ツヅリカタ × いまじーん!
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■ショートシナリオ
担当:蜆縮涼鼓丸
対応レベル:1〜5lv
難易度:易しい
成功報酬:1 G 8 C
参加人数:6人
サポート参加人数:3人
冒険期間:05月29日〜06月03日
リプレイ公開日:2005年06月06日
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●オープニング
「ごめんよ」
ギルドに現れたのは美女と言って差し支えない容姿の女性。胸元もあらわな蒼い衣服を纏い、どっかりと係員の前の椅子に腰をかけ、すらりと長い足を組む。肌は磨き上げられた玉髄のように滑らかで白い。係員は見えそうで見えない裾の奥に思わず目を遣りそうになりながら、ゆっくりと茶を差し出した。
「いらっしゃいまし。‥‥ご依頼で?」
「そうよ」
ギルドに入るのは初めてなのか、物珍しそうに周囲を一通り見回してから、女は係員に向き直った。
「あたしは芝居の台本書く商売でね。実は最近ちょっとネタが尽きてきたんで、初心に立ち帰るって言うか何て言うか。ちょっと気合入れたいなあ、なんて思ったワケよ。それでね、ちょっとした気分転換を思いついたもんだからね」
「お宅にお伺いするって事でよろしいんですかね?」
「いや、あたしの家なんてとても人を上げられる所じゃないよ」
「じゃあ、近場の湯屋の離れをご用意しやしょう。割りに静かで考え事するにゃあ向いてるし、それに旨い酒と食い物がありやす」
「旨い酒かい、いいね。だけどそんなに持ち合わせはないよ?」
「あっしの知り合いの所ですからね、そこん所は何とかしまさあ」
「そうかい。有り難いねえ。‥‥さて、その気分転換の話なんだけどね」
茶を口に運び、喉を潤して、続ける。
「いいかい? まずあたしが御題を出す。その御題に、あんたらが答える。最後にあんたらの書いたものを見て、あたしがひとつの話に纏める‥‥ってのを考えてんだ。どうだい、ちょっと面白い趣向だろ?」
「なるほどねえ。ところで御題と言うと、例えばどんな?」
「そうさね」
係員の問いかけに、指を唇に当ててしばらく考えてから女は言った。
「例えばこんなのはどうだい。‥‥あんたは今、橋の真ん中に立ってる。人を待ってるんだ。やがて待っていた相手がやってくる。『その相手がどんなヤツか』、そして『あんたはどうするつもりか』。それを書いてもらおうかね。逢引の相手かもしれないし、逆に親の敵かもしれない。その辺は人それぞれさね。どんなネタをこしらえてくれるか、楽しみにしてるよ」
女はにーっと笑った。
●リプレイ本文
●序章
「ひい、ふう、みい、よう、いつ‥‥と、こりゃあ?」
片眉をくいと跳ね上げて受け取った紙の一枚を眺め、裏返し、ついでに火のついた煙管の先で炙って、あぶり出しでも無いのを確かめてから、口惜しそうにその一枚を取り除けた。
「相談せず下手に動いたら全員に命の危険が及ぶ、なんて時でもないなら、おおよそこうしたいって覚書のひとつもあった方がいいだろうねえ。人生一寸先は闇。明日上手い酒が飲めるとは限らないんだからね‥‥さて、仕事を始めようか」
●第一章 鏡の蛇
素浪人は足首までもある長い黒髪を蛇のようにうねらせ、蘇芳孝閃(ea6141)の所まで無遠慮に進んでくる。蘇芳とほとんど瓜二つの顔には不敵な笑みを浮かべ、立ち止まると、手にした手紙を見せながら、帯びていた刀を鞘ごと蘇芳に突きつけた。
「こんな手紙で呼び出して、いったい何の用だ」
蘇芳は静かに鞘を手で払いのけ、まっすぐに弟の顔を見た。その声色は、至って静かである。
「お前、また喧嘩をしたそうだな」
「したがどうした?」
「相手のアバラを3本も折ったとか。仕事が出来なくなって家族が難渋している。少し、度が過ぎるな」
「兄貴面して偉そうに。腕じゃオレにはかなわないだろうが?」
「‥‥やはり、言葉では分からないのか」
ぺっと唾を吐いて弟は白刃を抜いた。蘇芳も目をそらさずに得物を正眼に構える。
先に仕掛けたのは弟だった。ブン、と刀が音を立てて風を斬る。だが力の乗った、当てれば蘇芳の骨をも砕くであろうその一振りは、蘇芳に毛ほどの傷もつけることは出来なかった。返す刀で今度は蘇芳の急所をめがけて一撃が繰り出される。蘇芳は太刀筋を違えることなく、己の得物で凌ぎきった。キィィン、と耳障りな音が響く。
蘇芳が、止めていた刀を鋭く振り払った。けれんみのかけらもない実直な一閃は、ばさりと確かに相手を斬った。
「‥‥あに、き」
弟が膝をついた。首筋を冷たくする風が弟の髪をなぶる。弟の足下には黒々とした蛇が──否、切られたばかりの髪が、とぐろを巻いていた。
煙管の灰を竹筒にトンと落として、女は蘇芳に言った。
「そうさね、気になったのはまず『性格が真反対でよく問題を起こす』。問題を起こさない性格なんてないだろうさ。どんな問題を起こすのか、どんな性格なのかを書かにゃあ伝わらないさね。だいたい、あんたの性格だってこっちは分かんないんだから、いきなり反対って言われたってねえ? ちゃんばらの筋は上手いと思う。あたしはどっちかってぇと色事やなんかの方が得意だけどね。こういう話なら晦日座の主筆のお師さんだとか、書き物師の松のセンセがお手の物だから、持ち込むんならそっちかね。改行は見やすくて気持ちいいさね。贈り物を出すときに汚い包み方するよりはさ、奇麗にこさえたものの方が受け取りやすいからね」
少し考えて、続けた。
「それから、こういう感じでご留意をお願いしますってのはあたしは好きじゃない。動いてナンボだからね。こんな御題遊びの時は、何をするか自分で決めにゃあ、自分で当たりそうな数字を決められる富くじを、わざわざくじ売りに任すようなものじゃないかね。あたしがくじ売りなら外れくじを渡すよ」
●第二章 人通りも疎らになった夕暮れ
袂を探り懐を探り、がっくりとした表情を浮かべた風御飛沫(ea9272)の前に、救世主ならぬ、兄。
「人の所に物を借りに来たのに、持って行くのを忘れてどうするんだお前は。そのくせちゃっかり人の朝飯はつまみ食いするだけして。まあいい。ほれ、届け物だ」
「にゃはははは〜。届けてくれて助かった〜〜! やっぱり持つべきものは兄貴だね〜」
「‥‥あのな。まあいい、これから俺は仕事だ。ま、がんばれよ」
「ありがと〜っ、おにーさま〜っ!」
筆記用具を手にした風御が叫ぶと、兄の去った方からどんがらがっしゃんと派手な音が聞こえた。
橋の上は夕日で染まり、影が長く伸びていた。もうじき、日が沈む。いつもはもっと早く『彼』が来るのに、今日はどうしたのだろう、と、思う。
風御の足元の桶には釣った魚が何匹か入っている。小さな魚ばかりだが、渡す相手も小さい体なので、このくらいの型が丁度いい。『彼』が、短い尻尾をピンと立てて一生懸命に魚をはむはむと食べる姿は、とても微笑ましく、いつも風御の心に安らぎをもたらした。
出会ったのは何時の事だったろう? 木の上で降りられなくなってみーみー鳴いていたのを見て子供らが下から石をぶつけていた、そこへたまたま通りがかって、助けてやって。もう大丈夫だよって抱いてやった胸に、しばらく爪を立ててしがみついて離れなかった。
母猫の姿は無かった。兄弟らしい猫と時折一緒に居るのも見たが、ぶち模様の『彼』は他のどの猫よりも小さな体をしていた。
おととい。
近所のなじみの酒場で給仕をしている知り合いが、あの子を貰いたいって人がいるの、と風御に告げた。
『彼』はここのところその酒場の前で招き猫のようにちんまりと座って、看板猫の役をしていた。それを隣家の少女に気に入られたのだという。『彼』は夕方になると風御に魚を貰うために酒場から橋までやってくるのだが‥‥もしや、もう貰われて行ったのだろうか。
「じゃあ、明日から、釣った魚、どうしよう」
そんな事を呟いた時、こちらに向かって走ってくる人影に気がついた。給仕の彼女だ‥‥が、様子がおかしい。風御の所までたどり着くと、彼女は涙でぐちゃぐちゃになった顔をいっそう強ばらせて、こう言った。
「もう、いくら待っても来ないです」
‥‥貰い手になる筈だった少女が猫を抱いたまま、走ってくる馬の前に飛び出し、馬は棒立ちになって乗り手を振り落とした。馬から落ちた武士は怒りのあまり、猫もろとも少女を無礼打ちにした‥‥。
泣きじゃくりながら彼女が語った話を理解するのに、しばらく時間がかかった。‥‥理解など、したくなかった。
そして、風御は走り出した。
『彼』に会いに。
●第三章 色男の夢
山岡忠臣(ea9861)はだらしなく鼻の下を伸ばして、わざとらしく頬杖をついてみたり、裾をちょいちょいと直したり、ひたすら落ち着きがなかった。そのくせ目は一心に女の胸元やら高く組んだ足の合わせ目辺りを追いかけている。
「書き物するんだから道具ぐらいは持ってくるもんだろうさ。無いなら無いで特別に用立ててあげないことも無いけどね。高いよ?」
女に言われても生返事でうんうんと言うばかり。
「それよりねーちゃん、調子がでねぇとか何とか、俺で良けりゃあ相談に乗るぜ? 書き物に関しては素人だが、こういうのと話をするってのは結構な刺激になるもんだぜ。なんだったらカラダの方も刺激してやってもいいし、なんてな」
「‥‥お前さん、手ぇ出してみな」
「ん、こうか?」
女に言われて山岡が掌を差し出すと、女は無造作に煙管の灰をその上に落とした。山岡は飛び上がる。
「うぁちちちっ!!」
「火遊びに火傷は付き物だからねえ。さて、と」
‥‥立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花。そんな形容詞が確かに似合う清楚な令嬢が静かに歩いてくる。
山岡はちら、とそちらに目をやると、再び川面に目を落とした。
どう振舞うかはもう決めてある。ちっとも待ってなどいなかった、という顔をするのだ。例え半日待たされていたのだとしても。男とは、そういうものだ。
令嬢の涼やかな声が響いた。
「ごめんなさい。お待ちになりました?」
「ちっとも待‥‥」
笑顔で振り返った山岡の脇を軽やかに通り過ぎ、令嬢は待ち合わせの相手らしい背の高い侍に寄り添って笑顔を見せた。
本日、二十回目の待ち人来たらず。
「何でかって? あたしは『あんたがどうするか』を聞いたんで、相手がどうするかは聞いちゃいないからね。正直ちょっと小金持ちなだけの優男に引っかかるご令嬢ってのもどうだかねえ。この広い世間にゃ一人か二人いるかもしれないけど、はっきり言って、夢見過ぎさねえ。あたしは大げさに書くことはあっても丸っきりのうそは書けない性分でね。きっちり馴れ初め書いてこういう理由で恋仲ですとでも書いてありゃ、逢引の話にも仕立てられるだろうけど、あんた見てる限りじゃ、どー考えたって『可憐な良い所のお嬢さん』には釣り合わないよねえ。‥‥ああ、引っ掛けられたお嬢さんが無理心中図ろうとする、なんてのならいけそうだけど、そっちの方が良かったかねえ?」
●第四章 七十五文字
『その相手がどんなヤツか
この国にきてあった、同じエジプト出身の女性
あんたはどうするつもりか
デートだから、いろいろ楽しむつもりだ。
食事や買い物など、いろいろな。
この国に来て経験したことを話し合うなど。』
レイナス・フォルスティン(ea9885)が書いた御題の紙をしばらく青筋を立てながら眺めていた女は、まず煙管にゆっくりと煙草を詰め、長い一服を終えた。
「‥‥これは何かい、正月の書初めか、歌会の短歌かい? このまんま書くから、ちょいと聞いときな」
彼女が現れた。レイナスの姿を見るなり満面の笑みで走ってくる。一足ごとに橋が揺れるのは、ゾウのような彼女の体重のせいだ。朗らかでまん丸な笑顔はレイナスの故郷のエジプトに輝く太陽を思わせた。つまり、太陽と同じで、正視に堪えない。
二人はデートのためにこの橋で待ち合わせていた。蓼食う虫も好き好きとはよく言ったものだが、野暮は言うまい。これから、食事や買い物など色々楽しむつもりでいた。
そう、色々。お楽しみ、というのにも色々ある。
この後我が身に降りかかる惨劇を、まだレイナスは知る由も無かった──。
怪談・エジプトの太陽
【完】
「‥‥まず、エジプト人てのがどんなモンか、あたしゃ知らないんだよねえ。髪が赤いとか黒いとか、どんな食べ物食べてるとかさ。もう少し説明のしようがあるんじゃないのかねえ? 大体この国の人間だって老若男女とりどりだ。一くくりに説明できるものじゃあないだろう? それから、どんな身なりしてるかで金持ちか貧乏人かは分かるだろうし、中身だって目つき一つで外に表れるものさね。見た目の説明だけでも色んなことが伝えられると思わないかい?」
もう一度女は煙管に煙草を詰め、火をつけた。ふうと白い煙を吐き出す。
「ひとつ、練習の仕方を教えてやるよ。あんたの手を見て、それがどんなものか言葉にしてみるのさ。『白い肌をしている』『指が五本ある』『指先に爪が生えている』『手首にほくろがある』‥‥てな具合にね。20個も出せれば上出来だ。手の次はみかんでも刀でもいい。そうやって説明する言葉を練習しとけば、いざって時に口説き文句もすらすら出てこようってものじゃないかねえ?」
女はふっと笑った。
「他に何か聞きたい事はあるかい?」
「どういう作品を書いているのか興味がある」
「‥‥朴念仁だねえ」
苦笑しながら女は奥から本を数冊持ってきてレイナスに渡した。
●第五章 言葉の前と後ろにニャーと言え
橋の上に穏やかな空気が流れた。
所所楽石榴(eb1098)が微笑んで手を差し伸べると、やってきた婚約者はその手を優しく引き寄せた。手をつないだまま、二人は歩き出す。
動物学者である彼との散歩は最近の日課だが、今日は別の頼み事のため、二人は近くの空き地に向かった。足元には所所楽が飼っている二匹の猫。名前を桃李と瑪瑙という。桃李は舞猫、瑪瑙は忍猫に調教しようと目論んでいるものの、所所楽には動物の調教の仕方など皆目見当もつかず、婚約者の力を借りることにしたのだった。
猫はとりあえずはついてきたものの、犬に比べればものを教えるのには向いていない。瑪瑙はばったを見つけて追いかけているし、桃李はどっかり腰を落ち着けてあくびなどしている。
「まずは手裏剣や扇の持ち方から教えなきゃならないかな」
所所楽は苦笑した。
「お前さんアレだろ、草津の湯でも治らない病だね? 頭ん中、相手の事でいっぱいなんだねえ‥‥待ち合わせの相手がどんな人物か、って聞かれて『僕の婚約者は動物学者』って切り出されたんじゃ面食らっちまうよ。つまり相手が婚約者で動物学者ってことだろ? 主語述語ってのはきちんと書かないと、無駄に勘違いされることもあるよ。自分の主観で書いてると、自分で分かったつもりになってるだけで相手に伝わって無い事もあるし、そこん所は気をつけた方がいいさね。今回、相手のことは婚約者と忙しい動物学者ってのしか書いてないから、ちょっと色のつけようが無いかねえ」
話を聞きながらも気がつくと右手の指輪を見つめている所所楽に、こりゃあ重症だと内心思いながら女は続けた。
「それと、この書き方だといちゃつきたいのか猫を仕込みたいのかどっちともつきかねるね。人間の手は二本しかないんだ、何でもできるってワケじゃない。何が一番やりたいのか、優先順位を考えて書いた方が良いだろうねえ」
「こういうのって、箇条書きみたいに書くのと、話し言葉みたいに書くのはどっちがいいのかな?」
「あたしは話しているように書いた方が、書いた人の人となりが掴めるから助かると思うよ。まあ押さえる所押さえてありゃどんな書き方でも文句は無いんだがね」
●終章
床の間には紫陽花の花が飾られて、薄紫の淡い風情を醸し出している。
鯵のお造りには薄切りの茗荷が添えられ、豆腐の吸い物には青さ海苔が入って磯の香りを放っていた。
それぞれに冒険者達は舌鼓を打つ。
手伝いに来た緋邑嵐天丸が、汗だくになって湯の支度を手伝った。
ちょうど熱い湯船に身を沈めた頃、さあっと音を立てて雨が降ってきた。走り梅雨であろう。
季節は飽きもせず、せっせと日常を繰り返していた。