●リプレイ本文
●猫日和
海の音が微かに聞こえる村を通り、菩提樹の木の立つ丘へ向かう道を8人の冒険者達が歩いていた。中でも白河千里(ea0012)は微妙に調子っぱずれの鼻歌交じり、足はなぜかサンバステップを踏んでいた。
「ねこねここねこ、こねこちゃーん♪ にくきゅうがーよんでいるー♪」
「‥‥提灯は超音痴‥‥」
ぼそりと空中の一点を見つめつつ大宗院透(ea0050)が呟くが、今の白河には馬耳東風。そしてそんな透に大宗院鳴(ea1569)がすっと近づいた。
「猫さんと一緒に一日を過ごせるなんて、とってもとっても楽しみです」
天真爛漫を絵にしたような笑顔。
「そうですね、何かほのぼのした依頼です‥‥」
と透も返す。巫女装束の鳴と、西洋風の少女らしい衣服を纏った透とが並んでいる様子は、姉妹のようにも見えるが‥‥姉妹ではなく、血の繋がった兄妹である。
「猫が教える月の道、ですか‥‥本当とすればなんとも珍妙な伝え方ですが。しかし月道は見つかれば助かりますし、確認する価値はありますね。嘘にしては手の込んだ、という印象もありますし」
御神楽澄華(ea6526)が真面目な顔で言うが、その手にあるのは何故か猫じゃらしだったりする。
村の中でも猫は可愛がられているらしく、何度も姿を見かけた。首輪をした猫はいないが、どの猫も人見知りしない。撫でようとしても逃げず、むしろ、すねこすりかと思うほど激しく擦り寄ってきたりした。その様子を見ても、やはりこの村全体が猫をいたわっているのだろうと感じられた。
「ふむ、かなりの数の猫がいるな‥‥おっと」
足下にいつの間にか居た猫を踏みそうになって、天風は転びそうになりながらも目を細めた。他の冒険者達にも『遊んでー』と言わんばかりに、猫達がいきなり目の前でころんと腹を見せてみたり。
そんな数々の誘惑に勝ったり負けたりしながら、やっと丘の上の村長宅にたどり着くと、ここでも二匹の猫がニャーと鳴いて出迎えた。一匹は黒いのでダシ、もう一匹は三毛猫だったのでアミとヒヨリのどちらかであろうと思われた。
鳴が二匹の猫に近づいて
「初めまして、わたくし大宗院鳴と申しますわ。一週間、宜しくお願いしますね」
と挨拶すると、に猫達もニャーと答えた。実際は挨拶に答えた訳ではないだろうが、鳴はにっこり笑い、猫との会話を続けた。
「ええもう、本当に良いお日和ですわね。こんな日は干したばかりのお布団がぽかぽかして気持ちがいいのですよね」
「‥‥どなたとお話されているのでしょうか‥‥」
ぽやんと小首をかしげて神楽聖歌(ea5062)が呟いた。
●猫庄屋、語る
庄屋に目通りして挨拶を済ませた後、冒険者達はそれぞれの行動を始めた。
何人かはそのまま庄屋から話を聞くことにした。話の口火を切ったのは天風誠志郎(ea8191)だった。
「まず、この界隈の地図が欲しいのだが、貰えないか? ギルドでこちらに聞いてくれと言われてな」
「地図、ですか」
庄屋は座を外すと、奥から大事そうに漆塗りの文箱を持ってきた。
「これはこの村の石高や戸数を記した絵図で、お上の絵師が描いた三枚のうちの一つ。無くしでもすれば一族の首が飛びます、お持ち出しはなにとぞご容赦を」
絵図を広げて眺めてみると、三方を山、残る一方を海と接した田と畑ばかりの村で、この庄屋の家のある丘は北よりの場所にあるという事は分かった。月道のおおよその目星を立てておくつもりだったが、そもそも月道がどういう場所にあるかなどという法則が明快にあるなら、はるばる江戸からこんな所にこうやってわざわざ猫を訪ねてくる謂れもないわけで。もし陰陽師であれば、月道探しのためにそういった情報を集めているということもあろうが。
「この村は猫ばかりで、ほかに何というものも無い場所でございます、余程のことがなければ迷うことも無いかと存じますが」
うむ、と唸って天風は文箱の中にそれを戻した。
「庄屋殿、伝承の陰陽師は先程の地図だとどちらの方向に帰られたか、ご存知か?」
「どちらといわれましても、なにぶん昔の事でございますから‥‥まあ、村から街道に出るなら北の道しかございませんから、北でございましょうな」
御神楽も尋ねた。
「以前、数珠を猫の首にかけた時の話を伺いたいのですが」
「以前と言っても先代の話になりますが」
前置きしてから庄屋は一口茶を啜り、話し始めた。ギルドで聞いた内容と変わらない、村のあちこちうろついただけで帰ってきたというものだったが、御神楽は、
『普通の猫なら縄張り探しに村の外ぐらい出ても』
と思う。庄屋に疑問をぶつけてみると、
「しかしまあ縄張りと言ってもうちの田畑だけで何町歩もありますから」
との答え。ちなみに一坪は畳二枚分。30坪で一畝、300坪で一反。10反が一町歩なので逆算すると一町歩というのは3000坪、メートル法で言うならほぼ100m四方にあたる。
「あのう。猫たちの好きな食べ物とか、されると嫌がることなどあるでしょうか?」
今度はリュドミーラ・アデュレリア(ea8771)からの質問。
「この村はうまい魚がとれますから、どの猫も魚は好きですなあ。嫌な事と言うと、普通の猫と同じで濡れるのや尻尾をつかまれると嫌がるし、煙と同じで高い所は好きだし‥‥」
「ではこの近くに菩薩樹の木はありますか? 猫がその木の下に行ったりするようなことは?」
「菩薩樹、ですか‥‥はて?」
透の質問に庄屋が首をかしげたその時、にゃあんと鳴き声がした。一斉にそちらに全員の視線が集まると、そこには猫が居た。尤もにゃんと鳴くのだから猫に決まっている、犬がにゃんと鳴いたらそれは恐い。さてこの猫は三毛猫で、のどの奥をごろごろ言わせながら長い尻尾を振って、しきりと庄屋の裾を引っかく。様子を見て庄屋はすぐに猫の言わんとするところを察したらしい。
「おお、腹が減ったか。よしよし、ばあさんはどこに行ったのかな‥‥」
「あのう、私が猫のお世話をしてもよろしいでしょうか」
おっとりと神楽が申し出ると庄屋は快く承諾してくれ、台所の土間の、一尺ほどもある大きな猫の餌鉢のところまで案内された。冷や飯に汁物の余りをかけてやって置いておけば勝手に食べるというのでその通りにすると、さっきまで庄屋の足下で騒いでいた猫が素早くこちらにやってきて、ねこまんまをはぐはぐと食べ始めた。
「可愛いですね」
鳴も一緒に食事風景をほほえましく眺める。やがて食事を終えた猫はせわしなげに身づくろいを始めた。
「ヒヨリさんは本当にせっかちですね。でも、女の子同士ですし、仲よくなれそうな気がします。ね、ヒヨリさん?」
すっかり友達気分の鳴に一瞥を投げるとヒヨリは足早にその場を去ろうとする。
「あら、ヒヨリさん、待ってください」
にこにこしながら鳴はヒヨリを追いかけ始める。小一時間おっとりと家中追い続けられて根負けしたヒヨリは、その晩、鳴と同じ布団で抱き枕にされた。
●けっこう毛だらけ猫灰だらけ
「これが伝承の数珠ですね。確かに古くて風格がありますね」
山本建一(ea3891)は、庄屋から受け取った件の数珠──菩提樹の実で出来た数珠を眺め、感嘆した。
「数珠繋ぎか‥‥順番関係があるのでしょうか?」
数珠を念入りに調べようとしているうち、はずみで糸が切れ、ばらばらと畳の上に数珠玉が散乱した。慌てて他の冒険者達が拾い集める。
「あれ? 切れちゃいましたね、あはは」
全く緊張感のない様子に、微妙に殺気めいた空気が漂ったが、
「ちょっと貸して下さい。‥‥大丈夫、これなら私でも直せます。誰か、糸を持っていませんか?」
木工の技術を多少心得ている御神楽が、透に渡された裁縫道具の中から糸を一本取って、器用に珠を繋いでゆく。それほど時をおかず、数珠玉は元のようにくるりと丸を描いた。
「本当は自分の数珠を作ってみたかったのですが、あいにくと実のなる時期ではないそうです。材料となる木のことはまだ勉強する余地がありますね」
笑いながら御神楽は言い、その手の数珠をリュドミーラが抱いている猫、カツオにかけた。長数珠なので二重巻きだ。時間をかけてようやく馴染んでくれたカツオをそっと畳に下ろすと、その場の人の多さを嫌ったのか、カツオは逃げるように走り出し、慌てて冒険者達は後を追った。だが猫は靴をはかない。人間達が履物の相手をしている間も止まらず走る。あっという間に見失ってしまった。
だがリュドミーラは気落ちすることなくきょろきょろ辺りを見回し、別の猫を発見した。アミだ。短い尻尾をぴんと立て、松の木の根元で爪を研いでいる彼女に、リュドミーラはオーラテレパスで語りかけた。
「こんにちは。カツオを見ませんでしたか?」
『あんた、じゃまにゃー』
「すみません。ではまたたびはいかがですか?」
『(くんくん)はにゃ〜ん』
隠し球、マタタビの枝を差し出すとたちまちくにゃんと酔っ払うアミ。
「あの、カツオは‥‥?」
『しあ〜わせ〜にゃ〜ん』
動物とは言語体系が違うのでオーラテレパスでもなかなか会話が成立するのは難しいのだが、さらに相手が酔っ払ってしまえば尚の事。困惑するリュドミーラ。
「なるほど、猫がねころぶ‥‥」
「駄洒落言ってる場合か。‥‥って、あれ、あそこに居る猫‥‥もしかしてカツオか?」
透に突っ込みを入れつつ天風が指差した、かなり先に白茶ぶちの猫が居た。首には茶色のものが二重に。
「間違いありませんね。微塵隠れで追います」
「ああ、頼む‥‥ってちょっと待て? 微塵隠れって」
天風が引きつった表情で振り返ると、既に透の両手は印を組み、詠唱が始まっていた。一斉に逃げる冒険者達。天風も背を向け逃げようとしたが、その時視界の片隅に未だマタタビの枝に絡み付いている雌猫が目に入った。猫の中にはマタタビに見向きもしないものもあるが、アミの場合はすこぶる効いたようで、目をとろんとさせたまま、口からよだれがつーっと一筋垂れていた。天風がアミを掴んで懐に抱え込んだのと、透の微塵隠れによる爆発とが、丁度同時だった──。
●まな板の上のコイ
一匹ずつ数珠かけの散歩を試していって、それぞれに池に落ちたり他所の猫とけんかをしてみたりといった小さな波乱はあったものの、以前に試した時の話と同じように、どの猫も最後には家に戻ってきてねこまんまを食べて寝る、といったパターンのくり返しだった。夜の散歩にも付き合ってみた。この時期夜はまだ寒く、防寒着類を持っていかなかったために散歩から帰り着いた時には鼻水を垂らしているといった者も見受けられたが、結局のところめぼしい月道の手がかりは得られなかった。
「初代猫も、話を聞く限りではコイと同じ三毛のオスだったようだな」
毬にじゃれ付いて遊んでいるコイを見ながら白河が言い、
「三毛猫のオスはとても珍しいものと言いますわ」
鳴がその雑学知識の一片を披露した。動物知識のある者がいればもっと穿った話も出たかもしれないが、それはさておき。白河はコイをひょいと抱き上げ、その顔をじーっと見る。
「それにしても金目銀目とは噂以上に綺麗な瞳だ‥‥凄いな、まるで吸い込まれそうだ」
コイの方もピンク色の鼻孔をひくつかせて白河の鼻先を嗅いだ。
「俺も初めて見たが、顔の黒い所に金の目があると本当に月のようだな」
「ふふ、猫の瞳には月が宿っているものですよ。ね、コイ?」
感心する天風に、コイの片目と同じ金色の双眸を持つリュドミーラが笑う。コイは答えず、目の前の鼻をかぷりと噛んだ。
「ははは、痛いなー」
「白河さん、血が出てます」
噛まれても笑顔の白河に一歩引く御神楽。透がコイに真顔で語りかける。
「鼻血がでたからはなじなさい」
「猫に駄洒落は通じないと思いますが」
リュドミーラが苦笑しつつ、コイを受け取り、他の猫のときと同様、数珠をかけようとしたが、子猫の首にはそれは緩すぎ、しゃらりと畳に落ちてしまった。コイも暴れて、畳の上に着地すると、今度は神楽にまとわりついてみいみいと鳴いた。
「おなかが減っているみたいですね」
「腹が減っては、か。なら、そちらが先か」
冒険者達はぞろぞろと台所に向かい、神楽はいつも通り猫の餌鉢に餌を盛り‥‥。
「変わった鉢ですね?」
コイの食事風景を見ながら何気なく言った山本の一言に、何人かが顔を見合わせた。武士の心得の中には審美眼というものもある。白河が薄汚れた鉢のふちを擦ると、磨き上げられた玉のように滑らかな、白っぽい表面が現れた。
「何か模様のようなものが‥‥?」
白河が目を細める。模様の幾つかは文字に見えた。
そしてその中に「月」「道」と読める物を見つけた時、冒険者達はこれが探していたものに違いない、と確信した。
●猫の寝言はニャー
庄屋の話ではその鉢もかつて猫と一緒にこの家にもたらされたものだと言う。毎日猫の餌やりをして目にしていたはずの神楽も、頭の中が猫で一杯で気付かなかったようだ。ギルドで調査すれば月道について何か分かるだろうと思われた。
今回、全員馬で移動できた為に移動の時間が減り、その分猫と戯れる余裕が出来た。
穏やかな昼下がり、長い縁側では人と猫が思い思いに和んでいた。
長老猫のイワシが丸くなって寝ているのをリュドミーラが優しくなでている。
透が鳴に
「こうやって二人でゆっくりするのも久しぶりです‥‥」
と、茶を片手に話している。茶請けの安倍川餅は透の手作りだ。
「今回は色々あったが、猫‥‥か。猫は良い、良いな。うん」
頷いている天風は微妙に傷だらけの人生を満喫中。傷だらけといえば白河も猫(主にコイ)に構いすぎて手足や顔に爪を砥いだ跡が残っていたが、それでも満面の笑みを浮かべているのが妖しげであった。
御神楽が腹を見せて寝こけている黒猫の肉球を楽しそうに触る。一瞬、猫が顔を顰めて。
『ごは〜ん』
「しゃべったっ!?」
猫耳、空耳。
猫が日向で見る夢は、京の夢大阪の夢、はたまたまだ見ぬ外国の、月道通った先の先。
共に伏し寝のひとびとの、夢はいくさか財宝か、はたまた恋の迷い道‥‥
そんな事、猫が知るわけも無い。