《温故知新》 火が見える

■ショートシナリオ


担当:蜆縮涼鼓丸

対応レベル:1〜3lv

難易度:やや難

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月19日〜09月24日

リプレイ公開日:2004年09月25日

●オープニング

「よく集まってくれた、冒険者の諸君」
 冒険者ギルドの大広間、そこに集まった冒険者の顔を眺めながら、江戸冒険者ギルドの総元締め、幡随院藍藤(ばんずいいん・らんどう)は破顔した。そして手にした木簡を確認しつつ、全体に通る声で一同に言葉を伝える。
「先日の妖狐の事件、江戸が無事であったのは皆の手によるものだと、わしは思っておる。‥‥しかし、いまだ暗雲は完全には晴れてはおらん。ギルドの書蔵から発見された文書も、完全なる解読は終わってはおらんとのことだ」
 大きくため息をつくと、体格のよい男は木簡の内容を静かにあたりに広げて知らせる。
「そこで、再び冒険者の諸君に手を貸していただきたい。
 解読に必要とされる文書のいくつかは、どうやら、江戸近くの神社や寺に奉納されているようだ。諸君にはそれらの神社仏閣を訪ね、文書をぜひギルドまで持ち帰ってほしい」
 ぐるりと、冒険者たちを見回しながら藍藤は幾度かうなずき、その木簡を眼前に晒す。
「江戸近くではまだ妖怪の姿が見られるらしい。それらと相対することも考え、無事依頼を完遂させてほしい。頼んだぞ」

「てなワケで、よろしいですかな皆々様」
 出っ歯が口からはみ出したギルド係員が集まった冒険者を見回す。
「こちらにお集まりの皆様には、江戸から二日ばかり行ったところにある秋安寺ってぇ所にいってもらいやす。なぁに、鬼が出るわけじゃなし、モノを受け取って戻るだけですから大したことじゃありやせん、子供のお使いのようなモンでさぁ‥‥ただし」
 この、『ただし』が曲者なのだ。
「先代の住職が火事で亡くなりやして、出家前にこさえた娘でおかよって子がいるんでやんすが、その子がありかを知ってるらしい。ところがこのおかよ、まだ7つなんすけど、バケモノ憑きって噂があるんですな。どこそこの家が火事になる、って言うと本当に二、三日のうちに火事が起こるってもっぱらの評判、ご近所も気味悪がって近づこうとしない、そんな有様で」
「その子がバケモノ憑きだとして、助ければいいのか?」冒険者の一人が尋ねると、係員はいやいやいや、と首を振った。
「まあその子がバケモノ憑きだろうとなんだろうと、とりあえずこちとらモノさえ持ってきてもらえればいいんでさぁ。言いくるめるなり脅すなり、よろしくお願いしますぜ、皆様方」

 寺の墓地の片隅で、少女がひとり、泣いている。
「おとう。あたし、嘘なんかついてないのに。おとうが死んだのまであたしのせいにされて、くやしいよ。あたし、見たんだ。権三さんとこの納屋も、吾作さんとこのニワトリ小屋も、本当に燃えてるのを見たんだ。でも、人を呼んで来たら燃えてなくて、あたしが親なし子だから気を引きたいんだって、誰も信じてくれない‥‥。ね、おとう。あたし、夕べ、また火を見たんだ。今度は誰にも言ってないんだ。どうせ信じてもらえないもの。自分で火事を止めてみせて、みんなにあたしが嘘を言ってるんじゃないってわかってもらうんだ。‥‥もし、うまく出来なかったとしても‥‥そん時はおとうやおっかさんのところにいけるもの‥‥」

●今回の参加者

 ea2396 ティアリス・レオハート(33歳・♀・ナイト・人間・フランク王国)
 ea3592 佐々宮 狛(23歳・♂・僧兵・人間・ジャパン)
 ea3610 ベェリー・ルルー(16歳・♀・バード・シフール・イギリス王国)
 ea5517 佐々宮 鈴奈(35歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 ea6872 冴刃 歌響(39歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea6925 サン・ウイング(30歳・♀・ジプシー・人間・ノルマン王国)

●リプレイ本文

 田のあぜを縁取るように彼岸花が咲いている。葉の一枚もつけることなく、時期が来るとまっすぐに真緑の茎を伸ばし、先端に火花のような赤い花をつける。それもほんの数日の事だ。
「あたしはあの花が嫌い。赤いから」
 おかよが言うのを冴刃歌響(ea6872)は黙って聞いていた。
 雲ひとつない夜空には煌々と月。足元から虫の声。
 そして、遠くから「火事だ」の声が微かに聞こえ、二人は顔をはっと見合わせ、走り出す。

 この村に着いて真先に、歌響やティアリス・レオハート(ea2396)、ベェリー・ルルー(ea3610)はおかよの住む秋安寺へ向かった。寺の住職はかつておかよの父の親友であり、おかよのことも我が子のように見守っていた。ただ、村人の不理解は土地の人間ではない住職には動かし難く、どこか奉公先を決めておかよを村の外にやった方がいいのではないかと、そう語った。
 おかよがどこにいるのか尋ねるより早く、おかよの方から息せき切って寺に飛び込んできた。
「変な子がおいかけてくるの!」
 泣きそうな顔でそうおかよが叫んだ途端、追いかけるように寺に飛び込んできた人影は、佐々宮狛(ea3592)だった。護衛のつもりでおかよについていったのが仇になったようだ。例え相手が子供でも、見ず知らずの人間と気軽に話すことは、今のおかよには難しかったろう。狛が
「こんにちは〜。ぼく、旅のものなんですけど道に迷っちゃって」
 良かったら、この村の神社の位置を‥‥と、考えていた台詞を全て言う前に、おかよは走っていってしまったのだ。
 すっかりおびえた目で住職の陰から狛を見るおかよ。重い雰囲気を払おうと、ティアリスは「ね、御菓子一緒に食べない?」と笹包みを取り出した。
「すっごく美味しいの。江戸でお土産に買ってきたのヨ☆」
 それでもおかよは表情をこわばらせたまま、目をそらす。
 だが、ティアリスの背後からとてとてとベェリーが進み出ると、おかよの目が丸くなった。ジャパンには元々シフールはいない。人形のような小ささや、ジャパンの人間にはありえない碧の髪は子供の興味を釘付けにするのに十分だった。ベェリーはおかよに向かってにっこり笑い、覚えたてのジャパン語を披露すべく深呼吸した。実はここに至るまでの道中、ジャパン語の全く出来ない彼女は血の滲むような特訓をしてきたのだ。母国語並みにジャパン語に堪能なティアリスを教師として、絵とそのジャパン語が書かれたカードを作り‥‥ただ、それも狛が通訳の仲立ちをしてくれなければ叶わなかったろう。ベェリーはイギリス語とシフール語しか話せないし、ティアリスはそのどちらの言葉も話せないのだから。
「コニンチワ?アリカトー?サイナラ???」
「ダメよ、違うわ、もう一回!」
「コニンチワ、アリカトー‥‥」
 その特訓の成果が今ここに。ベェリーはおかよにあいさつをした。
「コニンチハ!」満面の笑みで。
「‥‥やはり、泥縄というか、付け焼刃ではちょっと難しかったようですね」
 ぼそり、と狛が遠い目でつぶやいた。
 おかよの方は、と見れば。
 笑っていた。
 それはもう全身全霊をかけてというくらいの勢いで、笑い転げていた。

 その頃、狛の義姉である佐々宮鈴奈(ea5517)は村の人間と相対していた。ただし、村人の鈴奈を見る目はうろんの一語に尽きる。それは些細な思い込みからだった。
 狛を同道させ、村人におかよの居場所を尋ねた折のこと。
「おかよみたいなバケモノ憑きにべっぴんさんが何の用だね?」と尋ねた村人に、
「何故、化け物憑きって呼ぶのかしら?彼女は村の神社の神主の子でしょう?言わば私と同じ巫女の力を持っている子よ?」と突っ込みをいれたつもりが。
「うちの村に神社はねえだよ。寺ならあるが」と返された。それでもおかよの居場所を何とか聞き出し、狛をおかよの元に行かせたはいいが。
 村人を集め、おかよの力は神通力であり、村を守るために神が授けたのだ、と話してみても、誤った情報をまず示してしまった鈴奈にはもとより話術の心得もなく、偏見を取り除こうという目論見は明らかに逆の方向へ作用していた。
「どうしたんですか?」
 落ち着いた女性の声が緊張の中に割って入る。別行動をしていた仲間の一人、サン・ウイング(ea6925)だった。事の顛末を鈴奈が語ると、サンは村人に向き直り、
「私は冒険者のサン・ウイングです。冒険者ギルドの依頼で、おかよさんの保護に来ました」と告げた。
「ああ、そりゃええ。あいつをこの村から追い出してくれ」「気味が悪い、この次はおらのうちが燃やされるかも知れねえ」口々に言う村人達に、サンは反論する。
「彼女には何も憑いてはいません。すでに魔法で確認済みです。未来を予知する魔法は存在しますし、生まれつきそのような予知能力を持っている人もいますよ」
 全ての言葉が真実というわけではない。だが、嘘は本当のことが混じった時に一番効力を発揮する。興奮していた村人達も徐々に静まっていった。村人の一人が隠れるようにその場を離れていくのをサンは視界の端に留めたが、火事の見回りと妖怪の探索が先と考え、その場を離れた。

 鈴奈が秋安寺に着いてみると、一行は「お団子、おいしいね」などと言いながら、住職やおかよと一緒にのんびり茶を飲んでいた。ティアリスに勧められ、鈴奈も車座の中に加わる。
「そうだ、晩御飯は何がいいかな?俺、こう見えても江戸で料理人やってるんだ。何か食べたい物があったら、作ってあげるよ」
 冴刃の言葉に、おかよはうーん、としばらく考えて、「きつねうどん」とつぶやいた。
「僕、油揚げ持ってるよ!犯人が狐さんだったら使おうと思ってたけど、そうじゃないみたいだから、使って!」
 ベェリーが油揚げの包みを冴刃に渡す。ベェリーは暇を見て火事騒ぎのあった納屋などを調べていたが、時間が経っていることもあり、足跡などは発見できなかった。しかし、消火したはずなのに水をまいた後がないことが不思議だった。

 皆でうどんを食べ、寝静まった夜中、おかよはこっそり起きだした。気づいたのは冴刃のみ。仲間を起こそうとしたがなかなか起きず、とうとう諦めて単身でおかよを追った。
 おかよの向かった先は村はずれの薪小屋。明かりも持たず、じっと身を潜めている。しばらくそのまま、冴刃はおかよの様子を見守っていたが、何事も起こらないまま時間が過ぎた。やがて、じっとしているおかよの頭がふらふらと舟をこぎ始めたのを見て、冴刃はおかよに声を掛けた。おかよがさして驚きを見せなかったのは、やはり眠かったからだろう。
「おかよちゃん、帰ろう。ここには火事は起こらないみたいだ」
「‥‥でも。見たんだもん」
「火事は、俺たちが止めるよ。あとで狛やティアリスも連れてくる。今は、いったん帰ろう?さあ、歩けるかな?」
 おかよはこっくりと頷き、田んぼのあぜを通り二人は寺へ向かった。

 ティアリスが目を覚ましたのはおかよと冴刃がいなくなってしばらくしてからのこと。まだ朝ではないのに、障子の向こうがやけに明るい。そしてぱちぱちとはぜる音。
 がば、と飛び起き、夢中で仲間達をたたき起こした。
 いつの間にか積み上げられたそだ木が燃え、寺の壁を焦がしていた。
「火事だ!」
 狛が叫ぶ。鈴奈は井戸へ走り、水を汲み、その水の入った手桶をティアリスが運び、狛が水をかける。重い物が持てないベェリーはしばらくおろおろしていたが、やがて彼女に出来ることを始めた。メロディーの呪歌である。ガンバって、と思いを込めて、皆の力が出るように。しかし、僅かな水ではもうどうにもならないほどに火の勢いは強くなっていた。
 離れたところから念仏を唱えていた住職が、「ひっ」と驚きの声を上げた。大きな火の玉が浮かんでいた。
「エシュロン‥‥鬼火だったのね」
 知識で怪物を見極めるにも断片的な情報しかない上、それほど極めたわけでもないティアリスには、今まで相手が何者なのか見当をつけることも出来なかった。が、実物を目の前にした今ならわかる。
 火をよからぬことに使おうとするものに襲い掛かる、火の精霊。それは面々の顔を眺めるように一周して、一瞬体を赤く輝かせた。と、燃え盛っていた火はあっという間に勢いを失い、消える。そしてそのまま鬼火は上空へ飛び去った。

 サンは寺の裏手の大きな松の上からテレスコープで村を見張っていた。そのため寺に火がついたのを発見しても焦点の合わない目ではすぐには木から降りられず‥‥しかしそれが幸いしたとも言える。サンのすぐ下を男が駆け抜けて行った。視界が平常に戻り、サンは男を追った。同時にもう一つ、男を追う影、ではなく、赤い光。頭上を通り過ぎた鬼火の赤に、男は一瞬目を取られて‥‥滑り落ちた。悲鳴を残し、崖下へ。サンはきびすを返し、回復魔法の使える鈴奈を呼びに走ったが、鈴奈がその場に到着した時にはもう男は事切れていた。鈴奈は男の開いた目をそっと閉じさせ、合掌した。それは、鈴奈が村人に囲まれた時に逃げるように去った男だった。

 男は鬼火に殺されたのだと、そして一連の火事は鬼火が起こしたのだと、住職は村人にそう説明した。そしておかよが見たのは鬼火だったのだと。憑かれたのでも、神通力でもなく。
 死んだ男には老いた母親がいた。村は狭い。妖怪よりも人間の方が怖い場合もある。そのことはおかよの一件で良く分かっている。冒険者達も、あえて真実を語ることはしなかった。
「出来れば、そろそろ書簡の位置を教えてくれないですか?」
 狛がおかよに問うと、おかよは、うん、と冒険者達を仏殿に手招きした。本尊以外にも安置された像がいくつかあり、その中からひょいと無造作におかよが手にしたのは、狐にまたがった天女の像だった。底を捻ると狐が外れ、天女の胎内から巻物が現れた。
 冒険者達は、こうして任務を全うした。

「おかよちゃん!」
「コニンチハちゃん!」
 ベェリーは涙ながらに別れ、一行は帰途に着いた。
 もう、村に火が見えることはないだろう。