●リプレイ本文
一年を無事に過ごせた事を祝い、冬を乗り越える英気を養う。国を挙げての収穫祭に、パリから二日ほど離れたその村も沸いていた。
「隻腕で凄腕の剣士、かぁ‥‥」
村の入口に立ち、吹きぬけた風に冬の微粒子を感じて、シフォン・マグリフォン(ea2242)は軽く身を竦めた。秋は既に、己の出番を待つ俳優に舞台を譲る準備を整えつつあるのだろう。事実、太陽はその力を弱め、代わって夜が長くなりつつある。真冬ともなれば、朝になってもまだ暗いなどという事はざらなのだ。
「何の恨みがあって領主さんを狙ってるか知らないけど、依頼された仕事ならやらせてもらうだけ、だよね」
「勿論だとも。依頼者がどうであれ、俺たちは賊退治が仕事だからな」
女の言葉に、無意味な干渉は避けたい、といった表情でタクマ・リュウサキ(ea7875)が頷く。
「どんな領主か知らんが、暗殺される覚えがあり依頼の食事代をケチるという事か」
全身を鎧兜で固めた騎士がサー・ブルクエルツ(ea7106)。因みに大概の場合、食事代は報酬に含まれている場合が多い。要注意だ。
「ふむ、先ずは男の情報なんぞを聞き込むかね」
軽く腕を組み、ルビー・バルボア(ea1908)は思案顔。闇雲に探すよりも、まずは情報収集を‥‥それが、冒険者たちが出した結論だった。
「男に追われる男ほど虚しいものは無い‥‥男は女に追われてこそ本懐さ!」
聞き込みをすべく散っていく仲間達を見やって、サーが快活に笑う。白い歯が、陽光を受け鈍く光る鎧よりも眩しく輝いた。
●収穫祭、喧騒の狭間
「――では、隻腕の事は知らぬも同然なのだな?」
領主の館を訪れたリュリス・アルフェイン(ea5640)は、落胆していた。
標的の能力を知っておく事は重要だ。元騎士ならオーラを警戒する必要があるし、職務が森林に関わっていれば罠を使えてもおかしくない。情報は、己の生死を分かつ鍵とも成りえるのだ。
だが。
「‥‥私は報告を受け、危険と判断して依頼しただけなのでな」
男を出迎えた執事からは、依頼書以上の情報は入手できなかった。
無理もない。隻腕の男を直接相手取った兵士は殆ど切り殺されていたし、生きている者も瀕死の重傷を負って療養中だ。一部始終を目撃した者もいたが、特別な何かを見てはいなかった。仮に、この執事が直接対峙していたとしても、先に旅立った兵士たちと同じ、冷たい地面の下へと住まいを変更する羽目になっただけだろう。
サーはリュリスの横で、執事から貰った森の地図と睨めっこしている。地図から逃走経路を割り出すつもりだったが、渡された地図は概略程度のもの。シフォンが聞きこんできた目撃情報を元に印をつけてみたが、森に入ってからは目撃情報がないので、今ひとつ役に立ちそうにない。男は諦めると顔を上げ、執事に向き直り尋ねた。
「その男は、捕縛して引き渡したほうが良いのかい?」
この問いに、執事は何を今更、といった表情で答える。
「君達の仕事は害獣の駆除だ。それ以上でもなければ、それ以下でもない」
「暗殺とは言え、未遂だろう?」
「その際に何人も兵士が死んでいる。此方に引き渡されても、彼奴の寿命が若干延びるだけの違いだと思うが」
迷わず捕殺と答えたら怪しいと思っていたのだが、そこまで判りやすい状況でもないようだ。思わずうーんと唸るサーである。
領主への面会も、多忙との理由で断られた。何か後暗い事があると邪推されても仕方ない状況だが、執事の口がそれ以上軽くなる事はなかった。
(「敵は領主の首を狙ったつわものですか‥‥人を頼らず自力で行うとは凄いですね」)
音無藤丸(ea7755)は一般人に変装し、祭りの喧騒に身を委ねていた。忍びに情報収集はお手の物。手近な酒場でワインとチーズを購入すると、退屈そうに辺りを見回していた警備兵に近付いて世間話を始めた。
「寂しいですねぇ。どうです、一杯」
兵士は仕事中だから、と一旦は断ったものの、重ねて勧められると断れなくなった。襲撃騒ぎがあったとは言え、やはり祭りの最中ともなれば気も緩む。少しだけなら、と自分に言い訳したくなるのは何時の世も同じだ。
そのまま藤丸は四方山話に紛れ込ませる形で聞いてみる。
「そう言えばこの間、賊が出ましたよね。片腕だと聞いたのですが、何者なんですかねぇ」
「さぁなあ‥‥ただ、領主の前の奥さんとは良くない噂を聞いたぜ」
その言葉を聞いて、藤丸の目が一瞬鋭さを増した。
「良くない噂?」
「あ、いや‥‥」
口を濁す男に藤丸は、どうですもう一杯、とワインとチーズを勧めた。それが駄目押しになったのか、兵士が言葉を続ける。
「‥‥なんでも、借金の形に召し上げられたとか‥‥いいか、あくまでも噂だぞ。本当かどうかは知らん」
「まあ、噂なんて当てにならないものですしねぇ」
と適当に相槌を売って、藤丸はその場を離れた。適当な物陰にでも隠れて聞き耳を立て、兵士が本当の事を言わないか確認しようと思っていたが、その大柄な身体を隠せる場所がない。賑わいの絶えない祭りの最中に聞き耳を立てている大男がいれば、嫌でも目立つというもの。これは諦めざるを得なかった。
合流が遅れていたエリクシア・フィール(ea6404)、伝結花(ea7510)が合流したのは、その日の午後である。
二人とも今ひとつ表情に精彩がないのは、有用な情報が得られなかったからだ。
「教会を訪ねてみたのですが‥‥宗派が違うのか、これと言った話は聞けませんでした。あるいは信心深くない方なのかもしれませんね」
エリクシアは『大いなる父』に仕えるクレリック。当然、彼女が訪ねる教会は黒の教会、という事になる。
だが、黒の教会では白の信者の話が聞ける事は少ない。宗派の違う教会を信者が訪れる事はないのだから、余程の有名人でもない限り、噂話すら入ってこないのは当然である。信仰に熱心でない者もしかりだ。
「ってゆぅか、蛇の道は蛇って思ったんだけどぉ。意外と役立たずってカンジでがっかり、みたいなぁ」
結花は冒険者ギルドで調査を行っていた。同業者なら、標的や領主の事を知っている者もいるだろうと考えたのだ。
しかし此方も、当てが外れたと言わざるを得ない。その日冒険者ギルドを尋ねる冒険者の中に、都合よく目的の情報を持っている者がいる確率は、かなり低い。見つかるまで探していたら契約期間が終わってしまうかもしれないだろう。
「そうか‥‥まあ、仕方ないな。此方も、有用な情報が手に入ったとは言い難い」
首をふるタクマ。
「一応、地図は入手できたんだ。時間もない事だし、細かい事は気にせず行こうじゃないか」
爽やかな笑顔でサーが促し、一行は森に踏み込んだ。
●彷徨、捜索の果て
鬱蒼と繁る木々に陽の光が遮られている。辺りを漂う森の香りに死の気配を感じるのは、錯覚か、それとも。
編成時に多少の混乱があったものの、冒険者達は捜索を開始していた。纏まって動けば捜索範囲が狭まる。散れば危険度が増す。彼らが二手に分かれたのは、ある意味必然だったと言える。当然、お互いが離れすぎないように留意する事も忘れない。
シフォンやエリクシアの提案で、捜索範囲は比較的浅い範囲に絞っていた。もう一度狙うつもりならば、森の奥深くまで行くとは考えにくいからだ。
「むっ‥‥これは!」
それを最初に発見したのはリュリスだった。森に入る際、兵士の足跡を重点的に探していたのだ。
果たして、彼の視線の先には三つの死体が転がっていた。結花が駆け寄って調べる。
「ってゆぅか、コレって一方的てヤツぅ?」
彼らの武器には血が全く付いていなかった。無抵抗だった訳ではないだろう。相当の実力差があったのである。
傍から卵大の壷も見つかった。恐らく、標的が飲んだポーションに違いない。
片割れの班を呼んで全員で周囲を捜索、藤丸が比較的新しい足跡を見つけた。それ自体は途中で見失ってしまったが、標的を追跡できているのは確かなようだ。彼らは再度二手に分かれ、陽が落ちるまで捜索を続けた。
その晩は野営を行った。暗くなってから動いては、折角の足跡などの手がかりを踏み荒してしまう可能性も有るからだ。目立たぬように、火を熾さずに彼らは一晩過ごした。
夜襲の危惧もあったが、とりあえず何事も起こらなかった。徹夜で見張りをしていたサーが、奇襲(夜這い)防止の為に結花が作った即席の罠に引っかかった事を除けば、だが。
陽が昇るのを待って、翌日の捜索が始まった。
再び二手に分かれ、踏みおられた下草や足跡らしきものを辿る。ある程度、二つの班の距離が離れていくのはどうしようもない。
エリクシアがその足跡を見つけたのは、捜索を開始してから三時間ほど経ってからだった。傍にいたシフォンを呼び、押し殺した声で告げる。
「これ、かなり新しいです。まるでついさっきの物みたい」
「そうだね‥‥行ってみようか?」
シフォンが手招きでタクマと藤丸を呼び寄せ、四人は足跡を慎重に辿りだした。緊張の為か、じりじりと時間が過ぎていくように感じる。やがて――
●追跡、死闘への誘い
――藤丸の眼に、一人の男が映った。木の根元に片膝を立てて座り込み、俯く男。その左腕は‥‥上腕の中ほどから姿を消している。間違いない、あの男だ。
藤丸は振り返り、身振りだけで仲間に合図する。今なら不意を突く絶好の好機だ。
だが。
――ガサ
微かに聞こえた足音に、その男は素早く顔を上げる。瞬時に藤丸は口笛を吹き鳴らし、印を組んだ。静寂を切り裂いて響く甲高い音。追っ手が複数いることに気付いた男は、踵を返して逃走に移る。
「追うよ!」
シフォンが逸早く反応し後を追う。その後にエリクシアが続いた。
次いで藤丸が疾走の術を発動。身体を取り巻いた煙を置き去りにして、猛ダッシュで追跡を始める。
ドン、ドン、ドン‥‥
タクマの太鼓が鳴り響き、後続へ発見を知らせた。
逃走する男に最初に追いついたのは藤丸だった。木々を縫うようにして、巨躯に見合わぬスピードで追跡する。刀で所々の茂みを引っ掛けるようにして音を出しているのは、後続を誘導する為である。
男は時折振り返りながら走っていたが、しばらく逃げると突然立ち止まった。観念したのだろうか?
藤丸も男に合わせ立ち止まり、刀を構える。このまま皆で包囲すれば‥‥そこまで考えて、彼は最悪の事実に気付いた。
皆が追いついてきていない。完全に孤立している――そう、彼は速過ぎたのだ。
藤丸が孤立した時間は、時間にして30を数えたかどうか。だが、その一瞬があれば充分だった。肉食獣のしなやかさで男が迫る。
もはや分身している猶予はない。藤丸は必死に刀を振るったが――
――ザザンッ!
凄まじい速度の二連撃が、彼の身体を捉えた。
シフォンとエリクシアが追いついたのは、藤丸が倒れる瞬間だった。
「――藤丸さんっ!」
慌てて、止めを刺される前にシフォンが割って入った。次いでエリクシアが、藤丸を引きずって下がる。
「すみません‥‥迂闊でした」
深手は負ったようだが、命に別状はないようだ。
直後にタクマが追いつき、シフォンと共に男に挑みかかる。
しかし、男は二人の攻撃を意にも介さない。シフォンの斬撃は余裕を持って剣で受け止められてしまう。手数で押せればまだ違ったかもしれないが、彼女の力では重い剣を素早く振り回すことが出来ない。タクマに至っては、拳が掠りもしなかった。腕が違いすぎるのだ。あっという間に二人は手傷を負い、劣勢になった。
間も無くタクマが深手を負った。盾を持ち、防御に徹するシフォンとの差が如実に現れたのだ。そのシフォンにしても、防戦一方で倒れるのは時間の問題だ。やがて、シフォンの眼に必殺の軌道が映る。もう防げない。斬られる――女にはその軌跡が、己の魂を断ち切り冥府へ誘う死神の鎌に見えた。
●血戦、紅蓮の舞踏曲
「ぐう‥‥っ」
不意に聞こえた男の呻きに、シフォンは死神の来訪が先延ばしになった事を知った。見やれば、男の右腕から一本の棒が生えている。いや、これは‥‥矢だ。後続の仲間が追いついたのだ。
「大丈夫かっ!」
女の窮地を救った矢の持ち主、ルビーが叫ぶ。ハッタリの一つでもかまそうかと思っていたのだが、流石にその余裕はなさそうだ。そのまま、正に矢継ぎ早に矢を放つ。元々、飛び道具は防ぐことが難しい。矢は狙い過たず、標的に深々と突き刺さる。
「ガァァァァッ!!」
咆哮が轟く。痛みを堪え、男はルビーに向かって突進した。
「させんよ!」
男の前にサーが飛び込み、その身体を盾として斬撃を食い止める。実はオーラシールドを展開するつもりだったのだが、重装備が祟ってオーラを練る事は出来なかった。が、流石に着込んできただけの甲斐はあり、男の斬撃も掠り傷程度にしかならない。
「こう見えて私は固いのだよ‥‥無論、下もな!」
意味不明の台詞を吐き、シフォンへ向けて手持ちのポーションを投げて渡す。
「使いたまえ! 礼は身体で――」
その時、青年の身体に凄まじい一撃が刻まれた。業を煮やした男が、全体重をかけて一刀を振り下ろしたのだ。
堪らず、苦悶の声を上げる。流石にこの一撃は効いたらしく、白い歯が輝きを失っていた。
「他人とは思えないほどいい目してるな」
シニカルな言葉と共に、リュリスが男の死角から斬りかかる。更に傷を回復させたシフォンが、挟み討つ様にして一撃。その後方からルビーが矢を撃ちこむ。此処に至って、数の差がはっきりと表れだした。避けきれない打撃の蓄積に、男の動きが徐々に切れを失っていく。それでも男の剣は止まらず、鋭い傷を生産する。
男の後方から飛んできた礫が、続け様に命中した。男の背後に回り込んだ結花が放った物、それは‥‥油の壷。間髪入れず、女が印を組む。
「ってゆぅか、皆ちゃんと避けてネ〜☆」
軽口に合わぬ凄絶な笑みを浮かべ、女の手から迸るは炎。
粘つく感触に男は振り返り、結花に斬りかかろうとするが‥‥それより早く、全身を紅蓮の炎が包む。
「グォォォォォォッ!」
男は一本の火柱と化しながらも、尚その闘志を失うことなく刀を振り下ろし‥‥そのまま倒れ、動かなくなった。
「‥‥その執念は女か? 家族か? 仲間か?」
壮絶な最期を遂げた男に向け、サーが呟く。この男には珍しく、苦い表情で。
踵を返す時に、結花はちらりと男の亡骸に視線を送った。
(「貴方の中の『害獣』‥‥それだけを倒せたら良かったのにネ」)
「皆が無事で帰れる事、これが大事だと思うから‥‥」
一同はエリクシアの言葉に無言で頷いた。
割り切れぬ思いはあったとしても。それだけは、諸手を上げて喜ぶべきことなのだから。