【龍脈暴走】 七つ星の禊〜破軍〜
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■ショートシナリオ
担当:蜆縮涼鼓丸
対応レベル:3〜7lv
難易度:普通
成功報酬:2 G 46 C
参加人数:8人
サポート参加人数:4人
冒険期間:01月31日〜02月07日
リプレイ公開日:2006年02月08日
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●オープニング
冬空に星は冴え冴えと輝き、金銀の砂をまいたような夏の空よりももっと空気は澄んで、じっと見つめれば、星空にすうと吸い込まれてしまいそうな錯覚すら覚える。
天の星は日ごと夜ごとにぐるりと巡り、北の空、巡りの円の中心には、只一つだけ動かぬ星がある。
その星を指し示す七つ星──すなわち貪狼、巨門、禄存、文曲、廉貞、武曲、そして破軍──を。
ひとは【星辰】と呼び習わした。
江戸よりも東南に20里ほど。鹿島の地、海に程近い村にほど近い、小さな森の片隅に古い尼寺がひっそりと建っていった。
このごろの江戸の大火の話も風の噂に聞こえてはいたが、江戸から遠く離れたこの場所では、それはどこか別の国の出来事だ。
さて、事の始まりは今から一月も前のことだった。
「庵主様、庵主様!」
「これ、騒々しい。ほんに、お静と言う名じゃのに、どうしてそのように騒がしいのじゃ」
まだ五つ六つの幼い顔の娘がぱたぱた走ってきたのを、祖母ほどの年の尼僧が優しくたしなめる。だが娘は顔を真っ赤にして訴えた。
「庵主様、大変、大変なの! はぐんさまのお池が、真っ赤になってしまったのっ!」
「なんと! それは、まことかえ?」
庵主の顔が瞬時に青くなり、あわてて草履を履くと、表へ飛び出した。
この尼寺の裏手には吉祥池という池があり、そのほとりに小さな祠が祭られている。
祠には星辰の文様が刻まれ、「はぐんさま」とだけその名が伝わっていた。
その「はぐんさま」が何を祭ったものなのか、既に忘れ去られている。ただ龍に関わる何とやら、とだけは、この村の住人なら幼子に至るまで知っている。
いつもは静かに水をたたえている吉祥池が、お静の言った通り、血の池と化していた。
呆然と立ちすくむ二人の耳に声が聞こえた。
「‥‥誰か‥‥誰か」
かすれた男の声。庵主とお静は飛び上がった。狼狽しながら庵主は震えた声で尋ねた。
「だ、誰じゃ? 誰ぞおるのかえ?」
「あっ、庵主様、あそこに人が倒れてる!」
お静の指差す先に、傷だらけの僧兵が倒れていた。
九尾という魔物の話を、僧兵は語った。
庵主達はこの村のことしか知らない。村の外にはまた他の村や町があり、それをひっくるめて「国」と呼ぶ。そこまでは分かる。
だが僧兵が語ったのはもっと大きな括り、「国」がたくさん集まった、日ノ本という「邦」の話だった。
僧兵の傷の手当てをしながら二人がやっと理解できたのは、とにかく庵主やお静やこの村の人間達が理解できるよりもっと大きな凶事が、この村にも影を落としている、ということだけ。
「この村が龍脈を鎮める重要な場所であることを知り、九尾の配下が呪法を行うのを止めようとしたのに‥‥くそっ」
ぎり、と、傷の痛みではなく歯を食いしばる僧兵。
とある大きな寺で修行をしていた彼は、ある日寺に忍び込んだ妖狐を見つけ、戦った。だが妖狐は一巻きの巻物を奪って逃げた。奪われた巻物の内容を老師から聞かされ、僧兵はこの地へ旅立ったのだった。やっとこの地で狐を見つけたまでは良かったが。
「しとめた瞬間、奴は池に身を投げたのです。呪いの言葉を吐いて」
「我らは‥‥いかがすべきでございましょうや?」
庵主が不安げに問う。
僧兵はしばらく押し黙ってから、答えた。
「かけられた呪いを解かなければなりません。元のように清しい水に戻さねば、今まで上から押し止めていた力が、逆に引きずり上げる力へと変じてしまうでしょう‥‥」
「この老いた身には、難しゅうござりまするなあ」
「ならば、私は江戸へ参ります」
「そのお体で?!」
「行かねばなりません。ギルドなら、高僧に勝るとも劣らぬ法力の持ち主がいるはず。助力を願いましょう」
僧兵の目に浮かぶ固い決意の色を見て、庵主は天を仰いだ。
「‥‥ならば、お静を供に。ああ見えて聡い子です、必ずお役に立ちましょう。宿場まで出れば駕籠も使えるはず、少のうございますが寺の蓄えを、路銀と、助力を求むる金子とに、どうぞお使いくださいまし」
庵主が重みのある紫の小袋を手渡すと、僧兵は涙を浮かべながら頭を畳にこすりつけた。
「必ず、助けを連れて参ります」
「てぇな訳で」
ギルドの係員は依頼書を読み上げ、顔を上げた。
「七つの社で同時に龍を静める祭りを行うんだそうでやんす。そのうちの一つで、準備に皆様のお力を借りたいそうで。特に呪いを解いたり池の水を清めたりしないといけねえんで、その術をお持ちの方には御代をはずんでくれるって事でやんすよ」
瞬きをしてから係員は続ける。
「お聞き及びかと思いやすが、あの九尾がなにやら悪い企みをしているとか。この祭りがうまくいかねえと‥‥まあ余り考えたくも無いことでやんすねえ。くわばらくわばら」
顔をしかめ、首を振る。
「祭り自体は池に映った星を皆で拝むだけだそうでやんすから、準備さえ済んじまえばあとはのんびり出来るはずでやんすが‥‥旨く行くように、あっしも江戸からお祈り申し上げやす」
係員は小さい身体をかがめるようにして、礼をした。
●リプレイ本文
●誰そ彼
祭りの前夜に、冒険者達は村の土を踏んだ。
ジュディス・ティラナやエルザ・ヴァリアント、ギーヴ・リュースらは江戸で可能な限りの情報収集を試みたが、遠く離れたひなびた場所に降りかかった呪いを、これと特定することは出来なかった。
ただ、一つだけ確実なのは、『人を呪わば穴二つ』ということわざの通り、呪いはそれがかけられた対象と同様に術者をも蝕む、ということだ。例えば相手の右腕が動かないような呪いをかければ、術者の右腕もまた石のようになってしまう。それを避けるには、呪いをかける時にいけにえを用意し、自分に降りかかるはずの効果をいけにえに負わせればよいのだが、件の狐はまだ準備を整える前に僧兵と争いになったらしく、いけにえらしきものは見ていないと僧兵は語った。
ならば、恐らくはその身にも呪いがかかっているのであろう。吉祥池を赤く染めたのと同じ呪いが。
「鄙でございますゆえ、何もありませぬが」
老いた庵主は恐縮しながら冒険者達にささやかな食事を勧めた。
「丁寧なおもてなしに感謝致す。国は違えど、御仏を信ずる心に変わりはないであろう」
天涼春(ea0574)が重々しく言うと、庵主は、ええ、左様で御座いますね、と小さく頷いた。
「私は、元ある形が元に成らざる‥‥成さぬ障害がある事自体気に入らないわ。変化と破壊は別。何も知らない人達が、知る事さえ出来ず泣くのは‥‥」
気に入らない。最後の一言は噛み潰すように、クレセント・オーキッド(ea1192)は呟いた。
「先日かすていらを食べ損ねた悔しさ‥‥もとい、邦を想う心を込めて、俺も力を喜んで貸そう!」
真顔で言い切ったのは湯田鎖雷(ea0109)。
重い緊張にこわばっていた場が、少し和んだ。
●待宵
夕刻。吉祥池のほとりに冒険者達と庵主が集まる。
暖を取るため、そして光源を確保するための火が焚かれる。エレオノール・ブラキリア(ea0221)が馬に積んだ荷から火打石を取り出そうとすると、ローガン・カーティス(eb3087)がそっと制し、そのまま薪に向かって手を差し伸べた。ローガンの体の周りにほうっと赤い光が輝いたかと思うと、すぐに薪は景気良く燃え始めた。
火の魔法は得意ですから、と特に表情を変えず会釈する様子に、嫌味なものは感じられない。この薪も彼が自費で賄うつもりだったのを、村人が自分達の大事な池を守ってもらうのに、と、あわてて提供したものだ。
そして今回、見える火だけでなく、見えない火を作り出す彼の力が、一つの大事な役目を担うことになる。
「さぁて、っと。庵主さま、この数珠を使ってけろ」
人懐っこい笑顔でイワーノ・ホルメル(ea8903)は庵主に数珠を渡した。
「俺ぁ詳しいことはよく分からねっけども、知恵を司る神様の、ありがたぁ〜い力のこもった品だっちゅう話だ」
「解呪を行う為に自分達が集められたというのに、結局庵主様の力を借りなければならないことを心苦しく思いますが‥‥とにかく出来ることをするしかありません」
自分は術に関しては門外漢だから、直接の手伝いは出来ませんが、と申し訳なさそうに七尺もある巨体を折り曲げて頭を下げるのはガザレーク・ジラ(eb2274)。
「庵主さまには骨折ってもらって済まねぇんだども、そんかわし、上手くいくよう俺ぁたちでめーいっぱい手伝いすっからよぅ」
クレセントとセピア・オーレリィ(eb3797)の二人が、まず池の前に進み出た。ピュアリファイによる浄化を行うためだ。
予定ではまずピュアリファイで池の清浄化を試み、次いで解呪、狐の死体を引き上げて再浄化‥‥ということになっていた。
池に二人が手をかざし、白い光が二人を中心にじわり、拡がる。池の水面は光に打たれたところから赤色を失い、本来の透明な水に戻っていった。だが、光が消えると、せっかく透明になった水もみるみるうちにまた一層濃い赤に侵食されてしまう。
エレオノールの目には一瞬、池にあざ笑うかのような狐の姿が映ったように見えた。何とも言えない嫌な気配を、直感的に冒険者達のうち数人は感じていた。
クレセントは柳眉を顰め、唇に指を当てて考え込んだ。
「これは‥‥解呪が先の方が効果的かも知れないわ。この池の広さなら無駄打ちは出来ない、確実に効果を出せる面子は本番の為に温存すべきでしょう?」
冒険者達は次の段階‥‥すなわち、解呪の準備に取り掛かった。
●夜半
冒険者達に背を押されて、それまでしり込みしていた庵主も、やっと表情をこわばらせながらも何とか池の前に進み出た。皺だらけの手にはイワーノから貸し出された文殊の数珠がしっかりと握られている。天が口を開いた。
「我々は浄化は出来るが解呪は出来ぬ。どうか、庵主殿の力を貸して頂きたい。我々も極力支援致す故」
天は庵主に向かい、その青々とそり上げられた頭を深々と下げた。顔を上げると両の手を合わせ、目を閉じて念じる。白い光がはじけ、まずローガン、次いで庵主に祝福の力が授けられる。
次にローガンが詠唱を始めた。火の精霊魔法を使う彼が紡ぎ上げたのはフレイムエリベイション──炎の力を身体の内に宿らせ、心魂に活力を与える魔法だ。まず自らを魔法の力で高めてから、庵主にもその力を注ぎ込んだ。
合掌して神妙な面持ちで魔法の賦与を受けていた庵主は、効果があったのだろう、それまでの自信なさげな困ったような表情から落ち着いて何かを見据えるような風に、その顔つきを変えていた。
天の神聖魔法もローガンの火の魔術も、効果は数分で切れる。庵主は深く息を吸い込み、ゆっくり吐き出した。焚き火に照らされ、夜気に息が白く浮かび上がった。ほとんど表情には出ないながらもローガンは、庵主が疲れた様子を見せでもしたら無理をさせず休憩させようと思い、なるべく庵主の側に、しかも邪魔にならないような位置に立った。
庵主が片手に数珠を握り締め、もう片方の手を吉祥池の水面に近づけるのを、冒険者達は固唾を呑んで見守った。数珠を握る手を額に置いて、庵主は静かな声で詠唱を行う。庵主の身体がほの白く光る。その光は、庵主の身体を離れて池の水面ヘ、すっと移った。放射状に光は広がり、木の枝が伸び葉が茂るように複雑に絡まりあって、やがて池全体が光の鏡の如く円く輝いた。それは一瞬のことだったはずなのに、見守るそれぞれにはとても長い時間のように思えたのだった。
池を包んだ白い光は、今度は端から池の中央へ向かい凝縮を始めた。一つの塊になった光はやがて始まったときと同じようにゆっくりと消失し、あとに何かが残された。
ガザレークが火のついた薪を一本取り、池の上に掲げると、先ほど光の消えた辺り、池の中央に、それまではなかったはずの獣の死骸がひとつ、ぷかりと浮かんでいるのが見えた。湯田とイワーノが顔を見合わせ、頷きあう。
イワーノは携帯していた経巻を取り出し、はらりと広げて焚き火に向かった。口をへの字にしながら念じると、火の精霊力を示す赤い光と共に、足元からもう一人のイワーノ、灰から生まれた僕が生まれた。
「池の中の狐の死体に、ロープの端っこさ括りつけてくるだ」
イワーノが命じた。だが灰の分身は動かない。イワーノは、おや、と首を傾げ、二、三度瞬きをすると、
「あれを縛ってくるだよ」
と言いなおした。今度は分身もロープを持ってまっすぐ池の真ん中を目指して進み始める。ロープの反対側の端は湯田がしっかりと握っている。
「この寒空の下、辛い作業になりそうだと思いましたが、これなら平気ですね」
感心したようにガザレークが言ったが、防寒服を着込んでいるガザレークに比べ、言われた湯田の方は羽織のみ。火の側には居ても、手先足先に襲い掛かってくるかじかみを、忙しなく動き続けることで堪えていた。傍目には珍妙な踊りにも見えたかもしれない。
「そろそろ、いいだろうか」
イワーノの分身が作業を終えたのを見計らい、湯田とイワーノはロープを力いっぱい引いた。見た目はそれほど重いようには見えないのに、ロープはやたらに重かった。様子を見てガザレークや天も綱引きに加わる。
「こういうときって、やっぱり男手は頼りになるわね?」
セピアが嫣然と微笑む。
「ねえ、防寒着、貸しましょうか? それとも、人肌が良いなら私が‥‥っていうのは冗談だけどね?」
くすくす笑うが、言われた方は綱引きに必死で、そんな冗談も耳に入っていなかったのは、幸か不幸か。ともあれ、ゆっくりと死骸は岸へ引き上げられた。
生きていれば黄金色に輝いていたであろう毛皮は、今はぐっしょり濡れて重く、二つある尻尾も黒ずんでいた。生きていた頃いかに狡猾老獪であったかなどもはや知るよしもない。死んでしまえば、只のむくろだ。
ローガンが狐の死骸を見つめたまま口を開く。
「この狐、尼寺で弔って頂けないだろうか?」
「そうだな。妖狐といえども命には違いない。再び化けて出たり、死してなお悪用される事のないよう丁重に葬ってやりたいな」
湯田も同意する。庵主は、わかりました、と狐の弔いを了承した。
今はとりあえず、こもに妖狐だったもののなきがらを包んで本堂に運び、仏像の前に安置した。
●夜天光
祭り、と名が付いてはいても、それはいっこうに祭りらしくない祭りだった。
村じゅうから人が集まってくる。寒さ避けのためにみな蓑を着込み、篝火と焚き火とで池の周りは明るさに縁取られた。濁り酒に干し魚、粕汁などが持ち込まれ、だんだん、祭りというよりは単なる宴会の様相を呈してくる。
冒険者達はそんな中でも警戒を続けていた。
クレセントは僧兵が奪われた巻物のこと──もし巻物を取り戻せず他の狐の手に渡っていたとしたら、失敗を知った仲間が再度池を狙う可能性も有るのではないか──を懸念していたが、どうやら杞憂に終わりそうだった。
それでも、私達の役目は此処を最後まで護り抜く事、と気を引き締めて決して油断はしない。
「警戒してし過ぎるということは無いでしょうし」
「ギリギリでまた呪いをかけられちゃ、かなわねぇからなぁ」
ガザレークとイワーノが小声で話し合う。
「こんな綺麗な場所、汚れるのは勿体無いわ」
セピアが池を見つめながら呟いた。
空は冷え切って雲ひとつない。満天の降るような星空が池に映って、金銀の粒をたくさん縫い付けた黒いびろうどのようだった。なかでも北斗七星は今宵、ひときわ輝いて見えた。
余興にとエレオノールが弾き始めた竪琴が何曲目かを引き終えた頃、
「あっ!」
子供が鋭く叫んで空を指差し。
ひらり。
白い破片が舞い降りる。雪だった。
雲のない、星の見える空から降る、それは天気雨ならぬ、天気雪とでも呼ぶべきもの。
村人たちが、ほう、と、感嘆の声を上げた。
舞う雪は徐々にその量を増やしていって、ちょうど池を囲む篝火に円く照らされ、キラキラと反射して。まるで真冬に舞い飛ぶ蛍のような、美しい光景だった。
天の星、天から降りる雪、そしてそれらと地上で燃える炎を映し輝く池が一直線につながって、光の柱が立った様にも見えた。
ローガンはその光景を目に焼き付けるかのように凝視して、それからそっと目を閉じた。胸の中で祈る。
──この国に生きる人達、生き物達が安心して生きることが出来る世が、早く来るように。
エレオノールも胸の前で両手を組み、祈っていた。
──何時までも、こうして穏やかでいられますように。
恐らくそのとき、どの冒険者の胸にも、あるいはその場にいたどの村人達の胸にも、同じ祈りが宿っていたことだろう。
●七星剣
冒険者達が去った後も祭り、あるいは宴は、しばらく続いたという。
傷が癒えた僧兵は元の寺に戻り、後刻、その寺から礼として、珍しい菓子がギルドを介し冒険者達に届いた。
そして、七星を司る全ての場所で行われた祭りはつつがなく、猛り狂う地の竜、すなわち『竜脈』を静めた、と聞く。