血に沈んだ村

■ショートシナリオ


担当:勝元

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや難

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:03月26日〜03月31日

リプレイ公開日:2006年04月04日

●オープニング

 よろめくようにギルドの戸口をくぐる、一つの影。
「だ、だれかっ‥‥助け‥‥っ!」
 空気を求め、窒息した鮒のように口を開き、蒼白な顔面。ほつれ、汗と泥に汚れた着流し。所々にじむ薄赤い染みは‥‥恐らくは血であろう。その青年は、息も絶え絶えに助けを求めると、力尽きるように倒れこみ、意識を失った。

 ――京都から二日ほど離れた場所に、小さな村がある。そんな何の変哲も無い、貧しい村をならず者の一団が襲った。
 ならず者どもは不意の夜襲で村の男共を蹴散らし、略奪を行っただけに飽き足らず、村に居座りありとあらゆる非道を働いているようだ。
 その数、両手両足の指を合わせた程。殆どはただ気性が荒いだけの雑魚に過ぎないが、中にはそこそこに腕の立つものも数名混じっているらしい――

 ギルド員の介抱を受け、意識を回復した青年は、苦しい息の元、そう訴えた。
「偶の里帰りと思ってみれば、あんな事に‥‥い、一刻も早く、村を‥‥っ!」
 青年の懇願に、受付の娘が急ぎ冒険者の手配をしたのは、その直後のことだ。

●今回の参加者

 ea8446 尾庭 番忠太(45歳・♂・忍者・ジャイアント・ジャパン)
 ea8755 クリスティーナ・ロドリゲス(27歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・イスパニア王国)
 eb2018 一条院 壬紗姫(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 eb2035 時諏佐 唯(23歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb3527 ルーク・マクレイ(41歳・♂・鎧騎士・人間・イギリス王国)
 eb3773 鬼切 七十郎(43歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb3916 ヒューゴ・メリクリウス(35歳・♂・レンジャー・人間・エジプト)
 eb4668 レオーネ・オレアリス(40歳・♂・ファイター・人間・フランク王国)

●サポート参加者

ミラ・ダイモス(eb2064)/ ジークリンデ・ケリン(eb3225

●リプレイ本文

●一幕
 叢に身を伏せる。
 眼前、小高い丘の上から眺める小さな村は、常なら穏やかな日常を過ごしていたであろう佇まいを荒らされ、さながら戦場の縮図を模したかのような装いを見せていた。
「‥‥‥‥っ」
 尾庭番忠太(ea8446)は僅かに臍を噛んだ。男の鍛えぬいた眼力が、村の所々に倒れた何かをはっきりと捉えている。大地を黒く染め、身じろぎ一つせぬその姿‥‥恐らく、斬られた男衆のなれのはてだろう。この村は、肉食獣に喉笛へ喰いつかれ、窒息死を待つだけの哀れな兎と化しているのだ。
「‥‥もどかしい、ですね‥‥」
 番忠太同様、姿勢を低くした一条院壬紗姫(eb2018)が焦れたように呟いた。出来ることなら今すぐ突入して片を付けてしまいたい。だがそれには大きな関門がある。一時の感情に従い、猪突するような事があれば大勢は大きく破滅へと傾くだろう。
「‥‥頼みはヒューゴ殿のみ、じゃの」
 男は小さく嘆息すると、 苦々しげに呟く。見えているのに手出しが出来ない、このもどかしさ。これより近づこうと思えば、敵に気取られる危険を冒さねばならない。隠密行動には一方ならぬ自信のある番忠太ではあるが、ここより先はその大柄な身体を隠す遮蔽物がない。夜の帳を味方につけるまで、指を咥えて見ているしかないのだ。
「ええ‥‥」
 涼しげな顔立ちを歪ませ、壬紗姫は頷いた。ふと転じた視界の隅、もぞもぞと芋虫のように蠢く人影が目に入る。何かを組み伏せたならず者だろう。何を組み伏せているのか、意識しないように努めるので精一杯だった。

(「‥‥嫌ですねぇ、野蛮人は」)
 潜入した村の中。ヒューゴ・メリクリウス(eb3916)は一人、心中で呟いた。
 真っ当な見張りがいるわけでもない。太陽の力を借りて姿を隠しさえしてしまえば、潜入は容易かった。彼の言うところの「野蛮人」は村を占拠し、命を、財産を、貞操を奪うことに夢中だったのだ。ただそれだけに、村の中は酸鼻を極める光景がいたる所で展開している。我ながら人に誇れる人生を送っているとは言い難いヒューゴではあったが、これには流石に閉口の二文字だった。
 村の中をくまなく歩き回り、ざっと地形を頭に叩き込む。無事な村人は殆ど姿が見えなかった。恐らく何処かに閉じ込められているか、それとも、いま自分の足元に転がっている躯の仲間入りを済ませてしまったか、そのどちらかだろう。閉じ込められている場所の目星もついている。庄屋の蔵らしい頑丈な建物から、複数の啜り泣きを耳にした。多分、そこに違いない。
 と。
 ――嫌っ、嫌ッ!!!
 地面に押し倒された村娘が必死に叫んでいる。姿隠しの影響で視界が歪み、よくは見えないが‥‥のしかかる男は、きっと下卑た笑いを浮かべているに違いない。青年は気配を殺して素早く近寄ると、男の首筋に手刀を落とした。
「ぐむっ」
 短く唸って男が突っ伏すと同時、ヒューゴの視界が鮮明になった。涙でぐちゃぐちゃになった娘と視線が合う。どうやら姿隠しの効果が切れたらしい。
「お逃げなさい、早く」
 青年が小さく笑むと、娘は着物の切れ端を抱くようにして駆け出していった。
「――んだ、てめえっ!」
 間髪いれず、背後から粗野な声。他のならず者の一人だろう。姿隠しの術は便利ではあるが、ヒューゴの力では長時間持たないのが玉に瑕だ。時折発動に失敗もする。姿を見られた以上、偵察は切り上げて帰還すべきか。なに、めぼしい情報はあらかた手に入れたのだ。これ以上の危険を冒すべきではない。
 ならず者が滅茶苦茶な勢いで振り回す刀を軽々と掻い潜り、青年はバックステップ、民家の陰へと姿を消す。
「‥‥!?」
 やや遅れて、後を追った男は辺りをしげしげと眺め、口をぽかんと開けた。
 確かに青年が逃げ込んだと思われるその場所には、誰の姿もありはしなかったのだ。

●二幕
 夜の帳は小さな村をすっかり包み込んでいる。
 叢に身を伏せ、時諏佐唯(eb2035)は時を待っていた。眼前、幾つかの小さな明かりがふらふらと蠢いている。大方、下っ端辺りが見張りに駆り出されているのだろう。
 松明を片手にうろつく男は大あくびをすると、暇そうに周囲を見回した。夜明けまで後数刻。今この時分が、もっとも眠くなる頃合だ。立ち止まると何事かブツブツとやり、男はもう一度大あくび。そして。
 ――ガスッ!
 そのまま垂直に崩れ落ちた。気配を殺して背後から近寄り、当身一発で意識を刈ったのは番忠太である。倒れる音をさせぬよう即座に両手で受け止め、大地に転がす。少し離れた所で、同様にヒューゴも一人始末していた。気絶したならず者の息の根を止めるなど、造作もないことだ。
(見張りを片付けたぞ)
 番忠太からの短い思念を受け取り、唯は周囲の仲間たちへ、思念の短い号令を立て続けに飛ばした。夜討ちを行おうという矢先に、音のする合図はいかにも拙い。彼女の操る思念波なら、この作戦にうってつけだった。待機していた仲間たちが次々に駆け出すのを見て、唯はその後方、見失わぬように追走を開始した。

 ――ダダダダッ。
 悪漢どももすっかり寝静まった夜明け前、滅びかけた村を再び蹂躙する足音。都合六つのそれは、惰眠を貪る男たちの耳朶を揺さぶり、覚醒を促した。とは言えこの人数、この時間なら一度に全員が目覚める恐れもなし。順次出てくるに任せ各個撃破に勤しめば、数に勝る相手といえども対処は容易いというもの。奇襲は完全に成功していた。
「手前ら悪党に情けはかけないぜ?」
 寝ぼけ眼を擦り擦り、刀を片手に飛び出してきた男目掛け、ルーク・マクレイ(eb3527)はメイスを振りかぶった。相手の攻撃は鎧で受けるに任せ、身体ごと叩き付けるように振り下ろすと、避ける事叶わぬ男の肩口から骨の砕ける、鈍い手応え。間髪入れずもう一撃メイスを振り下ろせば、男は踏み潰されたカエルのような悲鳴を上げ、頭から大地に叩きつけられた。
 ――数を頼みに村を襲ってやりたい放題、許せねえ。
 どんな理由が有ろうとも他人を食い物にする連中は、力を持つ者の風上にも置けない悪党連中。叩きのめすのにどうして躊躇う必要があろうか。ルークの黒い瞳が、僅かな月明かりを照り返して鈍く光る。彼奴らは己の報いを今、命を対価に支払っているだけにすぎない。いい加減、年貢の納め時だぜ?
 続いて現れたもう一人の男にも、同様にメイスをお見舞いする。全く同じ光景に、全く同じ結果が再現された。大地にのたうつ男の姿は都合二つ。一方でルークも手傷を負っていたが、酷くなる前に手持ちのポーションで癒してしまえば済むだろう。
 前方、日本刀を構えた男が一人、ゆらりと現れる。ルークの目つきが変わった。恐らく、ある程度やるのは間違いない。大技は控え、手数で押すべきだと判断し、男は慎重に左手の盾を構えた。

 ――フヒュン!
 慌てふためいて民家から飛び出たその男は、己を異変が襲ったことに気づいた。
 なにやら、肩口が妙に生暖かい。だと言うのに、首筋は妙に冷ややかだ。それに、なんというか、身体が動かない。まるで己の神経が寸断されてしまったかのように。
 不可解極まる現象にふと首を傾げると、疑問はたちどころに氷解した。その動作で、彼の頭は大地に落ちたのだ。ほぼ同時、吹き出る血潮。やや遅れて身体が倒れる頃には、男は絶命していた。
 立ち止まった物陰、すれ違い様の一撃で男の首を刈り、そのまま大脇差を担ぐように構えたのは鬼切七十郎(eb3773)。乱戦になれば数が厄介だ。だが、乱戦以前に始末してしまえば烏合の衆の一つや二つ、恐れるに足らず。今宵の一文字は渇いている。夜襲に浮き足立った悪党の、紅い液体を吸わせろと。
 襲撃から逃れようと逃げ惑う男に素早く近寄ると、七十郎は都合三回、立て続けに血刀を振るった。得物で受けることすら忘れ、為す術もなく沈む男。不意の夜襲に、雑魚は完全に士気を喪失した。もはや一喝するまでもない。
 ――蜘蛛の子散らして逃げようと、生かして帰す道理なし。
 闇から闇へ走り、飛び出てくる雑魚どもを一刀の下に始末していくその様は、まさに名の如く鬼すらも斬る気迫に満ちていた。

 撃剣の刃音が村中に響いている。
 壬紗姫が渾身の諸手胸突きを見舞うと、男は大の字に倒れ、動かなくなった。
「敵はこちらより数で上回っている‥‥ならば、確実に仕留めて行くだけ!」
 奇襲に混乱し浮き足立った相手とは言え、戦闘地域が村全域に及びつつある今、毛先ほどの油断が死を招く。個人の剣技に頼って全体に害をなすよりも連携によって勝利を得るべし――父の教えは、彼女にとって冒険者の心得ともなっている重要な事項だ。
 ――ヒュン!
 闇夜を突き抜け飛来する矢が、破れかぶれになって得物を振り回す男たちに深々と突き刺さる。暗がりに飛び交う矢は見切り辛い事この上ないが、誤射の不安がどうしても付きまとう――クリスティーナ・ロドリゲス(ea8755)は慎重に狙いを定めた。支援射撃を旨とする今回、間違っても味方に当てる訳には行かないのだ。
 壬紗姫に複数の敵を背負わせる訳には行かない。万が一の時にも安心できるよう、クリスティーナは丁寧に弓を引き絞った。放たれた矢は鋭い風斬り音を立てると、狙い過たず賊の右目を貫いた。顔を抑えて絶叫する男に、壬紗姫が容赦なく追撃を加える。瞬く間にもう一人沈んだ。
 ――危ない、後ろ!
 脳裏に響いた警告にクリスティーナが振り向けば、背後から賊の一人が刀を振り上げ、駆け寄ってきていた。
「とっとっと!」
 危なげなくサイドステップ、一刀を避けるものの続く連撃に手も足も出ない。近寄られてしまえば射手は脆い。このままでは致命の隙に繫がりかねないだろう。
 と。
「おおおお!」
 雄たけびと共に踏み込んだレオーネ・オレアリス(eb4668)が、駆け寄る勢いもそのままに刀を叩きつける。血煙を上げ、賊がたたらを踏んだ。続けざまに数合振るえば、もはや男に為す術はない。更に一人、沈んだ。
「助かったよ」
「礼なら唯だ」
 短いやり取りを交わすと、レオーネは壬紗姫が相手取る賊の一人に駆け寄り、一気に斬り伏せた。駆け寄った際に一瞬死に体を晒すが、重装甲が致命打を許さない。鎧を染める赤い液体は、無論その殆どが敵のものなのだ。
「そっか、唯か」
 影から戦況を監視し、テレパシーで警告してくれたらしい。時折仲間に切りつける賊がいるのは、きっと混乱の術法を行使しているのだろう。便利なもんだ――。
 ふと、気づく。先ほどまで唯が隠れていたであろう、建物の影には、いま誰もいない。

「‥‥っ! ‥‥っ!!」
 突然後ろから口を押さえられ、唯は民家の中に引きずり込まれていた。
「ケッ、どうせ助からねえんだ‥‥なら、最後にイイことしようじゃねえかよぉ!」
 男は血走った目で叫んだ。自暴自棄のあまり、発作的な衝動に走ったか。手早く手拭いで唯に猿轡をかました男は興奮のあまり口から泡を飛ばしながら、女を甚振ろうと床に押し倒した。
「‥‥!!!」
「へ、へへ‥‥よ、よく見りゃあ別嬪じゃねぇか‥‥地獄に仏とはこのことだぜ‥‥」
 迂闊。唯は内心で臍を噛んだ。周囲には十二分に注意を払っていた筈なのに、仲間へのサポートを行っていた隙を突かれた格好だ。しかも始末の悪いことに、その辺の雑魚よりも腕が立つらしく、抗おうにも上手く行かない。
「さて、くたばる前に楽しもうぜ、たっぷりとよぉ?」
「〜〜〜〜〜〜〜!!!!」
 唯は顔を背け、声にならない声を上げた。最悪な事にテレパシーの効果期間も終わっている。このままでは‥‥!
 ――ズシャッ!
 狭い室内に男の絶叫が響き、押さえつけられていた束縛が緩んだ。唯は一瞬の隙を突いて身体を離すと、そのまま右足を全力で振り上げ、男の股間を蹴り潰した。絶叫が一発で途切れる。激痛に気雑したらしい。
「大丈夫ですかッ!?」
「な、なんとかね〜」
 間一髪で男を斬り倒し、慌てて猿轡を外す壬紗姫に、冷や汗を流しながら薬を飲み干す唯であった。

 蔵の周辺では賊共が右往左往の大混乱に陥っていた。
「拙者が秘術、篤と見よ!」
 ‥‥番忠太が行使した大ガマの術である。呼び出した大ガマ自体の実力よりも、見た目のインパクトが絶大だ。夜討ちで混乱した頭に登場した化け物。混乱に拍車がかかるのも頷けると言うものである。
 ――ズシュッ!
 一人、また一人と物陰に引きずり込まれ、姿を消していく。ヒューゴが人知れず始末しているのだ。恐らく、相手は何があったかも判らずに文字通り息の根を止められているに違いない。
 更に逃げ惑う賊は、次から次へと七十郎が斬り倒している。此方も容赦なく、命乞いすら許さない徹底振りだ。
「こんなもんかね‥‥?」
 血に染まったメイスを下げ、ルークは呟いた。突入開始から約一刻。この時点で勝負の趨勢はほぼ確定していた。
 蔵の内部に閉じ込められた女子供を解放するころには、生きている賊は片手で数えられるほど、しかもまともに動けるものに至ってはゼロだったのである。

 そして、夜が明けた。
「これ、少ないけど‥‥」
 唯は手持ちの保存食を供出した。村が開放された今、自由の次は食欲が待っているであろうことを考えてだ。
「生きるのは辛い事続きだけど‥‥何とか、希望を持ってほしいわ」
「そうですよね。困った事があったら、私達が力になれるかもしれませんし」
 壬紗姫が頷いた。
「神は天におわすれば、この世は全てこともなし」
 達観したように、レオーネが呟く。
「それでも、人は生きているということなのだろうな」
「そういうことです」
 何か包みを引きずるヒューゴに、一同が首を傾げる。
「あ、これですか? 戦利品って奴で」
 ヒューゴは悪びれずに長巻を取り出した。
「いやぁ、これだから悪党退治はやめられませんねぇ」
 さも嬉しそうに笑う青年に、一同はそれぞれのやり方で、小さく笑ったのだった。