貴腐妖精に接吻

■ショートシナリオ


担当:蜆縮涼鼓丸

対応レベル:フリーlv

難易度:易しい

成功報酬:0 G 52 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月11日〜11月16日

リプレイ公開日:2004年11月18日

●オープニング

 江戸の町の東の方、連ね鳥居のほど近くに、「つづれ屋」という一軒の店がある。本業は旅籠だが、ここの主人、根っからのお酒好き。三度の飯よりも酒、朝起きたら焼いた鰯と一緒にとりあえず一杯、流石に仕事中は飲まないのかと思いきや、隠れて酒場でこっそり一杯。酒のアテにはモツ煮込み。夜は晩酌、あぶったイカに醤油を付けて、旨い旨いと踊りだし。
「イカを食べてタコ踊りしてるよ、全くこの人は」
 と、御内儀もただただあきれるばかり。いつもほろ酔いだから「ほろ酔いの六右衛門」なんて有難くも無い二つ名までついてしまった。
 そんな六右衛門にも年貢の納め時がとうとうやってきた。来年の正月にはもう還暦を迎える年なのだから、何十年も酒を飲み続けた体、ガタも来ようというものだ。
 ある日。
「あいたたたたたたたたたたっ!!」
 足を押さえてうずくまった。額には脂汗。
「あんた、何事だい? 一体どうしたってのさ?!」
「あ、足が、い、痛、痛たたたたたたっ!!」
 七転八倒したくとも、あまりの痛さにそれも出来ないという有様。すぐさま医者を呼んで診てもらったところが、
「これは痛風ですな」
「つーふー? そりゃあ豆腐の親類か何かで?」
 お医者さん、身を乗り出すと六右衛門の痛がる足指にふーうと息を吹きかけた。
「うわったたたたた痛い痛い痛い!!」
「‥‥このように、風が吹いても痛いというところから痛風と名が付けられておる。まあ、ありていに言えば酒飲みの掛かる病気じゃな。今後、酒は控えられたがよろしかろう」
「ひょえっ」
 六右衛門、目を回したカエルのような素っ頓狂な声を上げ、
「先生、治す薬は無いんですか? 酒が飲めなくなるなんて、人生お終いですよ」
「あいにくだが、無い。まあ痛み止めを処方して進ぜるほどに、3日もすれば歩ける様になるはずじゃ。くれぐれも、酒は慎まれよ。お大事にな」
「‥‥うへえ‥‥」
 そのまま布団に潜り込んで3日間。
 ようやっと痛みも引いて普通に歩きまわれる様になった頃、御内儀、六右衛門のまえにきちんと正座してふかぶかと頭を下げた。
「あんた。今までお世話になりました、お暇を頂きます」
「馬鹿言うんじゃないよ、俺がこんな身体なのにお前なしでどうやって商売やって行けってんだ」
「馬鹿言ってるのはそっちの方さ、『こんな身体』になる前からずっと私が取り仕切っていたじゃないか。その上『こんな身体』のくせにまだ酒を飲もうとするなんて、一体どういう了見なんだい」
「お、お、俺がいつ酒飲もうとしたってんだい」
「枕元にこぼしたろう?酒臭いしみこさえてさ。そんなになってまで酒呑みたいなら勝手にするがいいよ、だけど金輪際あたしは御免こうむるね。もうあんたとは付き合ってられない。あんたが勝手にするならあたしも勝手にするからね」
「待て待てっ! やめるよ、やめりゃあいいんだろう? そこまで言うならやめてやるよ、だがな、どうせやめるなら最後にぱーっと楽しい酒を飲ませてくれよ。思い残すことがないようにさ」

 ギルドの係員がコホンと咳払いをする。
「‥‥てなワケで、宴会を盛り上げて下さる方を探しておりやす。面白い話、歌や踊りに宴会芸、あとは上手い酒のつまみを用意できる方なんかはもってこいですな。酒の持ち込みも自由、無礼講で行きましょうや」
 六右衛門が、御内儀があっちを見ている隙に係員の袖をそっと引っ張り、必死の形相でこそっと。
「できれば、これからも酒を飲めるように何とかならんもんでしょうか」
「‥‥懲りないねえ」
係員、ただただ苦笑い。

●今回の参加者

 ea0696 枡 楓(31歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea0957 リュカ・リィズ(27歳・♀・レンジャー・シフール・イギリス王国)
 ea5194 高遠 紗弓(32歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea6872 冴刃 歌響(39歳・♂・忍者・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

「皆さん、雨の中お疲れ様でございます」
 表の通りまで迎えに来たつづれ屋の内儀は、宿の戸口のひさしの下で、店の名が入った蛇の目傘をすぼませ、宿屋の壁に立てかける。傘に張られた茶色の油紙をつうっと滑って、水滴がぽたり、ちいさな水溜りを作った。
 枡楓(ea0696)たちは渡された手ぬぐいで髪や手足の雨滴を拭くと、火鉢の焚いてある奥へ通された。長火鉢には湯気の立った鉄鍋がかけてあり、その周りには人数分の膳がしつらえてあった。
「お疲れさまです」
 内儀と一緒ににこやかに奥から出迎えたのは、もてなされる側のはずの冴刃歌響(ea6872)。料理人としての腕を振るう為に、一足早くこのつづれ屋を訪れていた。ご丁寧に藍染めの前掛けにたすきがけ姿、やはり本職だけあって、妙に様になっている。その手には竹篭。丁度鍋に入れるための春菊を盛ってあった。長火鉢の上の鍋にはもう昆布の入った湯がふつふつと沸いていた。わずかに酒も入っているらしく、湯気を吸っただけでもなにやら血の巡りが良くなりそうな匂いだった。
「ほう、鍋じゃな」
「はい、変わり湯豆腐を。無難に豆腐料理と思ったので‥‥こんな陽気だと冷奴じゃちょっと寒いでしょうからね」
 皆が席に着くと冴刃は春菊の葉を鍋に落とす。湯に沈むと緑の葉が一層色味を増した。
「おいしそう‥‥」
 丸い目をさらに丸くしてじーっと鍋を見るリュカ・リィズ(ea0957)。
「そういえば、当の本人は?」
 高遠紗弓(ea5194)の問いに、冴刃は苦笑しながら部屋の片隅を指差した。背を丸め、なにやらどんよりと沈んだ様子で手酌酒を始めているつづれ屋のあるじ、六右衛門の姿があった。
 高遠はつかつかと歩み寄り、隣に座るなり六右衛門の手をぺしっと叩く。
「おおっと、何するんだよう。せっかくの酒がこぼれちまう」
 六右衛門が文句を言うのにも構わず、その徳利を奪い、杯に注ぐこともせずじかに口を付けてくいっと呑み干す。その様子を見、六右衛門はたまげたらしい。
「‥‥いや、良い呑みっぷりだねえ。恐れ入ったよ。どうだねもう一杯。‥‥っと、徳利が空だ。おーい、酒持ってこーい」
 そしてなしくずしに宴席が始まった。

「その娘が、実は女郎蜘蛛だったのじゃ。白装束に抜けるような白い肌、大きな潤んだ目‥‥人形のような、本当に愛くるしい顔立ちなのに、何故か恐怖を覚えたのじゃ。目の奥に、何かゆらゆらと金色の炎が揺れてるような、そんな感じじゃった‥‥」
 枡の語る時期外れの怪談めいた話に、一同は思わず箸を止めて聞き入った。江戸よりももっと北の、もっと山奥の村の物語。子供一人以外の村人がすべて、消えた。人を食らう蜘蛛の仕業である。
「そ、それで‥‥?」
 身を乗り出した六右衛門に、枡はにやりと笑いかけ、
「蜘蛛を退治に行ったはずが、退治されかけたというわけじゃ。なにしろ女郎蜘蛛というやつは本来、家一軒もある大きさなのじゃ。そう‥‥例えば今こうして鍋をつついておる我々も、実は女郎蜘蛛の腹の中にいると考えれば」
「きゃーっ、きゃーっ、きゃーっ!」
 リュカ、何かを想像してしまったらしく悲鳴を上げながら飛び回る。
「いや、ものの例えだから、っておい!」
「落ち着いて」
 他の面子がなだめすかして、やっと柱にセミの如くしがみついていたリュカを下ろした。
「しっかし、ちっさいのに飛べるってのはすごいねえ。その羽、本物かい?」
「引っ張っちゃだめです〜! こう見えても私だっていろんな依頼を解決した冒険者なんです」
 もの珍しそうに羽根を引っ張ろうとする六右衛門からひょいと飛んで逃げ、えっへん、と小さな胸を張る。
「例えばですね〜」
 リュカは、自分の武器である簗染めのハリセンを取り出した。
「これをもらった時のお話をしますね?」
 こほん、と咳払い。

「えーと、猫神様‥‥ようするに猫の神様ですね。の、神社があるんです。そこに黒鯛を奉納するので、みんなで釣りに行ったんです。白と黒の船に分かれて乗って、竹の竿で、木で作ったえびを付けて、そしたらいきなり釣れて、ぐいぐい引っ張ってきました。すごく大きくて、力も強かったのでつり上げた瞬間にへろへろ〜っと海の上に流れてしまって、大きな魚にパクッと」
「ええ!?」
「大きな魚って?」
「鮫でした」
 あっさりと一言、楽しげに言う様子は、まるでこ・き・く・くる・くれ・こよとカ行変格活用の解説でもしているかのよう。そういえば彼女はシフール共通語を初めとして9ヶ国語にわたる語学力の持ち主であり、語学の教師を生業としている才媛でもあった。
「一瞬何が起こったのかわからなかったのですけど、気がついたら浜辺にいて隣に大きな鮫が横たわってました。釣った鯛もこーんなでしたけど、鮫も大きくて、おいしかったです」
「‥‥食べたんだ、鮫‥‥」
「鮫の中って‥‥鮫の中って、結構狭くて、あつくて、ぬるぬるしていた記憶があります」
 良い子は真似してはいけない。

 鍋の中の湯豆腐はくつくつと煮え、予め熱湯に通して霜降りにした鱈の身と、青みの香る春菊と一緒に各自の皿に取り分けられた。すだちを絞り込んだ醤油をたれにして、好みですりおろしたにんにくやしょうが等も入れて、ふうふういいながら食べる味はまた、こんな気温の上がらない日には格別のものだった。
「料理が一段落したら、冴刃さんも一緒に」
「じゃあ、お言葉に甘えて、話に混ざらせてもらおうかな」
 高遠に勧められて冴刃も席につき、つまみの揚げそばをぽりぽりと口にした。高遠は燗をした酒をくいっと干し、冴刃は呑めないわけではないが、付き合い程度に口に含む。ぬる燗に暖められた生もとの酒は酸味が程よくこなれ、するりと喉ごしに爽やかな後味を残したが、油断するとそのまま酒に呑まれてしまいそうな気がして、冴刃は猪口を一度置いた。高遠はそのまま、向こうでまだ依頼の話に盛り上がっている仲間と六右衛門をほほえましく眺め、さらにもう一杯、九谷焼の手酌徳利から酒を注ぐ。徳利には、紅葉の下に二羽のふくら雀がむつまじく寄り添う図が描かれていた。
「先日、妹が依頼で冴刃さんとご一緒して、料理が美味しいと褒めていたので、楽しみにしていたんだ‥‥料理もだけど、話が出来たら面白いだろうな、と」
「ああ、弓弦さんですね。その節はこちらこそお世話になりました」
「弟さんがいるという話だったが、こちらにも弟妹が居るので‥‥時折、甘やかしすぎかと思ったりもするし」
「そうなんですか‥‥うちは江戸に来てる弟も含めて6人兄妹なんですよ。あ、弟さん、うちの弟とどっちが可愛いです?」
「それはもちろんこちらの‥‥と、やはり兄弟自慢になってしまうかな」
 お互いにくすくす笑いを。そんな時。
「きゃあ、誰か止めてください!」
 リュカの悲鳴。二人は頭をめぐらせてそちらを見、高遠は猪口を、冴刃は箸を、同時に取り落とした。

(いい感じに酔っ払った女忍者が腰巻泥棒を捕まえた武勇談を実際に再現=脱衣の図。もちろん良い子は真似してはいけない)

「しかし痛風になるなんて、随分無茶な呑み方もしてるんでしょうねぇ」
 取り押さえられたあと、のんびり寝息を立てている枡を見ながらの、何気ない冴刃の一言に、六右衛門はぶんぶんと首を振った。
「とんでもない。酒は好きだが無茶のみはしねえよ、勿体無いもの。呑み仲間にゃ、もっとすげえのが幾らでもいるのに、何で俺ばっかりこんな目にあうんだろうなあ」
 ほうっとため息をついて、ちまちまと猪口に口をつける。確かに酒の減り方をみても特に暴飲というわけではないようだ。
「酒を呑む時は、野菜を一緒に摂ると良いですよ。大根とか胡瓜とか、新鮮なのは塩をふって食べるだけでも美味いですからね。まあ、生だとたまに虫下しのお世話になる事もあるし、火を通した方が無難かな?」
「そうだなあ。今度からそうす‥‥」
「ダメダメ。酒はやめるんだろう? 約束したじゃないか。うちにある酒も、この人らにみーんな片付けてもらうからね」
 六右衛門が思案を始めた途端、内儀がぬうっと出てきて釘をさす。六右衛門はたちまちしなびた青菜の様になった。
「随分頼りになる奥さんですね。そうだ、お二人の話も聞かせてくださいよ。俺も故郷に妻を残して来てるんで、家族の話は好きなんです」
「へぇ。別嬪さんかい?」
「いやぁ、はは。5つ下なんで‥‥離れていると、ちょっと心配で。こうやって六右衛門さんみたいに仲良く暮らしているのがうらやましいですよ。その代わり手紙は頻繁に書いてるんですけどね」
「あらあら、離れていても熱々ですねぇ。うちは私の方が年上なんですけど、ほら、年上の女房は金のわらじをはいてでも探せっていうじゃありませんか。それでね‥‥」
 以下省略。内儀、話し出すと止まらないらしく、この後冴刃は内儀の長い長い話を辛抱強く聞く羽目になった。

 帰るときにはもうすっかり雨は上がっており、月がぽっかりと浮かんでいた。
 高遠は微笑みながら、つづれ屋のあるじ夫婦に頭を下げた。その肩には気持ちよく酔っ払った枡が幸せそうにつかまっている。
 冴刃と一緒につづれ屋を後にしたリュカが、ふいと空中でUターンして戻ってきた。
「ん、忘れモンかい?」
 と問われるとふるふると首を振り、
「また来ますね。今後は一緒にお酒は飲めないかもしれないけど、今度はもっといろんな冒険の話とか、します」
 にっこりと、笑った。