うなぎ温泉

■ショートシナリオ


担当:蜆縮涼鼓丸

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 62 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月23日〜03月30日

リプレイ公開日:2007年03月31日

●オープニング

 弥生に月が変われば、春の風が江戸を駆け足で吹きぬける。
 ここかしこに凛と咲いていた梅も気がつけばとうに丸い花びらを散らし、甘い香りをふわりと舞わせていた沈丁花の花も萎れて、見上げる桜のつぼみはいつのまにかふっくらとして、今にも爆ぜる時を待っているかのようだ。
 ギルドの係員も春に浮かされたか、今日はどことなく陽気な調子で冒険者達ににやりと笑った。
「江戸から二日ばかり歩いた所に、山の麓で温泉が湧いているところがありやす。温泉って言ってもさほど熱いわけじゃない、ぬるめで長湯するのに丁度いいくらいなんですが、温泉ついでにウナギまで湧いちまったそうで」
 ウナギというと、あの、ぬるっとして黒い奴?
 話を聞いていた冒険者の一人が尋ねると、係員はそうそうと大きく頷く。
「そうそう、まさにそのウナギでさあ。どうもね、大雨が降った時にどこかよその川から流れを伝ってにょろりと来ちまったんじゃねえかって話なんですがね。ウナギと一緒に湯に浸かりたいって物好きなんてのも、まあ探せばいるかもしれないが、普通は嫌がるものでしょう。温泉を仕切ってる湯元の元締めさん、流石にこりゃあ拙いってんで、若い衆にウナギを捕まえさせようとしたんだそうで」
 ところがねえ、たちの悪いことに、と係員は続ける。
「どうにかむぎゅっと尻尾を掴んだ途端、びりびりびり〜っと雷が走って、若い衆は皆してひっくり返っちまったそうで。ただのウナギじゃない、実は雷電ウナギだったってえ訳でさあ。しかしま、それにしても全く最近の若い者はなっちゃいませんな」
 『最近の若いもの』でひとくくりにされてしまった若い衆こそいい迷惑である。
「にょろにょろっとこう、一匹や二匹じゃあない、何匹かいるようでやんすが、なんとかふん捕まえちまっておくんなさいまし。二尺あまりの大きさだって言うから、いっそ蒲焼にして喰っちまってもいいかもしれやせんね、はっはっは」

●今回の参加者

 ea5487 ルルー・コアントロー(24歳・♀・レンジャー・エルフ・フランク王国)
 eb2655 旋風寺 豚足丸(27歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb6966 音羽 響(34歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 eb9508 小鳥遊 郭之丞(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 eb9531 星宮 綾葉(27歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●湯けむり旅情
「温泉のうなぎだ蒲焼だー、鉄鞭ーしゅっしゅっしゅっしゅしゅー、ぶーた影が逝くー♪」
 それはそれは楽しそうに歌声を響かせ、ついでに地響きも響かせて旋風寺豚足丸(eb2655)、ただいま参上。巨体が唸るぞ、空は飛ばない。
 とっくに愛騎生駒号で先行してこの温泉に到着していた音羽響(eb6966)はこの丸っこい物体に目を丸くする。予めこの温泉宿に申し入れて、湯船の湯を抜くことと下駄を借りること等、頼みごとを終えたあとは、のんびり仲間の到着を待っていたのだが‥‥借りた下駄を旋風寺が履くとその場でみしりと素敵な音を立てて焚き付けと化してしまいそうな気がして、差し出すのが躊躇われた。
 なお、今回は往復の旅費(食費が含まれる)は依頼者持ちだったため、旋風寺、
「依頼の日数から考えると最低でも2週間分の食料が必要でござるな」
 と言い放った。恐るべし大食の達人。しかし結局の所、冒険者間に不公平がないようにとそういった特別な処置は行われなかったようだ。ひなびているとは言え温泉への道、野営の必要もとりあえずはなかった。
 音羽と同じように、小鳥遊郭之丞(eb9508)も仲間より一足早くこの場に到着していた。こちらは韋駄天の草履を使ってはじき出した速度だ。
 小鳥遊はまず温泉へと足を運び、じっと敵の観察にいそしんでいた。ただし、感電しないよう、湯船には入らない。
「ふむ、常に電撃を放っておるわけではないようだな。然らば‥‥」
 片隅からそーっと小鳥遊の様子を伺っている従業員の娘に、小鳥遊は声を掛けてみた。おどおどした様子の従業員は、覗いていたのを咎められたと思ったのか、目を伏せがちに近づいてくる。
「なんでございましょうか?」
「いや、大した事ではない。そもそもこの風呂の湯が抜けるかどうかということなのだが」
「はあ、湯元の栓を締めて、湯捨て口を開ければ半日ほどで抜けますし、それはもう音羽様に申し付かっております」
「なるほど。では、そのようにお願いしたい。それと、うなぎ退治の折は、着物が水を吸っては思うように動けぬし、脱がねばならぬので、助兵衛ごころを働かす者の無い様にきつく申し渡してくれ。もし違えるものが居たら‥‥斬る」
 普段口数の少ない小鳥遊であるが、やはり女として生まれたからには、守るべきところはしかと守らねばならぬ。
 言いつけられたほうの娘は少し蒼い顔でかくかくと頷いた。

●黒い電撃戦
 冒険者間で細かい意思の統一が図られていなかったのは、到着する速度がまちまちだったことからも明らかだが、最後に星宮綾葉(eb9531)が到着した時にもまだ湯は抜けきっていなかった。
 首をかしげながら冒険者達はすっかり水になった湯を覗き込む。様子を見た限りでは、湯捨て口に何か詰まっているらしい。だがそれをきちんと調べ、直すのには湯船に入らなければならないという二律背反な状態。
 そこで星宮がすっくと立ち上がった。
「イリュージョンを使うわ。うなぎにも効くわよね?」
 とりあえず湯船の端まで誘き寄せれば何とかなるだろうという考え。水に入らなくて済むのは小鳥遊も服を脱がずに済むのだから、ある意味好都合ともいえた。ルルー・コアントロー(ea5487)も弓に矢をつがえ、水際にうなぎが顔を出したらいつでも撃ち抜けるように準備する。
 月の色の光を一瞬纏い、星宮は脳内の幻影を紡ぎだす。
 ‥‥ばしゃーん。
 小鳥遊が湯船に落ちた。
「あら、間違っちゃったかしら?」
 ほんのり頬を染め首をかしげる星宮。
 どうやら自分の頭の中にある「郭之丞さんがうなぎと『ぬるぬる』戯れる御姿を愛でたい」という願望ないしは妄想が非常に強かった為に、うっかり小鳥遊に魔法をかけてしまったらしい。あくまでもうっかりであり、星宮がセクハラの常習犯らしいということは特に関係しない。多分。
 色事の苦手な小鳥遊は白目をむいて湯船に突っ伏していた。
 今日の教訓。
 イリュージョンの魔法を使うときは、どの対象にどんな幻影を使うかをしっかり頭の中で考えよう。
 さて、投石のようにぽとりと水に落ちた小鳥遊は、水中のうなぎたちにはどうやら敵とは認識されなかったようで、無事に引き上げられると今度こそ服を脱いだ。さらしに褌姿。しかも鬼が使うと噂のある、虎皮の褌である。
 その手に取り出されたのはゴールドフレーク。臭くて黄色い、卵二つ分ほどの重さの固まりである。魚に対しては非常に積極的な食性を示す保存食である。人一人ならばその固まり一つが一日分の腹を充たしてくれる。それを惜しげもなく水中の何匹かのうなぎに分け与えてしまうのは、もちろん慈善ではなく、先ほど失敗した誘き寄せの手段の一つとしてのこと。
 黒い影がすっと近づいてくるのをその鋭い目で見極めると、小鳥遊は寄ってきたうなぎに居合いの太刀筋で刀を振るう。すくい上げるつもりが、普通にすぱんと尾が切れた。何しろ得物は名刀「祖師野丸」、獣の類にはめっぽう切れ味の鋭い、魔の刀なのだから。
 尻尾を切られたうなぎはきゅうううう、と鳴いた。同時に、電撃を放つ。水中ではないにせよ、先ほどの居合いによる水しぶきで小鳥遊も周囲も濡れている。小鳥遊は最後っ屁のようなその電撃を避けることが出来なかった。痛みはそれほどでもないが、一瞬意識が遠のく。それでもかろうじて耐え、気絶は免れた。赤い血を振りまきながら激しく水中でのた打ち回っていたうなぎは徐々に動きを止めた。意外に手ごわい。
 弓を構えたままのルルーと目が合い、次は彼女に任せることにする。
 再びゴールドフレークをまき、うなぎが寄ってくる。ルルーも小鳥遊ほどではないが目の良さには自信がある。手にした魔弓から放たれた矢は、見事にうなぎの胴を射抜いた。うなぎにとってはそれなりの傷だ、矢を引きずって水の中を必死に逃げる。足元のバックパックにも矢のストックが入っている。安心して次の矢を番えるが、その隙にうなぎを見失ってしまう。助け舟を出したのは小鳥遊で、目を凝らしてうなぎの場所を指示する。そして小鳥遊が指差した場所のすぐ近くに、音羽もいた。
 音羽は矢うなぎを見出すと、自分の持てる術を使った。文殊の数珠を構え、うなぎに向かい、その身を束縛するように神仏の加護を祈る。
 だがしかし、確かに神仏にその祈りは通じたにも拘らず、うなぎはそれをはねのけてまだ泳いでいた。やはり手ごわい。
 逆に逃げ場を求めてか、ばしゃばしゃと水面を跳ね暴れる。音羽がうなぎに術を施せる距離ということは、うなぎのほうも電撃が音羽に届く距離ということである。それでも大丈夫、下駄がある。少しは感電を防げるはず、と音羽は考えた。
 うなぎにはそんなことは分からない。
 ただ、暴れた拍子に水面から丁度音羽の方へ飛んだ。
 それを眺めた音羽はおっとりと、あらあら、などと呟く。飛んだ矢うなぎはぬらぬらと、音羽に触れた。
 かくん、と音羽は倒れた。うなぎも弱っているが、音羽とて例えば小鳥遊ほど抵抗力が強いわけでもない。そのくせどこかのんびりと考えて、下駄以外には特に対策らしい対策も立てていなかった。
 気絶した音羽の周囲をぬるぬるとうねる矢うなぎに、今一度ルルーは矢を放ち、またうなぎに矢を突き立てる。うなぎは目に見えて動きが遅くなる。

●うなぎ戦線異状なし
 此処で満を持して旋風寺が登場した。
 ふおおおおお、とか奇声を上げながらぺっちんぺっちん鉄鞭を振るう。しかし悲しいかな、彼は格闘術に関してはまるで素人だった。比してうなぎのほうはあの独特のぬめりを持ってぬらぬら逃げ回る。矢の突き刺さった状態にも拘らず、旋風寺の攻撃が一向に当たらない。
「えぇい、食材のくせに生意気でござるゾ!」
 旋風寺は吠える。いまやダブル矢うなぎとなった敵は、そんな彼にも電撃を放った。豆知識としては、雷電うなぎも自身の電気で感電してはいるが、あの脂のせいで感電死することはないとか。となれば、旋風寺が電撃を浴びてなお意識をしっかり保っていられるのもある意味納得が出来るのかもしれない。
 そこへ、すぱん、と矢が追加されて、とうとううなぎも動かぬ食材となった。
 状況が一変したのは、急に排水口から水が流れ始めたためである。詰まっていたのはひときわ大きなうなぎだった。うなぎは排水と一緒に流れてゆく。旋風寺は去りゆく恋人を見送るかのような未練がましい目で見送っていたが、水がほぼなくなった風呂の中のうなぎの残党が先ほど同様に矢うなぎ化していくのを見て、少し心が慰められたようだった。
 やがて全てのうなぎは動かなくなり、湯船から調理場へと運ばれていった。
 ルルーは掃除の前に盛り塩をして、簡単ながら払いと清めの儀式を行った。
 気絶から覚めた音羽も掃除を手伝う。家事の心得はあるし、先に宿の女将に掃除のコツを聞いていたりもしたので、作業ははかどった。
「ぬめりを取るには、料理なら片栗粉や塩ですけど、こういうお掃除の時にはやっぱり酢ですわね。この広さにまく程の量の片栗粉なんて、そう簡単には手に入りませんし」
 音羽の指示のもと、冒険者達は一丸となって湯船を完膚なきまでに磨き上げた。
「さて、温泉の掃除をしてキレイになったら蒲焼タイムでござるな。頑張った甲斐があるでござるゾ」
 旋風寺はすごく嬉しそうに、跳ねた。みし、と音がして、冒険者達は一瞬顔を見合わせたが、取りあえず聞かなかったことにする。
 星宮は調理場に入り込み、うなぎの調理の手伝いを申し出ていた。
「だって、冒険者といえども女として料理の一つくらい覚えておきたいし。花嫁修業のつもりで‥‥きゃっ、やだぁ花嫁修業だなんて!」
 一人で照れていた。
 そんなこんなで、宿の料理人がどーんと出したのは、蒲焼をはじめ、うざくにう巻き、肝吸いなど、うなぎ尽くし。
 冒険者達は自分達が狩りとった獲物の味に舌鼓を打ったが、旋風寺だけは量が少なすぎると愚痴をこぼし、少し泣いた。その分、飯のお代わりを10人前も食べていたので大勢に影響はないが。
 また、食事の後は先ほど磨いた風呂にまた湯を入れ、女性陣は雄大な眺めの露天風呂を楽しんだ。ふと、星宮が小鳥遊に向かって言った。
「そういえば小鳥遊さんとは久しぶりに一緒の依頼でしたわね。折角ですからいつものせくはらもしておきましょう」
 なんだか悪魔めいたその微笑に、小鳥遊はまたうろたえるのだった。