【天国と地獄】 カステラ一番

■ショートシナリオ&プロモート


担当:蜆縮涼鼓丸

対応レベル:1〜3lv

難易度:やや難

成功報酬:0 G 52 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月20日〜12月25日

リプレイ公開日:2004年12月27日

●オープニング

 武闘大会で賑やかだった江戸の町もようやく落ち着きを取り戻してきた今日この頃。江戸市中はもとより、近郊の村々の人間や、遠く地方の藩士達もあるじと共に江戸見物と練り歩き、帰るころには荷物は土産の山となる。遠方からの客であればあるだけ、旅の日数は増え、使う金額も跳ね上がる。今もそこかしこの土産売りの前で、遠くからの見物客が土産探しにたむろしている。
 だがちょうど今ギルド近くを歩いている二人の藩士は、どうも品物をもう決めてあるらしく、やれ饅頭だおこしだ煎餅だ、そんな売り声には目もくれない。
「いやー、流石は江戸じゃ。きれいなべべ着ためんこいおなごがそこかしこに歩いておるのう」
「こら、あまりきょろきょろするでねえ、田舎者が丸出しだんべ」
「おう伊左衛門、ここじゃここじゃ。ここが『ぎるど』じゃ」
「早速入るべ。お〜〜〜〜〜〜い、頼もう〜〜〜〜〜!!」
 そんな風に威勢良くギルドに入ってきた二人連れを見て、冒険者達は仰天した。
 なぜなら、彼らは頭に鍋を被っていたのだ。笑顔で。
「‥‥あの。失礼でやんすが、なんでまた鍋なぞ被っていらっしゃるので?」
 恐る恐るギルドの係員が尋ねると、二人の侍はしばらく顔を見合わせたあと、かあっと顔を赤くしてあわてて鍋を頭から外した。そして額を寄せ合ってぼそぼそと、
「だから言ったべよ、いくら江戸だからってそんな流行りなどあるはずねえって!」
「いや、わしもおかしいとは思ったのじゃ。町を歩いていても鍋なぞ被ったもんは一人もおらんし、妙にわしらのことをじーっと見たりくすくす笑ったり‥‥」
「こりゃ、玄太夫に一杯食わされたんべなあ‥‥」
 そんなやり取りをしている。
 こほん、という係員の咳払いでやっと二人はこちらを向いた。
「ああ、そうじゃったそうじゃった、わしら、頼みがあって参ったのじゃ」
「江戸に来るのは初めてだんべが、江戸にゃ色々珍しいものがあるって聞いたべ」
「中でも金色の舶来の菓子で、口から魂が抜けるほど甘くてうんめえモノがあるそうな」
「その名も芳し」
「「かすていら」」
 声をそろえて言う二人の藩士の目はきらきらと輝いている。
「かすていら、でやんすか‥‥しかしアレは幾ら江戸だからってそうそう簡単に手に入るものじゃあねえ。長崎ならまだ手に入りやすいがそれでも相場は一本が金一両。江戸じゃあもうちっと高えと思ってくだせえまし」
「‥‥い、一両‥‥」
 ぽかーんと口を開けて立ちつくす田舎者二人。
「どうすべ半二郎どん。おら、土産にたっぷりかすていらを持って帰るって皆に約束しちまった‥‥そったら30両もの金はなんぼなんでも」
 そこへずいっと出やる影。額の秀でた男は派手な西洋の吟遊詩人風の衣装に身を包み、
「イェ〜〜〜〜イ!! そこのお二人さん、お困りデスカァ???」
 妙なリズムにノリノリで。
「レッツセーイ、合言葉、は?」
 耳に手を当て返答を待つが、おのぼりさん二人は戸惑うばかり。そりゃそうだ。
「‥‥‥‥」
「ノオォォォォォォォォォウッ!! ノリが悪い! 悪すぎデーッス!! ‥‥‥‥まあそれはそれとしてですね」
 何故そこで素に戻る。突っ込みたい気持ちを笑顔に秘めて、係員は男の肩を叩いた。
「あのな、光(みつ)。いっつも言ってんだがな‥‥‥‥‥‥商売の邪魔してんじゃねーぞテメエコラ!」
「言いながら豹変するのは、ノーオ! グッド! デース!」
 こめかみに青筋が浮き上がってぴくぴくしているギルドの係員と、彼に胸倉を掴み上げられてがくがく揺さぶられている吟遊詩人風の男とを、田舎藩士達は見比べてただおろおろするばかり。そこへ割って入ったのは一人の侍‥‥ただし金髪碧眼、もしジャパン人だったらけっこう珍しい部類に入るんじゃあなかろうかといった類の。
「邪魔するんじゃねえジョージ、それともお前もか!」
「あいやしばらく、お怒りは御尤もなれどここは一つ穏便に」
 と、侍(っぽい男)は爽やかに流暢な日本語で語る。
「光っちゃんは決してでまかせを言ったのではござらん。拙者、安くてうまいかすていらを作る人物に心当たりがござるゆえ、案内つかまつる。新鮮な卵さえ持って行けば作ってくれるはず、ただ、材料の卵を手に入れるのは少々骨折りでござるな。」
「どういう事だ?」
 光の首を絞める手を休め質問した係員に、ジョージは、
「かすていらを作るのに一番具合のよい卵が近くの野良鶏の卵ということなのだが、めっぽう気の荒いニワトリでござるゆえ、突付くわ蹴るわ大騒ぎ‥‥」
 と。
「なんのそれしき。鶏ごときになめられてたまるかと言うのじゃ」
「‥‥おら、ダメだ。鶏はダメだ。近寄ると体中じんましんだらけになるだ」
 片方の藩士が、よほど鶏が嫌いなのかぶるぶる震えながら言う。
「じゃあお前は留守番じゃ、伊左衛門」
「ダメだぁ! そったら人任せな事は出来ねっ! とにかくおらは他の方法でかすていらを手に入れるだ!」
 やけに強情な藩士の肩を、係員はぽんと叩いた。
「そちらさんの納得いく方法も、何とか考えてみまさあ。さて、と、それじゃあ」
 ギルド中に係員の大声が響いた。

「かすていら喰いてえヤツぁ、手ぇあげろぉ!!」

●今回の参加者

 ea0109 湯田 鎖雷(36歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea0280 インシグニア・ゾーンブルグ(33歳・♀・レンジャー・人間・フランク王国)
 ea3610 ベェリー・ルルー(16歳・♀・バード・シフール・イギリス王国)
 ea4005 フリーズ・イムヌ(29歳・♂・ウィザード・エルフ・イスパニア王国)
 ea7871 バーク・ダンロック(51歳・♂・パラディン・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 ea8535 ハロウ・ウィン(14歳・♂・ウィザード・エルフ・フランク王国)
 ea8729 グロリア・ヒューム(30歳・♀・ナイト・人間・神聖ローマ帝国)
 ea9355 十六夜 熾姫(26歳・♀・忍者・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●関河原の戦い・大川冬の陣
 丹羽鶏冠守翼(にわとさかのかみたすく)。それが彼の名前である。小さいとはいえ一国一城のあるじとして、天に恥じない行いたるべく、常に下々の者の為に心を砕く、良き君主である。この頃は領地に押し入ったり忍び込んで財産を荒らす不届き者が多く、頭を痛めている。そんなある日、家臣が急を告げた。
「殿、一大事でございます! 怪しき者どもがまた押し入って参りました! 此度は大勢でございまする!」
「くっ、懲りない奴ばらよ。度重なる狼藉許しがたい、こうなったら目に物見せてくれるわ。出陣じゃ! 鬨の声を上げよ!!」
 戦士達が呼応する。
 コケコッコー!!
 そして戦いの火蓋は晴れ上がった冬空の下、切って落とされた。

●紅白鳥合戦
 鶏冠を模した赤い帽子、そして白い服に身を包み。
「こっ、こっ、こっ」
 と鳴き声を上げながら一足一足河原を歩く十六夜熾姫(ea9355)。
(うん、完璧。これなら絶対ただの大きな鶏にしか見えないし、注目を集めて囮になるよねー♪)
 と、思っているのは恐らくは本人だけで。確かに鶏たちの注目を集めてはいたが。
『殿、あれは何でございましょうか』
『恐らくは‥‥死に装束というものであろう。人間とはいえ心意気や天晴。相応の礼を持って迎えよ』
 自然界に白い生き物が少ないのは目立って天敵に襲われやすくなるのを防ぐ為。鶏もまた保護色として赤茶色や黒の羽色を持つものが多い。なお、一説によればにわとりの名称も丹羽鳥、即ち赤い羽根の鳥というところから来ている由。というわけで十六夜の思惑とは異なってはいたが、囮としての役割は十二分に果たしていた。
 がすっ。一羽の嘴が十六夜のふくらはぎを突いた。続いて他の鶏も。鶏につつきは付き物とは言え、羽を逆立てている所など見れば明らかに仲間に対するものではない。がすがすがすっと手痛い歓迎を受け、
「くっ、この完璧な変装を見破るなんて!」
 と十六夜は変装の服を脱ぎ捨てた。鶏たちが静かに包囲の輪を狭める中、十六夜は予め掛けておいた疾走の術の効果で二倍も早く高く、ひらりと跳んだ。ちなみにこの術、着地の保障は無い。そして足元は石ゴロゴロの河原だったりする。足を滑らせた十六夜はそのまま藪に突っ込んでしまい。
 ぐしゃ。
 という音がした。詳細は語らないがこの瞬間鶏たちの目に殺意の炎が宿ったような気がする。
 囮に名乗りを上げた者は他にもいる。ハロウ・ウィン(ea8535)は早朝に農家から大根を分けてもらって持参していた。大根の葉っぱといえば鶏が好んで食べそうだが、餌にして気を引こうというのではなく、プラントコントロールで操作してかく乱しようというつもりだ。
「行けぇ、僕のトモダチ!」
 と、輝くばかりに白い立派な大根を投入するが、葉っぱを下に倒立した大根は重みを支えきれずに倒れ、そのまま動かなくなった。そもそも、たとえ食べる分には新鮮だとしても、一度『死んで』しまった植物は動かせない。新鮮な大根をありがとう、とでも言いたそうな目で、鶏たちは転がったままの大根をがつがつとつつき始めた。
「まだまだ、僕は負けない!」
 作戦その2。プラントコントロールで鶏を捕縛する。手近な茂みに魔法をかけ、枝で鶏の足を捕まえようとするが‥‥枝がびゅーんと伸びて捕まえたりはしないので、鶏の方から近づいてこないことには話にならない。だが見える範囲の鶏たちは、大根をついばんでいるか、十六夜を追いかけているか。ちなみにグリーンワードでどの鶏がボスか茂みに尋ねてみたところ、
『さっき踏んでった奴』
 との返答をもらった。コミュニケーションとはかくも難しい。
 そして、そうやって隙を作ろうとしている隙に気がつくとハロウの方が囲まれていた。ばさばさっと鶏が飛び掛ってくる。
『我こそは三家臣が一人と謳われし、金の目玉の猿部なり!』
『同じく、黒き砂肝の谷口!』
『同じく、緋き嘴の春日!』
『我ら、殿の御為、敵を成敗いたす!』
 そんな名乗りを上げていたとしてもこちらには「コケコッコー!」としか聞こえないわけで。
 ハロウは襲われたときの対処は全く考えていなかったため、なすすべもなく。三羽の鶏にざっしゃざっしゃと砂をかけられてあっという間に砂まみれになる。
「僕の心臓、まだ動いてる‥‥げふっ」
 グロリア・ヒューム(ea8729)は砂をかけられる事を想定して黒子頭巾をすっぽりと被っていた。小さい頃鶏を追いかけて反撃されたことを懐かしく思い出しながら卵を探す。茂みに雌鳥が座り込んでいるのを見つけ、そっと近寄り、雌鳥を持ち上げようと手を伸ばした瞬間。目が合った。
「コココココココココ!!」
 激しく声を上げ、翼を広げて威嚇する母鳥。呼応して他の鶏が走ってきた。
『おのれ曲者ー!』
『出合え出合えー!』
 明け烏の君の二つ名を持つグロリアが鶏ごときに負けてはならない。飛び掛ってくる鶏をデッドorライブでいなす。積極的に当たりに行く事でダメージを軽減する技であり、必然的に攻撃は全て受けることになってしまう。そしてこの世にはダメージを軽減できない攻撃も存在する。
 べしゃ。
 飛び上がった鶏から発射されたどろっとした物体がグロリアの手の中に納まった。はっと怯んだ瞬間、顔に体に立て続けに。
 べしゃべしゃべしゃ。
 白と緑っぽい何かが程よくミックスされた、農家の人が喜ぶアレ。いわゆる肥料。生物学的に言うと排泄物。要するに糞。
「いーーーやーーーーー!!」
 グロリアはそのまま川まで一目散に走った。

●戦争と平和
 その頃。湯田鎖雷(ea0109)、ベェリー・ルルー(ea3610)、フリーズ・イムヌ(ea4005)の3人はそれぞれ河原の別の場所で卵拾いを開始していた。湯田は刺又に縄と毛布をくくりつけた即席の卵取り道具を使っていたが、即席なだけにどうも使いづらく、時折折角採った卵を落としそうになってひやりとする場面もあった。
 フリーズは湯田とは別の方向、というよりもむしろ彼を避けるように動く。ばらけての行動は数多い鶏の攻撃を分散させる意味も持つ。倒木や大きな石の影、小さな茂みの中などに、3つ、5つと固まっている卵を、古いものを引かないように確かめながら拾ってゆく。
 ベェリーはスリープの呪文を座っている雌鳥にかけ、眠らせた所でこっそりと卵を探る。たまに卵を探るつもりでもっとふさふさして生暖かくてピヨピヨ鳴いているものを探ってしまったりもする。一度に一羽しか眠らせられないので、気をつけないといけない。シフールは小さい為に鶏の警戒心も多少は薄いようで、つまり人間よりも襲い易いという事だ。事実こうやって卵を探っている今も背後から二羽ほど近づいてきているのに気がついていないし。
「‥‥はっ! 殺気っ」
 慌てて空中に飛び上がる。背中の羽は伊達じゃない。びしっ、と先頭の鶏を指差し、
「この前、河原に迷い込んだ時の屈辱の決着をつけてやるです〜! 砂かけられて糞つけられて蹴り飛ばされたです! 忘れたとは言わせませんっ!」
「コケ?」
 ‥‥多分忘れている。だって鳥頭だから。
「わ〜ん! 覚えてろです〜!」
 飛び去るベェリー。屈辱の決着は明日にしたらしい。
 フリーズにも迫り来る鶏の影。気付いたフリーズは慌てず騒がずアイスコフィンで迎え撃とうとした。が、不発。もう一度、呪文の詠唱を開始するが、それよりも鶏が到達する方が早かった。水の魔法は専門域に達したばかりのフリーズだったが、専門域で使う魔法は初級のものよりも強力な分、制御に習熟が必要となる。現時点での成就率はおそらく魔法を覚えたての頃の半分以下。まともに使うには力を抑える必要があったが、それを怠ったがゆえの結果である。
 ばたばたと鶏が飛び上がり、鋭い蹴爪がフリーズの眼前に迫る。思わず目をつぶる。だが、彼が傷を負う事はなかった。
「大丈夫か? 危なかったな」
 鶏は毛布をかぶせられ、ばたばたもがいている。押さえつけているのは、湯田。フリーズの唇から大きく吐息がこぼれた。
「ありがとうございます‥‥?」
 頭を下げつつ、湯田の自分を見る視線に訝しげな表情を浮かべる。
(霜髪蒼瞳色白で儚げな雰囲気の‥‥いや)
「何でもない」
 想い人の面影を目の前の人物に重ね。首を振り否定しながら湯田は微笑した‥‥あるいは、苦笑か。

「悪い子はいねがぁ!」
 一発逆転とばかりに、三度笠に取り付けた大量の褌と豪華なマントをなびかせた、こんな所見られたら嫁にいけなくなること請け合いなコスチュームで登場したのはインシグニア・ゾーンブルグ(ea0280)。鶏は驚いて逃げる。‥‥鶏でなくても逃げそうな気もする。
「しっかし‥‥大量に渡されて辟易していた褌が、こんな形で役に立つとはね」
 苦笑しながらも鶏を追う手(というか足というか褌というか)は休めない。走るうちに落ちてしまった褌は鶏につつかれて無残な有様になっていたが、そのうちひよこ達のいい遊び道具になるだろう。褌遊びで育ったひよこというのも微妙な気はするが。
 インシグニア同様に鳥追いに非常な好結果を見せたのがバーク・ダンロック(ea7871)。小細工は弄さず、その身に闘気を纏ってただ突っ込むだけだったが、鎧をがっちり着込んでいる事もあり、鶏相手には無敵の装甲ともいえた。
「コーッ! コケッコッコーッ!」
 一羽の鶏がバークの前に立ちはだかり、睨みつける。
『貴殿、なかなか良い目をしているな‥‥良かろう、大将として相手にするに不足なし! 丹羽鶏冠守、参る!』
「かすていらへの俺の情熱は止められないぜ!」
 会話が成立しているわけではなく、あくまでもイメージです。念のため。
 鶏の大将は一度バークに背を向けて距離をとると、今度はくるりと向き直り、すごいスピードでまっすぐにバークめがけて突進してきた。
「来いっ!」
 バークもそれにまっすぐ向き合い、受け止める。衝突の瞬間、ばさばさばさっと鶏の大将は激しく羽ばたき、羽が落葉のように舞い散った。しかし、地にまみえたのは大将の方だった。体重差は如何ともしがたく、鶏の大将は軽く明後日の方向へ弾き飛ばされ、バークは無傷のまま悠然としてそこに立っていた。
『敵とはいえ天晴‥‥(がくっ)』
 気絶した大将に構うことなく、バークは卵を踏み潰さぬよう足元に気をつけながら卵拾いを始めた。ためつすがめつして数個を選ぶと、魔法効果の無くならないうちにさっとその場から離れる。
「がはははは、もしかして俺がトップスコアか?」
 いや、そういう依頼じゃありませんから。残念。

●お楽しみはこれからです
「25、26、‥‥意外と取れ申したな」
「これならたっぷりかすていらが手に入りそうじゃ」
 同行していた(そしてちゃっかり傍観を決め込んでいた)ジョージと半次郎が手に入れた卵の数に感嘆する。十六夜が撤退時に余所見をして転び、逃げ遅れたために鶏に囲まれ酷い目にあったほかは大事無く、ジョージに先導され、河原には連れ込まずに待機させていた湯田の愛馬めひひひひんを初めとするペット達も連れて、冒険者達はカステラを安く手に入れられるという場所へ移動した。
「いらっしゃいませー。お話は聞いていますですねー」
 そこはこじんまりとした一軒家で、出迎えたのは栗色の髪とエメラルドグリーンの目の西洋人。妙齢の美女ではなく、年齢・体型ともバークに近い。
「お久しぶりでござる、マリアンヌ殿。卵はしっかり持参したゆえ、かすていらを焼いて下され」
 ‥‥かすていら。その名も芳し。めいめいの脳裏に金色の物体が浮かぶ。中には食べた記憶が無いため別の菓子の姿が浮かんでいたりもするが。
 イスパニア人の彼女は菓子作りの家系に生まれ育ち、子供の頃から家業を手伝って菓子作りを行っていたという。伴侶を亡くしてからは息子に店を任せ、自分は以前から興味があったジャパンで暮らしているのだとか。そんな事を語りながらもせっせと手を動かし、瞬く間に滑らかな、とろりとした生地が出来上がる。ベェリーは手伝いながらメモを取ろうとして筆記用具を持ってこなかったことに気付き、肩を落としたが、夫人にいつでも来れば教えてあげるわよと慰められた。ベェリーと一緒にハロウも準備を整える。
「私のカステラの秘訣は、砂糖とみりんを半分ずつ使うことですねー。お砂糖のお金使わずにすみますし、しっとり甘く出来ますねー」
 四角い型に流し込み、かまどにかける。
 それとは別に、鉄板に丸い凹みがいくつもついたものを火鉢にかけ、薄く油をひいてから、そのくぼみにもかすていらのたねを流し込んだ。
 冒険者達の目の前で薄い卵色の生地の表面が静かに泡立ち、ゆっくり、柔らかく膨らんでゆく。ころあいを見計らって天地を返すと、こんがり色付いた面が顔を見せ、辺りに何とも言えない甘い匂いが漂った。金串で刺し、中まで火が通ったのを確認すると、夫人がころりと丸い、鈴のような形のカステラを山ほど皿に盛り、冒険者達に勧めた。まだ熱いところをふうふう言いながら食べる。
 それはそれは甘く香ばしく。ハロウの入れた自家製のハーブティーもいっそう味わいを引き立てていた。
「美味ぇ、一仕事の後のかすていらは最高だぜっ!」
「魔法を使った後は甘いものが欲しくなるんですよね」
「ん‥‥‥何だか無性にフライドチキンが食べたくなってきたな‥‥‥‥」
 など、賞賛の声も上がる‥‥一部違うものも混じっているが。
 四角いかすていらも綺麗に焼きあがり、マリアンヌ夫人が丁寧に包んで半次郎に手渡した。焼き上がりよりも少し時間を置いた方が味がなじんで美味いらしい。半次郎が故郷についた頃、それは最高に美味しい土産になることだろう。