時不知之産女

■ショートシナリオ


担当:蜆縮涼鼓丸

対応レベル:3〜7lv

難易度:やや易

成功報酬:2 G 4 C

参加人数:10人

サポート参加人数:4人

冒険期間:06月03日〜06月08日

リプレイ公開日:2006年06月11日

●オープニング

 ギルドに現れたうらなり男は、目の下に青黒いくまを作って、げんなりとした様子で壁に寄りかかった。
「幽霊が出てくる怪談話といえば、夏だって相場が決まっているでしょう? 柳の下で生暖かい風が吹いて、ヒュ〜ドロドロドロ、って。こんな変な時期に出るなんて、ちょっと気が早いってものでしょう」
 やせた男は思い出したのか、ぶるぶると身体を震わせた。
「幽霊、ですかい?」
 ギルドの係員はふむふむと適当に相槌を打ちながら紙に書き付ける。
「ええ、幽霊。うぶめ、って言うんだそうですね。幽霊画に出てきそうな、白い服着て髪がだらーっと黒くて長くて、そんな女の幽霊が赤ん坊を抱いてるんです」
「お客さん、どこでそれを見なすったね」
「こともあろうに、うちですようち。自分の家に出たんです。いや、自分の家ったっておんぼろ長屋の真ん中なんですがね。寝ているところに、急に金縛りが来て、気がつくと足元にその幽霊が立っていて、じーっと私の顔を見下ろしているんですな。それで、片手をぬーっと伸ばしてきて」
「首でも絞められましたかね」
「それがそうじゃない。こっちもてっきり殺されると思って、ひーっ、お助けー、なんて叫ぼうとしたんだが、声が出ない。幽霊の奴、寝ている足のほうに手をぬーっと伸ばして、こっちの寝巻きの裾を、左右にすーっと開きやがるんですよ」
「‥‥何ですって?」
 ギルドの係員は片眉を上げ、筆を止めて、まじまじと依頼人の顔を見た。
「そうです、寝巻き。で、むき出しになった太股の辺りを、冷たい手でもぞもぞ触るんです!」
「‥‥そいつはなんともおかしな幽霊でやんすなあ」
「でしょう? なんだか体の力が急に抜けて動けなくなって、そのままこっちも妙な気分になってきたんだが、いくら美人でも相手は子持ちだし、いくら一人身が長いからって相手は選ばにゃいかんと」
 依頼人は心もち鼻の下をでれーんと伸ばし、だらしない表情を浮かべた。
 美人だの子持ちだの言う以前に、あんた幽霊相手に何する気だったんだ、と、しばし無言であきれたが、これもお客相手の商売の務めと、係員は口をつぐむ。
「‥‥で?」
「それで、『オレはお前なんか知らない、お前なんかに用はないんだー』って懸命に言おうとしたんですが、相変わらず言葉は出ない。出ないんだが幽霊、こっちを見て言いましたよ」
「何て?」
「『ふんどしを返してください〜』って」
「‥‥‥‥‥はぁ?!」
「『あ〜た〜しぃ〜のぉ〜ふ〜ん〜ど〜しぃ〜』って恨めしそうに言うんですよ!」
 目をむき、裏声で幽霊の真似らしきものを披露する依頼人。
 ‥‥帰れ。
 と言おうかしばし迷ってから、やがて係員は諦めて、再び依頼書をしたためるべく、目を落とした。依頼人は心持ち楽しそうに話を続ける。
「その後すーっと幽霊が消えて、金縛りが解けるとすぐ、オレは大家さんの所に走ってかくかくしかじかと話しましたよ。そしたらねえ」
 年配の大家は男の話を聞くと、自分の福耳をびよんびよんいじりながら、のほほんと語ったと言う。
「そういえばお前さんの前に住んでたのが、お奈津と成吉という若夫婦で、ある日旦那が身重の女房を残して行方知れずになって、その後難産で母子ともども儚くなったんだったねえ。もう何年も前のことだからすっかり忘れていたが、何だって今頃になって出てきたんだろうねえ。まあ、害はないようだから仲良くおやりよ」
 うらなり男、ため息をついてがっくり肩を落とした。
「こっちはそんな話は初耳だ、どうしてくれると詰め寄ったら、大家さん、ギルドに行ってお願いして来い、費用は出すから、と言われましてね。それで伺った次第です。たたり殺されても困りますし、幽霊退治、引き受けてもらえませんかね?」
 ああでも本当に美人なんだけどなあ、と残念そうに呟く依頼人に、係員は硯を投げてやりたい気分の右手をようやく我慢した。

●今回の参加者

 eb1044 九十九 刹那(30歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 eb1807 湯田 直躬(59歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb2168 佐伯 七海(34歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb2918 所所楽 柳(29歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb3525 シルフィリア・ユピオーク(30歳・♀・レンジャー・人間・フランク王国)
 eb3757 音無 鬼灯(31歳・♀・忍者・ジャイアント・ジャパン)
 eb3886 糺 空(22歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 eb3891 ヴァルトルート・ドール(25歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb4462 フォルナリーナ・シャナイア(25歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 eb4554 レヴィアス・カイザーリング(33歳・♂・ナイト・人間・神聖ローマ帝国)

●サポート参加者

香椎 梓(eb3243)/ 大江 晴信(eb3385)/ 御法川 沙雪華(eb3387)/ フルール・アエティール(eb5141

●リプレイ本文

●大家
「ほうほう、ジャパンのゴーストには足が無いと聞いていましたが腰まではあるのですね。なるほどなるほど、神の御許で安らかに眠れるように頑張らねば」
 しごく真面目にヴァルトルート・ドール(eb3891)が頷いた。
 まずは情報収集ということで、冒険者達はお茶請けの豆菓子と共に茶を頂きつつ、大家の回りをぐるりと囲んで聞き取りを開始していた。
 心持ち狸に似た顔の大家は、ぷかーりと煙管をふかし、白い煙を上に向けて吐き出した。
 この場にいる冒険者は他に九十九刹那(eb1044)、湯田直躬(eb1807)、所所楽柳(eb2918)、糺空(eb3886)、フォルナリーナ・シャナイア(eb4462)、レヴィアス・カイザーリング(eb4554)と、総勢七名。大家も長屋の一角に居を構えており、間取りは依頼人の部屋よりはやや広めとは言え、かなりすし詰めな環境であった。
「まず成吉さんが行方不明になったときの状況と、お奈津さんが亡くなったときの状況を詳しく教えてください。行方不明になった成吉さんが何かの鍵を握っているように思えてならないのです」
 口火を切ったのは九十九だった。
 大家は煙管の火を煙草盆にぽんと落として、自分の福耳をいじりながら、うーんと考えるそぶりを見せた。
「成吉ってのは腕のいい飾り職人でね、かんざしだの、細かい細工物が得意だったねえ。腕はいいんだが金は無くてねえ、店賃もふた月三月と溜める事もあったが、遊びで金を使ってるわけじゃなし、ある時払いでって大目に見てましたよ。それで後から、ある時だからと少しでも持ってくる、まめで律儀な男でしたよ。気弱そうな所は今の店子と似ているかもしれませんが。それがある日、溜めてた店賃、耳を揃えて持ってきたので、お前これはどうしたんだ、何か悪いことでもしてやいまいねと問い詰めましたがね。そんなことはありません、大きな仕事を貰って前金でいただきました、何て事をねえ、言ってましたねえ」
 大家は言葉を切って、茶で喉を潤した。
「お奈津さんのほうは、産気づいてから酷く苦しみましてね。丸二日苦しんだあげくに赤ん坊ともども儚い事で、まあその辺は産婆が詳しいと思いますが」
 産婆の元へは既に音無鬼灯(eb3757)が向かっている。
「お奈津さんの葬儀のご様子をお聞かせ願えますかな。それと、墓所は何処にあられましょうや?」
 湯田が痛ましげな表情で尋ねると、大家は
「ご様子って言っても身内もなく、長屋の連中だけがひっそりと見送る、寂しいものでしたよ。せめて葬式は出してやらないといけないと思って、費用は私が出しましたがね」
「‥‥もしかしたら、無縁仏になって誰もお参りしてないから、お化けになって出てきたの‥‥?」
 青ざめた顔でふるふると震えながら糺が尋ねると、大家はごく普通に、そうかもしれないねえ、と相槌を打った。それでいよいよ青を通り越して白い顔になる糺を見て、所所楽がふっと笑った。
「空、無理するなよ?」
 くしゃりと頭を撫でられて、効果覿面、糺の震えがぴたりと止まった。おびえを吹き飛ばそうとしているのか、顔を赤くしながら大家に向き直る。
「あ、あのうっ。奈津さんって褌大好きだったんですか?」
「‥‥こいつはやぶからぼうだねえ」
 必死そうな糺を見て思わず大家はぷっと失笑したが、すぐに真面目な顔に戻り、特に好きだという感じではなかったと答える。女性でも(例えば月に一度)褌を使う事はあったけれども、少なくともお奈津の場合、一部の愛好家のように褌を買い漁ったり集めたりという事は無かったようだ。とはいえ、いくら大家とは言っても本当にプライベートな事までは知っていないだけなのかもしれないが。
「旦那さんの褌を肌身離さず持ち歩いていたとか、その褌を別のものに縫い直して普段使いにしていたとか、そういった事は?」
「‥‥ああ、そういえば生まれてくる子の為におむつを作っていたねえ。結局使われなかったから、よその赤ん坊の所に貰われてったはずだが」
 少し懐かしげな、遠い目で大家は答えた。

●依頼人
 シルフィリア・ユピオーク(eb3525)が清清しく洗濯物を干している。開け放たれた障子の向こうで、依頼人のうらなり男がぽやんと眺めていた。産婆の元へ行ったが思うような情報が得られないまま戻ってきた音無も一緒だ。
「キミの持ってる褌を見せてくれないか? 確認してないみたいだね、ならこの家のどこかにあるのか?」
 言うが早いか、依頼人の答えも待たずにいきなり床下や屋根裏、畳までどんどん上げて家捜しを始める音無に、依頼人は恐れをなして逃げ出そうとした。もしシルフィリアが引き止めなければ第二の成吉となって行方不明になっていたかもしれない、とまでは言いすぎだろうが。
 突然目の前に妙齢の美女が現れて家事(この場合は洗濯だ)を申し出たのは足を止めるのには十分な理由だったし、子持ちの幽霊相手でさえも鼻の下を伸ばすこのうらなりの事だから、喜ばないはずが無い。
「幾ら物の怪だって行っても相手は女性だよ、着用した褌をそのままって訳にはいかないだろ」
 目くばせして微笑むシルフィリアに、依頼人は、はいまったくそうですと二つ返事で、見事に骨抜きにされたらしい。
 ただ洗濯するだけではなく、当夜身に着けていた褌や、他の洗物も注意深く縫い目などを観察する。これといっておかしな点は見当たらなかったものの、気になっていることを依頼人に尋ねた。
「この褌、何処で手に入れたんだい?」
「こないだ大家さんに貰いました。使ってない新品があったからって。貰ったうちの一本は縫い目がほどけていたのでそのままどこかにしまいこんで──」
 今度はシルフィリアがあわてて家捜しを始めた。

 奈津母子が弔われているという無縁仏の墓は、訪れるものも無く荒れ果てていた。
 湯田は黙々と草を抜き、掃除をした。レヴィアスは花、糺はクリエイトハンドで作った饅頭をそれぞれ手向ける。糺は小さな掌を合わせて懸命に経を唱えた。
「幽霊の母子とはまた、切ない話にございますな」
 一通り、墓を綺麗にし終わった湯田が呟いた。
「亡き妻は本当に美人で色白で少しばかり耳が尖っておりました故、村の者に時折、お前の嫁は幽霊か物の怪じゃなかろうか、などと言われていた事が思いだされますが‥‥あれも幽霊になって逢いに来てはくれまいかと、そんな我が侭を願わずにはいられないのです」
 先に逝く者も後から逝く者も、いずれは同じ場所にたどり着くのではありましょうが、歩いている内は道は遠く感じ、歩みを止めて振り返るとき、それ程の距離でもなかったと思うのでしょうな。
 そんな呟きを、孫ほども年が離れた糺がじっと聞いていた。

●うぶめ
 幽霊が出る夜に備え仮眠を取っていた所所楽は、夕暮れの烏の声で目を覚ました。同時に自分に抱きついたまま眠りこけている糺に気が付く。身体を起こすと、かけてあった薄布が落ちた。
「お目覚めかい。本当に仲がいいね」
 艶の有る唇をきゅっと弓なりに笑んで、シルフィリアが声をかけた。
「そろそろ起こした方がいいんじゃないかい?」
 だが、起こすよりも先に糺が目をこすりながら起き上がった。
 夜が始まり、冒険者達は改めてお互いの得た情報を共有しあう。

 湯田は見えない相手にテレパシーで意思を伝える事が出来ないか、姿を現すように頼めないものかと思ったが、使い手に何らかの能力を付与する魔法で、能力を使う対象を定めなければならない時には、目を相手に確りと向けなければ魔力は効果を表さない。
「6年前にお奈津が死んで、3年前からここに住み始めた──だったか? もしやゴーストはお奈津ではなく、成吉のほうということはないだろうか?」
「そうね、普通なら『旦那さんに会いたい』みたいなことを言うと思うのだけど。まさか『憤怒し』の聞き間違えとか、じゃないわよね。『憤怒し返して』でも意味不明だし。それか、裏表逆に褌を着けていたから、ひっくり返して履いて、とか? 違うわよね‥‥」
 まとまらない推理を提示する、フォルナリーナとレヴィアスの異母兄妹。だが、少なくともレヴィアスの疑問のほうはすぐに解消された。
 風も無いのに行灯の光が瞬くと、薄ら寒い、けれど獣の息のように湿って重い空気が部屋に立ち込めた。
 いつの間にかぼんやり浮かぶように立っていた幽霊は、白く透けていて、空気のかぎろいか目の錯覚のようにも思えた。長い髪は首筋で束ねられ、丸みを帯びた腰辺りまで伸びている。やつれてはいるが、生きていれば確かに美人の区分に入ったであろう顔立ちに、愁いを帯びた長いまつげをそっと伏せていた。もう乳の出ないふくらみに、小さな包みを優しく抱きかかえている。
 幽霊は浮かんだまままっすぐに依頼人の方へ移動する。依頼人はうろたえて固まっていた。
「わたしの‥‥返して‥‥」
 耳の奥から聞こえるような、囁くような女の声。
「探し物はこれか?」
 所所楽が一枚の布を差し出した。褌だが、縫い目がほつれてそこから薄い折りたたんだ紙が覗いている。所所楽はその紙を取り出して広げ、読み上げた。
『おなつへ おれはわるいことをした ころされるかもしれない もしおれがいなくなったら こどもといっしょに いどのわきのいしのしたに うめてあるかねをもってにげろ せいきち』
 たどたどしい字の手紙だった。
「‥‥ああ。やっぱり」
 幽霊は悲しんでいるようだった。
「成吉さん‥‥私、行くわ‥‥」
 また、ゆらりと灯が揺れて、気が付いた時には、もう産女の幽霊は跡形も無く消えていた。

 手紙にあった、井戸脇の石の下を掘り返した所、小判が詰まったかめが発見された。その金は大家、依頼人と冒険者達で分け、母子を弔う寺にも喜捨して供養を願い出た。
 佐伯七海(eb2168)は仏師の腕を活かし、母子に似せた仏像を彫ろうとしたが、細工道具一式を持ってこなかったため、後日改めて届ける事にした。依頼主のうらなり男にその仏像を託して供養させようとしたが、本人が激しく嫌がったのでやむなく無縁仏のある寺に納める運びとなった。
 それ以後、産女の幽霊はうらなり男の部屋から全く姿を消したという。

 依頼がひとまず大団円を迎えた頃、ヴァルトルードは全く別の人気のない通りを呆然と彷徨っていた。
「‥‥なんで私、こんな所に?」
 一番大事なときに道を間違えたらしい。
 ドジッ子、恐るべし。