●リプレイ本文
●宣伝
事前にこの星見の会の宣伝に駆け回る冒険者も少なくなかった。
湯田鎖雷(ea0109)は生業の宅配送迎のついでに得意先やら占いに興味がありそうな客やらに教え、更に会場までの送迎の仕事さえ取ってきた。かすていら職人の知り合い等にも声をかけてみたが、なにやら多忙な時期で仕事場を離れられない人間ばかり、しかし代わりにと安価にかすていらを譲って貰うことも出来て当座の目的は達した。
ジュディス・ティラナ(ea4475)は小柄な体に派手な衣装を着こみ、良く通る声で。
「いらっしゃいいらっしゃあいっ、占いはいかがですかぁ〜っ☆丘の上から見えるお星様はまぶしいのっ、お星様にお願いすると幸せになれるわよ〜っ☆」
ひとしきり賑やかな宣伝が終わると、今度は細波のような美しい竪琴の音色が響く。ジュディスに同行したアウレリア・リュジィス(eb0573)だ。シフールより小さな緑の羽の妖精を連れたその腕に抱えられているのは、河の精霊の声を紡いで弦にしたと謂れのある『ローレライの竪琴』。賑やかなジュディスの声に集まってきた客達は、流れくるしっとりとした曲に、静かに耳を傾けた。
「恋人と一緒に星を見ましょう‥‥意中の人と、好い雰囲気になれるかも」
河の精霊の力が歌の言霊を強め、聞き入っていた幾人かはため息を漏らす。
ジュリエッタと名づけられたアウレリアのフェアリーはふわりくるくると歌に合わせて可愛らしい踊りを披露する。
どうやら宣伝がうまく行ったと人垣が消えた後に確信して、アウレリアはジュリエッタの頭を撫でてほめてやった。
「最近暗い話題ばかりだものね。七夕で占いで星見の会なんてロマンチックなイベント、江戸の皆が楽しめたらいいよね」
一息ついているところにマミー・サクーラ(eb3252)がちらしを配り終わった報告にやってきた。マミーはジャパン語が分からず、唯一使えるラテン語も、仲間の中ではアウレリアしか使えないため、意思の疎通はアウレリアを通すしかない。そんなわけで、必然的にアウレリアと一緒に行動しているのだった。ちらしもジャパン語が分からない為に、湯田に書いてもらった見本を、持ちなれない筆を懸命に操って写していった物だったが、そもそも江戸の市井の人々の識字率はそれほど高くないので、苦労に比して、実際の効果の程は不明である。しかし今のマミーは達成感にあふれ、非常に充実した表情を浮かべていた。
「あら? 可愛いちんどんやさんがいるみたいじゃない。たしか若葉屋とかいうお店の『かんばんむすめ』だったかしら?」
マミーの言葉をアウレリアが通訳してジュディスに伝えると、ジュディスは
「うん、あたしのお仕事はちんどん屋さんっ☆」
と胸を張って見せた。
木下茜(eb5817)も身なりを町人風に変え、忍びの話術や人を見る目を活かして流れ星にまつわる良い話ばかりを広めた。河童であるために人目を引くこともあって、宣伝としてはなかなかの成果を見せたようだ。
そんな前事情があったせいで、当日の館はかなりの賑わいを見せていた。客層は若いカップルや女性が中心だが、家族連れや年配の客もいるし、ロマンティックという言葉とは程遠い、場にそぐわないようなごつい面々もちらほらと見受けられる。尤も、たとえ見た目が筋骨隆々のむくつけき大男だったとしても、内心は星々を愛するロマンチストである可能性も否定はできない。
御陰桜(eb4757)はふと疑問を漏らす。
「星見の会って七夕とはちょっと違うのかしら? 短冊とかは準備しなくていいの?」
面々は顔を見合わせたが、特にそんな話も聞いていない。
「まあ私は別に宣伝とかするつもりもないしね、どうせ占い師なんて実力が伴わなければ繁盛しないんだから」
言い切った途端、
「うわあああああん」
どうやらそばで聞いていたらしい猫の面を被った何かが、泣きながら走って行った。恐らくは実力に自信が無いところの図星をつかれたのだろう。その後、御陰が占い師に自分の占いを了承させるのには色々と骨が折れたらしい。
物売りに変装した木下は、暴れる客などが無いように、ひそかな警備活動を行っていた。そんな木下を『壁蔵』と名づけた愛馬の影から、それこそ壁の隙間から覗くかのように見守る、ちょっと怪しい影ひとつ。木下が気付いてそちらを見やれば、慌てて離れて客列の整理など始める。
今度は木下がそちらをじーっと観察する。観察された側‥‥所所楽銀杏(eb2963)は、ごめんなさい、と頭を下げた。
「河童さんがお仕事で一緒になったのは初めて、で‥‥好奇心といいますか、お話しするのも初めて、なのです」
迷惑だったら止めますですよ、と、済まなさそうに言う所所楽に、構いません、と木下が答えた。幸いに、冒険者達の努力の甲斐あって、そんな事をしている余裕がある位に穏やかな晩だった。
●流星
丘の上の星々は磨き上げられた宝石の如くにきらきらと輝いて、時折占い師が予告したように、ひゅうと星が流れ、星が尾を引いて流れるたびに人々からは完成と願い事を唱える声が上がる。
歌と演奏が上手くなりますように。
僕が示せる救いの道が、見つかりますように。
いずれはこの星々までも私のものに‥‥。
それぞれの願い事は、流れる星に載せられて、遠くどこかへ運ばれてゆく。
湯田は手に入れた大量のかすていらを、所所楽も同じように買い込んできた大量の甘酒を、星を見る仲間たちに振舞った。自らも、はむりと黄金色の一欠片を口に入れ、柔らかな草原の上で身を横たえる。見上げた空は黒い伽藍の天井のようで、じっと見つめる湯田の目には、ゆっくりと迫ってくる吊り天井のようにも、或いは自分がぐんぐんと空に吸い込まれていくようにも見えてくるのだった。気が付くと、脂汗を浮かべて手に触れた草の束をぎゅうと握り締めている自分に気付き、湯田はこれでは子供の頃と変わらないと、独り苦笑した。
握り締めていた拳を緩めて半身を起こせば、
「あーっ! こんな所に流れ星ーっ☆」
けたたましいまでのジュディスの声に思わず耳を押さえた。
「どこが流れ星だっ」
「だってまぶしいんですものっ☆」
湯田の後頭部を指差し、いっそ爽やかですらあるその笑顔に、湯田は反論の機会を失った。
その頃、御陰は人ごみを避けて泉を訪れていた。するりと衣を滑らせて白い肌を露にし、泉で沐浴を始める。
湛えられた水面は星空を映しながら揺れきらめき、明かりも無い場所では天地の境目すら曖昧に思えてくる。ふと、立ちすくむ人の気配に気付いて御陰は声をかけた。
「別に減るもんじゃないし、見るだけなら気にしないわよ?」
おどおどとしているのは良く見ればかなり高齢のご隠居さんで、
「ありがたやありがたや、弁天様を拝めるとは」
そんな事を言いながら拝んでいる。いやあねえ、と御陰は苦笑しながらも、女神扱いされた事にはそれほど悪い気もしなかったのだった。
●占師
客の合間を縫って、冒険者の中にも占いを求めるものが何人か。
「故郷が気がかりなのだが、京都へ向かうべきか否か?」
湯田はそう問いかけた。
「む? 湯田さんの故郷は京都なのですかニャ?」
「いや、そうではないが」
故郷が心配ならそっちに行けば良いのに、と首を傾げつつも、占い師は木札を並べる。
「ハイッ、出たのニャー! 行っても行かなくてもどっちもオッケーなのですニャ! 自分の思うようにやるといいのだニャー。ただ、近いうちに何かの決断を迫られるかもしれませんニャ。そのときはぐずぐずしてると、失くし物をしますニャー」
なぜかジュディスが『失くし物』と言う言葉に反応して、湯田の後頭部を見ながらにぃ〜っと笑った。
「次はあたしを占ってっ! あたしのメロン様ってどこにいるのかしらっ?」
「‥‥メロン様、ですかニャ?」
流石に困惑した表情(を仮面の下に浮かべているであろう)の占い師。
「そうっ、まんげつの国のメロン様があたしを迎えに来てくれるのっ☆」
ぐ、と拳を握り締めて力説するジュディスを見、占い師はどうやら彼女の言うのが所謂『王子様』であると理解したらしい。また先ほどのようにぱたぱたと札を繰った。
「えーと、今、あなたはとっても満たされてますのニャ。つまりある意味湯田さんがメロン様ともいえますのニャ」
「えーっ、本当にー? だってお姉ちゃんが湯田さんがパパならいいって言うんだもーん☆」
両手を頬に当て、きらきらした瞳にいろんな妄想を映し始めるジュディス。
「‥‥でも、今のメロン様と10年後のメロン様は別の人になりそうですニャよ。見る高さや角度が違うと、見える景色も変わるのですニャ」
ふうん、と半分納得行かない顔で、湯田を引っ張りながらジュディスが出て行けば、入れ替わりに現れたのはマミー。当然というか、アウレリアも一緒だ。マミーは開口一番、
「江戸の将来がどうなるか、未来予想‥‥と言いたい所だけど、金運、見てもらおうかしら」
「お安い御用ですニャ。‥‥うーむ、がめついところがあるみたいなのですニャ。少し抑えたほうが‥‥いいや何でもありませんニャッ」
札から目を上げてマミーの顔を見た途端、占い師は引きつった声をあげ、慌ててまた札に目を戻す。
「今は調子がいいみたいで、将来的に大もうけが出来そうですニャ。事業を始めたりするなら今しかないって感じですニャね」
「あら、そう。ありがと」
良い占いの結果に気を良くしたのか、機嫌良く出て行ったマミーに、占い師はほっと肩を落とした。そんな占い師に、アウレリアがそっと声をかけた。
「私も良いですか? 離れた友達の事を‥‥」
ぱたぱたと慣れた手つきで札を弄り、占い師は答える。
「お友達は、自分に無い物を持ってる、そんな人ですかニャ? すぐには会えないかもですニャが、忘れた頃に偶然会えたりしそうですニャ」
御陰は桃色の髪を揺らして現れた。
「何を占ってもらおうかしらね‥‥そうねぇ、何か面白そうな事はないかしら?」
「面白そうなコト、ですにゃかー。ふむふむ、面白いことがないとつまらなくて、いつも充たされてない感じですニャか? でも、面白いことそのものより、『面白いことを探す』方に夢中になってるみたいですニャ。普段の生活の中にある宝物、だいぶ見落としてませんかニャ? きっかけはすごく些細で、大化けするサプライズがまだあるみたいですニャよ」
●祈願
丘の脇を走り抜ける小さなせせらぎの側には、笹舟を手にした人々が入れ替わり立ち替わり。何艘の小船が流れを滑って行ったのか、見当も付かない。冒険者達も幾つもの笹舟を見送り、また、手ずから流れに放した。
刀根要(ea2473)と南天流香(ea2476)の夫妻は、星を写す泉のほとりで、睦み合う小鳥のように寄り添っていた。妻がひょいと自分のコマドリのペンダントを物言いたげに取り出して見せれば、夫もそれと対になる鳥を笑みを浮かべて手に取る。二羽のコマドリを持ち主と同様にぴたりと沿わせれば、凹凸はかちりとはまって、雌雄は一つの姿になる。それは他愛も無い、そして、だからこそ自分がお互いに必要なかたちなのだと、目に見えて理解できる仕掛けだ。
「こうやって旦那様とご一緒できるのも、久しぶりですわ‥‥わたくしも足手まといにはなりたくありませんし、危ない場所に置いて行かれるのは仕方ありませんけれど」
「そう拗ねないで。今日はこうやって流香と一緒です。そうだ、流夏に乗って泉に入って見ましょうか。二人で水上の散歩というのも乙なものでしょう」
刀根は妻の愛騎へ目を移す。馬の姿をとっていた流夏は、水に触れ、本来のヒポカンパスの姿に戻り、夫妻はその背に乗って水に映る天の川をゆっくりと横切る。
「空の天の川とは違って、私は一年待たずとも流香と共に入れる‥‥幸せなことです」
囁いて、水上の牽牛は己が織女と唇を重ね、先ほど南天が嗜んでいた桃花酒の香りに気付いて、好きですねえ、と笑った。
「私も、先ほど占ってもらいましたの、旦那様との幸せと、子供が出来るかどうか」
「そうですか‥‥で、結果はどうでしたか?」
「子供が授かるかはこうのとりのご機嫌次第、けれど、どちらでも貴女は幸せでしょう、って。‥‥ええ、幸せですわ、わたくし」
目を細める彼女の笑みは、確かに幸せそうだった。
夜は更け、星が巡って朝が来た。
占い師は予想以上に訪れた客の数にかなりへとへとになっていたが、
「嬉しいですニャ〜! こんなにたくさんの人を占ったのは初めてですニャ! 本当にありがとうですニャ!」
まさに嬉しい悲鳴といった感じで、何度も冒険者達に礼を言うのだった。