納涼・滝の白糸

■ショートシナリオ


担当:蜆縮涼鼓丸

対応レベル:フリーlv

難易度:易しい

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月19日〜09月24日

リプレイ公開日:2005年09月27日

●オープニング

 みーんみーんみーん、とけたたましいと言ってよいほどの大合唱を響かせていたセミたちも、葉月を越えて長月に差し掛かると、ぼちぼち姿を消していく。
 朝方はだいぶ涼しくなったし、雨の降る日など、肌寒いことすらあるが、快晴の日には、やはり暑い。
 江戸の暑さはただ気温が高いというばかりでなく、その湿った空気がまとわりついて体力を奪うところに特徴がある。だから蒸し暑さに慣れていないものにとっては、涼しくなった、といわれても実感がわかないこともある。
 そして、『暑さに慣れてない』巫女が一人、寂れた神社の片隅でしなびていた。巫女装束も暑さに負けたか、なんだかよれよれしている。
「‥‥なんですかこの暑さは。月も変わったのですからそんなに照らさなくてもいいんです。せめて毎日が雨降りでしたらまだよろしいものを」
 太陽に向かい、力なくしゃべり続けるが、その様子は傍から見れば明らかにおかしな人である。
 突然、巫女の名を呼ぶ野太い声が境内に響いた。
「おーい、小夜。小夜はいるか? 兄貴が残暑見舞いに来てやったぞ」
 ぼんやり巫女がそちらに目をやると、色黒の筋骨隆々な男が6人、神輿のように何かを担ぎながら、どしどしとこちらへ進んでくるところだった。きゅぴーんと目の焦点がいきなり定まった巫女は、歓喜の声を上げた。
「まあ、お兄様方! いつこちらへ?」
「うむ、今着いたばかりだ。父上からの伝言でな、ここと違って江戸は暑い、きっと小夜も慣れぬ暑さに参っておるだろうと。それで我らにこれを持っていってやれと言われたのだ。これがあれば暑さごときはたちまち吹き飛ぶはずだ、とな」
 先頭の筋肉兄貴が白い歯を輝かせて爽やかに笑った。そして6人の兄貴たちは担いでいた箱を静かに灼けた大地に下ろし、手早く荷解きを始める。
 中からは使い込まれてテカテカ光る竹材が現れ、半分に割った大量の竹材が兄貴たちの手によってかちゃかちゃと組みあがると、そこには巨大な流しそうめん装置が出現した。
「なんて素晴らしいんでしょう。これでしたら氏子の皆様もお招きして、納涼流しそうめん大会というのも素敵ですね‥‥?」
 言いながら、巫女の目は妖しく光った。

「てぇなワケで」
 ギルドの係員は幾度も越後屋手ぬぐいで汗をぬぐいながら、冒険者を少しうらやましそうに見渡した。
「夏を納める流しそうめんの大会を神社の境内で行うので、手伝い、もしくはにぎやかしに大会に参加してくれる冒険者を探されてるそうで‥‥」
 ちら、と依頼人たちに目をやる。6人の筋肉兄貴たちに囲まれて、巫女が幸せそうに微笑みながら説明を始める。
「今回の流しそうめんのおきては次のとおりです」
「ひとぉーつ!」
 兄貴の一人が野太い声で叫びながら、もりもりと大胸筋を盛り上げる。
「まず、参加者は二人一組で参加していただきます。より早く、より多く、より美しく食べた組を勝ちといたします」
「そぉしてぇぇ!!」
 ふぬっと気合を入れた二人の兄貴が並んで力こぶを見せ付ける。巫女は微笑を絶やさず説明を続ける。
「そして今回の目玉はこちらの賞品」
 取り出したのは一本の煙管。係員は思わず本音をこぼした。
「‥‥なんだか古びてぼろっち‥‥げふんげふん」
「見るのだぁぁぁ!」
 残った三人の兄貴がお互いの手をがしっと握り、三角形の空間を形作る。ああ肉体の門。
 巫女はその古い煙管を大事そうに撫で、
「こちらの煙管は一見只の煙管ですが、あにはからんや。これこそはわが家に代々伝わる、由緒正しい霊験あらたかな煙管なのです。優勝者にはこれを差し上げるという、かつて無い大盤振る舞いなのですよっ!」
「‥‥あー、はいはい。ところで申し訳ないんでやんすが、そちらの兄さん方。ギルドでそういったことをされると他のお客様に迷惑になりますんで、お控えなすって下せえまし」
 係員と兄貴たちの身長差は一尺ほどもある。踏み潰されそうな圧迫感に負けまいと、勇気を振りしぼって係員が言ったが、巫女はあっけなくもぴしゃりとはねつけた。
「何を言うのですか。こんなすばらしい筋肉美は、見たくてもそうそう見られるものではないのですよ? これを見て感動しない人などいるはずがありません」
「いや、あっしは別に感動してやせんが」
「‥‥あなた、人の皮をかぶったワラジムシですね。きっとそうに違いありません。ああ、なげかわしい」
 すっぱりとこき下ろされて卑屈な気分になるのを止められない係員は、涙をこらえて冒険者たちに向き直り、
「そういうワケで、よろしくお願いしやす」
 と頭を下げた。

●今回の参加者

 ea0489 伊達 正和(35歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea2756 李 雷龍(30歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 eb1490 高田 隆司(30歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb3021 大鳥 春妃(26歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●盛者必滅
 間の悪いということはあるもので、江戸におかしな噂が出回るのと重なって、嵐の予兆か、生暖かい風が吹いた。
 風は案の定、やがてだんだん強くなり、大会の前日にはごうごうと音立てて吹き荒れ、傾いでうろの出来た老木などは幾本か折れて江戸の道のあちこち塞ぐような騒ぎになった。もっとも、倒れたのは枯れかけたような木ばかりだから、復旧にはそれほど時間はかからなかったらしい。
 大食い大会の決戦の地となる神社の境内にも大風はやってきて、おんぼろの神社をぎしぎし言わせ、瓦の何枚かをすっ飛ばし、色々と悪さをしてから去って行った。
 竹の流しそうめん装置は、6人のむくつけき兄貴たちが大風が来る前に接合部を解いて撤去し、神社の中に避難させたため、無事だった。だが、装置の再設置よりも先に、まず落ち葉が派手に散乱した会場の掃除から始めなければならなかった。
 無論、冒険者たちも駆り出された。伊達正和(ea0489)や李雷龍(ea2756)など、体力自慢の冒険者のおかげで、折れた枝だの、どこぞから飛んできた板だのの片付けもあっという間に終わった。
 李と組む事にした大鳥春妃(eb3021)もほんわかした笑顔で、こちらは台所仕事を手伝ったというか手伝わされたというか。
「わたくし、猫舌ですの‥‥あついものが食べられませんので、冷たいものは大好きですわ。流しそうめん、とても風流で素敵ですわね。わたくしのような小食でも、賑やかしになって、小夜様のお心に添えればよろしいのですけど」
 たすきがけをして借り物の前掛けをし、小首を傾げながら言う大鳥。
 小夜はそうめんをたらいに移す作業を止めて大鳥をじっと見た。
「小食は長生きのしるし、とも申します。細く長くはそうめんを食べるのにふさわしいのかもしれませんよ?」
「‥‥そういうものでしょうか?」
「ものは考えようですね」
 たらいはどんどん兄貴たちの手で積み上げられていく。
 巫女はふと、何を手伝うでもなく手持ち無沙汰に眺めている、猫背の冒険者に気づいた。
「ところで、今回は宣伝などはされないのですか?」
「え、何で?」
 高田隆司(eb1490)があくびをしながら答えると、巫女のこめかみにぴきんと青筋が一本浮かんだ。
「以前の冒険者の方は、そういったことも自発的にやって下さいましたが。あなた方はこの大会を成功させるためにいらっしゃったのではないのですか?」
「いや、別に俺はタダ飯が食えるっつーから来ただけだし。飯食って寝るだけの依頼なんてのなかなか無いからねぇ‥‥あー、眠ぃ‥‥ふあぁ」
 大きなおにぎりの二つ三つも入りそうな、大きな口を開けて欠伸をした高田を見て、巫女はこぶしをプルプル震わし、くるりと反対方向を向いてずかずか立ち去った。
「なんだねありゃ。反抗期かね」
 首筋の後ろあたりをぽりぽり掻きながら、高田はのんびりつぶやいた。
 後日、本道の床下の柱から、なにやら姿勢の悪いわら人形が、釘を数本ぶすぶすと貫通させた状態で発見されたということだが、この時点ではそんなことは誰も知る由は無かった。ただ、近くの金物屋の話では、巫女が薄笑いを浮かべながら五寸釘を大量に買い込んでいったという。

●適者生存
 伊達はきょろきょろと参加者を見回した。単独で参加したために、二人組を組む相手を探していた。二人組を組むのは参加資格であったから、一人のままでは参加すらおぼつかない。参加するためには、どうしても相手を見つけなくてはならなかった。
「よ、俺と組むかい? あちらさんはしっぽりと逢引のようだし、あぶれた同士で組むのが妥当なところじゃないかね」
 高田が伊達に声をかけたのは、伊達にとって渡りに船といったところか。伊達は高田の手をしっかと握り、気合を入れた。
「よっしゃ、いざ兆戦!」
 大食いならこのメンバーの中では一番を自負していた。
 会場となった境内の、一番社に近い、一段高い場所に巫女が立ち、客に向かって深々と頭を下げた。
「では、これより納涼流しそうめん大会を始めたいと思います。参加者は位置について」
 巫女はしゃらんと音を立て、神楽鈴を振りかざした。
「よーい」
 箸を構える参加者たち。
「始め!」
 巫女の声かけと同時に、ふんどし一丁のたくましい兄貴たちが、たらいのそうめんを次々と竹筒に流し込んでゆく。
 戦術的なことを一切考えていなかった冒険者たちは、ことごとく位置取りに失敗し、かなり下流の席に陣取ることになった。
 当然アドバンテージは他の参加者に奪われ、下流にたどり着くまでに麺はほとんど食べつくされてしまう。
「‥‥大丈夫でしょうか?」
 未だに一筋のそうめんも口に出来ずにいる大鳥が、不安を滲ませた瞳で李を見上げた。李は大鳥の肩にやさしく手のひらを置き、労わるように微笑した。
 まあ、そこまでは良かった。ごく普通の、ありきたりな、ただの大食い大会の一風景だった。
 何回目かの白い放流が過ぎると、腹が満たされた一般参加者はぼちぼち脱落し始めた。彼らはすこぶる幸せであった。なぜなら、この後に起こる惨劇を観客席から眺めることが出来たのだから‥‥。
「お待たせいたしました、ここからは皆様が持ち込まれた薬味をまぶしたそうめんを流します。流されたそうめんは必ず、何があっても食べてくださいね。箸をつけなかった方は即失格となります」
 兄貴は超絶笑顔でたらいの中身をざばーんとぶちまけた。そうめんが流れてくる。
 初っ端の薬味はねぎだった。これは楽勝。次はごま。その後みょうが、しそなど特に目新しくも無い薬味が続き、その次は。
 黄色い麺が流れてきた。
 箸をつけたものは一様に微妙な表情を浮かべる。
「芸術的って、どう食うんだよ‥‥」
 始めのうちは戸惑っていた伊達も、何かに開眼したように急に頷くと、流れてきたそれを、箸を両手に一本ずつ持ち、滝の流れの様な麺を糸巻きのように絡めとり、付け汁に浸すや否や、稲妻の速さで飲み込んだ。ある意味確かに芸術的な光景であった。ごっくん、とのどを鳴らして飲み込んでから、伊達は叫んだ。
「あっまぁーーーーい!!」
 相方の高田も恐る恐るそっと摘まんで口に運ぶ。少し遠い目になった。
 李と大鳥も取れるだけ取って、つるりとすすりこんだ。
「これは‥‥なんとも」
「‥‥はちみつの味のような気がいたしますわね。おそうめんではなく、何かのお菓子だと思えば‥‥」
 けなげにそう言いながらも、色白の大鳥の顔はよりいっそう青白みを増していた。

●祭りの後・もしくは後の祭り
 その後も種々雑多な薬味(?)がそうめんと一緒にどんぶらこどんぶらこと流れてきては悲鳴が飛び交ったり倒れるものが出たりした。納豆や大量のわさびなどはまだ良いほうであった。
 あるときは殻付きの生卵が流れてきた。またあるときは泥鰌が生きたまま流され、さながら鯉の滝登りのごとくそうめんの流れを逆送しようとする様子はユーモラスでさえあった。
 高田はしっかり白と黒の境目を見極め、害の無い部分だけを掬い取り食べた。
 一方、大鳥は既に意識を失いかけつつも、かろうじて李に寄りかかって耐えていた。
「大丈夫ですか?」
 顔を覗き込む李の視線に気が付くと、大鳥ははっと身体を離し、顔を赤らめた。
「大丈夫‥‥です」
「春妃さん、麺をあなたが食べてください。それ以外は僕が食べます」
 大鳥は小鹿のような黒い目を見開いた。
「僕はひたすら食べることしか出来ませんから。取りこぼしは僕がフォローします。だから、食材を無駄にしないように、頑張りましょう」
 真摯な表情の李を見て、大鳥は頬を赤らめ、こくんと頷いた。
(雷龍様が御一緒してくださるとおっしゃいますので、どんな着物を着て行こうとか、はしゃいでいましたけれど、これは依頼なのですものね。はしゃいでばかりは、いけませんでしたわ!)
 向かいのほうでは伊達がパワフルに掻き込んでいる。
「だりゃああ、滝の白糸、激流食いぃ〜!!」
 ずびゃずびゃと音を立てて豪快に吸い込む様は、まるで鳴門の大渦のよう。李は、汁がはねるのを大鳥にかからないように、自らの後ろへ彼女を移動させた。

●光陰如矢
 最後に流れてきたのは、ちくわの塩漬けを輪切りにしたものだった。そのときには立って流しそうめんを食べているのは冒険者たち4人だけとなっていた。最後はまともな食材で、全員がほっとしたのに違いない。
「そこまで。なるほど、二組、4人の方が残られたのですね」
 高田が右手を上げた。
「俺はもう降りるわ、眠いし。もともと商品目当てじゃなかったんだしな。あとはよろしくやってくれ。俺は、寝る」
 一方的に宣言した高田は、残りの冒険者たちを尻目にすたすたと境内の木陰に行き、木にもたれかかって3秒で寝息を立て始めた。
「では、残りのお三方で優勝を決める、ということでよろしいでしょうか?」
 3人の冒険者はお互いの顔を見合わせながら、頷いた。
 審査員たちはしばらくごそごそと額を合わせて相談していたが、すぐに話し合いの決着はついたようだった。
「大鳥春妃さんを優勝といたします」
 わーっと観客から拍手が巻き起こる。
「食べた量は伊達さんのほうが多かったのですが、食べ方があまりにも汚い。礼儀作法を遵守すべき武士の身にありながら、いかに主君を持たぬ浪人とはいえ、あの食べ方はあまりにひどい」
「箸の先は濡らしていいのは先の一寸。握り箸、涙箸、横箸に掻き込み箸、悪い行儀の見本市ですな」
「でも、大鳥さんは背筋も伸びて綺麗に食べてらっしゃいましたし」
「それと、李さんと助け合っているのが良かった。いや実に美しい」
「ということで、賞品の煙管は大鳥さんにお渡しいたしますね」
 巫女が恭しく紫の布に包まれた煙管を大鳥に手渡す。
 会場の拍手がよりいっそう大きくなった。
「ま、仕方ないか」
 伊達は苦笑いして肩をすくめつつも素直に二人に祝福の拍手を送った。
 大鳥は手にした煙管の重みを手のひらで味わいながら、恥ずかしげに李に微笑みかけた。
「おめでとうーーーー!! そーれ、わーっしょい、わーっしょい!!」
 そこへ6人の兄貴たちが大鳥を取り囲み、胴上げを始めた。
「ひっ! 雷龍さまぁーーーっ!」
 思わず悲鳴を上げる。李はあわてて走りこみ、兄貴の一人にタックルを食らわせて弾き飛ばすと、大鳥を受け止めようと手を伸ばした。
 大鳥は落ちながら、ゆっくりと李の心配そうな顔が近づくのを見ていた。そして、ふわりと李のたくましい腕が自分の体を支えたのを身体で感じた瞬間、そのまま気絶した。