いつかのメリーバレンタイン
|
■ショートシナリオ
担当:蜆縮涼鼓丸
対応レベル:3〜7lv
難易度:やや易
成功報酬:2 G 4 C
参加人数:8人
サポート参加人数:3人
冒険期間:03月16日〜03月21日
リプレイ公開日:2006年03月25日
|
●オープニング
ギルドの係員である小男は、冒険者達の前で。
「さて皆様方、この頃はお江戸にも、月道渡ってよその国のお方がどんどん来ておられますな。我々江戸の庶民てえのは、祭りや目新しいものにはすぐに飛びつく。ご存知ですかな、なんでも如月の時期には『ばんたれ』とかいう祭りを西欧ではするんだそうで、‥‥ええと、何するんでしたっけね、アーヴィングさん?」
助けを求め、振り返る視線の先には涼やかな笑みを浮かべる侍がいた。銀の髪、青い目、彫りの深い顔立ちの西洋人でありながら、どこか東洋の香りがする。
「バレンタインの日は、愛しく思う相手に心根を打ち明けたり、祝言を申し込んだり‥‥だな。花などを贈ったりもするし、読み書きのできる者であれば、カードを送ることもある」
「そうそう。で、その『ばれたん』にあやかって、贈り物に猪口はどうかと、ひねり屋さんってえ焼き物屋さんが思いついて‥‥え、なんで猪口かって? ほら、杯を交わすって言うじゃあないですか。杯ほどには真面目じゃねえ、もうちっと気楽なお付き合いをしましょ、ってことらしいでやんすよ。ところが、それをやってみた所が、まだなじみのない祭りだもんで大損をしましてね」
じゃあ、猪口を売る手伝いをすればいいのか、と、冒険者の一人が訪ねると、係員はにやりと笑って首を振った。
「いやいや。依頼人はそちらのお嬢さんで」
示された方向に居るのはアーヴィング。良く見るとその後ろでもじもじしている娘が居た。15やそこらといったところか。
「さ、あとは自分で話すがよい」
背を押され、やっと進み出ると、顔を真っ赤にしながら話し出した。
「あの、ひねり屋さんの隣に住んでる、お近(ちか)といいます。私、猪口を『ばれん』のおまつりで渡そうと思って買ったんです。その、春之助さん、というひとに、渡そうとして‥‥」
ようやく搾り出すようにそこまで語ると、急にかあっと顔を赤くして、そのままうつむいてしまう。
やっとこ口を開いて話の続きを聞くのに、10分もかかった。
「春之助さんは私と同じ年なんですけど、すごく真面目なひとで‥‥あの、お父様は元はどこかの藩士だったそうですが、今は仕官されていない浪人で、でも春之助さん、お父様を尊敬しているんです。その、自分が侍になって身を立てれば、きっとお父様もまた侍に戻ってくれるのに違いないって。だから‥‥」
お近の目に大粒の涙が浮かんだ。
「今はそんな浮ついたことをするわけにはいかないと、つき返されました」
唇をかんで、袖を顔に押し当て、お近は肩を震わせた。
アーヴィングはむせび泣くお近の背を優しく撫でてやり、言葉を引き継ぐ。
「実はお近どのは先日お父上を亡くされてな。お母上と一緒に母方の郷里に行かねばならぬのだ。最後に、せめて猪口を渡したい‥‥と。どうか、力になってやってはくれぬか」
「てぇな訳で。ま、『ばんたん』の祭りには遅くなっちまったが」
「いや。想いを伝えることに、遅いということはなかろう。バレンタインの一月後に、結ばれた愛を深める祭りもあるのでな」
係員はアーヴィングの柔らかい声色に、へえ、と思わず声を上げ、お近の手にした猪口を見た。
猪口には淡い紅色の春らしい花が描かれていた。
●リプレイ本文
●あかねさす
白い釉薬の上に描かれた、恥ずかしげな風情の春の花。
猪口と言うのは酒を飲むための道具だが、こうして見ると小花を一輪生けるのにも使えそうだとモサド・モキャエリーヌ(eb3700)は思う。
冒険者達は、モサドの猫の絵描きと、お近が手紙を書くためにギルドの一室を借りていた。人数からすれば手狭だが、引越しであわただしいお近の家に上がりこむわけにも行かない。
「好きな人に贈るのに猪口というのが、一瞬、あれ? と思いましたけど、こういう機会があることはいいことだと思います」
「商売というものは、些細な糸口でもねじ込んでくるものだからな。祭りの由来など知らずとも、人はただ切欠が欲しいだけなのかも知れぬ」
アーヴィング・ホークアイ(ez0035)は実直そうな、何処か老成したような口ぶりのモサドに向かい、笑みを見せた。
「さーてっと、天馬さんや結城さんたち、今頃上手くやってるのかなー?」
手紙をしたためるお近に張り付いて手ほどきを続けていたアゲハ・キサラギ(ea1011)が手を止め、うーんと伸びをした。
お近は字が書けなかった。読むことすら出来ない。武士であれば書道の心得があって当たり前だが、裕福でない町人には、文字は縁遠い。
アゲハは、まだ自分がこの国の言葉を識らなかった頃のことを思い出した。縦書きの文字が文字に見えず、模様か暗号のように見えたものだ。学びにより、やっとそれが意味を伴った文字になったときには、急に夜が明けてまばゆく陽が射したような気持ちを覚えた。
まだお近は夜が開ける前の世界にいる。だが、アゲハが申し出た代筆を断り、アゲハが書いた手本を、持ちなれない筆に苦労して、分からないながらもいっしんに写していた。
その頃、アゲハの口に上った一人、天馬巧哉(eb1821)は、きょろきょろと辺りを見回しながら町を歩いていた。
「春之介さん、お父さんの為にも早く立派になりたいって気持ちは分かるが‥‥方向をちょっと間違ってるのな。ああ、これか、大銀杏‥‥とすると、三つ先を曲がって、と‥‥あった」
呟きながら曲がった先にはおんぼろ長屋。小さな男の子が木の枝を振り回しながら走っていくのをひょいと避け、天馬は三軒長屋のうちの一軒を訪ねる。小さいながら木下と書かれた表札が出た、修繕跡のある障子戸に手をかけようとして、ふっと先ほど耳に入れた話を思い出した。
あんなことさえなければねえ。
天馬が相手に言葉の意味を尋ねようとすると、いやその、木下様の奥方さまが‥‥ともごもご口の中で言葉をにごらせ、そういえば用事が、と言いながら慌しくその場を立ち去ってしまった。
「どちら様かな?」
中から声をかけられてはっと我に返る。
「春之助さんと親しいお近さんの知り合いだが、少々話をしたい」
「どうぞ入られよ」
戸を開け入ると、傘貼り仕事の最中だったと見え、一面に広げられた仕事の道具を声の主が片付ける所だった。
「あいにくと取り散らかして居る上にろくな茶も出せぬが、許されよ」
頭を下げる春之助の父に、此方こそ急に押しかけて、と天馬も頭を下げた。
自分がギルドで依頼を受けた冒険者であること、依頼の経緯などを話し、あの年頃の少年に親がどうこう言うのは逆効果だと思うからその話に直接触れず見守っていて欲しい、ただお近さんがもうすぐ田舎に行く話位は春之助さんの耳に入れられないだろうか‥‥と相談した。なんとかしてみよう、と父親は答えた。安堵した天馬は、立ち去り際に振り返り。
「それと‥‥生意気言うようで悪いが。良い息子さんだな。頑張って息子さんに心配かけないようにな」
明らかに相手は苦笑した。
「‥‥己の妻一人守れぬ男が、何の仕官か」
小さく、吐き捨てるように。
触ってはいけない傷に触れてしまった気配に、天馬は一瞬逆毛が立つ思いで、非礼を詫びながら木下家を後にした。
●ささなみの
「もし、そこの御仁」
たおやかな声をかけられ、道場帰りの春之助が振り返ると、僧形の男と旅姿の巫女が並んで立っていた。
「‥‥何か?」
いぶかしげに立ち止まると、巫女は春之助をじっと見て、目を細めた。
「貴方には、何かお悩みの事でもあるのでしょうか? 私が見た所、目的を果たす為に目の前の好意を捨て去る相が出ています」
「‥‥はあ?」
まったく心当たりが無いという顔の春之助。猪口の件は一月も前のことだからか、急には出てこないらしい。構わず旅の巫女──の姿に変装した結城夕貴(ea9916)は続けた。
「色恋の話しは神に仕える身の私には無縁のことですが、ズバリ言いましょう、あなたこのままだと不幸になる相が出ておりますよ。どう振舞うか存じませぬが、相手に答えを見せぬままでは自分自身の幸せを成就できません」
春之助はすっかり固まっていた。
それまで沈黙していた僧形の男、つまり天涼春(ea0574)が満を持して進み出た。
「思い詰めた顔をなされるな。木々や花々を愛でれば心にゆとりも感じよう‥‥つぼみが出て、花びらが咲き、やがて実を結ぶ。季節の移ろいは人生のようなものであるな」
「‥‥はあ」
春之助の目は左右にせわしなく動いた。誰か声をかけてくれるものはいまいか。この場から抜け出すにはどうすれば良いか。
そんな春之助の思いを解することもなく、再び巫女(姿の結城)が語り始めた。
「では、一つ例え話を。この刀をご覧下さい。『小雪』の銘が彫られてますよね。私の姉の形見です。当時私は、好きな事ばかりして遊び呆けていました。姉は病弱でいつも私を支えてくれて‥‥あの時、姉の手を振り払ってしまわなければ死に目にも会えたでしょう。つまり、私の言いたい事は、求める道ばかり突き進むなという事です。寄り道も人生には重要なのですよ」
「華国で有名な話がある。武将達が花の木の下で杯を酌み交わし、義兄弟の誓いを立てたそうだ。そなたに願いがあるのなら、花の木の下で誓うと良いだろう。さすれば春之助殿にも春は訪れよう」
「‥‥えっ、何故私の名をご存知なのです?」
天がひとしきり語り終えると春之助はぎょっとして聞き返したが、不思議な二人組はその問いに答えることなく、数秒の沈黙の後
「では」
と言うなりくるりと背を向け、あっという間にいなくなってしまった。
後に残された春之助は、狐につままれたような顔で、しばらくその場に立ちすくんでいた。
●ひさかたの
夕刻。
湯田鎖雷(ea0109)は手伝いに呼んだフェネック・ローキドールの寝顔を眺めていた。具体的に何をしろと言われたわけでもないフェネックは勝手がわからず、必要なときいつでも手伝えるようにと、ずっと湯田に付き従っていた。
湯田は湯田で、彼女を呼んだのに理由など無く──在るとすれば「居て欲しかった」と、只それだけの。適当に雑用を指示しているうちに疲れと春の陽気で睡魔に襲われたらしい。
湯田は彼女の照り映える雪色の豊かな波打つ髪、青白くすら見える薄い皮膚を見て。
「似てるんだよな」
ぽつり、呟く。荷物から羽織を取り出すと、机で眠る彼女の肩にふわりと掛けた。
「誰にでござるかな?」
「ああ、アーヴィングさんか。いや、ちょっと、な。彼がある人物に似ているものだから、どうしても目が行ってしまってな」
あのもののけ女に。と胸のうちで呟く湯田は、フェネックが男装の女性であることをまだ知らない。
アーヴィングが差し出した、書き上げたばかりのお近の手紙を受け取ると、湯田は彼を起こさないでくれ、と言い残して町へ出た。
逢魔が時。
芽吹き始めた銀杏の下で、湯田は足早にやってくる少年を呼び止めた。
「春之助ってのは、お前さんか」
春之助は湯田を怪しみ、睨みながら身構えた。
「ほう、最近のお子様は人の話を聞く耳持たず、いきなり遣り合うつもりか。落ち着け。俺は手紙を届けに来ただけだ」
ほらよ、と春之助の目の前にお近の手紙を突きつける。たどたどしい、震えた筆跡の表書きを春之助も見、警戒しながら手紙を受け取った。
「誰からですか」
「お近って子だ。知ってるだろう?」
「‥‥いりません。返してください」
手紙を返そうと突き出された春之助の手首を、湯田はがしっと握る。
「おいおい‥‥何の用件であれ、自分宛の文に目を通すのは最低限の武士の勤めだぞ? ま、子供に言っても分かる訳ないか。下手したらお前、その手紙の文字が読めるかも怪しいしなあ?」
決して芝居に長けているわけではない人間の、精一杯の芝居。表情は薄闇でごまかせるとしても、声色は大丈夫か。声の調子に震えはなかったか。一片の不安が胸をよぎった。
春之助はしばらくの間無言だった。ややあって、すっと春之助の腕から力が抜けるのを感じ、湯田も手を放した。
「わかりました。読むだけは読みます」
「ああ、是非そうしてやってくれ。そういえば彼女、何か思い詰めてる雰囲気だったし、下手したら先が短いのかもしれんからな‥‥知っているか? ああいう綺麗な子は、神様が欲しがるって言うぞ」
今度は芝居というよりは、先ほどの芝居が通用した安堵による余裕と、持ち前の加虐的な性質が加わって、少しばかりの意地悪を。
絶句する春之助に目もくれず、湯田は帰る方向へ歩き出した。
●たまかぎる
牛が歩いていた。
犬も歩いていた。
二足歩行の両者は
「あんずやーい」
と叫んでいた。
春之助は、どうして自分は最近、おかしな人にばかり行き会うのだろう、と、天を仰いだ。
二足歩行の牛はまるごともーもーに身を包んだセシェラム・マーガッヅ(eb2782)。もう一方の身の丈7尺の大まるごとわんこは牙道鰐丸(eb3806)。ふたりは着ぐるみ、スプラッシュっぽいスターな何か。
「そこの君!」
嘆く暇もなくがっしりと肩をつかまれて春之助は何かを覚悟した。
「実は我々は行方不明の猫を探している! 偶然君が通りかかったのも何かの縁だ、一緒に探してくれたまえっ」
「え、いや、あの‥‥‥‥はい」
自分より背が高い牛が目を血走らせて懇願(たぶん)しているのだから、断るのは難しいというか、怖い。きっと夢に出る。
「ありがとう少年よー」
「うわぁーっ! 驚かさないで下さいっ!!」
「たかが背後から急に現れたくらいで驚かなくても」
自分より背が高いわんこ(本業:忍者)が技術を駆使し、気配を消して真後ろにぬうっと現れたのだから、驚くのが当たり前というか、怖い。以下略。
こっそりと着ぐるみ二人の影からもう一人が現れて、手にした紙を春之助に見せた。
「ちなみにこういう猫です」
「‥‥あ、まともな人」
セシェラムの飼い猫であるあんずの似顔絵を春之助に示しながら、モサドは苦笑いを浮かべた。
作戦としてはあんずをお近に預け、『お近殿が猫を保護していてくれた』という名目で二人を引き合わせようという魂胆だった。
では何故。
何故、今、まるごともーもーの足元に猫が体を摺り寄せているのか。
「あ、あんず。なんだこんな所に居たのか心配したぞー、もう離さないぞー‥‥って、ちょっと待てー!」
思わず愛猫を抱き上げ、ほお擦りしていたセシェラムがはっと目を見開いた。見開いた目に、困った顔のお近の姿が映った。
春之助の眉間に皺がよる。
「‥‥どういうことだ? お近‥‥お前、人をはめるような汚い真似を‥‥見損なったぞ!」
春之助が走り去るのを誰も止められなかった。
お近はわっと泣き出し、その場にしゃがみこんだ。
「あんずちゃん、逃げ出しちゃって‥‥あわてて探して‥‥」
●あまくもの
日を改め、冒険者達はお近を連れて春之助が住まうやもめ長屋へと赴いた。
父親は黙って通し、小さな部屋に春之助が正座していた。
改めて経緯を話し、騙すつもりではなかったのだ、と詫びた。
「事情は良く分かりませんが、仕えるべき主君を見つけ仕えるだけが身を立てることではないかと思います。なんでしょう、人の想いも慮ることも十分、人として身を立てることかと」
モサドは目を伏せながら言った。
「男は女子を泣かしてはならぬ‥‥好意は大切にするべきだ」
誰に聞かせるともなく呟く、牙道。
「大切に想う人との別れ程辛いものは無いな。再び会いたい、あの時こうしていればよかった、そういった後悔が今もある。『後』悔、と言うくらいだ‥‥今更なのだがな」
自嘲するような、どこか諦めたような口ぶりのセシェラム。
「別れってのが何か分かってるのか? 後からじゃ何もかも遅いんだ。勉強も大事だが、人との繋がりはもっと大事なんじゃないか? 大切な人を守る事を知らない奴は立派な侍になれないぜ」
天馬はそう言うと、無愛想にそっぽを向いた。
春之助は‥‥まだ、口をへの字にして動かない。動いたのは、春之助の父親だった。
「お前、母上に会いたいと思ったことはあるか?」
「‥‥はい」
「だが、会えぬ。お前も、私も。‥‥人の定めなど、脆く儚い物だ。今出来ることを大事にな。私から言うことはそれだけだ」
すっと立ち上がり、父親は戸口に立った。
「それから、父が仕官しない理由は、罪なく殺められた母上の仇を討ちたいからだ。それが叶うまでは済まぬが苦労を掛けるぞ」
「仇‥‥って、どういう‥‥!?」
春之助が声をかけたときには既に父親の姿はそこにない。
「そんな、母上は病で死んだと、ずっと‥‥っ!」
血を吐くような声を絞りだし、春之助は頭を抱えて蹲った。
モサドが手を差し伸べようとするのをアゲハが止め、お近に目配せした。
大丈夫。キミなら、大丈夫だから。
●あさづくひ
どれほどの時間が経ったのか。
ふと、春之助の耳に小さな声が届いた。
「‥‥さん。春之助さん」
鉛のような身体をやっと起こし、見ると、春之助の手を包み込む白いお近の手。
「泣かないで、春之助さん」
お近の顔をじっと見て、春之助は。
「‥‥馬鹿。泣いてるのはお前の方じゃないか」
お近の涙を指で拭った。
街道の入り口に、桜が咲いていた。
旅立つお近の手にはモサドが描いた春之助の似顔絵がある。
見送る春之助の手には猪口と、お近がウォル・レヴィンや神哭月凛に手伝ってもらって摘んだ春の花があった。
猪口に生けたら、きっと映えるだろう。
春色の風が吹いた。