【桜花絢爛】花は桜木 お菓子は「か」

■ショートシナリオ


担当:蜆縮涼鼓丸

対応レベル:3〜7lv

難易度:普通

成功報酬:2 G 4 C

参加人数:8人

サポート参加人数:4人

冒険期間:04月29日〜05月04日

リプレイ公開日:2006年05月07日

●オープニング

【桜花絢爛】花は桜木 お菓子は「か」

 時は春、日は朝。
 朝は五つ時、江戸ギルドに人満ちて、
 ひたぶるに うらがなし。

 詩っぽい何かを呟くギルドの係員。
「‥‥色々違うものが混ざっているような詩でござるなあ」
「いや、そんなこと言ったってよ。俺も又聞きだしよ。突っ込むないジョージ」
「それよりもヘイ、マスター! 仕事をワークしておくれよプリーズ!」
「相変わらず五月蝿いなあ、光(みつ)の字。俺ぁマスターじゃねえよ。マスターってのは、幡随院の旦那のような方のことを言うんだ。俺はな、エゲレスの言葉で言やあ『倉開く』てんだぞ。こないだちゃあんと聞いたんだ。どうだ、俺だってちっとは月道向こうの言葉が分かるんだぞ」
 ギルドの係員と賑やかなやり取りを繰り広げているのは、依頼を持ち込んできた二人組。
 依頼人の一人は西洋かぶれの東洋人、もう一人は東洋かぶれの西洋人。吟遊詩人のような格好の浅黒い肌をした東洋人は、しょうゆ顔というよりはバター醤油のようなこってりとした顔立ちで、金髪碧眼の西洋人は侍のような格好だが、帯刀してないので様になっていない。そんなちぐはぐな二人組だが、一人だったら明らかに可笑しいのが、二人組み合わせるとそんなものかと思えてくるから恐ろしい。
「で、どんな仕事だい」
 押さえるべき所はしっかりと押さえ、係員は依頼書をしたため始める。
「実は拙者が懇意にして頂いているマリアンヌ夫人という菓子職人の女性の代理で参ったのでござる。この度新作の桜を使ったかすていらを作ってみたとかで、その材料集めついでに、鶏の様子を見てほしいと」
「デラックスでスゥィ〜ツなかすていらは、フレッシュな卵じゃないとノーグーッドだぜ〜」
「あー、鶏ねえ。近場の河原に棲んでる野良鶏で、矢鱈威勢が良いんだったっけか」
「その通りでござる。しかし最近はずいぶんと大人しくなったでござるよ?」
 そう言う偽侍だが、良く見れば袖の内側に痛々しい傷が見え隠れしていたり、する。
「今、河原の山桜が丁度グッドルッキングねー! ひよこと戯れつつお花見レジャーでゴー!」
 聞いた分にはとても和やかな、春の日に相応しい依頼のように思われた。
 ‥‥聞いた分には。

<お花見のしおり>

・ばしょ にわとりのいるかわら

・めあて:うつくしいさくらの花をとおして、江戸のしぜんにふれよう。動物となかよくしよう。きりつある行動をとろう。

・忘れ物チェックリスト
 □おさいふ  □お花見のしおり □おしぼり □ひっきようぐ □あまぐ
 □ほぞんしょく(みっかぶん) □きがえ

・ちゅういじこう
 しらない人にもあいさつをしよう。
 ペットをつれていくばあいは、にわとりをいじめないようにする。
 むやみにしぜんをきずつけない。
 ごみはじぶんでもってかえること。
 しょくじのまえには手を洗おう。

・メモ欄




●今回の参加者

 ea7222 ティアラ・フォーリスト(17歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb0559 早河 恩(32歳・♀・忍者・パラ・ジャパン)
 eb0985 ギーヴ・リュース(39歳・♂・バード・人間・神聖ローマ帝国)
 eb1807 湯田 直躬(59歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb1821 天馬 巧哉(32歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb2879 メリル・エドワード(13歳・♂・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 eb3529 フィーネ・オレアリス(25歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb3891 ヴァルトルート・ドール(25歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・フランク王国)

●サポート参加者

ミケイト・ニシーネ(ea0508)/ レンティス・シルハーノ(eb0370)/ アウレリア・リュジィス(eb0573)/ 羅刹王 修羅(eb2755

●リプレイ本文

●れつごーおはなみ
 まさに五月晴れと言う言葉が相応しい上天気の元、足取りも軽く進む冒険者達‥‥の中に、半分白目を剥いている顔が一つあった。
 ぐぎゅるるるる、と音がする。虫の声には季節が早いが、虫は虫でも腹の虫。
「しおりはよく読むのです。穴が開くほど読むのです」
 ティアラ・フォーリスト(ea7222)に真顔で諭され、今更ながらにメリル・エドワード(eb2879)はしおりにあった一文──保存食三日分、を思い出していた。空腹の余り、ペットのアレクサンダーがとてもジューシーで香ばしい揚げたてのチキンに見える。いや、ダメだ食べちゃダメだ。だってまだ生だし、ってそういう問題じゃあない。
 くるーりとメリルは欠食児童の目を早河恩(eb0559)に向けた。はっと早河は手に持った重箱を背中に隠す。
「これはお花見のお弁当だからダメだよ〜!」
 重箱の中にはギーヴ・リュース(eb0985)やヴァルトルート・ドール(eb3891)と一緒に作った美味しそうな煮物揚げ物の類が詰まっている。ちなみに重箱はミケイト・ニシーネが製作を申し出たものの、技量と日数の不足により、製作が可能だったのは比較的簡単な折り詰めの箱程度に留まり、むしろ鶏の餌箱作りにその腕を振るうこととなった。
 まるで死人憑きのような恨めしげな表情のメリルに同情して湯田直躬(eb1807)などは余分の保存食を分けようと申し出もしたのだが、
「これも冒険者としての修行の一つでござるなあ」
 とジョージに笑顔で止められて、いやそういうものかもしれない、と、なんだか丸め込まれてしまった。
「我が愛息子も遠く長崎の地に向かうとか言っておりましてな。可愛い子には旅をさせろという言葉も有りますが、やはり親としては落ち込み半分、心配半分の心境。此度の依頼はあのかすていら馬鹿の息子と、かすていらが好きだった亡き妻とを偲びながら臨もうと」
「オウッ? ミスター湯田、亡きワイフさんはともかく、フールな息子君は偲んじゃアウト、ドンチュー?」
 首を傾げながら似非吟遊詩人の光が問うと、
「これは私とした事が。何しろ息子の事が心配で、縁起でもない事ばかり頭に浮かんでしまうのです‥‥」
 湯田は苦悩の黒雲をどんよりとその背に負って、深い深いため息をついた。
 以前湯田と共にこの地を訪れた経験があり、鶏達と面識(?)のある天馬巧哉(eb1821)は、助力を頼んだレンティス・シルハーノやアウレリア・リュジィスのお陰で、十分な量の鶏の餌と、藁や腐葉土などを準備済みだった。卵を拾うための籠も、よく叩いて柔らかくした藁を中に入れ、此方も準備万端と言って差し支えない。
 ギーヴの隣にはその恋人のフィーネ・オレアリス(eb3529)がつかず離れず付き従い、時々目を合わせては微笑みあったりしていた。
「ようやくフィーネ殿と花見が叶うな」
 日よけの傘を差しかけながら、艶のある笑みをギーヴが向ければ、
「ギーヴさんと初めてのお出かけですから‥‥大切な大切な思い出にしたいなぁ。私、頑張りますね」
 頬を薄紅に染め、恥じらいながらフィーネが返す。この二人の間には春を通り越したような温度の空気が介在していた。特にフィーネの頭の中は来るべき口付けの瞬間を目指すデートの算段で一杯だった。

●おん・ざ・かわら
 ギーヴは予め鶏を買っている農家で話を聞き、餌の購入もしていたが、出した費用に比べれば天馬の入手した餌よりもどこか見劣りするような気がするのは、もしかすると少々拙い日本語で足元を見られたのかもしれない。彼には商売っ気も農家の心得も無かったから、自分が手に入れた物にどの程度の価値があるかも判然とはしなかった。
 ついでに言えば、ただ鶏を飼っている農家は割合に見られたものの、養鶏を本職としている農家となれば何処にでもあるわけではない。この国では基本的に殺生・肉食を禁じてきた歴史があり、月道が開いてからは他国の流儀に染まっては来たものの、情報の伝播が遅い国の端に遠ざかるにつれ、肉食は恐ろしい事だとか、卵を食べるのは殺生であり地獄に落ちるだとか言った考えがまだ顔を覗かせた。そんなわけで、鶏について全く異なった流れがこの国には混在していた。
 勿論そんなことはこの国の事情に詳しくないギーヴが知る由も無かったろうが。
 天馬の方も農家に教えを乞いに行ってはいたが、大抵の農家の鶏を飼う理由というのは、餌は余りものの雑穀やら残飯やらその辺の雑草や虫を勝手に穿り出して食べるし、卵は産むし、糞は良い肥料になるし、と言った所で、要するに手間がかからないというのが大きい。それゆえ雛が生まれた時の注意として教えてもらったのはイタチなどの鶏を食べる生き物に注意しろ、水はすぐ汚れるからいつも綺麗な水が飲めるようにしてやれ、といったような簡単な事ばかりではあったが、それでも農業知識などこの中の誰も持ち合わせていなかったのだから、たったそれだけと言えども非常に有効と言えた。鶏を飼う専業の農家であればさらに専門的な知識を得られた可能性もあるが、逆に商売のコツでもあるわけだから相応の交渉は必要になったろうし、専門的な知識であればあるだけ、素人に簡単に理解できるものであったかは分からない。
 さて、件の河原に到着すると、湯田はまず早河たちの犬に木の下で待機しているようにテレパシーで言い含め、それからやおら不思議な踊りを踊り始めた。その余りの芸術的な動きに、見た者の精神力がじゅるじゅると音を立てて吸い取られるような錯覚さえ感じられたが、そんなものは勿論気のせいである。そうに違いない。そうであってほしい。お願いだからそうだと言って。
「‥‥あの。何してるの?」
 目が点になった一同のうち、早河が意を決したように、踊り続ける湯田に尋ねた。だが目は合わせない。あたかも見たら石になる呪いか何かの如く。
「ご覧の通りの雨乞舞ですぞ。不詳この湯田直躬、雨乞舞伝承辻占師を生業としておりましてな。この雨乞舞は以前、この河原の鶏の長と男と男の約束で、立ち入る時に必ず踊るという決め事をしたのです‥‥よっ、ほっ、はっ、キターッ!」
 ひとしきりその筆舌に尽くしがたいほど気合の入った芸術的な雨乞舞を終えると、入りますぞーと未だ姿の見えぬ鶏たちに向け声をあげ、湯田は鶏の王国へと足を踏み入れ──どこからともなく素晴らしいスピードで走り寄ってきた赤茶色の鶏に襲われた。
「‥‥そういえばそんな事もあったでござるなあ」
 ぽつりとジョージが呟いた。
「何ゆえ! 何ゆえ男と男の約束を違えられるのです‥‥よもやあの約束をお忘れになられましたかー!」
 テレパシーで湯田は一回り大きな鶏に呼びかける。鶏は答えた。
「‥‥この丹羽鶏冠守、ひとたび結んだ約定を違える事などない。‥‥だが、誰だお前」
 湯田、忘れられていた。

●だんすうぃずちきんず
 鶏を驚かせないようにそっと、という冒険者達のもくろみは、鶏たちにとっては『こっそりと入ってきた卵泥棒』という認識のようだった。湯田が襲われている隙に上手く潜り込んだは良いものの、発見され次第その野性的な嘴の標的にされていく。
「ふっふっふ、私とて前回と同じ過ちは繰り返さないのですよ」
 妙に自身ありげにふんぞり返るヴァルトルートを見て、何か策でもあるのか、と周りの冒険者が期待の目を向ける。
「前回のミスは『はらを割って』と『はらを切って』を勘違いしていたところにあったのです。今回は間違えませんよ。さあ、はらを割って話し合いましょうっ!」
 ヴァルトルートはぽむぽむと自分の腹を叩いて見せた。ぽむぽむぽむぽむぽむぽむ。
「おや、割れませんね。うーん、ジャパンの人はどうやって腹を割るのでしょう?」
 首をひねるその目に赤い敵機の機影が映る。9時方向の上空より飛来した敵機は、ヴァルトルートに向けて爆弾を放った。ほんのりと生臭くて生あったかくて、乾燥させたり発酵させたりすると農家の人がすごく喜んじゃう、アレ。業界用語で言う所の、鶏糞。
 ヴァルトルート、あえなく撃沈。
 豆でもって餌付けしようと考えていたフィーネも、がっつり敵意をむき出しにされる。所詮は野良の鶏。たやすく懐いてくれようはずもない。というか、懐いてたら冒険者にわざわざ仕事を依頼しなくても済むわけで。
 もうひとつ、フィーネは豆をそのまま撒いていたのだが、どうもここの鶏の口にはまず大きさ的に合わなかったらしく、余り食べている様子は無かった。
 この後フィーネのとった手段は実力行使。高速詠唱によるコアギュレイトでさくさくと鶏の身動きを封じていく。野良鶏にとって、魔法という得体の知れない力で拘束される事は、6分ほどの間とは言えかなりのストレスであったらしい。巣の前に立ちはだかった一羽などは6分経っても動こうとせず、よく見ると口から泡を吐いて昇天していた。それまで戦闘の気配を恐れて隠れていたらしいひよこが二羽出てきて、動かない親鳥の羽に懸命に潜りこもうとしたが、体温を失った羽がひよこを暖める事も無く。三日もたてば泣き声も止むだろう。
 フィーネの尽力のお陰で他のニワトリたちも一気に大人しくなり、卵集めの作業はあっという間にはかどった。
 ギーヴはウァードネの竪琴でメロディーの呪歌を奏で、鶏たちの心を和らげるべく試みたが、ローレライの竪琴とは違い、ただ奏でても魔力の違いはあるわけでなし、練達の弾き手でこそ得られるものはあれ、ギーヴはそこまでの境地には到達していない。鶏たちは歌が終わっても、羽毛を膨らませ、真冬の小鳥のように身をすくめながら寄り添い合っていた。
 以前に天馬達が作った水飲み場などの施設はもう大分荒れ果てて、巣になっているものさえあった。河原であり、いつでも川の水を飲める場所だということも一つの理由ではあっただろう。寒さ避けの囲いももう必要のない季節ではあり、掃除なども簡単に行うにとどめた。
 野良鶏には彼らなりの生活があり、飼われているわけではない。人にとって清潔であるという事と、鶏たちの幸福にどれほどの因果関係があるのか、誰にも分からないのである。
 帰りがけ、湯田は率先してその付近の探索を丹念に行い、鶏たちの敵となりそうな生物が見当たらない事を確認した。

●ちぇりーぶろっさむ
 卵はフィーネが12個集めたのを筆頭に、計45個を集める事が出来た。全員がかすていらを口にするだけなら十分すぎる量である。結果、一人が一本のかすていらを恵方巻きよろしく丸かじり出来る仕儀と相成った。なお、もっとも個数が少なかったのは、卵集めをすぱんと忘れていたヴァルトルートの0個。どじっこ属性は健在だ。どじっこという称号で呼び習わされるのも遠い未来ではないだろう。
 マリアンヌ夫人がオーブンから取り出したカステラは鮮やかなピンク色をしていた。桜の花の塩漬けが、表面にボタンのように一列に載っている。
 口に入れれば爽やかな柑橘の酸味がまず拡がった。続いて濃厚で柔らかな甘みが訪れる。
「これはすごいのだ! まるで桜が舞うように口に解け、甘さがとても心地よいのだ」
 メリルは目をまん丸に見開いて褒めちぎる。早河はかすていら作りの手伝いを申し出たが、製法はまだ秘密よ、と夫人は笑った。
 フィーネは夫人にふんわり甘い玉子焼きの作り方を教えてもらおうとしたが、西洋菓子職人である夫人は、そういった方面は得意ではないからと、困った顔をされた。
 桜の下に花茣蓙を敷いて行われた花見の宴には夫人やジョージらも加わり、とても賑やかなひと時となった。途中でギーヴとフィーネがふたりきり、そっと席を外す。
 飼い犬を待たせている間、自分のローブをおもちゃに与えてぼろぼろにされたティアラは、夫人に貰った着物に着替えて、やっとショックから立ち直った。
 桜の花びらをそっと持ち帰るものあり、弁当に、桜色のかすていらに舌鼓を打つものあり。
 日が落ちるまで、めいめいが楽しいときをすごす事が出来た。

 ただ、、この後何故か鶏たちの卵の質・量共にぐんと下がってしまったため、マリアンヌ夫人の新作カステラは結局世に出回る事は無く、幻のカステラになってしまったという。