【白の誘い】生贄のアジト

■ショートシナリオ


担当:勝元

対応レベル:1〜5lv

難易度:難しい

成功報酬:1 G 48 C

参加人数:8人

サポート参加人数:3人

冒険期間:12月04日〜12月10日

リプレイ公開日:2005年12月18日

●オープニング

 ――どくん。
 男が差し出した掌へ、光の玉が集まっていく。最後のひとかけらまで集まりきると、その少女はくたり、と崩れ落ちた。
(「なんてことだ‥‥」)
 一部始終を目撃した男は蒼白な顔で震えた。怪しい男の後を追跡したら、まさかこんな現場に出くわすとは。倒れた少女は、一昨日いなくなったリアに面持ちが似ていたが‥‥あの様子では、恐らく生きてはいまい。まるで悪い夢を見ているようだった。あの白い玉は、魂か何かなのだろうか。
 ――ドシュッ!
 瞬間、背中に焼けるような痛みを感じて、男は前のめりに倒れた。ぴくりとも動けない。たった一撃で致命傷を負ったのだ。流れ出る血とともに、意識が闇に飲まれていった。

「団長、イオリが怪しい男を一人斬ったようです」
 包帯まみれの男の報告に、団長と呼ばれた男は眉を顰めた。
「つけられたか‥‥? 迂闊だったが、まあいい。死体は喋らん」
「ここがバレてるって事はないです?」
「ふむ」
 男は小首を傾げた。
「だが贄ごと移るのは目立つな‥‥伊織」
「御意」
 かけられた声に歩み出るは、血染めの大振りな太刀を下げた大柄な女だ。
「ここは卿に任せよう。我らは一旦ここを出て、街内のアジトへ移る」
「是」
「死体は海にでも放り込んでおけ」
「諾」
 女は極端に短い返答の後、血をして倒れる男の足を掴み、引きずっていく。
(「‥‥まだだ、まだ‥‥死ねない‥‥」)
 引きずられていく男が人生最後の戦いの最中だと気づいた者は、誰もいなかった。

「近頃、各地から不穏な動きが伝えられてきていますが‥‥」 
 ギルドを訪れた白の司祭、クロード・セリエはそう前置きした。
「私が住むミッデルビュルフも同様、ここ最近になって今までにない騒ぎが起こるようになって来ています」
 偏屈な名工を狙った拉致未遂事件。年頃の女性だけを狙った連続通り魔。パリやドレスタットのような大都市ならともかく、それがさして大きくもない街で立て続けに起きたとなれば、その異様さは否が応でも目立つ。
「拉致未遂事件の際は黄昏の騎士団と名乗ったとも聞いています。通り魔事件で犯人を回収したのは彼らだと見ていいでしょう。現れた魔導師が団長と口走ったことからも、それは推察できます」
 男は咳払いを一つ。
「そしてつい最近になって、街の人間が数名、行方不明になる事件が起きてしまいました。皆まだ若く、一番年上の少女でも18歳だとか‥‥無事だといいのですが、先日の事件の異常性を考えると、予断を許さぬ事態だといえるでしょう」
「では今回の依頼は、子供たちの捜索ですか‥‥?」
 受付嬢の言葉に、男は頭を振った。
「いえ、救出です。運がいいことに、衛兵の一人が彼らのアジトを発見したのです。その衛兵にとっては不運なことでしたが‥‥」
「不運?」
「‥‥港に浮かぶ彼を発見した時には既に虫の息だったそうです」
 沈痛な面持ちで男は俯いた。衛兵の傷は一箇所のみ。たった一太刀で致命傷を与えられたらしい。それも、鎧ごと。見つかるまで息があっただけでも奇跡のようなものだろう。
「彼は死力を振り絞って情報を伝えると、息を引き取ったそうです。状況や実力を鑑みれば、もはや私たちに手出しができる状況ではありません」
 司祭が小さく頭を下げる。
「彼らはこの地で、何か善からぬ事を企てています。どうか皆様のお力添えを」

●今回の参加者

 eb1317 ロゼリオン・フロレアル(23歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 eb2235 小 丹(40歳・♂・ファイター・パラ・華仙教大国)
 eb2363 ラスティ・コンバラリア(31歳・♀・レンジャー・人間・イスパニア王国)
 eb2658 アルディナル・カーレス(38歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 eb3242 アルテマ・ノース(31歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 eb3547 鏡 慶治(45歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb3556 レジー・エスペランサ(31歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb3577 ゲイルン・ザフ・グェルナー(48歳・♂・ナイト・人間・神聖ローマ帝国)

●サポート参加者

サイラス・ビントゥ(ea6044)/ ラーバルト・バトルハンマー(eb0206)/ 呂怒裏解守 世流万手主(eb1764

●リプレイ本文

 ――ドシャッ!
 力いっぱい引いていたバックパックから急に抵抗が失われ、女は勢い余って大地に体を投げ出した。
「はぁ、はぁ、はぁ‥‥」
 身を起こす。息が荒い。ここまでに相当消耗してしまったのだろう。まだ、街を出たばかりだというのに‥‥。ラスティ・コンバラリア(eb2363)は、街道を眺め、荷物の散乱する光景に深く溜息を吐いた。バックパックは擦り切れ、穴が開いてしまっている。持ち運べないほどの量を無理やり持っていこうとした結果が、これだった。
 手段なら幾らでもあっただろう。持ちきれないなら棲家にしまえばいいし、どうしても必要であれば馬に積むなり、仲間に頼むなりしてもいい。現に仲間の一人もそうしている。だが‥‥どうした訳かラスティはそのどれも選択せず、そして今、破綻を迎えたのだった。
「時間が‥‥」
 焦燥が心を蝕む。今回の依頼において、女は作戦の中核といってもいい重要なタスクを負っていた。自分がいなければ、仲間たちの作戦は変更を余儀なくされるだろう。そしてそれは、最悪の展開もあり得ることをも示唆するのだ。仲間は自分を信頼してくれている。裏切れない。
 立ち上がり、散乱する荷物からスクロールとブーツを掴み取ると、ミッデルビュルフへ向け女は走り出した。だいぶ時間を浪費してしまっているが、急げばまだ間に合うはずだ。食料もないが、道中で買い込むしかないだろう。


 陽も落ち、闇が支配するミッデルビュルフ港を冷たい潮風が吹きぬける。防寒着越しに感じる冷たい洗礼。ロゼリオン・フロレアル(eb1317)は小さく身震いを一つ、集まった仲間にその赤い瞳を向けた。
「準備は万全ですわ」
 昼間の内にクロード司祭との面会も済み、救出後の逃走用馬車、そして囮が逃げ切るための小船の用意はスムーズに進んでいた。事情が事情だけに、壊さなければの条件付で無償提供である。まったく、この街では顔の広い彼に頼んだのは正解だった。
「倉庫の周辺は入り組んでいますから‥‥気づかれる前に、出来るだけ引き離しておきたいですね」
 確認しておいた逃走ルートを脳裏に描く。慎重を期して目的の倉庫には近寄っていない。まず気づかれてはいないだろう。この作戦、首尾よく運べば子供たちは無傷で家に帰せる筈だ。
「ほっほっほ。こっちも仕込みは万端じゃよ」
 友人に用意してもらった炭を片手、小丹(eb2235)は小さく笑った。手が真っ黒なのは仕込みに今までかかっていたからだろう。
「ま、ここに集まった皆は心配ないと思うがの。逃げる時は気をつけるんじゃよ」
「相手はかなり腕が立つようですからね」
 その横、アルテマ・ノース(eb3242)が呟く。衛兵を一刀で倒したほどの敵だ。まともに戦えば、甚大な被害が出るであろう事は想像に難くない。であれば、気づかれないように行動するのが今回の作戦の肝である。
「ですが、皆の作戦であれば救出は上手くいきそうです」
 問題は、それからだ。全員が無事に逃げ切らなくては成功したとは言えない。時間を稼ぐ手段は必至であり、そしてその為の策も練ってある。ぬかりはない‥‥筈だ。
「囮は、自分が」
 重武装に身を固めたアルディナル・カーレス(eb2658)が意を決したように言った。
「ギリギリまで注意は引きつけます。脱出のタイミングが難しそうですが‥‥」
 今回、囮は彼一人きりだった。何処まで持ちこたえられるかが鍵になるが、引止めと撤退のバランスが難しい。もっとも危険なタスクを負わされた形になるだろう。
「ま、援護なら任せておけって」
 白い歯を見せ、レジー・エスペランサ(eb3556)は笑った。
「危険を買って出る仲間を見捨てちゃ漢が廃るってもんさ」
 正直、男の救出は気が乗らなかったりもするのだが‥‥。人質の中に美少女がいるかと思えば、差し引きでややプラスだとか妙な納得をするレジーである。
「頼みましたよ、レジーさん」
 銀髪の神聖騎士は涼しげな眼でハーフエルフの青年を見つめた。信頼の視線だが、レジーの中では美少女(予定の人質)と天秤にかけられているのだから、知らぬが仏とはよく言ったものである。
「‥‥来たようですよ」
 街の方向を眺め、アルテマが呟いた。どうやらラスティが駆けつけたらしい。今回の作戦は彼女のスクロールが要、ギリギリまで待っていたのだ。他にもまだ姿を見せていない者が二名ほどいるが、時間に余裕があるわけでもない。最低限のピースは揃ったのだから、行動開始する他ないだろう。
「‥‥大丈夫だと信じる心が大切ですよね」
 微笑むロゼリオンの言葉に一同は頷くと、それぞれの持ち場へと身を翻した。


 ランタンの灯りが淡いオレンジ色に倉庫内を染める。
 長い黒髪を無造作に束ねた女――東郷伊織は一人、一つしかない入り口の横に背を預け、何をするでもなく佇んでいた。
 腕組んで俯き、立ったまま居眠りをしているかのごとき振る舞いだが、倉庫の奥に囚われた少女たちはただ震え、身を寄せ合うばかり。
 判るのだ。
 例え寝ているようであっても、実はそうではないことが。
 壁に立てかけられた大振りな太刀が、手を伸ばせばすぐにでも掴める場所にあることが。
 そして、次の瞬間にはその刃が自分たちを切り裂くのであろうことが。
 少女たちには、判るのだ。女から発散される鬼気とでも言うべき雰囲気が、否応なしに理解させるのだ。
 と。
 突然、女が顔を上げた。びくりと震え、少女たちは後ずさるように身を硬くした。
 女が太刀を掴む。その頃には、少女たちの耳にも異変が感じ取れるようになっていた。
 ――ガシャ ガシャ ガシャ
 それは金属がぶつかり、擦り合わされるような音だ。もう夜である事を考えれば、通行人などである可能性は極端に低い。
 ――ブゥン
 今のは何かを振り回す音だろう。間違いない、武装した誰かが、この倉庫の前にいるのだ。
 様子を窺うように身じろぎ一つしなかった女は、少女たちを数瞬見つめると、扉を開け外に出て行った。
「‥‥‥‥」
 彼女たちは一瞬のうちに理解した。やっぱり駄目だ。ここから出るなんて、できっこないのだ。

 殊更に音を立てるような歩き方をしたのは、もちろん気づいて欲しかったからだ。案の定、相手は倉庫を出てきた。しめた。アルディナルは心の中で快哉をあげると、片手のハルバードを突きつけるようにして、一声、叫んだ。
「貴様の目的はなんだ?」
 女は訝しげな視線を向けた。これは明らかに、この場所の事情を知っている口ぶりだ。
「‥‥」
 恐らくは行方不明の子供を捜索している騎士くずれだろうが‥‥面倒だ。さっさと切り捨てて、死体は海にでも捨ててしまおう。女は抜刀すると、有無を言わさず男に駆け寄り、袈裟懸けに一刀を振るった。
「何故この様な真似をする!?」
 盾で受け止め、男は重ねて詰問した。鋭い斬撃に内心、冷や汗が流れる。一刀受けただけで理解出来た。この女、かなりの達人だ。自分と同じか、それ以上の‥‥。
『貴殿は知る必要なし』
 異国の言葉で呟き、両手で太刀を構える。肩口に高々と太刀を突き上げる異様とも言うべき構えは、威力こそありそうだが狙う場所も判り易い。男は余裕をもって、左肩口に盾を向けた。
「キエエエエエエエエ!」
 流れ落ちる滝のような斬撃と同時、女の口から奇声が迸った。

「ほっほっほ。始まりましたぞい」
 物陰に潜み、様子を窺っていた丹が倉庫の裏手まで戻り、告げた。
「こちらもすぐに始めましょう‥‥」
 ロゼリオンは呟き、月の力を借りて倉庫内、囚われの少女たちに語りかけた。
 ――もう大丈夫。今、助けてあげますからね。
 帰ってきたのは、混乱、そして歓喜の思念。
「行きましょう!」
 スクロール片手にラスティが念じれば、羊皮紙を媒介とした魔力が集い、壁に穴を開ける。
 冒険者たちは手際よく倉庫内に潜入し、救出を開始した。

「――なっ!?」
 愕然として左手を見つめる。盾は、半ばから姿を消していた。強烈な一撃で斬り飛ばされたのだ。
 返す刀でもう一撃。こちらは何とかハルバードの柄で受け‥‥そして、盾と同じ運命を辿り、そして次の一撃はもう受けようがなかった。

「‥‥参ったねぇ」
 交戦するアルディナルを見て、思わずレジーは呟いた。暗がりに潜み様子を窺っていたものの、あっという間に絶体絶命の危機だ。
 弓を構え、迷う。まだ救出成功の合図はない。迂闊にこちらの場所は知らせられない以上、まだ援護は出来ないだろう。
 女がもう一度、あの奇妙な構えを取るのが見えた。猛烈な一撃に鎧が破壊されたか、男が大地に膝をつく。
「悪く思うな‥‥」
 男に向け、レジーはもう一度呟いた。まだか、合図はまだか。一分一秒が、異常に遅く感じた。

(「さぁて、ビジネスはさっさとこなして帰るもんだぜぇ」)
 一部始終を傍観していたゲイルン・ザフ・グェルナー(eb3577)は心中で呟くと、忍び足で倉庫の入り口に近づいた。厄介な相手は、他の冒険者が引き付けてくれている。自分はその隙に救出するだけだ。本当はもっと激しくなってきたところで忍び込むつもりだったが、うかうかしていたら戦闘が終わってしまいそうな勢いだ。忍び込むなら今しかないだろう。
 気配を殺し、慎重に扉を開ける。がらんとした倉庫には、誰もいなかった。
「ありゃ?」
 思わず首を捻る。間違いなく、ここに少女たちが囚われている筈なのだが‥‥。
 ――これで最後ですね、合図を!
 かすかに聞こえる声の方を見れば、壁にはぽっかりと穴が開いていた。

 ――ジャッ!
 夜空を切り裂くように、電光が天に向け迸った。
「終わったかっ!」
 跳ねるように身を乗り出し、レジーは矢を二本つがえ、放った。アルディナルはもう限界だ。ここで何とかフォローしてやらねばならない。
「ぐっ!?」
 深手を負った男に止めを刺そうとしていた女は、己を襲った痛みに苦悶の声を上げた。反射的に一本叩き落したものの、もう一本までは防ぎきれなかったのだ。
(「レジーさんですか‥‥」)
 苦しい息の下、アルディナルは遅まきながら援護が来たことを知った。即ち、それは救出に成功したという事だ。
 死力を振り絞り、女から逃げ出そうとする。囮の仕事は終わった。あとは、無事に逃げ出す事が最後の仕事だ。
「否」
 短く呟くと女は刀を振りかぶるが、飛来する二本の矢を再び捌くくなり急に、身を翻した。相手が囮だった事に気づいたのだろう。
 開け放たれた倉庫の中、立ち尽くす男の姿を見止めるや、伊織は刀を振りかぶり、奇声を上げながら突進した。
 ――キエエエエエ!
「うわっ!?」
 これには流石のゲイルンも驚いた。奇声に振り向けば、鬼の形相で女が突進してきているではないか。それは即ち、自分に危機が到来しているという事だ。
 慌ててオーラを練り、放つ。男の一撃は相応の打撃を与えた筈だったが、女は意にも介せずに駆け寄り、渾身の一撃を見舞った。
「ぐ‥‥は‥‥っ」
 鮮血が迸る。たった一撃で、ゲイルンは瀕死の重傷を負ったのだ。
 倒れ臥した男は無視して、伊織は倉庫内を見回した。案の定、誰もいない。
「屈!」
 短く叫んで、女は救出用に開けたと思しき壁の穴に飛び込んだ。

「‥‥今しかねえな」
 女が倉庫に姿を消し、しばらく現れないのを確認したレジーはアルディナルの下へ走った。恐らく、救出班を追いかけたのだろう。あとは、向こうが逃げ延びることを祈るだけだ。
「大丈夫か!」
 倒れる男に駆け寄る。幸いの事、命にかかわる怪我はないように思える。合図がもう少し遅れていたら拙かったが‥‥。
「海の中までは追ってこないだろう‥‥行くぜ」
 助け起こすと、肩を貸して歩き出す。小船に乗ってさえしまえば、後はこちらのものだ。
「ま、待ってください‥‥あの人を助けなければ‥‥」
 アルディナルは苦しそうに言うと、扉の傍、倒れるゲイルンを指差した。
「‥‥後で俺が行ってやるよ」
 苦々しげに呟き、レジーは小船を目指して再び歩き出した。
 
 壁の穴を潜ってみれば、小柄な男が倉庫の角を曲がっていくところだった。
 太刀を肩に担ぐようにして、女は走り出した。まだ間に合う。追いすがって斬り刻む。一刀で形がつかない相手などそうはいないのだ。
「おっそろしいもんじゃ‥‥」
 殿で逃走しながら、丹は思わず口走った。追いつかれたら命はないと思っていいだろう。
 だが。
「――グッ!!」
 突如、女が跳ねる様にして転ぶと、目の辺りを押さえるようにして蹲る。炭で黒く染めたロープが夜闇に紛れ、追走する女の目元を強かに打ったのだ。
「ほっほっほ、仕込んだ甲斐があったもんじゃて」
 気づかれてしまえば単純な罠だが、こと逃走時には十分な時間を稼いでくれる。上首尾な結果に、丹は満足げに笑った。
「急いで下さい! 出しますよ!」
 御者台に座ったロゼリオンが叫ぶと、馬車が走り出す。
「ほいほいほいっ」
 慌てて丹は馬車に飛びついた。視界の端に、追いすがる女が見える。もう体勢を立て直したらしい。
「させません‥‥!」
 身を乗り出したアルテマが何事か呟く。
 ――ジャッ!
 瞬時に紡がれた力ある言葉は電光を生み、夜闇を引き裂きながら女を貫いた。
「っ!!」
 痛みに一瞬怯む。その隙に馬車は速度を増し、闇の中へと消えていった。

「どうぞ、ご無事で‥‥」
 馬車を駆り、ロゼリオンは祈るように呟いた。作戦は成功した。だが、全員が生還しなければ真の成功とは言えない。最後の勝負どころである。
「もう、大丈夫ですよ」
 アルテマは安堵のあまり泣き出す少女たちを、ロゼリオンの用意した毛布で包んでやった。どうやら、上手く行ったようだ。最後の問題を除いて、だが‥‥。
 丹と目が合う。期せずして、彼も同じ問題に気づいたようだった。
「のう、ロゼリオン嬢ちゃん‥‥」
「な、なんですかっ」
 やっぱり余裕がない。
「‥‥馬車の扱い、大丈夫ですよね?」
「は、話しかけないでください、気が散りますッ!」
『‥‥‥‥』
 二人は思わず押し黙った。思わぬ所に、最後の強敵が立ち塞がっていたものだ。


「誰もこねーな‥‥」
 帰還後。ドレスタットの酒場で一人、レジーは寂しそうに呟いた。
 大怪我を負ったアルディナルは療養の為に臥せっているし、それ以外の四人‥‥丹、アルテマ、ラスティは馬車酔いでグロッキー。御者のロゼリオンも疲労困憊でダウンしているらしいのだ。そりゃまあ、一杯やるよりもベッドの方が恋しくなっても不思議ではなかろう。
「‥‥ま、仕方ねーか」
 ワインを呷ると、それでも酔いが心地よく回る。本来なら女性陣と一杯やるのが生きる楽しみだったりするのだが‥‥。
 生きてさえいれば、一杯やる機会は幾らでもあるさ。そう小さく笑うと、看板娘でも口説こうかと気を取り直すレジーであった。