【霜月祭】祭りの準備

■ショートシナリオ


担当:蜆縮涼鼓丸

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月28日〜12月03日

リプレイ公開日:2004年12月04日

●オープニング

「てぇなワケで、こちらが今回の依頼主さんでやんす。こちらさんの村では、今度江戸で武闘大会があるのに併せて、村の名物の刺し子の綿入れを売ろうってことになったんですが、売ってやろうって店が見つかったはいいが、100着納める約束をしたのにまだ揃ってねえ。というのが、今年は大風やら大雨やらで畑のほうも大変、悪いことには流行り風邪のせいで人手も不足、と、こんなワケでして。前金で貰ったおあしも手を付けてしまったし、3日のうちにどうしても残りの綿入れ20着を作って納めなくちゃならねえ」
「あの、おさいほうが上手じゃなくてもいいんです。ただまっすぐちくちく縫っていくだけなんです。あたしのおっかさんもどうしても間に合わせるんだって、ずっと夜なべをして、とうとう身体を壊してしまって‥‥。どうかお願いです、あたしたちを助けてください」
 15ばかりの娘だった。
「まあ、近頃の風邪は薬代も馬鹿になりやせんからねえ。心得がなくても根気のある方なら大丈夫そうでやんすから、どうぞ力になってやっておくんなさいまし」

●今回の参加者

 ea0050 大宗院 透(24歳・♂・神聖騎士・人間・ジャパン)
 ea1959 朋月 雪兎(32歳・♀・忍者・パラ・ジャパン)
 ea8484 大宗院 亞莉子(24歳・♀・神聖騎士・人間・ジャパン)
 ea8616 百目鬼 女華姫(30歳・♀・忍者・人間・ジャパン)

●リプレイ本文


 祭りは楽しい。
 祭りは明るい。
 祭りの準備が大切なのは、終わってしまったらもう準備は出来ないから。
 寂しくなる前に。
 悔いのない様に。

●かぽかぽ
「ゴメンね、ヘンなお願いしちゃって」
「いいえ、ご不安でしょうから‥‥旅は道連れ、足袋は足ずれと言いますし‥‥。何か、荷物があれば、一緒に馬に載せますが‥‥」
 かっぽり、かぽりと大宗院透(ea0050)の愛馬は規則正しい蹄の音を響かせ、その手綱を引く透の横に朋月雪兎(ea1959)が歩く。朋月は今回の依頼に参加した冒険者達の中では一番の年上だが、パラだけあってその身長は13歳の透とほぼ変わらない、というよりむしろ低い。初対面の二人が友達のように並んで歩いているのは、主に朋月が筋金入りの方向音痴だから、という理由による。
「うん、荷物の方は大丈夫だよ、ありがと。あっちに着いちゃえば、お家の中の作業だから迷子にはならないけど、道とか方向とかって、あたしあんまり得意じゃないから‥‥はぁ〜、ホントに頼りないお姉さんでごめんなさいって感じだね」
 苦笑する朋月に、透は曖昧な笑みを返す。
「なるほど‥‥。私は、むしろ着いてからの方が不安ですが‥‥」
「不安?」
「私の手に余る裁縫でなければいいのですが‥‥」
 空を見上げ、僅かにため息をこぼす透。それを見て後ろから大宗院亞莉子(ea8484)が朋月を突き飛ばすようにして透に抱きついた。
「だいじょーぶってカンジィ! 透には私がついてるしぃ、一緒にがんばろうってカンジィ〜」
 そう言って、ぎゅむり、と透を抱きしめる。
 透と亞莉子は形式上の夫婦である。お互いに13という年齢でもあり形式以上の意味は持てないが、それでも亞莉子が透にぞっこんなのはべたべたぶりから見て取れる。が、透の方はさして表情も変えず、また、黒の着物を身につけ、きちんと襟を合わせて着こなしている女装の格好でもあり、二人の姿は夫婦という言葉の型には当てはまらない、不思議なつながりを見せていた。

 のんびりと、とは行かないまでも、裁縫の心得のある者が3人も居り、期限に間に合う目算は十分にあったから、決して急ぎの旅ではなかった。歩いていけばやがて目的の場所に着く。村の入口で、ギルドに依頼を持ってきたおようという名の少女が出迎えて、ぺこり、と頭を下げた。
「本当に、ありがとうございます。‥‥正直、受けてもらえなかったら、あのまま身売りでもしようかってちょっと考えてたんです」
 寂しげな表情を見せるおようを元気付けるかのように、朋月はにっこりと笑って見せる。
「でも、私たちが来たからもう大丈夫だよね? そうだ、仕事が終わったらその辺でもブラブラしたいから、案内してもらえるかな? 美味しいものとかあったら教えて欲しいし」
「う〜ん‥‥ごめんなさい、この辺、何もなくて‥‥江戸の方が、いろんなお店が一杯あって、美味しいものもいっぱいあるんじゃないかなあ? あたし、おねえさんたちに江戸のお話、聞きたいです。あ、そういえばもう一人のおねえさんも先に来て、あたしのうちで待ってますよ?」
「では、早速行きましょうか‥‥仕事が待っています‥‥」
 透が促し、4人は少女おようの家に向かった。

●どすどす
 おようの家に着くなり、奥から地響きを立てて何者かが突進して来た。
「あぁん、もう。皆遅いんだからぁ。あたし、もう待ちくたびれちゃったわよ」
 とても色っぽい声で流し目を送る美女っぽい何か。一見するとどう見てもオカマ‥‥いえすみません美女です。の、百目鬼女華姫(ea8616)。
「あたしの名前は『ドメキ メガヒメ』。メガヒメちゃんって呼んでくれていいのよ? 皆、よろしくね」
 さわやかにウインク。190cm筋肉隆々の巨体から繰り出されるそれを3人の冒険者達は文字通り呆然と見上げた。
「あたし、ギルドの人に女の人が3人と男の人が1人行きますって言われてたから、最初てっきりメガヒメちゃんのこと誤解しちゃって。本当は女の人が4人だったんですね。ギルドの人ったら、間違えちゃって、やだなあもう」
 おようは笑顔で言う。何故か誰も訂正しない。百目鬼も笑顔で、
「あぁん、もう皆ったら遠慮しちゃって、早くおあがりなさいな。とっととお仕事片付けて、のんびりしましょ? それにしても、皆ちっちゃくって、んもう、可愛いっ!」
 抱きゅり抱きゅり抱きゅり。
 仲間達に抱きついてご挨拶する百目鬼は19歳の乙女であった。たぶん。

●ちくちく
「まっすぐまっすぐ、ずっと並縫いでちくちく刺していってくだっせ。枡刺しやら紗綾やら、ややこしいのはもう終わっとるんで、こっちにあるんと同じ、同じ向きに並縫いを並べて市松を作るのをお願いします」
 根を詰めすぎて床に着いたというおようの母親が冒険者達に頭を下げる。見本の刺し子は、なるほどただまっすぐな線を並べただけの正方形の図案。それでも20枚ともなれば量はある。
「商売ごとに手を出すもんではなかったなあと、こうなってみると思いますけんど、あん時は自分らの刺し子を江戸の人が着てくれるって舞い上がってしもうて」
「おっか。大丈夫、あとの事はおねえさんたちがやってくれるもの」
「本当にすみませんが、どうかどうか、お願い申します」
「どうぞお顔を上げてください‥‥」
 透が宥めるが、母親は頭を下げ続ける。
 もともと日に焼けて浅黒い肌は血の気が失せてどんよりとした色合いになっていた。この仕事が終われば気疲れも取れて、また元の農家の女性らしい表情になるのだろうかと、透は思う。
「裁縫道具は請負い元の三角屋さんが、これを使ってくれって、なんだかずいぶん置いてかれたはんで、どうぞそれを使ってくだっせ」
「へえ、これ、けっこうかわいいってカンジィ」
 小袋に入った裁縫セットの内容を確かめながら亞莉子が笑った。
「明日は朝イチでがんばっちゃうから、元気出してねってカンジィ! ねっ、透?」
 猫のように擦り寄る亞莉子に、透は僅かに曖昧な笑みを浮かべたように見えた。

 朋月以外の3人は家事の技能を心得ていたから運針程度は苦にもならない。しかし朋月はと言えば。
「あ、あれ? 糸が抜けちゃう??」
「ああ、玉止めを忘れてますよ‥‥それと、糸は二本取りにした方が‥‥」
「玉止めって、ナニ? 日本鳥ってどんな鳥?」
「えーと‥‥‥‥」
 見かねて亞莉子達も手を出し口を出しして教えるが、その分、自分達の手が止まることに、この時点では誰も気付いていなかった。
 着々と、紺地に白の糸が映える刺し子の綿入れが仕上がってゆく。朋月がときどき縫い方を仲間に尋ねながら、だんだんと口数も少なく、黙々と作業が進んでいった。
「あん‥‥同じ姿勢を長くしてたから腰が痛くなっちゃったわ」
 台詞だけ聞くと美女‥‥いえ本体も美女ですから襲わないでください。の百目鬼が体を妖しくくねらせ、伸びをした。2メートル近い巨体を縮こませて作業をしていたのだから、体が痛くなるのも道理だろう。
「お針子仕事ってあまりしたことがないのよね。ね、透ちゃんたちはどうなの?」
「糸‥‥愛しい‥‥。刺し子‥‥に、針を、差し込んだ‥‥」
「‥‥‥‥?」
「ああ、すみません‥‥ちょっと熱中してしまって‥‥何でしょうか‥‥?」
 透が針仕事に熱中していたのか、ダジャレ作りに熱中していたのかは言わぬが花。
 そんなこんなで3日の時間はたちまちのうちに過ぎて、商人が物を引き取りに来るという日が来た。冒険者達は出来上がった刺し子に針など残っていないか調べ、改めてその数を数えた。
「‥‥あっれー? もしかして、足りないってカンジィ」
「うそ?! 確か、一枚余分に出来るはずだったよね? 数え間違いじゃないよね」
 数えなおしてやはり一枚足りないと判り、朋月がはらはらした表情を見せる。だが百目鬼はうふふふ、と不敵な笑みをこぼした。
「まあ、こんな事もあろうかと、とっておきの手を用意してあるわ。ねえ、透ちゃん、亞莉子ちゃん?」
 3人の間に流れる含み笑いは邪っぽいニオイがぷんぷんと漂い、朋月は思わず商人の無事を祈らずにはいられなかった。

●むちむち
「ごめんよ、三角屋だが、品物を受け取りに来たよ。誰かいないかい?」
 門口にやってきた商人の声を聞いて、3人の忍者は手はずどおりに動きはじめた。
 まずは愁いを帯びた表情の美女が、しゃなり、と商人の前に現れる。それは人遁の術を使った透だった。とっておきの手とは即ち、3人が人遁の術を使い、色仕掛けで商人をたぶらかし、期限を延長してもらうという手段だった。
 さながら秋に咲く桔梗のような清楚さの美女に化けた透は、三つ指を突いて商人に頭を下げ、
「わざわざ江戸からのお越し、ありがとうございました‥‥ですが、今しばらくお待ちくださいませ。一日、いえ半日お待ちいただければ必ず‥‥」
 だが商人は透の言に左右されることなく、僅かに眉をしかめたのみ。
「あんたが誰だか知らないが、いまさら何を待つって? こっちはもう長いこと待たされてるんだ。出すもの早く出してもらわなきゃ、折角の祭りが終わっちまうよ。そうなりゃこっちだって大損害だ。材料費から何から、こっちが出した分まで返してもらわにゃあいけなくなるよ?」
「んもぉ、そんなコト言わないでぇ。ってゆーか、折角なんだから仲良くした方がゼッタイお得ってカンジィ」
 次に進み出たのは亞莉子。こちらは夏の陽光のように明るく元気に振舞う。
「冗談じゃない、期限はお互い話し合って決めたんじゃないか。そうやってずるずる引き延ばして今日ってことになったんだ。これ以上は絶対に待てないよ」
 透と同様、持てる話術を駆使して誘惑を試みても、相手は取り付く島もない。
 そこへまた、もう一人美女が現れる。濡れ羽色の長い髪をたゆらせ、商人に流し目を送る、細面で豊満な身体の美女。袖を深く切り落とした赤の着物は、かなり露出度が高く、胸の谷間がまともに見えてしまい直視するのがためらわれるほど。でも真の姿は筋骨隆々の百目鬼だったりする。
「そんな怖い顔しないで、いい男が台無しよ? ‥‥ね、もし待ってくれるんだったら、あたしとイ・イ・コ・ト‥‥しても良いのよ? だからお願い‥‥待ってくれないかしら?」
 商人の肩にそっとほほを預け、上目遣いをして猫なで声でねだる。人遁の術は修行を積まなければ声まで変える事はできないが、幸いにこの術者の中に太い声の持ち主はいなかったから、声色の技を使うまでもなく済んだ。百目鬼はちなみに女性なので喉仏はない。見掛けからはとてもそうとは信じられな‥‥いや何でもありません。
 商人の小鼻がぷくっと膨らんだ。いけるか、と一瞬冒険者達は期待したが、商人はそっと自分から百目鬼を離し、諭すように、
「あんたみたいな美人に言われるのは嬉しいが、こっちも商売でね。まあ残念だが‥‥」
「待っておじさん!」
 人遁の術を会得していない朋月はそれまでじっと成り行きを見守っていたが、たまらずに飛び出し、商人の袖を引っ張る。
「あ、あの、その‥‥待ってくれたら、あたしといいことしてもいーわよ‥‥」
 棒読み。
 しかし冒険者達は見、そして聞いた。商人の鼻の穴が全開になって、ぶしゅうと音を立てて鼻息を噴き出すのを。商人はおもむろに朋月の前にかがみこんで、上から下まで舐めまわす様に眺め、
「お嬢ちゃん可愛いね、お名前なんて言うの? 年いくつ? いくらでも待っててあげるから、そのかわりにおじさんといっしょにいいところに行こうね」
「‥‥え? え? ええええええ???? ちょちょちょっと待っ」
 朋月が商人に二の腕を掴まれ、今にもお持ち帰りされようとする寸前。
 かくん、と商人は倒れた。
「最初から、こうすれば良かったですね‥‥すいませんが、暫くお休みになってください‥‥」
 背後から透が商人を気絶させたのだった。

●祭りの準備がおわるとき
「いや、面目ない。半日もあんなところで寝てたなんて。まるでおかしな夢でも見ていたようだよ。キツネか狸にでも化かされたのかな」
「本当にびっくりしよりました、外に出たら三角屋さんがぱったり倒れてはんで」
 談笑しているのは商人とおようの母。20着きれいにそろった綿入れは商人の側にある大きな風呂敷包みの中。おようの母の顔色は冒険者達が来たときと比べてはるかに良い。
 商人が立ち去ると、奥に隠れて息を潜めていた冒険者達も出てきて、ほっと胸をなでおろした。
「透、これ、さっき作ったんだぁ。私だと思って大切にしてってカンジィ」
 ひょいと亞莉子が透に手渡したのは、自分を模した人形。透は手渡されたそれをじっと見つめたあと、亞莉子に向かってこう言った。
「『裁縫』は『最高』の芸術です‥‥」

 もしも江戸で、縫い目の少し不ぞろいな刺し子の綿入れを着ている人を見かけたら、それは何処かの冒険者の汗の結晶かもしれない。