盲亀の浮木
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■ショートシナリオ
担当:蜆縮涼鼓丸
対応レベル:1〜3lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 30 C
参加人数:8人
サポート参加人数:1人
冒険期間:04月23日〜05月08日
リプレイ公開日:2005年05月01日
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●オープニング
「娘のおさとが神隠しにあったのは5年前の事でございました。奉行所にも申し上げましたし、似た子がどこそこの村にいると聞けばそこまで行ってみたり、神社だのお寺だのにご祈祷を頼んだり、当たると評判の占い師に居場所を尋ねてもみましたが‥‥。でも何の手がかりにもならず、もうとうに諦めておりました」
依頼人はそこまで言うと湯飲みの茶を飲み一息ついた。小太りで人当たりのよさそうな、しかし四十前というのにその顔に刻まれた年輪は深く、白髪も多い。
「あれは、去年の秋の事でございました。店に子供がひとりやってきて、おさとから手紙を預かってきたと言うのです。ところが肝心の手紙を出してみろと言ったら、どこかに置いてきたから探してくると言ったきり、そのままいなくなってしまい‥‥てっきりたちの悪い悪戯だとばかり思っておりましたが」
そのまま、口をつぐんだ。
ギルドの係員は話を促すこともせず、ただじっと依頼人を見る。依頼人はしばらく、言葉を捜すように天井に視線を漂わせ、それからやっとまた重い口を開いた。
「ついこの間、うちの近くの堀で子供の土左衛門が上がりまして。それも袂に石をごまんと詰めて浮かばないようにしてあったのが、大雨のせいで上がってきたとか言う話で‥‥近くなものですから、つい恐いもの見たさで見に行きましたら、その土左衛門が見覚えのある着物を着ているじゃありませんか。同心の白木様にお尋ねしましたら、珍しく迷子札なんて物を持っていたそうで、名前が新吉。私のほうはあの時子供の名前など聞きもしませんでしたし、死んだ者の面相は恐ろしく変わっておりますから、あの土左衛門と同じ子供だという確証も無いのですが‥‥ただ、胸騒ぎがするんです。もし同じ子なら、おさとは生きているんです。それに子供を使いに出すくらいだから、きっとこの江戸のどこかにいるに違いない。生きているなら13になっているはず。どうか、娘の生死を確かめていただけませんか」
「よござんす。お受けいたしやしょう」
ギルドの係員は依頼の手続きを済ませ、依頼人を入口まで見送り、頭を下げた。
一刻後、ギルドの係員は古い依頼書を眺めていた。丁度去年の秋頃のものだった。迷子探しの依頼。探す子供の名前は、新吉。
だが結局、母親の願いを叶えてやることは出来なかった。
『友達の話では、少し前から他の子にも教えない秘密の場所に入り浸っていたらしいンですが、それがどこなのかは‥‥』
『主人の同業の三助さんって人が、あの子を三日前に見かけたそうなンです。その時に、自分はおつかいをしているんだ‥‥とか何とか言ったらしいンです。あの子にお使いを頼みそうな知り合いには片っ端から聞いて回ったンですが、誰も知らないって‥‥』
少し特徴のある言葉遣いの母親がギルドでそんな風に話していたのを思い出し、係員は憂鬱な顔になった。
「‥‥気が重いねえ‥‥下手すりゃもう赤ん坊も生まれてるだろうに、せっかく見つかった兄貴が土左衛門だなんて、どの口で言えるってんだい‥‥」
●リプレイ本文
●あしび
桜の花が咲いていた。母親の使いの帰り道、満開の桜を首が痛くなるまで見上げていると、桜の間からさしてくる春光が眩しくて、立ち眩みを起こしそうになった。風が吹けば花びらの嵐。なんて奇麗なんだろう、思わずため息が出る。
本当はずっと見ていたかったけれど、あまりに遅く帰っては、おっかさんが心配する。
そう思って帰り道の方へ向き直ると、いつのまにかそこに男が立っていた。急に口を手で無理矢理にふさがれて、声が出ない。みぞおちの辺りにどすんと衝撃がきて、そして‥‥。
それが、おさとが土の上に立つ最後となった。
●さねかずら
おさとの家で、天山万齢(eb1540)は絵筆を走らせていた。
「こんナンさせてもらうンもアレですが、協力してもらえませんかねぇ」
おさとの父は快く了承した。おさとが使っていた部屋はいなくなった時そのままに、文机の上に小振りの花柄の硯箱がちょこなんと載ったままになっていた。男子は家を継がねばならず、裕福な家では教育を受けることもあったが、女子の場合、それも武家でなく商家であるから、学問は必須というわけではない。にも関らず専用の硯箱を用意してあるところを見ると、一人娘ゆえによほど可愛がられていたのだろう。
北天満(eb2004)は拠点として使える場所の提供を打診し、それも容れられた。食事代についても全て負担してくれるという。北天の側で、影のように傅いていたマハラ・フィー(ea9028)が気前のよさに驚いていると、
「これを最後にしようと思っておりますので。今回娘が見つからなければ、もう死んだものと思って墓を立ててやるつもりです。ですから‥‥よろしくお願いいたします」
微笑んだ父親の表情の向こうに、長い間の気苦労が透けて見えた。マハラは借りた着物の裾を直して居住まいを正し、頭を下げた。マハラは依頼中、服装をジャパンのものにするだけでなく、耳も黒髪で隠して、なるべくハーフエルフであるために目立つということの無いよう心がけていたが、見た目だけで彼女が混血であることを言い当てられるものは彼女が思っているよりも実際は少なかったかもしれない。例えばはっさくとぶんたん、あやめとかきつばたを一目で見分けられるものがどれだけいるのだろうか?
ルシファー・ホワイトスノウ(eb1172)は天山の書き上げた似顔絵の一枚を手に取り凝視した。そこにあるのは取り立てて目を引くところも無い、ありふれた少女の顔だ。手元の紙から目を上げると、ルシファーはおさとの父親に、おさとの行動範囲を尋ねた。子供の足で行ける範囲なので、たかが知れている。友達の家、子供の好きなものを売る店、遊び場にしていた小さな寺‥‥。
「聞いて、どうなさいますか」
それらは当然、もう何度もおさとの情報を探して得られなかった場所だから、おさとの父はルシファーに逆にそう尋ねたが、ルシファーはその質問には答えられなかった。
●おだまき
「‥‥と、言う訳だ。こんな噂でも役に立つと良いが。では、俺は帰る」
「そう急がずとも。どうだ、茶の一杯でも」
湯田直躬(eb1807)は助勢に来た息子の鎖雷を引きとめたが、鎖雷はギルドに用事があるとか何とか言いながら、足早に去っていった。残された湯田はぶつぶつと愚痴る。
「私とても人の親、親がどれほど我が子の事を心配するかは身を切るように分かるからこそ、この話を受けたというに。一人息子が嫁探しに出たまま帰っても来ず、居ても立ってもいられずはるばる江戸まで追って来てみれば、このようにつれなくされる。全く親の心子知らずとはよく言ったものだ」
「湯田さん、鼻血が出てます」
北天に言われて気付き、湯田は鼻を押さえた。
「辻占の方はどうでしたか」
紹介された『つづれ屋』という宿を根城に、冒険者達は情報交換をしていた。
「芳しくないな。一文字殿は?」
「新吉を見たっていう、ええと、三助って人の家に行って話を聞いてきた。野菜の流し売りをしてる行商人なんだけど、武家屋敷街の近くで新吉が走ってくのを見たってさ。すごく急いでて、挨拶も出来なかったって」
一文字龍牙(ea3343)はこの場に居る中では最も探し人に歳が近い。
「‥‥場合によっては、闘いになるかもしれませんね。よもや遅れをとる事はないと思いますが、私の様な戦闘を得意でないものはお気をつけ下さいますよう」
北天の言葉にそれぞれが頷いた。
●わすれなぐさ
北天はマハラと共に新吉の死体が上がった堀の付近を調べていた。去年の秋から今年の春まで、半年もの時間を冷たい水の中に居た子供──子供だった物体。死体が見つかった辺りは湧き水のせいで余計に冷たいという話だった。流れの上手側で茶屋を見つけて入り、茶屋娘が暇そうなのを見計らって懐から天山の描いた似顔絵を取り出した。
茶屋娘は似顔絵を見て分からないと首を振った。それは北天の予想通りでもあった。事件があった場所と見つかった場所は違う筈というのが北天の考えであったから。
「その子供が持っていた手紙を手に入れたのですが、届け先が分からずに困っています」
まだ拙い話術で噂の種を撒いてゆく。そうなんですかと茶屋の娘は一応は相槌を打ったが、今ひとつ反応が薄いようだ。それでもたくさん種を撒けば一つか二つは芽を出すかもしれない。北天たちはまた別の場所へと歩き始めた。
同じ頃、一文字は最後に新吉を見たという三助の家近くを散策していた。
「‥‥せめておさとさんの安否ぐらいわからねぇと新吉もうかばれやしねぇ、それにお袋さんだって‥‥うっし!いっちょやってみっか!!」
ぐっと気合を入れ、子供が秘密の場所にしそうな場所──小道、抜け道、獣道を探す。街中で獣道というのも変だが、猫がすり抜けていく塀の穴のような場所もあり、小柄な一文字は五感を駆使して道を辿っていく。行く先のあてはないが、手がかりが欲しかった。
出し抜けに目の前が開けた。新緑が鬱蒼と生い茂り、瓦屋根の建物がある。空いた間口から見える様子でそこが寺だと知れた。境内では幾人もの子供がきゃあきゃあはしゃぎながら遊んでいる。一文字は額の汗を拳で拭って、走り回る子供達に近づいていった。
「なあ、お前ら新吉の友達か?」
声をかけると子供達が立ち止まってこちらを見た。パラゆえの背の低さと、童顔であることもあいまって、すんなりと子供達は警戒を解いた。
「あたしは花よ。こっちは妹の千代、みんなはちぃ坊って呼んでる」
「俺は喜助ってんだ。お花ちゃんたちとは同じ長屋で暮らしてる。新吉って、悪いヤツに殺されたんだろ? 父ちゃんたちが言ってたから知ってる」
「あたしたち、ここで遊んだことあるもの、ねえ? でもいつもはここじゃないところで遊んでいたみたいで、ずっと会ってなかったんだけど‥‥」
「それなら、お前らこの女の人知らねぇか?」
がさごそと一文字は似顔絵を取り出して見せた。子供達は食い入るように似顔絵を見ていたが、やがて困ったような顔で首を横に振った。
「そっか‥‥」
落胆した様子を隠せない一文字。おもむろにその辺りに転がっている大きな石をひっくり返してみる。
「よいこらせっと‥‥こ、これは! ‥‥な〜んてな、こんなとこに何かあるわけもねぇか‥‥」
●とりかぶと
望月滴(ea8483)は単身、江戸の町を歩き回っていた。おさとが生きているなら必ず食べ物や寝る場所が必要になる。それが「秘密の場所」なのではないか、そう推理した。望月はその場所が寺社領ではないかと思い、奉行所を訪ね、廃寺も含めて場所を教えてもらった。大きなものから小さなものまで、その数は一人で回るにはかなり多いように感じられたが、時間はある、と思い、まずは廃寺めぐりを始めた。
「もし、そこのお方。顔が疲れておるようじゃが」
その声にはっと足を止めると、湯田が笑っていた。仲間の情報の交換場所として辻占という位置取りをしたつもりが、なかなか情報らしい情報は入ってこず、いささか手持ち無沙汰の風であった。
「やはり他の方もまだ消息を掴めませんか」
「そのようだな。天山殿は新吉の家に行ったが、慰めようとしたのが逆効果になったらしい」
小さな長屋の片隅で、新吉の両親は暮らしていた。新吉が行方不明になった当時、父親は行商の品物の仕入れのために江戸を離れていた。身重の母と新吉の、事実上の二人暮しだったのがこんなことになってしまったために、夫婦仲もぎくしゃくした時期があったらしいが、赤ん坊が生まれてからはそれどころではない。
また迷子札というものは読み書きの出来るものが少ないこの時代には珍しいもので、新吉の場合、僧籍に入った親戚が守り札も兼ねて作ってくれたものなのだそうだ。水から上がった時に着ていた着物よりも、迷子札の方が新吉である事を確認する決め手になったと言ってよい。
だが天山は、
「息子さんはきっと生きてる、あんたが信じないでどうするんだ」
と言ったために、追い返されてしまった。慰めの一つで仕事が上手く行くこともあれば、逆の場合もある。先にギルドに母親が依頼を出したときであればきっと喜ばれたのに違いないが。
冒険期間中、冒険者達は新吉の家には立ち入ることを許されなかった。
●れんぎょう
「何故、新吉さんが亡くなったのか。自殺、他殺‥‥どちらにしても、亡くなった理由が分かりませんね。おさとさんが生きているのなら、何故自分で手紙を渡しに行かないのか、それ以前に、何故親に会いに行かないのか。会いに行けない事情があるのでしょうか? 例えば、何処からか離れられないとか‥‥。新吉さんが渡す予定だった手紙の内容が気になります。自分の居場所でも書いていたのでしょうか?」
ルシファーは一人、ただ呟いていた。誰も答えない。宿の食事は可もなく不可もない味で、食べれば確かに腹は膨れるが、胸に残るわだかまりは消えるものではない。徒に日数ばかりが過ぎていた。
たくさんの場所を歩き、ここでもないあそこでもないと範囲を狭めていくにつれ、なぜか、狭まった範囲の中にもし居なかったら‥‥という不安な空気の方が仲間の間で濃くなっていった。
転機は不意にやってきた。
北天とマハラが今までどおり茶屋で噂話をして立ち去ろうとした時。
怪しげな男達がすうっと寄ってきた。
「あんたたち、こないだの土左衛門の手紙持ってるって?」
「面白そうだな、ちょっと見せてくんねえか?」
北天の背後に控えていたマハラは咄嗟に矢をつがえようとした。マハラの武器は弓だ。弓には矢をつがえねばならず、その分攻撃には時間がかかる。林の中で待ち伏せているならともかく、街中での戦闘で不意打ちをかけるのは難しいし、矢を一本放つ間に、もし男達が一斉に攻撃してくるようなら北天も自分自身も守りきれない。
「ここにはありません。仲間に渡してあります」
北天は声の調子を変えずに言った。
「案内します」
一瞬、マハラと目が合った。マハラは北天が笑っている様に思った。僅かに頷くと、北天の後ろをそっとついて行った。
道を歩いてゆくと、道端に辻占の男が手相見台を置いて座っていた。北天はじっと辻占の男の顔を見る。
「‥‥大声なんか出すんじゃねえぞ‥‥もししやがったら容赦しねえ」
北天に男の一人がドスを聞かせた声で脅しをかけた。
辻占の側を北天たちが一声も上げずに通り過ぎると、男達はほっとした表情を浮かべた。
つづら屋の前まで来ると。
冒険者達が取り囲んだ。湯田がテレパシーで北天と意思を通わせ、他の冒険者達に連絡したのだ。
男達が当惑している間に北天もさっさと冒険者側に逃げる。形勢は逆転する。男達はあっさりと降参した。
男達に話を聞いてみると、北天たちから手紙を奪えば金をやる、と、見知らぬ男にそそのかされてその気になったらしい。先に一両の大金を受け取ってもいた。しかし男の名前も居場所もわからないと言う。もし手紙を奪うことが出来たらこちらから連絡すると言ったらしい。もし手紙を上手く奪えるかを何処かから見ていたのだとすれば、既に冒険者達に降参したところも見たに違いなく、もう金を渡すために姿を現すことはないだろう。
問題だったのは一両金を包んであった半紙だ。
『おさと』の三字が、一面所狭しと書いてあった。一文字が半紙に顔を近づけた。くんくんと嗅ぎ、目を見開いた。
「これ、まだ新しい匂いがするぞ」
天山はまた別の部分に着目していた。指先で紙の表面をなぞる。滑らかに指が滑る。
「良い紙だ。きっと高いぞ」
その紙をお里の父親に見せると、間違いなくおさとの字だと断言し、号泣した。
止まっていたこの家の時間に、遅い春が萌していた。