【交渉人】 叱られて

■ショートシナリオ


担当:蜆縮涼鼓丸

対応レベル:1〜3lv

難易度:やや易

成功報酬:0 G 78 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月23日〜08月30日

リプレイ公開日:2005年08月31日

●オープニング

「おとうなんか、だいっきらいだーーーーー!!」
 彦丸は小さな体いっぱいの声を張り上げると、胸に子猫をぎゅっと抱いたまま、倉の中へと駆け込んだ。
 がちゃり。内からかんぬきをかける音がするのを聞いて、父親が驚く。
「あっ、こいつめ、かんぬきを掛けやがった! こら、出て来い、彦丸!」
 父親は倉の戸を力いっぱい開けようとして揺さぶるが、びくともしない。
 父親の怒声を倉の中で聞きながら、彦丸は、
「出て行ってなんかやるもんかーーー!! 無理に出そうとしたら、倉の中めちゃめちゃにしてやるからなー!!」
 と、叫んだ。
 子猫は彦丸の腕の中で、きょとんとあるじの顔を見上げていた。

「‥‥てぇなワケで」
 ギルドの係員が冒険者達に依頼人を紹介する。依頼人はこざっぱりとした身なりで、見たところ中堅の商人のようだった。その後ろに、それよりは庶民じみた格好の、依頼人と同年代の夫婦者が、おどおどした様子で控えている。
「まずはこちらが今回の依頼人、茶問屋の立花屋さんでさ。それと、こっちのお二方が」
「この度お世話になります、桜屋という小さな団子屋をやっております安兵衛と、女房のお葉でございます」
 中年の夫婦が頭を下げた。ギルドの係員は話を続ける。
「立花屋さんと桜屋さんは、先代からずーっと商売の取引を続けていて、今は家族ぐるみの付き合いだそうで。昨日、桜屋さんが商売の話で子供さんを連れて立花屋さんに行った時、子供さんが子猫を拾って来たってんですな」
「うちは食べ物の商売ですから、そんなもの飼えるかってこの人、カンカンに怒ってしまって、子供を殴ってしまったんです。本当に大人気ないったら」
 桜屋の女房、つまり子供の母親がそう口添えして、夫を睨む。しゅんとなった父親をなだめながら、立花屋は
「あの倉の中には色々と大事な品物も入れてありますので、粗相があっては困ります。どうか穏便にことを済ませていただきたいのです」
「まあその辺は手練れの冒険者が居ればどうってことは‥‥」
「いえ、そのことなんですが」
 立花屋はすまなさそうな顔で係員の言葉を遮った。
「実はうちの末の子が、訳あってこの度冒険者になる事になりまして、ちょうどいいってんで、出来たら説得の様子を見せてやりたいので。なるべくだったらあいつと同じような、冒険者になりたての新米の人をお願いしたいんですが‥‥いえ、ご無理でしたら是が非とまでは申しませんが」
 どんな論理だと思わなくは無いがそこは依頼人の希望である。
「‥‥まあ、なるべくご希望に添えるようにしましょう」
 係員は愛想笑いで頷いたあと、ふいと思い出したように首をひねった。
「しかし倉ってのは普通、中からかんぬきをかけるようには作られていないでしょう」
 立花屋は苦笑いを浮かべながら説明した。
「それが、倉を建てた大工の棟梁が間違えたんだか茶目っ気を出したんだか、出来てみたらそんな作りになっていまして」
 係員もまた話を聞いて苦笑いを浮かべる。そして、ああそうだ、と呟くと冒険者達にこっそり囁いた。
「桜屋の葛饅頭は絶品だと評判ですな。旨く行ったら馳走になれるやも知れやせんね」
 そしてまた依頼人達の方へ向いて、委細承知仕りました、と挨拶をする。
「子供を‥‥彦丸を、よろしくお願いいたします」
 彦丸の両親は深々と頭を下げた。

●今回の参加者

 ea0012 白河 千里(37歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea0085 天螺月 律吏(36歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ea3546 風御 凪(31歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb0939 レヴィン・グリーン(32歳・♂・ウィザード・人間・ロシア王国)
 eb2499 朱天 不知丸(30歳・♂・忍者・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●蔵前の花見
 立花屋の蔵の前に冒険者たちは集まり、よっこらせとばかりにござを敷いた。蔵の周囲には何本も木が植えられているが、中でも百日紅の木は濃い緑の中、枝の先に向かって薄紅色の花を燃えるように咲かせ、ちょうど蔵の前に涼しい葉陰を作っていた。蔵の前で座り込むつもりの冒険者たちは日よけの支度など何もしていなかったから、これはもっけの幸いであった。
 朱天不知丸(eb2499)は先ほどから落ち着かない様子で、手を握り締めては開きを繰り返していた。その肩に、ぽん、と手が置かれる。
「誰にでも『出発点』はある。何事も出だしが肝心、というしな。だが、初めての依頼で緊張しているのは分かるが、もう少し肩の力は抜いた方がいいぞ」
 天螺月律吏(ea0085)は朱天に微笑んだ。世界最強の侍と謳われることもある女性の言葉は、その名声に相応しい重みを持っていた。
「私たちも付いているしな。まあ、何やら団子目当ての者も中には居るようだが」
 くく、と笑いをこらえながら視線をめぐらせた先には、白河千里(ea0012)が差し入れてもらった団子をほおばっている図があった。
「いや、団子だけではないぞ。むしろ葛饅頭が目当‥‥」
「いちたー」
 急に天螺月が愛犬の名を呼ぶと白河は団子を取り落としそうになり、顔が強張った。
「犬禁止! 連れて来なくとも良い!! 繋いで置け!」
 風御凪(ea3546)は人当たりの良い笑みを浮かべ、のんびりと茶を飲みながら二人のやり取りを眺めていた。
「えーっと。犬も食わない、って言う方の喧嘩かな、あれは。ところで立花屋さん、蔵の中で保管しているのはどういったものですか?」
「商売の茶葉などもありますが、中でもとりわけ拝領の茶碗が一番大事なものですなあ。唐物の油滴天目茶碗で、まるで美しい星空をくるりと切り取ったような趣がありまして、もしあれをないがしろにしたとなれば‥‥」
 立花屋も桜屋も、いっせいに渋い顔をした。
「あの」
 思い出したように朱天が、
「そういえばレヴィン殿、ずいぶん遅いような?」
 と水を向けると、風御もうーんと首をかしげた。
「桜屋のお葉さんと話をしてくる、と言っていましたね。すごい方向音痴だって言ってましたけど‥‥まさか家の中で迷ったりはしないですよね?」
「‥‥一応、探してくるか」
 口元をぬぐった指をぺろりとなめて、白河が立ち上がった。
 数分後。
 白河に連れられてレヴィン・グリーン(eb0939)が現れた。手にはおにぎりの載った皿がある。
「遅くなりました。きっと彦丸さんは中でお腹をすかせているでしょうから」
 そう言ってから、レヴィンはふっと表情を曇らせて蔵を見た。
「どうしたんですか?」
 朱天に問われ、
「私は動物学者を生業にしているんです。人間と動物との共存は大きな目標ですが、必ずしもうまく行く訳ではありません。以前、同じような依頼があって、その時は」
 そこまで語ってから、言葉を切る。
 風がそよ、と百日紅の花を揺らした。
「‥‥だから、今度こそ、と思うのです」
 決意という固い土にしか咲かない花のような、柔らかな微笑がレヴィンの顔に浮かんだ。

●お子様冒険者登場
「はじめましてー!」
 元気の良い声に振り返ると、依頼人夫妻が一人の子供を連れて来ていた。どうやら依頼にあった『新米冒険者』らしい。小ぶりの刀なら楽に振り回せそうながっしりとした体つきをしていたが、背丈はそれほど大きくなく、ぱっと見14か15歳といったところか。くりくりとした目は好奇心をむき出しに、きょろきょろ冒険者たちを見比べていた。
 蔵の中で立てこもっている彦丸の双親も姿を見せ、並んで深々と頭を下げる。
 立花屋が子供の方を指し示しながら挨拶した。
「この度はよろしくお願いいたします。これがうちの末っ子の虎で‥‥まったくやんちゃばかりして親の言うことも聞かないで」
「まあまあおとっつぁん、あんまり怒るとハゲるよ?」
「こら、こいつめ‥‥と、すみません、お見苦しいところを。虎、お邪魔にならないようにするんだよ」
「はいはい。じゃあとっとと扉壊して中に入ろうよ?」
 平然と言い放った虎に、しばし冒険者たちは絶句した。
「あー、一日の長のある身として言えば、今回の依頼は蔵の中のものを壊さぬように、ということだから、荒事は避けるべきだろう?」
「それに、もし彦丸さんが怪我でもされたら、桜屋さんも悲しまれるでしょうしね」
 頬をぽりぽりかきながら白河は釘を刺し、レヴィンも苦笑を禁じえない。
「あーそうかー! なるほどー!!」
 虎は初めてそのことに気が付いたのか、手を叩いて大仰に驚いた。
「じゃあ彦くんどうするのー? 彦くん強情っぱりだよ?」
「虎、お前は黙って見ていなさい。お前が出てきたんじゃまとまるものも壊れてしまうよ」
 親にたしなめられ、やっと虎は不承不承後ろへ下がった。
「さて、こっちの出番だな」
 白河に背中を押され、朱天が一歩を踏み出した。
 大きく深呼吸して、朱天は蔵の扉の真ん前、ござの上に座り込んだ。風御、白河の二人も朱天を挟むように腰を下ろす。
「彦丸君、聞こえるか? 僕の名前は不知丸というんだけど、少しだけ僕の話を聞いてくれないか?」
「お〜〜い、彦丸君聞こえるかな?」
「‥‥誰だお前たち。おれはお前たちなんか知らないぞ」
 朱天と風御が呼びかけると、怒ったような子供の声が返ってきた。
「立花屋さんに頼まれた冒険者だよ。別に無理やり外に連れ出そうという気はないよ。今、仲間がご両親と話して悪いようにならないように説得してるから、気が向いたら出てきたら良いよ」
 そう語りかけながらも、風御はブレスセンサーで蔵の中の彦丸と子猫の位置をチェックしていた。
「子猫の名前は決めたのかい?」
 風見が問いかける。今度は返事が返ってこない。次に朱天がまた蔵に向かって少し大きな声で語りかけた。
「彦丸君。昔、僕が君ぐらいの年だった頃、君と同じように猫を拾ったことがあったんだ。やっぱり君みたいに親に反対されてね‥‥結局、河原で友達と世話をすることにしたんだ。でも、野放しで飼ってたから、ある日、走ってきた馬に蹴られてしまって」
 朱天は自分の体験をとつとつと語ったがやはり返事はなく、時折『にゃあ』と、か細く鳴く子猫の声が聞こえた。それでも、朱天は話し続けた。
「あの時は、本当に後悔した。ちゃんと、親を説得するんだったって‥‥だから、君には同じような思いはさせたくないんだ。絶対に、なんとかしてみせるから、お兄ちゃんたちのこと信じてくれないかな?」
「‥‥‥‥信じられないよ」
 声色から、唇を尖らせているらしいことがわかる。
 朱天ははーっとため息をついてがっくり肩を落とした。まあまあ、と先輩冒険者たちは朱天を宥める。
「初めて会った人間に言われても急に信用できないのも無理はないか‥‥これは、長丁場になりそうだな」
 白河がふふと悪戯っぽく笑った。

●腹が減っては
「うむ、うまいうまい」
「彦丸君のお母さんのおにぎりは美味しいですねえ」
「こら千里、行儀が悪いぞ、顔がご飯粒だらけだ。取ってやるからじっとしていろ」
「すみませーん、お茶のお代わりお願いします」
 蔵の前では盛大な宴会状態が始まっていた。ただし酒は入っていない。
「朱天殿、小豆味の保存食という珍しい物も有るのだが食べてみるか? しかしこう暑いとかき氷が欲しくなるな」
「まったく贅沢ばかりを‥‥。ほら、まだ付いている、じっとしていろと言うに」
「かき氷も良いが、葛饅頭が楽しみだな」
「先ほどの団子も美味しかったですから、ひんやりふるふるとした葛饅頭はさぞや美味しいことでしょうね」
 日本には上古の頃、太陽神が不興の折に岩戸の向こうに隠れてしまった、という伝承がある。神々は陽光を再び外に出すために宴を開いたと言われるが、冒険者たちの宴も少しばかりそれに似ていた。
 ふと朱天が食べている手を止め、反射的に蔵の方を振り返った。
「ん、どうした?」
「今、中から何か音がしたような」
「ほう?」
 冒険者たちは騒ぐのをやめて耳を澄ます。

 ぐううぅぅぅ。

「彦丸君、そろそろ出てこよう? その、腕の中の友達と一緒に、ご両親のところに行こう」
「‥‥うるさーい!!」
 もう一度朱天が勧めても、やはり彦丸は出てこない。
「仕方ないなあ。‥‥ああそうだ、君もこっちに来て座らないか?」
 風御は肩をすくめて、離れたところで様子を見守っていた虎を呼んだ。
「折角だし今までこなしてきた依頼の話でもしてあげようか? 去年の夏の百鬼夜行の話、那須の話、スケベな河童の話、ゲテモノ料理屋の調査の話‥‥何が聞きたい?」
 虎は目を輝かせ、ほかの冒険者にも話をねだった。
 順番に話をしているうち、空はとっぷりと夜の色に暮れた。

●心理作戦
 葉月も終わりに近づけば、いきおい夜風もそれまでの熱が取れ、ほんの少し秋色を帯びてくる。花樹の下では鈴虫の音色が涼やかに響いた。冒険者たちの大騒ぎも収まり、もう蔵の中には虫の声しか聞こえない。りーんりーんりーん。
 月は細くて、蔵の外も中も真っ暗に近い。
 そこへ、虫ではない声がした。
「起きているか、彦丸?」
 蔵の中、彦丸はまだ起きていた。眠れない、と言った方が良いかもしれない。布団も敷いていない固い床に寝るのは、辛い。それでもひざの上で丸くなった子猫の温かみを手のひらに感じながら、やっとうつらうつらし始めたところへ白河の声がして、はっとまた目が覚めた。
「お前の猫は、何色だ?」
「‥‥白キジ。背中が茶色くて腹が白いんだ」
「そうか」
 白河の声が途切れ、りーんりーん、虫の声だけがまた彦丸の耳に届く。
 虫の声がふっと途絶えた。虫と入れ替わるようにまた白河の声がした。
「私も猫が好きでな。二匹飼っている」
「二匹かぁ」
「ああ、二匹だ。一匹は赤毛で‥‥もう一匹は、黒い」
「ふぅん」
 りーんりーんりーん。再び、鈴虫の声が良く響いた。
 りーんりーん。
 りーんりーんりーん。
「‥‥あのさあ」
 りーんりーんりーん‥‥。
「‥‥ねえ?」
 りーんりーん。りーん。
「ねえってば!」
 彦丸はなんだか急に胸が苦しくなったような気がした。
 ひざの上から子猫を下ろし、手探りでかんぬきをようやく外す。そっと戸に力を掛け、僅かに開いた隙間から外を覗いた。
「今だ、朱天殿!」
「わぁぁぁ! 卑怯ものー!!」
 その隙を逃さず、戸を開け放って蔵に入った冒険者たちは容易く彦丸の身柄を確保してしまった。
「自己主張大いに結構だが、迷惑かける事はいかんぞ彦丸。まず立花屋さんに詫びような?」
 白河がじっと彦丸の目を覗き込む。
「彦丸」
「おとう?」
 騒ぎで蔵までやってきた彦丸の両親も、彦丸と同じように寝付かれなかったらしい。少しやつれた顔色をしていたが、今はほっと安堵の表情で、ことに母親は目にうっすら涙さえ浮かべていた。
「ぶん殴ったりして悪かったな。猫、飼っても良いぞ。ただし、世話はお前がしっかりすること」
「本当? 本当にいいの?」
「本当だよ」
「いやったあ!」
 彦丸はこぶしを突き上げ、飛び跳ねた。
 子猫は天螺月の飼い猫、ちさに背中を舐めてもらいながら、自分の飼い主をきょとんと見ていた。
 父親が急に心変わりしたわけではなく、レヴィンや天螺月が根回しをしっかりしておいたからだが、そのことは朱天や虎があずかり知らぬことだった。
 ちなみに、見学していたはずの新米冒険者、虎はと言えば。
 いびきをかいてござの上で眠っていた。

●大団円の団は団子の団
 翌朝、立花屋も彦丸の両親も、米つきバッタのように冒険者たちに頭を下げ通しだった。
「そんなに頭を下げなくても‥‥なんでしたら報酬の代わりに美味しい葛饅頭をお土産にもらえませんか?」
 風御が申し出ると、
「そんなもので宜しいのでしたら、もう何個でも」
 一も二も無く桜屋名物の葛饅頭が供された。
 つるりとした食感を舌の上からのどの奥まで送り、そのみずみずしさを堪能する。
「千里、頬張りすぎだ。あまり食べると頬が餅になるぞ?」
 天螺月がびよーんと白河の頬を引っ張る。
「頬を摘むな、摘むなら菓子を‥‥いや、前言撤回。そんなに食べると太るから、これは私が貰ってやろ」
 言い終わる前にもう片方の白河の頬も引き伸ばされた。
 それぞれの胸にさまざまな思いが去来する。
「茶々丸さん。私はあの時より少し何かを守れるようになれたのでしょうか?」
 子猫と戯れる彦丸をレヴィンは眺め、空に向かって問いかけた。
「大事なところで寝てしまったー」
 へらりと笑う虎に、風御は
「斬った張ったが冒険者のすべてじゃないよ。みんなが傷つかずに幸せになれれば一番いいんだ」
と進言した。
「こんなもので報酬になるのでしょうか?」
 彦丸の母親が心配そうに尋ねると、朱天は
「おかげで忘れかけてた、今は亡き小さな友を思い出させてくれた‥‥小さな友と小さな友情の暖かい日々の思い出。それが、何よりの報酬だから」
 と答えた。
 日はまだ高くなく、その日も暑くなりそうな気配だった。