花の好きな牝牛

■ショートシナリオ


担当:蜆縮涼鼓丸

対応レベル:3〜7lv

難易度:やや易

成功報酬:2 G 4 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月02日〜06月07日

リプレイ公開日:2006年06月10日

●オープニング

「こーのーたーびーは〜、おーせーわーに〜、なーりーまーす〜」
 おっとり、という言葉が舟をこぐほどの間延びした声で、のっぺりした顔の男はゆっくりゆっくり頭を下げた。
「わーたーくーしーは〜、くーすーりーのーつーかーさーの〜、わーけーの、えーのーきーまーろーと〜、もーうーしーまーす〜。そーも〜、わーがーくーにーにーは〜」
(以下20分略)
「にゅうーぎゅうーいーんーとーいーう〜、しーせーつーにーは〜、せーっつーのーくーにーの〜」
(以下40分略)

 ギルドの係員は色白な依頼人の話を聞き終わると、こほん、とひとつ咳払いをした。
「お聞きの通り、こちらの和気榎麻呂さんは典薬寮の乳牛院の方です。西欧では牛の乳を飲むことは珍しくないのでしょうけれど、やはりこの国ではまだ、獣の肉や、それに類するものというのは、余り一般的ではありませんよね。ただ、神皇家や貴族に薬として牛乳を供するために、乳牛院という施設が作られたのですね」
 ここで一旦言葉を切り、白衣の依頼人をちらと見た。
 口を開きかける依頼人。
 あわてて手で制して、再び係員は話を続けた。
「この乳牛院で飼っている牛は、摂津の牧場で育てられ、この京まで連れてこられます。逆に、乳牛院で飼われている牛のうち、年を取って乳が出なくなったものなどは、新しいものと交代で牧場に返されます。今年も何頭かが連れてこられたのですが、乳牛院の近くまで来た時、どうした弾みか、急に一頭が暴れだして逃げ出してしまったと。その牛を探し出してほしい、とのご依頼です」
 再び依頼人が口を開きかけるが、係員、
「いえいえ、どうぞそちらにお座りになっていてください」
 にっこり笑顔で言外の圧力をかけた。
「牛は白い牝牛。子牛の方は乳牛院に居ますが、牝牛の方は行方が分かりません。手がかりとしては、この牝牛、花のにおいを嗅ぐのが好きで、外に居る時はずっと花の側にいるとか。ですから、花の多い場所に居るのかもしれませんね。居なくなってからそろそろ三日目、腹をすかしているのではないかと心配でたまらない‥‥ですよね?」
「はーい〜。いーちーばーん〜、よーいーちーちーをーだーすーうーしーでーしーたーのーで〜、ぜ−ひーにーと〜おーもーっーてーいーたーのーでーすーが〜、まーこーとーに〜、こーのーたーびーは〜」
(以下30分略)
「‥‥だそうです。そうですね、新鮮な牛の乳を飲んでみたい、という方は和気様にお願いしてみてください。きっと美味しいと思いますよ」
 私は飲んだ事はありませんけどね、と、笑顔で係員は付け足した。

●今回の参加者

 ea1407 ケヴァリム・ゼエヴ(31歳・♂・ジプシー・シフール・エジプト)
 ea9960 リュヴィア・グラナート(22歳・♀・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 eb0764 サントス・ティラナ(65歳・♂・ジプシー・パラ・イスパニア王国)
 eb1630 神木 祥風(32歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 eb1872 瓜生 ひむか(22歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb2313 天道 椋(35歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 eb2886 所所楽 柚(26歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb3837 レナーテ・シュルツ(29歳・♀・ナイト・人間・フランク王国)

●リプレイ本文

●光陰矢の如し
 時折、梅雨の先触れのような雨が降る、そんな時期ではあったが、ケヴァリム・ゼエヴ(ea1407)が踊りながら天に魔法をかけたお陰で、雨粒も雲の上で踊っているのか、厚い雲は時折晴れ間を覗かせることはあっても、冒険者達が雨具を使う事は無かった。
 ケヴァリムはシフールである利点を活かし、上空から牝牛を探す。だが乳牛院周辺では、白いものを見かけたと思ったら布を被せた荷物だったり、今ひとつ成果は上がらなかった。牝牛の好きそうな花は、紫陽花、さつき、鉄線など、あちこちで見かけたものの、肝心の牝牛が見当たらない。シフール仲間に聞いては見たが、貴族の牛車の牛の話ばかりが聞こえてきた。
 リュヴィア・グラナート(ea9960)は馬に牝牛がいつも食べている餌を載せ、牝牛が逃げた乳牛院から牝牛の逃げた道筋をたどり始めた。グリーンワードで尋ねる相手には事欠かない。辻辻に木があり、生垣があり、道端に小さな花が咲いていた。それぞれに、白い牛を見なかったかな? と尋ねると、ある木は見たと答え、別の花は見たことはないと答えた。だが、暦も時計も持たない植物相手であるために、それがいつの事であるのか、はっきりとはしない。
 牛を運んできた人足らに話を聞こうと思っていた神木祥風(eb1630)の目論見は、少々あてが外れる事となった。摂津の牧場から牛を運んで来たのは牧場の人間で、普段は牧場で仕事をしている。そのため、白い牝牛以外の牛を乳牛院に引き渡すと、とっとと摂津に戻っていってしまったのだという。
「‥‥そうですか。牛が逃げ出した時の詳しい状況を聞きたかったのですが」
 困惑の表情を浮かべた神木の肩を、ぽん、と天道椋(eb2313)が叩いた。
「祥ちゃん、大丈夫大丈夫。そのために和気榎麻呂さんがいるんだから、一緒に話、聞かない?」
「ああ、確かに和気さんでしたらご存知でしょうね。ですが‥‥」
 神木は依頼人の、伸びて弛んで緩みきった話し方を思い出した。自身がおっとりした性分でもあり、聞きに回る事に異存は無いが、あの話しっぷりを聞いていたら、日が暮れるどころか、話を聞くだけで依頼期間を過ぎてしまうのではないか。そんな懸念さえ覚える。
 しかし天道はそんな神木にはお構いなく、くいくいと神木の袖を引いて、乳牛院の奥、和気氏の部屋へ。和気氏と話をすると聞き、サントス・ティラナ(eb0764)と瓜生ひむか(eb1872)、所所楽柚(eb2886)も同行する。
 和気氏の居る部屋はひんやりとした空気がこもっていた。
「こーれーはーこーれーは〜、こーのーよーうーなーばーしょーに〜、わーざーわーざーおーこーしーをーいーたーだーきーまーしーて〜」
 ギルドで見たのと同じ調子で、にっこりと挨拶をする和気氏。つられて瓜生も頭を下げ、挨拶を返す。
「こーちーらーこーそ〜、こーのーたーびーはーよーろーしーくーおーねーがーいーしーまーす〜」
「‥‥って、ひむひむまで間延びした口調にっ!?」
 がびん、と驚く天道。
 以下、依頼人とのやり取りを簡潔に記載する。なお、依頼人の会話のみ三倍速で。
「セニョール・エノキマロ! ミーはサントス・ティラナ、人呼んで『葉っぱ屋サンちゃん』アル♪ セニョール・エノキマロにシンパスィーを感じるアル、『クスリノツカサ』やミルクについて話し合いたいアルね♪」
「なるほど、良うございますな。そもそも典薬寮、くすりのつかさと申します場所は、医薬を扱う‥‥(以下略。二時間経過)」
「牛さんの好きなお花、香道家として知りたいです‥‥単純な興味だけなのですけど」
「好きな花、でございますか。私が聞き及んでおりますのは、やはり香りのよい花に惹かれるとか。春には梅、桃、桜から、道端の雑草の花まで、あちこちふらふらしていたようですよ。この時期も都にはいろいろな花が咲いておりますので、これといって挙げるのもなかなか難しいものでございますが、蓮の花などはよい匂いがいたしますなあ」(さらに三時間経過)
 そんな風にして日が暮れた。

●適材適所
 前日の和気氏からの聞き取りの折、余りにも時間がかかるので、所所楽は先に牛の厩舎へ赴いていた。舎人が数人働いており、彼らに案内されて容易に子牛の元に辿り着いた。茶色の子牛はとりあえず別の母牛から乳を分けてもらっているという。子牛は尻尾をゆらゆら動かしながら、大きな濡れた瞳で所所楽を見つめた。
 月の精霊の力を借り、所所楽は子牛に伝える。子牛の名前はシメジで母牛の名前はブナということだった。
「これからあなたのお母さんを探してきます、『お帰りなさい』って迎えられるよう、元気に待っていてくださいね?」
 所所楽の袖に焚き染められた桂花の香で母牛の事を思い出したのか、子牛はうつむいた。
『うん。お母さん、虫が出てきてびっくりしちゃったの。ぼく、いい子で待ってるから早く連れてきてね?』
 それから所所楽は、金貨を太陽に向けてかざし、陽の魔法で問いかけた。陽光は所所楽に答える。牛の名前などを尋ねても陽光には知りえぬことではあったが、『花の好きな白い牛』を、東の、近くは無い場所で陽光は見たと答えた。
 あの長話の間に席を外していたのはもう一人居た。吉備団子をつまみに天護酒を飲みながら話を聞いていた天道は、酒が切れると表へ出たのだった。道をふらりと歩いているうち、
「花いらんかえ〜」
 という声にひょいと見ると、花売りの娘が花かごを頭に載せてこちらに歩いて来る。酔いが醒めない頭でも、花といえば牛と出た。これは話を聞くしかないだろうと、自分の頬をはたいて活を入れ、ついでに解毒の魔法で酒気を消してから、花売り娘に話を聞くため歩み寄る。
「こんにちは、綺麗な花ですねー」
 挨拶を皮切りに、巧みな話術を駆使して話しかけると、花売りは牝牛の事は知らなかったが、その花を育てている花畑のことを教えてくれた。都を出て、小半日ばかり歩いた東にその場所があるという。考えてみれば、牝牛が逃げ出して大分時が過ぎており、もし近場に居るなら冒険者に頼むまでもなく見付かっていてもおかしくは無かった。その花畑に牝牛が居るとは限らないが、乳牛院の近くばかりではなく、離れた場所も探してみる必要があるのだろうと天道は思った。
 レナーテ・シュルツ(eb3837)は最初から近所での聞きこみに徹していたが、こちらも近場ばかりを探したのが功を奏さなかったか、これという情報は得られないままに終わった。この時期の花ということで紫陽花がたくさん咲いている場所を探してみても、牝牛の姿は影も形も無い。
 乳牛院に一同は集まり、情報を交換した。所所楽のサンワードの結果と天道が聞いた花売り娘の話を照らし合わせ、どうも東の花園が怪しいという事になった。天道は牝牛が歩けない場合を考え荷車の支度を和気氏に願い出ていたが、少々遠い道を使うか使わないか分からないものを転がしていくのも大変だろうと、まずは様子見だけという事になり、ひとまずは荷車は乳牛院に置いたまま出立した。
 所所楽はボーダーコリーのさくらを伴い、なるべくであれば牝牛の匂いの付いたものを借りて追わせようと考えていたが、連れてこられたばかりでまだ牛舎に足を踏み入れる前に逃亡してしまったために、件の牛の匂いのあるものは子牛以外には見当たらなかった。
 さらに、ケヴァリムがなるべく晴れ寄りに天候を整えてはいても、それ以前に降った雨の影響は免れる事は出来ない。
「さくら、微かな匂いだとは思いますが、お願いしますね‥‥?」
 念話で愛犬に語りかけると、任せて、とでも言うように白い尾を振って応えた。
 二条の橋を渡り、東へ進む。なだらかな上り坂の道の左右には明るい色の花畑が広がっていた。ケヴァリムは空へ羽を広げ、見渡した。
「モーモーはフラワーが好きだと聞いたアル♪ もしかしたらミカンにハニービーがいるかもしれないアル♪」
 うきうき語るサントスに神木が頷く。
「道端の花に気を引かれて近付いた所、その花に丁度蜜蜂が止まっていて、急に近付いた牛に驚いて刺してしまったのではないか、という事は十分考えられます。もし射されている様なら、後で花のあった場所の近くに蜜蜂の巣が無いか確認しないといけませんね」
「‥‥でもおっちゃん、何でミカン?」
 天道が突っ込むも、サントスは馬耳東風と聞き流す。
「フラワーのオイニーを調べてモーモーを探すアルね♪ モーモーが戻ったらフレッシュなミルクをいただくアル♪」
「おいにー?」
 瓜生が首を傾げた。
「業界用語でニオイの事アルねー♪」
 どこの業界だ。

●めうしさん
 さくらが突然走り出し、見えなくなった。牧羊犬の習性に則って、吠え立てる声。瓜生が巻物を広げ、地面の振動から何者がいるか見定めるべく念じた。どうやら犬に吠え立てられた大きな生き物がうろたえ、走り回っているようだった。騒ぎの方向へ、全員が走る。ケヴァリムは飛んだ。一番早く牝牛の元にたどり着いたのもケヴァリムだった。驚かさないように牛の真上から首筋に降り、飛び跳ねる牛の首筋に、ロデオさながらに掴まって声をかける。
「どーう、どーう。落ち着いて〜」
 身体は小さくとも牧畜に関してはこのまま乳牛院で働いてもおかしくないほどの実力を持っているケヴァリムだったから、口笛の一吹きで吠え続ける犬を止め、牝牛が怪我をする前に落ち着かせる事が出来た。他の冒険者が探し当てた時、白い牝牛は首筋をケヴァリムに撫でられ、もぐもぐと草を食べていた。
 畑に水を撒くための小川の側の、花の咲く野原に彼女はいた。
 所所楽はほっとして、説得を始めた。自分たちが探しに来たこと、シメジも母親に会いたがっていること。
 リュヴィアもスクロールを広げ、説得に加わる。
「迷子になったのなら私達と一緒に行かないか? 困った事があれば手伝ってあげるよ」
 牝牛は長い間もぐもぐと口の中の草を噛みつづけていたが、どうやら飲み込むと
『お願いするわね』
 と答えた。何故暴れて逃げたのか、という問いにはこう答えた。
『曲がり角に木があって、白い綺麗なお花が咲いていたのよ。とてもいい匂いがしてね、わたし、思わずいつもみたいにその匂いをかいだのね。そしたら‥‥そしたら‥‥ひいいいいいいいい!!』
 急に何かを思い出したらしく、牝牛は歯をむき出し、目玉が飛び出そうな顔で後ずさる。
『花から、ぶ〜んって、大きな虫が飛び出して来たのよぉぉぉ!! しかも、その虫が、その虫がぁぁぁ』
「まさか、大きな蜂に刺された、とか?」
 リュヴィアの質問に、一瞬牝牛は落ち着きを取り戻し、少し考えてから答えた。
『いえ、アレは蜂じゃあなかったわ。蜂って、毒々しいしましまで、尖っているじゃない? そうじゃなくて、もっとのっぺりしてて、毛が生えてて‥‥でもそれがブーンって、ブーンって‥‥よりによってわたしの、わたしの鼻の穴に、入って来たのよブーンってえええ!!』
 涙ながらに訴える牝牛。興奮しすぎてちょっとよだれも出ている。鼻の穴が刺されていないのを見れば、やはり牝牛の言うとおり、蜂ではない虫だったのだろう。
 原因が分かった以上は手こずらされる事もなく、花や餌で気を引きながら、冒険者達は乳牛院へと白い牝牛を送っていった。

●ちちをのめ!
 白い牝牛の搾りたての乳は一度熱してから冒険者達の口に上った。甘みをつけるものは一切入っていないにも関わらず、新鮮さのためか、どこか甘みを感じる味がした。
 ケヴァリムは新鮮な牛乳を使ってヨーグルトを作りたかったのだが、これには種菌が要る。また、発酵も1時間やそこらで出来るような物ではない。それで、簡単に出来るものとしてバターを作ってみた。煮立てた乳をしばらく冷やしてクリームを作り、容器に入れて振りまくる。体力のないシフールには重労働なので、レナーテ達が代わりに引き受け、やがて乳色のバターが出来上がった。また、別の容器にはクリームに柑橘の汁を入れ、固めたものを絞って簡単なチーズにした。
 どちらもさっぱりしていながら食後にこっくりとした風味が残る味わいで、西洋人の面々には懐かしかったし、そうでない冒険者は珍味として舌鼓を打った。和気氏も相伴に預かり、ことに口の中でほろほろととろけてゆくバターは気にいった様で、
「これを機会に神皇様も牛乳をお召しになって頂けると良いのですが」(三倍速)
 と、ふーっとため息をついた。