【京都救援】 ハチミツはいかが?

■ショートシナリオ


担当:蜆縮涼鼓丸

対応レベル:1〜5lv

難易度:易しい

成功報酬:0 G 81 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:06月16日〜06月19日

リプレイ公開日:2005年06月24日

●オープニング

 目の前では、江戸の冒険者たちを統括する幡随院藍藤という男が、静かな面持ちで茶をすすっていた。
 どうやら、普通にギルドへと出すにははばかられる、内々の話ということらしい。
「ま、話というのは月道についてのことだ。次の月満ちる夜に、先ごろ発見された京の都への月道が開かれる」
 噂に寄れば先月、江戸の地下に都に通ずる新たな月道が発見されたとのことだった。それを常に使えるようにと、整備に向けての作業が急いで行なわれているという話も、やはり市井の噂。
「これは家康様のご判断でな。噂にも聞いていよう、都の死人の群れのことを。奴らを討伐するために此度月道を用い、物資やら心あるものたちを東国から向かわせるのが、今回の目的だとか‥‥」
 その目的を優先させるため、源徳家は月道を公開せず、ギルドに依頼を出して人を集めよう、ということらしい。
「詳しい内容は係のものに任せることになるが‥‥受けてくれるかね?」

「てぇなワケで、よろしいですかな皆様方」
 出っ歯の係員がじろりと眺め回した。小男だが態度はどこかふてぶてしい。
「渡りに船といっちゃあ何だが、丁度京都に蜂蜜を運んでほしいって依頼がございやす。腹が減っては戦は出来ぬ、とか申しやす。京の都も戦に荒れ、人の心も荒んでいることでしょうな。甘いものを口にすれば少しは気も晴れようってものだと、依頼人が申しておりやした。まあ、つまりは今回の戦の準備に便乗って事でさ‥‥ついでに届け先の菓子屋の手伝いも頼みたいって事で、こんな時勢でなければ気楽な仕事でもございましょうが」
 係員の顔からすっと薄笑いの表情が消え、小男はふかぶかと頭を下げた。
「ご無事でお戻りくだせえまし」

●今回の参加者

 ea5879 紫 霄花(24歳・♀・僧侶・シフール・華仙教大国)
 ea8806 朱 蘭華(21歳・♀・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)
 ea8846 ルゥナー・ニエーバ(26歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・ロシア王国)
 ea8968 堀田 小鉄(26歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 eb0084 柳 花蓮(19歳・♀・僧侶・エルフ・華仙教大国)
 eb0993 サラ・ヴォルケイトス(31歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 eb2387 内栖 双葉(32歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 eb2602 十文字 優夜(31歳・♀・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)

●サポート参加者

天馬 巧哉(eb1821

●リプレイ本文

●MOON ROAD
 空に煌々と輝く満月が空の中天に座し、月の道が開かれた。この道の為に海や山の向こうの場所に瞬時に行けもするし、この道の為に遠方の珍しい品を手に入れることも出来る。そしてこの道のために、時には血で血を洗う戦いが巻き起こったりもする。
 だがそれは、今歩みを進める冒険者達には関係の無い事。ロバや馬を連れ、扉に一歩足を踏み入れ、そして踏み出すと。
 そこは京都だった。
「‥‥え? えええ?? ちょっと待ってよ何これっ? 初めての月道ですっごく楽しみにしてたんだからぁ! もっとこう、ぐにゃーんとか、うみょーんとかっ! 血沸き肉踊るような心ときめく体験が待っているはずだったのにー! やだやだ台無しよーっ、やり直してー、やり直しを要求するんだからああぁ〜!!」
「はいはい、後がつかえてるからどんどん行こうね」
 泣き叫ぶ十文字優夜(eb2602)を、内栖双葉(eb2387)とサラ・ヴォルケイトス(eb0993)がそれぞれ右と左から羽交い締めにして連行していく。一緒にかぽかぽと歩く馬の背には蜂蜜の入った壷が揺れる。
 江戸城の地下の月道にどんどん人や物が消えてゆく中、柳花蓮(eb0084)は月道の『扉』の手前で振り返った。荷造りを手伝ったあと見送りに来た天馬巧哉が、柳に向かって頷いてみせる。天馬が何か言った言葉は、喧騒に紛れてよく聞き取れなかったけれど、柳もまた微笑を見せて頷き返し、今度は歩みを止めず、月道に消えていった。その胸に、この土地を離れられない者の思いを共に。

●WELCOME!
 今回、冒険者達はそれぞれ馬かロバを連れていたので、荷運びにそれほど骨を折ることも無かった。二本足と四足の足音が混じりながら今日の都を歩む。やはり都だけあって江戸とは違う賑わいが感じられはしたが、街角で立ち話をする市井の人の口からは
「‥‥戦が」
「‥‥黄泉人と」
「もうすぐだって」
 という言葉が端々に上り、表情には不安の影がよぎるのを、冒険者達は道すがら幾度と無く見かけるのだった。
 この都に比べれば江戸の歴史など赤子のようなものだが、その古い街のなかで小さいながらも存在感を示す十三の黒丸の看板、そこが蜂蜜の届け先である『十三ツ屋』だった。
 このところの戦のあおりなのか、店は半分閉められていた。
「ごめんくださーい」
 ロバの羅門の背に荷物を置いて、しふしふと羽根を動かし紫霄花(ea5879)が店に文字通り飛び込む。はーい、と返事があってから人が出てくるまでに少し待たされた。その間うきうきと歌う紫。
「京菓子、京菓子♪ まだかな〜早く食べたいな〜♪」
 やがて姉さん被りにたすき掛けの二十歳ほどの女性が出てきた。冒険者達を見たとたん、浮かなそうだった表情がぱっとほころんだ。
「蜂蜜を届けにきてくださった方ですね? お待ちしてました! あんた、ちょっと手伝って! 蜂蜜が来たよ!」
 奥に向かって女が声をかけると更に年配の男と若い男とが出てきて頭を下げた。
 力のない柳の運んだ分は十文字が荷下ろしを手伝っていたし、シフールの紫に至っては自分の背丈と壷の高さとそれほど違わないため自力では下ろすことすら出来ず、堀田小鉄(ea8968)がやる気満々で壷を下ろしては店内に運んだ。それを店の男達も手伝う中、店の若い男の方が一つの壷を持ちあげて素っ頓狂な声を上げた。
「あれえ、この壷、割れてるんじゃ?」
「何だって?」
 年配の男が驚いて壷を確かめ、若い男をたしなめる。
「どこも壊れていないじゃないか」
「だけど周りがべたべたして、なんだか中身も減ってるみたいだし」
「そうだな、確かにちょっと軽いな」
 堀田と朱蘭華(ea8806)がすーっと明後日の方を向いた。堀田など何気なく袖で口元を拭いたりしている。その袖で何かべたついたものが甘い匂いを放っているのを、柳の連れてきた柴犬が首をかしげながら眺めていた。

●SWEETS EXPERIMENT
 店の菓子職人は5人いた。先程冒険者達に挨拶した3人の他に、白髪交じりの男と、それともう一人、まだ若い無口な優男と。若い二人の男達はまだひとり立ちしていない見習いということだった。
 職人達は白豆を茹で、ざると布巾で丁寧に裏ごししてから、惜しげもなく蜂蜜を流しいれ、練り上げて白餡を作った。
 餅草、つまりよもぎも山から摘んできたものを茹でて水にさらし、灰汁抜きしてからすり鉢ですりつぶす。こなれたものを熱いもちの中に入れて揉みこみ、鮮やかな緑色の草もちが出来た。その草もちの中に白餡を入れて丸める。ルゥナー・ニエーバ(ea8846)は調理の手伝いにいそいそと立ち働いた。職人の菓子作りの技を間近で見ることができ、色々と学ぶ所もあったようだ。
 簡単な作業は他の冒険者達も手伝ったし、もちを丸める作業もやらせてもらった。作ったものは自分で食べる、というおまけ付きで。
 柳はすり鉢の中のよもぎをじーっと見、頷きながら言った。
「お菓子作りって錬金術の実験のようなものですね」
 やがて出来上がったのは、もちもちとした食感の中に蜂蜜の風味のある甘さが広がり、食べ終わった後は蓬の香りが口の中にうっすらと残るような、そういう菓子だった。自分達の作ったものはやはり不恰好な見栄えになったが、味は変わらない。むしろ自分が手ずからこしらえたものだから思い入れもひとしおだ。
「‥‥あとお茶が欲しいところだけど‥‥」
 朱がぼそりと口にすると、女菓子職人──この店の跡取り娘で、かのこという名前だった──は、そうですね、お茶にしましょうか、と笑顔で答え、一仕事終えた面々は一服することになった。
 
「こんな時でなければ、葛きり、ねじがね、上用饅頭‥‥他の菓子もいくらだって作って上げられるのに。うちはね、安祥神皇様にお菓子を献上したこともあるんですよ。水無月の月末には夏越の払えがあって、そのときの献上菓子だってずっとうちが納めてきたのに、今年はどうなるのかしら。神皇様はお優しいお方だから、この戦が終わるまで菓子を断っておられるなんて噂も耳にしたし」
 不安げな表情を見せるかのこに、
「安心して、あたしたちはそのために来たの。絶対なんて事は言わない、そんなのは世の中に存在しない事は百も承知だしね。ただ最善を尽くすから‥‥信じて」
 サラがウインクした。それから、ふと仲間に尋ねた。
「ところで、あたし、リーゼって言う姉さんがいて、ちょっとヘンに聞こえるかもしれないけど、強くて気高くてかっこいい、そんな姉さんにあこがれてるんだ。皆にも目標になるような人って居るの?」
 そんなこんなの話で盛り上がるうち、かのこが言いだした。
 この草もちを店で売らずに、施療院に持って行ってはくれないだろうか。

●SECOND CONVEYANCE
 薬師如来は手に薬壷を持ち、衆生の病気を治して安楽を与える仏とされ、時には医王の別名を以って呼ばれる。その名のついた薬師堂という場所に施療院が作られたのは道理ともいえよう。院と名がついてはいるがそれほど広くないあずま屋で、このところの黄泉人との戦で痛手を負い逃げのびてきたものが多く収容されていた。見た目に分かる傷だけでなく、心にも恐怖という傷を負わされ、また、実際に死人憑きに襲われたり、あるいは目の前で家族や知人を殺されたりなどすれば、のしかかる不安も人一倍である。そこに居た者達は一様に暗い表情で、皆どことなく茫として活気が無かった。
 堀田が思い切り息を吸い込んだ。
「京都のみなさーん、あまーい蜂蜜が到着しました、おいしいお菓子を食べて元気だしましょー!」
 それはそれは大声で。そして、その大声に真先に反応したのは子供たちだった。おずおずと冒険者達に声をかける。
「‥‥おかね、もってないの」
「大丈夫、私だって持ってないから!」
 十文字が笑顔で言うと、子供達は目を輝かせてすぐさま掌を差し出した。
「並んで並んで、一人一個だよ」
 内栖は子供達を順番に並ばせ、ルゥナーが小さな手に草もちを一つずつ載せていった。やがて大人たちもぽつりぽつりと集まってくる。足を引きずった男に朱がそっけなく餅を手渡す。男が一口餅をかじると、その口からほう、とため息が漏れた。
「こんなに旨い物がこの世にはあったんじゃのう‥‥」
 例えば、手に鋤や鍬を持ち、土地を耕して暮らす者がこういった上品な甘菓子を口にする機会は何事もない平穏な日々の中ではまず無いと言っても良い。だから、初めて手の込んだ菓子を口にして驚くものは多かったし、思わず手を合わせるものやはらはらと涙を流すものまでいた。大人たちのそんな様子とは裏腹に、子供達は一口二口でぺろりと平らげてしまって、
「もう一つほし〜」
 なんて言っていたけれど。
 紫は喧嘩と見れば仲裁し、泣いている子供を見つければ
「よしよし、弥勒様がきっと助けてくれるからね」
 と語りかけながらグッドラックを使い、また怪我人にはリカバーを使うなど大活躍を見せていた。

 かつて月道で物のやり取りが出来なかったころ、砂糖は海難の危険を乗り越えて運ばれてくる、大変に貴重なものだった。だから当初、菓子ではなくて薬として使われていたくらいだ。
 実際、甘いものというのは薬に匹敵する効き目があるのだ。
 冒険者達が草もちを配り終えて帰るころには、薬師堂からは笑い声が聞こえてきたのだから。

●HONEY AND CLOVERS
「そういえば、手紙預かってきてたんだっけ」
 十文字がロバの澄舞に積んだ荷物をあさり、中から風呂敷包みを取り出した。開けると中身は小さな包みが人数分に手紙が一通。包みの一つを柳が開いてみると、銀が5枚入っていた。手紙のほうは漢字が多くて読めない。冒険者達が次々に回し読んで、やっと内栖が全文を仲間に読み聞かせた。
「‥‥要するにお餞別だって。ギルドの係員さんから。無事を祈る、ってさ」
 京都の黄泉人との決戦に向けての餞別。そもそもこの依頼も、本来はこの戦に向けて物資と人とを京都に送るためのものだったのだから。
「死人の群れ‥‥一体何が起こってるか分からないし、私に出来るのはホンの少しかもしれないけど、それでも出来る事はやりたいよ!」
 紫がきゅっと小さな拳を握る。
「‥‥お土産欲しいところだけど‥‥この嫌な風を押し戻してからにしましょうか」
 朱がすっと目を細めた。
「これから死人の軍と一代決戦ですわね。微力ですけど、この都の平和の為に戦わせて頂きますわ」
 ルゥナーは首から提げた十字架のネックレスを握り締める。
「美味しいお菓子食べて元気百倍勇気百倍にして黄泉兵と戦う英気を養いましょう!」
 堀田は少年らしい口調で言い切る。
「どうかこの平和が守られますように‥‥」
 感情こそ表に出さないが、柳もまた都を飲み込もうとする影を払いたいと願う一人だ。
 サラは手にした梓弓を眺めた。魔法の力を帯びているこの弓は、戦いの大きな助けになるだろう。
 内栖は額の鉢金を締め直す。それがまるで心を引き締める作業であるかのように。
「黄泉人騒ぎが落ち着いたら、また一緒に食べれるといいなぁ」
 十文字は柳ににっこりと笑いかけた。

 まだ冒険者達の耳にその足音は聞こえないが、着実にそれは近づいてきつつあった。