【移り気な天女】君は僕の宝物

■ショートシナリオ


担当:勝元

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:8人

サポート参加人数:9人

冒険期間:02月21日〜02月26日

リプレイ公開日:2006年03月02日

●オープニング

 京の町並みに、暖かく柔らかい陽射しがそそぐ。明け方の冷え込みが嘘のような陽気は、間近に控えた暖かい季節の予告。見やれば、道行く人々の幾人かは上着を小脇に抱えていた。春が近い。
 ――そんな昼下がりの話だ。
 大路の茶屋で一人、道行く人々を眺める絵師がいた。整った目鼻立ちが涼しげな視線を飛ばす。傷一つない、しなやかな指先が絵筆を操れば、半紙にはたちまち街道の様子が写し取られた。
 ほう、と茶屋の主が溜息を吐いた。絵になる様とは斯様なことか。絵師の姿が絵になるなど、あまりにも出来すぎな話ではあるが。
 と。
「あ、あ、あのっ」
 絵師の脇、駆け寄ってきた小柄な少女が、なにやら台帳を差し出して言った。
「じゅ‥‥住所とお名前をっ!」
「‥‥いいよ?」
 突然の申し出に、絵師は困惑しながらも優しげに笑んでみせた。大方、山育ちの少女あたりが都に出てきて浮かれているのだろう。おのぼりさんにも困ったものだが、それも自分の美貌がなせる業。ならば応えてやらなければ。よく見ればそこそこ可愛くもある。異国の血が混じっているのか、栗色の髪が印象的だ。磨いてやればもっと光るだろう。
「旦那、この娘は止めた方が‥‥」
 茶屋の主は絵師の袖を引いて忠告しようとしたが、次の瞬間、もはや手遅れになったことを悟った。
「いずみ〜!」
 大路の向こうから、一人の偉丈夫が走り寄ったからだ。
「偶然だな、泉! 俺も丁度喉が渇いたなと思ってよ」
「ゲッ、滝沢‥‥」
 満面の笑みを浮かべた青年を見て、少女――御崎泉は心底うんざりした。こいつのお陰で、あたしの恋路はいっつも邪魔されっぱなし。偶然とか言ってるけど、今日も邪魔しにきたに違いない。
「奢ってやるぜ。いや奢りだけじゃねえ。愛しいお前の頼みなら、なーんでも聞いてやる」
「わーい、うれしいな‥‥それじゃあたしの前から消えろ下種☆」
 愛くるしい顔で忌まわしげに吐き捨てると、泉は絵師に向き直った。
「お、お手紙しますねっ。お返事待ってますからっ」
 自分の住所を書いた半紙を手渡し、そそくさと消える少女だ。
「おい、待てよ泉‥‥」
 少女を追いかけようとした青年は、思い出したように絵師を睨み付けた。
「その面‥‥覚・え・た・ぞ・?」
「‥‥は、ははは‥‥」
 緩みきった先程とは打って変わった凶相に心底から震え上がる。小娘相手に痛い目を見るのは御免だ。この辺りにはもう二度と近寄るまいと心に固く誓う絵師であった。


「最近、ウチの師範代――滝沢伝が恋に狂ってな」
 ギルドを訪れた青年は、冷徹な表情を微かに歪ませた。
「御崎泉という少女に首っ丈らしい。まぁ、全く相手にされてないようだが‥‥問題は彼女が随分と移り気で、美形と見れば誰彼構わず声をかけまくるって事だ」
 思わず溜息が漏れる。なんだってこんな事をギルドに相談せにゃならんのか。
「ま、それも個人の自由といえば自由なんだが‥‥滝沢はそれが許せなくてな。御崎が声をかけた相手は問答無用で潰そうとするわけだ」
 これまでは大事にならずに済んでいるが、今後その保証はない。万が一新撰組辺りに目を付けられた日には、どう贔屓目に見ても破滅が待っているだけだろう。ただでさえ、栗色の髪の少女と身の丈一間近い偉丈夫の組み合わせは目立つのだ。
「俺達が言っても聞く耳もたん。そこで、君らなら何とかできないかと思ってな‥‥厄介事を押し付けるようで済まないが、よろしく頼む」
 青年は腰を上げた。
「しかし‥‥恋は盲目とは、よく言ったものだ」
 もう一度溜息を吐くと、頭を下げる青年であった。

●今回の参加者

 ea0020 月詠 葵(21歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea0648 陣内 晶(28歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea2765 ヴァージニア・レヴィン(21歳・♀・バード・エルフ・イギリス王国)
 ea4128 秀真 傳(38歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea5640 リュリス・アルフェイン(29歳・♂・ファイター・人間・フランク王国)
 eb0601 カヤ・ツヴァイナァーツ(29歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)
 eb1793 和久寺 圭介(31歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb3983 花東沖 総樹(35歳・♀・浪人・人間・ジャパン)

●サポート参加者

シャラ・ルーシャラ(ea0062)/ ゼルス・ウィンディ(ea1661)/ 白翼寺 涼哉(ea9502)/ リュヴィア・グラナート(ea9960)/ 無頼厳 豪刃(eb0861)/ 空流馬 ひのき(eb0981)/ ルピナス・シンラ(eb0996)/ ルゥ・ラ・ヤーマ(eb2400)/ ナノック・リバーシブル(eb3979

●リプレイ本文

●少女の事情
 大路の片隅、陽だまりに猫が数匹丸くなる。
 柔らかい光に目を細め、幾人かの町娘と話しこむは一人の少年。月詠葵(ea0020)だ。今回の目標は件の二人を今までより好い仲にする、という事でまずは第一歩の情報収集に励んでいるらしい。
「泉? あ〜、相変わらず美形に言い寄ってるんだ。あの娘もほんと、懲りないわねぇ」
「とにかく優しそうで綺麗な人が好きなのよ。好きというか、無条件で反応してるカンジ?」
「逆にゴツかったり乱暴そうな人は苦手みたい」
 なーるほどーと呟きつつ、葵は話を手早く半紙に書き留めた。恋は盲目というが、こちらも盲目のようだ。もっとも、恋と言えるかどうかは微妙な範疇に属したが。
「そう言えば、なんで君はあの娘の事を?」
 町娘の一人が尋ねた。
「ちょっと泉お姉ちゃんの事が気になっている人に頼まれたですよ」
 限りなく真実に近い嘘を少年は吐いた。
「だから‥‥ボクがお姉ちゃんの話を聞いてた事は内緒にしてほしいです」
 誰だって見知らぬ者が自分の事を調べていたと知ったら気分が悪いもの。この口止めは妥当なものだったが、だからこそ町娘たちは含み笑いをした。
「ふっふーん。いいけど‥‥」
「‥‥けど?」
「もう少しお姉さんたちと語らいましょうか? そこの団子屋で、お茶でも飲みながら、ね」
 有無を言わさず連行される葵。取引というか問答無用らしい。綺麗で将来有望そうな少年(何せあの新撰組の仮隊士見習いだ)ともなれば、これ以上ないお茶請けである‥‥頑張れ、少年。

 一方、その団子屋では。
「へー面白ぉい」
 ヴァージニア・レヴィン(ea2765)がたむろす町娘相手、噂話に華を咲かせている。
 好奇心旺盛で物怖じしない彼女だ。見知らぬ町娘と仲良くなるのは早かった。
「じゃ、気紛れに怪我した犬を助けようとした彼を見て‥‥」
「そうそう、勘違いしたあの娘が言ったらしいのよ。『弱いもの虐めはよせ!』って」
 雨の中、傷ついた犬を庇うように飛び込んだ栗毛の少女に、青年は一目で魅了されたらしい。呆然としている内に少女は雨の中へ消え‥‥。
「誤解も解けぬまま今へ到る、らしいわよ?」
 さも面白そうに町娘は言った。
「じゃあ、泉さんは今でも彼のことを‥‥」
 ヴァージニアの言葉に、間髪入れず返った言葉は。
「鬼とか下種とか非道とか思ってるわね」
 拙い事に第一印象が最悪。師範代を勤め上げる程の剣名も、一間を越す身の丈も、粗暴であるという印象に拍車をかけたようだ。まあ乱暴なのは確かだから、自業自得だと言えなくもないが。
「よーく見ればいいオトコなんだけどねぇ」
「アタシ好きよ、ああいう野生的なヒトって」
 という意見もある辺り、人生の見解は複雑この上ない。もう少し二人とも歩み寄れないかと考えていたヴァージニアだったが、流石に一筋縄ではいかないようだ。
「そういえば‥‥泉さんって、以前から移り気なの?」
 同席していた花東沖総樹(eb3983)が、ふと尋ねた。「そんなやり方じゃ振り向いてあげないわよ」と気を持たせているのでは‥‥と考えたのだ。
「そうよ?」
 返答は簡潔を極めた。
「何でも、命の恩人が優しくて綺麗なお兄さんだったとかで‥‥それ以来、そういう人を見るとつい声をかけちゃうんだって」
 どうやら考えすぎだったらしい。そっか、と応じると総樹は軽く手を上げ、その場を辞した。

●道場破り
 朝稽古も終わり、普段なら静寂が戻るはずの道場に喧騒が満ちている。
「滝沢伝はいるか‥‥?」
 異国の剣士――リュリス・アルフェイン(ea5640)が訪れたからだ。それも、道場破りの名目で。
 片言の日本語で師範代に勝負を申し込む異人が来た。それだけで、道場は騒然となった。さもありなん。それくらい、異国人の道場破りは珍しい。
「やれやれ。確かに滝沢ならいるが‥‥」
 真っ先に応じた青年――依頼人だ――は小さく溜息を一つ。
「‥‥はいどうぞと答える事はできん。異人の道場破り相手、真っ先に師範代を出した腰抜けの集まりと揶揄されては堪らんからな」
「ちっ‥‥」
 リュリスは舌打ちを一つ。この分では、最低でもこの青年くらいは相手取らねばならないだろう。覚悟を決めた、その時だ。
「いいぜ。退屈してたんだ、遊んでやるよ」
 奥から現れた偉丈夫が一人。玩具を与えられた悪童のように、笑んでいた。

 ――道場。
 見届け人と称して見物に馳せ参じた陣内晶(ea0648)と秀真傳(ea4128)そして門下生が見守る中、二人の青年は相対した。
「女にフラれてんのに後をつけて悪さする虫ってのはお前か。男ならすっぱりこいつで勝負つけろや」
 リュリスは竹刀を軽く振ると滝沢にぴたり、突きつける。
「一本勝負。負けた方が女を諦める‥‥文句はねーな?」
「そっか、手前も泉の悪い虫か」
 対する滝沢は担ぐように竹刀を構えた。
「なら遠慮はいらねぇなぁ‥‥!」
 軽く息を吐くと、踊りかかるように上段から打ち込む。受けたリュリスは二刀で捌くと、返す刀で袈裟懸け一閃。滝沢は切先を巡らせ、その一撃を難なく防いでみせた。
「‥‥やるじゃん」
「手前もな」
 にやり、と笑みが漏れる。剣の腕はほぼ互角。同格であれば、瑣末な腕の差はこの際問題にならぬ。命運を分けるのは‥‥いかに勝機を作り出すか、だ。そしてリュリスには、この場に望むにあたって充分な勝算があった。
(「頼むぜ‥‥?」)
 じり、と間合いを計る。ちらと横目で見れば、そこに座るは二人の仲間。彼らがリュリスの勝機だった。瞬時に視線を戻すと、一気に踏み込む。これで、勝負はつくはずだ。
 二刀が閃く。左右から襲う剣閃が青年に迫り‥‥滝沢の持つ竹刀によって阻まれていた。辛うじて、ではあるが。
「‥‥なっ!?」
 内心、リュリスは動揺した。予定と違う。本来なら、踏み込んだ直後にあの二人が滝沢の気を引く手筈だったのだ。伝え方が悪かったのか、それとも二人にその気がなかったのかは定かではないが‥‥。
 気を取り直すまでに半瞬。その時には、上段から振り下ろすような一撃が迫っていた。慌てて受けるが、僅かな鍔迫り合いの後、彼の身体は力任せに床へ叩きつけられていた。
「手前‥‥なんか目論んでやがったな?」
 倒れたリュリスに竹刀を突きつけ、滝沢がにやりと笑う。
「‥‥ま、最後まで本気でやってたら、俺が負けてたかもしんねぇな」
 最後の二刀はやばかったぜ。そう言って、青年はもう一度笑った。

 喧騒の余韻が道場に漂っている。
「おぬしの手法、允拙いものじゃのう」
 丁寧に名乗った後、傳は本題をずばりと切り出した。
「毎度偶然で押続けたとて、泉殿ならずとも娘御は嫌気がさすものじゃ」
 腕を組み、まるで不出来な生徒に教えるように語る傳に、滝沢はぎくりとうろたえる。
「や、やっぱそうか? けどよ、俺は押しが取り柄だからよ」
「女の子は押しすぎると逆に引くから、たまにはこっちが引いてみるのもいいのよ」
 後から合流していた総樹も教示を開始した。
「あまり追いかけてばかりで盲目的だとかえって女性は逃げていくもの。そうなれば恋心も伝わりにくいものよ」
「‥‥例えばじゃな、常に現われるおぬしが姿を見せぬとなると、如何したかと気になるが人情じゃろう?」
「お、おう」
「あるいは、姿を見せても何気なしに通り過ぎる‥‥これも相手は拍子抜けじゃ」
「‥‥なるほど」
「身だしなみも大事よ? 女性と会う時に良い香りをさせていたら、好感度が違ってくるから」
 例えば柚子とかを風呂に浮かべて‥‥と湯屋ならではの指摘をする総樹だ。
「斯様な駆引き、影なる忍耐あってこそ人は磨かれ、恋情は報われるものではないかえ?」
「そんな手があったとは‥‥感服したぜっ。これからは先生と呼ばせてくれっ!」
 初歩ともいえる手練手管に、青年はいたく感激した模様。今まで押し一辺倒なのだから無理もない。こうして二人と滝沢は師弟関係を結ぶに到ったようである。
「それはそうとして‥‥御崎さんをどうして、どの辺りを好きになったのです?」
 ちょこんと横に座り、お茶を啜っていた晶が首を傾げた。
「正直こう‥‥みてて偶像崇拝っぽい気がー」
「俺は馬鹿だから難しい事はわかんねぇけどよ」
 滝沢も同様に首を傾げた。
「俺はアイツの綺麗な所から汚い所まで、全て愛する自身があるぜ」
「ふーむ。なら、もっと相手と話さないといけませんねー」
 すべからく相互理解を図る事は人間関係の第一歩だ。理解できない相手と友好を結ぶ事は至難の業だろう。
「嫌がる事はしないとか女性と付き合うコツはまぁ色々ありますがー、互いの事を知るうちに、相手の良い所に気付いてそれが恋心に‥‥というのが上手く行く大概の場合です」
「女なんざ、ほっといても寄ってきたからなぁ‥‥」
「ならば、尚更。悪いところばかり目に付いては、失敗が待っているだけですよ」
「美しき想い人は花。力に任せ愚かに手折ってしまわぬようにの」
「肝に銘じるぜ、先生」
 至極真面目な顔で、滝沢は頷いた。

●大路で
 ――本当の恋は一生に一度、その人しか私には見えない‥‥
 偶然を装い仲良くなった(お団子奢りで一発だった)泉と肩を並べ歩きながら、ありがちな恋歌を口ずさむ。
「ねぇ‥‥泉さんは本当の恋をしたことがある?」
 と、ヴァージニアはそんな事を尋ねてみた。
「ん? そーだなぁ」
 少女らしくない伝法な口調で、泉は首を捻った。何でも、友達相手にはこうなるらしい。
「どーだろ。本当の恋ってよく判らないけど、それを見つけるのも恋のような気はするよ」
「噂だと貴方に恋してる人がいるっていうけど‥‥中々素敵な人だって話ね?」
「‥‥うぇ、滝沢?」
「師範代なんでしょ、顔もまぁまぁ、強いし一途だし‥‥ねぇ、本当の処どう思ってる?」
「うーん‥‥いやまぁ、言うほど嫌いじゃないけどさぁ」
 渋面で言いよどむ少女に、逃げちゃってからじゃ遅いわよ、とヴァージニアは笑んでみせた。
「だけど、あたしはアイツの‥‥!!」
 突然、少女の目が輝きだした。視線の先に二人の青年を捉えたのだとヴァージニアが知った時、はうっと謎の喜声を上げ、彼女はその場を駆け出していた。

「じゅ、住所とお名前をーーーーー!」
 ついに見つけた美青年。しかも二人も。奇行に走る栗毛の少女の頭の中は、綺麗なお兄さんとお友達になることで一杯だ。
「これは可愛らしいお嬢さんだ」
 奇行にも怯まず嫣然と笑んでみせたのは和久寺圭介(eb1793)。
「これでは男が放っておかないだろうね」
「えへ、通りすがりのウィザードです――ってのは駄目?」
 対してカヤ・ツヴァイナァーツ(eb0601)は若干引きつり気味の微笑を浮かべた。心構えの差が出たらしい。
「可愛らしいなんて、そんなっ」
 顔を真っ赤にして少女は照れて見せた。若干引き気味のツヴァイには気づかない辺り、有頂天真っ盛りだ。
「ねぇ、なんで伝さんが嫌いなの? 彼ってそこそこ男前だと思うけど」
 突然切り出すツヴァイに、泉はほえ? と目を丸くした。
「何で滝沢の名前が‥‥?」
「色男は女の子を泣かせる魔物なんだよ? 知ってる? 海外には色男ばっかりおっかけてる女の子は幸せになれないって言い伝えがあるの」
「そ、そんなこといきなり言われても‥‥」
 少女は困惑した。いくら綺麗なお兄さんでも、初対面の相手がどうして滝沢を持ち上げるんだ‥‥?
「それにねぇ、自分の好みじゃないって言ってた男ほど、後々大化けして「勿体無いことした」って思わされるもんなんだよね。
 って、よく考えたら伝さんって案外女の子に慕われてそうだよね。気がついてないだけで。それに師範代なんて言ったら将来有望だし。職にもこまんないし」
 ツヴァイは一気にまくし立てた。混乱に乗じて畳み掛け、上手く言いくるめるつもりなのだ。
「そうだな。些か粗暴な所があるとは言え、形振り構わず女を愛せる男はそうはいない。ああいう男に惹かれる者も多かろうよ」
 圭介も加わると、困惑は最高潮に達し、遅まきながら疑惑へと転化した。
「ひょっとして‥‥あんたら、滝沢の手の者?」
 声が一段低くなり、怒りを押し殺すように少女は言った。
「‥‥ムカつくよ、そういうの。男なら自分で口説けってんだ」
「あ、いや、そういうわけじゃ‥‥」
「むぅ、しくじったか‥‥」
 二人は口々に呟いた。やりすぎたか。もう少し上手く事を運ぼうとは思ってはいたが、流石に唐突過ぎたようだ。
 ――二人の「つたえ」がそこを通りがかったのは、その時だ。

●空騒ぎは続く
「‥‥はぅ☆」
 大路の向こうから歩いてくる二人の人影、とりわけ一人に少女の視線は釘付けになった。優しそうな、お兄さんだ‥‥!
「じゅ‥‥住所とお名前をー!」
 圭介達を置き去りにし、傳の元へと駆け寄る。殊更に滝沢を無視しているのは、腹立ち紛れの意趣返しかもしれない。
「ほう?」
 目を細め、少女を見やる。流石に手強い。なんだか意固地になっているようにも見えなくもないが‥‥。
 横目で伺った滝沢の様子は、意外なほど落ち着いていた。先程の教示が身にしみていると見える。
「‥‥ふむ」
 差し出された台帳を受け取ると、傳は住所、名に代えて一文書き込み、少女に返してやった。
「よぅ、先生‥‥早く行こうぜ。さっきの続きが聞きてえ」
 相変わらず、少女には興味のない素振りで青年は急かす。応じて傳は少女に軽く手を上げ、その場を後にした。
「な、なんだ、あいつ‥‥悪いもんでも食ったのか?」
 常と様子の異なる滝沢に、泉は面食らっていた。いつもなら、友人であれど凄んでみせる筈なのだ。それに‥‥。
 ――ふわり。
 滝沢とすれ違う一瞬届いた、優しい、爽やかな香り。
 先程とは別の困惑を抱え、泉は手渡された台帳に目を落とした。

 ――世の中は恋繁しゑやかくしあらば、梅の花にもならましものを

「‥‥梅の花になってどうしろと‥‥?」
 更に首を傾げる。どうやら情感溢れる感性とは無縁な泉であった。


 途方にくれたように佇む泉を、物陰からコッソリ眺める。
「アレで少しは意識してもらえればですね‥‥」
 少女の情報を滝沢に手渡し、葵は呟いた。
「丸く収まってくれればいいけど」
「大変なのは変わらず、かしらね‥‥」
 ツヴァイの言葉にヴァージニアが合わせる。
「しかし、折角の美少女が勿体無いな‥‥」
「我慢ならぬ時は密かに陰ながら見守るが良い。わしのようにな」
 じろ、と本性剥き出しで圭介を睨み付ける滝沢に、傳は涼しげに笑んでみせた。
「ともかく、これ以上二人の仲が悪くなりませんように」
 恋の神様がいたらと心の中で総樹は祈った。
「ま、人生いろいろですよ。がんばれおじさん」
「‥‥俺はまだ十九だ!」
 青年の言葉が初春の空に吸い込まれると、一同はそれぞれのやりかたで、笑った。