【天国と地獄】 風も薫るや柏餅

■ショートシナリオ


担当:蜆縮涼鼓丸

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや易

成功報酬:1 G 8 C

参加人数:8人

サポート参加人数:6人

冒険期間:05月08日〜05月13日

リプレイ公開日:2005年05月16日

●オープニング

 四季の移り変わりというものは美しい。春には春の、秋には秋の美しさがあり、同じ春でも弥生には弥生、皐月には皐月の輝きがあり、それらはそれぞれが異なっていながら、同時に等しく素晴らしい。
 桜ももはや葉桜に変わり、入れ代わりにつつじやしゃくなげが威勢良く咲き出して、山の新緑と相まっていかにも春という色合いを見せている。
 五月の行事で端午の節句というものがある。もともとは華国の慣わしであったものを、奈良の都の昔ごろから主に武士のあいだで、男子の成長を祝い、家の繁栄を願う行事としてこの国に取り入れられたものだ。何かと祭りの好きな江戸っ子のことだから、この頃は町の者でも節句の祝いをするものが多い。武者人形を飾ったりはしなくとも、滝を登り竜に変ずると言ういわれのある鯉ののぼりを立てて立身出世を願ったり、家が続く様に願いを込めて柏餅を口にしたりする。
 で、だ。
 江戸の片隅に『いちょうや』という店がある。長吉とお波の若夫婦二人で、初めは小間物の商いをしていたものの、あるとき味噌を塗って焼いた煎餅をおまけとしてつけたらこれが評判になり、いつのまにか煎餅の店になってしまった。お波のほうは少々だまされやすいところはあるものの、頭の回転は早いほうで、この五月の節句に『みそあんのかしわもちはいかがですか〜』と売って回ったところが、これがまた良く売れた。

「売れたのはいいんですけどぅ〜」
 もじもじと上目遣いでお波が言う。
「なにしろ、食べ物で商売をするのってはじめてなんですぅ。材料、ちょぉーっとだけ、買いすぎちゃって〜」
「ちょぉーっと、と言うと?」
 ギルドの係員が尋ねると、お波はてへっ、と笑って小首をかしげ、
「200個分、くらいカナ?」
「カナ、じゃねーだろそれは‥‥と、失礼」
 依頼人にうっかり普通に突っ込んでしまい、係員、こほんと咳払いを一つ。もっとも依頼人の方は気にしている様子は、ない。
「そういうワケなので〜、どーしよーかなーって思って、頼みにきましたぁ。一応、今度神社の市で売ることになってるんですけどぉ、その日って私、ちょっと用事があるんですよね。なのでぇ、作るののお手伝いとぉ、売り子、お願いできますぅ〜? 安売りとかしちゃってもいいですしぃ。捨てるよりはいいのでぇ〜♪」
 ギルドの係員はこめかみで何かをぴくぴくさせながら笑顔を浮かべ、
「てぇなワケでやんす、菓子作りに興味がお有りの方、菓子が好きな方、物売りの得意な方、一つお力添えを」
 ‥‥顔が恐かった。

●今回の参加者

 ea0574 天 涼春(35歳・♂・僧侶・人間・華仙教大国)
 ea5879 紫 霄花(24歳・♀・僧侶・シフール・華仙教大国)
 ea6872 冴刃 歌響(39歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea7865 ジルベルト・ヴィンダウ(35歳・♀・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 ea8483 望月 滴(30歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 ea9272 風御 飛沫(29歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea9853 元 鈴蘭(22歳・♀・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)
 eb1035 ソムグル・レイツェーン(60歳・♂・僧侶・シフール・モンゴル王国)

●サポート参加者

龍深城 我斬(ea0031)/ 風御 凪(ea3546)/ 紅林 三太夫(ea4630)/ シェリル・シンクレア(ea7263)/ 朱 蘭華(ea8806)/ サントス・ティラナ(eb0764

●リプレイ本文

●餅は熱い内につけ
「私も教えてもらったばかりなのでぇ、上手く教えられるかわかんないんですけどぉ」
 いちょうやのお波が、えへ、と笑う。いや笑い事じゃないだろ、と冒険者達が心の中で突っ込む。
 材料はもち米とうるち米の粉、餡は水飴で甘味をつけた白餡に味噌を練り混ぜたもの。柏の葉は艶めいた濃い緑。
 天涼春(ea0574)にせよ冴刃歌響(ea6872)にせよ、料理の心得のある者が多いのは心強いことであった。
「粉にお湯を入れて練りま〜す。生地は一度蒸してからこねて伸ばして、餡を包んでまた蒸しますぅ。冷めてから柏の葉っぱに挟んで完成ですぅ」
「‥‥ええと、あの‥‥それだけですか?」
「はい!」
 元気一杯の笑顔で答えるお波に、うっすら肩を落とす冴刃。
「家庭で作るような物しか経験が無いので、いちょうやさんの作り方をしっかり覚えようと思っていたんですが‥‥あまり変わらないようですね、ははは‥‥」
 がっかりした表情の冴刃を見て、風御飛沫(ea9272)がプッと吹き出した。年頃の娘にありがちな、ころころとこぼれる飛沫の笑いに、元鈴蘭(ea9853)も引き込まれそうになりつつ、かろうじて嗜める。
「ダメですよ飛沫姉さん。そんなに笑っちゃ失礼です‥‥すみません、冴刃さん」
 姉さん、と呼んではいても血の繋がりはない。元の婚約者の風御凪が飛沫の兄であり、だったらむしろ義理の妹なんじゃないかというべきところが元の方が年下であったり、その上元はハーフエルフなので暦年齢で言えば3人のなかで最も年長であったりと、なんだかややこしい、そんな関係。
「しかしまた、柏餅はジャパン独自の縁起物の生菓子、その縁起物に関れるとは自分も幸福であるな。御仏の名に掛けて食物を無駄にする事は出来ぬ。柏餅を食べきって頂く為に、自分も努力致そう」
 言い終えると天はくわっと目を見開いた。‥‥残したら天罰が落ちそうだ。
「まず一日に捌く量を見積もらないといけませんね。作り置きはそう出来ないし味も落ちます。何より作りたての美味しいのを食べて貰いたいですから‥‥」
「え、一日で捌くんでしょ?」
 あっけらかんとそう返す飛沫に、再び目が天になる冴刃。
 飛沫の笑顔の裏には一つの秘策があった。

●挨拶は基本です
 市の立つ神社は人気のない場所にあった。以前は賑やかだったのが、他の市に客を取られ寂れてきたのだと神主は遠い目で語った。
 神社をぐるりと見回し、そのあまりにもぱっとしない光景に、ジルベルト・ヴィンダウ(ea7865)は心の中でそれはそうよね、と呟いた。
 紫霄花(ea5879)が自信ありげな表情で進み出た。紫は今回、交渉役を自ら買って出ていた。
「だってほら私、作るのは手伝えないし、此処の神主さんとは職業柄知り合いだし」
「そうなんですか。すごいですね」
 望月滴(ea8483)は何の疑いもなく感嘆を表した。
 呼び出しに応じた神主が姿を現すと、すぐさま紫は荷物をずりずりと引きずりながら神主に挨拶する。
「こちらの神主さんだよね? 私はいちょうやさんに依頼を受けた紫霄花。私が入門した寺の住職の従兄弟のお嫁さんのおにいさんの友達の隣の人のお向かいさんの遠縁という事でひとつよろしく〜」
「はあ。はじめまして、こちらこそどうぞよろしく」
 ‥‥むしろ他人だった。ちなみにどう見ても自分より歳もサイズも下のシフールにタメ口使われた神主、微妙に不機嫌だったりする。
「ところでずいぶんと重そうな荷物ですが」
「私、歌と踊りで客集めをしようと思ってるんだけど、持ってきた巫女装束がちょっとと言うかかなり大きいし、重くって‥‥どうにかならないかな?」
「今丁度姪が来ておりますので、針仕事でしたらやらせますが」
「お願いしま〜す。で、いちょうやさんのお菓子の露店なんですけど、早食い大会やっていい?」
「‥‥は?」
「場所は広いところが良いからあの辺からあの辺まで」
「あの」
「それからうちの羅文、驢馬なんだけど、大会やってる間預かって」
 既に交渉ではなく押し付けに近い。そもそもシフールは『考えるな、感じるんだ』タイプの多い種族である。交渉ごとに向いていないとは言わない‥‥言わないが。
 ちなみに自称『話術と対人鑑識は困らない程度に出来る』望月は、たおやかに微笑みながら生暖かい目でやり取りを見守っていた。
 こうして押しの弱い神主をなし崩しに頷かせた冒険者達は掃除など事前準備を始めた。

●節は、五月にしく月はなし
 ジルベルトは西洋人らしく、長椅子と長テーブルにテーブルクロスをかけた会場を想定していた。だが、そもそもこの国では食事は畳の上に正座し、銘々膳を使って食べる。テーブルや椅子は西洋文化と共に入ってきたものだ。比較的西洋人が多い江戸でさえ、入手するには相応の手間と時間をかける必要があった。テーブルクロスにしても同様。画商という職業のせいで一般的な感覚とずれてしまった面もあったのだろうか。
 ソムグル・レイツェーン(eb1035)は、
「畳を借りましょう」
 と言った。
「神社やその近くの家々や商店の協力を煽るんです」
 神主は相変わらず抵抗もせずに畳を差し出した。近隣を回って銘々膳の手配も出来た。蕎麦屋の目のしょぼついたおばちゃんにソムグルが
「この市の宣伝にもなり、売れ行きも伸びると思うのですがね?」
 とマダムキラーっぽい微笑を浮かべながら話しかけた時には、ただ一言、
「‥‥宣伝って何だね?」
 と言われたが。
 その頃、神社から少し歩いた茶店の台所を借りて、嵐のような柏餅作りが始まっていた。かまどの火は細かい調節が難しく、火の様子を付きっ切りで見てやらないといけない。火吹き竹も下手に吹けば灰が飛ぶ。かまどの上の羽釜には湯が沸いて、蒸し器から湯気がぽうぽうと吹いている。
「そっちの方、そろそろ蒸しあがったんじゃないかな?」
「じゃあ下ろしますね」
「それ、蒸すの一回目の方だっけ?」
「いや、二回目のはずであるが」
「あんこは入ってる?」
「えーと、入ってます!」
「じゃあ冷ましてから葉っぱで包みましょう」
 もはや誰が誰に話しているのかも良く分からなくなるほどのてんてこまい。
 蒸しあがったら蒸しあがったで今度は柏の葉で包む作業がある。茶店の主人や助っ人の冒険者も手伝って、黙々と包む作業が進んだ。
「飛沫姉さん」
 柏餅作りの手を動かしながら、ふと元が言う。飛沫の方も手を休めず、顔を上げずに答える。
「何?」
「‥‥飛沫姉さんから見て、凪さんはどう見えるんですか?」
「どう、って?」
「身内として、どう見えるかっていうか」
「兄貴が?」
「凪さんの家族‥‥飛沫姉さんがはじめてですし」
「ん‥‥そうだね。‥‥兄貴はさ。兄貴とは、いろんな事で喧嘩したし、兄貴の過去に何があったかも私は知ってる。でも、好きになった人にはホントに真剣なんだ」
 そして一瞬だけ手を止め、顔を上げて言った。
「鈴蘭のことは、大事にしてくれると思うよ」
 元は飛沫の顔を見た。笑っていた。元は下を向いて、ただ黙って頷いた。その目には涙が浮かんでいた。心の中にいつも抱いているその人の面影が一層近しいものに感じられて、柔らかな、暖かな気持ちが胸の中に広がっていくのを感じた。
「仲睦まじいご姉妹であるな。思いのこもった縁起物が召し上がれるとは凪殿も幸せな方であろうな」
 別の生地をたすきがけでこねながら天が微笑んだ。京都に行かれた方々に代わり、凪殿と鈴蘭殿の行く末を見守るのが自分の役割、天はそう確信している。
 木箱の中には着々と柏餅が並べられていった。そこへ。
「冴刃さんってどの人でしょう?」
 巫女装束の娘が一人、柏餅飛び交う戦場を覗き込んだ。
「はい、俺ですが」
「おじに頼まれたもの、持ってきました。外に置いておきますから。それと、シフールの人の装束も縫っておきましたから。一緒に置いてありますのでよろしくお願いしますね」
「すみません、彼女は今神社の方に居るはずなので、できたら持って行っていただけませんか?」
「構いませんが」
 曖昧な笑みを浮かべた巫女は冴刃の細身の身体を見、そして天の身体を見ると、ふうとため息をついて立ち去りかけ‥‥振り返って言った。
「あまりおじを苛めないで下さいね? 幾ら神主だからって出来ることと出来ないことがあるんですから」

●お味はいかが?
 市が始まり、望月は客引きを始めるが、会場には未だ柏餅はない。日が高くなり、そろそろ昼中に差しかかろうと言う時、やっと冒険者達が茶店から柏餅の箱を運んできた。
「第一回『いちょうや』みそ柏餅早食い大会開催〜。現在参加者募集中。参加費50文の優勝賞金3両以上!人数制限ありますのでお早めに〜」
 巫女装束に身を包んだ紫がよく通る声で叫ぶ。助っ人に来た冒険者達も腹の虫を盛大に鳴かせながら待っている。
「10人一組で、優勝賞金は消費単価との差額を賞金、だから‥‥一人前が10個として」
 頭の中でそろばんをはじく飛沫の手には自分用に作った特製の柏餅。サイズは人が殴り殺せるくらい。
「私のサポートのお二人の分は立て替えて払います」
 ソムグルは財布から金色のものを一つ出した。手が空いている望月が出納係を務めた。
「事前実演、やりますか?」
 用意した花菖蒲を飾りつけながら冴刃が飛沫に尋ね、飛沫は市をぐるりと見回して答えた。
「時間、あまり無いし、ぶっつけでいきます!」
「というわけで実況は私、当社の巫女、小夜がお送りします」
「解説のソルムグと言います。今日は宜しくお願いしますね♪」
 いつのまにか実況席に座っている二人。ちなみにソムグル、微妙に緊張しているのか、自分の名前を間違えているのに気づいていない。 
「ではソグルムさん、本日の参加者なんですが」
「端から順に、サントス・ティラナ、紅林三太夫、龍深城我斬、風御凪、シェリル・シンクレア、朱蘭華、あとは本日飛び入りの勇気ある皆さんの10名ですね」
 挑戦者の前に柏餅が積みあがった膳が置かれる。始め、の合図と共に一斉に柏餅に手が伸びた。
「美〜味〜で〜ア〜ル〜ね〜♪」
「サントスさんが吠えてます。しかも吠えながら食べてます」
「こんなところでお目にかかれるとは。あれは幻の食べ方、『吠え柏』です」
「甘くないですけど美味しいですね〜ジャパンのお菓子も〜♪」
「シェリルさんがあんなことを言ってますが」
「砂糖菓子を食べ過ぎて口が肥えてるんでしょう。贅沢ですね。でも可愛いので許します」
「おおっとっ、風御選手、給仕の女性と見詰め合っています! 隣の龍深城選手もだー!」
「我斬さん、私の感謝と愛情をこめた柏餅‥‥残したら怒るからねっ」
「魂が手を取り合ってお花畑を飛び跳ねながら歩いております! 無意味に熱い! おっとここで飛び入りの一人が倒れました! ソルグムさん、やはりあのイチャイチャが原因でしょうか?」
「単に喉に詰まらせただけでしょう。今、望月さんが手当てをしています」
「紅林選手はすごい勢いです。柏の葉ごと食べてます! ‥‥と、手が止まりました! なにやら上を見上げてため息をついています」
「完全に試合を忘れて味わってますね」
「ここで健闘を見せる飛び入りの関取。お茶で流し込んでいる模様です」
「あれは柏流極意・茶のみ流し‥‥周りからは邪道と言う人も居るでしょうが、それも極意。ですが、それで勝てるというものでもないですがね。柏の道は迷い道ともイバラ道とも言います、人がその一生に極められることは稀なのです」
 そしてソムグルは茶を飲みながら一息つく。天が用意した新茶だ。
「さて、試合も佳境に入りました。朱選手は試合には興味が無いのか、非常にゆっくり食べていますが」
「前情報で、作っている途中何個かつまみ食いしていたそうですから、その影響でしょう」
「現在関取とシェリルさんがそれぞれあと一個を残すのみ!」
 はっくしゅん、とシェリルがくしゃみをした。その間に関取が最後の柏餅を茶で流し込む。
「優勝はこちらの関取に決定!!」
「なお、優勝者には紫さんから味噌柏餅大魔王の称号が送られます、おめでとうございます、関取!」
「ごっつぁんです!」
 一部始終を見守っていた観客から拍手が沸き、柏餅の売場に人が殺到した。
「出来立ての柏餅ですよ‥‥きゃぁぁ!?」
 売り場に居たジルベルトはもみくちゃにされ、あっという間に直したばかりの化粧が崩れた。

●グッドラック
「‥‥疲れた」
 空の木箱を見ながら冴刃が呟いた。それでもその疲れは心地良い。買っていった人、その場で食べる子供達の顔は喜びに輝いていたから。おいしい、と言ってもらえるのは料理の作り手には最高の賛辞。
 他の冒険者達の顔にも疲労の表情は浮かんでいたが、同時にそこには何かを達成した喜びもあった。
 夕焼け空に烏が飛ぶ。
 ほてほてと様子を見に来た神主にジルベルトが
「おかげさまで柏餅200個完売いたしました。ありがとうございました」
 と声をかけると、神主はジルベルトの顔をつくづくと見、
「大変だったんですなあ」
 と気の毒そうに頷いた。
 いちょうやの二人が神社に来たのは、片付けももうじき終わる頃になって。完売の知らせを聞くと喜びをあらわにした。
「ささやかではあるが、『いちょうや』の繁盛と共に、お二人の幸福を祝福する事に致そう」
 天は手を合わせ、仏の慈悲を願い呪文を詠唱した。

 冒険者達も同様にそれぞれ誰かが幸福であることを願う。
 そしてもう一つ冒険者達が共通して思っていた事は、
『当分柏餅は見たくない』
 だった。