●リプレイ本文
●雪の降る山を
それほど高くない山だった。
例えば春なら弁当でも持って花見に出かけるのに相応しい。夏であれば木陰で涼み、小川のせせらぎを聞き、一陣のそよ風の涼味を味わうのもまた風情がある。秋なら紅葉や木の実、きのこ狩りを楽しむことも出来よう。
だがしかし、今は冬だった。
冬も冬、真冬である。薄暗い空から絶え間なくちらちらと粉雪が降り続けるだけでなく、冒険者達が進むにつれ風も強くなっていった。
急に神山明人(ea5209)がにへらーっと怪しげな笑みを浮かべ、着ていた防寒服を脱ぎ始めた。側に居た天螺月律吏(ea0085)の色違いの双眸が一瞬点になり、すぐさま雪山ストリップショウを止めに入る。
「こんな雪の中で一体何を‥‥うわっ、酒臭い」
天螺月が苦戦しているのを見かねてグラディ・アトール(ea0640)やマナウス・ドラッケン(ea0021)も止めに入り、二人がかりで神山の身体を持ち上げて雪だまりに叩き込むと、ようやく神山は正気を取り戻した。
「‥‥おお? 温泉は?」
「何を寝ぼけたことを」
苦笑するマナウス。
「余りにも寒いので遭難しないように気をつけなければと思い、馬に積んであった酒を飲んだのだが」
「酒は遭難したときに飲むものであって、遭難するために飲む物ではないような気がするが」
「‥‥」
真顔で言う天螺月に、返す言葉のない神山。武勇伝、武勇伝。
そんな様子を横目で見ながら、パラーリア・ゲラー(eb2257)はあーあ、とため息をついて空を見上げた。
「もっとお天気が良ければ大凧でびゅーっとひとっ飛びだったのになぁ」
まるごとクマさんに身を包んだ彼女は、まるで悩めるコヒグマのようだった。多分怒らせたら怖い。
「しかし地図が無かったのは誤算だったな」
鷲尾天斗(ea2445)が不機嫌そうに言うと、鷹波穂狼(ea4141)も同調した。
「こっちも案内人を捕まえようと散々走り回って、結局当てが外れちまった」
地図にしろ他の書物にしろ、墨と硯を用意して、手書きで作らなければならない。値が張るのは仕方が無いが、それは同時に買い手がつかなければ商品ではなくただの紙、何日何ヶ月とかけた地図職人の時間と労力がそのまま水の泡になるということで。つまり、ひなびた山向こうの村への道を示した地図を誰が買うだろうかと考えれば、そこまで酔狂な地図職人が見つからなくても仕方の無いことだとも言える。頼まれればもちろん作るであろうが、頼んだ明日に出来上がりましたというものでもない。
十三ッ屋のかのこがとりあえず間に合わせの地図を作ってはくれたが、「山」ぐらいしかめぼしい目印はないが、どうやら一本道らしく、道を外れることさえなければ大丈夫、ということだった。
案内人にしても似たり寄ったり。
鷹波が当たった相手の中にはもしかしたら案内の出来る人間も居たのかもしれないが、できる、と答えた者は一人もいなかったし、相手が嘘をついている、と鷹波が看破できた事実も無かった。
案内料と労苦を天秤にかけて、一人100両ととんでもなく吹っかけてきた者はあったが、それは流石に断った。こちらの足元を見られたのかもしれない。
身元のしっかりしていない案内人は時折、山奥で客の身ぐるみ剥いで置き去りにしたりということもあるようだから、結局何が災いとなるか幸いとなるかは、後になってみなければ判らない。
今の所、最も頼りになるのは雪山歩きを理解している天螺月だった。
足元は向こうずねの辺りまで埋まる雪。
都にはかんじきという雪国土産を売っている場所は無かったが、その代わり藁ぐつは人数分確保できた。多少ちくちくとしたが、はいてみると温かい。
馬を連れて行くことへの心配は、蓋を開けてみれば案外に難しくはなかった。駿馬は足への負担が大きいと骨が折れることもあるほどの華奢なからだの作りをしているが、幸い、仲間のうちで唯一駿馬を飼っているグラディは、馬を置いてきていた。
他の馬達は四本の足で雪を踏みしめて進み、熱くなった肌に触れた雪が融けて、汗と一緒になって湯気を立ち上らせた。
山頂を過ぎ、下り道に差し掛かったところで天候は劇的に変化した。
風雪が止んだばかりか、日が射してきたのだ。目を細めれば、下り道の先に目指していた村が見えた。
●一本でもゴボウ
一行は、依頼の目的である農家を訪れた。
「こんにちは〜っ! ごぼうを取りに来ました〜」
パラーリアの元気良い挨拶に、老婆が恐縮しながら出迎えてくれた。家に上げてもらい、軽く食事を振舞われると、雪道の疲れがだいぶ取れて楽になった。
いつも十三ッ屋にごぼうを運んでくるのは老婆の息子だったが、雪で足元が見えなかったために足を踏み外して沢に落ち、足を痛めてしまったのだという。手紙を書こうにも読み書きが出来ない上、老婆一人で遠出は無理だ。そんなこんなで、十三ツ屋にごぼうを届けることも事情を説明することも叶わずにいたという。
「本当に不甲斐ない、申し訳ない」
と、繰り返した。
ひたすら詫びを繰り返す息子をなだめ、農具を手に、冒険者達は畑に出た。教えてもらった一角は雪に埋もれていた。
雪の積もったごぼう畑で、真っ先にそれを掘り出し、手にしたのはグラディだった。
「よし、まずは一本見つけた!」
ずっしりと重い収穫物を、高々と振りかざす。
畑の雪かきをしていたテスタメント・ヘイリグケイト(eb1935)が手を休め、近寄ってしげしげと覗き込んだ。
「ほう、これが。ごぼうとはジャパン独特の根菜と聞いていたが、これは随分と太い‥‥まるで木の根のようだ」
二人が眺めているものを見て、天螺月がため息をついた。
「待て、それはごぼうではないぞ。どう見ても大根だ、早く畑に戻せ」
太さは両手の指で丸を作ったくらい、長さは二尺足らず。どう見ても大根です。
「ううん、いいんだよ、それ、ごぼうだから」
あっけらかんとパラーリアが言うので、天螺月は目を丸くした。
「京都では有名なんだって。あたし、ちゃんと調べたんだよ、えっへん」
試しに一本を刀で切ってみると、中にはかのこがそう言っていたように空洞があり、色もにおいも確かに大根のそれではなかった。
冒険者達は作業をどんどん進め始めた。
‥‥が、中には作業に身が入らない者も居た。
「歩きづれぇ‥‥うおぅ!」
もっさもっさと歩いては転び、雪に等身大の人型──と言うより、まるごとはにわを着込んでいるためにはにわ型と呼ぶべきか──をつけて回っているのは、鷲尾だった。転ぶ度に愛犬の太助はあるじの周囲で駆け回る。
マナウスはそんな鷲尾に冷たい視線を送ると、無言でざくざく穴を掘り始めた。そして掘り終わると、鷲尾に声をかけた。
「そこの埴輪、ちょっと来い」
「呼んだかー?」
はにわ、もっさもっさと移動する。
「この穴の横に立て」
「こうか?」
「そうだ」
そのまま軽く蹴りを入れ、奈落の底にはにわ一名様ご案内。
「お〜、土マミーレで雪マミーレ! 流石だ俺!!」
じたばたしているはにわを見下ろし、マナウスは邪な笑みを浮かべた。すかさずざくざくと、はにわごと穴を埋めてゆく。
「俺には牛蒡の品質を保ち、可及的速やかに運ぶべしという至上命題があるのだ、許せ」
気のせいか、マナウスの目に涙が浮かんでいるように鷲尾の目には見えた。
「‥‥そして大地に帰れ、埴輪」
ざくざくざく。
やっぱり気のせいだった。
まるごとはにわが首だけはにわになった頃、マナウスはすっきりした顔で作業に戻った。放置プレイという言葉が走馬灯のように鷲尾の脳裏を駆け抜ける。
太助が尻尾をぶんぶん振って首だけの主に駆け寄った。
「太助〜。笑うな。頼むから助けてくれ〜」
太助、きゅうん? と首を傾げ、おもむろに首だけあるじに片足を上げてマーキングのポーズを。以下略。
そして冒険者達の奮闘の甲斐あって、ほんの一時ほどで、雪と共に藁にくるまれたごぼうの包みが出来上がった。
十三ツ屋への帰路は往路に比べると比較的天候に恵まれ、往路ほどの苦労はせずに済んだ。
パラーリアは大凧で飛ぶことも考えたが、彼女の猟師としての知恵は、天候の急変への警戒を優先するべきだと判断した。また、ロバにソリをつけることも考えてはいたが、山道を下るのにそりを使う場合、ロバに引かせるというよりもロバがそりに轢かれる危険があるばかりでなく、なだらかでない山道で転倒でもすれば、荷物がだめになる。また、ロシアなど外国であればともかく、この日本という国、それも京都で誰かが馬そりを使っている所を見た者はまずないだろうし、ロバの体にちょうど合うような大きさのそりの調達というならなおのこと難しい。ただ頭を使えば楽が出来るというものでもなかった。
疲れが見えてきたのは冒険者達ばかりでなく、馬達も首を落として歩き、それを見かねてグラディが楠木麻から教えてもらった必殺兵器を取り出した。
「こんな事もあろうかと」
手にしたのはニョルズの釣竿の先に進化の人参をぶら下げたもの。馬の目の前に吊るすと馬はやや興味を示したが、釣竿の先の人参は安定せずにぶらぶらと揺れ動く。揺れ動くたびに馬も進路を変えようとするので、結局他の冒険者からストップがかかった。
雪も降り止んですっかり暗くなった頃、やっと十三ツ屋に着いた。
かのこが鷲尾にまず
「お連れ様が店を手伝ってくださって助かりました」
と言いかけたのを鷲尾は制する。
そして、風呂を借りたい、と思いつめた表情でかのこに詰めより、近くの銭湯を紹介してもらって、無事に雪とか土とか汗、そして何かを洗い流すことに成功した。
●賀清新春
あくる朝、はなびらもち作りが始まった。その日の午後に初釜が行われるというので、戦場のような騒ぎだった。
ごぼうの蜜煮、ぎゅうひの皮、そしてみそあん。それらを作るのに調理技術のあるマナウスが手伝い、テスタメントは興味深そうに職人の手がきびきび働く様を見ていた。昼近く、ようやくはなびらもち作りの作業が終わった。
幼子のふっくらした頬に似た、ほんのり紅色の内皮が透けて見える白いぎゅうひ。鮎に見立てた蜜煮のごぼうが皮からひょろりとはみ出して自己主張をする。
味見、と称して天螺月がはなびらもちを口にした。もちもちした食感、柔らかい中にごぼうのしゃきっとした歯ごたえがわずかに残り、みそあんがほろりと口の中で崩れるたびに上品な甘みが口の中に広がった。
自分と同じように甘味好きの相方の顔を思い出して、食べたかっただろうなあ、としみじみ思う。
「お土産に一つ、お持ち帰りは駄目だろうか?」
かのこに尋ねてみた。
「あきまへん」
困った顔で即答された。
「作って日を置いたらおいしくありません。本当に申し訳ないんですけど。だから店頭でも売らないんです」
仕方ない、と天螺月は諦めて、目の前のはなびらもちを味わうことに集中した。
「こういう味になるんだね。正直こういう時でもないと腕のいい料理人の動きなんて見れないわけだし、技術を見ることは俺にとって十分報酬に値するわけなんだが。何はともあれ、女性の頼みは全力で叶えるべし。というのが親父の口癖でね?」
「すっごくおいしいよぉ〜! ほっぺた落ちそうっ」
マナウスの言葉に満面の笑顔でパラーリアが返して、付け足すように、運びにいったみんなは大丈夫かなあと小声で呟いた。
西の院へはなびらもちを届ける役目を買って出たのはグラディ、鷲尾、鷹波、テスタメントの四人。馬上で荷物を抱えて、西の院を目指す。門番に言って馬を下り、奥へ通してもらうと、水屋仕事のまとめ役らしい年配の婦人が菓子を受け取り、よろしければと茶会への招きを4人に伝えた。一も二もなく、全員が招きを享けることに決めた。
案内役に先導されて、長い廊下を歩いてゆく。鷹波が思いついて一句ひねる。
「初釜や、はやく梅や鶯見たいもんだね、と。‥‥全然句にもなってねーなぁ‥‥あっ?」
鷹波は足を止めた。
「どうした?」
テスタメントが問うが、鷹波は一点をじっと見つめたまま答えない。
視線の先には、離れの茶室に入ってゆく若草色の装束を纏った少年と老人の姿があった。
「な、もしかしてこの初釜って、神皇様も来ているかい?」
「ええ。ただ神皇様が、私たちに気を使わせないよう、別の部屋でお茶を召し上がられると仰って」
「ああ、やっぱりなあ」
今まで案内役につかみかからんばかりの血相だった鷹波は、今度はほわんとのぼせたような顔になった。
「はなびらもち、もしかしたら神皇様のお口にも、なんて思ってたが、お姿を拝見できるなんて‥‥ああ、今年はいい年になりそうだ」
雪解けまでには、まだ少し遠い、睦月のことである。