マツケン音頭

■ショートシナリオ


担当:蜆縮涼鼓丸

対応レベル:1〜3lv

難易度:普通

成功報酬:0 G 78 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月01日〜10月06日

リプレイ公開日:2004年10月10日

●オープニング

「ああ、やだねやだねぇ」
 ギルドの係員はいかにも嫌そうに、首を振り振り説明を始める。
「まあ秋祭りの時期なもんで、踊りやらお囃子やらは付き物なんでやんすがね。最近ちまたで噂の役者が音頭を歌いはじめやして、これがまた大流行り。あっちこっちで引っ張りだこなんでさぁ。ただでさえ器量よしの色男、歌もなかなかいい声で、年端も行かない小娘からトウの立った婆ぁまで揃いも揃ってきゃーきゃー言いやがって、みっともないったらありゃしない。ああいや、これは余計な話でやんすね」
 いったんコホンと咳払いをして、話を続ける。
「その役者は平松剣ノ丞って名前ですがね。まあ売れっ子ってぇなぁ、憎まれることもあるわけで、最近物騒な文が頻繁に届くってんでさ。奴さん、今度江戸近くの村の祭りに呼ばれてんですが、『村に来るな、来たら殺す』ってんだからおっかない話でさあ。でまあ、護衛をお願いしたいと。命の安全はもちろん、祭りの季節のあとはまた芝居一本になるんで、顔や体に傷一つ付けさせないでくれと、これは座頭さんからの依頼ですな。ご本尊は自分は兎も角踊り子衆や裏方、あとは追っかけの娘っ子なんかがいるそうで、そういった連中に何事も起こらないようにって、報酬もちょいと弾んでくれましたがね。」
 係員はふいと出っ歯を空に向け、
「それにしたって松之屋へ飲みに行っても聞こえてくるのはマツケン、マツケンばっかりだ、ああ、世も末だねぇ。近場にこんなにイイ男がいるのに」
ぼそり、とつぶやいた。

●今回の参加者

 ea1309 仔神 傀竜(35歳・♂・僧侶・人間・華仙教大国)
 ea1414 武藤 灰(29歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea4387 神埼 紫苑(34歳・♀・志士・パラ・ジャパン)
 ea6534 高遠 聖(26歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 ea7055 小都 葵(26歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 ea7234 レテ・ルシェイメア(23歳・♀・バード・エルフ・イギリス王国)

●リプレイ本文

「ええと、護衛の方は6人さんですね。はじめまして、座頭の小虎と申します」
 きびきびとした所作で冒険者達を案内する座頭は、まだあどけない表情を頬の辺りに残した少女だった。
「申し訳ないんですが、あなたとあなたは舞台づくりを手伝ってもらえます?人手は多い方がいいですから。あとの方、申し訳ないんですが、踊り手の衣装やなんか、荷物から出すのお願いしますね。今来客中ですから、そのあと剣さんに引き合わせます」
 言葉とは裏腹にそれほど申し訳なさそうな様子は無く、初対面の相手に笑顔で『お願い』するのはさすが座頭の器量と言うところか。朝に江戸を発って夕方に村に着いた早々、休む間もなくこれである。指名された仔神傀竜(ea1309)と武藤灰(ea1414)の二人は苦笑するばかり。
「まあいいわ、これも仕事のうちよね。お手伝いするわ。よろしくね、小虎ちゃん」
「こちらこそよろしく。それにしても随分と女の方ばかり来られたものですね」
 冒険者達の顔を見回しながら小虎は言ったが、半数が男性であると言うことにこの時点では気がついていなかったようである。
「小さい頃から剣ノ丞さんがやっていた『暴れ奉行・翔雲』が大好きだったんですよ!」
 武藤が目を少年のようにキラキラさせると、座頭は目を細めた。
「あの役は元々父が演じていたんです。年なので立ち回りが難しくなって、彼に役を譲ったんですけれど。剣さんもあの役で大当たりしたんですよね」

 江戸の町であればきちんと小屋を建て、屋根も壁もある芝居小屋での興行ともなろうが、ほんの一日滞在するだけの場所であり、そのために本式の日数の掛かるものでなく、釘も使わずに組み上げる簡単なものを運んできていた。そのため、仔神や小都葵(ea7055)は舞台の迫りや天井裏まで調べるつもりでいたが、その必要もなかった。
 レテ・ルシェイメア(ea7234)や高遠聖(ea6534)は言いつけられた荷物ほどきの仕事を終えると、本来の仕事を始めた。‥‥つまり。
「‥‥高遠さん?何故女物の服を着てるんです?」
「踊り子に紛れ込むんです。色々調べることもありますし」
 女装して紛れ込んだのは高遠ばかりではなかった。仔神もまた袈裟姿から変身を遂げ、いそいそと座頭の元へ向かっていた。剣ノ丞の世話役として身辺警護をするためである。良い男だったらつばをつけておこうという目論見が在ったわけではない。が、全く無かったとも言い切れない。
 一座の人間は村長の家と寺とに分かれて宿を取っていた。座頭、剣ノ丞、踊り子の娘達は村長宅、それ以外の人間は寺という振り分けである。冒険者達は全員村長宅に起居することとなった。
 剣ノ丞は3間続きの一番奥、ふすま一枚隔てて座頭と娘達が二間に陣取っていたが、仔神が部屋を覗いても座頭も剣ノ丞も見当たらない。部屋にいた踊り子に行き先を尋ねても誰も知らなかった。
 神埼紫苑(ea4387)は舞台が始まったら袖から客席を見張るつもりでいたので、まずは下見と、組みかけの舞台の周りを歩いていたが、きょろきょろしていた為にどすんとその場にいた男にぶつかった。
「大丈夫ですか、お嬢さん。お怪我は?」
「ああ、大丈夫。ごめんよ、アタシがちゃんと前を見てなかったから」
「芝居見物の下見なら舞台が出来てからの方がいい。今は危ないですよ」
「ご親切にどうも」
 神埼は礼を言って別れたが、離れたところから振り返って見ると、男はまだその場にいた。だからといって舞台組みの手伝いをしているわけでもなく、裏方とも思えない。怪しい、と思い、神埼は男の顔を目に焼き付けた。

 夜、芝居と踊りの総げいこが始まった。仔神、小都以外の冒険者は総げいこの場である寺の本堂へ向かった。高遠は見た目こそ踊り子の中にすっかり溶け込んでいたが、やはり初めて踊る踊りを本職の踊り子の中で踊るとどうしても足並みが揃わない。それはお囃子に混じろうとしたレテも同様で、またレテの場合はエルフであることが目立たないようにと頭巾を使っていたものの、それが隠さない場合と同様に人目を引いてしまうために、二人は結局、神埼と同様に舞台袖からの監視に切り替えることにした。
「ああ、こちらにいらっしゃったんですね」
 座頭の小虎が、部屋で小都さんがお待ちですよ、と伝えた。
「ねえ、ちょっといいかな?」
 他の冒険者達が部屋に戻ろうとする中、神埼は小虎を捕まえ、本堂の隅にひっそりと佇む一人の男をそっと指差した。
「あいつ、昼間にもいたけど、裏方じゃないよね?誰?関係者?」
「ああ。もしあの人をお疑いでしたら、心配いりませんよ。本人ですから」
「‥‥あれがマツケン?!じゃあ、仔神は誰にひっついてるっていうのさ!」
 その頃。仔神はまだマツケンを探していた。

「どうしたんですか小都さん?」
 高遠が声を掛けると、小都は青ざめた顔で部屋の隅を指差した。そこには大きめの箱が置いてあり、小都は剣ノ丞あての贈り物をより分け、怪しいものはそこにしまいこんでいた。その箱のそばにねずみが1匹、死んでいた。やせた身体に、口元に吐いた血を痛々しくこびりつけ。
「‥‥中に、入っていたお饅頭を、食べた‥‥らしくて‥‥」
「誰が持ってきたものか、わかるか?」
 武藤の問いにも小都は首を振るばかりだった。
「これで、ただの脅しじゃない、っていうのがはっきりしたわけですね」
 レテはしばらく硬い表情をしていたが、ふと小都を労わるようにその肩にそっと掌を乗せた。小都は一瞬その手の重みに目を見開いたが、やがて穏やかな表情を取り戻し、
「‥‥お囃子‥‥聴くだけでも、楽しい気分に‥‥なります、ね。壊されないよう‥‥頑張りますの」
 小さな声だけれど、はっきりと。そして高遠もそれに頷く。
「静かに、心地よく。踊りや歌は楽しむべきものですしね」
 そして、その頃。仔神はいまだ、護衛すべき相手を求め、夜をさすらっていた。

 夜が明けた。朝からお囃子の音が村に響く。小さな村の小さな祭り。だが今年はマツケンが来るというので近隣の村や江戸からも人が来ている。
 起きてすぐ、それぞれ見回りを始める。舞台に怪しい切れ目などはないか。客の中に怪しいものはいないか。レテの頭巾姿も人ごみの中なら目立つ事は無い。武藤は忍び歩きを使ってそれとなく客の顔を見ていたが、気配や足音を消しても姿を消せるわけではないので効果的とは言いがたい。高遠や神埼も怪しい客を探していたが、その中で高遠が真先にその男に気づいたのは冴えた直感の賜物か。
 男は、きょろきょろしていたかと思うと、舞台周りに巡らせた幕の中にそっと忍び込んだ。懐に入れた包みをそれとなく小道具の置いてある台に載せ‥‥その手を、武藤が掴んだ。台の上の包みを高遠が改める。案の定、というべきか。ねずみが血を吐いて死んだあの饅頭と同じものが入っていた。
「俺が悪いんじゃない!あいつさえ、マツケンさえいなければ‥‥!!」
 抵抗もむなしく、男は祭りが終わるまで村長の家の物置に入れ、見張られる事となった。これで、一番の仕事は終わったように思われた。

 舞台は二部に分けられ、一部では芝居が行われた。マツケン演じる奉行が遊び人に身をやつし、悪事を暴くという勧善懲悪もの。引き続き冒険者達は警戒していたが、先ほどの男のように殺気を放っている輩は見つからなかった。
 二部ではマツケン音頭を剣ノ丞本人が歌い踊った。踊り子達も黄丹と薄縹色を重ねた衣装の片袖を一枚だけ脱ぎ、左と右で色違いに見える上に帯は山吹色と、目にも鮮やかな衣装で群舞する様は、花か、蝶かと見まごうばかり。剣ノ丞自身も月道渡りの綾錦に金糸銀糸で霊鳥の刺繍を施した絢爛な衣装を纏っていた。ひいき筋の多い役者であればそんな金に糸目をつけない豪奢な衣装をお得意から贈られる事もあり、その反面今回のようにいらぬ恨みを買ってしまうこともある。どんな仕事にも辛い面はあるのだと、武藤は思った。

 打ち上げ、ということで、その晩は一座総出の酒盛りとなった。酒を勧められて神埼は断りきれず、早々に酔ってしまった。年の若い冒険者達は流石に酒を勧められる事はなく、または勧められても断って、料理に舌鼓を打っていた。小都は賑やかな宴に馴染めず、早々に部屋に帰る事にしたが。
 剣ノ丞もまた、宴途中で来客があり、中座したまま部屋に戻ったようで、ふと気になって小都はそちらへ足を向けた。部屋に向かうにつれ宴の音は小さくなり、代わりに聞こえてきたのは‥‥争いの声。

「ふざけんじゃないわよ、剣さんはどこ?どこに隠したのっ」
「そんなのこっちが聞きたいわよっ!足が棒になってくたくたになって休んでたらあんたが包丁持って襲ってきたんじゃないの!」
 格闘の心得はあっても回避にかけては仔神は素人である。疲労もあり、切りつける包丁をかわしきれずに傷を負う。今まで潜りこんでいたマツケンの布団には既にぱっくり口が開いており、もし中にいたのが本人だったらと思うとぞっとする。
 刃傷の相手は踊り子の一人だった。仔神は面識がないし、ほかの冒険者達でもそれと判別するのは骨が折れる程度に地味で目立たない娘だ。
「だ‥‥だれか!!」
 小都は助けを呼んだ。それを聞いて真先に駆けつけてきたのは、耳の鋭いレテ。レテは状況を見て取るとコンフュージョンの魔法を娘にかけた。今まで、殺す、と息巻いていた娘の動きが止まり、次の瞬間、また動いた。今度は包丁を己が胸に向けて。
 だがその切っ先は突き刺さることはなく、今度はためらうような動きを見せて、終いには娘は包丁を取り落としてしまった。その包丁を拾ったのは高遠。荷物をあまり持っていなかったために素早く駆けつける事が出来たのが僥倖だった。高遠のディスカリッジの魔法が娘から気力を奪い、落胆させたのだから。
 仔神の傷はごく浅いものだったが、
「玉のお肌に傷をつけるなんて、信じらんない」
 と、女物の襟元をかきあわせ、魔法でなく落胆した。

「あの手紙、書いたのは私です。なんとなくこうなりそうな気がして、ここに来るのは嫌だったんですけど、断るわけにいかないでしょう?やれ天狗になったのって、只でさえ人の口は五月蝿いのに」
 座頭はしれっと言い放った。来られない理由として手紙をでっち上げたのに、剣ノ丞はお客に申し訳ないと行く事を主張する。それではと手紙を理由にギルドに護衛を依頼したというわけだ。
「身内の中にいそうな気はしてたんですよね。色々あったので。毒饅頭の男は予想外でしたけど‥‥まあこれで一つ問題が片付いたので、助かりました。ありがとうございます」
 小虎はふかぶかと頭を下げた。