でんでん de デンデン
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■ショートシナリオ
担当:蜆縮涼鼓丸
対応レベル:フリーlv
難易度:やや易
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:9人
サポート参加人数:3人
冒険期間:05月27日〜06月01日
リプレイ公開日:2006年06月05日
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●オープニング
夏も近づく八十八夜、野にも山にも若葉が茂る頃。
茶畑にはさんさんと陽が振りそそぐ。
いっしんに浴びた光と、黒い柔らかな土からぐいぐい吸い込んだ水とが茶の木に活力を与え、人の腰丈ほどの枝先からは、濃緑色で肉厚の古い葉とは違う、柔らかな金緑の芽が、ぷい、ぷいと顔を覗かせる。
ここにあるのは貴人に献上するための高級なものではなく、江戸に運ばれて庶民の口に運ばれるものだ。
潤沢に供給があるからこそ、「余りもの」の茶葉は酒場で無料の茶として振舞われたりもする。
米であれ他の生産物であれ、理屈は同じで。常に上の階級から口が充たされ、割を食うのはいつだって下層の人間なのだ。
これまでの所、江戸で茶が不足した事がなかったのは余剰気味の供給が常に確保されていた事に尽きる。茶は日持ちがするし、月道のおかげで茶の需要も大きくなる一方だったから、土地が茶の木にあっているなら、他の作物よりも収入が安定するというものだ。
今日も茶摘みのために姉さんかぶりの娘やら子供やら、村中総出で茶畑に。
そして。
アレに見えるは‥‥。
「何だありゃあ!?」
素っ頓狂な声で誰かが叫んだ。
茶畑の入り口から程近く、畑に数歩踏み入った辺りに、昨日まではそんなものは影も形も無かったのに、今日は人の背丈ほどのつるりとした小山があった。山の表面は貝殻のようなうっすらと虹色をした白っぽい光沢をしていて、すじをひいたような模様がついている。小山から畑の入り口までは重い物を引きずったような跡があり、それはぬらぬらと光っていた。
ずもももも、と突然、だがゆっくりと、小山が動いた。
動く小山と言うだけでもただ事ではないが、問題は、その動く小山が茶畑のまん中を目指して突き進んでいる、と言う事だった。当然、茶の木がみしみしと音を立てて数本へしおれ、ねばねばとした何かにまみれた。これでは茶を摘む事が出来ない。
「やっつけべえ」
意を決して一人が鍬を小山に叩きつけたが。
くわぁ〜ん。
思いっきり跳ね返されて、お寺の鐘のような音が響いた。貝殻のような表面には傷一つ、ない。
一度動いたっきり、小山はまた元のように静かに動かなくなった。
子供が一人、おそるおそる、小山の前のほうに回り込んでみた。
じっと見ていると、山の下のほうから、白い触手がうねっと出てきて、覗き込む子供の額にちょんと当たった。子供はその冷やっこい感触に顔を引きつらせて飛び下がる。触手の方も、子供の体温の高さにでも驚いたのか、出した触手をきゅっと引っ込めた。
「なんだこいつ。カタツムリみたいだ」
子供の一言に、大人があっと声をあげた。
「そうだ、こりゃあ大きなカタツムリじゃないかね。しかしなんてまあ、馬鹿でかい。こんなのがなんでまた茶畑に」
「おらが子供の頃、死んだじい様に聞いたことがあるよ。『だいろ神』さんて神さんがいて、昔はたま〜に里に下りてきたって。雨の神さんだから大事にしないとバチが当たるって」
姉さんかぶりの娘が言う。
「しっかし、このままじゃあ茶畑をダメにされちまうぞ」
「どうすべえ?」
顔を見合わせていると、ぽつり。
雨が降り始めた。
「‥‥てなワケで、お仕事ですぜ、皆様方」
ギルドの係員は、ぱん、と依頼書を叩いて見せた。
「茶畑に入り込んじまったでかいカタツムリを『穏便に』追い出してほしい、ってな事でやんすよ。くれぐれも畑や木に損害を出さねえでやって下せえまし。でねえと、茶の値段が跳ね上がって、こちとらの口には入らなくなっちまいますぜ」
一口茶をすすりこんで、付け足す。
「そのカタツムリが出てから雨が続いて、茶摘みもままならないとか。早めに片付けて、旨い茶を馳走になって来て下せえやし‥‥おっ」
湯飲みの中に何かいいものを見つけたらしく、係員は目を細めると、こそこそと湯のみを手で隠した。
●リプレイ本文
●でんでんむしむし
雨は植物に潤いをもたらし、夏の暑さに向けて必要な水の蓄えの元ではあるが、過ぎれば日の恵みは奪われ、これまた困ったことになる。冒険者達が江戸を離れる時から、しとしとしとしとと、一足早い梅雨のような雨がずっと降り続いていた。時折強くなる雨の中を進み、依頼のあった村でもやっぱり雨が降り続いて冒険者達の濡れた肌を冷やした。冬の雨とは比べ物にならぬとは言え、水に強い河童でも風邪を引きそうなほどの寒さである。
村人にこちらですと案内され、一行は茶畑に出た。チップ・エイオータ(ea0061)が村で聞いたとおり、ヤツは畑の真ん中をじわりじわり、亀の速度で進行していた。進んだ跡が雨に濡れて白く光る。
「さあてと、カタツムリ退治なのだ」
ヤングヴラド・ツェペシュ(ea1274)が楽しげに呟く。
「コアギュレイトで固めてからロープで縛って馬に引かせるであるな」
傍らのトマス・ウェスト(ea8714)に確認するように目を走らせると、トマスも不敵な笑みと共に頷いた。
「ノルマン出身者に食べさせてみたいところだがね〜。まあ『穏便』にやるとしようかね〜」
「サイズ的に尋常ではありませんが、一体何なんでしょう? とりあえずは罪のないお茶の木始め植物たちに害を与えるのはご遠慮いただきたいのですが」
憤懣やる方ないと言った顔でアディアール・アド(ea8737)が零す。そう言う自分は薬草マニアで、あちこち旅しては森を歩き回り植物を集めているのだが、それって罪の無い植物を拉致する害を与えているとは言いませんか、という疑問は蝦夷の彼方へ飛んで行け。アディアールが茶畑の木にこの馬鹿でかいカタツムリに心当たりはありませんかと聞いてみるも、茶の木は初めて見たと答えた。
マクシミリアン・リーマス(eb0311)は、畑の中に何かカタツムリの好むアルコールのようなものがあるのではないかと思い、村人に尋ねてみたが、特に心当たりは無いという。
「めったなもん畑に入れると、茶の木が枯れてしまうしなあ」
所所楽林檎(eb1555)は手早く魔法により生命探査を行い、冒険者と大きなカタツムリの他、地中に子犬ほどの生物が居るのを察知した。が、場所は特定できないので正体は分からない。今回の依頼には特に関係ないのだろうと捨て置く事にし、姉の所所楽石榴に用意してもらった草を、虫除けの薫香として燻す。雨が続いており、傘の中にあってさえ、火打石を切って発した火花もなかなか火には熾き辛い。石榴は乾燥したものを妹の為に用意していたが、生木だったら更に困った事になっただろうから、これは正解だった。
それから、所所楽は少しばかりカタツムリに近づいて、それが何を考えているのか読み取ろうとした。
『‥‥はやくかえりたい』
読み取れたのはそんな思いだった。その裏や深くには更に多くのものがあったかもしれないが、魔法は万能ではないし、出来る事も出来ない事もある。
糺空(eb3886)は道すがらぱたぱたと涼風扇で煽ぎながら歩いていたが、今もまたせわしなく扇を動かしている。羽織を着て動くと、気温に関わらず体温が上がるらしい。そのまま、カタツムリの回りをぐるり、一周回ると、側面から貝殻の渦巻き模様を食い入るように眺めた。
「‥‥おおきい‥‥」
呟いて、今度はぐるぐる模様の茶色の濃淡を目で追う。上から弓なりの美しい曲線を描き下まで、そしてまた逆側にしなる濃淡の線‥‥。
「あ、あれれー? な、なんか、ふわふわする‥‥よ」
突然糺はぽて、と倒れ、すわ、何かカタツムリに術でもかけられたのかと、他の冒険者達に一瞬動揺が走ったが、何のことは無い、あのぐるぐるを目で追っているうちに目を回してしまっただけなのだった。
●つのだせやりだせ
カタツムリの呪縛は、達人級の白魔法使いであるトマスには造作も無いことだった。
「コアギュレイト〜! ‥‥さあ、今のうちだね〜」
ほれほれ、とヴァルトルート・ドール(eb3891)に向かい、急かす手振りをする。あわあわとヴァルトルートも、チップやヤングヴラドが動けなくなったカタツムリを荷車に載せロープで固定するのを手伝った。術を使ったトマス自身はのんびりと、見方によっては邪悪っぽい笑顔で見守っている。体力が無いから、というのが傍観者モードの理由であるが、懸命にカタツムリの巨体を動かしているパラのチップの方が実は体力はトマスより低かったりするのは、つまびらかにしない方が良いことかもしれない。
荷車にようやく固定してよいこらしょ、と一押しした瞬間に、雨が酷くなった。それまでのしとしと、ではなく、どーっと言う音を立て、滝の如くに冒険者達の身体に叩きつける。冒険者達はまだいいが、畑の茶の木は雨に打たれて悶えるように、右へ左へ、傾いでいる。余りの雨の勢いに、目を開けるのさえためらわれる。
魔法の効果時間が終わり、呪縛が解けたカタツムリは、どうやらかなり怒っているらしかった。雨と共に強い風が吹き荒れ、黒さを増した雲は時折雷光を閃かせる。チップやヤングヴラドはカタツムリが嫌うであろう灰やおがくずを用意していたものの、この嵐では何の意味も成さない。
マクシミリアンはミミクリーでカタツムリを脅すことにした。カタツムリの嫌う動物に変身する事で、状況を変えられるかもしれない。彼の動物知識は専門家の域であり、すぐにカタツムリが嫌いそうな動物、捕食者を幾つか思いついた。
まずはアヒルに変身する。もともと水鳥のアヒルは貝を食べるからだ。白い羽、黄色い嘴の鳥になってカタツムリを伺うが、特に変わった様子は見られない。更に亀、トカゲ、シマヘビ、蛙、ヒキガエル イモリ、ハリネズミと試してみたが、一向に状況に変化は見られなかった。恐らく、余りに大きいためにそれらの動物はこのカタツムリにとっては捕食者たり得ないのだろう。ただ、ハリネズミはジャパンには居ない動物なので、見かけない姿の生き物だとは思ったかもしれない。
にょろりと身体をくねらせ、自分を縛っていたロープを噛み切って脱出するカタツムリ。
その触覚めがけてヤングヴラドはトライデントを突き出した。本気で退治しようというのではなく、ちょっとした懲らしめ程度の積もりである。ぺしぺしとカタツムリの頭を叩くと、カタツムリは触手をすーっと引っ込めた。心持ち、雨風も弱まったような気がする。ヤングヴラドは少しばかり愉快な気分になり、そのままぺしぺし、頭を叩き続けた。
「でんでんむしむし、かたつむり〜♪ お前の目玉はど〜こ〜♪」
その辺りに油断があったのだろうか。カタツムリはそれまでの鈍重な動きからは考えられないほど滑らかに、ヤングヴラドに体当たりした後、のしかかった。ぬらぬらと、生暖かいではなく生冷たいとでも言うべき感覚が、ヤングヴラドの鎧に覆われていない部分に伝わった。
「きしょいのだ〜〜〜!!」
雨の中木霊する、ヤングヴラドの絶叫。
彼を助けんと、ヴァルトルートは敢然とカタツムリの前に立ちふさがった。
「こんなこともあろうかと!」
おもむろにふっふっふと謎めいた笑いを浮かべる。その手にあるのは──小さな黄緑色の、アマガエル。雨に濡れて嬉しそうに目を細め、くわくわと鳴いた。
「三すくみというのを聞いたことがありますよ。確か、ナメクジはカエルに弱いはず。ナメクジの殻つき一戸建てがカタツムリ、親戚ですから弱いはず! さぁ、恐れおののいて殻の中に引きこもるがよいですよっ!」
ばっとカタツムリにアマガエルを突きつけると、ハーフエルフの彼女、狂化したわけでもないのになんだか高飛車スイッチが入って高笑いを始めた。
「をーっほっほっ、をーっほっほっほっ、をー‥‥ぎゃー!!」
笑っている間にヴァルトルートもカタツムリの下敷きになった。ドジっ子度が3上がった。レベルアップまであと少し。
「ふう‥‥助かった‥‥のだ」
入れ替わるようにヤングヴラドがべとべとの粘液まみれになりつつ、カタツムリの下から奇跡の脱出を遂げた。
●めだまだせ
「これは一体、どうなさいましたか、皆様」
妖艶で露出度の高い、きらびやかな踊り子の衣装を纏った湯田直躬(eb1807)(職業・雨乞舞伝承辻占師、年齢50歳、男性)が驚いた顔で現れた。
「おのれ妖怪!」
カタツムリに踏まれながらヴァルトルートが叫ぶ。カタツムリと湯田とどっちに向かっての言葉かは不明である。
「‥‥なるほど、私が雨乞い舞逆回転バージョン・水止め舞を全身全霊で天地に捧げておる間に、そんなことがあったのですなあ」
仲間に事情を聞くと、湯田は温和な表情で頷いた。露出度の高い衣装は雨に濡れそぼって非常にせくし〜だった、いろんな意味で。
「私にお任せあれ、このカタツムリ殿に事情をお聞きしてみましょう」
ふぬっと気合を入れ、湯田の身体が銀色の光にうっすら包まれると、それまで角を振り立てていたカタツムリの動きが心なしか大人しくなる。
「ふむ‥‥なるほど」
しばらく独り言が続いた後、湯田はくるりと振り向いた。
「このカタツムリ殿、迷子だそうな。茶の木は小枝が多く、さぞ痛かったでしょうに‥‥家まで送ることは約束しました故、もう大丈夫ですぞ」
爽やかに笑う。衣装はそのままだが。
今度はカタツムリは大人しく、のろのろと荷車に登ると、冒険者達に引かれて畑を出て山へと向かった。雨足はいつの間にか弱まって、雲は灰色に、少しだけ明るさを取り戻していた。大分山中に入ったころ、荷車の上でカタツムリは上半身を伸ばし、立ち上がった。
再び湯田がテレパシーを用いて、どうもカタツムリの住処がこの近くらしいと仲間に伝える。
山の木々の中に、銀色に光る獣道がひとすじ伸びている。荷車から降りると、カタツムリはゆっくりとその道を這っていった。
冒険者達が山を降りて村に付く頃、見上げた空には大きな虹がかかっていた。
●そしてタダ茶は
久々の雨上がり、茶摘みが再開されると、湯田や所所楽、マクシミリアンなど冒険者達も村人と一緒になって作業を手伝った。
アディアールは村人に畑のあぜに香草を植えることを提案した。
「香りの強い物は虫も嫌がるようですので、害虫の被害が少なくなるよう、周りにハーブを植えると良いでしょう」
ほうほう、と村人達は興味を示したが、ハーブと一口に言っても種類はさまざまで、例えばセリやドクダミなどは既にその辺から勝手に生えている。所謂西洋のハーブであれば、入手は村人達には金額も手段もとても厳しいこととなる。知識はあって困るものではないが、使い方を知らなければそこから何かを得ることは難しいものだ。
チップは茶摘みの手をふと止め、カタツムリの事を考えた。自分のモンスター知識の中で、同じように大きな貝について思い至ったからだ。蜃、と呼ばれる大きなハマグリの化け物が居るが、それは実際には動物のハマグリではなく、ハマグリの形をした精霊なのだ。今回のカタツムリもきっとその類なのに違いない。
摘んだ茶葉は蒸されて干される。高い茶であればさらに揉むなどの工程が必要になる。
「もし時間に余裕がありましたら、摘み立ての茶葉でお茶を淹れていただけたら‥‥嬉しいのですが」
と所所楽は申し出たが、しっかり干すのに一日かかると言われ、その場で自分たちが摘んだものを飲むことは叶わなかった。それでも農家が自家用の茶を出してくれ、江戸のタダ茶とは大分違う、はっきりとした味の茶を自前の茶器で味わうことが出来た。
「う〜ん、苦い〜!もう一杯〜」
トマスは苦い苦いと言いながらも何度もおかわりをしている。
「遠慮しないで飲みたまえ〜」
マクシミリアンにも笑顔で湯飲みを差し出す。受け取って口をつけたマクシミリアンは、何ともいえぬ渋い顔。その顔を見てトマスがまた笑う。
「けひゃひゃひゃ、これが本場お茶の味というものだよ〜、良い薬というものは苦いものだ〜」
こっそりとハーフエルフ嫌いな一面を見せていた。
「‥‥僕、なんだか役立たず?」
少しむくれ気味になっていた糺も、振舞われた茶を飲むうちにいつしか機嫌が直ったらしい。
飲み終わると、山に向かって思いっきり手を振って叫んだ。
「もう降りてきちゃ駄目だよ〜!」
糺の髪をふわりとなびかせて吹く風は、夏の匂いがした。