仇
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■ショートシナリオ
担当:勝元
対応レベル:11〜17lv
難易度:やや難
成功報酬:7 G 28 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:03月16日〜03月25日
リプレイ公開日:2006年03月24日
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●オープニング
悩ましきかな我が人生。悩ましきかな我が一刀。悩ましきかな我が宿業――
「助太刀を、お頼み申す」
ギルドを訪れた少年は、開口一番、そう言った。
まだあどけなさの残る少年は、その顔立ちに似合わぬ鬼気を纏わりつかせていた。見れば、年の頃は十二、三。腰に差した大小が、幼い体躯に比べて酷く不釣合いだった。
「助太刀‥‥というと?」
もはや明白な事ではあったが、受付の青年は敢えて確認した。
「無論」
少年は即答する。
「仇討ちです」
瞳が、不退転の決意を物語っていた。
少年の名は岡崎四郎という。南大和にある小藩、吉野藩の指南役を勤める岡崎成正の末子だ。いや、だった。過去形なのは成正が不帰の人だからである。
成正は剣名こそ一歩劣るものの、実力は申し分なく、心技体共に兼ね備えた、まさに武士の中の武士を体現した男だった。吉野藩の撃剣大会で好成績を収め、指南役に取り立てられたのは四郎が生まれたばかりの頃だ。以来、岡崎成正は吉野藩随一の使い手として藩中に名を轟かす。まさに少年にとって、頼れる父であり、武士の鑑であり、偉大な師であった。厳しくも優しい父に鍛えられ、少年は、幸せな日々を過ごしていた。
そんな岡崎家に不幸が襲ったのは、一月ほど前の事だ。
次男の貞義が辻斬りに斬られ、死んだ。父に似ず非力だが聡明な青年で、四郎の勉強をよく見てくれた優しい兄だった。
長女の小夜が不逞の輩に攫われ、隠し持っていた短刀で自害した。彼女に何があったか、父は教えてくれなかった。春には嫁入りが待っている筈だった。
長兄の信尚は下手人を見つけたと言い残し、翌朝帰らぬ人となった。父の剣才を最も色濃く受け継いでいると謳われた俊英は、相手に一太刀も加えられぬまま非業の死を遂げた。
そして成正が、果し合いの末に惨殺された。指南役の敗北は、即ち岡崎家の終焉を意味していた。
「今回助太刀をお頼み申すのは、父の仇――“双剣児”との異名をとる、田宮兄弟です」
少年の目が光を増す。
「相手が二人だった‥‥そんな事は言い訳になりません。父は敗れ、果てました。ならば、私がその仇を討たねばなりません」
討たねば岡崎家再興も侭ならぬ。父の名誉も、兄や姉の無念も、全て自分が晴らさねばならないのだ。
「ですが、悲しいかな私は非才の身。未熟も極まるこの身体、剣才も膂力も無く、父の形見も扱いかねるとなれば、どうして仇が討てましょう」
おまけに相手が田宮兄弟となれば、仇討ちなど無謀極まりない暴挙。向かい合わせに写し取ったようにそっくりな双子は、右京が左手を、左京が右手を得手とする。互いに非凡極まる一角の剣客なれど、その真価は二人息を合わせ斬り結ぶ連携にあるという。その姿、まるで二刀を振りかざす一己の剣鬼が如く。藁を刈り取るように易々と、相対する者を斬るその様に、誰が呼んだか“双剣児”――天地がひっくり返っても、果たせる筈の無い相手だ。‥‥普通ならば。
「平に、平にお頼み申す。最早すがれるのは此方だけなのです。我が手であの二人を討ち果たせるとなれば、例えこの身が朽ち果てようとも悔いはありませぬ」
少年が畳に伏した。もう後が無いのだ。断られるわけにはいかないのだ。天地神明に賭けて、討たねばならないのだ。
「一つだけ――気になる事が」
畳に額を擦り付けて懇願する少年を取り成し、受付の青年は尋ねた。
「指南役ともあろうお方が‥‥何故、そのような果し合いを?」
通常、指南役ともなれば軽々しく果し合いなどは受けぬものだ。
「‥‥父は言っておりました」
少年は、目に涙を湛え、呟いた。
「信尚の仇を討たねばならん、と」
それは、即ち――全ての元凶が、田宮兄弟にある事を意味する。
「どうか‥‥私に、皆様のお力添えを」
そして少年は、もう一度頭を下げた。
●リプレイ本文
依頼人である岡崎四郎の要請を受け、吉野藩へ到着した冒険者たちが活動を開始したのは三月十九日の早朝からだった。
門下生で賑わっていた道場には、いまや数名の人影があるのみ。かつての喧騒は鳴りを潜め、水を打ったような静寂がこの空間の支配権を主張していた。
「‥‥まず、貴方に確認しておきたい事がある」
一番最初に静寂を破ったのはテスタメント・ヘイリグケイト(eb1935)だった。
「私たちがどこまで手を出すか‥‥恐らく、ほとんど全て此方ですることになるが。それは構わぬだろうか?」
淡々と、ともすれば冷酷に取られかねない静謐さで、テスタは少年に問うた。出来れば止めは任せたい。だが、最悪の場合、形見を借りてそれで‥‥という形式も考えなければならない、とも。
対して四郎は、小さく首を縦に振ってそれに答えた。元より、己の力が当てにならぬからこそ頼んだ助勢である。この期に及んで、己一人の力でなどと言える訳がない。
「次に、あんたの覚悟を問いたい」
腕組んで道場の壁に凭れた風霧健武(ea0403)が、鋭い視線を四郎に向けた。
「武士らしく戦うのか、それとも仇を討つ為にどのような手段も厭わんのか」
後者ならまだ良し。やりようは幾らでもあるというもの。だが、前者であるならば‥‥正直、無謀と言わざるをえないだろう。青年の危惧は、だが少年が小さく頭を振ったことにより打ち消された。
「‥‥最後の一太刀さえお任せいただければ、後はどうなりとも」
なんだ。思っていたよりも冷静じゃないか。拍子抜けしかけた健武は、直後にそれが見当違いだった事に気づいた。
手段は問わぬ。名分さえ立てばいい。言下にそう告げる少年の唇は、青ざめ、食い破らんばかりに噛み締められていたのだ。
「仇討ちの助力を求めるのでなく、田宮兄弟の暗殺を頼んでもよかったのではないですか?」
深刻な場にそぐわぬ微笑をたたえ、バーゼリオ・バレルスキー(eb0753)が尋ねた。暗殺とは物騒な物言いだが、冒険者ギルドに依頼するのであれば、討伐の形式を取るのが一般的なのは確かではあった。
間髪入れず、少年は叫んだ。
「それでは、岡崎家の再興はなりませぬ!」
「では、仇討ちをするならせめて己のために行いなさい。家族を理由にするなら先がありません」
「何故ですか!?」
「死者に感情はありません。怒り憎しみは四郎殿自身の物です」
「貴方の国ではそうかもしれませぬ。ですが、私は卑しくも日ノ本の武家に生まれた身。武士の誇りを捨て、私怨を晴らさんとしたその後に何が残りましょうか! 家名も守れぬ武士など、武士と言えましょうか!」
果たして、この詩人の意図した事が全て正しく少年に伝わったかは定かではない。彼の操るジャパン語は、感情の機微や物事の道理を余さず伝えるには少々語彙が不足しがちだからだ。だが結果として、神経を逆撫でされた少年は激高し、その後、人目はばからず落涙する事になった。
「わ‥‥私は‥‥私は‥‥っ!」
「大丈夫だ。決して悪いようにはしない」
傍ら、警護の為に控えていた氷川玲(ea2988)がさりげなく割って入る。
「約束する。大丈夫だ」
激情に震える四郎を軽く宥めてやり、玲は心の中で小さく嘆息した。まったく、毎度の事だが面倒見がいいと苦労する。出来れば首尾よく本懐を遂げさせてやりたいものだが、さて‥‥?
一瞬、背中に薄ら寒いものを感じて、青年は思わず黙り込んだ。背嚢に有り得ないほどの荷物を詰め込んで出発したのがケチの付き初めかもしれない。愛馬に無理やり載せて強行出発したはいいが、無理が祟って一歩も動けなくなっていたのは痛恨だった。もう一度無理を重ねて引き返し依頼を袖にするか、背嚢を諦めて間に合わせるかの二者択一を強いられ、結局依頼を取る羽目になったのだ。
もう一度、心の中で小さく嘆息する。順当に行けば明日には決着が付く。それまで、街道に置き去られた背嚢が無事でいればいいのだが。それは期待するだけ、無駄になりそうだった。
「あーアイツらか。強ええの嵩にかけて威張ってるからよ、評判わりぃやな。手篭めにされて泣いた女は数知れずとか聞くしよ」
昼間から一杯奢ってもらえるとは景気がいいねぇ、と上機嫌のその男は、問われるままに田宮兄弟について語った。
夕暮れから夜半にかけては繁盛するであろう酒場も、昼過ぎとあれば人も疎らだ。数少ない客はやはり数少ないだけあって、真っ当ではない人物が多いように感じる。その中でも適当な渡世人らしき男に目をつけた御堂鼎(ea2454)とルクス・シュラウヴェル(ea5001)は、目論見どおり軽くなった口に心中でほくそ笑んだ。
「流派? あーなんつったっけなぁ。田宮ナントカ流だったか。新陰流の流れを汲むとかなんとか聞いたかもな。ともあれ、あいつらの流派なんか気にしても無駄だぜ?」
何がしたいんだかしらねえがよ、と言って男は酒を呷った。
「双剣児って異名は伊達じゃねえ。入れ代わり立ち代わりで繰り出す奴らの剣を見切れた奴なんていやしねえ。ナントカして引き離さねえと刀の錆になるだけだぜ。もっとも」
あいつら何処行くにも一緒だから、よっぽど考えねえと難しいだろうよ。意地悪げに笑うと、男は眠たげに目を閉じた。
「気に入らないねぇ」
酒場を後にし、鼎ははんっ、と鼻を鳴らした。
「四郎の兄姉を手にかけ、指南役の親父さんが果たし合うよう仕向ける。自らの名を上げる為に行ったようなものじゃないか」
「だが、腕は立つ」
ルクスは素っ気なく答えた。
「これが使えていたら多少の保険にもなったろうが‥‥」
何がしかの液体が入った皮袋を片手に、女は呟いた。酒場の主に頼み、田宮兄弟の酒へ混ぜてもらおうと思った物だが、けんもほろろに断られていたのだ。さもありなん、見ず知らずの冒険者に言われるまま、怪しい液体を客の酒に混ぜるような真似をする酒場が繁盛するわけがない。
「そればかりは仕方ないさね。あの親父だって我が身可愛いだろうしさ」
鼎は苦笑を一つ。
「悪党相手に一服盛ったのがばれたら、漏れなく首と胴が生き別れになるってもんさね」
そうだなと相槌を打って、ルクスはふと、呟いた。
「‥‥ジャパンの武士道とはいえ、まだ幼い少年の手を血で染めるのは忍びないな」
「ま、その為にうちらがいるんだろ?」
下種には相応しい報いを与えてやろうじゃないか。そう言って不適に笑む鼎に、ルクスはその通りだ、と相変わらずの口調で答えた。
少年から聞いたとおり行けば、邸宅はすぐに見つかった。
クリムゾン・コスタクルス(ea3075) はテスタと二人、四郎が認めた書状を携え、田宮邸を訪れていた。目的は只一つ。果たし状を受け取らせ、仇討ちの場に引きずり出す事である。
果たして、二人を出迎えたのは、同じく二人の‥‥写し取ったと表現するのが相応しい、身の丈一間はあろう双子の侍であった。
「双剣児――田宮兄弟だな?」
現れた二人に鼻息も荒く、書状を叩きつけるクリムゾンである。
「最近の冒険者は」
「礼儀を知らぬと見える」
右京と左京の二人は言葉を合わせ、事も無げに書状を開き、二人揃って目を細めた。
「笑止」
「小童風情が」
まともに取り合っていない。文面は四郎が書いて、封をした。その内容が二人を刺激するには足りなかったのだろう。
「‥‥ま、来なくてもいいけどよ」
クリムゾンは挑発するように笑って見せた。
「この果し合いに逃げると、お家の名誉に傷がつくことになると思うぜ?」
『‥‥‥‥首を洗って、待っていろ』
効果は覿面だった。
道場に、ここ暫く無かった空気が生まれていた。
「少々厳しくいくぞ」
壬生天矢(ea0841)は四郎を前に、指南役を買って出ていた。果し合いまでの時は短い。やれる事も限られた。ならば、死合い前に、少しでも剣を使える物に‥‥というわけだ。
刀を持たせ構えを見れば、なるほど幼い頃からの修練の賜物だろう。一見基礎は出来ているように見えた。
だが。
「‥‥まるで駄目だな。それでは刀に振り回される」
同じく稽古に付き合っていた健武が指摘する。
「自分を斬り付けるのが落ちだろう。脇差を使った方がいい」
そもそも脇差ですら、年端も行かぬ少年にとっては大刀も同然なのだ。この指摘は理に適っていた。
「さて。本身を振り回す前に、心してほしい事がある」
重たげに脇差を構える少年に、天矢は言った。
「人を斬るとはどういうことか‥‥四郎は考えたことがあるかい?」
不意の問いかけに、少年は困惑しながらもない、と答えた。
「人を斬るとは、その人の一生を奪う事であり自分はその業を一生背負うことでもある。四郎は親兄弟を斬った相手を今斬ろうとしている。だが、憎しみだけで剣を振るってはいけない。その先には何も生まれない」
剣を振るうと言うこと。人の命を奪うということは、この世に於ける大きな罪。ならば大義なくして、どうして事を為せようか。軽々しく命のやり取りをして、どうして武士道が説けようか――幼い少年に、真の意味での大義を説くのは酷な話だ。だが、だからこそ、天矢はその心構えを身につけて臨んでほしいと願っていた。
「岡崎家再興の名目をかかげ、冴えた心の剣を振るうのだ」
「ハイ、先生!」
少年は、初めて澄んだ声を上げた。
「気構えを理解した所で実践してみるか」
あらためて健武が立ちはだかる。
「ま、当たりはしないだろうから本気で斬りかかって来い」
自然体で構える青年に、四郎は気合と共に脇差を繰り出した。
翌日。夕刻間近になって、田宮兄弟は姿を現した。
岡崎成正最期の地――その川原には太陽ががうっすらと紅を投げかけていた。もうじき、日は沈もうとするだろう。
「これはこれは」
「頭数を揃えれば我等を討てると思うたか」
『浅墓』
少年を庇うように布陣した冒険者を眺め、悠々と抜刀する右京と左京。数の不利を見ても逃げはしない辺り、腕に絶大な自身があるか、冒険者達を頭数揃えの雑魚と見たか。あるいはその両方かもしれない。
「田宮兄弟、覚悟!」
形見の脇差を抜き、少年が吼えた。こうして血で血を洗う死闘の幕は開けた。三月二十日の事である。
戦闘は初手から流血を極めた。
冒険者達が一気に間合いを詰める。対する田宮兄弟は左右互いの得手の刀を片手上段に構え、大鷲が羽ばたくが如く待ち構えた。
「‥‥刮目せよ、四郎!」
後方、固唾を呑んで見守る四郎に、天矢の檄が飛ぶ。
まずは二人を分断せんと、不意を討ってクリムゾンが体当たりを繰り出せば、玲は右京の懐に潜り込んで間合いを潰そうと仕掛けた。
対する田宮兄弟の反応は迅速を極めた。初手で身体をぶつけてくる奇策を鼻で笑い、袈裟懸け一閃。飛び込む玲に対して丁寧に刀を振るって傷を負わせ、容易に間合いを潰させない。仕掛けた二人は、初手でたたらを踏んで呻いた。容易に分断させぬよう、背中を合わせ死角を減らすその様は、仁王が如き威容を放っている。
続いて繰り出す左京の一刀は鼎が軍配で辛うじて防いだ。女はそのまま力任せに押し倒そうと試みるが、これは果たせず、逆に自分が倒される羽目になったが、割って入ったクリムゾンの木剣に遮られ、事なきを得た。間違いなく強敵だ。
逆側、右京に向かった冒険者は数が多い。分断こそならなかったものの、集中攻撃を加えて各個撃破を図ったのだ。初手でいいのを貰い、玲は動きが鈍い。補佐にテスタが付き、繰り出した剣閃は余裕を持って受けられてしまう。が、流石に健武が放った手裏剣までは受ける事が出来なかった。掠り傷程度ではあるものの、集中が鈍り男は苛立った舌打ちを一つ。その隙に玲がもう一度接近を試みた。結果は同じ。玲が片膝を付いた。
「うちは刀にこだわる主義はないんでね、この鉄球は受けるには難儀だろう? とくと味わいなっ!」
押し倒すのは難しいと踏み、鼎はモーニングスターを振り回した。しなるように飛来する鉄球は受ける事が難しい。左京は間合いを見誤り、鎖の部分を受けて強かに鉄球を喰らう。続けて、もう一撃。よろめいた男は辛うじて鉄球を刀で逸らす。
と。
『仇討ちの名目さえ立てばよい、一人消えてもらうだけで十分なのだが』
左京の脳裏に響く、詩人の声。
「喧しい!」
苛立った男が叫ぶ。
『もう一人は君を見捨てて逃げるからと命乞いしてきたけど、どうする?』
右京には別の言霊を飛ばした。
「馬鹿な!!」
此方は愕然とした声。効果の程は知らず、だが集中を奪うことには成功していた。
「今だ!」
機と見て、健武は閃空丸を飛ばした。どんな剣豪といえども、集中力を失えば赤子と同じ。その剣は鈍り、討つのは容易いだろう。
――シャッ!
右京の眼前を横切る閃空丸。完全に我を見失った男の背後から、青年が組み付いた。
「は、離せ!」
肘撃ちを見舞い、健武を突き放すが。
「わりーけど、俺はてめーらと剣技比べるためにここにいるわけじゃねーんだよ!」
一瞬の隙を突き、懐に潜り込んだ玲。足の甲を蹴り潰し、ここぞとばかりに打撃を加える。次いでテスタが繰り出した太刀は受けること適わず、ついに右京は片膝を付いた。
「‥‥終わりだ」
ルクスが聖なる母に祈れば、奇跡は男の身体を縛り付けた。この時点で勝敗は決した。一人残された左京に、もう打つ手は残されていなかった。
「俺らの仕事はここまでだ」
玲が少年に道を譲った。
「行け。家を継ぎ剣の道を行くのであればケリをつけて来い」
ルクスが背中を押した。
動けぬ二人に向け、少年が脇差を構える。脳裏に響くは、健武の指南。
――突きは骨の当たらぬ腹を狙え。突いた後に刀を捻れば苦しんで死ぬ
どぶっ、っという鈍い刺突音は、都合二度、聞こえた。
落日を彩る茜雲の中、血刀を下げ、佇む。
――殺されし者の為殺し 殺し者何時か殺されん
それは、呟くように、恨むように。もしくは嘆くように。陰鬱な凱歌は、誰のものだったろうか。
――連綿せし憎しみの情 絶てること 此の世の外也
倒れる人影からゆっくりと流れ出し、地に染み行く紅い液体は、夕日に焼かれ随分と目立たなくなっている。夕日が紅いのは、きっと血の色なんじゃないか。ふとそう思わせるほど、空も雲も足元のねばつく水溜りも残酷な茜色で。
「‥‥人を斬るって、凄く、嫌な手応えですね」
四郎はぽつりと呟いた。
「‥‥狩られる側には、なるな」
健武が、そっと告げた。
「大義は忘れるな」
天矢もそっと声をかけた。
「あいつらのことなんて忘れてしまえ‥‥アンタの人生、そんな安いもんじゃねえ」
「ま、困ったら頼れる暇人どもがギルドにいる事を思い出しなよ」
クリムゾンの言葉に合わせ、気分を変えるように、鼎が四郎の頭をポン、と叩く。
「‥‥その時は、是非」
少年は、僅かに笑んでみせた。