●リプレイ本文
●ぐつぐつとオニオニ
即席のかまどに、借りてきた鉄鍋をかける。燃え盛る火の上、くつくつと音を立てる鍋から、木の蓋をことことと押し上げて白い湯気があふれ出す。
味噌の溶けた匂いが広がって、その先でさっきまで畑を耕していたような百姓姿の男が、腹の虫を、ぐう、と盛大に鳴かした。
それを見てくすくすと笑う所所楽銀杏(eb2963)。少年のような彼女に笑われた御簾丸月桂(eb3383)は照れ笑いを浮かべた。二人だけでなく、他の冒険者達も村人から服を借りて小鬼に怪しまれないよう変装しているものが多かった。
御簾丸がちらりと山城美雪(eb1817)を見た。山城は巻物で小鬼が近くに来ないか、呼吸探査をしていたが、未だ気配は感じられない。横に首を振る山城を見、群雲龍之介(ea0988)もふーむとあごに左手をやって考え込んだ。
群雲は木の周りに鳴子などの罠を設置することを考えていたのだが、村の猟師に協力を求めてみると、そんな罠は勝手がわからないという。この猟師は山で犬を使って狩をするので、猪を仕留めるのに使うくくり罠ならともかく、音を立てて動物を警戒させるような罠は使わないのだった。例えば忍者でもあればそういった戦場で使う罠の扱いに長けてもいたのであろうが、あいにくとこの場にそれが可能な者は居なかった。
困った顔の群雲とは対照的な涼しい顔で、柳花蓮(eb0084)は
「どうにかなります‥‥」
と言った。
「小鬼は集団で、自分より弱いと見たものを嵩にかかっていじめる性質があると聞く」
と呟いた御簾丸に向かって頷き、
「人数が多いと出てこないかもですから‥‥餌を作る人以外は隠れましょう‥‥。いつもこの位の時間に出るそうですから‥‥」
と、その場に居た冒険者達を引率するように離れた。離れた木立に入り込んで、みかんの木の近くで調理を続ける所所楽を見張る。所所楽自身も時折そっと左右に目を走らせ、小鬼たちがどの方角から来るか、神経を精一杯張り詰めさせていた。ふと、みかんの木に目をやって、所所楽の動きが止まった。
「あれ? 大鳥‥‥さん‥‥?」
大鳥春妃(eb3021)はみかんの幹に抱きついていた。大きな黒い瞳からは、はらはらと涙が零れ落ちる。
「小鬼様は悪さをするものだと雷龍様に教えていただきましたけれど、これは、あんまりですわ。こんなにたくさんの傷をつけられて、さぞ痛かったことでしょう‥‥。でもみかん様、傷を恐れずとも、もう大丈夫です。必ず私達がお護りいたしますわ。どうかご安心下さいませね‥‥」
所所楽はこのとき、目の前に壁がないことを悔しく思った。壁があったら、いつものように壁に隠れながら「著迷人見聞記」に書き付けるのに。
「あ‥‥来ました。数は7匹のようですね」
「ああっ、やっと来ましたか。よし、子鬼とやらを退治して村の人たちに蜜柑を」
敵の来訪を告げた山城の後ろで武者震いをしているヴァルトルート・ドール(eb3891)を、山城は胡散臭そうに一瞥してから
「小鬼です。子鬼ではなく」
と一言。
「‥‥はっ、間違えましたっ! 実はジャパンの言葉を覚えて初めての依頼なのですよ」
あわあわと顔を赤らめるヴァルトルート。とは言いながら、山城さんも今「こおに」って言ったけど違ったんですか、と心の中で首を傾げ、きっと違うのだろうと一人納得してジャパン語の奥深さを垣間見たような気になった。
しかしあまり悠長に考え込んでいる時間はない。
ぺたぺたとした足音と共に小鬼たちが姿を現した。その数、7匹。鍋をかき回している所所楽とみかんの木の側の大鳥を見て、小鬼たちは威嚇のつもりか、奇声を発した。
明らかに小鬼たちは所所楽たちを女子供と見、邪で小狡い性質を顕わにしていた。所所楽は鍋をかき回していたお玉をぐっと握り締めた。接近戦が出来ないわけではないが、避ける技術はからっきしと言って良い。小鬼と名はついていても、その身の丈は所所楽よりも大きい。
片や、大鳥はそんなことは微塵も考えていなかった。小鬼を認めた瞬間からただ印を結び呪を唱えて、スリープを放つ。命中した魔法の効果で、一匹の小鬼が呆けたような顔で膝をつく。もう一つのスリープが山城から小鬼に飛び、合計二匹が夢路についた。とはいえ目覚めるのは時間の問題だ。
隠身の匂玉で気配を消していた柳も攻撃に転じた。聖なる黒い力が小鬼を撃った。ギャアア、と小鬼が悲鳴を上げる。
術士たちばかりに任せても居られないと群雲が飛びだし、殴りかかった。
根城を突き止め、一網打尽にするという計画はあったものの、冒険者達の考えは微妙に異なっていて、群雲にはこの場で小鬼たちを殺すつもりがなかったために、武装は愛馬白王号に乗せたままにしてあった。
それほど大変な仕事ではない、とギルドの係員は言った。だがそれは、相応しい人物が相応しい行動をとりさえすれば、の話だ。
●追跡と洞窟
長時間の戦闘の末、なんとか決着をつけることができた。冒険者達は皆、満身創痍と言う言葉が相応しいような状況だった。
リカバーでの治療に徹したヴァルトルートのお陰もあって、かろうじて命に関わるような傷を負う者こそ居なかったが、やはり真っ先に狙われた所所楽と大鳥には特に攻撃が集中し、詠唱はそのたびに中断せざるを得ず、大鳥の飼っている鷹の冬里が必死に主を護ろうと戦った。
乱戦の中、うまく一匹だけ小鬼を倒さずに済んだのは、まさにもっけの幸いであった。
小鬼がはっと目を開けたとき、みかんの木の下には仲間達の物言わぬ骸だけが転がっていた。小鬼は驚きと恐怖を顔に張り付かせてよろよろ逃げ始めた。すぐ後をもう一匹、少しだけ背の高い小鬼がついていった。
小鬼たちが十分に離れると、息を潜めて隠れていた冒険者達は、傷ついた身体に鞭打って立ち上がり、追跡を開始した。
御簾丸は目も良いし足にも自信がある。所所楽もまた遠目を効かすことが出来たし、柳は体力をあまり使わなくて済むような森の歩き方をわきまえていた。
大鳥は体力的にはそれほど強くなかったものの、韋駄天の草履を履いていたため、小鬼の巣穴まで歩き通す事ができた。
追いかけていった先で見つけた小鬼の巣は、山の中にある小さな洞穴だった。足元の土は無数の小鬼の足跡で踏み固められている。足跡を見て数を判別することまでは流石に難しかった。だが洞穴の奥のほうからは、それなりの数の小鬼が何か判らない言葉で喋っているのが聞こえた。
やがてぺたぺたと足音が聞こえ、洞穴を覗き込んでいた冒険者達に緊張が走った。急いで洞穴の入り口からすぐ側の茂みに移動して身を隠す。
足音の主は程なく姿を見せた。先ほど逃げていった、背の高い方の小鬼だ。洞窟の中ではなく、横手から現れた小鬼は、悪びれた様子もなく冒険者達に向かってにやりと歯を見せた。ぐにゃり、粘土細工のようにその姿がたわむと、小鬼は僧服を纏った若い男に変じた。仲間だと知った冒険者達は茂みから出る。
「調べてみたのですが、入り口はここだけのようですね」
ミミクリーで小鬼に変身していたのは風花誠心(eb3859)だった。もっとも、効果時間の関係で、途中からは本来の姿で追いかけていたのだが、逃げるのに必死だった小鬼はそのことにまったく気がつかなかったようだ。
「中に居る小鬼は8匹。逃げてきた一匹とあわせると9匹ですね」
「‥‥分が悪いな」
群雲は眉間に皺を作った。数の上では五分五分。経験を積んだと言う点ではむしろ冒険者側のほうが強いのだが、先ほどの戦闘でかなり消耗してしまっている上に、慣れない山歩きも重なり、かなりの疲労がたまっていた。
「グラビティキャノンで穴ごと潰しましょう」
柳が顔を上げた。
「その位ならまだ力は残っています。これ以上の戦いは望ましくありません」
顔を合わせた冒険者達の中ではもっとも経験を積んだ柳。その言葉には説得力があった。柳に呼応するように山城も言う。
「では、その前に私はアイスブリザードを中に放ちます。みかんの木の側では木にダメージが行きますし、味方の区別が出来ない魔法ですから今回は封印するつもりでしたが。風花さん、この奥はどれほどの深さなのでしょうか」
「そんなに深くはありません。せいぜい、10mあるかないかと言った所だと思います」
「でしたら、十分ですね」
数分後、洞穴の中の小鬼たちは急に吹き込んできた吹雪に慌てふためき、その直後落ちてきた天井に押しつぶされた。直後にまだ息があった小鬼は必死に鬼の言葉で助けを呼んでいたようだったが、それもだんだんと弱くなり、やがて聞こえなくなった。完全に声が聞こえなくなるまで冒険者達は崩れ落ちた洞穴の入り口の前で立っていた。
「殺めるのは、あまり好みませんけど‥‥人を困らせるとか、悪いのは駄目、なんです」
所所楽が少し悲しそうに呟いた。
●しし鍋と焼きみかん
みかんの木のところまで一同が帰ってくると、村人たちがあちこちから、恐る恐る集まってきた。そして小鬼がもう現れない、と告げられると一様に喜びを表した。
先ほどの戦闘でひっくり返された鍋を柳とヴァルトルートが片付ける。
「もったいないですね」
残念そうに風花が言うと、
「こんなこともあろうかと、味噌を少し溶かしたお湯だけしか入っていませんでしたから」
大した事でもないように、さらっと柳は言葉を返した。
「じゃあ、しし鍋が食べられるんですね」
最初は華人である柳の提案で、豚汁を作ろうと言う話が出ていた。が、肉食を宗教的に好まないこの国で、しかもこの村のような片田舎では豚肉を手に入れることはどうやら無理なようだった。そこで豚に近い猪を使おう、と言う話になった‥‥のだが。
喜んでいる風花の前に、村の猟師がぬっと立ちはだかった。
「おめには、やんね」
「‥‥はい? どうしてですか?」
「おめ、おらに『猟師さんに取ってきてもらいます』しか言ってねえ。人にものを頼むときにはまず頭を下げるもんだ! おめは、親にそったらことも教わらなんだか? だから、おらはおめにしし鍋は食わさね。こっちゃのべっぴんさんと兄さん達だけ、うんめえしし鍋、たーんと食わしてやる」
「‥‥そんな事をおっしゃらずに」
御簾丸やヴァルトルートのとりなしもあって、説得の末、なんとか猟師は曲げたへそを直して、風花にもしし鍋を食べる権利が与えられた。
村長の家に招かれ、客間で待っていると、一段といいにおいがしてしし鍋が大きな椀によそわれ、運ばれてきた。自前の味噌に自前の新鮮な野菜。江戸の町に美味なものはいくらでもあるが、この素朴な味は町のどこの店でも食べられない、温かい味だ。山を走り回っていた猪の肉は綺麗な色をしていて弾力があり、ねぎや根菜がしっかりと身体を温めてくれた。
全員の胃袋がひととおり満足すると、今度は表に呼び出された。
みかんの木が見下ろす広場に穴を掘り、そこに木をくべて焚き火をしていた。串刺しにしたみかんを燃え盛る焔で豪快に炙る。
まるで焦げてしまったようなみかんを渡されたり、熱さに取り落としそうになったりしながらも、皮をむいて口に入れると、普通のみかんよりも甘みが強いように感じられるのだった。
「そうそう、西洋ではこの時期、お祭りがあるのですよ。年の暮れを無事に迎えられたことを感謝しながら、あくる年が平穏であるようにと‥‥」
柳が厳かにサンタクロース人形とローズキャンドルを取り出しながら言う。が、実のところは柳も西洋の祭りのことなどとんと知らないのだった。
「さあ、せっかくですから皆さんでお祈りをいたしましょう」
とろうそくに火をつけ、柳は両手を合わせると経文を静かに唱え始めた。
他の冒険者達も村人も一緒に手を合わせ、なむなむと経らしいものを唱える。
だがそれも、みかんが焼けるたびに口の中がみかんで埋まるので、ろうそくが燃え尽きる頃には西洋の祭りのことは皆忘れてしまった。