【魔剣の系譜】呪われた名工

■ショートシナリオ


担当:勝元

対応レベル:4〜8lv

難易度:やや難

成功報酬:2 G 88 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:11月03日〜11月10日

リプレイ公開日:2005年11月11日

●オープニング

 こじんまりとした工房に、槌を打つ音が響く。
「‥‥残念、だが」
 後頭部で無造作に束ねた金髪が左右に揺れ、その男は来客の希望に添えない事を告げた。
 普通なら願ってもない話かもしれない。己の腕を見込まれて、騎士団の武具一式を注文されているのだから。
 だが、肝心の受注者に金や名声に対する欲が一切なく、寧ろそういったものは邪魔だと考えている場合は話が別だ。そういうのは、他の名工‥‥そう、たとえばアレキサンドロ辺りに任せておけばいい。もっとも、奴だって受けないことは明白だったが。
「そうか」
 僅かに落胆の表情を浮かべると、来客はそれでも尚、粘る意思を見せた。
「なんなら専属で雇ってもいいのだが‥‥」
「‥‥豹馬、お客様がお帰りになるそうだ」
 声を受けて、別室から用心棒らしき黒尽くめの青年が現れると、その来客は肩を竦め、また来ると告げて工房を後にした。
「‥‥ご苦労様」
 言葉とは裏腹に、さも当たり前のような声で男は礼を述べた。
「いつもの事だが‥‥ああいう断り方は敵を作るぞ?」
 済ました顔で青年が返す。ここに世話になってからこっち、彼はこの偏屈な名工の意にそぐわぬ来客を追い返す役柄を与えられているのだ。
「まぁ、あれは断って正解だろうがな。よくは判らぬが、邪な意図を感じた。あの手合いとは関わらぬが吉だ」
「‥‥だろうな。『黄昏の騎士団』など、聞いた事もない」
 フン、と鼻を鳴らして男は作業を再開した。鍛え上げられた筋肉が躍動し、工房に火花が飛ぶ。
 その様子を眺めながら、青年――草壁豹馬は来客の姿を思い出し、内心で溜息を一つ。
 大人しく帰ってくれて助かった。素性の怪しい騎士団の団長という事だが、相当の達人であろうことは一目見て判った。万が一暴れられでもしようものなら、ヨハンはともかくとして俺はやられていたかもしれない‥‥。
 青年は忍者として培った身も蓋もない現実的な戦力評価を、咳払い一つで脳裏から追い払った。
「ところで、ヨハン」
「‥‥ん?」
「俺の刀は何時打ち上がるんだ。大分、待たされているが」
「‥‥あぁ。厄介な注文だからな、当分先だ。‥‥出来損ないで良かったらその辺の剣を持っていってもいいが‥‥」
 男は工房の隅、無造作に置かれた一振りの剣を顎で示す。
 手に取り、鞘から引き抜いて軽く振れば、断末魔じみた不吉な風切り音。
「‥‥遠慮しておこう」
 青年は苦笑を浮かべ、大人しく己の刀が打ちあがるのを待つ事に決めた。


 ミッデルビュルフのどこか、薄暗い一室。
「どうでしたか、団長」
「ああ、断わられた」
 配下の質問に、団長と呼ばれた男は予想通りだったのだろう、こともなげに答えた。
「それでは‥‥」
「決行だ。目立たぬように少数でいけ。‥‥そうだな」
 男の言葉に、周囲の配下たちが気を張り詰める。少数と言う単語に緊張しているのでは無い。己に任が与えられるのを期待しているのだ。
「オスカル」
「御意」
 命に従い、歩み出るは小さな影。鋭い目つきで主を見据えるや相貌を崩し、まるで子供のように笑んでみせた。
「‥‥やたっ。期待しててよね、団長」
「ああ。ではあと一人‥‥」
「月夜は我が友。その任、是非とも私に」
 主の声を遮るように進み出るは、顔中を包帯で覆った銀髪の青年だ。
「‥‥オリビエか。良かろう」
 歩み出た二名を見据えると、男は告げた。
「作戦行動は貴様等に一任する。騒ぎにすることなく、夜闇に紛れてディマーナクを拉致しろ」
「「はっ」」
「期待しているぞ。それでは‥‥散」
 短い命令に、男たちは何処ともなく姿を消した。


 ミッデルビュルフの呪われた名工――ヨハン・ディマーナクの周囲で不穏な気配が騒ぎ出したのは、それからすぐの事だ。
 これといって実害は無いものの、怪しい人物に周囲を監視されていたり、不審な人物がろついているのを見かけたり‥‥その多くは豹馬に目撃されるとさっと姿を消したが、何らかの不穏当な目的を持っている事だけは確かだった。
 豹馬はパートナーの少女、ファウを冒険者ギルドへ使いに出し、隠密護衛の募集を行った。個人的な事情で密着ガード出来ないが故の、苦肉の策だった。

●今回の参加者

 ea5947 ニュイ・ブランシュ(18歳・♂・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea6960 月村 匠(39歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea8533 シヴァ・アル・アジット(34歳・♂・ナイト・ドワーフ・ノルマン王国)
 ea8944 メアリー・ブレシドバージン(33歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・ロシア王国)
 ea9689 カノン・リュフトヒェン(30歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb2363 ラスティ・コンバラリア(31歳・♀・レンジャー・人間・イスパニア王国)
 eb2390 カラット・カーバンクル(26歳・♀・陰陽師・人間・ノルマン王国)
 eb3503 ネフィリム・フィルス(35歳・♀・神聖騎士・ジャイアント・イギリス王国)

●サポート参加者

カイザード・フォーリア(ea3693)/ サミル・ランバス(eb1350

●リプレイ本文

●護衛、到着
 ついでに愛刀の手入れをして貰おうと思ったのだが。
 門に背を預けるようにして、月村匠(ea6960)は座り込んで足を崩し、膝頭に頬杖をついた。偏屈な名工は男の得物を見るなり、細かい説明も無しにそれは無理だと断ったのだ。門前払いとまではいかなかったのがまだ救いだろうか。
「他の鍛冶師のところに行くのも今更面倒くせえし、その気になるまで待たせてもらうぜ」
 そう宣言して座り込みを開始した匠だ。面倒臭いとはある意味失礼に当たる言葉だが、ヨハンは特に気を害した素振も見せず、
「‥‥好きにしろ」
 と一言で片付け、今に至るのであった。
「駄目だったか」
 声の主は、男の後から。門を開け、顔を出したのは草壁豹馬だ。
「まあな。やっぱり紹介状があった方が良かったんじゃないか?」
「奴は縁故で動く人間じゃない。堂々と頼んだ方がまだマシだろう」
 期待に沿えず申し訳ないが、と頭を掻く青年に、男はいいさと軽く手を振った。
「詰まる所は口実だからな。こうしていれば、親父さんが不審に思うこともないだろ」
「まぁ、それはな」
 不審者が座り込む匠を見たらどう思うかは別問題だが‥‥それでも、彼がここにいる限りは正面切って堂々と敵がこれないのは確かであり、仮に来たとしても痛い目を見るだけだ。表玄関は、ある意味で難攻不落と化したと言えるだろう。

 シヴァ・アル・アジット(ea8533)が宿へ戻ると、自分宛の手紙が到着した所だった。
『――ヨハン・ディマーナクの名が知れ渡ったのは、彼の魔剣が世に出てからのようだ。腕は確かだが気難しく、天涯孤独の身である為に経歴も判らないに等しい。親しい人間が次々と死んでいるとの話もあるが、あくまでも噂話の域を出ない――』
 友人からのようだ。貴族のサロンなどで呪われた名工に関する事を調べてくれたようだが、確信的なことは不明のままだ。所詮噂話と思えば、それも仕方ないというものだ。
 それにしても、と男は小さく肩を落とした。ミッデルビュルフの職人ギルドを訪れたシヴァだったが、やんわりと断られてしまったのだ。職人同士の相互幇助を図ったギルドではあるが、まず地元の職人を優先する方針らしい。引越してきたのならばともかく、流れの職人の営業をそうそう許していては、地元の経済が立ち行かなくなってしまう。狭量ともいえる措置だが、小さな街では仕方ない事なのかもしれない。
「良い案が中々浮かばんかった。尋ねられんの、気難しい職人ではなぁ」
 これからの事を考え、思わず溜息が出る。同じ職人であればこそ近づける可能性もあっただろうが、遠慮が先に立ったのか、具体的な方策が思いつかなかったシヴァである。
「‥‥仕方ない、街の人々と様々な話ししていようかの。何か面白い話が見つかるかも知れん」
 腰を上げ、男は部屋から出た。道行く人々から話を聞いてみようと試みるも、偏屈な名工の噂話など高が知れているのか、それとも言葉の細かいニュアンスが伝わりきれていなかったのか、真新しい情報を得ることはなかったようだ。

「この前振りだな、ファウ」
 友人を訪ねるとの名目でカノン・リュフトヒェン(ea9689)は仲間を連れ、ヨハン邸の離れを訪れていた。もちろん名目は名目であり、実の所は護衛を行う為である。
「いらっしゃーい!」
 一足先に戻っていたシフールの少女は、カノンの要請どおりに冒険者たちを迎え入れてくれた。友人が来るとの断りも前もってヨハンに伝えてあり、勝手にしろとのお墨付きも貰って万全の状態だ。どうやら気に障らなければそれでいいらしい。
「えーと、初めまして。前に手紙書いた事あったな」
 ニュイ・ブランシュ(ea5947) の挨拶に、ファウは笑顔で答えた。
「ウン。ジョオウサマの弟さんだよね?」
「あーまぁそんなとこ」
 なんだかワケが判らないが、想像はつくような気がしてとりあえず頷いておくニュイである。

 豹馬が戻ってきた所で、一応の作戦会議となった。
「『黄昏』って組織なんだが」
 早速、ニュイが手持ちの情報を晒す。
「ギルドの報告書にあった。黒宗派の一つって話だけど、どうもハーフエルフの集団らしい。その騎士団、関係者なんじゃないか?」
「あ、それ、あたし関わってました〜!」
 黄昏という単語に反応して、カラット・カーバンクル(eb2390)が声を上げた。
「なんかおっかない感じの破滅主義者の集まりで、ロキって人の信奉者みたいです」
「ロキ‥‥」
 部屋の隅、メアリー・ブレシドバージン(ea8944)が呟きを漏らす。その名前には、彼女なりに思うところがあったのだろう。黒衣の青年を見つめ、訪ねた。
「敵の情報‥‥良かったら、教えてくれないかしら?」
「ふむ‥‥」
 問われた豹馬は、脳裏を探りながら、答えた。
「屋敷に訪ねてきたのは、いかにも腕の立ちそうな騎士だ。帯剣こそしていなかったが、間違いなく強い」
「草壁様、周囲で見かけた不審人物は?」
 カラットが尋ねた。
「‥‥ごろつき風のいかにも眼つきの悪い男達だったな。少なくとも、騎士団って柄じゃなかったのは確かだ」
「でも、怪しい騎士団の受注を断ってから始まったんだから‥‥無関係じゃないだろうな」
 ニュイの言葉に、一同は神妙に頷いた。

 一人の若い女が、通りを散策している。ラスティ・コンバラリア(eb2363)だ。
「通りの角、木立の陰‥‥」
 景色を眺める振りをして、さり気なく目ぼしい場所にチェックを入れる。散歩を装って逆監視場所の目星を付けているのだ。
(「‥‥詳細な地図があれば完璧だったんですけどね」)
 冒険者ギルドで手に入ればよかったのだが、生憎とギルドにはそのような資料がなかった。この街の領主に渡りをつければ何とかなったかもしれないが、詳細な地図は貴重品だから難しいことには変わりなかっただろう。一般的に、地図を必要とする人間はそう多くない。概略図程度で我慢する他なかった。
 屋敷の周りを一周(途中で暇そうに欠伸している匠を見かけたが、華麗にスルーした)すると、女はその場を離れ、前もって目星を付けておいた木の上に登った。屋敷から距離があって何かと不便な場所だが、潜伏と目ぼしい場所の逆監視となれば、他に適当な場所もなかったのだ。
 咄嗟に使えるよう、ラスティは懐からスクロールを取り出した。この巻物に秘められた遠視の魔力さえあれば、監視には全く問題ないだろう。
 同様にネフィリム・フィルス(eb3503)も屋敷周辺を散策し、目ぼしい場所を確認している。とは言えラスティと違い、彼女は予想される侵入経路の確認をして、そこを監視する腹づもりだった。
(「連中が此方の裏をかこうとするなら‥‥」)
 裏通り、屋敷の塀を飛び越えるのに丁度いい木立を見つけると、女はそこを監視すべく、路地の逆側の角に身を潜めた。
(「気難しい鍛冶屋を影から護衛する訳だからな、これくらいはやらないと」)
 懐から鏡を出し、木立を視界に納める。これから寝ずの番で、異変に備えるのである。

●襲撃さる
 既に日は落ち、辺りは夜の闇が支配している。
 カノンはそっと外の様子を伺っていた。
 離れの窓から見える工房、そこから漏れる明かりと、槌打つ音。偏屈な名工は興が乗ったのか、この時間まで工房に篭っているようだ。幸いの事、ここまでは何事もおきていない。
「悪いな、眠かろう」
「!! ‥‥だ、大丈夫だ」
 不意にかけられた青年の声に、カノンは半ば慌てたように答えた。
「驚かせたか、すまん」
 苦笑を一つ、青年は女の隣に陣取り、甲高い音の響く工房を眺めた。
 カノンは身じろぎ一つできなくなった。まさか、こんな展開になるとは。護衛なら近くにいた方が都合がいいと、離れに泊まる事を提案したはいいが、ニュイは中庭に隠れるといって出て行き、カラットは食事を作るといってファウと本邸の厨房に向かい、あまつさえメアリーは気付いたら姿を消していたのだ。
 予想外の展開に胸が早鐘を打つ。そんなつもりで提案したのではないのだから緊張するなと自分に言い聞かせるカノンである。
「‥‥どうした?」
 豹馬は訝しがった。
「緊張しているのか? 珍しいな」
「い、いや、そんな事は」
 口篭る。思考が混乱気味で、上手く纏まらない。
「その、ええと、私は護衛だから‥‥」
 と。
「――待て」
「!」
 突然、豹馬の手がカノンの口元を遮った。
「微かにだが、少女の悲鳴が‥‥」
 気付けば槌の音も消えている。間違いない、侵入されてしまったのだ。
「いつの間に!」
 カノンは離れを飛び出し、工房へと駆け出した。明らかな緊急事態だから、この際は大目にみて貰うしかないだろう。
「何か、緊急時の合図は決めていないのか?」
 併走する豹馬が尋ねると、女は黙って首を振った。
「そうか」
 青年が指を咥える。直後、鋭い口笛が辺りに響いた。

 少し時間は遡る。
 両手でトレーを持ち、カラットは作りたての料理(ファウとの合作だ)を運んでいた。
「〜♪」
 思わず鼻歌が出る。上機嫌な証拠だ。思いの外、料理の出来が良かったらしい。
 と、今まで聞こえていた槌の音がピタリと止まった。そう言えば、ファウっちに夜食を持っていってくれと頼まれていたっけ。少女は頼まれごとを思い出すと、おっかなびっくりと工房へ近付いた。
 タイミングを合わせたかのように工房の扉が開かれる。恐らくヨハンだろう。出てきた人影に、カラットは話しかけた。
「あ、ご飯できてますよ‥‥!!」
 言葉は、途中から悲鳴に変わった。人影は一人ではなく三人、うち一人は意識を失っていたのだ。一言、銀髪の男が何事か呟くと、カラットの身体は凍りついたかのように動かなくなった。
 鋭い口笛が響いたのは、その後の事だ。

「――カラット!!」
 片手のランタンが前方を照らす。駆け行く先に立ち尽くす少女、そして二人の侵入者を見つけ、カノンは抜刀した。
「おや、護衛の登場ですか。思ったよりお早い登場で‥‥」
 揶揄するような声は、銀髪の青年だ。直後に女の身体は硬直、動きを止めた。青年が行使した月の魔力で影を縛られたのだ。月の影を消そうと用意したランタンだったが、ランタン自身の明かりで発生した影は消しようがなかった。
「カノン!」
 併走していた豹馬は日本刀を構え、銀髪の魔術師に飛び込もうとした。
「ざーんねんでした♪」
 が、影から滑るように現れた小柄な少年に不意を討たれ、手に持った短剣を深々と脇腹に埋め込まれる。
「ぐぅ‥‥っ!」
 痛みを堪え、斬り付けようとした豹馬の手から、得物が滑り落ちた。
「あ、な‥‥?」
「毒がね、塗ってあるのさ。毒使いオスカル特製の、ね♪」
 膝を付く青年に、得意げな顔で少年は笑う。
 ――ヒュン!
「なっ!」
 オリビエに矢が突き刺さる。屋根の上から狙撃したのはメアリーだろう。
「わたくしを忘れてもらっちゃ困るわね、オリビエさん?」
 常の微笑を絶やさず、女は屋根に置いた矢を拾い、弓を引き絞った。手数を増やそうと試みたのだが、拾う動作が増えたお陰で差し引きゼロだったのは内緒だ。
「ちぃっ、あの時の女かァ!」
 痛みに顔を顰め、オリビエが何事か呟くと、一瞬の内にメアリーの体は弓を引き絞ったまま、固まった。
「‥‥行きましょうオスカル。騒ぎになる前に」
「そだね」
 侵入者達は目を合わせ、不適に笑んだ。邸宅内が手薄だったお陰でチョロイものだ。恐らく外部からも監視はしていたのだろうが、暗がりに紛れ、塀を乗り越えて潜入する少年を発見できるほど夜間の監視は甘くない。月の影から影へ渡る人物を捕捉しようと思ったら尚更だ。目の付け所と、練りこんだ監視体制、それに鍛えられた視力が不可欠だろう。
 と。
「待ちな、俺が先約だ。親父さんに用事があるなら俺の用が済んでからにしな」
 表の門を潜り、駆けつけた一人の影。鯉口を親指で押し上げると腰を落とし、抜刀の体勢を取っているのは匠である。
 一気に斬り捨てるべく、匠は抜刀の体勢もそのままに駆け寄る。表で頑張った結果、遅参したのは痛かった(目の前にいない相手の殺気は捉えようがないのだ)が、此処で斬り捨てればそれも帳消しだ‥‥。
 が、やはり匠の体は硬直し、賊を斬り捨てる直前でその太刀は動きを止める。
 ――ゴウッ!
 直後、炎が渦を巻いて二人に襲い掛かった。手に持つ松明の炎を操っているのはニュイだ。
「ごめん。ちょっと、ボーっとしてた」
 一人で庭の暗がりに潜み、小さくした松明の火に当たっているうちについウトウトしてしまったらしい。日中休んだとは言え、夜の監視は神経を消耗するのだろう。
「ちぇっ、面倒だナァ‥‥」
 腰から新たな短剣を引き抜き、オスカルがニュイに走り寄ろうとしたその時だ。
「‥‥う、うわああああああぁぁぁぁぁっっ‥‥!!」
 包帯の下、銀髪の青年が絶叫した。

●顛末
「あああぁぁぁっ‥‥」
 オリビエは蹲り、震えるように戦慄いた。
 少年が立ち止まり、困惑する。突如放たれた炎に過去のトラウマを刺激されたなど、誰が判ろうか。
「お、おい、オリビエ‥‥ぐっ!?」
 戸惑う少年に突き刺さる、一本の矢。裏口に陣取り、弓で狙撃したのはラスティだ。
「ごめんなさい、遅れました‥‥!」
 息を切らし、ラスティが弓を引き絞る。魔力消費の激しさから遠視の巻物は常時発動させておく訳に行かず、結局は肉眼の監視時間が主になってしまったのが痛手だ。更に、口笛を聞きつけてから到着するまでの距離もロスだったと言える。
「‥‥今だ」
 一瞬生まれた隙を突いて、ニュイが炎を操り、カノン達の影を消していく。
 ――ヒュンッ!
 硬直の解けた匠が駆け寄り、オリビエに切りつける。放たれた抜刀術は目にも留まらぬ速度で包帯とその下、焼け爛れ引き攣った肉体を切り裂いた。
「よ、よくも! よくも!!!」
 オリビエは絶叫し、醜い傷跡を憎悪に歪ませた。
「私の傷を晒しましたね! 覚えていなさい!」
 捨て台詞を残し、オリビエは自分の影に飛び込み、姿を消した。
「待ってよ、オリビエ!」
 相方に逃げられた少年は叫ぶと、失敗を悟ったのか脇目も振らず逃走に移った。カノンが駆け寄って切りつけるが、何とか避けて塀の上に飛び移り、外へ脱出した。

 オスカルは塀から飛び降り、暗がりへ駆け込もうとした。そうなれば逃げ出すなど、造作もない‥‥。
 ――ブンッ!
 と、突然の一撃。慌てて飛び退れば、一人の女が木剣を振り下ろした所だった。退路を断つべく最後まで潜伏したネフィリムである。
「ここは通さないよ」
「冗談じゃない!」
 少年は振り下ろされる木剣を掻い潜ると、女の脇をすり抜けて一気に逃走に移った。背後からメアリーが追撃の矢を数本射掛けたが、暗がりに飛び込んだ少年に命中したか否かは判らなかった。

「間に合わなんだか‥‥」
 他に宿を取り、完全に別行動していたシヴァが駆けつけた時には、命を救われたヨハンは機嫌を損ね、工房に閉じ篭っていたそうである。