●リプレイ本文
●泣く子と児童には?
犬というものは小熊のように大きいものから懐に入るほどの小さい種類まであるが、猫は押しなべて似たり寄ったりの大きさで、だから猫好きは犬好きよりも結束しているとか何とか。
ギルドに集まった冒険者達には猫好きもいたが、それよりはむしろ子供好きが多かったようだ。
エルネスト・ナルセス(ea6004)やセシェラム・マーガッヅ(eb2782)は自らも子を持つ親であったし、湯田鎖雷(ea0109)は、子供に泣かれるのは苦手なんだよな、とひとりごちて、ぽりぽりと頭をかいた。普段は愛想もそっけもない山城美雪(eb1817)でさえ、子供達に向かっては穏やかなまなざしを向け、柔和な笑顔を浮かべた。
「私達がみーちゃんを探して差し上げますから泣かないでくださいね」
山城は依頼人である子供らの一人の頭を優しく撫でてやり、なんとか泣きじゃくりの連鎖の一端を止めることには成功する。
マクシミリアン・リーマス(eb0311)はしゃがみこみ、子供達の目の高さに合わせた。エルネストの方はパラで、ハーフエルフのマクシミリアンほど背が高くないため、そのままでも子供達と同じ‥‥むしろ一人二人、エルネストよりも若干背の高い子がいるほどだ。
まるごともーもーに身を包み、着ぐるみうし君と化したセシェラムは幸い子守を生業としており、子供の扱いには慣れたもの。小さい子を抱き上げて高い高いをしたり、ちょっとした手遊びでたちまち子供達の心をつかんだ。
最後までぐすんぐすんと鼻をすすっていた、人形を抱いた少女には慧神やゆよ(eb2295)がくりっとした目で問いかけた。
「こんにちは。僕は見習い魔法少女やゆよ、だよ。あなたのお名前、教えてくれる?」
「モヨ」
かすれた声で少女は答える。
「モヨちゃんのお人形さん、すごく可愛いね。お人形さんのお名前はなんていうのかな?」
「‥‥きくひめちゃん」
「そっか、きくひめちゃんって言うんだね。ねえモヨちゃん、きくひめちゃんは偉いねー」
こすりすぎて赤く腫らした目をしばたたかせて、少女は人形を固く抱いたまま、慧神の顔を見た。慧神は手を伸ばし、人形の頭を何度も撫でる。
「きくひめちゃんはね。泣くのを我慢して、みーちゃんが無事帰って来るのを信じて待ってるんだよ。だから、モヨちゃんも泣かないで待てるよね?」
少女はうーん、と考え込んだ。人形の顔をじーっと見て、それから今度は慧神の顔をじーっと見て、また人形に視線を戻して、
「うん」
と、小さな声で頷いた。
●ふんじゃった?
一通り子供達が和んだ所で、子供達からみーちゃんの姿かたち、ねこなべ屋敷の特徴などを聞き取り始めたが、猫のほうはともかく、ねこなべ氏の情報は漠然とした話ばかりで使い物にならない。とりあえず分かったのは、みーちゃんは首輪などはつけていないが、猫同士のけんかに巻き込まれて、肩から背中にかけて大きな傷跡があるということだけ。
そもそもが、猫を鍋で煮込んで薬にすると言う話からして怪しい。
「ふむ……猫を薬にするという話は寡聞にして聞いた事がないな」
眉根をしかめてエルネストが呟けば、マクシミリアンも
「ケンブリッジでも錬金とか薬とか色々研究してる人はいたけど、猫を使ったという話は僕も聞いた事がないです。ただ単に僕が知らないだけかもですが」
と、同意した。
「じゃあ、『お兄さん』が良いことを教えてあげよう。キミ達、こんな話を知っているかな?」
その声に振り返ると恰幅の良い自称『お兄さん』(30歳、ただし暦年齢は61歳)がでーんと椅子に座って大理石のパイプをくゆらせていた。
「そう言えばジャパンには独特の楽器があるね。竹で作ったシャクハチという笛、地面に横倒しになったコトというハープ‥‥そして越後屋でもよく見かける、シャミセンというリュートに似た弦楽器。このシャミセンという楽器、実はその材料は非常にユニークなものなんだ」
「ああ、猫を材料にしているという‥‥」
マクシミリアンが即答すると、恰幅の良い自称『お兄さん』は台詞を奪われた気まずさに一瞬固まり、しばらく視線を泳がせながらひたすらすぱすぱとパイプの煙を吐き出していた。
「ああ、あたしの名前をまだ言ってなかったようだねえ。何を隠そう、名探偵ツグリフォンとは、あたしのことだよ」
ツグリフォン・パークェスト(eb0578)はパイプを手に、にやりと笑った。勿論誰も名前など聞いていない。ちなみにツグリフォンもハーフエルフであり、狂化中は延々独り言を呟き続けるという性癖を持っていたりするわけだが。
「狂化(キレ)てないっすよ?」
ちちち、と歯を見せながら人差し指を振った。
山城は子供達と相対していたときの愛想のよさを引っ込め、いつものさらさらと乾いた砂のような態度に戻っていた。
黙って携帯していた巻物を広げ、念をこめる。
それはフォーノリッジの籠められたスクロールだった。『みーちゃん』の未来を知りたい、と願う。猫の名前としてはありふれた名前だし、効果は望めないかもしれないと思いながら、ただひたすらに、少しでも手がかりを、と。
魔法の効果で、山城の目に、その場にはいないもの、未来の光景が映し出された。6匹の子猫だ。母猫らしい三毛猫の乳房に群がってもぞもぞと乳を吸っていた。
今見た光景を仲間に話すと、安堵の空気が広がった。
それはつまり、まだみーちゃんに未来がある、まだみーちゃんは生きている、ということに他ならない。
慧神がふと思いついて口を開く。
「ねーねー、もしかしてみーちゃんが、ねこなべさん宅で飼われてる猫さんを一目惚れして住み着いて、今ではお父さん猫とお母さん猫で家庭を作ってたり、しちゃのかな、しちゃうのかな!?」
「可能性が無いとは言えんな。ちなみに俺は、ねこなべ氏はとにかく猫好きで、みーちゃん他の猫たちを囲って猫屋敷状態になってるか、沢山の猫に埋もれて世話したい『ふわモコにゃん欲求』を満たしているだけと見ているが」
湯田が大真面目で語るのはえらくピンポイントの推理だが、幸か不幸か突っ込みは入らない。
「ともかく、もう少し調べなければ情報が少なすぎるな」
冒険者達はその言葉に同意して、行動を開始した。
●聞き込めば?
セシェラムがまるごともーもーを着込んでいたのには理由がある。勿論三月に入ってもなお雪がちらつくこともある江戸においては、防寒着として非常に有用ではあったし、面白い格好をすることで子供達の警戒心を和らげることもできた。だがこの格好に秘められたもうひとつの大事な目的とは、ハーフエルフである自分の耳を隠すことだった。
ただし、江戸の庶民が、もともとこの国には住んでいない、よく似た二つの種族の見分け方を熟知しているかといえば、決してそうではないのだが。
その日はちょうど曇り空の寒い日だったので、牛の着ぐるみは暖かかった。懐に猫のあんずを入れてあればなおのことである。亡き妻の名を譲り受けたこの猫がもし食べられてしまうとすれば、どんなに辛いだろうとセシェラムは思いふける。
歩き続けるセシェラムの目的地は、ねこなべ氏の近くにある長屋の井戸。井戸端会議といえば噂と伝聞の一大流通場である。予想通り、そこには長屋のおかみさん連中がたむろっていて──セシェラムを見るなり、見てはいけないものを見てしまったような顔をして、逃げた。
その頃、湯田は包みを手に、ねこなべ氏の門前に立っていた。荷物の誤配達を装って、直接ねこなべ氏に接触しようというのだ。まさに直球勝負。
湯田は宅配・送迎を生業にして、もうかれこれ長い月日が経つ。その経験を生かしての作戦であった。
門口で声を上げ、中の人を呼ぶ。出て来たのは不機嫌そうな表情をした中年女性だった。ねこなべさん、と、その名を湯田が口にした瞬間、中年女性は髪を逆立てて怒り始めた。
「うちはそんな名前じゃありませんっ! 猫辺、ね・こ・の・べ、ですっ! からかいに来たんなら帰ってっ!!」
あわてて湯田は謝ったが、女性は箒を持って湯田を叩き出しにかかり、やむなく湯田は偽の届け物であるヤギの置物の包みを持ったまま、ほうほうのていで逃げ帰るより他に無かった。
シフールのヴァルテル・スボウラス(ea2352)はブーンと軽い羽音を立てながら塀を越え、屋根の上から屋敷を見渡していた。
「ジャパンの家は木で出来てて、隙間が多いから忍び込むのに苦労しないのがイイね。ヨーロッパは石だから隙間はないし、冷たいし、陰気だし、音が響いてうるさいし、あとは、えーと‥‥まあいいや。とりあえず、木に登って降りられなくなったって訳じゃないみたいだね。たまに居るんだよね、そういう頭の悪い猫って」
何気に毒を吐きながら、今度は床下へ飛行する。上手く潜り込んだまでは良かったが、床下はヴァルテルの予想以上に暗かった。多少は夜目が利くとは言え、明かりを準備しているわけでもない。クモの巣にまみれながら炊事場と思われる方角へ進んで行ったのは、「鍋でぐつぐつ」という話から炊事場を連想したためだった。
はっと獣のにおいを感じて、ヴァルテルは動きを止める。前方に目玉が二つ、光っていた。猫にしては少々大きめなように見えた。
「みーちゃん‥‥?」
恐る恐る声をかけても、返事はない。
「‥‥うわ〜ごめんなさい猫違いでしたっ! お邪魔しました〜!」
くるっと背を向け、逃げ出そうとするヴァルテルに、声がかけられた。
「ヴァルテルさん? 僕です、マクシミリアンです。ミミクリーで犬に変身して、みーちゃんの臭いを追いかけてきたんですが、効果時間が過ぎて変身が解けたら、何かの隙間に挟まっちゃったみたいで」
「‥‥もう一回ミミクリーを使えば?」
「あ、そうか」
ヴァルテルに言われて初めて気がついたように、あわててマクシミリアンは再びミミクリーで犬に変身し、なんとか挟まっていた木材の間から抜け出した。
●行ってみる?
セシェラムはかなり疲れた顔で仲間に井戸端でやっと聞き込んだ内容を報告した。
ねこなべ氏は夫婦二人で暮らしている医者で、患者は武家が中心。朝から晩まで往診に出かけているので本人を見かけることはあまりない。そのほかリデト・ユリーストや神哭月凛のもたらした情報などを踏まえ、冒険者達は、ねこなべさんは噂のような危険人物ではないという結論に達した。
「『やっつける』なんてそう簡単に頼むものじゃない、本当に食べられてしまったのかどうか、確かめてからでも遅くは無い‥‥違うか?」
はじめはねこなべさんの屋敷に行くと聞いておびえていた子供達も、セシェラムの説得に心を動かされたらしい。もーもー姿で子供たちを引率していきながら、セシェラムは
「‥‥やはり子守か、子守なのか」
と、遠い目をした。
湯田が子供達に「ねこなべさん」ではなく「ねこのべさん」だからな、と念を押した。
「もし何かあっても俺は刀を持っているし、魔法を使える仲間もいる。心配しなくても良いぞ」
「そーそー、僕達はぼーけんしゃだからねっ♪ まっかせといて!」
慧神が明るく笑ってみせると、ずっと表情を硬くしていたモヨも、つられて少し笑った。
ねこなべ氏の屋敷に着き、エルネストや山城はあらかじめブレスセンサーで呼吸するものの存在を調べるが、恐らく人であろう大きいものがあるほかに、小さいもの、もっと小さいものが取り混ぜて10を超える数が確認できた。マクシミリアンのデティクトライフフォースも、結果は同じ。
そして子供達がねこなべ氏の屋敷に、すみませーん、と声をそろえて訪ねれば、また湯田が行ったときと同じ中年の女性がやはり不機嫌そうな顔を見せた。湯田の顔を見たとたん、箒を手にする。湯田は微妙に顔を引きつらせて後ずさる。
「いや待て、待ってくれ。こちらの話を聞いてほしいのだが」
「は〜な〜し〜?」
「お、落ちついてっなべねこさん! 僕達、みーちゃんを探したいだけなんです!」
慧神もあわてて説得しようとする。名前間違いはきっと想定の範囲内。さらに、横合いからすっとエルネストが割って入った。大人に相応しい、落ち着いた静かな調子でじっとねこなべ夫人の顔を見上げた。
「単刀直入に申し上げますが。三毛猫のみーちゃんがねこな‥‥猫辺さんの家に入って行ってしまったんですよ。『ねこなべさんは猫を鍋で煮て食べてしまう』そんな噂があるものだから、子供達が泣き暮れているんです。本当のところはどうなんでしょうか?」
「そんなもの、噂に決まってるじゃありませんか! まったく誰も彼も、うちのことをなんだと思っているのよっ!」
彼女が雷神でないことがありがたかった。もしそうだったら、きっとこの場にいる全員が怒りに触れて落雷死していただろうから。
そのとき、ヒステリックな激昂の声とは裏腹な、のんびりとした声が聞こえてきた。
「どうしたんでしょう? 何か、ありましたか?」
奥からひょいとちょび髭の小男が顔を覗かせた。
「おや、可愛らしいお客さんがたくさん来ていますね。何のご用件でしょう?」
「お客さんだなんてあなた、また嫌がらせですよ。猫を鍋で煮るとか言って‥‥あっ」
人形を抱えたモヨが、土足のまま夫人を押しのけるように家の中に上がりこみ、小男──ねこなべさんに走り寄った。
「みーちゃんをかえしてくださいっ!」
「ちょっ、なんて子なの土足で人の家に──っ!」
「‥‥ゆきのさん。少し、静かにしてもらえませんか。どうぞ、お入りください」
小男は言葉の調子を変えず夫人に告げた。夫人はぐっと押し黙ると、冒険者達にどうぞ、と声をかけ、中に招き入れた。
●見つかった?
招き入れられた先の部屋は薄暗かった。ねこなべ氏は冒険者と子供達に向かい、唇に人差し指を当て、静かに、と伝えた。暗がりでもぞもぞと動くものがある。
にゃあんと鳴いた。
「みーちゃん!」
思わずモヨが声を上げた。暗がりから猫の目がぴかんと光り、にゃあんと再び鳴き声がした。
一同は静かに近寄る。開けたたんすの引き出しの中に体を伸ばして横たわる母猫の姿。その腹に、むずむず動く毛玉のような子猫たち。6匹のうち半分は母猫と同じ三毛で、後の半分はキジトラだった。
「うちにはなぜか猫がよくやってくるんです。以前薬の煎じ釜が壊れてしまったときに一月ほど、仕方なく庭で薬を作っていたんですが、それからでしたか、『ねこなべさんは猫を鍋で煮ている』なんて妙な噂が立ちましてね。妻はああ見えて繊細なものだから、すっかり神経質になってしまって」
繊細、という言葉には首を傾げるものも多かったが、ともかくも依頼人と猫は再開を果たし、子供達はこぼれるような笑顔を見せたのだった。
その後、ねこなべさんの家は、子供達の良い遊び場になったと言う。