錦秋の紅葉狩り

■ショートシナリオ


担当:蜆縮涼鼓丸

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや難

成功報酬:3 G 80 C

参加人数:10人

サポート参加人数:2人

冒険期間:12月02日〜12月07日

リプレイ公開日:2006年12月12日

●オープニング

 目前の光景に、ほう、と息を呑みながら、初老の男は関羽公の如き美髭を撫で下ろした。
 広がるのは秋の紅葉。山裾から山の頂上まで、それはまるで赤、茶、黄色などの顔料を一時にぶちまけたかのような趣で、ばらばらな様でいながらも、あたかも山一つをまるごと掛け軸から写し取ったかのような、調和した美しさを誇る。
 宮中に出入りする公家たちも、これならば文句を言わぬであろうと髭の男は深く頷いた。
 なにしろ観葉の茶会を開くというだけで、あの山が良いこの川が良いだのと延々談義は続き、このままでは葉が散り終わったころまでの長丁場となろうと言う段、男の主人である公家が場を纏めようとして、みどもに仕える者で詳しいものが居りますゆえ、この場はお預けいただきたく、などと口走ってしまったのだ。
 よりにもよって何故わしが、と髭を撫でながら男はため息をつく。山に登るのは確かに好きなのだが、みやびごとには疎いのだ。それでも知己に尋ねて回ってこの場所を見つけることが出来た。本当に肩の荷が下りたというものだ。
 男はよっこらしょと腰を上げ、山道をゆっくり下りはじめた。静かな細い道だ。茶会の場所と定めた古寺が一足ごとに遠くなり、右も左もそれぞれのいでたちで装った木々で彩られている。秋風は爽やかで、足元も悪くない。勾配もなだらかだ。
 これならばひ弱な公家たちとて文句を言う事も無かろう。まことに良い場所を見つけたと、男は安堵しながら山の麓の村に立ち寄り、一休みした。
 茶店の一つもない村だが、一軒の家で声を掛けると老爺が茶を出してくれた。
「そうですか、あの寺で茶会を‥‥物好きですなあ、お公家様というのは」
「酔狂で食べているようなものであろう。書画をたしなむやら何やら、何が楽しいのかわしにはとんと見当が付かぬわ」
 がははとお互い大笑いした後、ふと男は尋ねる。
「ときに、あの山には危険なものは棲んでおらぬか。猪だの熊だのが茶会の邪魔をするようでは、この場を選んだわしのみならず、わしのあるじ殿の面目までも潰してしまう事になるからな」
「へえ。‥‥猪も熊もおりませんが」
 老爺の引っかかる物言いに、男は怪訝な顔をして、次の一言でひっくり返った。
「その代わり、鬼が出ます」

 そんな訳で、ギルドに鬼退治の依頼が出された次第。

●今回の参加者

 ea0980 リオーレ・アズィーズ(38歳・♀・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 ea3785 ゴールド・ストーム(23歳・♂・レンジャー・エルフ・ノルマン王国)
 ea8755 クリスティーナ・ロドリゲス(27歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・イスパニア王国)
 eb1630 神木 祥風(32歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 eb1915 御門 魔諭羅(28歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb2007 緋神 那蝣竪(35歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb2408 眞薙 京一朗(38歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb2919 所所楽 柊(27歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 eb3837 レナーテ・シュルツ(29歳・♀・ナイト・人間・フランク王国)
 eb5475 宿奈 芳純(36歳・♂・陰陽師・ジャイアント・ジャパン)

●サポート参加者

鷲尾 天斗(ea2445)/ 和泉 みなも(eb3834

●リプレイ本文

●紅葉二葉
 さくさくと落ち葉を踏み分けながら、リオーレ・アズィーズ(ea0980)は視線を上に上げる。それぞれの色に染め上げて、地に還る落ち葉たち。丸みを帯びた葉、長細い葉。
 確かに風流ではあるが、それにしても都が五条の宮と長州に荒らされて大混乱のこの時期に紅葉狩りとは。
「ジャパンの貴族は風流ですね」
 遠い目の呟きを聞きとめ、所所楽柊(eb2919)は笑って見せた。
「ま、たまには道楽のために働くのも、悪くねぇやな?」
 だがゴールド・ストーム(ea3785)には笑顔はなく、むしろ釈然としない表情だ。馬を引いていない方の手でぽりぽりと耳の後ろを掻きながら仲間に問う。
「それにしても、村の奴ら、言う事がちぐはぐじゃねえか。もしかしてその山姥って鬼は2匹いたりするのか?」
「ギルドの記録では、この辺りで鬼に関わる依頼はなかったようです」
 御門魔諭羅(eb1915)が言い添える。たまたまこの地で茶会が行われる事にならなければ、鬼の話が表沙汰になることも無かったのかもしれない。
「人を襲う鬼と言うならば確かに退治する必要も有ります。ですが、無用な争いが避ける事が出来るなら、それに越した事は有りません」
「無理でしょ」
 僧侶らしい神木祥風(eb1630)の物言いに対して、緋神那蝣竪(eb2007)が即座にかぶりを振る。以前、依頼で山姥に関わった時の事を思い出しながら。
「『優しい山姥』なんて、いないと思うわ」
「まあ、ようはお茶会が滞りなくすめばいい話なんですけど」
 宿奈芳純(eb5475)は、至って穏やかな口ぶり。ただ、その内心では油断無くこの先の算段を組み立てている。
 聞きこんだ話を纏めてみれば、こんな具合だ。
 薪を拾いにきて兎に誘われ、深く入りすぎて道を間違えた子供が、山姥に村近くまで送ってもらった話。
 だが数日後に別の子供が同じ山姥に食われたという。
 同じく、迷った旅人が一夜の宿を借りようとし、夜中に山姥と気付いて逃げ出した。命からがら村までたどり着いたはいいが、荷物をすべて失ってしまった。それが翌朝、村の入り口に落とした荷物がそっくり届けられていた。直後、山へ帰っていく山姥の後姿を見た者が居るという。
 あるいは、馬を引いて山に入った農民が襲われ、自分は逃げ延びたが馬を喰われた、など。
 どの話に出てくる山姥も、同じ白髪頭に赤いぼろの着物。山から下りてくるわけでもない。
 眞薙京一朗(eb2408)は、ならばやはり山姥は一匹なのではないかと思う。襲われた人間は一人で歩いていたものばかりだ。単身では無かったが為助かったとすれば、山姥の賢しさや警戒心が窺い知れる、とあごに手をやって目を細めた。
 さりとて、話の山姥が同じものが豹変するのか、あるいは似たような容姿の鬼が複数居るのかの判断は、話を聞くだけでは完全には付かず、結局は山を探すしかない。仮に複数居たとしても、それが同時に現れることは先ず無い、というのはモンスター知識のあるリオーレや和泉みなもから指摘されていた。
 いずれにせよ、手に入れたそれをどう使うか決めていないのでは、幾ら情報を集めてもどうしようもないのだ。

 村人の話と、御門が山に入る前に使ったテレスコープとで、山中に山姥の住処らしい場所が二つあることがわかった。丁度句会を行う予定の寺を境に、東と、西。小さな洞窟と、うち捨てられた炭焼き小屋だ。二手に分かれ、それぞれの目的地へと向かうことにした。
 クリスティーナ・ロドリゲス(ea8755)は猟師の生業で得た知識を十分に生かし、迷うことなく進んだ。東側にある小さな洞窟へたどり着くと、碧色の瞳を凝らし、様子を伺う。人気は無いが、そこで誰かが生活している様子はあった。誰か、というよりも何か──恐らくは件の山姥だろう、とクリスティーナは思う。普通の人間ならば住めないような悪臭が漂っていたから。
 入り口付近の地べたに、骨が転がっていた。人のものか獣のものかはわからない。
 洞窟に立ち入ってみようか、という矢先、宿奈の声が頭の中で聞こえた。テレパシーによる連絡だ。
『そちらはどうですか?』
『こっちには今は山姥の姿は見えないな』
『そうですか。こちらは小屋を見つけました。中に、居るようです』
 寸時、考える。このままこの場所を見張る事も出来るが、万一現れたのが複数の鬼だったら、この人数で対処できるだろうか?
 洞窟に向かった冒険者達は、もう一方の班と合流する事にし、洞窟を一旦後にした。

●紅葉狩り
 東屋からは薄く煙が立ち昇っていた。
「ごめんくださーい」
 所所楽が声をかけると建て付けの悪い戸が開き、中から老婆が一人、現れた。ぼろの赤い着物と、白髪頭。村人の話には合致するが、山姥というよりは人間に見える。
 宿奈が進み出た。
『これから、山にあるお寺でお茶会という催しが行われるのですが、お手数ですがお茶会の間、しばらく身を隠していただくわけにはいきませんでしょうか?』
 テレパシーで語りかけると、老婆は目をしばたたかせた。
「口、動かさずに、しゃべれるのか。驚いた」
 鬼は人語を解さないだろうと思っていた面々は拍子抜けした。
 だがこれも油断させるための演技かもしれないと、所所楽は気を引き締め、警戒を続ける。同様にリオーレも、もしこれが悪意を持つ山姥であれば、こちらを騙したと安心して本性を現したところを逆撃しよう、と笑顔の下で考える。
「お前、山姥だろ。村の人間や旅人を食ったりしてんだろ?」
 ずばずばとクリスティーナが言い放った。策も何もない。
 対し、老婆はいいやと首を横に振る。
「確かに、わしゃ山姥だ。でも人を食うなんて、しない」
「では、村の人を襲ったのは誰なのですか?」
 御門の問には、
「ああ、そりゃあモミジだねえ。よく間違えられて、困る。わしゃ、悪い事、しないのに」
 老人そのものと言った、とつとつとした口調でもう一人の山姥の名を挙げ、答えた。
「それで、お茶会の間というのは、どの位かね?」
 具体的なことはまだ決まっていないのだから、冒険者達には答えられない。
 それでも神木はゆっくりと、わかる範囲の事を老婆に噛んで含めるように諭し伝えた。
「要するに、その寺に人が来たら、近づかない、て事かね。もともとわしゃ、近づかない。」
 テレパシーを使っている宿奈には、老婆が嘘をついていないと判る。
 これでひとつ、片付いた。

 一行はもう一方の山姥、危険な方の山姥を探した。
 ことの顛末は意外に簡単だった。
 山道で迷った旅人の振りをする眞薙を、隠身の勾玉で気配を消した所所楽や、湖心の術で物音を立てない様にした緋神などが、木々の間からそっと見守る。
 やがて姿を現したのは、先ほどの老婆に良く似た老婆である。事によると先ほどの老婆本人ではないかとさえ思えるほど、両者は似ていた。
 しかし老婆が眞薙を案内して行った先は、あの洞窟だった。
 山姥がその正体を現し、眞薙に襲い掛かるやいなや、冒険者たちも飛び出して、逃げ場を塞ぐように山姥を取り囲んだ。逃げられないと悟ったか、山姥は死に物狂いで切りかかってくる。
 それでも、たとえ相手が鬼とはいえ、たったの一匹。此方は手練れの冒険者が集まっている。
 緋神は疾走の術を使って巧みに鬼をかく乱し、所所楽は左腕に装備した緑に輝く『妖精の盾』で仲間への攻撃を受け流す。
 弓の使い手達は山姥の山刀の届かぬ位置から間断なく矢を射掛けつづけた。
 リオーレのグラビティーキャノンは山姥に傷を与えただけでなく、地の上に転がして動きを止めた。
 山姥が動かなくなり、その手から得物がぽろりと落ちるまでに、そう長い時間がかかることも無かった。
 転がった山刀の柄には、握り締めていた山姥の手形が血でべったりと描かれている。
 一行はその場を去り、拠点と定めた山寺へと戻った。

●落葉双葉
 冒険者達が一仕事終わったと安堵しながら荷物を手に寺から出ると、境内に、先ほどの老婆がぼんやりと突っ立って居た。
「どうしました?」
 レナーテ・シュルツ(eb3837)が首をかしげ近づくと、老婆はおもむろに隠し持っていた山刀をレナーテめがけて振り下ろした。
 不意打ちである。
 レナーテにとって最も不幸だったのは、彼女が全く戦闘を想定していなかったことだ。身に鎧を纏うわけでもなく、唯一の武器である小太刀さえも携帯品の中に、生真面目な彼女らしく丁寧にしまいこんであった。
 ざくざくと切り裂かれた大きな傷口からは血が脈打ちながら大量に吹き出る。声もなくレナーテは倒れた。
「生きていたのか? まさか」
 ゴールドが動揺した声で叫ぶ。
 老婆はゆっくりと顔を上げる。鬼らしい、狂気に満ちた目が冒険者達を一瞥した。
 既に白髪は逆立ち、口は耳元まで裂け、目の中にはぬめるような青い光が宿っている。それは倒したはずの山姥の姿そのものだった。手にしている山刀の柄には、先ほどの闘いで付いた血の手形がくっきりと付いているのが見える。だが、確かに山姥は倒したのだ。
「よくも、よくもモミジを。わしの、姉を‥‥!」
 ‥‥倒したのだ。『悪い』方の山姥は。
 いや。
 もとより山姥は皆『悪い』に決まっているのだろう。よしや人とても、善人が変じて殺人者となることなど幾らでもあるのだから。
「畜生! おまえたち、皆殺しにしてやる、みんなみんな喰ってやるーッ!」
 しわがれた涙声で言い捨てると、山姥は足元に倒れているレナーテの肩を掴み、筋張ったその手からはありえないほど軽々と持ち上げた。一本一本が矢じりのように尖った歯でレナーテの肉を食いちぎろうと、カエルのような口をくわっと開く。
 だが、レナーテが生きながら喰われずに済んだのは、びいんと空気を揺らして鳴り響く弓弦の音のお陰だ。不浄の者を縛る、鳴弦の弓の弦音は、三方から──ゴールド、クリスティーナ、宿奈がそれぞれかき鳴らしていた。山姥はレナーテを取り落とし、呻いて足元をふらつかせた。
「月影の調べよ、彼の者を眠りへと誘え」
 御門が援護の為に眠りをもたらす陰陽の術を使い、神木は悲しげな表情を垣間見せながらも、金剛杵を握ったその手は素早く聖印を結ぶ。
 暫時、眠りの魔力に耐えかねて目を閉じた山姥へ、眞薙は抜き放った『鬼切丸』の銘の太刀を袈裟懸けに振り下ろした。骨をずぶりと断つ音。
 ふたり目の山姥の血もまた赤く、秋の山中に散り落ちた。

 ふたりの山姥の亡骸は、冒険者の手で東屋の近くに並べて葬られた。
 所所楽が墓の上に落ちた紅葉を一枚、拾い上げる。掌の上の赤を、綺麗だな、と思う。
「山を歩けば鬼に当たる…ってゆーか。赤が美しいのは、紅葉と夕日だけで十分よ」
 緋神はぽつりと零し、視線を上げた。言葉通り、西から赤い光がまぶしく木々を透かす。
 錦織り成すとりどりの木々の葉は、飽きることを知らないように、いつまでも舞い落ちていた。