●リプレイ本文
●冬でござんす
北風が雪野原に吹いた。冒険者達は防寒具を着ているにもかかわらず、露出した部分を撫でるその冷たさに身震いする。
一口に防寒具といってもその意趣は様々で、アゲハ・キサラギ(ea1011)のまるごと猫かぶりを始め、イシュメイル・レクベル(eb0990)は羊毛がふかふかと温かいウール入り防寒服だったし、天馬巧哉(eb1821)はまるごとわんこを着込んでいた。
「‥‥何かの見本市でござろうか」
本気で考え込むジョージに、アゲハは
「ほら、あったかくてエチゴヤさんで売ってるやつより長時間耐えられるし、お徳でしょ?」
と丸ごと猫かぶりの良さを力説する。笑顔の裏でこっそりと、もしかして猫の格好なんてしてたら鶏さんに攻撃されちゃうかなー、まあそのときはそのときでジョージさんを盾にすればいいし‥‥なんて思っていたりするのは秘密だ。
「‥‥何かおかしいでござるか?」
「あっ、いや別になんでもっ」
顔に何かついてでもいるのかと、不思議そうに自分の顔をぺたぺた触りながら尋ねるジョージに向かって、アゲハはぶんぶんと首を振り、企み臭漂う微笑を打ち消した。
冒険者達はどすんと荷を下ろした。荷の中身は主に行きずりに山から収穫してきた腐葉土、そして藁である。
「腐葉土の中に手を突っ込むとね、暖かいんだよ」
ニコリと笑うのはイシュメイル。
「アミクス、マルス、ありがとう、ご苦労様」
イシュメイルに優しく首筋を撫でられたロバと子馬は、鼻面をうれしそうに少年の胸にこすりつけた。
天馬は険しい表情で雪野原を見ていた。鳥を飼った経験は無かったので、あらかじめ鶏のいる農家を尋ね、飼う時の注意点を聞いていた。その時のメモは大事に持っている。
音無鬼灯(eb3757)も天馬が農家に訪ねる際同行している。こちらは特に聞くことを決めていたわけでもなく、天馬のようにメモを取ったわけでもない。ただ漫然と聞き流しただけだ。
ついでに荷車を借りようとしたが、断られた。
江戸の市中では比較的使用を許されていても、例えば五街道を荷車が通るのは治安維持のため基本的に禁止されている事だし、どうしてもというならば許可が要る。平らかでない、雨が降れば場所によりまるで田んぼと化す様なぬかるみがそこかしこに出来る、そんな道ばかりなのだから、もし許可があったとしても、音無の思うようにできたかは怪しい。
「そういえば、農家の人、秋頃に鶏の羽が生え変わる時は卵を産まなくなるっていってたけど、関係あるかな?」
月下真鶴(eb3843)も農家に話を聞きに言った一人だ。
「もしそうだったら、春になったらまた卵を産むようになるっていってたから、それまで元気に暮らせるように、僕たちがしてあげればいいよね? 鶏に気合で治せなんていえるわけないし」
少年のような口ぶりだが、妙齢の女性だったりする。そんなギャップも魅力の一つかもしれない。
ギャップといえば糺空(eb3886)もその外見から性別を間違われることが多いのだが、今日は特に病み上がりのためか、けだるい表情で目をうるませている様子は、明らかに特定層にアピールしそうな危うい風情を漂わせていた。
「ふぁ‥‥くしゅんっ! うにゃ‥‥誰か噂してるのかな‥‥?」
首を傾げたはずみに、姉の顔──しかもこっそり布団から抜け出してきたものだから、相当に怒っている──が目の前に浮かび、風邪とは違う悪寒を感じて、少し震えた。
「大丈夫ですかな?」
湯田直躬(eb1807)が気遣うように声をかける。僧形の彼のまなざしは、親が子を慈しむような、温かいものだった。
そしてその頃、ヴァルトルート・ドール(eb3891)は。
早速、鶏に襲われていた。
●ご出陣
ヴァルトルートは、着くなりスコップ片手に川原の雪かきを始めていたのだった。その意気や善し。巧遅は拙速に如かず、などという言葉もある‥‥が、ジャパン語を修得してから間がないとは言え、せめてもう少し人の話を聞くべきだったかもしれない。
彼女はネコを飼っていた。若い、非常に活発なネコだ。
西洋のことわざではネコには9つの命があると言われるが、同時に『好奇心はネコをも殺す』、つまりその9つも命を持ったネコという生き物でさえ、好奇心のために死んでしまうという意味のことわざもある。こたつで丸くなるネコもいるが、あいにくとここにこたつは無い。
ヴィーという名前のネコは、好奇心に従い、ひとしきり雪上を転げ回った後、こちらを見つめるただならぬ視線に気付いた。
視線の主を確認する。銅色の羽と大きくて真っ赤なとさかは雪の上によく映えた。ふーっとヴィーは毛を逆立てる。視線の主も首の羽を逆立てながらゆっくりと羽を広げ、威嚇の体制をとった。もはや一触即発の状態。
そしてそんな中でもヴァルトルートは状況に気づかず、せっせと雪かきを続けていた。
みぎゃあという悲鳴と激しい羽音に振り返ると、ネコと鶏が弾丸のようにヴァルトルートに向かってくる所だった。
スコップを取り落とし、ヴァルトルートは逃げた。足元をヴィーが追い抜いて行った。それほどしつけが行き届いているわけではないので3回に一回程度は主人の命令を聞かなかったりするのだが、それでもとてもやるせない気分になり、ヴァルトルートは追跡者の方を振り向いて‥‥雪に足を取られ、こけた。この時点でどじっこ属性は確定か。
雪の中に突っ伏した顔面が、冷たいを通り越して、痛い。顔を上げると、赤い奴はじっと雪まみれのヴァルトルートの顔を見下ろしていた。
「あっ、いや、その。落ち着いて話し合いましょう! ‥‥ええと、こういう時なんて言うんでしたっけね。いろいろ勉強したのですが、こんなときに言葉がすんなり出てこないなんて。確か‥‥あ、そうだ」
やっとある言葉を思い出したヴァルトルートは、鶏を落ち着かせようと太陽のような輝く笑顔で語りかけた。
「『ハラをキッテ』話し合いましょう!」
それを聞いた鶏はふわりと舞い上がり、ヴァルトルートの頭に着地して、ばさばさと二、三回羽ばたいた。ヴァルトルードの額にどろりとした生暖かいものが流れた。反射的に手をやってみると、指についた白と緑のぬめり。乾燥したり発酵させたりすると農家にとっては金を出しても欲しい物になる、アレ。つまり専門用語で言うと、鶏糞。
「専門用語で言わなければニワトリのフンでござるな」
うんうんと頷きながら納得するジョージ。ああ無情。その後頭部にアゲハのチョップが炸裂した。
「見ている場合じゃなくて、助けに行かなくちゃ。ジョージさんも来てよね」
言うなり、アゲハはジョージを引きずりながらヴァルトルートの救援に向かう。籠を持ったイシュメイル、つつかれ対策のためにオーラボディを纏った月下も走る。
鶏はぎろりと駆け寄る冒険者達を睨み、こけーっと一声鳴くと、こちらもそれを迎え撃つべく走った。すさまじい剣幕である。
「何だ? 一羽だけか‥‥だが、あの赤い奴、早い!」
その一羽の鶏は通常の三倍の速度(当社比)で接近した。イシュメイルの振り下ろした籠を華麗なジャンプで避け、月下には目もくれずにその脇を通りぬけ、ジョージを盾にしたアゲハの眼前に迫る。
さて、ここで問題です。
【設問1】
次の文章を読み、問いに答えよ。
ニワトリの丹羽さんの敷地に二匹の侵入者がありました。一匹は時々入ってくる、うかつですが丹羽さんたちに危害は加えない人間、そしてもう一匹はその人間と同じくらいの大きさの猫です。
【問い】
どちらを攻撃するべきでしょうか?
【答え】
‥‥まるごと猫かぶりを着込んでいたアゲハの悲鳴が響き渡った。おろおろとアゲハを抱き起こすジョージを無視して、鶏はまっすぐ突き進む。その先には、糺がほうっと佇んでいた。
「危ない!」
糺をかばおうと湯田が手を広げて立ちふさがったが、何を思ったか糺はその腕をくぐり前へ出た。
鶏の蹴爪が糺の羽織を引っつかむ。が、糺はひるむことなく、純白の羽織に鳥の足型がつくのもいとわずに、そのまま鶏を抱きしめた。鶏がどんなに突付いても、糺は決して離そうとしない。
「大丈夫、怖くないよ‥‥ね? 恐くない」
やがて鶏は諦めたのか、おとなしくなった。
「ほらね、怖くない。急に人がたくさん来たから、びっくりしただけなんだよね?」
糺が腕を緩めても、鶏は逃げようとしなかった。だが、急に寒そうに身体をふくらませてその場にうずくまり、震えだした。
「寒いのか‥‥?」
天馬は急いで平らな場所を見繕うと荷物から小型のテントを出し、手早く組み立てて鶏を中に運び込んだ。
●鳥頭と禿頭と黒頭
二人用のテントに湯田と天馬、そして鶏が収まった。と毛皮のマントを湯田が敷き、その上に鶏を座らせると、半目をむいて震えていた鶏も徐々に落ち着きを取り戻した。
湯田は印を結び、テレパシーでの意思疎通を試みる。
「さて、この辺りの鶏の頭領とお見受けするが」
「うむ」
鶏は湯田に答える。実際に喋っているわけではないので、やり取りの内容は見守る天馬には伝わらない。
「卵と引き換えに、あなた方の餌や住処を整えるというのはいかがでしょうな?」
「断る」
「‥‥というわけで天馬様、いきなり交渉決裂でしたぞ」
「‥‥へ?」
選手交代。今度は天馬がスクロールを広げ、テレパシーを使う。
「最近元気が無いようで、自分達は心配している。何か困ったこととか、もし敵が居るんだったら退治するが」
「‥‥腹が減った」
待ってましたとばかりに表の冒険者達に伝え、用意した餌を鶏の頭領に差し出す。しかし頭領はじーっと餌とにらめっこするばかりで嘴をつけようとしない。
アゲハの作ったくず米や麦ふすまを混ぜたたんぱく質中心の餌も、天馬が工夫したおからや砕いた貝殻を入れたものも、一口も食べない。
湯田は自分の荷物に入っている保存食を差し出してみた。鶏はこれにも首を傾げ、食思を見せない。
何を思ったか、天馬はおもむろに手を伸ばし、その保存食を少しつまんで自分の口に入れて見せた。天馬がもぐもぐと咀嚼し飲み下す様子を、鶏はじっと見ていた。
天馬が鶏に、旨いぞ、とテレパシーで伝える。鶏はぱちくりと目をしばたたかせて、やや逡巡した後、首を伸ばし、恐る恐る天馬がつまんだ残りを突付いた。それで警戒心が完全に解けたらしい。その後は猛烈な勢いで保存食を平らげ、アゲハの餌も天馬の餌も残さず食べてしまった。
「旨かった。礼を言うぞ」
そう言い残す(ただしテレパシー)と、鶏はすっくと立ち上がって悠然たる足取りで表に出て行った。赤銅色の羽を大きく羽ばたかせると、まっすぐテントの頂上へ飛ぶ。その様子を見てジョージがさっと耳を塞いでその場に伏せた。
朗々たる鶏のときの声が響いた。
「こーけーこーっこーぉーぅー!!」
テントの中に居た二人は不意打ちを食らい、鶏が鳴き止んでもしばらくは耳鳴りが続いていたという。
●びふぉーあふたー
鶴の一声ならぬ鶏の一声で、今まで姿を見せなかったほかの鶏たちが姿を現した。ただしその数は少なく、どの鶏も痩せていた。
あらかじめ計画を練りこんであった天馬を中心に、鶏のための水飲み場や寒さ避けのための囲いなどを冒険者達が作る間、鶏たちは飼い鳥の様におとなしかった。
アゲハが餌をまいてやると、やはり最初はどの鶏も頭領鶏同様にためらいを見せたが、頭領鳥がこっこっとなにやら鳴くと、先ほどのテント内の光景が再び再現され、食べ始めた。
「うらやましいなあ」
だし抜けにアゲハに音無が声をかけた。きょとんと音無を見るアゲハ。
「僕は、ずっと男の忍者と寝食を共にしていた為だろうか、男の格好を好んで何時もしてるんだ。でも胸だけは隠せないからね、困ったもんだ。僕もそんな胸だったらよかったのになあ」
「‥‥ははは、そーだね‥‥はぁ‥‥」
ずーんと重い気分に襲われるアゲハだった。
応援の冒険者で、和久寺圭介など河原での作業を希望するものもいたが、一日で往復できる距離ではなく、作業はこの場にいる冒険者のみの仕事となり、進みは遅くなりがちだったが、夜になりやっと完成した。腐葉土の山は北側に配置した。寒さ避けの囲いの中には藁を敷き保温効果を高めた。
「これならもう大丈夫でござるな。何より、餌を食べるようになったのでござるし」
ジョージのお墨付きで、冒険者達は河原と鶏たちに別れを告げ、依頼人の元へ向かった。
「おつかれさまでーす!」
甲高い声で出迎えたのは依頼人で菓子職人のマリアンヌ夫人。
「ただいま、マリアンヌおば‥‥おねえちゃん」
糺の言葉にマリアンヌ夫人は吹き出した。
「私の孫、あなたよりも小さいでーす。3人いますねー。おばあちゃんでも、かまいませーん」
今回は材料、特に卵が少ないため、一本焼き上げたかすていらを皆で分ける形になったが、噛んだら果物のように汁が滴り落ちるのではないかと思えるほどのしっとり感や、甘ったるくも物足りなくもないちょうど良い甘さは、いつもと変わらない。
「そうそう、ジョージ様に言い忘れていたことが。実は頭領鶏と決め事をして、卵を採りに行くときの合図としてある踊りを踊ってからということにしたのです。私自らその踊りを教えますゆえ、しっかり覚えて下されよ」
「踊り、でござるか」
「では早速練習に参りましょうぞ。ささ、これをお付けくだされ」
「これは‥‥腰みの、でござるか?」
満面の笑みで湯田は頷いた。
ところで、これは後日の話になるが。
江戸の大火で焼けた、とある一軒の焼け跡に、かすていらが一切れ、誰かの手で供えられていたという。