【天国と地獄】カ行の乱

■ショートシナリオ


担当:蜆縮涼鼓丸

対応レベル:11〜lv

難易度:普通

成功報酬:5 G 55 C

参加人数:9人

サポート参加人数:1人

冒険期間:01月24日〜01月29日

リプレイ公開日:2007年02月01日

●オープニング

 時は春まだ遠く、鉛色の雲垂れ込め木枯らしは吹きすさび、降り積もった落ち葉を舞い上げる候。
 所はとある名もない川端、妙に開けた草っぱら。
 野良鶏の闊歩する天国でありましたこの河原に、このごろごみなどを捨てて行く不届き者が増えました。
 それに釣られたのでしょうか、ある日、ここな河原に、黒尽くめの闖入者が一羽、まかりこして御座います。
 奴めはまず河原をなめ回すようにぐるりと見渡しますと、開口一番、かように申しました。
「カァーーーーーーーーー!!」
(訳:やあやあ遠からん者は音に聞け、近くば寄って目にも見よ。我こそは矢田濡羽介行水(やたぬれはのすけゆきみず)、ここな河原、本日をもって我らカラスの領土といたすゆえ、薄汚い鶏どもは早々に立ち去れい。さもなくば我が貴様らを成敗してくれん)
 この地所を長らく根城とし、卵を抱くように大事に守り続けてきた鶏の一族は、この言葉聞き捨てならんと、かのカラスの前に立ちはだかり、
「コケーーーーーーーーーッ!!」
(訳:おのれこの真っ黒なくろ助め、言わせておけば何をほざくか。それほどこの地が欲しいというなら力づくで奪い取って見せよ。これに在るは丹羽鶏冠守(にわとさかのかみ)の三家臣が一にして緋き嘴の二つ名を持つもののふ、春日地走入道(かすがちばしりにゅうどう)である。いざ、尋常に勝負せん)
 かくして、羽と羽、くちばしとくちばしが火花を散らす一騎打ちが始まります。
 しかし、いかに名将春日とて、空に羽ばたくカラス相手に苦戦は免れない。二度、三度と上空からの痛撃を受け、手ひどい傷を負わされた。
「カア! カア!」
(訳:さあ、命乞いをせよ。されば命ばかりは助けてやろう)
「ココッ!! コケー!!」
(訳:フッ、かような戯言を申すとは、所詮はカラスよな。臣下が主君を裏切る如き振る舞いなど、断じて許されぬわ。この鶏冠にかけて、御主に負けるわけにはいかぬ、いざ疾く早く参るがよい)
 くわっと目を見開く春日入道。カラスは嘴の端で薄く笑いますと、二度三度、空中で羽ばたいてから滑らかに風を切った。
 黒と赤茶がその一瞬、重なり、離れる。
 くちばしに血化粧を施した黒い鳥は再び空へ舞い上がるべく羽ばたいた──が、その翼にもはや揚力は無し。無残に地べたへ額をこすりつけると、ごふっと血を吐いて息絶えたのでございます。
 勝どきをあげるべく、春日入道は首を天に向けまして、こけこっこう‥‥と今にもときの声を上げようと、くちばしを開いたその瞬間。
 その目に映りしものは。
 なんと、天を埋め尽くすほどの大ガラスの群れ。

「‥‥という次第で、いっけんらくちゅわーく」
 奇妙なポーズをとりながら吟遊詩人風の男は語り終えた。
「いや、全然落着してねーだろ」
 ギルドの係員に突っ込みを入れられ、素でええっと驚いている天然なそいつは放っておき、もう一人の依頼人代理である侍風味の西洋人が口を開く。
「そんなわけで、鶏の住む河原がカラスに占拠されて困っているのでござる。ここの鶏の卵は、マリアンヌ夫人と言う菓子職人がかすていらを作るのに重宝しているものでな。ここの卵でなければあの味が出せぬと申しているのでござる。しかしこのままでは卵拾いがままならぬどころか、鶏たちの無事も危うい」
 かすていら。
 この甘い響きよ。
 かっすっていらぁ〜〜〜〜♪
「いや、お前は歌わんでいい」
 吟遊詩人っぽい男にげんこつを食らわせて黙らせ、係員は侍モドキに話の続きを促した。
「マリアンヌ婦人はなるべく早くカラスを退治してくれとお望みでござる。カラスはカラスでも大ガラスゆえ、是非此方の力をお借りしたい次第。なお、うまく行ったら特製の新年の菓子を振舞うとのことでござるよ」

●今回の参加者

 ea0109 湯田 鎖雷(36歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea0548 闇目 幻十郎(44歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea1628 三笠 明信(28歳・♂・パラディン・ジャイアント・ジャパン)
 ea2741 西中島 導仁(31歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 ea3597 日向 大輝(24歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea3891 山本 建一(38歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea5011 天藤 月乃(30歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea8417 石動 悠一郎(35歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea9502 白翼寺 涼哉(39歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)

●サポート参加者

ジュディス・ティラナ(ea4475

●リプレイ本文

●河原
 河原に積みあがった有象無象のものは、悪臭を放っていた。
 本来、江戸の町から出るごみは少ない。古着、紙くず、ろうそくのしずく垂れや灰に至るまで、回収を生業としている人間が居り、修繕して売ったり、灰なら農家の肥やしとして使われたりと、ぐるぐる車輪が回るように上手く活用していた。
 だからわざわざこんな所までごみを捨てに来る者が居るとも思えなかったが、そこに打ち捨てられた朽ちかけた木箱の類は錯覚でもなんでもなく、現に目前で悪臭を放っている。
 日向大輝(ea3597)は借り受けた台車に木箱をどんどん積んでいく。光物があればカラスを誘き寄せる罠にでも使おうと思っていたが、見る限り大きくて妙に重たい木箱ばかりだ。
 石動悠一郎(ea8417)や湯田鎖雷(ea0109)もごみ集めを手伝っている。湯田の愛馬めひひひひんは鶏を驚かせまいと河原の外に待機させていたが、今回はその心配も杞憂だったようだ。鶏たちはカラスに恐れをなしたのか、人影を見たとたんに枯れた葦の原に逃げ込んで、葦の間からじっとこちらに視線を向けはするが、それきり出てこようともしない。
 石動はそんな状況に僅かに表情を曇らせ、言葉が通じないと知りつつも謝罪の言葉を鶏に向けた。
「このたびの事態、我ら人間の不徳のいたす所。心よりお詫び申し上げる」
 もちろん、それで鶏の態度が変わるわけでもなかったが。
 カラスたちは河原を我が物顔に歩き回ったり、木の上に群がりながらこちらを見ているが、今のところ、攻撃を仕掛けてくる気配はない。鶏とカラスのせめぎあいが、場に人間が加わった事により、一時的に均衡状態となったようだ。
 カラスに気をとられて日向が手を滑らせ、がたん、と箱の一つが荷台から落ちた。ため息をつきながら日向は箱を戻そうと手をかけ、落ちた拍子に外れた蓋の下にあった中身を見て、思わず息を呑む。

 闇目幻十郎(ea0548)は白翼寺涼哉(ea9502)と共に眠り薬の調合に精を出している。まさか菓子作りの工房で毒の調合などするわけにもいかず、近くの村のあばら屋を借りて冒険者達は根城とした。
 闇目自身、高い毒草の知識を持ってはいるが、植物学は聞きかじった程度であり、それで調合となれば専門的な毒草知識を持つ白翼寺の助けなしにはどうにもならない。
 しかも調合と一言で言えば容易く聞こえるが、そもそも材料からして横丁の酒屋で売っているような代物ではないのだから、入手に始まるその苦労は推して知るべし。それでも何とかそれらしきものを作り上げた。さらに闇目は自身で麻痺毒の製造を試みたが、やはり知識不足は如何ともしがたく、こればかりはどうしようもなかった。もっとも、実際に麻痺毒を作り出し武器に塗って使ったとして、戦闘という状況下では塗った毒が回りまわって仲間の体内に入る事もあろうし、それに関して解毒剤の用意さえもしていなかったのだから、作れなかったことはかえって怪我の功名というものであろう。
 そこへ三笠明信(ea1628)が現れた。ジュディス・ティラナの魔法の力を借り、空飛ぶ絨毯でカラスのねぐらを探っていた彼は、結果を仲間に報告する。
「ねぐらは、すぐ近くでした。この村の神社の鎮守の森にカラス達は住み着いているようです」
「‥‥まずいな」
 木箱の移動を終えて一休みしていた湯田の眉間に皺が寄る。
「社寺の森なら、殺生は禁物だろう?」
 目をやった先ではジョージと光がうんうん頷いている。
 こうして、ねぐらを急襲するという計画は頓挫する事になった。

●戦場
 幸か不幸か、鶏たちは葦原に隠れたままで、戦闘に巻き込む心配はないのだから、戦場は河原と言う事に急遽取り決められた。他の場所など想定もしていなかったのだから仕方がない。
 河原の、葦原よりは少し離れた辺りに、日向は幾つか罠を仕掛けた。志士なればこその炎の罠だ。付近に火が回らないよう、可燃物のなるべくない場所を選んだ。
 またその近くには闇目が握り飯に眠り薬を仕込んだものを置いて回る。その最中もカラスはじっと見ている。
 ファイアートラップには特に目印を置かなかったので、途中他の冒険者が立ち入りそうになり、ひやりとした場面もあったが、なんとかつつがなく作業は終えられる。
 人間の姿が食物の前から去るとすぐ、カラスが物珍しげに、あるいは物欲しげに集まってくる。最初は警戒しながら遠巻きに眺めていたカラスたちだったが、空腹に耐えかねたか、一羽が羽ばたき、そこへ着地した。
 ごうん。派手な火柱が立つ。炎に吹き飛ばされたカラスは勿論、側に居たカラスにも火が走り、髪が燃えたときのような嫌な臭いがした。一斉に静観していたカラスたちが黒い声で騒ぎ出す。
 頃合と見て、冒険者たちは走り出した。
 カラスもまたようやく敵と認識したらしく、上空から襲い掛かってくる。殊に、日向と天藤月乃(ea5011)には重点的に攻撃を仕掛けてきた。天藤に付き従う大柄の犬は犬歯をむき出しに威嚇し、それが効かぬと見れば即座に攻撃体勢に移った。天藤は龍叱爪でこちらに飛んできたカラスを叩き落し、彼女の犬が牙で仕留めた。だが後から飛んでくるカラスの数に応じきれない。
 犬は血を流していたが、悲鳴は上げなかった。良く慣れた犬でなければ即座に悲鳴を上げ、ますますカラスに狙われていたところだろう。
 山本建一(ea3891)はただカウンターアタックを使う事を考えていた。
 防御行動を取った後に反撃を繰り出す攻撃技であるが、カウンター以外の事は何も考えていなかった山本は、カラスたちにとってある種格好のカモに見えたらしい。一羽二羽ならカウンターでの攻撃も通用したが、何しろ数が多すぎる。前に気を取られれば背後から襲われる。なす術もなく、やがて山本は防戦一方に追い込まれた。
 五月雨の如く絶え間なく延々と続くカラスの攻撃に、反撃の態勢をとる事も出来ないまま、いつしか山本の姿は黒山のカラスだかりと化し、ようやく仲間達に助け出された時には虫の息と成り果てていた。
 だが、攻撃が彼に集中したお陰で、その隙に仲間達はカラスに攻撃を仕掛ける事が出来、戦いは冒険者達に有利な方向へと向かったのだ。
 日向は足元に鞭を置き、接近戦に備えつつもフレイムエリベイションを自らにかけ、弓に矢をつがえて射放つ。上空のカラスたちは訓練されて統制が取れているというわけでなく、率いる大将が居るわけでもなく、ばらばらに襲い掛かってくる。それはこちらにとって好都合でもあり、また動きが読めない原因でもあった。
 日向の矢が一羽、また一羽と黒い影を地に落としてゆく。
 同じように白翼寺もコアギュレイトを使い、カラスの身動きを封じて地に落とす。ただしフルパワーで使わない分、射程も短い。
 落ちたカラスは天藤とわんこのコンビや西中島導仁(ea2741)が手際よく止めを刺していった。
 カラスにローズホイップを使って何を襲えば危険かを学習させるつもりだった湯田も、数の多さにだんだんそれどころではなくなってくる。学習と言えば倒された仲間の死骸こそがよい教材になるのかもしれなかった。
「西中島さん、そっちに落ちた!」
 湯田の声かけで西中島は動き、ぐしゃりとカラスの頭を踏みつけた。それを見ながら白翼寺は、
「こんな風に世話してやっても、あいつらに忘れられるんだろな。ニワトリ如きに人間が気ィ使うのもアホな話だけど」
 ひとりごちて、それでも文殊の数珠を握り締め、特徴的な茶色の目を空に向けて、また束縛の呪を結ぶ。
 石動はソニックブームでカラスを撃ち落とす。ほぼ百発百中でカラスはグエエと叫びながら落ち、中には止めを刺されるまでもなくそのまま息絶えてしまうものすらいた。
 石動めがけて特攻をかけてくる勇敢なカラスもあったが、そんな奴は盾で攻撃を受け流してから、磨きぬかれた達人の技で綺麗にカウンタースマッシュを決め、彼岸へ送った。
 西中島も黒い魔法の弓を持参しており、10本の矢でカラスを落としたが、魔性の弓は使い手の心をかき乱す性質を持ち、自分を待っている恋人の姿などが何故か脳裏にちらつき、しっかり意識を保っていないと、ともすれば戦闘を放棄してしまいそうな心持ちにさえなるのだった。
 空を覆っていた黒が地面を覆う黒にだんだんと変わってゆき、日向が全ての矢を撃ち尽くした頃、空に残っていた数羽の影は羽ばたいて何処かへ去って行った。

●甘露
「お疲れ様でしたね〜。話は聞きましたですよ、皆さんとても大変でした。さあ、私のくにのお菓子、約束ですね、召し上がれ」
 マリアンヌ婦人はそう言って冒険者達をねぎらい、皿の上の、言うなれば大きなドーナツのように見える黒い菓子を一人一人に切り分けた。
 へとへとに疲れたときの甘いものは、疲れを癒すまさに甘露だ。
「ジャパンのお正月、そのころ私のくにではエピファニアのお祭りありますね。ジーザスの誕生を祝って賢者が贈り物した日。だから王様のケーキ作ります」
 ニコニコしながら配られたケーキの一片を、顔を見合わせながら口に運ぶ冒険者達。
「あの」
 ぎこちなく日向は依頼人に問いかける。
「当然おかわり大丈夫だよな?」
 真剣な表情が、夫人のもちろんですよという返答を聞いた瞬間、やったあ、と綻んだ。
 アーモンドの甘いクリームと柑橘の爽やかな香りが独特のコントラストを見せるその甘さは、口に広がれば誰もが表情を緩めてしまう。オレンジの後に少しだけ残るのは、湯田がマリアンヌ婦人にプレゼントしたベルモットの、香草の風味だ。
 そんな中、天藤は怪訝な顔をして、そっと横を向き、口の中の物をぷっと出して摘み上げた。大きな豆だ。
「あら、あなたフェーヴがあたったですね、それが当たった人は今年はとてもよい事がありますよ」
 にこにこと福の神のような笑顔でマリアンヌ婦人に言われると、なんだか天藤もそんな気がしてくる。
「新作の菓子も良いが、噂のかすていらとやらも食ってみたい所だな」
 もぐもぐ口を動かしながら、石動はちらと横目で依頼人を見た。
「お? カステラを頂けるのか? ‥‥では、待ってくれている恋人の分と、いつも世話になっている人達へのお土産にしようかな」
 西中島などはすっかり貰えるつもりで、顔など赤らめたりしている。
 くすくすと笑いながら、マリアンヌ婦人は二枚目の皿を食卓に乗せた。それは黄金色の輝きをうおっまぶしっ、と辺りに撒き散らした。
 白翼寺は平然とそれを口に運び、直後、からんとフォークを取り落とした。目を見開き、やおら叫ぶ。
「ンまあーいっ! 京では味わえんかった上質の甘味! 例えると富士山で琴を弾くお姫様が食べるような味っつーか! 妻子と職場を置いて、年末年始に働いた甲斐があったぜ! なんか、あまりのうまさで涙が出てきたぜ〜!」
 ぽかんとする他の冒険者を差し置いてえらい騒ぎを一通り繰り広げた後、
「ごちそうさまでした。コレでイイ土産が出来ました」
 白翼寺は両手を合わせ、頭を下げたのだった。

 それぞれ菓子の味を堪能した冒険者達は、マリアンヌ婦人の菓子工房を辞してから、『荷物』を運びながら寺へと向かった。
 荷物とは、カラスの死骸と、木箱の中に詰め込まれていた出所不明の十体に及ぶ人間の死体とである。
 寺の荼毘所ではいきなり大量の火葬の申し出に驚きを隠せなかったが、様々な事情が絡んでいる事もあり、弔いを引き受ける事になった。
「なんだってこんな所にゴミを捨てていくのか‥‥単に面倒なのか、あるいはやばい物でも捨ててあるのか、とは思っていたが。まさか、死体とは」
 立ち上る煙を眺めながら石動が口にする。
「知ってるか? 大ガラスはな、どういうわけか死人憑きだの怪骨だのと一緒に出てくる事が多いらしい」
 白翼寺が言うと、闇目もそういえばそうだったと思い出す目をした。
「もしあのままにしていたら河原は、カラスだけじゃなく死人憑きの溜まり場にもなっていたかも知れなかったんですね」
「ぞっとしない話ね」
 三笠のあいづちを聞き流し、どこか他人事のような口ぶりで天藤は言う。
「まあ、あれだけ数を減らしたのだし、これで大丈夫だろう。あそこの鶏は、多分カラスより強いぞ」
 くっくっと湯田が笑ったのは、これで今後もかすていらを食べることが出来るという勝利の笑いだったのかもしれない。