春雷の山

■ショートシナリオ


担当:蜆縮涼鼓丸

対応レベル:1〜3lv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月31日〜04月05日

リプレイ公開日:2005年04月08日

●オープニング

「いやぁ、あの綺麗だった事と言ったら。見たところは普通の小汚い石なんですが、一皮剥けば青いような紫のような、なんともいえない上品な色の肌が出てくる。ちょうど流れる雲をそのまま写し取ったような、そんな模様が一面浮かんでいるんです。揺らして見ると、中に水が入っていて、波がゆらゆら揺れてるのが透けて見えて、それがもうなんとも不思議でねえ。あたしは美濃屋さんに一度見せてもらったあのときから、もう、欲しくて欲しくてたまらないんです。ねえ、お分かりでしょう、この気持ち?」
「あー、分かりやす、分かりやすからそう顔を近づけないでおくんなせえ‥‥」
 口調ばかりでなく態度もなんだかちょっとばかりなよなよした、どこぞの道楽息子の若旦那が今回の依頼人。ギルドの係員は詰め寄る若旦那からやっと逃れ、冷や汗を拭った。
「雷卵石って言うものなんだそうですけどね。美濃屋さんのお話ではね、その山に雷鳥という生き物がいて、
卵を岩の間に産むのが、うまく生まれないでそのまま石になっちまうと、その雷卵石になるそうなんですよ」
「雷鳥? そんな生き物は聞いた事が無いが‥‥」
「ああ‥‥切ない。あたしはね、とっても切ないんです。あの石の事を思うだけで、こう胸がキュンと、切なくなるんです。これって、恋わずらいなんでしょうか。どうなんでしょう? 恋なんですか、ねえ?」
「いやそんな事聞かれても」
 手ぬぐいの端を噛みながら潤んだ目をして、掴みかからんばかりの若旦那に、思わずたじろぐ係員。
「是が非でも手に入れて欲しいんですよ。 そんなに深い山じゃないけど、獣なんかも出るでしょうし、もしその、雷鳥、なんてのが現れでもしたら、あたしなんかひとたまりもありません、たちまち喰われちまいます。どうかお願いします、お金に糸目はつけません、あたしの、あたしだけの雷卵石を‥‥!」
 ちょっと血走った若旦那の目を見て、いや、アンタだけは何が出たって絶対に食べられる心配はないから、アンタなんか食べたら絶対腹を壊すよ‥‥と笑顔の下で思う係員であった。

●今回の参加者

 ea3202 マリア・アルカード(29歳・♀・ナイト・人間・インドゥーラ国)
 ea3586 バルムンク・ゲッタートーア(35歳・♂・ウィザード・ドワーフ・ビザンチン帝国)
 eb0958 アゴニー・ソレンス(32歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・イスパニア王国)
 eb1817 山城 美雪(31歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●『夢』
「そういえば、お前達に夢はあるか?」
 焚き火を囲みながら食事をしている時、ふいとマリア・アルカード(ea3202)が尋ねた。彼女の青と金の二色の瞳を配した褐色の肌は、非常にエキゾチックな印象を与える。
「ボクの夢はパラディンになることだ。ボクの国ではこのジャパン以上に厳しい身分の差があって、ボクは奴隷階級に生まれたから‥‥故郷の身分が関係ないここで侍になって、それから何時の日か、ボクはパラディンになる」
 魂は既に蒼い海原を駆け抜けているかのように、どこか遠くを見ながら彼女は語った。
「わしゃ魔法剣をこの手で鍛えるのが夢じゃな。ノルマンにはアレキサンドロ・マシュウという有名な鍛冶師がおる。ブレーメンシリーズといえば武芸者達がよだれを出して欲しがる代物じゃ。わしもあんな名剣、もっと言えば伝説に残るような魔法剣をこの手で鍛えたいと思っておる。そのために錬金術やら精霊碑文学やら、学んでおるところじゃ。雅な都会人をやっておっては、ドワーフとても山暮らしの勘は養えぬ、今回は色々と楽しみにしておるよ」
 バルムンク・ゲッタートーア(ea3586)が髭をなでながら言うと、アゴニー・ソレンス(eb0958)は同好の士を見つけた嬉しさに目を細めた。
「これは奇遇ですね。私も刀鍛冶を生業にしているんです。ジャパンには独特の技術があります‥‥例えばほら、この槍『山城国金房』。隅々まで神経の行き届いた作りで、真似をしようったってなかなか出来るものじゃない。この槍に出会えただけでもイスパニアからわざわざ勉強に来た甲斐があったというものですよ」
 三人の目が残る一人、山城美雪(eb1817)に向けられる。だが山城はそっぽを向き、話に加わろうとする態度を見せない。
「いや、別に無理にとは言わんのじゃが、仲間の人となりを理解する事は決して邪魔にはならんと思うがの。それとも、年寄りのお節介かのう?」
 苦笑しながらバルムンクは言うが、
「邪魔にはならないでしょうが意義があるとも思いません。私にとって初依頼ですし、なんだか嘘か本当かは存じませんが依頼人の方が満足されればよいと、それだけのことです。明日も山道ですから、先に休みます」
 冷たく言い放って山城は外套にくるまり地面に転がった。
 今回のメンバーの中にテントを用意しているものは居らず、せいぜい寝袋を用意した者が居るくらい。それでも気候の良い時期になってきていたので、凍死の心配だけはしないでも済んだ。だが外套のみではやはり寒かったらしく、翌朝、山城はくしゃみと鼻水に悩まされた。
「ずっと考えてたんですけど」
 野営をたたみ、歩きはじめてからアゴニーが言った。
「バルムンクさんはどう思われますか? 縞があって、中に水の入った石の事」
「縞、と言えばすぐ思いつくのは瑪瑙じゃが」
「ええ。自分もそれを考えました。瑪瑙の中には水入り瑪瑙というものがあるんです。もしかしたらそれかもしれません」
「では、雷鳥とやらと手合わせすることは無いのですね」
 鼻声の山城に、いいや、とマリアがかぶりを振った。
「これだけ人里離れた山だ、何が居るとしても不思議は無いだろう」
 言いながらもマリアの顔は笑っている。それはむしろ、自分の力を試すいい機会だ、という期待と、自分に試すに値するだけの技量がある事を確信しての笑みだった。
「けれど、正直相手の力量がわからないのに迂闊に攻撃するのは愚に過ぎます。闘いは避ける方が妥当でしょう」
「そうですね‥‥どうでしょう、大きい声を掛け合って獣除けにしてみると言うのは?」
 山城の突き放した物言いをとりなすようにアゴニーが出した提案は、特に反対も無く受け入れられた。
「しまった、こんなことなら法螺貝も持ってくるのじゃった」
 山登りのために厳選した幾つかの装備のみしか持ってこなかったバルムンクが呟くが、これはまあ仕方が無い。
 提案に従い、時々大声を出しながら猟師道か獣道か分からないような細い山道を歩いてゆくと、そのうち沢の流れる音が聞こえてきた。さらさらと水の流れる音は耳に心地よく、誰とも無く沢に出たら休憩しようと言う話になるのも道理であった。

●『水』
 細く絡まった木々を掻き分けて、音のほうに進むとぱっと視界が開け、清涼な風が吹いた。1mばかり崖になっている箇所を気を付けながら下り、冒険者達は飛沫の届く位置に立ち、あるいはごろごろした岩に腰掛けて汗を拭った。
 マリアは荷の中からごそごそと釣り道具を出した。
「ほう、釣りかの」
「水辺の知識にはちょっと自信があるからな」
 そう言って釣り糸を垂らすが、待てど暮らせど魚がかかる気配は無い。
「‥‥変だな。こういう場所なら必ず魚がいるはずなのに」
 マリアの言うとおり、澄み切った清流の流れには時折魚影がよぎり、時にはきらきら光る川面の上にぱしゃりと跳ねた。だが釣りというものはただ針をつけた糸を垂らせば釣れるというものではなく、海と淡水、また同じ淡水でも池沼と清流では餌も仕掛けも違う。釣りの心得がある者、例えば漁師などはその辺りを熟知して天気などによっても釣り方を変えるが、あいにくマリアにそのような知識は無かった。蛤でハンバーグを作ろうとする試みにも似て、どちらかというと適切なやり方ではなかったようだ。
 バルムンクはその間、清流に入って自作の磁石で砂鉄集めを試みていた。こちらもはかどらず、そのうちうっかり手が滑り水の中に磁石が落ちた。重さのあるもので流れる心配はないが、少し深い場所に落ちたらしい。目を凝らすとせせらぎの中に落ちた磁石が流水にさらされているのを見ることができた。
「誰か、金属の長いもの‥‥刀か何かを持っておらんかの?」
「ロングソードで良ければ有るが、何に使うのだ?」
「貸してくれればすぐに解るて。ちょっくら見ておれよ」
 マリアから借りたロングソードを水中の磁石に触れさせる。しかし磁石は鉄に触れてもその特性を発揮せず、水中に他の石と同じように転がったまま動かなかった。
「はて?」
 首をひねりながら何度も試したが、結果は同じだった。バルムンクは仕方なくあきらめてマリアにロングソードを返す。錬金術も鍛冶もまだ駆け出しの腕前では、長い間磁力を保っていられる磁石は難しいのかもしれない。
 また、バルムンクはもう一つ、杖や剣に精霊碑文学の技術を生かし、ルーンを刻むことで能力向上が図れないか試すつもりでいたが、細工道具の類は手元に無かった為、結局何も出来ないままに終わった。

●『卵』
 アゴニーは一人、沢から離れて散策していた。沢に近づかなかったのはハーフエルフの狂化の特性を避けるためもあったかもしれない。
 崖の断層が露出している部分を注意深く調べているうち、やがて、黒い地層の中に白っぽい部分を見つけた。
「何をしているのですか?」
 集中を遮られてぎょっと振り返ると、山城が不審そうにこちらを見ている。
「ああ、いえ、別に怪しい事をしていたわけでは」
 後ろ暗い事は一切無いにも関らず、そういう目で見られるとなんだかどぎまぎしてしまう。一度深呼吸して落ち着くと、アゴニーは見つけたものの説明を試みた。
「ほら、白っぽい石がいくつもあるでしょう? これが瑪瑙です。火打石として使われることもあるんですよ。きっとこの辺りは瑪瑙脈になっているんですね、越後屋でスコップでも買ってきていれば取り放題だったかもしれませんが‥‥とりあえず、マリアさんの金棒で岩を砕いたら、件の『雷卵石』ももしかしたら見つかるかもしれませんね」
「なら、呼んで来ましょう。丁度釣りも一段落したようですし」
 山城がマリアを呼びに沢へ向かう。戻ってきた時にはマリアだけでなく、手が空いて暇をもてあましたバルムンクも一緒だった。今山城に説明した事をもう一度繰り返し、理解したマリアに岩を砕いてもらうことになった。岩とはいえ案外に脆く、何回も殴りつける事で、大きな黒い岩塊を幾つか落とすことに成功した。その岩塊をさらに砕くと、中から白っぽい、瑪瑙と思われる石が出てきた。が、いずれも金棒の衝撃で割れてしまっている。次の一つは前のものより慎重に砕いたが、やはりどうしても割れたり欠けたりしてしまう。大きさも小さく、水が入っている様子もない。
 アゴニーはぽりぽりと頭をかいた。
「ナイフでもあれば‥‥」
 そのアゴニーの目の前に一本のナイフが差し出された。
「使われますか?」
 山城が自分の持ち物を差し出したのだった。
「‥‥ありがとう」
 アゴニーはナイフを受け取り、山城に頭を下げた。
 一時間以上もかかったが、大小さまざまな瑪瑙が岩の中から出てきた。磨いていないので、割れたり欠けたりしたもの以外は独特の模様が見えない。アゴニーが最後の一つを岩から切り離した時、僅かに音を聞いたような気がした。耳元でもう一度石を振ってみるが、せせらぎの音に邪魔されて今ひとつ判別が付かない。マリアやバルムンク達も次々に耳元で振ってみたものの、聞こえるような聞こえないような、といった程度。
 アゴニーは再び、今度は目を閉じて耳を澄ませた。精神を集中させて、ゆっくり、石を振る。
 ‥‥ぴちゃ。
 本当に小さな音だが、水音が確かに聞こえた。

●『獣』
 登りと下りでは登りの方が重労働のように思える。
 だがそうでもない、ということを冒険者達は身をもって感じていた。一つには疲れが足に来て、ともすると転んだり滑ったりしそうになること。また下りの勾配のせいで知らずペースが速くなってしまうこと。
 特に隊列を組んでいたわけでもなかったため、体力の少ない術士系の二人とそうでない二人との間にはいつのまにか差が開いてしまっていた。
「待ってくれんかのう‥‥」
 バルムンクの疲労困憊した声に初めて前を歩いていた二人が振り向いた。そして、山道でへたり込んでしまったバルムンクと山城のもとへ、のろのろと戻る。合流して初めて、バルムンクよりも大きな生き物がそこに居たのに気が付いた。
 熊だった。
 それはバルムンクの荷物をふんふんと嗅いでいた。保存食の匂いでもしたのだろうか。
 疲労のために、声を掛け合うことすら忘れていた事に後悔を覚えるアゴニーだったが、この状況をどう切り抜けるかを今は先に考えなくてはならない。4人しか居ない、しかも疲れきったこの状況で、戦って勝てるものだろうか? アゴニーのなけなしのモンスター知識を総動員してみたが、どう考えても勝てるとは思えなかった。
 アゴニーは、ぱた、とその場に倒れた。
「‥‥な、どうしたのだ?!」
 マリアが驚いて声をかけた。アゴニーは薄目を開けてぼそぼそとしゃべる。
「死、ん、だ、振、り‥‥」
 熊は、うおうー、とでも言うような声を上げて立ち上がった。赤い口の中に白い牙が覗いた。そしてまた四足に戻ると、のしのしとアゴニーに近づき、かぷりとその腕に噛み付いた。強い力ではなく、相手が生きているのか死んでいるのか確かめるためのようだった。アゴニーは悲鳴を上げなかった。熊は口をアゴニーの腕から離すと、急にそのまま座り込んで動かなくなった。恐る恐る、アゴニーは目を開けてみる。
 熊は眠っていた。
「魔法が上手く効いて良かったです。今のうちに逃げましょう」
 山城が冷静に言った。

●『帰』
 若旦那に雷卵石を渡すと子供のようにはしゃいで喜んだ。他の瑪瑙も全て引き取り、冒険者達には報酬の割り増しが与えられた。瑪瑙の中にマリアが釣りをしている時に拾った貝殻や石も混ざっていたのはご愛嬌というものだろう。