だって、殺してもきっと貴方は殺されるし‥‥それじゃ、まるで悲しみを生むために生まれてきたみたいじゃないですか」
と。
すっとブランの手を押さえ、カノンが割って入った。
「あの司祭にいかな仕打ちを受けたか‥‥受けた者しか気持ちは分からん。私の気持ちは私しか知らぬと同様にな。だが司祭を殺してもその気持ちは収まるまいと――」
いきり立つ男の前で、カノンはその髪飾りを解いた。
「――同族たる私には想像がつく。次に怨むはジーザス教か、国か、世界か? その渇きを潤す敵などない。あるならとうの昔に誰かが斬り捨てている‥‥」
「‥‥確かに、な」
「それでも嘆きの河に司祭の血を加え更に水嵩を増すか? どう言おうとその罪は紛れなく自身の手で犯した物だ」
そして、増した水嵩はまた他の誰かを飲み込むのだろう。少なくとも、この街はハーフエルフへの憎しみで溢れかえるに違いない。
「‥‥謂れのない差別・虐待は同じ種族にもあります。それでも皆生きてます。貴方も憎しみに負けず生きて下さい‥‥神が創り賜うた『ヒト』なのですから」
華宵が告げる。それは自分の為だけでなく、この地で生きる他の仲間の為でもあるのだ。
「そうか‥‥判った。あの男が問題なのではない、か‥‥」
男は皮肉な笑みを浮かべると、
「‥‥ならば、俺は誓う。いつか、この地を創り賜うた神に復讐せん事を」
世話をかけたな。そう言って男は、夜闇の中へと姿を消した。
「‥‥やりきれんな、同族とのこういう遭遇は」
力なく、カノンは呟いた。個人への復讐を諦めた男が矛盾する神に如何するのか、それはもう誰にも判らなかった。
「お見事でした」
何時から見ていたのか、司祭が現れ礼を述べる。
「身の程を弁え――」
――ガッ!
「それ以上囀るな、屑が!」
拳を振るった鬼流が叫ぶ。鈍い音と共に、司祭は倒れた。
「白の教えにはこうもありましたな。
――『全ての者の罪が許されるよう祈る』それが白の僧の役目とか。それが例え誰であれ救いを求める者に手を差し伸べるのが貴方の役目なのではありませんか、白の司祭殿」
「私は間違っていません。その証拠に、母の奇跡は私を見捨ててはいないのだから‥‥」
痛みを堪え、男は貞義に言葉を返した。
「‥‥ですがこの一発、無かったことにしておきましょう。貴方達の罪が許されるようにね」
そうして男は立ち上がり、ご苦労様でした、と頭を下げたのだった。