【天国と地獄】 カステラ一番・初夏の陣

■ショートシナリオ


担当:蜆縮涼鼓丸

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 8 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:05月05日〜05月10日

リプレイ公開日:2005年05月14日

●オープニング

 江戸より少しばかり離れたとある河原に、野良鶏の一団が住みついていた。それはもう一国一城のあるじという構えを見せ、時折卵を盗みに来る不心得者などあれば、容赦なく正義の鉄槌ならぬ鉄嘴をもってぐっさぐっさと突付き出す。
 しかるに、世の中には鳥の身では荷が重いということも、ある。
 それは春の日差しの心地よいある日のこと。
『殿ー! 鶏冠守様、一大事でございます!』
『何事じゃ、騒々しい』
 花咲き乱れる草原で、優雅に昼餉(ミミズとも言う)をついばんでいた御大将、丹羽鶏冠守翼(にわとさかのかみたすく)──彼こそは立派な鶏冠と一族で最も美しい尾羽の持ち主であり、ひよこ達でさえ名君と慕う城主である──は、慌しく駆け込んできた部下を見やった。部下はぜいぜいと息を切らし、目は血走り羽根は乱れている。
『一体どうしたのだ、その有様は』
『妖しげな蝶めらが、わらわらと陣に入り込み、手に負えませぬ!』
『蝶とな? 虫けら如き、蹴散らしてやればよいではないか』
『それが、面妖な蝶にて、追えば逃げ、近づけば妖しげな粉を撒き散らし、吸い込むとたちまち息が詰まり申す。既に手練れの者が数名、痛手を受けましてござる』
『何? ならば、このわし自ら退治てくれよう。』
 御大将自ら、すっくと立ち上がり、大きく二、三度羽ばたいて、こけこっこうと一声。雷のような声を上げた後、のしりのしりと彼の蝶のほうへ歩みだした。
 そして半刻もたたないうちに、御大将、夫人の介抱を受けるはめになりましたとさ。

「‥‥で、蝶がどうしたって?」
 ギルドの出っ歯の係員は相手に向かい、小馬鹿にしたように尋ねた。
「だから、毒蝶が出たせいで鶏が卵を産まなくなって、困っておるのだ、拙者の知り合いが」
 一見侍に見える金髪碧眼の男が決まり悪そうな顔で答えた。
「なら最初っからそう言いやがれってんだ。ジョージよぉ、どうもお前の言うことは筋が通らなくっていけねえ。大体な、蝶が飛んでて鶏が卵を産まないからどうにかしてくれって、そんな物言いで通用するわきゃねえんだ」
 ふん、と鼻を鳴らして係員は筆をとると、さらさらと依頼書をしたためた。ジョージは改めて依頼内容を係員に、今度は順序良く告げる。
「依頼人はマリアンヌ殿という江戸近郊に住んでいる菓子職人でござる。近くの河原に住み着いている野良鶏の卵でかすていらを作り、売っておる方でな。平生は拙者が卵拾いやら、こまごまとした用事を言い付かって駄賃を頂戴しておるのだが、此度の蝶、10匹ばかりもふよふよと飛んでおるので、これはきちんとギルドに依頼を出した方が良かろうという話になり申した。蝶については存知の冒険者も多かろう故、拙者が語ることもあるまいが、要するに羽根の毒さえ吸い込まぬようにすれば何ということもない只の蝶。藁一本の火種の如く、ないがしろにすれば危うく、重大に構え過ぎては肩が凝ると言った所か。報酬額は余り多くは出せぬが、その代わり、自家製のかすていらを振舞う、との事でござる。拙者、店売りのかすていらは高値過ぎて手が出せぬゆえ食べ比べたことはないが、おそらくは味で引けを取ることはあるまいと思う。ふんわりとした黄金色の端の少し焦げたところなど、香ばしくほろ苦く、まさに絶品でござるよ」
 ギルドの係員も思わず手を止め、ごくりと生唾を飲み込んだ。

●今回の参加者

 ea0109 湯田 鎖雷(36歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea1959 朋月 雪兎(32歳・♀・忍者・パラ・ジャパン)
 ea3558 緋村 新之助(30歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea8562 風森 充(32歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb0938 ヘリオス・ブラックマン(33歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb1174 ロサ・アルバラード(27歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・イスパニア王国)
 eb2126 鷹月 澪(38歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb2251 天楼 静香(32歳・♀・忍者・人間・ジャパン)

●サポート参加者

アーウィン・ラグレス(ea0780)/ アルル・プロト(ea3560

●リプレイ本文

●油断大敵
「毒蝶退治か‥‥簡単そうな依頼だが初依頼ならこんなものか」
 河原への道すがら、あっさりと言ってのける天楼静香(eb2251)に、同行していたジョージは驚いた様子で、
「大したものでござるなあ。拙者が初めて闘いの場に赴いたときなど、手がぶるぶると震えて止まらなかったでござる」
 と目を丸くした。
「ボクは‥‥毒蝶とはいえ、生きているモノを倒すのは気が滅入るな。が、これも仕事だ」
 鷹月澪(eb2126)は恐れを知らない風情の天楼とは対照的に、伏目がちに呟く。少し眠そうにも見えるのは、蝶退治という事で朝早い時間に行動しているせいもあるかもしれない。青と紫の色違いの目は少し充血してしばしばと瞬いていた。
 すでに夜は明けて、空気はひんやり冷たくとも視界を確保できる程度には十分明るい。そもそもカンテラの類を持っている人間がいないので、どんなに早くとも夜が明けるまで行動が出来ない。夜目が効くものも冒険者の中には居たが、鳥を移動させたりの手間まで考えれば、やはり明るくなってからの方が有利であったろう。
 河原のすぐ側までやってくると、湯田鎖雷(ea0109)は愛馬めひひひひんを立ち木に繋ぐ。そして馬の背から朋月雪兎(ea1959)が下りるのを手伝った。送迎は筋金が十本ほど入った方向音痴の彼女に対する配慮であった。
「‥‥ん、前より少し重くなったか?」
「鎖雷さんのバカァ〜〜!」
「痛たっ、後頭部の髪は引っぱるな!」
 乙女には言ってはならないこともある。
手入れする者も無い河原は、足下に蛇がいても気づかないのではないかというほどに草がぼうぼうと茂っていた。冒険者達は二手に分かれ、行動を開始する。即ち、鶏たちを眠らせて安全な場所に移動するものと、毒蝶退治の班と。
 特に毒蝶退治の面々はそれぞれ手ぬぐいなどで口や鼻を覆うなど、その鱗粉を吸い込まないよう策を講じていた。
 風森充(ea8562)は先程ジョージに教えて貰った毒蝶の姿を口の中で呟く。アゲハチョウ、モンシロチョウ、シジミチョウ‥‥そんな普通の蝶たちのどれ一つにも似ていない、まるで針金細工のように繊細な光沢を持った美しい蝶だという。
 湯田が風読みを行い、風上へ全員が移動してから朋月が春花の術を使った。柔らかに薫る魔香は朝食に勤しむ鶏たちを包み、親鳥は白い体、ひよこ達は黄色いふわふわの身体を、それぞれ毬のように丸めて目を閉じた。二人はそのまま、眠っている鶏たちを起こさぬように移送する作業に入る。
 ヘリオス・ブラックマン(eb0938)、ロサ・アルバラード(eb1174)など、毒蝶班には目の良い者が多かった。気温が低いうちは変温動物の動きは鈍い──蝶もまた、然り。雑草に止まり羽根を広げる妖しい蝶を見つけるのは造作も無かった。

●蝶々発止
 緋村新之助(ea3558)はそっと鶏の一羽を抱きかかえ、そろりそろりと移動する。疾走の術と湖心の術を使っている風森などに比べればあまり軽快とは言えないが、鶏が目を覚ます様子はない。湯田、朋月も同様に鶏運びに力を注いだ。運び終わった鶏たちを一箇所に集め、元居た場所ごとに何個かの集団に分けた。ついでに新鮮な卵も少しばかり失敬した。そのまま、蛇などに襲われぬよう、地面に腰を落ち着け、見守る。
 一方蝶退治の冒険者達の方も着実に仕事をこなしていった。
 高槻は他の仲間にテレパシーで
『毒々しい蝶を見かけたら知らせて欲しい‥‥燐粉を撒き散らさないためにもあまり派手な行動は控えて‥‥』
 と伝えてあった。初級であるためMP消費こそ少ないが、一度に一人としか会話が出来ず、何回もかけなおさないといけないのが不便ではあった。自分の位置が他の冒険者達に分かるように、小石をまきながら動く。
 視界に蝶を捕らえた風森が、素早く鷹月の元に行き、小声で蝶の居場所を知らせると、鷹月は頷き、詠唱を始めた。
 朝日の熱を得ようと羽根を広げている蝶を、光る矢が貫いた。反動で蝶は飛び上がるが、ダメージもあってその飛び方は早くも高くもない。風森が大き目の布袋を取り出し、さっと蝶の上からそれを被せた。そのまま足で踏み潰す。何回か踏みつけると、布の表面に虫の体液が染み出してきた。まずは一匹目。
 ヘリオスもじっと目を凝らし、蝶を見つけた。
「毒蝶発見!!逃がしません!!」
風上から近寄り、ロングソードを振るう。蝶が飛び立とうとした瞬間、刀の切っ先が蝶の片羽根を切り落とした。地に落ちてなお片羽根をバタつかせる蝶に、止めの一太刀を食らわせる。
「美味しいカステラ‥‥(ごくり)。‥‥卵、もとい、鶏さんの為に、この闘いは負けられません!」
 
 少し離れた場所で、ロサは赤い髪をかき上げながら左右に目を走らせる。視界の端に、僅かだが銀色の反射を認めた彼女は、すぐに鳴弦の弓に矢をつがえ、狙いを定めた。遠距離からの攻撃は射手の最も得意とするところだ。そして彼女は腕の確かな射手であった。放たれた矢はあやまたずに蝶を貫いた。衝撃で羽根の半分が砕け、蝶はなけなしの生にすがりつき、懸命に羽ばたく。その生を、もう一筋の軌跡が撃ち抜いた。
 ロサは近づいて蝶の死骸を確かめた。そして、その場に刺さった二本の矢を抜く。そのまま、急にがくりと膝をついた。胸を押さえ、咳き込む。
 首を曲げて見上げると、蝶が優雅に飛んでいた。ロサは遠距離攻撃だけで通すつもりだったので口元を布で覆うなどはしていなかった。ある意味迂闊とも言えた。蝶が飛び回り、羽根を動かすたびに息苦しさが増していくような気がした。十分に温まったのか、飛ぶ蝶の数は一匹、二匹と徐々に増えていった。
 天楼が駆けつけ、忍者刀が閃いて蝶の一つを傷つけた。蝶にとってはその一振りで重傷となる。他の仲間もこちらに気づき、走り寄る。すぐに飛ぶ蝶は駆逐された。
 ロサは仲間に助け起こされ、やっと落ち着きを取り戻した。ハーフエルフの細身の身体は人間に比べてやや抵抗力が低いきらいがあるが、鱗粉を吸い込んだのはそれほど大量ではなかったため、事なきを得た。
 もう河原に飛ぶ蝶は一匹もいなかった。
 蝶の死骸は鱗粉を飛ばさぬよう、集めて油をかけて燃やされた。
 残ったのは灰のみ。もう河原に飛ぶ蝶は一匹もいなかった。
 尤も、冒険者の一人としてまだ生きている蝶がいるかどうか、最後に確認しようというものは居なかったのだが。

●胡蝶之夢
 眠っている鶏たちを、そっと蝶のいない河原に運ぶ。それは想像以上に順調に進んだ。
 そっと立ち去ろう、とした時に。
 ココ、という声が聞こえた。何かが鶏の目を覚ましてしまったらしい。
 冒険者達は慌てながらもそっと、立ち去った。‥‥一人を除いて。

 天楼は一人、初めての戦いで勝利した喜びを噛み締め、他の冒険者達が既にその場にいないのにも気づかずに、ぼんやりと川縁に佇んでいた。たださらさらと河の流れる音だけが聞こえ、夕風は戦闘で高まったほとぼりを冷ますように優しく吹きすぎてゆく。
 ふと天楼の耳に風の音ではない、ざわ、と茂みを揺らす音が届き、はっと振り返った。そこには。
 一羽の鶏が顔を出していた。こ、こ、こ、と鳴きながら一歩一歩、ゆったりと天楼に近づいてくる。何度も天楼に向かって頭を下げて見せるその様子は、天楼にはあたかもまるで鶏が礼を言いに来たかのように見えた。
 天楼は思わず目を細めて膝をつき、鶏に向かって手を差し伸べた。
 鶏は天楼の側まで来ると──その手にガシッと嘴を突きたてた。
「痛いッ!」
 悲鳴を上げ、手を引っ込める。コケーッと甲高い声を上げて、鶏は‥‥いや、鶏たちは。天楼の周りをいつのまにか取り囲み、既に総身の羽毛を逆立てて、臨戦態勢に入っていた──。

●滋養菓子
「遅いでござるなあ、天楼殿は‥‥もしや先に帰られたのでござろうか」
 その頃、菓子職人マリアンヌ夫人の住居兼菓子工房に集合した冒険者達は、何時まで経ってもやってこない一人の惨状などつゆ知らず、すっぱりとあきらめていた。目の前に焼きあがったばかりのカステラが並べられたせいである。新鮮な卵をふんだんに使ってしっとりと焼きあげられた黄金の色と、湯気の先までにおい立つ甘い香りに、耐えられる者など居なかった。
「こんな美味しいもの、食べないなんて勿体無いのに‥‥う〜ん、ほんのり甘くてなんて美味しいんだ」
 緋村は至福の表情でカステラを食べながらも、それとは別に力を借りた友人の分も取り分け、土産の包みをこしらえていた。鷹月もまたカステラの柔らかな歯ごたえを堪能しながら微笑する。
「蝶を退治しただけでこんな美味しいかすていらを頂けるとは‥‥甘いものもたまには良いな」
「しただけ、なんていってもそれなりに大変だったけどね。はぁ〜、カステラも美味しいけど、あんなににわとりさんがいるんだったら、鶏ご飯も食べたくなるなぁ〜」
「‥‥太るぞ。‥‥っ痛たたた、だから後頭部はっ!」
 乙女には言ってはいけないことも(略)。
「この遠いジャパンでカステラ食べられるとは思ってなかったわ〜♪ と言っても、イスパニアのカステラとはなんか違うわね。美味しいなら何でもいいけど!」
 多少騒々しくロサもカステラを口にする。
『あら、あなたもイスパニアの方なの?』
 冒険者達にお茶を注いでいたマリアンヌ夫人が表情をほころばせた。
『同胞に会うのは久しぶりだわ‥‥故郷の味はいかがかしら? とは言っても、ビスコチョやパン・デ・ローは地域で色々と違うものだし、この『カステラ』もあなたのお国の味とは違うでしょうけれど』
『ありがとう。とても美味しいわ。それにしても日本茶とカステラって、合うわね〜』
 スペイン語でのやり取りは、その言葉を知らない仲間達には意味は分からずとも、二人の表情が通訳の役目を果たしていた。
「ああ、マリアンヌさん、もし良ければかすていらの切り落としが欲しいのだが」
「構いませんよ、是非どうぞ」
 湯田の頼みにマリアンヌ夫人は快く応じてくれ、紙箱に切り落としをたくさん詰めてくれた。
「ほほう、流石にカステラ好きだ、湯田殿はお目が高い。やはり切り落としがなんと言っても一番香ばしくてよいからなあ」
 すかさず言ったジョージの言葉に、既に皿の上を空にしていた冒険者達がくる〜りと揃って振り返った。
「独り占めはずるいよねっ」
 笑顔の朋月を筆頭に無数の手が湯田の手の箱に伸びる、伸びる。
「っと待て、これはっ! ‥‥俺も食べるっ!!」
 あっという間に無くなりそうなのを見、慌てて湯田も手を伸ばす。
 一層こんがりとした風味の豊かな切り落とし、仕事の後ということもありひとしおの美味さだったと言う。