かえるの歌と虫の声

■ショートシナリオ


担当:蜆縮涼鼓丸

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:4人

サポート参加人数:2人

冒険期間:10月18日〜10月23日

リプレイ公開日:2005年10月27日

●オープニング

 江戸の一角に、筆屋と紙屋と硯屋を営む三兄弟があった。
 この三人は店も隣同士の仲良しで、春には花見、夏には夕涼みと、月に一度は三人一緒に行楽をしていた。
 秋ともなれば月見に紅葉、行楽のタネには事欠かない。
「今度はどこへ行こうか?」
「どこにする?」
「虫の声なんか聞きたいねえ」
「虫の声かあ」
「いいねえ!」
「俺、虫の声がすごい場所知ってるよ」
「行こうか」
「そうしよう!」

 そんな相談の末に三人は、江戸を少し離れた、とある草原にやってきた。
 ところが、いくら耳をそばだててみても、ちっとも虫の声がしない。
「おかしいなあ、去年の今頃はうるさいくらいに虫が鳴いていたのに」
「場所を間違えたんじゃないか?」
「そんなはずは‥‥うわっ!」
 硯屋がちょうちんで辺りを照らしてみると、茂みを透かしてピカピカ光るものが、ひい、ふう、みい、全部で六つ。
 そして急に茂みからなにかがぴゅっと飛んで来て、硯屋の服にぴちゃり、音を立てて当たった。
 硯屋はそのまま目を回して昏倒する。
「なんだ、なんだ?」
「とにかく逃げよう。何かいるぞ」
 二人の兄は弟をおぶって、その場から逃げ出した。

「‥‥ということでやんす。硯屋さんは幸い、すぐに解毒してもらってご無事だそうで」
 ギルドの係員が説明し終わるのを待たず、しゃべり始める依頼人三兄弟。
「あれはきっと、蛙だよ」
「ぴかぴかしてたよねえ、蛙の目玉」
「何か気味の悪い生ぬるい水をかけられたよ。あれがきっと毒だったんだねえ」
「どうか、やっつけてくださいよ。あんなのが居るから虫だって鳴くに鳴けないわけだ」
 男三人寄っても姦しいとはこれいかに。

●今回の参加者

 ea1407 ケヴァリム・ゼエヴ(31歳・♂・ジプシー・シフール・エジプト)
 ea6952 ギル・ロウジュ(35歳・♂・ウィザード・エルフ・フランク王国)
 eb2313 天道 椋(35歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 eb3701 上杉 藤政(26歳・♂・陰陽師・パラ・ジャパン)

●サポート参加者

湯田 鎖雷(ea0109)/ 風御 凪(ea3546

●リプレイ本文

●ぶりーふぃんぐたいむ
「‥‥というわけで、以上が毒蛙の習性、ならびに食性の情報です。何かほかに判らない事はありますか?」
 にこにこと毒蛙についての講義を終えた風御凪、すっかり教師風味。
 一人のシフールが、はーいせんせー、と手を上げた。
「何でしょうか、ケヴァリム君」
 すちゃっと席から立ち上がった小さなサイズのどてらいシフール、ケヴァリム・ゼエヴ(ea1407)は、笑顔──笑顔にもし急性と慢性があるとすれば、間違いなく慢性の──で尋ねた。
「ちょうどいい機会だし聞いちゃおっかな♪ せんせー、おやつは3Cまでですか?」
「いい質問ですね。ちなみにかすていら風味の保存食はおやつに含まれません」
 おおー、とどよめきつつメモを取るケヴァリム。で、おやつは3Cまでなのかどうかという本題は、この時点で既に頭の中から希望の彼方に飛び立ったらしい。シフールですから。
「よーしガルゥおにーさんがんばっちゃうぞー☆ 毒蛙さんをキャッチアンドリリースして、日本の『わびさびぃ』を学習しちゃうもんね〜」
「いや、キャッチはともかくリリースはまずかろう。あと、これは頼まれたブツだ。ぷれぜんと・ふぉー・ゆーだな。うむ」
 湯田鎖雷が突っ込みついでにぽいとケヴァリムに布袋を渡した。
 薄い桃色のかわいい袋で、口は抹茶色の紐できっちり縛ってあり、ちょうちょの形にかわいらしく結んである。一見したところまるで何か贈り物のようだが、なぜか袋はもぞもぞ不気味にうごめいていた。
「あ、例のモノ、用意してくれたんだね、あーりがっとー!」
 ケヴァリムの屈託の無い笑顔にがんばれよ、と返してから、そうか、かすていら風味の保存食はおやつに含まれないのか‥‥と湯田は一人、謎めいた微笑を浮かべるのだった。
「椋さん、こっちもこれ、お渡ししておきますね。3人分でよかったんですよね?」
「あれ‥‥?」
 風御から三本の棒を受け取り、首を傾げる天道椋(eb2313)。湯田と風御は助っ人なのですぐ帰る。そうなると残るのは──。
「俺っちと天道さんの二人っきりってコト? ‥‥いやんっまいっちんぐ〜☆」
 シフールは何故か照れ、人間たちは微妙な笑顔で固まった。

●そして今、人生初の二人の共同作業が
 早朝。件の草原に場所を移して、二人は行動を開始した。ケヴァリムの方でも湯田に棒の用意を頼んでいたために、なぜか手元には計8本の棒が、大小太細とりどりに揃えてあった。
 湯田は愛馬めひひひひんの背にくくった荷物の中から棒を取り出し渡すときに、ケヴァリムたちに向かい少し自慢げに語ったものだ。
「まず、これは一間半の竹延べ竿。鯉でもフナでも釣れるいい竿だ。そしてこっちは物干し竿。20年に一度のご奉仕価格で売っていた。それから棒はヒノキの棒、樫の棒、でくの棒と揃えたぞ。『職種を問わず扱える駆け出し冒険者のための武器』として重宝なのだそうだ」
「湯田さん、でもこれ『材質は杉です』って書いてあるよ〜?」
 何気ない天道の一言の後、訪れる一瞬の沈黙。
 湯田は黙って小刀を取り出すと、ごりごり注意書きを削り落とした。
 とりあえず、この長物たちの入手先が越後屋で無いことだけは明らかだった。
 それはさておき。
 早朝と言う時間帯を選んだのはある思惑からだった。
「ほら、早起きは三文の得って言うし?」
「‥‥それだけ?」
 卵の一つも丸呑みに出来そうな大きさの大あくびをしながらケヴァリムが言う。
「てっきり、今の時期は朝が寒いから、毒蛙さんも動きが鈍いからカモ? な〜んて思ってたんだケドっ☆」
「もちろんそうだよ。明るいうちなら見やすいしね。それに倒した後、夕方か晩に依頼人連れて虫の声を聞くとしたら、蛙が居なくなってしばらくしてからでないと虫も戻ってこないだろうし」
「な〜るほどっ☆ じゃあ俺、飛びながら毒蛙さんを探してみるからヨロシクっ」
 ケヴァリムはまるごとオオカミさんやらどらごんのぬいぐるみやらの入っている重たいバックパックを置き、ふわりと蝶の羽を広げて飛び立った。
「じゃあこっちも、っと」
 天道も棒を一本掴み、草地に一歩踏み込んだ。
 手にしたのはたまたまあのヒノキの棒で、その先端は湯田によって鉛筆の先のようにきれいに尖らせてあった。足を踏み込む前に前方を突き、確認しながら進む。数歩進んだとき、
「ぐちゃ」
 と棒を突いた先になんとなく嫌な手ごたえを感じた。おそるおそる、棒を手元に引いてみる。
 頭部をヒノキの棒に貫かれ、手足をだらんと弛緩させた毒蛙の姿がそこにあった。享年5歳(推定)。
 気分はせつなさ乱れうち。

●空を見ろ、虫だ
 ケヴァリムは上空から偵察し、石の上で甲羅干しをしている一匹を発見した。すぐさま取って返し、湯田が用意したもぞもぞ動く袋のところに行き、紐を解いた。にょろりと中身──小さな蛇が姿を現す。シフールのケヴァリムでも運べるようなサイズの、赤黒いまだらの蛇だった。
 ケヴァリムがスネークチャームを使うとあっさりと蛇は魅了され、ケヴァリムに連れられて空中散歩へ。ケヴァリムはおとなしい蛇を抱えて毒蛙の上空から蛇を投下した。ぽて、と腹から落ちた後、蛇はにょろにょろ毒蛙めがけて進んだ。
 毒蛙の、金地の丸に黒で一という字を描いたような目が、ぎょろりと動いて蛇を見た。
 ケヴァリムはどきどきしながらそれを見守る。
「一匹でも食べてくれたら、もうけモノなんだケド‥‥」
 じりじりと近づく、蛇と蛙の距離。ここにナメクジでも居れば三すくみが完成するが、今はその時ではない。
 生物界の戦いは一瞬で決まる。まさに乾坤一擲と言うべきか。
 ケヴァリムは、急に視界から蛇を見失って思わず目をこすった。本当に一瞬の間のことだった。蛙はそのままの位置にそのままの格好で、変わらずうずくまっている。その口がゆっくりと動き、何かをもぐもぐ飲み込むのが見えた。
 50cm弱の身長のケヴァリムが運んできた蛇だから、それほど大きくはない。蛙のほうは一尺あまりの大きさで、横幅や厚さまで考えれば、本来蛙の敵である蛇と言えども、エサとなる運命にあるのはやはりこちらのほうだったろう。
 毒蛙の濡れた目がまたぐるりと動いて、こんどはケヴァリムを映した。
 びゅっと飛んできた毒液を、ケヴァリムはひらりとかわす。鈍重な毒蛙の動きが身軽なシフールにかなうはずもない。ただ唯一誤算だったのは、幾度も飛んでくる毒液をかわすうちに、高度の維持に気が回らなくなっていたことだった。
 また毒液を避けた瞬間、しゅっとムチのような舌が、今度は背後から伸びてきて、ケヴァリムの身体を絡め取った。その速さは、ケヴァリムにとっては急に地面の方が接近したように感じられるほど。
「に゛ゃああああああ!!」
 事態を悟ったケヴァリムの悲鳴が響き渡り、天道はそちらの方向をはっと見た。
「ケヴァリムち、大丈夫?!」
 急ぎながらも、ヒノキの棒でしっかりと、ざくざく足元を確かめながら声の方へ駆け寄る。
「あんまり大丈夫じゃないカモ〜」
 やっと発見したとき、ケヴァリムの身体は半分毒蛙に食べられかけていた。頭から飲み込まれていないのは幸いだった。もし頭から食べられてしまっていたら、叫びは天道に届かなかっただろうから。
 天道は状況を見て取ると、手にしたスクロールを広げ、念じた。淡い銀色の光が天道の身体を包むと、効果はすぐに現れた。
 口の中のものを飲み込もうとしていた毒蛙の動きが止まった。これ幸いとケヴァリムは必死に脱出する。半身が生臭くはなったが、羽を損なうこともなく脱出は成功した。
 引き続き、天道は別のスクロールを取りだし、念ずる。今度は赤い色の光が薄く現れたかと思うと、毒蛙の居た場所からごうと音を立てて火柱が吹き上がった。火柱が消えた後には生焼けの蛙が残り、周囲に火の痕跡はない。
「自然とお肌に優しいマグナブローで、もう一発! たーまやー!」
 既に重傷で四肢をひくつかせている毒蛙に、止めとばかりにもう一度マグナブローの火柱を立てる。毒蛙はウェルダンにこんがりと、ジューシーかつ香ばしく焼きあがった。
「天道さん、まだ一匹いるよ!」
 ケヴァリムが指差した先には相変わらず王者の風格をたたえながら石の上に鎮座する毒蛙の姿があった。
 天道は三枚目のスクロールを取り出した。広げ、念ずるが、今度は何の変化もない。今度は天道がすちゃっと毒蛙を指差して、
「ケヴァリムち、飛ぶんだ! そしてヤツをあそこからどかして欲しいんだ。大丈夫、君ならできるっ、明日に向かって、飛べ、飛ぶんだケヴァリムち!!」
「えっ、ええ? よくわかんないけど、俺、飛ぶよ〜☆」
 シフール、飛ぶ。毒蛙は飛ぶ影を眼で追い、ジャンプした。ケヴァリムは余裕で避ける。放物線の頂点を通り過ぎた蛙が地面に触れた瞬間、びりびりと引き裂くような激しい音で空気が震えた。
 毒蛙、ひっくり返る。
「これで三匹か」
 天道がそうつぶやいた時。
 りぃぃぃぃん。
 曇りなく響く、一匹の鈴虫の声が聞こえた。そして、それを皮切りに一斉にさまざまな虫が鳴き始めたのだった。

●これっくらいのお弁当箱に
「本当にお世話様でした、ささ、弁当をご一緒にどうぞ」
 三兄弟が差し出した弁当は漆塗りの重箱に詰められた豪勢なもので、マツタケご飯を俵型に握ったおむすびを始め、紅白なます、焼きぎんなん、ぶりの幽庵焼きに胡麻豆腐。キスの紫蘇巻き、小芋の煮しめにナスの煮びたしと、松之屋の寿司よりも値がはりそうな内容だった。
 ところで、世の中には美食があるように、悪食もある。
 天道はふっふっふと含みの有る笑いを浮かべていた。
「京都から渡って来て、初めて知ったね〜、毒蛙って食えるんだってさ。凪の話だと、江戸には蛙屋ってゲテモノの店があって、生きてる心臓丸呑みの珍味なんかがあるって言うし、こりゃ、この毒蛙話の種にも食わなきゃならんでしょ」
「‥‥なんで?」
 奈良漬をぽりぽりかじりながらケヴァリムが首をひねる。
「止めるなケヴァリムち、俺は伝説になるんだ〜」
「うん、止めないけど、毒消しいる?」
「いや、一応毒消し草持ってるからいいよ。さぁ右手に持ちますわこんがり丸焼き毒蛙〜左に持ちますわ一応の毒消し草〜どうなるかはお楽しみ〜」
 べべんべんべん。
「あのさ‥‥毒消し草って言うかそれ普通のドクダミに見えるんだケド」
「いっただっきまーす」
 依頼人達ともう一人の冒険者が見守る中、天道は伝説を目指し、星になりそこなったらしい。