ばざーるでございます!
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■ショートシナリオ
担当:蜆縮涼鼓丸
対応レベル:1〜3lv
難易度:やや易
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:4人
サポート参加人数:-人
冒険期間:02月15日〜02月20日
リプレイ公開日:2005年02月24日
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●オープニング
縁日というのは、神様なり仏様なりに縁のある日ということ。人で言うなら、誕生日だの結婚記念日だの、そんなようなものだ‥‥などと一くくりにしてしまっては、罰が当たるかもしれないが。
その縁日に参詣すると特別な功徳があるというので、縁日には自然、参拝客も多くなる。参道にある、餅に小間物、焼き麩菓子や飴売りの店などに立ち寄る客の数も、縁日の時は常日頃の倍ほどにも多くなる。そればかりでなく、市を立てて物の売り買いなどをすれば、今度はそちらを目当てにくる客などもあり、さらに一石二鳥。そんな風にして発展していく門前町も多い。
さて、江戸の町の片隅に小さな神社がある。縁日は毎月、月半ばと月末の2回。少し前までは、大賑わいとまでは行かなくてもそこそこに客も集まっていたのが、だんだんと寂れてきたのは一体いつのころからだったろうか? 賽銭もだんだんと少なくなり、神主の眉間のしわはそれに比例して深くなっていった。
縁日も間近なある日、またいつものように苦みばしった表情を浮かべている神主の下へ、巫女姿の少女がひょっこりと訪れた。
「こんにちは、おじ様。ご機嫌いかが? 父に言付かったお品物、父の代わりに持ってまいりました」
「ああ、小夜ちゃん。こないだはお疲れ様だったね。お父さんの代理の役はうまく出来たのかね?」
「はい、おかげさまで。すばらしいお祭りでした、男と男、肌と肌とのぶつかり合い‥‥」
うっとりとほほを赤らめる小夜に、神主は力なく、そうか、よかったなあと声をかける。
「‥‥あの、おじ様? なんだかお顔の色が優れないようですけれど、どうかなさいました?」
「いや、大したことじゃないんだが‥‥。うちの神社ももうじきまた縁日だというのに、参拝客も市に店を出す人も、ずいぶんと減ってしまっったものだなあと思ってね。うちは土地があるわけでもないし、参拝客が減れば氏子の店も収入が減るし、そこから頂くと言う訳にもいかないからね。全くどうしたものだろうね」
愚痴を言いながら深いため息をつくと、神主のしわがまた一層深くなったように見えた。
「要するに、人を集めればいいのですよね?」
小夜は人差し指を唇に添え、上空へ視線を走らせる。
「なにか面白い事をして、人を集めれば‥‥例えば、たくましい方を集めて私と一緒に巫女姿で踊っていただくとか」
「‥‥いや、それはちょっと」
違う意味で頭痛がしたのか、眉間を押さえる神主。
「取り敢えずは市をまた盛り上げられればいいのだが。この界隈でも市でものを買う人は多いのだし。いなくなってしまった商人達が、なんとかまた市に店を出してくれるようにならないものか‥‥」
「おじ様。そういう時は、いい方法があります」
「いい方法?」
「冒険者ギルドへ参りましょう」
小夜は自信たっぷりの笑みを浮かべた。
「てぇなワケで」
ギルドの係員は笑顔の巫女から微妙に視線を外しながら、依頼内容を確認する。
「要するに市に店を出す商人を探してくればいい‥‥と、そういうことですかな?」
「はい。でも、どうせでしたら冒険者の方も、お店を出していただいて構いませんよ? いろいろ珍しいお品をお持ちでしょうし、そういったものは並べておくだけでも人集めになりますものね。あ、出店料は特別にオマケして差し上げますから、御気になさらないで下さいませ」
「つーか金取るつもりだったんかい。‥‥ま、そんなようなこってすから、お仲間誘って、賑やかしてきてやっておくんなさいまし」
ギルドの係員は頭を下げた。
●リプレイ本文
●梅は咲いたか
如月の風は冷たくとも、確かに春の気配が感じられる。神社の境内は閑散としていたが、その片隅に立つ梅木の枝にはぽつぽつと、抜けるような白、あるいは、娘の笑みこぼれたくちびるの如き紅色の花が、ふくいくとした香りを漂わせていた。
鉛色の雲は暗く空を覆っていたが、ところどころ風に削がれた部分から、薄い光が差していた。
「む。またコレ系の依頼に入ってしまったか‥‥」
ぼそりと誰に聞かせるでもなく桐澤流(ea4419)が呟く。きょとんと首をかしげる月之宮香蘭(ea3718)に、何でもない、と言いながら、懐から包みを取り出し、月之宮に手渡した。からからと中身が金属音を立てる。
「頼まれてた物だ。こんなものでいいのか?」
「ええ‥‥十分ですわ。ありがとうございます、桐澤さん」
包みの中をちらりと確認して、月之宮は笑顔を返した。月之宮自身は数日前から手書きでせっせとビラを作り、あちこちに張り出してみたものの、今ひとつ効果は薄いようだった。学校というものがほとんど存在しないこの時代、どの国でも教育を受けることが出来る人間は限られている。武家や裕福な商家であれば読み書きもできようが、市井の人間は文盲率が高い。逆に、たとえ乞食であろうとも、読み書きが出来る人間は邪険にはされない。月之宮に書道や絵の心得があるとはいえ未だ素人の域を出ない。貼ってあるビラを目にして、何だろうかと眺める者はあっても、立ち止まるものは少なかった。
シャスール・サリア(ea9852)も垂れ幕を作ってみたが結果は同じようなもの。また、以前に神社の市で店を出していた小商人たちにも声をかけてみたが、シャスールが異国の人間でありながら日本語が達者なのには興味を持ってくれたようだったが、肝心の商売の話となると返事を渋るのだった。語学に堪能であっても話術とはまた別である。ましてや商売という金銭にかかわる話であれば、相応の見返りでもあるのでなければ商売人を動かすということはなかなかに難しい。押しが強い性格ではないシャスールは、帽子を目深にかぶりなおして引き下がるより他なかった。ハーフエルフの個体数は決して多くはないとはいえ、ここは人の集まる江戸である。一度狂化を見てしまった場合の印象は強烈なものとなる。シャスールが帽子を手放すことはなかった。
シャスールと同じ、ハーフエルフのロサ・アルバラード(eb1174)も混血である事を表に出さないよう、最低限の注意を怠らなかった。もっともこちらはシャスールのように神経質ではなく、いたって大雑把なものではあったが、それでも自らの狂化の原因となる異性との接触が無いように、異性とは必ず距離を保っていた。
「ロサさんはもしや男嫌いなのですか?」
依頼人の巫女がその様子を見て訝しげにロサに尋ねた時も、
「そーなのよ〜。ひっどい恐怖症で、近づかれただけで気絶しちゃいそうになるの」
「おかわいそうに‥‥人生損していらっしゃいますのね。あの背中から腰にかけての逆三角形の醍醐味を堪能できないなんて、本当にお気の毒な‥‥ぜひ、治してあげたいものです」
「ありがとう、でも、遠慮しとくわ〜」
真顔で多分心配しているらしい巫女に苦笑しつつ、どういう治し方をするんだろうと一瞬考えかけ、背筋に何かうすら寒いものを感じて考えるのを止めた。
「貧乏だから、残念ながら売り物は何もないのよね。露店の一つでも出せればもっと華やかになったかもしれないんだけど。ごめんねー。その代わりと言っちゃ何だけど、私はこの体こそが資本よ、踊り手は場所も時も選ばないわ。ただの提灯だって、夜に飾れば立派な飾りよ。というわけで、巫女服貸してもらえる? 故郷の踊りをジャパンの服で披露したら意外とミスマッチが楽しいかもしれないじゃない?」
「貸すだけでしたら、私のをお貸しできます」
あっさりと交渉成立。
月之宮と一緒に境内を掃除していたシャスールが、ふと空を見上げ、つぶやいた。
「‥‥晴れるでしょうか‥‥?」
●咲かぬなら咲かせてみよう
快晴とまではいかなかったが縁日の当日は薄ら日の差す陽気となった。
冒険者達は思い思いの場所にござを敷き、座を拵えた。ぽつぽつと数人ほど、近在の物売りも現れて同じように店を広げる。野菜を売る店もあれば薪や古着を出している店もある。だが市と呼ぶにはやはり物足りない数で、社務所から顔を覗かせている神主も眉間のしわが伸びない様子だった。
桐澤は自分の得意とする金物細工の店を開いていた。細工物を売るばかりでなく客寄せのために金物の修理も請け負うつもりでいたが、とにかく客足が少ない。暇なあまり、ついあくびが出た。
「あのう」
「ん?」
桐澤に声を掛けたのは巫女だった。
「あつかましいのですが、手があいていましたらついでに古鍋の修理をお願いしたいのですが。お代は払いますので」
「‥‥いや、いい。人を呼ばなければならないからな。金は取らん」
「ありがとうございます。では、よろしくお願いしますね」
巫女に渡された大穴の開いた鍋を金板と鋲で打ちつけ、とんかんとんかんと小気味の良い音を響かせながら嵌め金して穴を塞ぐ。音を聞き付けて少しずつ金物を持ち込む客が増えてきた。なにしろその辺に住んでいる人間ばかりだから飾り物のような小洒落た品物は持ってこない。鍋釜鍋釜鍋鍋釜。釜はあってもカマはなし。鍛冶道具からふいごを取り出し、炭火を熾して鋳掛けて穴を塞いでゆく。お代は全て只と書いてロハ。
「くそ。だから何時まで経っても貧乏なんだな、俺は‥‥」
独り言を言いながら額を拭う。熾きた炭火と力仕事の熱で、いつしか桐澤は汗をかいていた。
徐々に活気の出てきた市を見て、市を見回っていたシャスールにロサがちょいちょいと合図を送る。本殿の前の空いている場所にロサが進み出て、スペイン語で口上を述べる。シャスールがそれを日本語に翻訳した。
「はじめまして、ジャパンの皆様。紅の舞姫の舞台にようこそ! 私は、情熱の国イスパニアから来た踊り子です。まだまだ未熟な身ですが、祭りの刹那の夢舞台、お楽しみ頂ければ、何にも勝る喜びです」
深々と頭を下げるロサも日本語は一応話せるが、言いたい事を的確に伝えるならシャスールの方が技量が上なのと、そうした方が異国情緒が高まるのではないかと巫女が進言した為もある。客がざわめき見つめる中、ゆっくりとロサは緋袴を揺らし舞い始めた。独特のリズムで手を打ち足を踏み鳴らし。楽器の伴奏は一切無かったが、客達の注目はロサにとっては何よりも雄弁な無音の音楽だった。
桐澤もロサの踊りが済むまでは金づちを振るう手を休め、羽ばたき続ける鳥のようなその動きに見入っていた。
やがて、タタン! と両足をそろえ、片手をかざしてロサが舞い止めると、一斉に拍手が巻き起こった。ロサは一礼すると荒い息遣いで肩を上下させながら休憩のために社殿へ向かった。激しい動きの踊りのために顔は紅潮し汗ばんでいたが、満足そうな笑顔を浮かべていた。
ロサが社殿に入るのを見送って、月之宮は目の前の子供の相手を再開した。桐澤のところに金物の修繕を持ち込む親と一緒にくっついてきた子供達の相手は、遊び場をこしらえていた月之宮が自然と引き受けることとなっていた。四角く区切った場所で、子供達は手に持ったむくろじの玉をぶつけ合って遊んだり、あるいは少し大きな子が、月之宮の前に置いてある市松模様の薄板の上にたくさんの人形のようなものが載っているのを不思議そうに眺めていたりした。市を一回りしたシャスールも月之宮の店の一角に陣取って、簡単な手品を披露して子供達を喜ばせていた。中には仕掛けを教えろと駄々をこねる子も居て、多少閉口したけれど。
自作のチェス版をしゃがみこんでじっと見ている子に、月之宮は声を掛けてみた。
「それはチェスって言うものですよ。‥‥ちょっと難しいけど、やってみますか?」
子供が頷くのを見た月之宮は駒の一つを手に取り、説明を始める。ちなみにこの駒は桐澤が作ったもので、片方は銅、片方は鉄で色を違えて二色になるように作ってあった。
「これはキング。つまり、お殿様ね。クイーンは奥方さま。小さくてたくさんあるのはポーン、ええと、足軽かしら。足軽は一歩ずつしか進めないけど、一番奥まで進めたら好きなものになれるんですよ。お殿様は別だけれど」
「なんだか将棋に似ているねえ」
急に声をかけられ、びっくりして見ると、還暦を過ぎたと思われる頭の真っ白な老人が面白そうにチェス板を眺めていた。身なりは小奇麗で、わりに裕福な家のご隠居とでもいうような風情だった。おじいちゃん、と子供が口走ったところを見ると、チェス板を見ていた子供の祖父に当たる人物らしい。
「面白そうだね。どうだねアンタ、それをひとつ私に譲っちゃくれないかね。いい話の種になるし、孫も気に入ったようだし」
是非に、と頭を下げられて譲らない訳にもいかず、手作りのチェスのセットはご隠居と孫がほくほく顔で持ち帰っていった。代わりに代金として金一枚を受け取ったが、月之宮は受け取った金をじーっと見て、桐澤の所へ行き、惜しげもなくほいと手渡した。桐澤のほうも驚いて月之宮に返そうとしたが、押し問答の末、桐澤が受け取ることになった。先程の独り言が月之宮に聞こえていたらしい。
●梅が香を桜の花に匂わせて
夕刻になり風が冷たくなると、三々五々、人が境内から去っていった。巫女姿から着替えて普段の格好に戻ったロサは胸一杯夜気を吸い込んだ。梅の花の甘すぎない、凛と立つ香りが身体に染みていくような気がした。
せっせと境内に残されたごみを掃除していたシャスールたちも、薄暗くなって足下が見えなくなり、竹箒を物置に戻した。巫女に招かれて建物の中に入り、温かいお茶と簡単な食事をごちそうになった。神主の表情は最初に見たときよりもずいぶんと明るくなっていた。眉間のしわはまだあるけれど、心なしかそれも少しは浅くなったように見える。
「小夜ちゃんの言うとおり、ギルドに頼んでよかったと思うよ。久しぶりにずいぶんと人が来たからね。またこの先もギルドで人集めのお願いをしに行くことがあるかもしれませんが、その節はどうぞよろしく」
頭を下げながら見送る神主と巫女に、冒険者達は手土産を貰い、夜の闇の中、梅の香る境内を後にした。