【白の誘い】天の宝珠

■ショートシナリオ


担当:勝元

対応レベル:6〜10lv

難易度:難しい

成功報酬:3 G 9 C

参加人数:6人

サポート参加人数:2人

冒険期間:12月25日〜12月30日

リプレイ公開日:2005年12月30日

●オープニング

 礼拝堂にむせ返る血臭が立ち込める。
 倒れ臥す人々は、老若男女の区別なく身体中の血を床に迸らせ、天上へと棲家の変更を余儀なくされていた。聖なる母の社で、一方的な殺戮が行われたのだ。
「なんと、酷い事を‥‥」
 白の司祭、クロード・セリエは立ち尽くし、その光景を呆然と眺めた。ほんの僅か留守にした間に、惨劇という名の訪問者が理不尽の刃を我が物顔で振るったのである。真っ白な礼拝堂の壁に、赤茶けた文字の伝言まで残して。
『――隠しても無駄だ。此処にあるのは判っている』
 間違いない。狙いはあれだ‥‥男の背中を冷たい汗が流れ落ちる。出来ることなら逃げ出してしまいたい。それが最も安全に天の宝珠を守る手段なのだ。だが‥‥男は頭を振って、その考えを却下した。自分はこの街から長期間離れられない。封印が遠出をしてしまえば、その効力は意味を無くしてしまうからだ。教会を捨てて街のどこかに隠れることも出来そうにない。それをしてしまえば、この場所を襲った惨劇は街の至る所で自分を探す為に暴れまわるかもしれない。大義の為に他人を犠牲にするという発想は、ジーザスの教えにありはしないのだ。
 男は羊皮紙を取り出すと、焦燥を押さえ込んでペンを走らせた。兄がドレスタットにいる事は大分前から掴んでいる。今こそ、助力を請わなければいけない時だろう。


「破滅の魔法陣の噂は、貴方達のよく知るところでしょうね」
 冒険者ギルドを訪れた司祭――マリユス・セリエは、常の温和な笑みを仕舞い込み、小さく深呼吸した。
 破滅の魔法陣。一説によれば悪魔が設置したとも言われ、一度発動すれば、その効果範囲に存在する生物は逃れられぬ死を迎えるという。ノルマン各地に点在する、悪夢の産物である。
「噂によれば各地の魔法陣はそれぞれ独自の条件で発動し、その効果も範囲もまちまちだそうですが‥‥ともあれ、今回の問題はこれです」
 言うと、男は一枚の羊皮紙を差し出した。

『――今、この街は存亡の危機に瀕している。謎の男たちが破滅の魔法陣を求め、我が白の教会を襲撃したのだ。‥‥そう、破滅の魔法陣だ。太古の昔に悪魔が作り上げたとされる、恐ろしい存在だ。そして私は、その封印の一部なのだ。兄さんには黙っていたが、破滅の魔法陣は確かに此処、ミッデルビュルフに存在する。機密保持の事情から、長期間連絡を取らなかったこと、すまなく思う。
 最初の襲撃は運良く難を逃れた。だが明日にも奴らは、この教会をもう一度襲うだろう。兄さんには悪いが、腕の立つ冒険者を派遣するよう、ギルドに掛け合ってもらえないだろうか。犠牲者の中には衛兵の姿もあった。残念だが領主の戦力は頼りない。もはや、冒険者だけが頼りだ。
 残念だが、私はこの場所を動けない。それが私の務めなのだ。恐らく、私は命を落とすだろう。だが不幸中の幸いというべきか、ミッデルビュルフの森にもう一つの封印がある。こちらは森の守護神が護っている筈だ‥‥それさえ無事なら、魔法陣の発動はだいぶ難しくなる。最悪でも、それだけは死守して貰えるだろうか。
 出来れば、生きて再び兄さんに会い見えたいとは思う。私も最大限あがいてみるつもりだ。聖なる母のご加護があらん事を。――クロード・セリエ』

 受付嬢は息を飲んだ。慌てて書きなぐったのだろうその手紙からは、それだけに切迫した危機感が伝わってきた。間違いない、嘘偽りなく、この手紙の差し出し主は危機に直面しているのだ。
「一刻の猶予もありません。貴方たちには現地に赴き、魔法陣の封印――即ち、私の弟を助けて頂きたいのです」
 マリユスは沈痛な面持ちで言った。
「高速馬車は私が手配しましょう。一日で辿り着けば、ギリギリ間に合うかもしれません。皆さんには非常に大変な依頼をしてしまい、申し訳なく思いますが‥‥よろしく、お願いします」
 男は小さく頭を下げると、高速馬車の手配をすべく、領主館、古い友人の下へと向かった。

 真夜中、ミッデルビュルフのどこか。
「けけけ‥‥あと少しだぜ。残念だなぁ、あと少しで終わっちまう」
 ハーフエルフの青年が愉しくて愉しくて堪らないと言った風に笑うと、対する青いローブの男が大して面白くもなさそうに呟いた。
「‥‥ああ。あの司祭を捕らえて、拷問でも何でもいい、口を割らせるだけだ」
 ローブの男は、拷問、の言葉で瞳が澱のような情念に染まった。行為にではない。相手に反応したのだろう。
「どうせなら街中逃げ回ってくれればいいのによぉ‥‥狩り放題なんて滅多にねえぜ」
「それは事が成ってからやれ。下らない事にアイスチャクラは出せん」
「ま、雑魚どもなんざ屁でもねえけどよ」
「しかし、団長は何処でこのような話を聞いたのか‥‥」
「大方、主様ってとこじゃねぇのか?」
 二人は嘯き、教会目指し歩き出した。

「母よ、私に祝福を‥‥」
 礼拝堂、聖なる母に祈りを捧げる。教会関係者は全員暇を出した。いま、この建物にいるのは自分だけだ。
 朝までなんとか頑張れれば、冒険者たちが駆けつけてくれるかもしれない。クロード・セリエな孤独な戦いを前に、そう自分に言い聞かせた。

●今回の参加者

 ea4847 エレーナ・コーネフ(28歳・♀・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 ea8388 シアン・ブランシュ(26歳・♀・レンジャー・エルフ・ノルマン王国)
 ea8773 ケヴィン・グレイヴ(28歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ea9459 伊勢 八郎貞義(37歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb1210 ファルネーゼ・フォーリア(29歳・♀・クレリック・エルフ・ビザンチン帝国)
 eb3096 アルク・スターリン(33歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ロシア王国)

●サポート参加者

カイザード・フォーリア(ea3693)/ クラウディア・アルカード(ea8653

●リプレイ本文

 とうに日は昇っているというのに、ミッデルビュルフの街は不気味なほど静まり返っていた。時折見かける人影も、災厄が己の身に降りかからぬよう足早に行き交うのみ。教会の虐殺事件は誰もが知るところだ。今、この街は危機に晒されていると、誰もが薄々感じているのだ。
「誰も‥‥いないのぅ」
 街の中心、白の教会周辺に目を配っているのはファルネーゼ・フォーリア(eb1210)だ。
「潜んでいる様子もない。恐らく‥‥伏兵はない、筈じゃ」
 目で見える範囲に取り立てて何か異変はなかった。あえて言うならば、何もなさ過ぎるくらいか。中心部だというのに、その教会の周りには人っ子一人、いない。
「振動は三つ。その全てが教会の中‥‥ですねぇ」
 エレーナ・コーネフ(ea4847)は聖霊の力を借り、大地の振動を探知していた。二つはほぼ同地点、一つはその二つから離れようと動いている。恐らく、その一つがクロード司祭に違いない。天の宝珠と呼ばれる封印の一部である彼は、まだ生きている。急げば間に合うだろう。
 数度の挑戦の末、ケヴィン・グレイヴ(ea8773)が行使したスクロールによる探知でも同様の結果が得られた。大まかな位置は判れども正確な居場所を掴みがたいのは、教会の間取りが判然としないせいでもある。ケヴィンは手短に結果を伝えると、一行の後ろに控え、気配を断った。
「先ずは司祭殿の保護を優先でありますな」
 と伊勢八郎貞義(ea9459)が軽い再確認を行う。状況は刻一刻と変化しつつある。戦場の設定が難しい以上、地の利は早々得られない。個々の連携や咄嗟の機転が鍵になるかもしれないだろう。
 それにしても、と貞義は思う。まさかあの司祭殿が斯様な重要な役目を負っていたとは。封印の一部というのが今一つ掴みかねるが‥‥。
「そうですね。この際、拙速は巧遅に勝ります。急ぎましょう」
 アルク・スターリン(eb3096)の言葉は正鵠を射ている。時間をかければかけるほど、状況は悪く、致命的な形に向かうのだ。一刻の猶予もない。端整な顔立ちにやや焦りが滲む。
「今、振動は正面奥‥‥ずうっと奥ですよ」
 探知を継続していたエレーナが、相変らずのんびりした調子で告げた。現在一行がいるのは正門前、入ればすぐ礼拝堂だ。
「‥‥確か、その奥は居住区画へと繋がっている筈ですな。移動中ということは、廊下を逃走中の可能性大ですぞ」
 仲間内で唯一、教会内に入った経験のある貞義が脳裏を探る。おぼろげな記憶は、だがそう間違ってもいない筈だった。
「生きて再び会いたいという司祭様の願い、絶対叶えてみせる!」
 魔弓を片手、シアン・ブランシュ(ea8388)が意気を上げる。彼女にも弟がいるから、マリユス司祭の気持ちは人一倍よく判るつもりだった。その弟は今、封印の片割れを守るべくミッデルビュルフの森にいる筈だ。安否が気にならないでもないが、ここで自分たちが失敗したら面倒臭がりの弟の努力が水の泡だ。女は意識を切り替えると、背中に背負った矢を確かめる。八本一纏めで束ねられたそれは、矢筒への補給を容易にしてくれるだろう。
「仕える神は違えど、信じる心は同じじゃ。是が非でも助けねばならんのう」
「その通り。では‥‥行きましょう」
 ファルネーゼの言葉に深く肯くとアルクは先頭に立ち、号令を発した。

 静まり返った礼拝堂は、そこここに赤茶けた染みが目立っていた。惨禍の傷跡は、まだ拭い去られていないのだろう。
「エレーナ、どっち?」
 シアンの問いに、女はうーんと唸り、あっちと指差した。その先には扉が一つ、貞義が言うところの居住区画への扉だ。
「廊下ですな‥‥間違いなく」
 記憶と照らし合わせ、貞義が答える。
「礼拝堂に伏兵はなさそうじゃな」
「ここに用はありませんね」
 ファルネーゼとアルクは周囲を一通り視線で走査していた。魔法による探査結果は過信できない。いつだって最後に頼れるのは自分自身の目なのだ。
 と。
 ――バタン!
 突如響く、何かを叩き付けるような音。恐らく、扉を乱暴に開け放った音だ。
「扉の正面、急激に移動してますよ」
 エレーナが声を上げると、一同は扉へ向けて駆け出した。

「ぐうっ‥‥」
 潜んでいた大食堂から飛び出し、クロード司祭は痛みを堪えて駆け出した。敵は二人、とは言え相当の実力者だった。獲物を弄ぶように追ってくるから致命傷こそ逃れていたが、この分ではいずれ動けなくなる。そもそも魔力が切れてしまえば傷だって癒せないのだ。頼みの綱は逃げながらの行使を余儀なくされており、消耗が激しい。恐らく、次かその次が最後だ。
「ひゃっはっはっはぁ! どうしたどうした、手足が縺れてるぜ?」
 ハーフエルフの青年は狂ったような笑い声を上げた。間違いない、この青年は狩りを楽しんでいる。抵抗できない者をいたぶるのが、楽しくて堪らないのだ。
「‥‥追い詰められた果てに地獄を見るがいい。死より辛い責め苦が貴様にはお似合いだ」
 その横、青いローブの男は妄執を瞳に宿らせている。種類こそ違えど、両者に共通しているのは狂気だ。二人は別々の理由から、司祭をゆっくり殺す方法を選択したのだ。
 ――シャッ!
 何の予備モーションも見せず、青年が手に持つチャクラムを投擲した。独特の軌道を描き、宙に舞った円が司祭の足を切り裂く。
「ぐわぁっ!」
 片足を切り裂かれ、体勢を崩しながらも司祭は癒しの魔力を発動、半ば強引に立て直し、逃走を継続する。
「どこまでもつんだ? ガンバリなオッサン!」
 愉悦が青年を震わせる。早く、早く壊してしまいたい。だがまだだ。美味しい物は最後に取っておくのが青年の流儀なのだ。手元に戻ってきたチャクラムと入れ替わるように、凶戦士ラファエルはもう一方のチャクラムを投擲する。全く同じ軌道を描き、全く同じ個所をチャクラムが切り裂く。唯一先程と違う事があるとしたら、司祭が起き上がる素振りを見せないことだった。癒しの魔力が尽きたのだろう。少なくとも瞬時に使えるほどは、もう無いと見ていい。即ちそれは、青年にとってメインディッシュの時間が到来した事を意味した。
「そろそろクライマックス、ってかぁ?」
「一気に殺すなよ。少しずつ身体を削っていけ。一思いに殺るのは、宝珠の在処を吐いてからだ」
 愉悦と妄執、狂気に染まった二つの瞳が司祭を貫いた。
「んじゃあよ、まずは指から行こうか! ひゃあっははははぁ!」
 最早これまでか。廊下に轟く哄笑に、司祭は指で聖印を切った。
 ――その時だ。
「うっ!」
 後背からローブの肩へ一本の矢が突き刺さった。不意を討たれ驚き、振り返るその先に走り込むのは、冒険者達だ。
「間に合いましたか‥‥!」
 安堵感に意識が遠のきかける。クロード・セリエは必死に気力を奮い立たせると、少しでも距離を稼ぐべく廊下の奥へ這いずっていった。

「おおおお!」
 ロッドを片手、アルクが雄叫びを上げて突っ込む。対するラファエルは愉悦の狂気はそのままに、両手の円盤を男目掛けて投げつけた。
「クタバんな、坊やぁ」
 二枚の円盤は狙い違わず男に殺到した。一枚は盾で弾くも、もう一枚は避けようとすらしない。一見単なる猪突だが、攻撃の意識を自分に引き付ける事が目的だ。案の定、顔色一つ変えずに迫るアルクに、ラファエルは面食らっていた。
「へっ、猪野郎が。お人形みてえなそのツラ、剥ぎ取ってやるぜ!」
「それは願ってもない。私もこの顔が好きではありませんのでね」
 涼しげな顔でアルクは嘯いた。
「宜しければ差し上げますよ、冥土の土産に!」
 半ば本気だ。整いすぎて時に表情を無くす自分の顔が、彼は嫌いなのだ。
 強引に間合いを詰め、繰り出す三連塘路。鋭い打撃を青年は何とか避けるものの、三撃目に肩を打たれ蹈鞴を踏む羽目になった。
「ったれがぁ!」
 青年は痛みに吠えた。
「慎重に行けラファエル、先日のようにポーションが飲める隙が作れるとは限らんぞ!」
 イエーレが暴走しかける相方を宥める。見た所、相手は五人。それぞれ一角の冒険者だろう。組み合わせも悪くない。コンビを崩されたら、負けるのは自分たちだ‥‥。
「ねぇ、伊勢‥‥」
 前に進み出ようとした貞義をシアンが呼び止める。短い耳打ちの後、シアンはすっと後退した。
「逃がすかってんだ‥‥うぐっ!?」
 突如、不可視の力場がラファエルを襲った。
 ――抑制せしめよ、集いし不可視の力よ。
 短く呟いたのはエレーナだ。大地の精霊力が、敵の行動に制限を与えるのだ。
「俺に精霊魔法は効かんぞッ!」
 瞬間、ローブ姿が薄青く光ると氷の欠片が力場を遮り、砕けて消えた。咄嗟に行使した水の精霊の力だろう。
「ったれがぁ!」
 身体の重さに苦虫を10匹ほど纏めて噛み潰し、ラファエルがエレーナ目掛けて円盤を投擲する。
 ――ガシャン!
 鋭い弧を描いた円盤は女の手前で見えない障壁を打ち砕き、虚しく主の下へ帰還した。父の結界を張ったのはファルネーゼだ。後衛への攻撃は、極端に難しくなっていた。
「はっはっは、凶戦士ともあろうお方がか弱い年寄りや女子供しか相手に出来ませんか。これでは黄昏の騎士団と言うのも高が知れたものであります、所詮は負け犬の集まりですかな」
「んだとぉ!?」
 一手遅れて前に出た貞義の挑発に、ラファエルは呆気ないほど簡単に乗せられた。
「下がれ、ラファエル!」
 相方を咄嗟に手で制し、イエーレが一歩進み出る。制した手をそのまま前に突き出し‥‥次の瞬間、廊下は猛吹雪の奔流に襲われた。
『うわーっ!』
 廊下全域を襲った氷雪の洗礼が冒険者達を襲う。咄嗟にファルネーゼが張りなおした障壁が砕けた。エレーナと二人、無傷で済んでいたが、アルクと貞義は無防備に喰らっている。
「流石に堪りませんなぁ!」
 貞義は懐からポーションを取り出すと傍らのアルクに手渡し、自分も飲み干した。
 と。
 ――ヒュヒュン!
「な‥‥に‥‥?」
 突如、青いローブの胸元に二本の矢が突き刺さった。今まで扉の陰に身を隠し、狙撃の機会を伺っていたケヴィンである。廊下は想定外だった。狭い戦場、下見もできない状況で都合よく射界を得られる潜伏場所は早々見つからない。今までは仲間達によって射線が遮られ、手を出そうにも出せない状況だったのだ。魔法によって仲間が打ち倒された瞬間、射線が開いたのは皮肉というべきか。
「ぐはっ‥‥」
「テメエッ!」
 相方を狙撃した冒険者を視界に収め、青年はチャクラムを投擲した。身を隠すのが遅れたケヴィンは強かに手傷を負う。弓を射るには身体を乗り出さねばならないから、これはもうどうしようもない。
 だが。
「ぐあっ!」
 今度は後背からの狙撃がイェーレを見舞った。見れば、シアンが司祭の後方、扉から姿を現して狙撃した所だった。貞義への短い耳打ちは、反対側から回り込めないか確認していたのだ。
「司祭様、ご無事ですか?」
 数度の射撃の後、女は司祭に取り付くと、扉の向こうまで引きずっていく。それを追う余裕はラファエルにもイェーレにもありはしない。冒険者達の猛攻が始まっていたのだ。
「父よ‥‥」
「がっげぇ!」
 体勢を立て直したアルクの影、ファルネーゼが父に祈ると、ラファエルの身体から生命力が失われていく。畳み掛けるようにアルクの連撃。動きの鈍った青年は避ける間もなく打ち据えられ、身体の切れを更に失っていく。
 ――ゴゥッ!
 冒険者達を再び吹雪が襲うが、二度目のそれは格段に威力が落ちていた。弱った体でも成功するようにランクを落としているのだろう。
「水火も辞せず、でありますよ!」
 叫び、貞義は腕で目元を覆いながら身体ごとぶつかるように、イェーレに突進した。
「ぐっ‥‥!」
 オーラによって強化された短剣が臓腑を抉る。その一撃で、凍えるイェーレの身体から、力が抜けた。
「イェーレ‥‥くそっ!」
 ラファエルの声は半ば悲鳴に近い。サポート役が倒れ、名実共に彼は孤立したのだ。再起を図るべく逃げ出そうと青年は試み‥‥肝心の足が全く動かない事に気付いた。
「な、なんだ! なんだ! なんだってんだ畜生!」
 己の足元を見て、今度こそ青年は悲鳴を上げた。ああ、爪先から始まった灰色の侵食が、ゆっくりと、その領地を広げていく。
 程なくして‥‥凶戦士ラファエル・ランザートだったものは、冷たく、物言わぬ石像と化していた。
「女の敵野郎! あんたは絶対許さないんだから!」
 クロード司祭を避難させて戻ったシアンが、渾身の力で像を倒す。
 鈍い音を立て、ラファエル像の頭部は粉々に砕け散った。

「復讐は‥‥果たせず、か‥‥」
 苦しい息の下、石像の破片をみやったイェーレが呟く。
「イェーレと言いましたか。境遇、判らぬではありませんが‥‥」
 足元、己が打ち倒した男に貞義は憐憫の視線を投げた。
「この街には同じく不幸を経験しながらも、前に進むと決めた強い少女がいるのですよ。我輩は、彼女を応援したいのであります」
 元々争いを好む男ではない。人生は大仰な暇潰しだ。だからこそ、明るく楽しくあらねばならないのだ。
「強い‥‥少女‥‥」
「貴方の御同族ですぞ」
「そう、か‥‥ぐっ!」
 言葉はそこで断たれた。胸に突き刺さった数本の矢が、イェーレ・ファンデンベルクへの最後の一撃になった。
「‥‥ハーフエルフの恥は雪がせて貰う」
 苦々しげに呟くケヴィンであった。

「‥‥すっかり、お世話になってしまいましたね」
 憔悴しきった様相で現れたクロード司祭が、小さく頭を下げる。戦闘で負った傷はシアンのポーションで何とか癒えているが、疲労の極致に達しているのだろう。
「あの、封印は無事ですか?」
「おかげさまで、何とか」
 エレーナの問いに、司祭は青ざめた顔で微笑み、袖をまくって見せる。現れた二の腕には、淡い輝きを放つ宝珠が埋め込まれていた。
「よもや、そのような場所に隠されているとはのう‥‥」
「この宝珠は所持者の生命力で封印の効果を発揮しています。代々この教会に受け継がれる秘中の秘です」
 感心するファルネーゼに、クロードは内密にお願いしますね、と小さく笑んでみせた。
「守護神の封印‥‥ニュイも頑張るのよ」
 同じ空の下、戦っているであろう弟の無事をシアンが祈ると、気遣うように司祭が口を開いた。
「後日‥‥後日があれば、ですが改めて皆さんに御礼をさせて頂きます。必ず」
「皆さんとは、此処にいる六人の事ですかな?」
 貞義の問いに、司祭はやや躊躇いながらも、勿論です、と答えた。