【白の誘い】夜空は狂気に彩られる

■ショートシナリオ


担当:勝元

対応レベル:4〜8lv

難易度:難しい

成功報酬:2 G 88 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:11月12日〜11月19日

リプレイ公開日:2005年11月20日

●オープニング

 月明かり射す薄暗い路地を、一人の少女が走っている。
 ――はあっ、はあっ、はあっ。
 恐怖と焦燥、そして悔しさが滅茶苦茶に入り混じり、滲み出た涙で視界が歪んだ。
 少女の帰り道に立ち塞がるように、その男は現れた。それが地獄の始まりだった。逃げれば逃げるほど何故か街外れの方に向かっていくなんて‥‥。
(「どうして、どうして‥‥っ!」)
 油断、だったのだろうか。
 友達の結婚式に出し物がしたかったのだ。
 その打ち合わせで、少し帰りが遅くなっただけだったのだ。
 誰もが眠りにつく時刻ではあるが、普段はなんてことのない夜道だったはずなのだ。
 それが、どうして‥‥。
「クックック‥‥」
 気味の悪い含み笑いが夜道に響いた。必死に逃走する少女を嘲笑うかのように、男は薄ら笑いを浮かべながら少女を追い詰めていく。
 ――ドッ!
 不意に少女がつんのめり、大地に身体を投げ出した。男の投げたダガーが鋭い軌道を描き、靴だけを縫いとめたのだ。加えて言えば、大通りの方角に逃げようとする度に銀光が閃き、街外れの方角へ巧妙に誘導していた事など少女には判ろう筈もなかった。
 少女は何とか身体を起こし、戦慄く手足を奮い起こす。帰るんだ。明日はクラリッサの結婚式だもの‥‥。
 だが、逃走もそこまでだった。男が少女を力任せに組み臥して、仰向けに裏返したのだ。
 ――ビイイイイィッ!
 鋭利な刃物が襟元にあてがわれるが早いか、一気に引き裂かれる。清楚で飾り気の少ないドレスは、一瞬の内に用を成さぬボロ屑と化した。
「けひゃひゃぁっ!」
 白い肌が夜気に晒されると、興奮で血走った目が欲望に醜く歪む。
 必死に抗う少女の目に映ったものは、下卑た笑み、人より長い耳、そして血のように赤い、月。
「‥‥ぃいやぁああああぁぁぁぁぁぁぁ‥‥っ!」
 悲痛な声は、だが誰の耳にも届かなかった。

 ――冒険者ギルド。
「ミッデルビュルフと言う街があります」
 クロード・セリエと名乗ったその男は、自分はその街で白の教会を預かる司祭だ、と語った。
「つい先日の事です。朝の散歩に出た私が、街外れに倒れる一人の少女を見つけたのは‥‥」
 血を流し倒れ臥す少女に駆け寄った男は、傷を癒す為に助け起こそうとし、少女を襲った悲惨な運命の一端を垣間見たのだ。
「なんという事でしょう。酷い事に、美しかったであろう彼女の顔は――」
 司祭が目を背ける。まるで、目の前にそれがあるかのように。
「――剥がされて、いたのです」
 見つけたときには既に事切れていたらしい。顔を真紅に染め、足の間から血を流して‥‥。
「なんて‥‥痛ましい‥‥」
 受付嬢は言葉を失い、小さく震えた。同性として、いや人として、少女が味わった苦痛は察するに余りある。いや、それはもはや察する事など不可能な領域に到達しているに違いない。
「その日から立て続けに、三名の女性が犠牲になっています。恐るべき事に‥‥三人目の被害者は、冒険者でした」
 猟奇犯を捕らえてみせると、勇敢な女ファイターが無謀にも一人で向かい、他の犠牲者と同じ末路を辿ったのだという。驚くべきは彼女が駆け出しなどではなく、相応に経験をつんだ一端の冒険者だった事だ。町の衛兵程度は軽くあしらう程の腕だったという。
「もう、わかりますね? この度の依頼は、同じ犠牲者を二度と生まぬようにしていただくことです」
 男は柔和な顔立ちを厳しく引き締め、強い瞳で告げた。
「姿形はどうあれ、もはやこの犯人はヒトではありません。誰がどう言おうと、私は認めません。‥‥どうか、皆様のお力でミッデルビュルフの夜に、安らぎを取り戻してください」
 そうして男は深々と頭を下げると、ギルドを後にしたのだった。

 ミッデルビュルフのどこか、薄暗い一室。
「――ラファエルはまだか?」
「どうやら悪い癖が出たようですな、団長」
「‥‥凶戦士の二つ名は伊達では無い、か」
 団長と呼ばれた男は小さく嘆息すると、傍に控える青いローブ姿に瞳を向けた。
「イェーレ・ファンデンベルグよ、この街は卿の故郷だったな。あの狂犬を探し出し、私の元へ連れ戻せ」
「了解」
 命を受け、翻る青いローブに、団長が力強い声をかける。
「醜き殺戮は我等“黄昏の騎士団”の本懐から外れる。頼むぞ、凍えるイェーレ」
「‥‥当然だ。俺達は神に復讐するのだから」
 男――イェーレは昏い澱のような情念を声に潜ませ、絶望に染まった瞳を虚空に向けた。

●今回の参加者

 ea5640 リュリス・アルフェイン(29歳・♂・ファイター・人間・フランク王国)
 ea8167 多嘉村 華宵(29歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea8944 メアリー・ブレシドバージン(33歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・ロシア王国)
 ea9689 カノン・リュフトヒェン(30歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・フランク王国)
 ea9901 桜城 鈴音(25歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb0704 イーサ・アルギース(29歳・♂・レンジャー・エルフ・イギリス王国)
 eb1422 ベアータ・レジーネス(30歳・♂・ウィザード・人間・フランク王国)
 eb1729 ブラン・アルドリアミ(25歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・フランク王国)

●サポート参加者

ラスティ・コンバラリア(eb2363

●リプレイ本文

 街の地図を借りたい、とのリュリス・アルフェイン(ea5640)とベアータ・レジーネス(eb1422)の頼みは、叶えられる事はなかった。
「‥‥残念ですが」
 温和な笑みもそのままに、ミッデルビュルフの司祭――クロード・セリエは首を横に振る。万が一にも流出した時に、余所の盗賊団などに悪用されては困る、というのだ。
「そんな‥‥」
「俺たちが信用できねぇってのかよ!?」
 と二人が憤慨するのも当然だが、危機管理とはそういうものだと司祭はまったく動じない。
「仕方ないですよ。ま、その辺は足で何とかしましょうか」
 多嘉村華宵(ea8167)はとりなすように笑むと、話を切り替えた。
「それよりも、あなたが知りうる限りの情報や、犯人の誘導に都合のいい場所があればお聞かせ願いたいですね」
「構いませんが‥‥何故、私に?」
 訝しがる司祭に、華宵は涼しげに笑んでみせる。
「徒に街の方々に話を聞き回り不安を煽るより、司祭にお伺いした方が賢明と」
「なるほど‥‥とは言え、先日ギルドの方にお話した以上の事は私も」
 腕組み、首を捻る司祭が手を一つ打つ。
「‥‥ああ、そう言えば街外れに打ち捨てられた教会がありましたね。その辺りなら夜更けに人が通る事は早々ありませんよ」
「そうですか。ではありがたく参考にさせていただきますね♪」
「お役に立てて幸いです」
 青年の微笑に司祭は合わせると、小さく頭を下げた。

「街外れの教会ね‥‥」
 教会からの道すがら、ふとリュリスは呟いた。
「そこは駄目です。他を当たりましょう」
 珍しく言葉も硬く、華宵が返す。彼としては、そこだけは選択できないのだ。
「‥‥あぁ、そういう事か」
「でしょう?」
 思わず苦笑いを浮かべる二人だ。
「通り魔か‥‥ふん」
 別段心配したわけでは無いのだが。リュリスは胸中に一人の少女を思い浮かべ、小さく鼻を鳴らした。
「私はこの事件の裏にある事情は知りませんし、興味もありませんが‥‥」
 ベアータが通りの向こうを睨んだ。
「‥‥早くこの忌々しい事件、終わらせたいですね」

「‥‥どう考えても、答えは一つね」
 街の地理を体で覚えるついで、犯行現場を検めてメアリー・ブレシドバージン(ea8944)は呟いた。
 犯行の特徴や被害者の共通点を洗い直すのは楽な話だった。被害者は全員若い女性で、乱暴された後に殺され、顔の皮を剥がされている。すなわち、女性の尊厳を奪う事に喜びを覚える変質者だ。しかも様々な意味で最悪の部類に入るのは疑いない。
「まったく、女の子をなんだと思ってるんだか」
 腰に手を当て、桜城鈴音(ea9901)が憤慨するように答えた。同じ女として絶対に許せないという彼女の憤りは、この場の者に共通する感情だろう。
「アリアちゃんが巻き込まれでもしたら、たまったもんじゃないよ」
「そうね‥‥その前に、この危ない人を何とか始末しないとね」
 友人が住む街での凶事に、鈴音の危惧は募るばかりだ。メアリーもにこにこ笑いながら始末とか物騒な単語を使う辺り、推して知るべしだろう。もっともこの人はいつもこうな気がしないでもないが。
「だが相応の経験を積んだ冒険者を討ち取る腕となると、ただの通り魔でもなかろう‥‥」
 カノン・リュフトヒェン(ea9689)は街へと向かう通りに目を配った。自分たちが『撒き餌』になるのだから、誘導ルートはしっかりと決めておく必要がある。前に裏路地を回った時の記憶も総動員し、自然で最適なルートを構築しようとも試みているがなかなかに難しい。
「‥‥気を引き締めねば、な」
 万が一にも下手を踏めば、不本意な末路を辿った犠牲者たちと同じ運命を歩む羽目になる。カノンの表情が厳しさを増すのも道理だ。
「あ。ねえねえカノンさん」
 裏路地を辿りながら、鈴音は楽しそうに言った。
「貸した制服、どうだった? あれ可愛いでしょう〜♪」
「あ、あぁ、それだがな‥‥」
 問われたカノンは何故か気恥ずかしそうに口篭った。
「‥‥その、サイズが合わなくて、な‥‥」
「そっか〜。ぜんぜん身長違うもんねえ」
「ああ‥‥窒息するかと思ったぞ」
 折角だからと無理矢理着てみたらしい。
「窒息?」
「いやその‥‥胸周りが特にキツくてな‥‥」
「!!!」
 ごにょごにょ答えるカノンに完膚なきまでの敗北感を味わう鈴音だったとか。

 防寒着越しに侵入する冷気が、体を芯から冷やしていく。
 打ち合わせ通り木陰に潜み、ブラン・アルドリアミ(eb1729) は小さく震えた。辺りは既に黄昏の残光に染め上げられ、冬の訪れを否が応でも感じさせる。休息も充分に取ったから、不測の事態でもない限り遅れを取る事もないだろう。寒さで体が硬くなることが今の所、唯一の懸念だった。
 顔の前で手を合わせ、息を吐いて暖める。息はすぐに白い霧に変わり、虚空へと消えていく。
「‥‥どうぞ。温まりますよ」
 と、目の前に差し出されるは一杯のカップ。イーサ・アルギース(eb0704)である。
「あ‥‥ありがとう、イーサさん」
 礼を言って、少女は木製のカップに口をつける。手近なハーブを煮出しただけの簡単なハーブティーだが、体を温めるには充分な味だった。
「痛ましい、事件ですね‥‥」
 少女の礼に恐れ入りますと返し、イーサは遠くを見た。
「このような非道な事、ましてや抵抗するすべを持たない女性に行うとは‥‥けっして許される事ではありません」
「そう思います、俺も」
 ブランが頷き、カップを飲み干す。
 気付けば辺りは闇に閉ざされていた。これから合図があるまでの間、闇に目を凝らすのが二人の仕事になるだろう。

●遭遇
 月明かりに映え、七色のリボンが夜闇に浮かぶ。白いブーツの靴音も弾むように、夜道を歩く、制服姿の少女が一人。
 ――よくよく見れば、ノルマンの片田舎になんでまたイギリスの制服少女がと疑問に思わないでもないが、細かい事を考えるのはよそう。餌は美味しそうな方が良いに決まっているのだ。
「〜♪」
 目立つように鼻歌混じり、鈴音が夜道を歩く。無警戒を装うのが肝心だ。油断していると思わせてこそ、獣は針付きの餌に喰らいつくのだから。
 と。
「――待ちな、姉ちゃん」
 少女の背後からかけられる、若い男の声。――かかった! 鈴音の鼓動が一気に高鳴る。
「なに?」
 振り向く。男の反応は、予想と少しばかり異なっていた。
「‥‥なんだ、ガキか‥‥」
「失礼なっ!」
 ガッカリする男に思わずツッコム鈴音である。
「‥‥しかも色々とぺったんこっぽいじゃねえか‥‥」
 見境ない変質者にまで言われた。心の中で大地に手をつくが。
 ――ヒュンッ!
 銀光が閃き、制服の裾が切り裂かれた。
「まぁ、偶にゃ悪かねえさな。ククッ」
 男の目がギラリと光る。狩りは既に始まっていたのだ。

「‥‥さて、これからが本番ですね♪」
 物陰から様子を伺い、声を殺して囁くのは華宵だ。集中すると忍術を発動、気付かれぬようにつかず離れずの距離を追跡するのだ。
「‥‥ああ」
 頷き、長剣を抜いてカノンは青年の後に続いた。こちらは追跡と言うよりも、目立たぬように華宵の後を追走するのが精一杯だったが致し方ないだろう。

「‥‥来ましたね‥‥」
 目を閉じ、集中していたベアータが呟いた。定期的に使用していたブレスセンサーで複数の荒い息遣いを感知したのだ。まず最初に二つ捕捉した。先頭は小さく、その直後に大きい吐気。更に続いて二つ。こちらはほぼ同じ大きさ‥‥間違いなく仲間達と犯人だろう。
 実の所、感知できない時間の方が圧倒的に長いかったから見逃す可能性は十二分にあった。範囲に飛び込む瞬間を捕捉できたのは僥倖と言っても差し支えないのだが、ともあれこのチャンスを逃す手はない。青年はランタンの覆いを外すと、力ある言葉を唱え、ふわりと浮かび上がった。

 ふらふらと、夜空を光が彷徨う。
「‥‥そろそろ、ですね」
 振り回されるランタンの光に目を止め、ブランはオーラを練り始めた。
「いつでも、いけます」
 イーサは弓を握り締め、即座に撃てるように体勢を整えた。
「さて、獲物はどっちかしら‥‥?」
 メアリーも繁みに隠れ、スクロール片手に待機している。
 微笑の仮面はいつもよりも硬く見えた。

「あれは‥‥」
 夜空に浮かぶ光に目を止めた者は、他にもいた。
「‥‥もう始まっているか。間に合えばいいが」
 青いローブ姿の男――イェーレ・ファンデンベルグは足取りを速め、ふらつく光の方向を目指した。

 ――はぁっ、はぁっ、はぁっ。
 鈴音は息を乱し、夜道を駆けていた。
 身に纏った制服はあちこち切り裂かれ、既にボロボロだ。身のこなしには自信がある彼女だったが、後方から飛来する短剣を逃げながら避けるのは少々無理があったようだ。勿怪の幸いは男が急所を狙わず、あえて体を掠めるように投げていた事だろう。あちこちにできた切り傷が夜気に晒され、しくりと痛んだ。
 ――ドッ!
「はうっ!」
 ふくらはぎに激痛が走り、体勢を崩した少女が大地に身を投げ出した。予想以上にはしっこい獲物に苛ついたのか、逃げ足を奪いに出たのだ。
「クックック‥‥梃子摺らせてくれたなぁ?」
 腰から短剣を引き抜き、舌なめずりをしながら男が近付く。怯えきっているのだろう、少女が混乱してうわごとをいっているように、男には見えた。手を組んでいるのは神にでも祈っているに違いない。
「けひゃひゃぁっ!」
 一気に飛びかかり、組み臥した少女を弄びながら短剣を構えたその時だ。
 ――ドン!
 少女は突然、爆発した。

●狩りの時間
「な、なんじゃこりゃぁっ!」
 狼狽する男に向け、仲間の待機する木陰に現れた鈴音は得意げに告げた。
「ざーんねんでした♪ 獲物を追い詰めていたつもりでしょうけど、罠にかかった本当の獲物はあんたよ‥‥」
 一気に言うと、がくりと膝を付く。傷に加え、相当に体力を消耗したのだろう。その傍にベアータがふわりと降り立ち、ポーションを飲ませた。
 ――バッ!
 間髪いれず飛び出したのはブランだ。愛刀を構え、駆け寄る。一気に近寄り、足元を薙ぎ払うつもりだろう。
 男の手から銀光が閃く。が、少女は意にも介さない。守護の指輪に阻まれて掠り傷程度で済んでいるのだ。
 ――ヒュン!
 問答無用で一気に切り払う。男はバックステップ、跳ねるようにして刀を避けると、懐から出した短剣を叩き付けるように少女の肩の付け根へ見舞った。
「ううっ!」
 流石にこれは効いたらしい。ブランの肩から血が流れる。
「女の顔の皮剥ぐ前に、オレの皮でも剥いでみろよ変態野郎」
 ブランの一撃を皮切りに、後方からリュリスが肉薄、聖剣を振り払い、ダッキングして避ける男に裏拳を見舞う。
「げはっ!」
 強かに拳を喰らい、よろける男を華宵とカノンが取り囲む。完全に包囲された格好だが、華宵の短剣で浅い傷を作りながらもカノンの手首にナイフを投げつけ、乱れた長剣の軌道から体を投げ出すようにして男は脱出した。
「凶戦士ラファエル様を舐めんじゃねぇぞ!」
 激昂して一言吠え、懐からナイフを取り出すが。
 ――ドドッ!
 次の瞬間、飛び退った男の足元に矢が突き立った。物陰からイーサとメアリーが狙撃したのだろう。獣の檻は、磐石だった。
「胸糞悪いんだよ、屑が!」
 一瞬の隙を逃さず、リュリスの振るった刃が男の足を切り裂く。
「ぎゃん!」
 続け様にカノンの一撃、背中を切り裂かれた男はのたうつように転がり、かろうじて距離を取る。
「絶対に逃がしませんっ」
 痛みを堪えて駆け寄り、ブランが振るった刀が再び男の足を切り裂いた。
「クソッタレガァ!」
 ――ドドッ!
 もう一度吠えた男に突き立つ、数本の矢。硬直した男の腹に華宵が蹴りを見舞うと、吹き飛んで転がった男は堪らず崩れ落ちた。

●再会
「足をぶった切ってもいいだろ。半殺しにしてやる‥‥」
 物騒な事を呟きながら、リュリスが大地に臥した男に近寄る。
「‥‥殺さない程度にな」
 カノンが短く答えた。万が一に備え、イーサとメアリーも弓の狙いをピタリとつけている。青年は大きく剣を振りかぶり。
「すみません。今この先は立ち入り禁止なんです。お引取りいただけ‥‥あっ!」
 ベアータの声に、ふと振り向いた。見やれば、青いローブの男が青年を突き飛ばしていた。
「これ以上の狼藉は許さんぞ、ラファエル。団長もお怒りだ」
 言うや否や、周囲に濃い霧が立ち込める。水の精霊の力だ。
『な‥‥っ!』
 突然1m先も見えなくなり、冒険者達は一瞬、動揺した。
「今だ、退け!」
 霧の向こう、男の声が響く。慌てて剣を振り下ろすリュリスだったが、刃は虚しく大地を噛む。
「くっ‥‥!」
 力ある言葉を唱え、突き出した手からベアータが突風を放つ。瞬間、風は霧を吹き飛ばした。
「待ちなさいっ!」
「そこっ!」
 一瞬現れた姿を逸早く捕捉したイーサとメアリーが矢を放つが、二本とも致命傷を与えるには及ばず、次の瞬間、再び辺りが霧に閉ざされる。
「‥‥あの人は」
 ブランが呟く。霧に閉ざされる直前、垣間見えたローブの男の顔に見覚えがあったのだ。
「弱い癖に所帯持って娘守れず司祭に泣き付いて、駄目で神を恨むような軟弱野郎が、今更何の用だっ!」
 誰から聞いたのか、霧の向こうへリュリスが吠えた。
「‥‥お前達に何が判るっ!」
 返答は鋭い叫びと共に、濃霧を切り裂いて飛来した何かだった。鋭い楕円を描き、青年を掠めてそれは消えた。
「知らん。興味も無い。私は私の剣に誓ったものの為にそちらと敵対する‥‥それだけだ」
 全く知らない相手ではない。だがカノンの視線は、濃霧を貫くかのごとく鋭かった。


「犯人を取り逃したのは痛手ですが‥‥恐らく、ローブの男の話し振りからして通り魔は収まったと見ていいでしょう」
 報告を受けた司祭は淡々と告げ、手傷を負った者を癒した。
「恐らく、次があるとしたらもっと厳しい戦いになるでしょう‥‥その際は、よろしくお願いします」
「こちらこそ。なんと言っても聖なる母の引き合わせですから」
「‥‥その言いよう、兄を思い起こしますね‥‥」
 華宵の言葉に、司祭は珍しく苦笑いを浮かべ、ご苦労様でしたと小さく頭を下げたのだった。