False kidnapping
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■ショートシナリオ
担当:勝元
対応レベル:1〜3lv
難易度:難しい
成功報酬:5
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:10月14日〜10月19日
リプレイ公開日:2004年10月22日
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●オープニング
裕福そうな身なりの中年男が1人、森の中に佇む洋館に向かって歩を進めている。身なりから考えても、大方、金回りのいい商人あたりであろう。それが只ならぬ印象を与えるのは、憤怒の形相に顔を歪め、その手に一振りの剣を持っているからである。その男は館を視界に納めると、溢れる感情を抑えようともせず、館へ向けて叫んだ。
「ついに見つけたぞ! 貴様がいるのは判ってるんだ、隠れてないで出てこい!!」
叫びをぶつけられた館からは何の返事もない。男は叫び立てる勢いを増加させながら館へ向けて突進した。
「‥‥止まれ。それ以上、一歩でも近付けば――」
男が館のそばまで近付いた時だった。2階の窓枠から身を乗り出した銀髪の青年が、弓を構えて警告の声を上げた。
「――つまらぬ事に、なるぞ」
弓の狙いは‥‥地上でわめき散らす、中年男の眉間をピタリと捉えている。その構え、滲み出る雰囲気からして、相当の腕であることが窺えた。
「やかましい! そんな脅しには屈せんぞ!」
どう贔屓目に見ても、やかましいのは中年の方であるのだが。そんな事は気にも留めず、中年男は叫び続ける。
「見つかったのが貴様の運の尽きだ! 娘は返してもらうぞ!」
その言葉に青年は一瞬、表情を曇らせたが、すぐに冷徹な表情に戻し、言葉を返す。
「‥‥それは出来ない。一応、仕事だからな」
「ええい、お喋りはここまでだ! 今そこに行く、首を洗って待っていろ!」
苛立ちが頂点に達したか、中年男は手に持った剣を振りかざし、館に向けて走り出した。それを見た青年が、冷たい声で一言、告げる。
「‥‥警告はしたぞ」
次の瞬間、ギリギリまで引かれた弓から矢が放たれた。矢は唸りを上げて中年男に向かい――
――バキィン!
その手の剣を、半ばより真っ二つに折ってのけた。一瞬の出来事に呆然とする中年へ、青年が告げる。
「‥‥次は容赦しない。覚悟は、いいか?」
覚悟とは、もちろん命の覚悟だろう。それを示すように、青年の弓は男の心臓に寸分違わず狙いを付けている。
「‥‥‥‥」
数瞬の沈黙の後。
「‥‥わしは諦めんぞっ!」
捨て台詞を残して、踵を返す中年男であった。
パリの冒険者ギルドでは、様々な依頼を請け負っている。その内容は雑多で、要人警護の要請からお茶会の募集まで枚挙に暇がない。そして今日も、難題を抱えた依頼人がギルドの門を叩いた‥‥。
「誘拐されたお嬢さんの救出、ですか?」
苛立った様相の中年男を相手にしているのは、ギルド員の少女。カウンターの向こうで羊皮紙に要点を書き出している。
「そうだ。奴め、古びた無人の洋館を見つけると、そこに娘を連れ去り、立て篭もったのだ。一度は交渉に行ったものの、相手にすらしてもらえんかった。可哀想に、まだ18だというのに、辛い思いをしているだろうと考えると‥‥」
「お、お気持ち、お察しします」
「奴が立て篭もった館の場所は、地図に認めておいた。後払いで良ければ、必要経費も出そう。くれぐれも、宜しくお願いしたい」
「はい、それでは、さっそく告知を出しますね。大丈夫、パリの冒険者は優秀ですから、きっとお嬢さんを無事に連れ戻しますよ!」
「娘は近々、婚礼も控えている。繊細な年頃の娘だ、お任せしましたぞ‥‥」
そう言うと中年男は頭を下げ、ギルドを後にしたのだった。
――古びた洋館。2階の一室から明かりが灯っている。窓に見えるのは、一組の男女。恋人同士だろうか、寄り添い、同じ空を見つめている。憂いを湛えた表情は、何故か。
「‥‥出来れば、君の父上にも判って貰いたかった」
「父は頑固な人ですから‥‥それに、縁談だって私の気持ちはお構いなし。どちらかと言えば、あの人のお仕事の都合ですもの‥‥」
「もう少ししたら、ここを引き払おう。旅立ちの準備は出来ている。あとは、時期を待つのみだ」
「ええ‥‥」
「未知の土地‥‥辛い思いをさせることになるな」
「‥‥」
それ以上、少女は答えなかった。しかし、男を見つめる目が全てを物語っていた。
●リプレイ本文
「遅いですね‥‥」
森の中、一人の青年が佇んでいる。一本の樹に身体を預け呟くと、木漏れ日を受けて輝く銀髪に視線を落とし、手持ち無沙汰なのか指に巻きつけて弄び始めた。
目的の洋館まで、あと少し。赤と蒼、色の異なる瞳を洋館のある方向へ廻らた青年は、ムーンリーズ・ノインレーヴェ(ea1241)。情報収集を行っている仲間達とは、ここで落ち合う手筈になっていた。
(「父親から、愛娘を奪った男‥‥許せませんね」)
だが、交渉をしようとした父親を傷つけずに帰す所を見ると、何かある。そこが交渉の肝になる筈だ‥‥青年は一人、思考の淵に沈む。
「誘拐、と依頼主は言いましたが、脅迫状もなければ要求がある訳でも無い」
木立の影からもう一人。現れた青年はルイ・ガーディエンス(ea1820)。その碧眼をムーンの銀に向け、そよ風に乱された金髪を軽くかきあげると、言った。
「交渉に行った依頼主も無傷で返す‥‥ただの誘拐とは思えませんね。上流階級では間々ある事ですが、縁談を嫌って逃避行と言う奴でしょうか」
「さて‥‥その辺も含めて、朗報を期待したいところですが」
太陽が中天を回ろうとしている。仲間と合流するまでは、まだかかりそうだった。
「ちょっといいかな? どうやら君が一番古株っぽいから聞くんだけど」
冒険者ギルドの受付。カウンターの向こうでガユス・アマンシール(ea2563)が受付嬢を捕まえた。
「‥‥承ります。なんでしょう?」
微妙に引きつった微笑を浮かべる受付嬢。交代の時間になり、休憩しようと席を立ったらこれである。相変わらずの薄幸振りに、他の職員も苦笑いだ。
「悪いね。この依頼書の依頼人、最近別の依頼出さなかった?」
「別の依頼、ですか?」
「例えば娘さんの護衛とかさ」
「‥‥調べてみますね。少々お待ちいただけます?」
ややあって。
「ありました。仰るように護衛依頼で、一月ほど前ですね」
「受けた奴の中に、弓手はいる? かなり腕の立つ奴だと思うんだけど」
「‥‥いますね、はい。一人だけ」
「なるほど、同業者か‥‥」
「?」
「いや、気にしないでくれ。有り難う、さすが古株だ」
礼を言ってガユスがギルドを後にする。
「古株古株って‥‥花も恥らう乙女に失礼なっ!」
男が去った後、一人憤慨する受付嬢だったとか。
「誘拐に至った状況や理由をお伺いしたいのです」
依頼人の屋敷を訪問し、ノエル・ウォーター(ea5085)が問いかける。男は応接室の椅子に腰掛け、渋い表情。
「依頼の時点で必要な情報は出したつもりだが‥‥」
「お嬢様の命がかかっている以上、万全を期したいのです」
そう言葉を返したのはクリミナ・ロッソ(ea1999)。男の向かいに座り、真摯な表情で詰め寄る。
「誘拐時のお嬢様の外見、犯人の特徴、なんでも分る限りでよいですから‥‥」
「‥‥最後に見た娘は薄紫のドレスを着ていた。髪は栗色、背は低めだ。犯人は‥‥銀髪、長身で鷹のような鋭い目付き。寡黙で、いけ好かない男だったよ」
「犯人は何故、屋敷に立て籠もっているだけでなにもしないのでしょうね?」
「さあな‥‥商売敵の陰謀かもしれん」
ノエルの問いに、男が目を逸らす。様子を見る為に、かまをかけてみたのだが正解だった。これは何か隠していると見ていいだろう。
「そう言えば、お嬢様はご婚礼が近いとお聞きしましたが‥‥?」
「そうだとも。これは娘にとってもいい話なのだ」
(「娘にとっても‥‥?」)
男の言葉を聞いたクリミナが、僅かに眉をひそめた。
「娘さんは、縁談に賛成していたのですか?」
それを受けて尋ねたのは、傍で話を聞いていたエルフの少女、アヴィルカ・レジィ(ea6332)。
「‥‥あれは、いい娘だ」
少女の疑問に、男は曖昧な答を返す。
「それだけですか? それでは答えに‥‥」
「お喋りの時間は終わりだ。貴様らは黙って受けた依頼を遂行すればいいのだ。わしを失望させてくれるな、冒険者」
少女の詰問を強引に遮ると、男は話を打ち切った。
一方、聯柳雅(ea6707)は応接室に入らず、廊下で使用人から情報収集していた。依頼人本人では正確な情報は掴めないと考えたのだが、どうやら正解だったようだ。
「そうか、娘さんは婚礼には消極的だった、と」
「ええ‥‥どうやら、好きな方がいたみたいなの。旦那様は事業が拡大できるって喜んでらしたけど‥‥」
柳雅の質問に、メイド嬢が心持ち顔を赤らめながら答える。
「事業が?」
「相手方がね、海運業を営んでるの。商売上のメリットは大きいわよね」
「‥‥成る程」
「あ、この事、わたしが喋ったって内緒よ?」
「勿論それは約束しよう。‥‥有り難う、邪魔したな」
微笑を浮かべ、礼を言うと柳雅は踵を返し、仲間の下へ向かった。
「綺麗な少年ね‥‥」
去り行く後姿に見とれ、思わず呟くメイド嬢だ。
依頼人の館を辞した四人は、婚約相手の情報収集を行っていたセルジュ・ファレス(ea5786)と合流していた。
「セルジュさん、どうでした?」
「あまり詳しい事は判らなかったな‥‥ただ、周囲の評判はよくない。悪徳商人とまでは行かないが、その従兄弟くらいの地位は主張できそうだ」
ノエルの問いにセルジュが答える。婚約相手の風評を調べる為、相手宅周辺の聞き込み調査を行ったのだが、良い噂は一つとして耳にする事はなかったようだ。
「矢張りそうか。娘さんも婚姻には乗り気ではなかったようだし」
「依頼主の方も、正直に喋っていたわけじゃないみたいです」
「‥政略結婚なのかな」
「だとしたら、ちょっと考え物‥‥」
「娘さんを連れ戻すだけだと、後味悪くなりそうだ」
男の言葉に、一同はそれぞれ頷いた。
「待ちましたよ。どうでした?」
森の中、長時間待ちぼうけを食わされたムーンとルイは不満顔。太陽は既に、西の地平に沈もうとしている。調査の後、私物を取りに帰ったり不足していた保存食の買出し等をした為、予定よりも遅くなってしまったのだ。
一連の情報交換を行うと、ルイが呟く。
「‥‥やはり、向こうの言い分も聞かなければなりませんね」
青年の提案に、否はなかった。
洋館の手前まで来ると、まずはガユスがヴェントリラキュイを詠唱。弓の射程外から行使する為に数度の再挑戦を余儀なくされたが、果たして魔法は発動し、洋館の二階の窓枠から男の声が流れだす。
「‥‥このような方法で挨拶するのを許してほしい。君の弓の腕前は重々承知している。死にたくないのでね。我々はお嬢さんのお父上の代理人だ。こちらでも事情は調査した。悪いようにしないので中に入れてくれないか」
ややあって、二階の窓から銀髪の男が顔を出した。手振りで冒険者達に、こちらへ来い、と指示する。それに従い、一同が館に近付くと、おもむろに青年は弓を構え、警告を発した。
「そこで止まれ! ‥‥あの男の代理人か、ならば用件は此処で充分だろう。尤も、そちらの要求には応えられないとは思うが」
「僕達はあなたに何か要求しに来たのではなく、話し合いに来ました」
「話し合いに‥‥?」
「あたしたちなりに、調べたんです。あとは、あなた達の話を聞かせてもらえれば‥‥」
ルイとノエルの言葉に、男は苦笑を浮かべて応ずる。
「‥‥力づくの奪還ではない? では、その人数はなんだ。七人がかりで、数を頼みに制圧するつもりではないのか?」
「七人‥‥?」
緊張していたせいで気付かなかったが。八人いる筈のパーティーが確かに一人、足りなかった。
その頃。
セルジュは館の周囲を大回りして、裏口まで回っていた。膠着状態を見越し、裏口から侵入して館内の二人を捕らえようと思ったのだ。
裏口には閂が掛かっていたが、完全に朽ちており簡単に開いた。所詮はうち捨てられた他人の家、そこまで気が回らなかったのだろう。開ける時に多少音はしたが、まだ上から青年の声が聞こえてきている。気付かれた恐れはないと判断して、男は館に潜入した。
慎重に館内を進み、二階に上がる。進むにつれ、徐々に男の声が近付いてきた。目的の部屋の前に辿り着き、そうっと室内を覗くと‥‥
「忍び歩きは、もっと丁寧にするんだな」
男の弓が、セルジュにピタリと狙いをつけていた。
「こいつはお前たちの差し金か?」
窓の中。セルジュの首筋にナイフを押し当て、男が言い放つ。
「セルジュ殿‥‥!」
柳雅が息を呑む。
「参ったな‥‥これじゃどうしようもない」
「いや‥‥これは寧ろチャンスです」
頭を抱えたガユスに、答えたのはムーン。
「人質を手に入れ、彼は我々に対して有利な立場に立った。ならば、話を聞いて貰えるのは今をおいて他にありません」
「そうか‥‥不利な立場であれば、自分達の身を守る為にも慎重にならざるを得ない。ですが、逆なら‥‥」
我が意を得たりと頷くルイ。手詰まりかと思われた状況で、彼は鮮やかに発想を逆転してのけたのだ。
「やはり話し合いなど、ただの口実か」
「いえ、その男は貴方への人質として寄越しました。私たちが信じられなければ‥‥どうぞその首、掻き切って下さい」
「‥‥ほう?」
流石にこの言葉は男の興味を引いたらしい。
「ムーン!」
「ブラフですよ‥‥これが女性だったらこんな事も言えませんが」
思わず咎めるアヴィルカに、冷や汗混じりの苦笑を浮かべるムーンだ。
「あなたの話によっては『あなた達』の手助けが出来るかも知れない‥‥信じて頂けませんか?」
せっかく掴んだ好機、逃す手はなしとルイが訴える。
「‥‥入ってもらいましょう」
館の中、男の後ろから聞こえたのは、女の声。
「いいのか?」
「あの方々が嘘を吐いているようには見えないもの。きっと、力になってくれます」
男は軽く頷くと、冒険者達に向け、言った。
「‥‥入れ。玄関は開けておく」
玄関の閂が外されると、冒険者を出迎えたのは栗色の髪の少女。彼女が依頼人の娘であろう。ようこそ、と微笑して一同を迎え入れると、上で男との対面が待っていた。
「まず、お尋ねしたいんですけど‥‥お二人は、恋人同士なのですか?」
「はい‥‥」
ノエルの問いに、頬を赤らめて少女が頷く。
「やっぱり‥‥」
「私は誘拐されてここにいる訳ではありません。自分の意思で、この人と一緒にいる事を選んだの」
「彼女の父親は、私達の事を認めてくれなかった。それどころか彼女を軟禁して、強引に縁談を進めようとしていたのだ。使用人からその話を聞いた私は、何とか彼女と連絡を取って‥‥」
「此処まで逃げてきたのですね」
「‥‥落ち着いたら、海路でイギリスに向かう予定だった」
「お父上ともう一度、腹を割って話し合えないのですか?」
尋ねたのはルイ。
「駄目でしょうね‥‥父は頑固な人ですから」
「お父様方が用意した花嫁衣裳はそれはもう美しいことでしょう。こんな物とは比べ物にならないほどに」
クリミナが白いドレスを出した。シンプルで飾り気がないが、それだけに素朴な温かみを感じる一着だ。
「花嫁衣裳も自分で選ぶ。横に並ぶ男性も。そのような強い意思を見せなければ、いつまで経っても分かっては貰えませんよ?」
「必ず、二人のお力になります。もう一度だけ、お父様と話し合ってみませんか?」
ノエルの言葉に、少女は強く頷いた。
「一体どうなってるんだ!」
依頼人の屋敷では、その主が顔を真っ赤にして激怒していた。
「お嬢さんは戻りました。我々としては、これで任務達成と考えますが」
ガユスが無愛想に告げる。
「雇われの冒険者風情が雁首揃えて戻ってきたかと思えば、馬の骨の味方をしているとは!」
「お父様‥‥私、この人と一生を共に過ごします」
飾り気のない白いドレスを身に纏い、強い瞳で父を見据える少女。
「駄目だ駄目だ駄目だ! お前には良縁を紹介しただろう!」
「商売なら商売の手段で手を結ぶべきだ。娘はあんたの道具じゃないだろう。彼女にも人生があるんだ」
「娘さんも18ともなれば、自分の意思を持っているだろう。その意思を踏み躙って良いのか?」
セルジュと柳雅の言葉は、真っ直ぐすぎて男の神経を逆撫でしたようだ。
「何だと‥‥っ! 冒険者風情に何が判る!!」
ますますヒートアップする男。
「私は、二人のように一途に想うような気持ちは‥あんまりよく、分からない」
アヴィルカが言う。
「でも、おまえは奥さんを大事に思って一緒になったのではないの?」
「何‥‥?」
「そういう想いを分かっていても、娘さんを認めてあげないの?」
「‥‥」
少女の言葉で、男の怒りが急速に鎮火していく。若くして病没した妻。忘れ形見を幸せにする為に、自分は必死に働いてきたのではなかったか。全ては、娘の為ではなかったか。それが、何時から欲望に摩り替わったのだろう?
「無理強いしても、婚儀は無理なものですから『母』もきっと喜びません」
ノエルも真っ直ぐな瞳で依頼人を見つめ、訴える。
「娘さんの幸せを望むなら、認めなさい」
ガユスの一言で、黙り込んだ男はがっくりと肩を落とした。
●エピローグ
「これからもっと、お互いの気持ち、分かりあえるといいね‥」
アヴィルカが親娘を見つめる。
「子の心親知らずでなくて一安心だな」
「これで、真の依頼終了ですね」
柳雅とクリミナも、とりあえずではあるが和解できた事を喜んでいる。ここからは本人達の努力次第だろう。
「祝儀代わりだ‥‥少ないが、貰ってくれ」
セルジュは青年に、手持ちから幾許かの金を渡したようだ。
「『ネゴシエーター』良い響きです、此れからは名乗ってみましょうかね」
「‥‥もう、材料にされるのは御免だ」
「僕もあの時は、どうなる事かと思いましたよ」
と、男三人は苦笑を浮かべる。
「聖なる母の名の下に‥‥恋人たちよ、祝福あれ」
ノエルの身体が淡く輝く。
「‥全く、お陰で大損害だ‥」
依頼人がブツブツと呟いているのを見て、女は微笑を浮かべ、男にもそっと触れた。
「貴方にも、母のご加護がありますよう‥‥」
思わぬ祝福を受けた男は、苦笑交じりの微笑を浮かべ、こう言った。
「‥まあ、感謝しておくか。有り難うよ‥‥但し」
怪訝な顔で、ガユスが聞き返す。
「‥‥但し?」
「報酬は、無しだ!」
冒険者達に、異論がある筈もなかった事は言うまでもないだろう。