今ひとたびのみゆき待たなむ
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■ショートシナリオ
担当:蜆縮涼鼓丸
対応レベル:フリーlv
難易度:やや難
成功報酬:0 G 78 C
参加人数:11人
サポート参加人数:-人
冒険期間:10月31日〜11月05日
リプレイ公開日:2005年11月08日
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●オープニング
神剣に関わる騒動もひとまずは落着し、源徳、平織、藤豊の三候を始めとする諸侯も、この騒乱を聞きつけてやってきた多くの者達も、江戸から出立していった。
安祥神皇(ez0008)もまた、京の都へ戻らねばならない。
本来彼の御座所は京都であり、そこに神皇の存在があることで神皇は手厚く護られる。それはいわば寺塔の屋根の一番上にある宝珠のようなもので、逆にそこに無ければ、それが宝珠であると言うことを誰でもわかるようにする、と言うことが難しくなる。
江戸城の一角、神皇は仮の宮で神剣を保管しつつ、日々を暮らしていた。
京の宮にあってもこちらには無いものもある。
今頃華国渡りのきんもくせいの木は御所の庭で花を香らせているだろうか。
洛中の木々はもう葉の色を変えただろうか。
めくり続けた本にもそろそろ飽きてきた。
神剣の処遇についてはいまだ喧々囂々の議論が続いていたが‥‥それもやっと決着を迎える日が来た。
「じい。具合はもう良いか? やっと神剣の処遇が決まった。剣を携え、みやこに帰るぞ」
ころころと鈴を転がすような声をかけられて、寝込んでいたはずの老人は一尺あまりも飛び上がった。
「これはお上。はい、お陰さまですっかりもう、良くなり申しました。このようなじいの為にご出立を遅らせていただきましたこと、謹んでお礼申し上げまする」
布団からいざり出てひれ伏すのを鷹揚に、よい、と止めて、少年は、降ってきた鳥の羽根がふわりと居場所を定めるように静かに座した。従者が用意した一段高い畳から凛と背筋を伸ばし、穏やかな微笑をもって老人を見た。
「此度のこと、じいにも心労をかけ、すまなかった。許せよ」
「勿体のうございます‥‥しかし、ほんに驚き申しました。てっきり、源徳様へ賜る品と伺っておりましたものを、蓋を開けてみれば‥‥はぁーっ」
老人は体中の空気を吐き出すほどの深いため息をつく。細い体が針になってしまいそうだ。針になりかけた老人はもう一度息を吸いなおして、ぶんぶん頭を振った。
「じいはもう当分長持は見とうございませぬ。かような振る舞いは、もう二度とされませぬよう」
「ふふ、本当にすまなんだな。晴明にも睨まれたし、じいは腹を切るのと言い出すし。だが、神剣のことは日ノ本の一大事。ただ御所で成り行きを眺めていてはいけないと思ったのだ。わたくしは、父母に命を受け、神皇を継いだ、安祥神皇である。どうしてじっとしていられようか」
「お志は、このじいにもよう判っております。ですが、やり方が問題なのです‥‥いや、もう十分にお分かりになられておりましょう。じいはこれ以上語りませぬ」
「うむ。安心せい、黙って御所を抜け出すような仕儀は二度とせぬ、もう一本神剣が見つかりでもせぬ限りは」
その言葉に一抹の不安を覚えつつも、侍従の老人はひとまずは胸をなでおろした。
「さて、お上。御帰りはいかがされましょうや。やはり船で?」
覗きこむように尋ねる老いた侍従に、神皇はうなずく。
「船で良いだろう。晴明に卦を立てて貰うた。ある程度の人数が集まれば、海であれ陸であれ、つつがのう都に戻れると言うことであった。晴明は一緒には帰れぬと申すゆえ、じい、よろしく頼むぞ」
「では、人を集めねばなりませぬな‥‥」
「悩むことでもあるまい。冒険者ギルドにて人を集めればよい。京より衛士を呼んでいては、宮に帰るのはあくる年になってしまう」
「しかし‥‥この地には不心得者もおりますれば」
「案ずることは無い。不徳の者がいくらいようとも、いっしんに国や世界を憂う志のあるもののほうがはるかに多い。わたくしは此度の騒乱でそれを改めて知った」
老人の皺の深いしかめっ面とは対照的に、神皇の笑顔は瑞々しい。
ああそうだ、と神皇はおもむろにつぶやき、一冊の本を取り出すと侍従の老人に差し出した。
「じいに書物を持ってきた。出立までの暇つぶしに読むが良いぞ」
皺の多い、だがしっかりとした老人の手は書を受け取って押し頂いた。
「これは‥‥万葉集でございますか」
「そうだ。‥‥のう、じいよ。この中の句に、橘を詠ったものがある。『橘は 実さえ花さえ その葉さえ‥‥』」
「臣下に『橘』の姓を賜られた時に時の神皇様がものされた句でございますな」
「そうだ。あの句は、橘の木を褒め、同じ橘という姓を与えた相手も、橘のようにいつまでも青葉茂るように栄えあれ、と祈る句だと近習には聞いた。が、今のわたくしには、この句は日ノ本を詠んだもののように思えるのだ。『枝に霜降れど いや常葉の木』。江戸には百鬼夜行があり、みやこには黄泉人の災いがあり、けれど、普段はなにやら睨み合うておる者も、国の大事には力を合わせてことに当たるであろう? 実であれ花であれ、姿も役目は違えど、それぞれが橘の木にとって大事なものなのだ」
老いた者は年若いひとをじっと見た。いや、世の中はそんなに奇麗事ばかりではないのです。心の中でつぶやく。だが、そんなまっすぐにしか見ない目を、心から守りたいと思う。
「一切、じいにお任せくださいませ。お上のお心のままに」
秋風は京に向かって吹く。
●リプレイ本文
●丸竹夷ニ 押御池
天道椋(eb2313)はいつもよりほんの少し厳しい目で船に乗り込む者達を調べた。冒険者はともかく、船員の中に変化した妖怪などが紛れ込んではたまらない。もともと神皇をお乗せする船ということで船員は皆身元のしっかりした者が選ばれたし、船員達も同じ船で長いこと一緒に仕事をしていた仲で、新しい人間は混じって居なかったので、どうやら杞憂に終わりそうな気配ではあった。
一方、鷹波穂狼(ea4141)は出立前に近場の漁師に頼み込んで出漁し、アジやらキスやらスズキやらどさっと釣り上げ、鱗をきらきら零しながら新鮮なところを持ち込んだ。
そのまま船の調理場を借り、料理を始める。家事調理は決して得意ではないが、漁師料理ならばお手の物だ。
仮の御座としてしつらえた船の一室には一段高い畳の周囲を御簾で囲ってあり、その中に神皇がおわし、近習の老人が控えていた。
「爺ちゃん久しぶり、体調崩してたみたいだけど大丈夫かい?」
くすくす笑いを浮かべながら、天道が老人のそばに寄る。この老人が京都から江戸に来る船の中、天道も同道していたのだが、そのとき荷物に彼のあるじである神皇が隠れていたことには老人も天道も気づかなかった。
「おお、これは。また会うとは奇遇かな」
「何言ってるんだよ、わざわざ爺ちゃんに会いたくってここに来たんじゃないか〜!」
「なんと、このわしにか? さても尻こそばゆいことを」
幾分照れる老人に天道はしれっと言い放った。
「なんちゃって」
一転、口をあんぐりと開いた老人に天道はにっこり笑いかけ、続ける。
「まあ本当は京都に帰るついでに、なんだけどね。爺ちゃんに会いたかったのは本当だよ。‥‥『早春の、嵐山あたりの木々の葉が、まだ小さな芽を寒風に晒しておるのに似ている』人だっけ。うん、確かにその通りかもね‥‥うまいこと言うね〜爺ちゃん」
「だっ、黙らぬかこらっ」
以前に老人が自分が仕える主を評して言った言葉を繰り返して見せると、あわてふためく老人の様子も想定の範囲内。にこにこ笑っている天道の顔はほんの少し小悪魔風味を帯びていた。
「お待ちどおさん! 出来立ての熱いところを食べてくれ!」
「おお、これは良いところに」
料理の膳を携えて御座所に現れた鷹波を見、心底ほっとした顔の老人の向こうから、残念そうな舌打ちが聞こえたような聞こえないような。
「じい。御簾を」
くるくると巻き上げられた御簾の中から、未だ幼さの残る中に凛と気品を漂わせた少年が姿を現す。
鷹波は身を縮めるように頭を下げた。
「くるしゅうない。これに持て」
鷹波はジャイアントであり、身の丈は8尺ほどもある。対して面前のお方といえばその半分ほどの背丈。いきなりこんなデカイのが傍に現れて驚かせまいか、と鷹波の心には不安が渦巻いていた。
恐る恐る、やっぱり身をかがめながら鷹波は神皇の前に膳を運んだ。
「お造りとつみれ汁、獲りたての魚ですから、旨いです‥‥秋刀魚は骨をとってあります」
老人が膳をさらに神皇のひざ前まで運び、神皇が箸を取り、口に運ぶのを鷹波ははいつくばるような体勢で見上げた。
ああ、食べておられる‥‥食べてるところも小さくて可愛い‥‥くうっ。
「うむ、美味である。‥‥ときに、そなた、十三つ屋が菓子の献上に来た折、御所に参じておったであろう? 遠目ながら、ずいぶんと大きな者がいると思うたが、こうしてみるとやはり大きく、頼もしい」
にこ、と神皇は笑みを見せた。
●姉三六角 蛸錦
二日目、お側護衛役に名乗り出たのはルーラス・エルミナス(ea0282)とマグナ・アドミラル(ea4868)の両名。いずれも手練れといって差し支えない実力の持ち主であり、不心得物を近づけまいとするあまり、前日とは一転して少しばかり殺伐とした雰囲気さえ漂っていた。
それはさながら北の地で鬼の格好をして
「悪い子は居ないか」
と練り歩く祭りの如く。
神剣の保護については天道がアイスコフィンを使うことを提案していたが、なによりもまず恐れ多いという理由、それに氷に封じても一時やそこらで溶けてしまうということを考えると手間もかかり、盗難防止策として上策とは思えないと、容れられなかった。
今のところは数人の提案による、交代のたびに服や髪型を換えるなどの人数を多く見せる工夫が功を奏したのか、この二日間は何かが起こる気配はなかった。
「神皇様、カルタ遊びなどはいかがでしょうか」
マグナが提案した、木札を薄く削って作ったカード遊び、すなわちカルタはジャパンではそれほど一般的なものではない。とは言え宮中においてはまったくなじみが無いというわけでもなかった。
で、どうやって遊ぶか、といえば、実はマグナは遊びは不得手である。ジャイアントの身の丈に相応しい大刀を振り回すのが本業であり、小洒落た遊びには縁が薄い。思わずおろおろとするところに、貴族の素養のあるルーラスが助け舟を出した。
ルーラルは江戸で歌集を求め、携帯していたが、その内容はまだ当地の言葉には拙いルーラルにとっては難解を極めるものであった。それを神皇や侍従がいちいち説明していくので、半分の札を読む頃には夜もとっぷりと暮れてしまった。
「それにしても」
感慨深げにマグナは幼い帝をじっと見た。
「150年前の騒乱がこのような形で、芽吹く事になろうとは」
「そうですね。此処でこうしてお会い出来たのも、奇跡のような気がします」
ルーラルも頷く。
だが神皇の返答はなく、見ればすっかり眠くなった様子で舟をこいでいる。
二人の戦人はかの人を起こさぬよう、静かにその場を後にした。
●四綾仏高松万五条
中日である三日目、御座の間に来た冒険者の一人に侍従はまったく良い顔をしなかった。彼女がハーフエルフ──異種族の血が流れていることをあらかじめギルドで確認してしまったためである。
件のハーフエルフ、アマラ・ロスト(eb2815)はそんなことは気にも留めずにきゃらきゃらとはしゃぐ。
「こんな子に育つっていう保障があるなら、僕も子供欲しいな〜」
そんな彼女に気圧されてしばらく所在なさげだった里見夏沙(ea2700)は、空気を変えようと、持って来た独楽や絵双六などの玩具を差し出した。
一時首を傾げた神皇は、すぐに御座から降りて独楽を回すのに夢中になった。初めてであるためか、上手く回せない。それでも何回も挑戦しているうちにわずかばかりの時間でもころころ回せるようになると、してやったりといわんばかりの笑顔を見せた。
「ねえねえ、神皇タンは僕らの種族ってどう思ってるのかな?」
唐突にアマラは質問をぶつけた。侍従の表情がたちまちこわばり、気色ばんで立ち上がる。神皇は不思議そうにそれぞれの顔を見比べた。
「ジャパンはまだハーフエルフどころか、エルフみたいにジャパンに居ない種族に対する考え方がまだ緩いから過しやすいんだけど、時々『半端者』として嫌われ始めてきたんだよね‥‥」
そこまで言って、アマラは認識の違いを悟った。
神皇の顔も侍従と同様、先ほどまでの生き生きとした子供らしい笑顔を失い、こわばっていた。
ジャパンにはエルフが少ないため、一般人がぱっと見てエルフかハーフエルフかの区別がつき難いというだけのことで、そもそもどの国でも異種族婚は禁忌であり、特にハーフエルフの特性である狂化は天の摂理に反した報いとして、エルフと人間が混在する国ならば教育を受けていないものですら知っている。
日本ではエルフは居ないから異種族と言えばパラとジャイアントだが、この二つの種族との異種族婚も大昔から禁忌であり、ただ人とエルフの場合とは違い、これらの種族は子を成す事が出来ないのでハーフエルフのような存在がいなかっただけのこと。
今、目の前に『天の摂理に反した』存在がいるという事実は、そのように教育を受けてきた神皇にとってはある種『穢れ』にも等しかった。
怯えたような、そして深く哀れむような神皇の表情を見、アマラは苦笑して、わずかなため息と共に御座に背を向けた。
●雪駄ちゃらちゃら魚の棚
「神皇様の護衛を賜るなど、恐悦至極に存じます」
静月千歳(ea0063)は御座に向かって深々と頭を下げた。初めの頃は船酔いに悩まされていたが、旅程の半分を過ぎた今はもうだいぶ慣れた。
「船旅は長くて退屈ですから、神皇様のご要望があれば何なりとお申し付け下さい」
「あの‥‥もしよろしければ沙羅、お歌でも歌いましょうか?」
藤浦沙羅(ea0260)の申し出を、神皇よりはむしろ侍従の老人が喜んだ。こちらもまた退屈に悩まされていたようだ。
息を整えると藤浦は歌を紡ぎだした。短い曲ながらも玄人顔負けの声に、御座の外に居る船乗り達も耳を傾けた。
静月は平身低頭しながら始終部屋の隅に控えていたが、藤浦が御座の間から一足早く去ると、自然神皇の話し相手役を務めることになった。
藤浦は甲板で待っていた人影を見て、軽く手を振る。
「‥‥よ、終わったのか?」
「うん、一応、ね」
待っていたのは里見だった。並んで船べりに寄りかかる。眼下には黒い海がうねり、頭上には泡立つように満天の星空が広がっている。夜風に髪をなぶられて、藤浦は髪を押さえた。
「一緒になれなくてちょっと残念だったな」
「うん、ちょっと、ね」
「船酔いとか、大丈夫か?」
「大丈夫。今日はすごく緊張しちゃったけど」
「相手が神皇様だもんな。志士としてはこの上ない名誉だ」
「神皇様とあんなに近くで過ごしたなんて、今思い出しても夢みたい」
ふっと話が途切れた。しばらく、夜風の吹く音を二人で聞く。再び口を開いたのは藤浦の方だった。
「そういえば夏沙さんとの船旅も2回目ですね。沙羅、なんだか夏沙さんとお話してるとすごく安心できるんですよ」
「‥‥そうか?」
「はい。不思議ですよね。‥‥また江戸に戻るときは」
「‥‥ん?」
「よかったら、また沙羅と一緒に船旅してくださいね」
里見は答えず、目も合わせないで、持っていた羽織を藤浦に着せ掛けた。
「‥‥これは?」
「夜は冷えるから‥‥あんま無理させて風邪とかひかせるわけにはいかないし」
昼間だったら真っ赤な顔をしているのがわかるだろう里見に向かい、藤浦はくすりと微笑んだ。
●六条三哲とおりすぎ
京までもう一息となった最終日、緋月柚那(ea6601)はお供の柴犬達と壮絶な鬼ごっこを繰り広げていた。
「待〜つ〜の〜じゃ〜!」
小柄な緋月ははしっこいと言え、犬達はそれに輪をかけて小さくすばしこい。犬達は緋月から逃げているのではなく、あるものを追い掛け回しているのだった。
「にゃー!」
犬よりもさらに小さくすばしこいそれは、一匹の猫だった。
とうとう犬に追い詰められた猫は帆柱に爪を立てて駆け上がり、どんどん上って犬から逃れた。
なおわんわんと吠え立てる犬を叱ったりなだめたりしながら、緋月は
「柚那もまだまだなのじゃ。そも、一人前になるまでは戻らぬと決めたのに、家出してこれで二度目の帰郷となるとはのう‥‥」
ほんのりと遠い目をしながら嘆息する。
もっとも、後で柴犬たちが追いかけた猫が神皇の愛猫であると知った時には、嘆息どころか吐血しそうな気分になったが。
氷川玲(ea2988)はその一部始終をつまらなさそうに見ていたが、やがて帆柱に上った船乗りが猫を抱えて降りてくると神皇の御座所に戻った。
御座所では七瀬水穂(ea3744)がべったりと神皇の右隣に陣取って、うっとり鑑賞していた。
「よう、くれてやった飴ちゃんの味はどうだ?」
「飴なのに甘くない、おかしな飴だな」
「偉い人ってのはこれだからな。庶民の口にするものなんてそんなものさ」
神皇相手でもへりくだる事をしない氷川に、当初は侍従も目をむきながら
「神皇様に対して何たる言い草!」
とこめかみの血管を破りそうな剣幕で怒っていたが、
「下々のことをありのままに見るのも神皇の勤めじゃねぇのか!?」
氷川がぎろりと一瞥して言うと、気迫に圧されたか、以後それほど煩くなくなった。
「神皇ちゃんよ。これから京都をどう復興させていくつもりなのか、あんたの口から聞いてみたい。黄泉人とかの件もあるし、実際部下だけに任せておける状態でもなかろう? ただでさえ今回の神剣の一件で東西問わず各諸侯の動きは緊張が走ってる、何か一本線が切れたらこの国全部巻き込んでしまっての戦乱の時代の始まりになりかねんぞ」
食べていた水飴を置き、神皇は静かに氷川に向き直った。七瀬はその様子を心配そうに見守る。
「ならば答えよう、氷川ちゃんよ」
神皇の言葉に、氷川が毒気を抜かれた表情を浮かべた。
「京の復興はわたくしだけの仕事ではない。黄泉人の軍勢に相対したときの如く、あまたのものの力を借りることとなろうし、またそうでなくてはならぬ。さもなくば、そのことが一方を有利にし、ほかのものを不利にするかもしれぬのだから。そして、わたくしには部下と呼べるものはそう多くは無い。諸侯はわたくしの下にあるというが、はたしてわたくしは諸侯を動かしたり、止めたりする力を持っているのだろうか。神剣のことはきっかけに過ぎぬ。いずこより火の手ががるともつかぬ今こそ、この国には一つに束ねるものが必要なのだ」
氷川は黙って話を聞き、おもむろに立ち上がった。伸びる氷川の右手を見て、七瀬がかばうように神皇を抱きしめた。
「ダメなのです、いくら何でも神皇様を殴ったりしたら、私は火球でお相手するですよ!」
怒りを帯びた七瀬の口調に、氷川はあきれたように
「ちげーよ」
と答えた。
氷川は腕を伸ばすと、くしゃくしゃと少年の頭を撫でた。
「早く一人前になって、下々のことまで考えられる良い君主になってくれ」
「そのつもりだ」
神皇は一言答えた。
●七条こえれば八九条
そしてつつがなく船は京の港に入り、旅は終わった。
「神皇様がお健やかにご成長なされて、ジャパンに平穏をもたらされる事が多くの民の願いです。神皇様のお言葉があれば、私だけでなく、多くの者達がすぐに駆けつけるですよ」
別れ際、七瀬は胸が一杯になるのをこらえながら幼い君主の手を取り、自分の頬に押し当てた。神皇は七瀬のなすがままに手を委ねていた。
「みなも、息災でな」
「さあ、神皇様。御輿が到着しております、あちらへ」
神皇の言葉が終わらぬうちに、侍従は強く神皇をあちらへと引き寄せる。
七瀬の手の中の柔らかなぬくもりがするりと抜け出し、頬には晩秋の冷ややかな風が当たった。
行ってしまう。遠い、高い、届かぬ場所へ。
出立の合図がなされ、雅やかな御輿はゆっくりと動き出した。
冒険者達の前を通り過ぎ、道の角を曲がって見えなくなる直前、御輿の窓を覆う御簾がほんの少し開いて、
「また会おう」
と涼やかな声が、確かに聞こえた。