【黄泉の兵】亜麻色の髪の陰陽師

■ショートシナリオ


担当:蜆縮涼鼓丸

対応レベル:1〜3lv

難易度:やや難

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:03月22日〜03月27日

リプレイ公開日:2005年03月30日

●オープニング

 一つ立つ灯火の灯りだけが照らす、陰陽寮の一室。
 その薄闇の中で、奇妙な文様の描かれた占い板を前にして、静かに念じる男が一人。
 ややあってその瞳を静かに開けると、男は流れるように立ち上がって部屋の外へと歩み出る。
「どうされました?」
「ただ、よくなき卦が出ただけよ‥‥」
 男は廊下で待っていた配下のものと、陰陽寮の廊下を歩みながら、鋭く瞳を細めて答えを返した。
「よくなき卦で、ございますか?」
「昨今の妖どもの暴れよう‥‥江戸での月道探しに現を抜かしている場合ではないということかな。京都守護と検非違使に急ぎ通達せよ」
 ぱちりと扇子を閉じながら、ジャパンの精霊魔法技術を統べる陰陽寮の長、陰陽頭・安倍晴明は、矢継ぎ早に伝令に言伝を伝える。
「京都見廻組と新撰組、だけでは足りぬだろう。やはり‥‥」
 晴明は思案に暮れながらも、陰陽寮に残り資料を捜索すべく、書庫へと消えた。

「京の都の南に向かうこと」
 ‥‥それが、京都冒険者ギルドにて布告された依頼であった。
 その依頼人は陰陽寮、京都見廻組、新撰組と多岐に渡るが、全て、同じ場所に向かえとの内容は共通している。
「何でも、陰陽寮に託宣が下ったそうだ」
 そう告げるのは冒険者ギルドの係員。まだ開いても間もないギルドゆえ、一度にやってきた依頼を整理するのにてんてこ舞いという様相だった。
「陰陽寮の頭、安倍晴明様の占いによれば、南から災いと穢れがやって来るんだと。物騒な話だが、あのお方の話じゃあ、無碍に嘘とも思えねえし、京の南で怪骨やら死人憑きやら、妖怪が群れてやがったという噂も入ってきてる。
 ‥‥それに、京都見廻組や新撰組も動いてる。陰陽寮の力添えもあって出来たギルドとしちゃ、動かんわけにはいかんのよ‥‥ぜひ、力を貸してくれや?」

==========

「はじめまして、わたくし、陰陽寮の末席に身を置いております、きらら、と申します。お願いします、私をある村まで連れて行ってください」
 ギルドに現れた娘の年の頃は十五、六。白拍子の水干姿に立烏帽子、その烏帽子の上にまたさらに一枚、薄衣を被っていた。娘の白い手がはらりと薄衣を取り去ると、その下から現れた娘の髪は、黒ではなく、茶でなく、金でもなく。近いと言うならば茶であろう。だが茶と呼ぶにはあまりにも淡く、金と呼ぶには儚げで。
 亜麻色の髪の娘はまっすぐな長い髪を柔らかく揺らして頭を下げた。
「この度の、京の南で起きている騒ぎについてはお聞き及びかと思います。死人憑きや怪骨が途方もない数現れたとか、恐ろしい噂ばかりが耳に入って。幾つかの村は、もう跡形もなくなってしまったと言いますし‥‥」
 ふっと娘はうつむいた。淡い桜色の唇が歪み、震えるのが見える。だが娘はゆっくりと深呼吸をして、また気丈に顔を上げた。
「昨日、陰陽寮の前に、行き倒れの男がひとり、倒れておりました。手当てをして、かろうじて息は取り留めましたが傷だらけで、余程恐い目にあったらしく、ただぼうっとしているだけで言葉をしゃべることが出来ないのです。私も陰陽道の術者の端くれですから、その人に何があったのか知ろうと、術を使って『視』ました。視えたのは‥‥」

 ‥‥どこか、暗い、納屋のような場所。三人の子供が目の前にいる。
『危ないから、ここに隠れてるんだ。いいな、絶対に、何があってもここから出るなよ? 死人憑きに喰われてしまうぞ』
『おじちゃんは?』
『おじちゃんは助けを呼んでくる。すぐ戻ってくるからな、いいか? 俺が戻ってくるまで、みんな良い子にしてるんだぞ?』
 大声出しちゃ駄目だぞと言いながら戸を閉め、化け物が簡単に入れないように、近くに積んであった切り竹を、戸口の前に積み直す‥‥。

「『子供が助けを待ってる』‥‥だから、早く助けてあげたいんです。今ならきっとまだ間に合います。どうか、お力添えを。大きな桜の木がある村です‥‥今頃は蕾も膨らんで、もうじき花が咲くのに、こんなことになって。どうか、よろしくお願いします」

●今回の参加者

 ea5517 佐々宮 鈴奈(35歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 ea9276 綿津 零湖(31歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb0815 イェール・キャスター(25歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb1528 山本 佳澄(31歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb1535 ダリア・ヤヴァ(27歳・♀・ジプシー・シフール・ノルマン王国)
 eb1537 キク・アイレポーク(31歳・♂・クレリック・エルフ・イギリス王国)
 eb1574 緋月 飛鳥(30歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 eb1575 荒夜 狂魔(69歳・♂・忍者・人間・ジャパン)

●サポート参加者

笹林 銀(eb0378

●リプレイ本文

●〜乱〜
 村の入口で冒険者達は立ち止まった。
 真新しい死体を幾つも見かけた。それらはどす黒い血がこびりついていたり、目を見開いたまま転がっていたりした。佐々宮鈴奈(ea5517)はそっとその目へ手をやって瞼を閉じさせた。
「優先順位を間違えないように‥‥殲滅じゃなくて救出だということを。子供たちを、助けないと」
 山本佳澄(eb1528)の呟きは祈りにも似ていた。
 依頼人は惨状を目の当たりにしてただ立ち尽くしている。
「子供の救出か‥‥此れもまた試練。可能性の芽を摘ませる訳にも行かぬ。立ち止まっている暇は無いぞ」
 キク・アイレポーク(eb1537)の言葉に泣きそうな顔で頷き、陰陽師はまた冒険者と同じ速度で歩き始めた。
 村の様子を予め知っておこうと、ダリア・ヤヴァ(eb1535)は依頼人のきららに尋ねてみたが、陰陽師と言ってもまだ未熟な彼女が知ることが出来たのはごく断片的なことであり、それも一瞬垣間見たに過ぎず、村の地理、子供達がいる場所の手がかりなどは「わからない」と答えるのみであった。
「‥‥ごめんなさい」
 頭を下げるきららを綿津零湖(ea9276)がなだめる。
「判らなければしらみつぶしに探せばいいだけです。気に病まないで下さいね。それにしても、綺麗な髪‥‥光を背にすると天女様みたいですね。羨ましいわ」
「その髪には、何か訳が?」
 尋ねたのはキク。
「訳と言っても生まれつきのことですから。周りにはこんな色の髪の人間はいないし‥‥色々ありました」
 答えるきららの表情が、少し曇った。
「そんな暗い顔してちゃダメよ。元気出してね、きららちゃん」
 イェール・キャスター(eb0815)がきららの肩をぽんと叩いてウインクすると、きららも笑みを取り戻し、頷いて見せた。
 村に死人憑きの影は未だ見えなかった。それでも油断することなく冒険者達は進む。陽動班と救助班の二手に分かれての行動。それが冒険者達の今回の選択だった。
「渚、お願いしますよ」
 綿津が愛馬に声をかけると、渚はブルルと鼻を鳴らした。
「では、きららさんは私とキクさんとご一緒にお願いします」
 山本の言葉に、荒夜狂魔(eb1575)が意外そうな表情を浮かべる。
「キク君は僕とダリア君と陽動班だろう?」
「いや、私は救出班だが?」
 食い違う冒険者達の会話を聞き、依頼人は不安そうな表情を浮かべて、二人の顔をかわるがわる見た。

●〜戦〜
 陽動班は緋月飛鳥(eb1574)を先頭にそだ木などを集め、村の広場で火を焚いた。緋月がかちかちと何度か火打石を鳴らすと、やがて枯れ草に火がついた。木のはぜる音がぱちぱちと鳴り、煙が出る。ちなみに緋月はギルドで火打石を借りようとしたのだが、
「火打石も買われへんとは、はばかりさんどすなあ。他のもんはぎょうさんお持ちのようどすけど、あんたさん、道楽も大概にしたらええのんと違いますか」
 やんわりと嫌味を言われつつ火打石を貰い受けることとなった。
 焚き火をしているうち、煙を避けて上空を飛んでいたダリアが
「来よったで!」
 と叫んだ。
 春曇の空に舞い上がると、シフールはくるりと反転し、先手必勝とばかりに上空からサンレーザーを放った。まばゆい光は最短距離で死人憑きに直撃した。死人憑きは一瞬のけぞったが、わずかばかりの傷がついただけに留まる。
 次に飛び出したのは緋月だった。日本刀を構え、振り下ろすと見せかけ、フェイントをかけて横に薙いだ。手ごたえはあった。が、薄い。与えたのはかすり傷。変化をつけた分勢いが落ち、切っ先が浅くなったのだ。そして逆に死人憑きが伸ばした手をかわしきれずに傷を追う。死人憑きの目は既に白く濁っていたにも関らず、確かに緋月の顔を見ていた。
「さて、『絶望の闇』と謳われた僕を倒せるかな?」
 荒夜が鳴弦の弓に矢をつがえ、射る‥‥つもりが、矢は飛ぶことなくぽたりとその場に落ちた。弓を射るのは刀を振るのとは訳が違う。見よう見まねの技術ではとても戦闘など無理だった。
「京の都とやらに来て見れば、ヨウカイとか言うモンスターが跳梁跋扈している最中‥‥まあ、あたいとしては学者として色々見聞を広めることができるからいいんだけどね」
 軽口を叩きながらも紡ぎ上げた呪文でイェールは風の刃を送り出した。威力を落とした分完成度を上げた呪文は、的確に死人憑きの肉をえぐる。腐肉が一片削げ落ち、ぺたりと地に落ちた。
 緋月はもう一度、今度はフェイントではなく刀をまっすぐに振り下ろした。すんなりと刃は食い込み、今度は確かに傷を負わせたという感触があった。
 荒夜は矢を射るのを諦め、弓のもうひとつの使い方を試みる。
「援護します!」
 ビィィーン。
 弦の震える低い音が響くと、死人憑きの動きが緩慢になり‥‥そこへ後衛の二人の魔法使いがそれぞれの魔法を放ち、命中した。死人憑きに決定的なダメージを与えることはなくとも、確実に冒険者達は本来それが存在するべき場所──死の国へと、追い詰めつつあった。
 形勢が逆転したのは、もう一体の死人憑きが、呪文に集中していて無防備なイェールの背後から現れた時。荒夜が振り返った時にはイェールは頭から血を流して倒れていた。

●〜童〜
 村の中でも死体を見かけたが、埋葬まではできなかった。佐々宮と綿津の班、そしてきららと共にキク、山本が左右に目を走らせながら探して歩いた。
 手がかりが無い以上、片端から足で探すより他なかった。陽動班の焚いた火の煙、その周囲に時折光の線が走るのを見ながら、時が過ぎていく。綿津は馬上で一段高い場所からそれらしい納屋を探す。佐々宮は額の汗を手の甲で拭った。
 からり、と音がして、何気なく佐々宮がそちらを見ると、青竹が一本転がっていた。その先には立てかけられた無数の青竹があった。青竹の立て掛けられた場所は、納屋。佐々宮は迷い無く納屋に近づき声をかけた。
「そこに、誰かいる?」
 無言が帰ってくる。もう一度声をかける。
「誰も居ない?」
「‥‥いないよぉ」
 小さな声。見つけた安心と返答の可笑しさに頬が緩み、佐々宮と綿津は顔を見合わせた。
「おじちゃんに頼まれて助けに来たよ。ここは危険だから、速く出ておいで‥‥今、出してあげるからね」
 声をかけ、戸口の青竹を退かし、立て付けの悪い納屋の戸を蹴飛ばしながらようやく開けると、目線よりもずっと下にちんまりと不安そうな顔が三つ、こちらを見上げていた。おなかへった、という子供に佐々宮は持ち合わせの食べ物を手渡した。
 綿津が発見の合図に尺八を吹いた。渚の背に3人の子供を乗せ終わった頃、尺八を聞いたキクと山本、きららが合流した。さらにどこかで爆発音がして荒夜も姿を現す。
「強いねぇ‥‥君達は。何もなくて良かったよ。避難し終えたら太鼓を盛大に叩いて合図だね」
 子供達に向かい、笑顔を向ける荒夜。ちなみに荒夜は陽動班の前衛のはずだった。

●〜逃〜
 尺八の音が聞こえた途端、荒夜が微塵隠れで姿を消したため、残された陽動班の面々は戸惑いを通り越して顔面蒼白になっていた。
 イェールの傷は見た目ほどではなかったものの、前衛は緋月一人だけしか残っておらず、この状況で戦い続ける事はあまりにも無謀に思われた。撤退というよりは壊走に近い。
 尺八の聞こえた辺りへ走ると仲間達の姿も見え、陽動班は安堵を覚えたが、救出班のほうはそうはいかなかった。陽動班を追って二体の死人憑きがこちらまで来てしまったのだ。渚が甲高くいなないて後ろ足で立ち上がった。戦闘に慣れてない普通の馬が怪物に会った時の当然の反応だ。馬の背にしがみついた子供の一人が落ちた。そのまま踏まれそうになるのを、すんでのところで山本が救い出し、綿津は暴れる愛馬を宥めようと懸命に手綱を抑える。
 荒夜は鳴弦の弓の弦をもう一度かき鳴らしたが、何度も使ったためか、今度は効果を表さなかった。
 キクが一歩前に出た。
「来い、哀れで愚かな亡者達よ。私は母なる心持ちで父なる力を振るい、お前達に試練を与えよう」
 十字架のペンダントを片手で掲げ、一瞬キクを淡い黒の光が包むと、そこから黒の光は矢のように飛んで死人憑きを貫いた。既に十分傷ついていた死人憑きの片腕がごろりともげ落ちた。それでも死人憑きは逃げる事はしない。『死ぬ』まで生き物を襲い、その血肉を食らうために動き続ける。
「お願い、渚、落ち着いて!」
 必死に呼びかける綿津の言葉で、口の端から泡を吹いていた馬もようやく落ち着きを取り戻す。だがそれと同時に今までやっとしがみついていた子らは力尽き、手を離して次々に転落した。一人を佐々宮が抱き上げたところに、片腕の死人憑きが迫る。佐々宮は数珠を握り締めた。詠唱を始めるが、死人憑きの片腕が伸びる方が早い。その片腕が寸前、かろうじて届かなかったのは上空から伸びた魔法の陽光と、傷の痛みをこらえながら風の刃を繰り出したイェールのお陰だ。
 佐々宮を白い光が包み、ふわりと周囲に光が広がる。浄化の魔法は死人憑きにも効果を及ぼした。それがどうやら最後の一押しだったらしく──死人憑きはがくりと膝を突くと突っ伏し、そのまま光に飲まれるように消えた。
「早く! 逃げるんや! そっちとちゃう、こっちや。うち、上から見とったさかい、どう行ったら近いか分かってる。皆で一緒に、生きて帰るんや!」
 ダリアが叫んだ。はっと我に返った佐々宮は子供の手を引き、村の外を目指す。背後では緋月や山本が死人憑きを食い止めるための戦いを再開していた。

●〜花〜
 あと一体を冒険者達が倒すことは出来なかったが、目的は敵の殲滅ではなかったし、依頼人も救出した子供達も守ることが出来た。
 無傷の者はほとんどいなかったが、いずれも佐々宮のリカバーで治せる範疇であり、酷く重い怪我をした者もいなかった。僥倖と言えよう。
 もはや生きているものが存在しない村で、老いた桜の木が枝先に数輪、寂しく淡紅の花をつけているのを、振り返ったダリアだけが目にした。
 京への帰路、きららが、ふと空を見上げ、
「あとどれほど、こんなことが続くのでしょうか‥‥」
 誰にとも無く問うた。
 答えを知るのは南から吹く風のみ。未だ死臭は静まらない。