【魔剣の系譜】そしてまた、初めから

■ショートシナリオ


担当:勝元

対応レベル:フリーlv

難易度:易しい

成功報酬:5

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月05日〜01月20日

リプレイ公開日:2006年01月18日

●オープニング

 工房に槌打つ音が響いていた。
 今まさに打ちあがった二振りの刀を眺め、ヨハン・ディマーナクはいつにない上機嫌だった。ここ暫くの懸念も解消されつつある。万事が上手く行くようで、心軽く打ったのが良かったのかもしれなかった。
「待たせたな、ヒョウマ‥‥?」
 ここ暫く居候が済んでいる離れを訪れ、ヨハンは首を捻った。普段ならあの男は布団に潜っている時刻だ。だというのに、いま離れの中は、シフールの少女が小さな寝息を立てて眠っているだけだったのだ。

 草壁豹馬が浅い眠りから目覚めたのは、久しく忘れていた懐かしい気配を感じたからだ。
「‥‥誰だ?」
 記憶の片隅、今此処にいてはおかしい名前を拾い上げ、青年は慎重に表へ出る。目指すは離れの裏手、この時間に誰かがいる筈もない、茂みの辺りだ。
『‥‥豹馬、やっと会えた‥‥』
 そこに蹲り、息も絶え絶えに囁いたのは一人の女だった。――名は不知火、かつて抜忍である豹馬の命を狙った、追忍である。
『‥‥不知火! 如何した、その姿は!』
 青年は驚きの声を上げた。かつて争ったこのくのいちは、彼を討ち取った偽りの証拠を手に、ジャパンに帰国した筈だったのだ。
『ちょっと、ドジっちまってね‥‥アタシも焼きが回ったよ』
『喋るな、いま薬を持って来る』
『駄目‥‥もう、時間がないから』
 身を翻しかけた青年の肩を、女は必死に留めた。
『いい、よく聞いて‥‥隠れ里が滅びたの』
『なんだって‥‥!?』
『‥‥理由も目的も判らないわ。もう、生き残ってるのはアンタだけ‥‥』
『鎌鼬は如何した!』
『アタシを逃がす為に、囮になって‥‥アタシは、アンタを呼び戻‥‥護符を使っ‥‥』
 女が咳き込むと、その胸元が朱に染まる。‥‥致命傷と、豹馬には見て取れた。此処まで持ったのが奇跡のようなものなのだろう。
『虫のいい話だけどさ‥‥頼むよ、カタキ‥‥討っ‥‥』
 言葉は最後まで続かず、女は目を見開いたまま息絶えた。
「‥‥」
 黙祷すると、豹馬は不知火の瞼を閉じてやった。
「‥‥行くのか、ヒョウマ」
 不意に声をかけられ、青年は口から心臓が飛び出しそうになった。
「ヨハンか‥‥驚かせるな、死ぬかと思った」
「‥‥行くのか」
「判らん。よしんば行くにしても、先立つ物がまるで無いからな」
「‥‥俺が出す」
 宿主の意外な言葉に、青年は目を丸くした。
「おい、熱でもでたか?」
「‥‥茶化すな。行かねばならぬ定めであれば、力を貸さぬ道理は無い」
「‥‥‥‥」
「‥‥義妹の事もある。お前には随分世話になったからな。頼まれていた刀も打ち上がった。旅立ちには丁度いい頃合だ」
 青年は黙り込んだ。黙ってこの地を立ち去るには、長く住み過ぎていたのだ。
「‥‥丁度、冒険者達にも礼をしたいと思っていたところだ。新年会を兼ねて、離れにでも招くといい。面倒事は全て俺が請け負おう‥‥」
「済まん、な」
 小さく頭を下げる青年に、呪われた名工は気にするな、と仏頂面で返した。

●今回の参加者

 ea7510 伝 結花(34歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea8388 シアン・ブランシュ(26歳・♀・レンジャー・エルフ・ノルマン王国)
 ea9459 伊勢 八郎貞義(37歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea9689 カノン・リュフトヒェン(30歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb0704 イーサ・アルギース(29歳・♂・レンジャー・エルフ・イギリス王国)
 eb1802 法条 靜志郎(31歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●祝宴の前に
 礼拝堂はいつに無い喧騒が漂っていた。
「靜志郎君、拭き掃除は頼みましたぞ」
「はいよっ」
 テキパキと片付ける伊勢八郎貞義(ea9459)が飛ばす指示に、法条靜志郎(eb1802)が応える。今夜は新年会だ。本来予定していた会場はディマーナク邸の離れだったが、招待する人数を考えたら手狭の一言。都合のいい場所はないかと思案していた所、だったらうちと合同で、と孤児院のアリアに持ちかけられたのだ。孤児院の人間も招待予定だったから、渡りに船であった。
「ふむぅ」
 貞義は腕組んで思案顔。広さは申し分ない。祭壇前で出し物も出来る。料理の置き場が若干の問題だが‥‥小さ目の卓を複数用意するなり、長椅子をテーブル代わりにするなりすれば何とでもなるだろう。
「秋緒君、テーブルはそちらへ。お子達は飾り付けを。アリア君、飾り付けの按配を見て頂けますかな」
 矢継ぎ早に飛ぶ指示。最低でも20人以上の大宴会ともなれば、会場設営がすべてを握るといっていい。気力の充実に笑みが漏れる。裏方作業はこの男の骨頂なのだ。
 厨房ではイーサ・アルギース(eb0704)が包丁を片手、新年会に備えて料理の仕込みに余念がない。傍らではシフールの少女、ファウもお手伝いだ。
「新年会‥‥楽しそうですね」
 市場でかき集めた食材の皮を剥きながら、青年は呟いた。処理された食材は傍ら、銀髪の少女がガッツンガッツン断ち割り、適度な大きさになった頃合を見計らってファウが鍋に放り込む。このまま煮込めば、上等なストックが出来る筈だ。今回は出来る限りリクエストに応えたい。温かいものは温かく、冷たいものは冷たく。腕の振るい所だ。そういう意味では自分が一番楽しんでいるのだろう。家事は趣味で、給仕は好きな事だと公言して憚らないイーサである。
「せっかくの新年だ。そりゃもちろん楽しまないテはないさ」
 戸口で靜志郎が額の汗を拭った。真冬の拭き掃除は少々堪えるが、旧友と交わす杯を思えば雑用上等だ。多少は苦労した方が、酒も旨くなるに違いない。
「ねえねえ、オサケはあれだけで足りる?」
「‥‥今夜はかなり飲むでしょうし。若干、不安ですね」
 ファウの指し示す先を見て、イーサはやや懸念を抱いた。
「よしきた、んじゃひとっ走りしてくるわ」
 靜志郎が駆け出す。酒は心の潤滑油、宴の最中に切らせたとあっては興醒めだ。余る位が丁度いいだろう。

 街角。
「‥‥」
 カノン・リュフトヒェン(ea9689)は一人、佇む。無表情なのは常の習い、だがその横顔は何処となく物憂げに見えないこともなかった。事実、彼女は今、我知らず物思いに耽っている。
 ――そう、か。止める立場でもないし、止めるべきでもない。だが私は‥‥
 いつの間にか、この街にいるのが当たり前になっていた存在。仮初の事なのだと頭では判っていても、感情がついていかなかった。押さえ込み制御するのが当たり前だったからこそ、いざ解き放とうとするとそこには躊躇が混ざる。それは習性のようなもので。身につけた生きる為の習いは今、彼女を困惑させていた。
「‥‥やめよう」
 頭を振って堂々巡りを続ける思考を追い払う。それは上手く行ったとは言い難かったが、それでも気を取り直す手助けにはなった。
 目の前、一軒の扉を叩く。ここには地の宝珠防衛に関わった少女が住んでいる。彼女を祝宴に誘うのがここまで来たそもそもの目的なのだ。
「‥‥あら、あなたはあの時の‥‥?」
 軽やかな返事のあと戸口に現れた少女は、カノンを見て驚いたように、そして嬉しそうに小さく笑った。

 街外れの孤児院へ向かう、その道すがら。
「ってゆうかぁ、楽しみネェ」
 荷物を満載した馬の手綱をカッポカッポと引きながら、上機嫌そうに伝結花(ea7510)は呟いた。
 訪れるのは初めてだが、その主は以前からの馴染みだ。諸事情あって暫く会えずにいたのだが、どうやら新年会にかこつけ久々に旧交を温められそうである。なにより。
「孤児院のコも将来有望っポイからチェックしとかなきゃネ!」
 ‥‥寧ろこっちがメインだろう、キミ。
「何をチェックするかは知らんが‥‥まぁ、教育影響上良くない事は慎むようにな」
 道案内を頼まれた草壁豹馬も苦笑いを一つ、釘を刺すが。
「だいじょーぶ、アタシ見る専門なのョ☆」
 と笑う結花である。視線の質にも色々あるぞとか思わないでもなかったが、豹馬はそれ以上深く突っ込まなかった。
「そういえば豹馬、その手紙は?」
 荷物運びに同行していたシアン・ブランシュ(ea8388)が、黒衣の青年が手に持つ羊皮紙に目を留めた。
「招待状だ。‥‥孤児院でも同じ事を考えていたらしくて、な」
 丁寧な文字で記されたそれを眺める。久方振りに目にしたジャパン語は、懐かしさと、予測できない苦難を思い起こさずにはいれなかった。
「豹馬は帰るんでしょ?」
 ふと、尋ねるシアン。
「弟がね、一足先にジャパンへ向かってるのよ‥‥あの子、ノルマンから出るの初めてだから」
「心配か。そうだな‥‥確約は出来んが、会えたら力になろう」
 不安を噛み殺す様に苦笑してみせた姉の言葉に、青年は頷いた。
 道行く先に、礼拝堂の屋根が見えてくる。先行している貞義達は、会場の設営を整え終えている頃だろう。全員揃い次第、今年最初の、そして幾人かにとってはノルマン最後の祝宴が始まるのだ。

●祝宴のさなか
『特訓です。今夜は出来るまで寝かしませんからそのつもりで』
『いぃぃやぁぁぁ‥‥』
 祭壇前、一人の青年が披露した芸で礼拝堂は笑いに包まれる。宴も酣だ。参加者は思い思いの場所へ散り、杯を酌み交わし、料理に舌鼓を打っていた。
「皆も元気そうで何よりョ」
 結花もワイン片手、孤児院の面々と語らっていた。
「特にアレね、レオ君は今から既に美形になりそーな予感があるから道さえ逸れなきゃバッチリって感じで‥‥◎」
「にじゅうまる‥‥?」
 少年が首を傾げる一瞬の内に結花アイは少年達を走査完了している。特に顔。念入りに顔。つーか顔。
「ロイ君は一回二回酷い目見たらイー感じになりそぉだから期待して‥‥○」
「なんだよそれ!」
「ウン、OK」
 ああ、ワケの判らない流れでOKにされた。道を逸れてもそれはそれで陰のある美形になりそうだシ、やさぐれて斜に構えた美形も悪くないわョとか言い出す辺り、酒の肴としてすっかりご堪能のようである。肴にされた方はたまったもんじゃないが、酔ってるんだなこの人と諦めムードだ。気をつけろ少年。この人は素面でもこのまんまだぞ。
「遠慮なくオネーサンって呼んでいいのョ、チビっ子たち!」
『‥‥ハイ、オネーサン』
 どうやら逆らっては危険だと判断したらしい。
「‥‥相変わらずね、結花」
「ウ・フ・フ♪」
 独特のペースで突っ走る結花に、赤毛の少女は淡く笑んだ。

 ――工房。
 常は槌を握るその手には、代わりに杯が握られている。ヨハン・ディマーナクは一人、己の工房に佇んでいた。大勢で騒ぐのは柄じゃないと、出席は断ったのだ。
「‥‥入って、平気?」
 遠慮がちにかけられた声は、扉の向こうから。男は答えず、黙って扉を開いた。
「良かった。鍛冶場は女人禁制だってジャパンで聞いてたから‥‥」
 現れたのは白髪青眼の若い女――シアンだ。
「‥‥生憎、俺の工房は他人禁制でな‥‥まあいい。向こうには行かなかったのか」
 無骨に答え、杯を放って渡す。
「少し、気になってね」
 杯を合わせ、軽く唇を湿らすと女は壁にもたれかかった。
「ヨハンが人を避けるのは、相手を不幸にしたくないから? 大切な存在を失いたくないから?」
「‥‥単刀直入だな」
 無愛想な唇を僅かに歪め、男は笑ってみせた。
「‥‥そうなのかもしれん」
 人を避けるようになってどれほど経ったのか。それを思う度、男の胸を過去に背負った十字架が苛む。
「‥‥ここで独り、槌を打つ。それが俺には似合いの生涯だ」
「それよ! 私としては、まだ若いヨハンに人生諦めて欲しくないって思うのよね」
 女は一瞬、悔しげに唇を噛むと、くるりと表情を変え悪戯っ子のような視線で見つめた。
「という訳でお節介は承知。伊勢ぇ」
「危うく凍死するかと思いましたぞっ」
 いつの間に控えていたのか。軽口を叩く貞義に連れられ、一人の少女が戸口から姿を現す。
「‥‥イセリナ!」
「ひょっとして‥‥義兄‥‥さま?」
 驚く男と少女。特に少女は新年会と称して連れてこられたのだから、困惑の極みだ。
「それじゃ、ごゆっくりお話なさいな♪」
 満足げに笑んで、シアンは工房を出た。気になっている事はもう一つある。これからそれを確認しなければならないのだ。
「野暮は承知ですが‥‥」
 貞義は呟き、皮袋をヨハンに渡した。
「餞別です。少ないですがジャパンへ旅立つ皆様方へお渡し頂きたい」
 受け取った男は一瞬思案すると、壁に立てかけてあった一振りの剣を貞義に手渡した。
「‥‥では、俺からの礼だ。振れば鳴く出来損ないだが、何かの役には立とう」
 ヨハンは不慣れな笑みを見せると、ゆっくり、扉を閉めた。
 扉が閉まる直前。
「まずはお前に、詫びねばな――」
 シアンと貞義の耳に会話の断片が飛び込んだが、二人は何も聴かなかったことにして会場へと足を向けた。

 再び礼拝堂。
「――で? 最近イイ感じな展開もあったんだって?」
 丁度いい具合に酒の回った靜志郎が、結花やファウ相手に事情聴取真っ盛りだ。
「そうみたいなのョ。でもネ」
「ボクネンジンが相手だからねぇ。タイヘンそうだよねぇ」
「だからこそ、ここはバッチリ応援したいゎヨネ♪」
「んーそうかそうか。そりゃけしからんなぁ。何だか判らんがとにかくけしからん」
 三人が三人ともだいぶ酔っているのは確かなようだ。
「‥‥盛り上がるのもいいですが、馬に蹴られるような真似だけは慎んでくださいよ?」
 方々で給仕して回っていたイーサがそれを聞きとがめた。
「場合によっては私、皆様を排除するも辞しませんので」
 いつも通りの真顔で言い切る。正直言って怖いぞ。
「安心しろって。ほら、そんな事もあろうかとファウにはこれを付けといた」
 言って靜志郎が何やら差し出したのは、紅白に染められた紐。反対側は‥‥ファウの足首に。
「わーいオメデタイねーってバカー! ボクをなんだと思ってるのさ!」
「いやまあほら、馬に蹴られるって言うし。な?」
「なじゃないよ! ほどけーほどけほどけバカー!!」
 飛び立とうにも紐が張って飛べず、空中でぐるぐる回り続けるファウである。
「おや?」
 ふとイーサが気づくと、会場内から消えている人影が幾つか。
「‥‥いけませんね。手遅れになる前に何とかしなくては」
 青年は呟くと、気づかれぬように懐のダーツを探った。

●月影の下で
 中天に輝く月が中庭を仄明るく照らしている。
「――待たせたな」
「‥‥! い、いや、そうでもない」
 気配を殺すようにして現れた黒衣の青年に、カノンは内心の動揺を押し殺し、答えた。
「聞こう、極秘の話とやらを。諜報活動はお手の物だからな。問題はノルマンへの伝達手段だが‥‥」
 真剣な面持ち。勘違いしているのは明白なのだが、カノンはそのまま話を続ける。
「‥‥最初に感謝を。貴方のおかげで私はこういう場にも出れるようになったのだと思う」
「? ‥‥あ、ああ」
「次に補足を。以前言ったこの地にいる大事な者は、今も目の前にいる」
「目の前‥‥?」
 豹馬が振り向く。誰もいない。
「‥‥もしや‥‥」
「最後に質問を‥‥貴方の隣に私の居場所はあるだろうか? 貴方の心に私の姿はあるだろうか? 私は貴方の特別に、なれるだろうか?」
 カノンの言葉で、ようやっと豹馬は全てを把握した。そうか、それで奴はあのような事を――
 ――朴念仁と言われる君の事ですから少々心配になりましてな。
 会が始まる前、貞義に呼び出された時の事が脳裏に蘇る。あの時、奴から渡された物はまだ懐にある。伝君から預かったとか言っていたが‥‥。
 ――それで、此れを見た時君の脳裏には誰が過ぎりましたかな?
 そうだよ、お節介め。青年は唇の端を小さく歪めると。
「もし、イエスなら‥‥今、唇を――!」
「――済まないな、全く気付いてやれなくて」
 意を決し、言葉を搾り出すカノンをそっと、抱き寄せた。

 少し離れて。
(ええいっ、何をまごまごしておるのじゃ! 男であろう!)
(お、結構イイ感じじゃないか?)
(上手くいくといいわョネ〜)
 ‥‥茂みの影、コッソリ見守る結花、靜志郎、シアンの三人である。
(そこじゃ! ガバッと行け! ガバッと!)
(おい、見えないって)
(チョ、チョット、どこ触ってるのョ!)
(ええい、まどろっこしい!)
(お、おい、押すな!)
(ひ、引っ張らないでョ!)
『――わぁぁぁぁっ!』
 バランスを崩した三人は雪崩れ込むように茂みから転がり出た。

『――!?』
 突然の悲鳴に、二人は考えるよりも早く体を離した。
「お、おま、お前達‥‥」
 わなわなとカノンが唇を震わせる。どうにも嫌な予感が離れなかったのだが、こういう事だったとは。
「‥‥シアン。貰った手裏剣が早速役に立ちそうだが」
 豹馬の目が据わる。
 と。
 ――キュドドドッ!
 倒れる三人の眼前に突き刺さる、ダーツ。
「‥‥何をしているんですか、皆さん?」
 神速の手並みでダーツを放ったのはイーサである。ああ、その微笑。嵐の前の笑みだ。怒っている。間違いなく怒っている。
「あーなんだろなぁ」
「ドキドキ☆セキララ冒険白書・新年会編ってゆぅ感じィ?」
「うむ。有態に言えばノゾキじゃの」
『あはははは』
 乾いた笑いが夜空に響く。
「‥‥馬に蹴られるか、穴だらけになるか、選んでみます?」
 ちゃり、とダーツを構えるイーサだ。
「じゃ、またな! ジャパンで会おうぜ、グッドラック!」
 靜志郎が影に飛び込む。
「ジャパンで会いまショ? ともアレ、皆お疲れ様、の、元気でネ〜☆ 」
 結花は疾走の術で猛ダッシュ。
「うむ。心残りのない旅立ちをの」
 シアンは鷹揚に手を上げ、そそくさと立ち去る。
「‥‥大変失礼致しました」
 丁寧に頭を下げ、その場を後にするイーサであった。精一杯生きていらっしゃるあの方に、心の平穏と幸せが訪れますように。そう念じて。

「全く、奴らめ‥‥」
 豹馬は腰に手を当て、溜息を一つ。傍らで戸惑うように揺れる瞳に気づいた。
「‥‥どうした?」
「その‥‥答えが、まだだ」
「うっかりしていたな」
 青年は苦笑を一つ、女の左手にすっと指輪を嵌める。
「いいのか、私で‥‥?」
「無論、是非もない」
「‥‥必ず追いつこう。約束する」
 頬を伝う涙が煌めくと、カノンが微笑んだ。豹馬は吸い込まれるように、彼女の体を再び抱き寄せる。
 そして中庭に、月明かりを受け重なるシルエットが一つ、残った。