●リプレイ本文
ふと見上げた空が、どこまでも蒼い。秋の収穫祭は今、佳境を迎えていた。
パリの街、南部にある商店街。常に人通りの絶えないそこが、何時にもまして込み合っている。
これから、商人ギルド主催によるワイン飲み比べ大会が催されるのだ。一定時間の間にどれだけのワインが飲めるか、その量を競うのである。
毎年恒例のそれは参加費無料となっており、鐘が二つ鳴るまでの短い間ではあるが、見ているだけでも酔う、と評判(実際には見ている者も呑んでいる事が殆どだが)。更に今回は特別枠として、冒険者ギルドより八人の参加者が招かれていた。
「おしゃけを『愉しむ』達人になりたいな〜、なれるかなぁ〜? なりたいけれど足りないな〜、いろんなものが足りないな〜、でも今すぐなりたーい♪」
招かれた冒険者の一人、ソフィア・ファーリーフ(ea3972)はいかにも楽しそうである。景気付けにと一杯引っ掛けてきたおかげで、開始を前にして早くも出来上がっている模様。
「なれますよ、きっとね」
その隣で穏やかな笑みを浮かべたのはフィー・シー・エス(ea6349)。
「年に一度のイベントなのですから、心行くまで愉しみましょう」
「そうじゃとも」
それを聞いてヘラクレイオス・ニケフォロス(ea7256)は力強く頷いた。故国を離れ一人気ままな旅の最中、ふらりと立ち寄った地にて掴んだこの好機。見逃す理由は何処にも無い。
「わし等ドワーフにとって、酒は命の源じゃからのぅ。これぞ正に収穫の祝いというものじゃ。楽しみじゃのぅ」
さすがは『甘(うま)しワインの国』ノルマンだ。近付く開始の鐘を前に、大いなる父と太っ腹な商人たちへ心から感謝するヘラクレイオスである。
「ふふ、楽しい一時を過ごしましょうね」
と微笑むサーラ・カトレア(ea4078)。達人級の踊り手でもある彼女は、優勝は度外視で祭りを楽しむ為に参加していた。というか今回、呑みまくるつもりで参加しているのはヘラクレイオス一人だったりするが気にしちゃいけない。祭りは愉しんだ者の勝ちなのだから。
と、そんな一同の下へ、ウォルフガング・ネベレスカ(ea4795)が右手に数本の串焼き、左手に聖書といういでたちで現れた。ツマミの持ち込みは可能かどうか運営に確認していたようだ。聖書を肴にしよう、というのが如何にも彼らしい。
やがて参加者達の座るテーブルの上に、スタッフが小さめの酒樽を配り始めた。これが幾つ空くかで勝負が決まる。参加者の数も決して少なくないので、今日だけで凄まじい量のワインが消費されそうだ。
ややあって、最初の鐘が鳴り響いた。いよいよ本番開始である。
「全員の優勝目指して頑張るぞぉー、おー!」
『おー』
気合一発、ソフィアが拳を天に突き上げる。全員優勝は無茶もいいところだが、その意気やよし。笑顔で合わせる一同だ。
さて。
お楽しみの時間のはじまり、はじまり。
●試し飲み千本できるかな♪
最初の鐘が鳴ると、参加者たちが口々に『乾杯!』と杯を掲げた。最初の一杯だけは参加者全員で酌み交わすのがお約束のようだ。あとは一気に飲む者、チビリとやる者、それぞれの自分のペースで酒樽を乾していく。
そんな中、ガユス・アマンシール(ea2563)は少しだけ他人と目の付け所が違っていた。
「どうせなら、会場全てのワインを試飲したいですね」
そう、ワインワインと一括りにしているが、実は皆が飲んでいるワインは全て同じ物ではなかったりする。
醸造された場所、葡萄の品種、栽培された土地‥‥鮮度も含めて、実に様々な要因が味に影響を与えるのだ。因みに冒険者酒場で飲める無料の古ワインなどは、古さから酸っぱくなってきていて違いが判らなかったりするが、勿論只だけあって文句を言う者は誰もいない。
ガユスは自分に配られた酒樽からワインを酌むと、優雅な手つきで杯を軽く回し、鼻の前で一呼吸置いて、口に含んだ。たおやかな香りが鼻腔の奥に広がり、僅かに感じる渋みが後口を引き締める。のどごしは飽くまで、爽やかだ。どうやら当たりだったらしい。
「ふむ‥‥素晴らしい。生き返りますね」
疲れた体と心に、ワインが沁みていくのを感じる。
色を愉しみ、香りを愉しみ、味を愉しむ。例え新酒でなかったとしても、ワインの道は奥深いのだ。
「さて、次はどれを試飲しましょうか」
迷うどころか途方に暮れる量の酒樽があったりするが、それに負ける彼ではない。目標は全制覇なのだ。男は手近な樽からワインを酌み出し、マイペースに試飲を繰り返していく。他の参加者の樽からも酌んだりしているが、それを咎めるような無粋な輩はいなかった。
「ほぅ‥‥このワインもいけますね。素敵です」
感嘆し、次の樽へ。ある意味、誰よりも大会を愉しみ尽くしているガユスであった。
●酒は明るく楽しく
「何かつまみはないのか? 軽食ぐらい出してもいいだろうに‥‥」
不機嫌そうな顔でレイジ・クロゾルム(ea2924)がうろついている。
「まぁ、無料でワインが飲めるのならいいか」
と軽い気持ちで参加したのはいいが、鐘が一回鳴るよりも早くワインに飽きてしまったらしい。元々鋭い眼つきが、酔いで更に険しくなり、凶悪そうな風貌に拍車をかけている。
「あははっ〜、みんなで呑んでると愉しいよね〜」
そんな男の耳に飛び込んだのは、はしゃぐソフィアの笑い声。
「飲み方に品がないな。もっと香りを楽しんだらどうだ」
レイジは酔いの勢いに任せて、愉しげに呑んでいる彼女らに絡みだしたが‥‥
「え〜、そんなことないれすよぉ。みんな、お行儀よくガブガブと呑んでるじゃぁないですかぁ」
「そうですよ。おいしく飲んで楽しむ。これ以上品よくはなりませんよ」
「絡み酒とは感心せんな。いい機会だ、そこに座れ。俺が大いなる父の教えを説いてやろう」
「堅苦しいことは言いっこなしじゃ。ほれ、お主もチーズをどうじゃ?」
「わたひもおつまみ欲しいですぅー」
「あぁ‥‥幸せですねぇ‥‥」
とまあ、あっという間に一同から集中口撃を浴び、言葉の波に溺死寸前である。いくらなんでも絡む相手が悪かったとしか言いようがない。因みに、最後の一言は口撃でもなんでもないが、フィーは幸せモードに突入しているので全く問題なし。
「むぅ‥‥な、なんでもイギリスのとある魔法学校では、棘だらけで暗赤色、且つとても凶暴な毒草が栽培されているという噂だ。他にも、彼の国の花屋では巨大な毒草が売られているとも聞く。触手をブンブン振り回して人を丸呑みにし、あまつさえ歌まで歌うとか。あぁ、一度でいいからお目にかかってみたいものだ」
絡みついでの誤魔化しついでに謎の毒草知識を言ってみるレイジ。どうでもいいが、そいつら全部毒草なのか?(回答:違います)
「そうれ、辛気臭い話題はしなさんな。まあ飲もう、楽しい時間はすぐに過ぎてしまうぞい?」
「そうですよぉ、わたひの注いだわひんが呑めないなんて言わませんよー」
「いいか。人は己の力で立ち、己を常に律し、己の行動に誇りを持たねばいかん。それこそが人としてのあり方であり、父の望まれたことであるのだ。それをお前は」
「うむ、いいワインじゃ。まさに御恵みに他ならぬ。一滴とて疎かには飲めぬな。父よ、感謝致しますぞ」
「‥‥あぁ、みなしゃんも幸せ、わらしも幸せ、ステキです‥‥」
「むむぅ‥‥毒草の素晴らしさが判らんとは‥‥」
とりあえず唸ってみたレイジだが、多勢に無勢とは正にこの事である。因みに最後の一言は(以下略)。
●追憶、在りし日の幻像
「やれやれ‥賑やかなことだ‥‥」
会場の片隅。和気藹々と、あるいは懸命に杯を乾す人々から少し離れて、北道京太郎(ea3124)は杯を傾けていた。
大会に参加したという事は、この程度の喧騒は承知していた筈。だのに、とてもじゃないが輪に入る気になれない。疲れているのだろうか。陽気なざわめきが、漂う人いきれが、まるでノイズのように流れ込み、色を失っていく――
‥‥くすくすくす‥‥
粗末な馬小屋に響く、無邪気な笑い声。
俺に背を向け、座り込んで。あいつは笑っていた。
ずびゅっ。
熱く、柔らかく、重たいものを切り裂く音。
一族の執拗な虐待に、繊細で大人しい性格のあいつは耐えられなかった。
ずびゅっ。
あいつが愉しそうに切り裂いているソレは、体のいい玩具だと思っていた相手に逆襲され、単なる血と肉の塊と化している。
‥‥兄上、もう壊れちゃったんだよ、コレ‥‥おっかしいよねぇ。くすくす‥‥
残酷なほど無垢な笑顔で振り向いたあいつは、全身を朱に染めて――
――鐘の音が響き、京太郎は我に返った。酔ったせいか、我知らず回想に耽っていたようだ。
(「過去は捨てたと思っていたのにな‥‥」)
『事件』の後、彼は全てを己の一身に被り、逃げるように家を出た。追放という形で済んだのは、庶子とは言え当主の息子だった事と、一族が体裁を重んじる体質だったからだ。他に手はなかった。壊れた弟を守る為には。いや、壊れた弟から逃げる為には‥‥
京太郎は頭を振って、己の想念を追いやろうとしたが、上手くいかなかった。
そのまま杯にワインをなみなみと酌むと、一気に呷る。続け様にもう一杯。更にもう一度。自棄になったかのように、男は酒を呑み続けた。
「は‥‥無様だ‥‥」
限界まで呑むとテーブルに突っ伏し、京太郎は酒で濁った瞳で呟く。己がどうするべきか、結論はまだ出そうもなかった。
●舞え、妖精の如く
「さて。楽しんだし、一曲おどりましょうか」
宴もたけなわ。酔いも程よく回ってきたところで、サーラがふわり、と席を立った。
「ひゅーひゅー、まぁってましたぁ!」
勢いよく手を叩き、ソフィアは大興奮。
聖書片手に説教モードに入っていたウォルフガングも、書を閉じて女に見入る。
「ほぅ‥‥それは素晴らしい。期待しておるぞ」
「旨い酒のツマミとしては最上じゃのぅ」
ヘラクレイオスは酒樽を抱え、グイグイ飲みながら嬉しそうにしている。視線はサーラに向いていても、全く呑むペースが落ちないのは流石、と言ったところだ。
ところで、フィーは‥‥
「‥‥Zzzzz」
あ、寝てる。幸せそうだし、そっとしておこう。
「では、始めますね」
――スタン、タン、カタッタタタタ、カタタタ‥‥
サーラがステップを踏み始める。アップテンポなリズムで木靴を石畳に打ち付け、軽快な音が鳴るその様は、白昼に幻惑的な妖精が現れたかのよう。
「はーい皆さん、手拍子、手拍子〜」
ソフィアが周囲を煽ると、見ていた人々もつられて手拍子。それに乗せられて、サーラの踊りもいちだんとノリが良くなる。リズムに乗って身体を揺らし、くるりとターン。続けてステップを踏みながら、両手を頭の上で叩き、観客を乗せる。相乗効果で手拍子の輪が広がっていく。
ひらり、と衣装を翻すと、白い肌に光る珠のような汗。
――タン!
最後のステップを踏み、決めのポーズ。サーラは荒い息もそのままに、両手を広げ静かに一礼する。
『わぁぁぁ‥‥』
最後の鐘が鳴った時、会場全体から手拍子が巻き起こっていた。
●エピローグ
こうして商人ギルド主催の飲み比べ大会は、例年に無い盛り上がりを見せて幕を閉じた。
閉会式をかねて表彰が行われたが、最後の盛り上がりで細かい結果が判らなくなってしまったらしい。そこで急遽、上位入賞者にベルモットと、それ以外の者全てに新酒のワインが配られることになった。冒険者の中からはヘラクレイオスが入賞、美酒を受け取ったようだ。
「‥‥今年も素晴らしい祝いが出来た事を神に感謝して、閉会とさせて頂きたいと‥‥」
「ちょっと待ったコールですぅ!」
ソフィアが、最後の挨拶をしている司会に待ったをかける。最後の演説の腰を折られた男は、商売人のプライドを何とか発揮して内心を押し殺し、微笑を浮かべた。
「‥‥お嬢さん、何か?」
「余ったわひんを飲み比べ見に来てくれたみなしゃんにも振る舞うで賞を提案しまーす。賛同してくれる人は、は〜くしゅぅ〜〜〜!」
藪から棒に何て事を。司会の男はいやぁ、時間の都合でそれは‥‥と言いかけたのだが。
「いいぞ姉ちゃーん」
「まってましたぁ!」
「異議ナシ!」
『おぉぉぉ‥‥』
一気に会場がヒートアップしてしまい、商人ギルドは泣く泣く残りのワインを提供する羽目になってしまったそうだ。
その日、パリの商店街は日が暮れるまで呑めや歌えの大騒ぎが繰り広げられ、酒場はツマミの売り上げが倍増するわ、大会担当者は翌日に商店街の後片付けをさせられた挙句3ヶ月減俸の刑に処されるわで、はた迷惑な冒険者の話とともに商人ギルドに後々まで語り継がれる伝説になったらしい。
因みに翌日の後片付けには、二日酔いでフラフラの冒険者たちも参加させられた事は言うまでもない。
「いや、昨日は堪能致した。次の機会があれば何処からなりと駆けつけますぞ」
‥‥一部訂正。
ヘラクレイオスだけは一人で涼しい顔だったようである。