にひきのねこが

■ショートシナリオ


担当:蜆縮涼鼓丸

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや易

成功報酬:1 G 8 C

参加人数:8人

サポート参加人数:5人

冒険期間:10月22日〜10月27日

リプレイ公開日:2005年10月30日

●オープニング

 京都の歴史は古い。
 京都の人と『この前の戦』の話をしていて、どうもおかしいと思ったら、100年も昔の話だった、なんていう小話があるほど、都に住む人はゆったりとした時の流れに身を置いている。
 さて、今回の依頼人の十条氏の十条家という家柄は、一時はそれなりの権勢を誇った時代もあったらしいが、今のところおおむね、公家ではあるがその身分高からず低からず、褒められもせず苦にもされずといった按配だった。身分が低くないとは言え、豪勢な生活が出来るほど裕福でもない。
 この十条家の当主というのがまた目立たない男で、御所で行われた重陽の節句祝いに行ったあくる日、公家仲間に
「昨日の節句は楽しかったなあ、お前も来ればよかったのに」
「いや、行ったよ」
「嘘をつけ。見ていないぞ」
 などと、言葉を交わした相手にすら言われてしまうくらいに存在感が薄かった。
 こんな十条家にも唯一、自慢できるものがあった。
 決して大きくはない庭にある、人の背の何倍もある一本の木。この季節になると、金赤のこまかな十字の形をした花を、たくさん、たくさん咲かせる。甘くて華やかで少しほっとする香りは、離れた道を歩いていてすら気づくほど。香りに気づき、どこからだろうと見回しても花の姿は見えないほど、遠くまでこの香りは届く。
 その木の名前を、きんもくせい、という。
 十条家に伝わる話では、はるか昔、聖徳太子の御世に華国に向けて使節が使わされた折、使節が華国から持ち帰ってきたさまざまなものの中にこの木の種があり、宮中に植えられ大きくなった木の枝を十条家の先祖が拝領し、挿し木で育てたのがこの木なのだそうだ。
 毎年秋の花の時期になると、花の香りにつられてこの家を訪れるものが多くなる。公家仲間も手土産を持って尋ねてきては香りを聞いたり、眺めて歌を詠んだり、いつもの、どこか忘れ去られて時の狭間にたゆたっているがごとき十条家とは別の家のようになる。
 だから、十条家の家人はみな、生き返るようなこの季節が好きだった。

 異変は今年最初の客が栗を持って訪れたときに起こった。客が金木犀の木の下に佇み、目を閉じて深呼吸したとき、

 ‥‥転んだ。

 何が起こったのか訳もわからず、痛む尻を押さえながら辺りを見回すと、まるまるとした白い猫が二匹、走っていくのが見えたそうだ。
 次の日、一家で来た客にも同じことが起こった。庭で悲鳴が上がり、十条氏があわてて見に行くと、一家4人が立ち上がっては転び、立ち上がっては転びしていた。細君はきゃあきゃあと悲鳴を上げていたが、子供達はむしろ面白がっていた。立ち上がるたびに、白い猫が足元にぐるぐるまとわりついて転ばしているのだった。
 十条氏は泡を食って、履き物を投げつけた。猫達はそれをするりと交わして逃げ去り、投げた履き物は客の顔に当たった。
 また次の日も、そのまた次の日も同じようなことが起こり、困った挙句、人づてに尋ねまわって、それが「すねこすり」という物の怪らしいと判明した。もっとも、普通のすねこすりは夜の暗がりに出るというのだが、どうしたことか十条家のすねこすりは、昼であれ夜であれ、きんもくせいの木の下に客が来ると決まって出る。陰陽寮で退治をしてもらえないか頼んではみたが、未だ黄泉人の災いから覚めやらぬ今日、せいぜい人を転ばすのが関の山の妖怪退治までは手が回らないらしかった。
 そこで十条氏はギルドに依頼することを思いついた。が、先立つものはあまり無い。物置を探し回って、なにやらいわれのあるらしい巫女装束を見つけ、それを代金代わりに申し込むことにした。
「それに、無事に物の怪を成敗した暁には、ご一緒にきんもくせいを楽しみませんか、と仰せです。ようございますね、きんもくせいの木など、この国ではなかなか見られるものではありませんもの」
 ギルドの係員は涼やかに笑い。
 参加されますか? と促した。

●今回の参加者

 ea3785 ゴールド・ストーム(23歳・♂・レンジャー・エルフ・ノルマン王国)
 ea6429 レジーナ・レジール(19歳・♀・ウィザード・シフール・イスパニア王国)
 ea9970 ヴィオナ・アストーヴァル(31歳・♀・ファイター・人間・ノルマン王国)
 eb2395 夏目 朝幸(23歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb2868 木下 椛(33歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb2886 所所楽 柚(26歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb3043 守崎 堅護(34歳・♂・侍・パラ・ジャパン)
 eb3713 枯野 秋風(33歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)

●サポート参加者

平島 仁風(ea0984)/ 佐上 瑞紀(ea2001)/ レイル・セレイン(ea9938)/ 石動 巌(eb0208)/ キルト・マーガッヅ(eb1118

●リプレイ本文

●ひかるおおぞら
 秋晴れと言って差し支えのない上天気だった。空気は程よく乾き、静かに空気が流れると、十条家に向かっていた冒険者達は呼吸をするたびに十条家が近くなっていくのを知る。
 碁盤の目のような町並みを進むと甘やかな香りはだんだん強くなり、やがて鬱金色に光る木が目の前に現れた。
 ヴィオナ・アストーヴァル(ea9970)が木を見上げ、目を見開いた。
「こんな木、祖国では見たことがないです‥‥」
 目に焼き付けようと思う前に向こうから焼きついてくるような、強烈な金色と芳香。
「このお花の香りだったんですねー。この前御所の近くを通りがかったときも、ふわっと香りだけが漂ってきて。この花でしたか‥‥」
「‥‥なるほど、良い香りでござる、これに引かれて彼らはやってくるのであろうか? それとも本当にただのいたずらか」
「キルトさんにきんもくせいに関する伝承を調べてもらいましたけれど、すねこすりとの関係はわかりませんでした」
 眉間に皺を寄せ考え込む守崎堅護(eb3043)に向かい、所所楽柚(eb2886)が残念そうに言う。所所楽がキルト・マーガッヅに調査を依頼したのと同様に、ヴィオナも佐上瑞紀に頼んでギルドで似た事例がないか調べてもらっていたが、うまく見つけることが出来なかった。
 なるべくであれば、退治したくはない。その理由が単に見た目のかわいらしさからだけであれば、人の独り善がりの愛護主義と取られても仕方のないものであったが。だがそれでも命を奪いたくないと思っているのは所所楽ばかりではなく、夏目朝幸(eb2395)などにも思うところはあり、同時に、冒険者としての責務──必要ならばためらわず血を流す覚悟もまた、それぞれの胸のうちには歴として在った。
 頼りなさげな十条家の門をくぐると、十条の主人と細君が冒険者達を出迎え、挨拶する。
 そしてそのまま、家の横を通り、庭口まで案内していった。
「仕事の前に、少しばかり尋ねてもいいか?」
 ゴールド・ストーム(ea3785)が歩きながら主人をじっと見据えた。綺麗な青の瞳だが、左目はきんもくせいの花のような金色をしている。十条氏は歩きながら振り返って、はい、と答える。
「家のものは被害に遭っていないのか?」
「そうですねえ‥‥そういえば客人ばかりですね、転ばされているのは」
「(もしかして、影が薄いので気付かれていないのか?)」
「はい?」
「いや、何でも」
 思わず呟いたのを何とかごまかし、ゴールドは庭の方向に目をやり、ふっと笑う。
「ま、所詮は猫だろ、猫。適当にあしらって退散願おうぜ」
 その横から夏目がすっと十条氏に近づき、思案顔で尋ねた。
「十条様。すねこすりさんの処遇についてなのですが」
「はい?」
「お庭を血で汚すのは宜しくないので、すねこすりは捕まえてお屋敷から離れた所で処分したいのです」
「やはり殺さなくてはいけませんか?」
 主人は少し顔を曇らせた。
「まあ物の怪とは言えあんななりですから、どうも見ているうちに情が移ってしまって‥‥」
 ぽりぽりと額をかく。
 この主人の言葉は冒険者達にとって、ある意味、渡りに船であった。
「もし、捕獲するだけでも、十条家とは確実に切り離す手段を講じますから、御安心下さい」
 木下椛(eb2868)が艶やかに微笑を浮かべると、十条氏は夫人と一瞬顔を見合わせてから真顔でうなずいた。

●大きなきんもくせいの木の下で
 ヴィオナ、夏目、そして枯野秋風(eb3713)の三名は囮になる算段をしていた。瞑目したまま、杖で足元を確かめながら進む枯野に十条氏は手を貸そうとしたが、枯野は
「いいえ、見えるのです」
 とやんわり断った。
「ただ、こうしていれば、浮世の悲しみ、穢れを見ないですみますから‥‥」
 という枯野の説明に、十条氏はなお首を傾げていたが、冒険者は色々と普通とは違うのだろうと細君に耳打ちされてとりあえず納得したようだった。
 しかし囮の3名よりも先に、ゴールドが罠を仕掛けるためにきんもくせいの木の下に向かっていた。陶器人形「招き猫」の前に不思議なマタタビを置き、草を結んで罠とした。越後屋をそのまま詰めたかと思えるほど異様に膨らんだバックパックは今は助力を頼んだ石動巌に預け、必要なものだけ持ってきていた。その中にはラーンの投網があり、ゴールドはそれでもってすねこすりを捕獲するつもりでいた。この時点でゴールドが知らないことは少なくとも二つあった。一つは荷物を預けた石動があまりの荷物にどこで寝ればいいか判らないと悲鳴を上げていたこと。そしてもう一つ。
 ゴールドがせっせと罠を作るその傍で、いつの間にか二匹の白い猫が面白そうにゴールドの罠作りをじーっと見ていた。
「‥‥あ」
 猫達、いや、すねこすり達とゴールドの目が合った瞬間、
「にゃあん!」
 嬉々としてすねこすりは体当たりを仕掛けてきた。体勢が悪かったゴールドはあえなく転倒する。
 ヴィオナが走った。すねこすり達は振り向き、今度は彼女めがけて体当たりしようとする。ヴィオナは転倒を避けるために(それと実験の意味もあり)、自ら伏せる体制になった。目標を失ったすねこすりは、そのまま走った。
 ヴィオナが横になった体勢のまま白い塊がぴょんぴょん走るのを目で追うと、後ろに立っていた夏目に吶喊していた。身の軽さを自認している夏目でも、避けられる確率は五分五分程度。二匹がかりでまとわりつかれるとあえなく撃沈した。
 次に動いたのは守崎だった。鎖分銅をぐるぐる回し、絡めとりを狙う。転ばされるのは想定済みで、姿勢を低く、転ばされてもすぐ立てる心積もりで対峙した。二匹のすねこすりは右に左にもつれ合いながら突進してくる。猫まっしぐら。
「流石におとなしくは捕まってくれぬか‥‥てい!」
 びゅう、と空を切って飛んだ分銅は過たず一匹のすねこすりに命中し、動きを封じた。もう一匹は立ち止まり、くるりと後ろへ逃げ出した。
 青い髪のシフールがぱたぱたと逃げるすねこすりの前に飛び出した。レジーナ・レジール(ea6429)である。
 レジーナの手にはクリエイトファイアーで作り出し、ファイアーコントロールで操られた火がちろちろと燃えていた。
 すねこすりの目が丸くなる。動物ではないにせよ、やはり火は得意ではないらしかった。また身体を反転させて逃げる。
 ゴールドが、ラーンの投網を投げた。しかし、射撃や投擲武器を扱うのが得意なゴールドだが、武器ではない網の扱いとなると漁師の心得でも無ければ難しく、思うようには網を打てなかった。たとえうまく網に引っかかったとしても、水の中の「動物」にしか魔法の効果をあらわさない品物だから、どうなっていたかは判らないが。
 やっと立ち上がった夏目に向かってすねこすりは走っていた。また転ばされると見えた瞬間、撥が弦をはじく音が切なく響き、すねこすりは急にその場にひっくり返ってじたばたと一人で暴れ始めた。
 三味線の弾き手は地面に座り、閉じていた目をしっかりと開け、黒い瞳には獣の白と花の金とを映していた。混乱をもたらす月魔法でにゃーにゃーと悶えているすねこすりを、所所楽が抱き上げた。
「‥‥ふわもこ、です」
 もふもふとした手触りを名残惜しみながら、夏目の用意した麻袋の中にそっと入れる。しばらく袋の中でにゃーにゃー鳴きながらじたばたしていたすねこすりも、四半時ほどで諦めたか、おとなしくなった。
 こうして二匹のすねこすりは血を流すことなく捕縛されたのだった。

●決戦はきんもくせい
 レジーナはぺこりと頭を下げて、十条氏からきんもくせいの枝を大事そうに受け取った。
 木下やゴールドがきんもくせいの匂い袋を作り、すねこすり達の反応を試すと明らかに興味を示したので、レジーナはきんもくせいに原因があると判断し、枝を一本もらえないかと談判したのだった。
 冒険者達は『猫入り袋』をぶらさげ、十条家のきんもくせいの匂いからどんどん離れ、都大路の停車場を通り、洛南へ向かう。
 建物もない、人気もない、静かに自然が佇む場所まで冒険者達は足を運んだ。あの華やかな香りはここまではもう流れてこない。ただレジーナの手にある金色の花咲く枝だけが、同じ芳香を放っている。もともと森に土地勘のあるシフールだから、
「ここならいいわ」
 と場所を定めた。
 きんもくせいの枝は丁寧に切り口を埋められ、近くの川からは水を汲み、地面に水を吸わせる。
 袋の口を開けられ、おっかなびっくり出てきたすねこすり達はしばらく辺りを眺め回していたが、地面に突き立ったきんもくせいの枝を見つけると、不思議そうに
「にゃ〜ん」
 と鳴いて、木の傍に座り、鼻を近づけてくんくん嗅いで、小さくくしゃみをした。
 すねこすり達がきんもくせいに気を取られている間に、冒険者達は静かにその場を立ち去った。
 ふいと夏目が振り返り、
「もうあまり人間に迷惑を掛けてはいけませんよー」
 とじゃれあう二匹に小さく別れを告げた。

●九里香の下にて
「すねこすりさんが居ついた事で気付きましたが、金木犀は木の下で眺めるよりも、少し離れて花の色、形を思い浮かべながらその香りを愛でる、という趣き深い楽しみ方もございますねー」
 肴をつまみながら夏目が十条氏に笑いかけた。ほう、確かにと、この公家は頷く。
 守崎が杯を傾ける。その杯の中に、ほとりと小さな十字の花がひとひら落ちた。それでレイル・セレインに土産をせびられていたのをはたと思いだし、どうしようかと考えたが、じっと金色の木を見上げているうちに、いつのまにかそんな思案など酒に溶けてしまった。
「のんびり花見、か。何よりの報酬だよな」
 一杯一杯復一杯。くいと呷る。
「そうだ、報酬の装束ですが」
 十条氏の言葉に木下がきゅぴーんと目を光らせた。十条氏の細君がたとう紙に包まれた装束を持って来ると、木下の目は獲物を追いかける鷹の様相を帯びた。だから、十条氏が木下に
「これを」
 と言ったときなどは狂喜乱舞して他の冒険者が少し引くほどだった。
「いいのですか?」
 と木下が息を弾ませて尋ねると、目立たない公家は首を傾げながら
「この木がそうするように言っている、気がするのです」
 と、苦笑いした。