●リプレイ本文
●としのはじめのためしとて
「一人、足りねえんだが、整理券を徹夜で作ってそのまま倒れたそうだ。そういう事はもうちっと手分けしてやっちゃあどうかねえ?」
正月早々ギルドの係員は不景気な顔だ。
「折角の歳玉をふいにしやがって‥‥しょうがねえ、これはあっしがもらっておくかね」
紙包みを一つ懐に仕舞いこもうとして、集まった冒険者達の微妙な視線に
「‥‥なぁんて、な」
と照れ笑いしたが、それさえ無ければこいつ本当にがめるつもりだったに違いない。
ギルドに集まった冒険者の目の前には200個の餅玉が入った木箱が山積みされている。子供の掌には余るほどの大きさの、薄紅色をした餅玉。一つの木箱には20個ばかり。それが5段ずつ、計10箱。相当な量だ。
きゅるるるる。
と、餅玉の山を見つめる紫上蜜(ea4067)の腹部から妙なる虫の音‥‥いわゆる腹の虫。はっとお腹を押さえて赤面する紫上に山石伝(ea4829)が笑みをこぼす。年はほぼ同じだが、人間とパラの体格差はまるで大人と子供のよう。今回依頼に参加した3人の女性はいずれも忍びの者で、最年少の大宗院亞莉子(ea8484)は13歳だが、それでも頭一つ分、山石よりも大きかった。
急に辺りが明るくなり、何が起きたのかと冒険者達は光のほう‥‥ギルドの入口に眼をやった。そこには、魔法の光球を背景に置き、逆光の中、後ろ向きにポーズを決めている男が二人。指をぱちんと鳴らすと、そのままフゥとかアォとか叫びながら、後ろ向きのまま、滑る様に歩く。あまりの滑らかさに足の裏が床から浮いているのではないかと勘違いするほどだ。特に試験前の人は縁起が悪いので見てはいけません。
左右二方向に分かれ、双方向からそのまま時折ダンスアクションを交えつつ、呆然と見守る冒険者達の前でくるりと反転。
「ポォォッ〜〜!」
とポーズを決めながら気勢を上げた。‥‥奇声でも可。
「今日はボクたちのために集まってくれてありがとう、ポゥゥッ! ボクたちはダンスユニット『マクソン5』、二人でも5さ!」
「オ〜〜ッ! 新年に子供が貰えるなんてっ! ジャパンに来てよかったよ〜!!」
片やミヒャエル・ヤクゾーン(ea9399)、片やジャイケル・マクソン(ea8950)、なんだか真っ白な顔をした、歌と踊りと子供をこよなく愛するハーフエルフの二人組だ。そりゃもう愛しちゃっている、いろんな意味で。
「いや、子供が貰えるのではなく、子供に歳玉を配る依頼だと思うが」
しごく真っ当に山石が答えると、
「オ〜〜ッ! 違うのかい? ごめんよ〜。まだジャパン語は完璧じゃないんだ」
と、オーバーアクション気味にミヒャエルが肩をすくめた。
「‥‥っていうかキモイってカンジィ。ダーリンのダジャレの方がチョー面白いしぃ」
大宗院にはマクソン5(二人です)の踊りは今ひとつ受けが悪いようだ。ちなみに彼女はメンバー中最年少にして唯一の人妻である。非公式なものではあるけれど。
「ウザイ踊りはどーでもいいから、とっととこのお餅、運んじゃってってカンジィ」
「ボクたちが?」
一瞬あっけにとられたマクソン5(でも二人)に対し、紫上も一緒に頼み込む。
「蜜も他の方も、女手では体力に自信がありません。子供たちのために、引き受けてはもらえませんか?」
子供、という言葉に、マクソン5(二人だけ)の耳が一瞬ぴくんと反応したように見えた。
「そうだね、愛しい子供たちがボクたちを待ってるよミヒャエル!」
「オ〜〜ッ、純粋な子供たちの笑顔を曇らせてはいけないね、ジャイケル!」
何とかとハサミは使いよう。
●おわりなきよのめでたさを
神社の境内の一角を借りて歳玉を配ろう、というのは、なるべく一日で配り終えてしまいたいという冒険者達の配慮からである。そのために山石が、神社の境内の片隅を拝借することを宮司に申し出に行き、無事に了承を得た頃。江戸の町では、赤い服の歳神様が出現していた。
「おとしだまの欲しい子は、これを持って神社に集まるのじゃ」
歳神様がしわがれ声で子供に呼びかけ、紙片を渡す。大抵の子供は字が読めないから、渡されたものが整理券という事すら理解していなかったが、ともあれ『おとしだま』の五文字に瞳を輝かせ、口々に歳神様に
「ありがとう」
の言葉を言った。
この歳神様の正体は人遁の術で変身した大宗院である。見た目だけでなく声の方も、忍者の技術である声色を使い、いかにも本物らしく振舞っていた。
また別の場所にも歳神様が居た。こちらはダブルで。
高速詠唱でライトを後光のように輝かせながら、華美なローブをなびかせているジャイケルと、とにかく笑顔で踊りまくりながらも視線はもれなく顔立ちの整った子供をチェックし続けるミヒャエル、二人のユニット名はマクソン5(二人だが)。こういうときに高速詠唱が必要なのかどうかについては触れないでおく。そもそも、人生やっていると公開したくない過去の一つや二つや三つや四つはあるものだろうし。鼻が取れたとか髪が焦げたとか。‥‥閑話休題。
この二人も整理券を配りながら踊り、あるいは踊りながら配りして、神社へと向かう。面白がってついてくる子供たちを引き連れて移動するさまは、まるで物語の笛吹き男。そのまま予定の神社まで、子供を引き連れたままのマクソン5(二人なの)は踊りながら歩いていった。
新年の神社といえば初詣の人出と相場が決まっている。鳥居を潜り拝殿へ続く参道はお参りに来た人込みでひしめき合っている。本来参道の真ん中は正中と呼ばれ、神が通る道という事でなるべく歩かないものだが、人が多ければそのような事も言ってはいられない。
マクソン5(二人だってば)は手招きしている山石を見て参道を外れ、子供たちを連れて歳玉の配布場所である一角へ向かった。
子供たちは我先にとばかり、歳玉めがけて殺到した。列になろうなどという上品な子はいなかったし、居たとしても一人が乱せば全体が乱れてゆくのがこの世の常。初めは、たまにはこういう仕事も楽でいいな、などと思っていた山石だったが、ふたを開けてみればそう楽な仕事でもなかったようだ。転んで怪我をした子供がいる。他の子に足を踏まれたと泣く子がいる。親兄弟とはぐれた子もいる。歳玉の入った木箱が一つ、ひっくり返された。ころころ転がる歳玉に子供たちが群がる。取り合いをして喧嘩になる。甲高い子供の声で山石の周囲はあふれた。
子供ばかりでなく、子供連れの親も、どうしてうちの子は後回しなの、などと怒声を上げる。自制心が強い山石だから慌てることこそ無かったけれど、人の扱いにはそんなに長けている方でもないので、少しだけ途方に暮れた。前日に雪を降らせた雲はまだ江戸の空に低くどんよりと残っている。
状況を変えたのはあの二人だった。今日何回も見たあの光が周囲を照らす。先ほどと違い光源を増やしてはいるが、昼なので劇的な効果というほどでもない。だが、少なくともその白い肌をより白く見せる効果は確かにあった。
二人のハーフエルフは悲しげに手を差し伸べた。
「ボクの大事な天使たち、どうぞ泣かないでおくれ」
「オ〜〜ッ、子供は世界の宝さ、分け隔てなんかありえない。夢の国まで連れて行くよ」
「今日、ボク達は‥‥神になる。ポゥゥッ!」
‥‥って、それ神社で言うのはまずかろうよ。
それでもひとたび踊り始めれば、踊りに関しては達人の二人、しかも日本では見慣れない異国の踊り。ついでに時折発する謎の奇声付き。大抵の初詣客は魂を抜かれたように呆然と見守っていたが、順応性の高い子供たちの中には真似て踊り始める者もいた。
「皆で踊れば楽しいだろう? OH〜、子供たちに囲まれてなんて素敵なんだろう。ねえ、ミヒャエル‥‥まるで夢の国のようさ」
しかし、そう言いながら、色白で線の細い美少年を見て舌なめずりするのはいかがなものか。
歳玉目当ての熱狂はダンスが済んだ頃には幾分か落ち着き、後はきちんと列を作らせて歳玉を手渡す事も出来た。ただ最初の時の混乱で、引換券と交換しなかった歳玉もだいぶあったらしく、境内に散乱した引換券の清掃には後でかなり時間を取らされるはめになってしまった。
●まつたけたててかどごとに
「これでお仕事、終わりでしょうか? そしたら、湯屋でのんびりして、美味しいものを‥‥」
ぐぅぅ、とまた紫上の腹の虫が小さく鳴く。
「空の箱は返した方がいいな‥‥と、足りないようだが」
「オ〜〜ッ! そんなはずはないよ。1、2‥‥なんだ、ちゃんと全部あるじゃないか」
ミヒャエルにそう言われた山石は、改めて目の前にある箱の数を数えてみた。目の前にある空箱は、8箱。最初に見た数は、10箱。さてここで問題です、配ってない歳玉は何個あるのでしょうか。
「っていうか、手抜きー? 信じらんなーい! サイテー!!」
大宗院はミヒャエルの襟首を掴んでぶんぶん揺すった。
「オ〜〜ッ! 乱暴は良くないよ。第一、異性に触られると、僕はおかしくなってしまうんだ‥‥」
ハーフエルフには狂化という生理現象がある。体を強くぶつければ痣が出来るように、それを自己の意識で止めることは出来ない。大宗院は思わず手を離した。だが、ミヒャエルに変化は見られない。
「異性に触られたのに狂化しない‥‥何故だい?」
ミヒャエル本人も首をかしげていると、ジャイケルが明るく言い放った。
「コドモだからさ!」
「1歳違いで私は子供じゃないってカンジィ。っていうか、私は人妻だからぁ、どう見ても大人の女だしぃ」
今度はジャイケルががくがく揺すられる番だった。
結局、ギルドに置きっぱなしになっていた積み残しの荷を、忍者の3人が手分けして配ることになった。
大宗院は宣伝時と同様に、また人遁の術で歳神様に扮して。他の二人も、赤い服と付け髭を借りて歳神様の格好になった。夜を待ち、子供たちが寝静まる頃を見計らって出発する。
紫上は農家から小さな引き車を借り、そこに歳玉を載せた。運ぶのは自分ではなく、馴染みの犬の「三太」だ。体格も大きく、引き車を引かせるのにぴったりだったが、どんな利口な犬でも普段寝ている時間に起こされて働かされるのはそんなに気分のいい事では無いらしく、動きはかなり鈍重だった。
家の外に子供の竹馬が立てかけてある家など見つけると、戸に聞き耳を立ててみる。そしてそっと戸を開けて忍び入る。錠前などというものは普通の家にはついていないから、その点は楽だった。子供の小さな枕元に、一人に一つ、歳玉を置いていく。そうやって歳玉を配っていく中に、兄妹がくっついて寝ている家があった。紫上にも兄がいる。幼い頃のことなどを思い浮かべながら、そっと懐から取り出した手製の手毬を歳玉に添えた。
人遁の術の効果時間は一時間なので、大宗院は術が切れるたびにかけ直さなくてはならなかったが、きっちりと仕事を果たした。疾走の術を併用する事で効率も上がる。時には家人を起こしそうになり、こっそりと春花の術でまた眠ってもらう事もあったが、おおむね順調にノルマを配り終えることができた。
人遁の術を解いた帰り道、大宗院はギルドではなく冒険者長屋の方角へ足を向けた。最愛の人にお年玉をあげるために。彼女がどんな『おとしだま』をダーリンにあげたのかは、乙女の秘密。
山石も忍び込んでは歳玉を置いて去り、を幾度も繰り返していた。戸の隙間から履物を見て、その家に子供がいるかどうかを察しながら。ある家で聞き耳を立てたとき、まだ話し声がしたのでそっと息を潜めた。それは母親と子供の会話だった。夜中に起きてしまった子供を宥めているらしかった。
「おっかあ、歳神様はどろぼうなの?」
「昔はね。悪いことして金を集めてる奴が居たら盗みに入って、その金は困ってる人に配ってたんだってさ。お前が生まれるよりもずっと前の事だよ」
その声もやがて静かになると、山石は音を立てずに家に入り、他の家でしたのと同じように子供の枕元に歳玉を置いて立ち去った。
夜が明ける頃にはギルドに空箱がきっちり10箱、返却された。
●いわうきょうこそたのしけれ
日を改めて、銭湯でねぎらいの席がしつらえられた。
ぬか袋や黒い軽石が新年の祝儀という事で各自に手渡される。
冒険者達以外の人が誰もいない広い湯で体を伸ばしながら、思い出したように大宗院がつぶやいた。
「そういえば去年は、私の所には歳神様って来なかったってカンジィ」
尤も、去年も普通の子供ではなく忍びとして仕事をしていたわけだが。
「新年に身奇麗に出来るのはやっぱり嬉しいです……報酬をいただけたら、兄上に美味しいものを‥‥」
紫上は上気した顔で語る。もし辛い過去の話でもあるなら聞いて慰めようと思っていた山石だったが、当てが外れて拍子抜けした反面、そういうのもいいか、という気がした。
一方、男湯の方では。
「オ〜〜ッ! 子供達は? 一緒には入れないのかい? 子供達に囲まれながらお湯に入りたかったのに‥‥」
嘆息するマクソン5(くどいけど二人)。そこへ湯屋のあるじが湯加減伺いに顔を出した。
「お湯加減はどうでございま‥‥すか‥‥」
そのまま引き付けを起こしたような顔の湯屋のあるじ。
「ああ‥‥いいお湯だね。何だい、ボクの顔、何かオカシイ? 化粧なんかしてないよ、この白い肌は生まれつきなのさ、ねえ、ミヒャエル?」
「そうだね、僕も作り物みたいな顔って言われることがあるけど、ハハ、キノセイサ〜。ねえ、ジャイケル?」
湯の花を入れたわけでもないのに白く濁っているジャイケルの周囲の湯をどう説明すればよいものか。
その後、風呂上りのさっぱりした体の冒険者達が寛ぐ卓にお節料理が並べられた。
「あの、どの位ふんぱつしたらよろしいのでしょうか」
小さな銭入れを握り締めて、どきどきしながら紫上が問うと、あるじは笑顔で頭を下げた。
「依頼の支度金の余った所を使うので、存分にお食べくださいとギルドより承りました」
そのお節には贅沢な食材こそ使われてはいなかったが、手間隙かけた、十分に味のしみこんだ煮豆は程よく甘かったし、小さいながら尾頭付きの鯛もあった。紅白なますは梅酢で付けてあってすっきりとした酸味が体にしみるようだったし、香ばしく炒った胡麻で和えたたたき牛蒡も歯ごたえが絶妙だった。
初仕事を無事に終わらせて、その味も一層の美味となった。
この一年が冒険者達にとってよりよい一年とならん事を。