死んでいる

■ショートシナリオ


担当:蜆縮涼鼓丸

対応レベル:フリーlv

難易度:やや易

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:4人

サポート参加人数:1人

冒険期間:09月26日〜10月01日

リプレイ公開日:2006年10月04日

●オープニング

 朝晩とみに涼しくなってきた。
 山の先から、秋は染みてくる。
 けれど、里にはときどき妙に生温い風が吹く。

 山深く、昼なお暗い森の中、されこうべが落ちていた。
 時折木漏れ日が、ちらちらとされこうべを照らすと、長い髪のまとわりついた骨の白さがいっそう際立つ。
 されこうべのすぐ近くには、苔むした木にもたれかかって、元は美しい錦の着物ででもあったろうぼろが張り付いた、首無しの骨が座っている。
 その手には、金と真珠と紅珊瑚でこしらえた、たおやかな細工のかんざしがしっかりと握られていた。

 そんな話を、村に立ち寄った行商人が話したのだ。
 山を越えて行こうと細い道を歩いていき、ひょいと催して用を足そうと、道を外れて分け入った先にその光景があったという。
 行商人もまた、かんざし、櫛、紅おしろいと言った、女性向けのこまごまとしたもの、つまり小間物を商っていたから、ひと目でそのかんざしがどれほどの値打ちのものかはわかった。
 だが、まさか死人に触ろうなどと空恐ろしい事はつゆほども考えず、慌ててその場を離れ、無我夢中で走っているうちにこの村にたどり着いたのだという。
「まるでどこかの姫君の嫁入り道具のような、豪奢なかんざしでしたなあ。あんな素晴らしい細工のものは見たことが無い。もし売ればウン十両、いやいや百両に届くかもしれない」
 そんな話を、大人に混じって、村の子等もじいっと聞いていた。

 肝試しをしよう、とは、いったいどの子が言いだしっぺだったか。
 なあ、そのされこうべ、見に行こうぜ。
 されこうべをみつけて、かんざしを持ち帰ったヤツが勝ちな?
 面白い、やろう、やろう。
 子供の数は総勢十二人。
 大人たちは肝試しの話を聞いて眉をしかめる。
 馬鹿を言うんじゃない、罰があたるぞ、祟られるぞ。
 こっぴどく叱り付けはしたものの。
 百両にも達するというお宝、本当は大人たちだって興味は有るのだ。

 幸いに、と言っていいものかどうか、件の行商人、この辺りには不案内だという。
 村の誰かが言った。
 冒険者を呼ばないか。どうせ山を越えるならどのみちそこを通らなくてはならないし、なら、あの行商人の案内ついでに、子供らを遊ばせてやってくれと。
 それで万一そのかんざしを見つけたら?
 そりゃあ見つけたもんが持ち主だよなあ。

●今回の参加者

 ea0604 龍星 美星(33歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea1605 フェネック・ローキドール(28歳・♀・バード・エルフ・イスパニア王国)
 ea1959 朋月 雪兎(32歳・♀・忍者・パラ・ジャパン)
 eb3418 天内 加奈(28歳・♀・陰陽師・パラ・ジャパン)

●サポート参加者

湯田 直躬(eb1807

●リプレイ本文

●たそがれどき
 上は13から下は3つまで、総勢十二人の子供が、二十四の瞳をきらきらと輝かせていた。
 朋月雪兎(ea1959)は子供達の数を数えながら、名前もしっかり頭に叩き込む。
 近くでけふけふと口元を押さえてむせ込んでいるのは、天内加奈(eb3418)だ。今回の依頼では山に入るというので、獣やら虫やらが避けるという香を服に焚き染めてきた。ご利益はあらたかで、虫どころか子供達も寄り付かない。
「やんちゃな子は、腰にロープ巻いて引っ張っていくネ! 皆、いい子にするネ!」
 元気良く子供達に注意しているのは龍星美星(ea0604)で、華国出身の彼女のお国訛りが可笑しいと言って子供たちは笑うが、龍星は気にも留めない。
 龍星はひょいとフェネック・ローキドール(ea1605)の方を見た。フェネックは丁度馬のサライの背に荷物を括りつけた所だ。治療用品、予備の保存食、毛布までもしっかりと用意し、手抜かりはないがやはり重い。
「道はきっと馬でも通れると思うヨ。でもそこからわき道に外れる時には、馬とかは繋いで、荷物を手に持っていかないといけないかもネ。多少の荷物なら、アタシも引き受けるヨ。力はそれなりにあるネ」
 ぽんぽんと自分の二の腕を叩いて見せながら、龍星はフェネックに話し掛けた。
「心強いですね、ありがとうございます」
 フェネックも柔らかな微笑を浮かべて会釈する。
「あと、油はフェネックさんのランタンで使って欲しいネ」
「いえ、それでしたらランタンは二つありますから、一つお貸しします。その方が夜道は安心でしょう」
「確かにそうアル、アタシ目はあんまり良くないカラ、灯りは必須ネ。代わりに、鼻の良さには自信があるヨ」
「頼もしいですね。よろしくお願いします」
 馬のサライを見てから、朋月は空を見上げて軽くため息をついた。
「どうかされましたか」
 いぶかしげに天内が尋ねると、朋月は答えた。
「今頃、江戸で湯田さんが踊ってるのかなあって思って」
「‥‥は?」
「あ、湯田さんって天内さんと同じ陰陽師の人でね、お天気を良くしてもらうようにお願いしたんだ。その後安全祈願と死んでいる人の成仏を祈って踊るって言ってたから」
「踊る、ですか‥‥」
 微妙に絶句する天内。
 踊るのではなく舞の奉納ですぞー、とどこかで叫ぶ声が聞こえたような気もしなくもないが、勿論空耳である。
 また、朋月が眺めていた方角は江戸とは違うあさっての方向だったことは気にしないでおこう。

●まよいみち
 集団の先頭は朋月と龍星が務めた。龍星の手にはフェネックから借り受けた灯火があり、行く道を照らす。朋月は明かりを手にしてはいなかったけれども、忍びの夜目のお陰で手を空けたまま、不測の事態に備える事ができた。街道に繋がっている人里近くの道だとは言え、山中の夜は心もとない。
 しんがりにはフェネックが控え、優れた視力で辺りを注意深く見回しながら、また時折子供達がはぐれないようにと、子供達の数が揃っているか数を確認した。行商人も行李を抱えて、フェネックから付かず離れずの距離で歩いた。
 明かりを持たない子供は持つ子と一緒に固まって移動していた。その子供達と一緒にガタガタブルブル震えながら天内がくっ付いている。パラの天内は背格好も子供達と似たり寄ったりで、見事に集団に溶け込んでいた。むしろ溶け込みすぎて、逆に子供からだいじょうぶだよ、などと声を掛けられたりもしている。
 子供達はやたらと空元気を出して歌ったり飛び跳ねたりしながら進むので、なかなか移動の効率が悪い。最初の内は朋月が子供達と一緒にしりとり遊びなどをしてなんとか紛らわせてもいたのだが、それも長続きはしない。
 とうとう一組の子供が喧嘩を始めたのをきっかけに、フェネックは一計を案じて、道の途中、少し広い場所で子供たちを集めて腰を下ろした。
「少し休みましょう。そしてその間、お話を聞かせてあげます」
 怪談話でこの肝試しを盛り上げようという他に、関心を惹きつけ離れ過ぎないようにする事が目的だ。フェネックは吟遊詩人としての知識を総動員して怖そうな話を思い出す。しかし、アラビア語の物語であれば本が一冊その場で書けるほども堪能であれ、吟遊詩人としての技量はまだしっかりと人並みに至っているとも言いがたい。考えているうちにたちまち子供達は退屈し始めた。
 龍星は保存食を取り出し、子供達に少しずつ分けた。少なくとも、ものを食べている間は口は閉じたままだ。
 見かねてか、行商人が語り始めた。
「一年ほど前、江戸で悪名を流した盗賊の一味が居りましてね。子供好きの義賊、元締めは変装の名人で、老人から小娘まで何にでも化けたとか。それがある日、手下の裏切りにあって、命からがら江戸から逃げて、それきり行方が知れないそうで。どこかの山に身を潜め、通りがかる旅人を殺しては金品を奪い、再起を図っている、なんて噂を聞いた事がありますが‥‥まさかこの辺りの山じゃないでしょうね、ははは‥‥」
 なぜかだんだん声が弱弱しくなる行商人。語り終えると不安げにきょときょと辺りを見回した。それと入れ替わるようにして、子供の一人が立ち上がって、話し始めた。
「な、な、こんな話知ってるか? 村で赤ん坊が死んだ時には、この山に持ってきて埋めるんだぞ。大きな榎の木の下だって。榎の露があればあの世でも腹をすかさずに済むって、おとうが言ってた‥‥おらの弟たちも、そこに居るんだ」
 少しうつむいて、一人の男の子が語り終えると、風が吹いた。なにやら生温かい風だった。風に乗って、何か聞こえた。女の悲鳴のような声だった。それはただの獣の声だったのかもしれないが、この場ではとても恐ろしい声のように聞こえたのだった。
「ひぃえぁぁぁぁあああああああ!!!!!」
 更に子供達を震え上がらせたのは、すぐ側で発せられた、恐ろしい女の絶叫だった。叫んだのは天内。釣られるように子供達も悲鳴を上げて、逃げ出すやら腰を抜かすやら。
 龍星は素早く逃げる子供の襟首を捕まえ、フェネックはメロディーの呪歌で子供達を落ち着かせようと試みた。朋月も二頭の愛犬と一緒にあちらこちらに散ってしまった子供を集める。
 そうして、子供達を全て集め終わった時、一行は天内と行商人の姿だけが見当たらないことに気が付いたのだった。

●みちおしえ
 はぐれた二人はとぼとぼと山中を歩いていた。正気に戻ってから何度も仲間を呼んだが、答えが無い。夜の木々に音が飲まれてしまうのか、それとも何か妖怪変化の類の仕業ででもあるのか。天内の手に提灯が灯っているのがまだしもの救いだった。
「すみません」
「仕方ありませんよ。‥‥おや」
 きょろきょろと見回して行商人が呟いた。
「ここだ、ここですよ。この近くにあの骨があったんです。案内しますから、付いて来て下さい」
 言うなり、足元の暗がりを気にすることもなく、どんどん行商人は歩き出す。その後を天内も追った。
「何か身元の判る物でもお持ちでしたらよろしいのですが。亡骸が見つかったら、近づいて少し周囲など探してみましょうか」
 あっさりと言葉にする天内に、行商人は少し驚いた様子を見せた。
「恐ろしくはないんですか?」
「死体なら見慣れてますよ。ただ、その‥‥近づいたら動き出したりしませんよね? 」
「あはは、これは面白い事をおっしゃる。もし動いたら、どうします」
「泣きます。もしくは、逃げます」
 行商人はぷっと吹き出してから目に涙を溜めるほど笑い転げた。
 そんなやり取りをしてしばらく後、大きな木の下に二人はたどり着いた。

●されこうべ
 されこうべが一つ。
 そして、傍らに木にもたれかかった首の無い骨。行商人が語ったとおりの光景。
 既に半ば朽ちて一部は土に還っていたなきがらは、例え村に運んだとしても無縁仏として祀るより他に無い。今はこの場に葬るのが得策だろう、と天内は考えた。
「後から移すのはいくらでも出来ますしね。この方、一体どちらのお嬢さんなのでしょうね‥‥?」
 そう言いながら、何か違和感を覚える。
 されこうべに纏い付いている髪は、長い事は長いのだが‥‥骨が纏う渋色の錦は、梅花に似た織り柄の緞子。女が着るにしては大分地味ではないか。
 そして、壊れた『男物の』扇子が落ちていた。
 傍らの行商人を見る。彼は羽織を身につけていた。同じ柄の、渋色の緞子の羽織を。
 これはいったい、どういうことだろう。そういえば、この行商人、いやにすいすいと死体の場所まで来たものだと、今になって天内の頭の中に不安の雲がむくむくとわきあがる。
 その思いを知ってか知らずか、急に行商人が口を開いた。
「ひとつ、言い忘れていた事があります」
「何でしょう?」
 あえて行商人を見ずに天内は問い返す。なんとなく、そちらを見てはいけないような気がしたのだ。
「実はね‥‥私は」
 行商人はくっくっと笑った。笑みを浮かべた青白い顔は夜闇にいっそうその白さを増して、ぼうっと浮かび上がった。その目に映った提灯の明かりは、鬼火のようにちらちらと瞬いた。
「‥‥私は、死んでいるんです」
 虫も鳴かぬ夜闇に、どこか虚ろな声が楽しげに響いた。
 そして行商人は立ったまま、天内にすうっと近づいた。歩いてはいない、立ったままだ。その足は地に付いていない。行商人、もしくは死んだ男は、ゆっくり、天内の背後から前へ、すべるように移動した。
 天内の顔も笑っていた。別に楽しかったわけではない。ただ目の前に青白い半透明の男が薄笑いを浮かべて立っているので、強張った顔は他の表情をとる事が出来なかったのだ。気が付けば身体は金縛りにあったかのように動かない。
 男は天内の手を握る。ぞっとするほど冷たい感触が手のひらに伝わった。
「とても楽しかったですよ。見つけてくれてありがとう」
 天内に接吻できるほどの距離まで顔を近づけ、口が裂けるようにニイっと笑った途端、男の姿はふっと闇の中にかき消えた。
 天内も笑顔のまま、気絶した。

 他の冒険者たちが倒れている天内を発見したのはそれから数刻のこと。天内の足元には、取り落とした提灯の燃えかすが黒く焼け残っていた。
 亡骸は彼がもたれかかっていた大木の根元に葬られた。改めて村の無縁墓へ運ぶかどうかは村の人間に任せた。
 件の骨の周辺にはあの行商人が持っていたのと同じ、小間物の入った行李が落ちていて、櫛の類が辺りに散らばっていた。子供達は我先にと勇んで『戦利品』を拾い集めた。いくつかは後刻、冒険者へ謝礼の一部として届けられる事となる。
 村への帰り道は子供達も疲れがあったのだろう、行きほどの騒ぎにはならずに済んだ。
 最後の一人を家に届けてから、天内はふと、自分の手の中に何かがあることに気付いた。握りしめていた手を、そっと開いてみると。
 ‥‥そこには、一本のかんざしが。